世界と一言に言っても、いろんな世界がある。
科学が発達した世界、魔法が発達した世界……その両方が共存する世界。
世界の様相が違えばその内に住む人々の在り方もまた違い、ある世界ではただの高校生でしかない人でも、また別の異世界では勇敢な剣士や魔法使いだったかもしれない。

――これは、そんな”if”の世界のお話。


 


Lucky☆Star Fantasia
−自分らしさってなに?−
 



〜Chapter 1〜
おいてけぼり


 そこは大陸の片隅にある小さな町。
 馬車に揺られて丸一日程度離れたところにある首都ほど栄えてはおらず、かといって人気が感じられないほど寂れてもいない。
 適度に人がいて騒がしく、誰も困らない程度に物が入ってくる、そんな普通の町。
 普段からこれといって大きな事件も起こらず、日々のんびりゆるやかに時間が流れていくのがこの町の常ではあるが……
 ある日その町の片隅で、誰にも語り継がれない程度に大きな事件が巻き起こっていた。



 朝……と言ってももうすぐ昼に差し掛かりそうな時間帯。

 昨日も趣味に没頭してかなり遅い時間まで起きていたこなたは、皆がいるはずのリビングへの扉を開け、『おはよ〜』といつも通りに声をかけるつもりだったのだが……
「こなたぁ〜……」
 この状況をどう説明したものだろうか。
 ……いや、説明するだけなら容易い。
まず、かがみが涙目でこなたの背中にしがみつき、ビクビクと身体を震わせている。
 そして、その視線が向かう先――つまりはこなたの目の前には、妙に強気な表情で腕を組み、おどおどと影から覗き込んでいるかがみをにらみつけているつかさの姿。
 ただそれだけのことなのだが、問題となるものはこの光景そのものである。
 普段強気でつかさを姉として引っ張っていく立場にあるかがみが異様に気弱な顔を見せ、一方でいつもは気が弱くどこか引っ込み思案なつかさが、いかにもな感じで仁王立ちしている。
 はっきり言って、違和感だらけ。
「え、え〜っとかがみんや、一体何があったのかな…?」
 そんな二人に文字通り挟まれたこなただが、なんとか状況を理解しようと自分の身体にしがみついているかがみに話しかけることにした。
 普段はちょっとしたことでは動じたりしないこなたなのだが、さすがに今回はその範疇を越えているらしい。
「こなちゃんは関係無いからいいの! お姉ちゃんもこなちゃんの影に隠れてないで出てきて!!」
「い、いやぁ〜・・・・・・ つかさ恐いよぉ・・