ろぐあうと




「てぇりゃああぁあ!!」
とある町のとある高校。その女子ボクシング部のトレーニングルームに、一人の少女の雄叫びが響き渡った。
「っきゃうっ!!」
その相手は一瞬ガードが間に合わず、その一撃をもろに受けてそのままリングに倒れ込み、倒した側は、打ち込んだ腕をぶんぶんと振り回し、妙にすっきりした表情で、呆然と見ていた他の部員の視線も無視して、倒れた相手に呼びかけた。
「ほらー、一瞬でも気をそらすなって言ってるじゃない」
「そ、それ以前に……卯月部長強すぎですよ……」
「そう? このくらいのは大勢いるよ」
だったら私達はなんなんだ、という心情が目に見えてくる表情が、リング内外問わず、全ての部員から部長―卯月 鈴(うづき れい)に対して向けられていた。
「…っと、もうこんな時間か。 それじゃ、ボクはここで帰るから、皆は好きにして」
一度壁の時計に目を向けてそう言うと、にこやかな笑顔を浮かべて全員に目を向け、リングから降り、トレードマークの黒いグローブを外しながらトレーニングルームから出ていった。
「…部長って、やる気あるのかないのか時々よくわからないよね」
「そうね〜…… あたしはもうちょっと続けようかな」
「じゃあ、私は帰るわ」
口々に部長である鈴の評価を言い、それぞれがそれぞれの行動を始める。
鈴が帰った後にその部屋に残った者と帰っていった者の数は、大体同じ数だった。






「さってと、ふーちゃんもそろそろ終わるころだろうし、迎えに行こうかな」
時間は6時半前、大体のクラブや委員会も終了し、学校全体から生徒がいなくなる時間帯。
Tシャツにショートパンツというスタイルから、学校制定の制服に着替えて、更衣室から出て来た後の、彼女の第一声はそんなものだった。
「そういえば、もうすぐ新しいイベントがあるんだっけ。 詳細はやく公開されればいいのになー」
校舎の階段を昇りつつ、ぶつぶつと口にしながらの考え事。
単にお祭り好きなのか、どんなイベントでもとりあえず参加はしてみようという彼女の最近の頭の中の半分近くは、近々開催されるイベントのことばかりだった。
そうしている間に、図書室への入り口の前へとたどり着き、そこから図書室の奥の方へと目をやり、目的の人物の有無を確かめる。
―2分後、受付のカウンターから、長いみつあみとメガネが特徴的な少女が、片手に文庫本を、もう片方にカバンを持って出てくるのが見えた。
カバンがあると言うことは、仕事が終わり、さあ帰ろう、と言っているようなもので、鈴は手を振ってそれを出迎える。
「ふーちゃん、おつかれさまー」
「鈴、待ってたんですか?」
「んーにゃ、こっちもさっき終わったところ」
「そう、おつかれさま。 じゃあ、帰りましょうか」
そう言いながら、ごそごそと手に持っていた本をカバンの中に入れる。
その動作を目にしていた鈴は、あはは、と笑って、そのまま表情を変えもせずに呼びかけた。
「ふーちゃん、歩きながら本読んでると怪我するよ?」
「それは、判ってますけどね。 熱中するとどうもやめられなくて」
「本の虫って、ふーちゃんみたいなのを言うんだろうねぇ」
そう口にすると、もう一度声に出して笑う。
ふーちゃんと呼ばれている図書委員の少女―如月 風華(きさらぎ ふうか)は、はぁ、と一度溜息をつくと、いつの間にか取り出していた辞書で”ぼすっ”と鈴の頭を軽く叩いた。




そんなこんなで、互いに楽しそうだったり、片方が渋い顔をしていたりを繰り返しながらの雑談。
それは彼女達にとっていつもながらの光景で、周囲からも二人がとても仲がいいということは容易に想像できるだろう。
「そういえば、明日休みですね」
「うん? ああ、創立記念日だっけ…忘れてた」
「休みの日に学校に来るって、間抜けですよね」
「もう、去年の事はいいってば!」
こんどは鈴の方がぷーっと頬を膨らませる。が、歳のわりに小柄で童顔な彼女のそれはあまり恐くは無い。
それを判っていてからかうのが風華で、どちらかというと言葉の勝負では風華の方に軍配が上がることが多かった。
「二人そろって、あいかわらず楽しそうだね」
と、そんな会話をしながら二人が交差点に差し掛かった時、横から呼びかける声が。
「あ、真夜さん」
「こんにちわ、お二人さん」
「こんにちわー。 真夜も大学終わったところ?」
二人に話しかけたメガネをつけた長身の女性の名前は、神無月 真夜(かんなづき まよ)。近くの大学で考古学の勉強をしている大学生。
また、鈴と風華の二人にとっては近所に住む昔からの知り合いで、時間が合えば一緒に行動することが多いため、外出中限定の保護者がわりになっていたりいなかったり。
「まぁね。それよりこんな時間まで部活に委員会頑張るのはいいけど、勉強もちゃんとしてる?」
「ええ、私なりにやっているつもりです」
「えっと、それなりにはー」
「まあ、あんんたたちの事だから心配はしてないけどね」
そう言ってふっと少しいたずらっぽく笑う真夜と、それに動じる様子もなく、くすっと笑みを浮かべる風華。
鈴だけは少し気まずそうに頬をかきながら苦笑していたが、二人は特に追及はしないであげていた。
「えっと、それよりさ、真夜は明日暇?」
そしてその間もなく、表情を固まらせたままの鈴が口を開いた。
「え? う〜ん…午後からなら講義も無いから大丈夫だけど」
話をそらそうとしているのは目に見えて明らかだったが、特に続けるつもりもなかったのか、真夜はその話を受け入れた。
「じゃあさ、またお昼から私達で行かない? アレ」
「あ、いいですね。 私はもちろん行きますよ」
「アレかい? あんたらも好きだねー」
意味もなくぴっと指を立てて『アレ』に誘う鈴に、ぽん、と胸の前で手を打ち賛成する風華。
真夜は少し呆れたような笑みを浮かべつつも、それは少し楽しそうな表情でもあった。
「そういう真夜さんもじゃないですか? こう、ガガガガーッ! って」
「私はあんた達みたいな遊び方は苦手だからね。 でも、こっちも結構楽しいよ?」
「あはは、そっちの方は真夜にお任せ。 私はやっぱりこっちが一番だから」
いいながら、鈴はボクシング部じこみの右ストレートを何も無い正面に向かって一発。
風華は何も言わず、くすくすと小さく笑いながらそんな親友の様子を眺めていた。


「…で、今日は行かないのかい? 私は帰るけど」
「いきたいのはやまやまだけど、晩ご飯まにあわないしね」
「お楽しみは、明日ということです」









―そして、翌日の午後2時。町のビル群のうちの一つ。
そのビルの中で、多くの人でにぎわうある部屋の中に、3人は昨日とは違った装いで立っていた。
鈴は、白いフードTシャツにブラックギャザスカート。
風華は眼鏡をコンタクトに変えて、白いフリルワンピースに青空色の上着。
真夜は、薄いピンクのフレンチコートに、ハイヒール。
…そして最も特徴的なのは、鈴には兎の耳と尻尾が、風華には羊の耳と角と尻尾が、そして真夜にも、同じく狐の耳と尻尾の作りものを身に着けていることか。
当然のことながら、この姿でここまで着たわけでは無く、このビル内でこの服装に着替えたという事を付け加えて置く。
「うーん、何度やってもこの格好落ち着かないな…尻尾とか耳とか……」
「いいじゃない、似合ってるしさ」
少しそわそわした様子の真夜と、色々な意味を込めての笑みを向ける二人。
そうしている間に三人が並んでいる列はどんどん進み、自分達が兎の耳をつけたメイド風の女性の前へと辿りついた。
「ようこそ、トリックスターログインセンターへ。 IDカードはお持ちですか?」
「はい、私達3人分ね」
鈴が手に持っていた3枚のカードをその女性―フレンチメイドに手渡すと、それは壁に備え付けられたカードリーダーに通された。
「ファンタジアワールド・レヴァリー様、フィロ様、真代様ですね。 それでは、奥のテレポートゾーンへお進み下さい」
フレンチメイドの案内する先に、3人は進む。
そして、なにかの魔法陣のようにも見える模様が床に描かれた部屋までたどり着くと、部屋全体にアナウンスが流れはじめた。
『それでは、それぞれの最終ログアウト地点へ転送いたします。 転送まで後10秒―』
そのアナウンスを耳にして、鈴―いや、レヴァリーが、風華―フィロと、真夜―真代に顔を向け、口を開く。
「じゃ、集合場所はメガロポリス広場の銅像前。 今日もガンバロ!」
「はいっ! 腕が鳴ります」
「モンスター相手は御手柔らかにたのむよ? 私はドリル専門なんだから」




『…4・3・2・1…転送します』








 


あとがき
コレを書くきっかけになったのは、ログアウトしているキャラクターは、その間どこにいるのだろうと考え始めたことです。
少なくとも、カバリア島の中には存在していないはずですし、ログアウト時はテレポートと同じエフェクトで消えますから、この世界のあちこちには、こうやってログインするための転送センターがあるのでは無いかと考えました。
そしてその結果できたのがこんなお話です。

ちょっと蛇足として、最後にログインしてるのにタイトルが『ろぐあうと』なのは、ログアウトしている間のちょっとしたお話だからです。

お楽しみいただければ幸いでした。


 


 

 

 

 

 

 

 

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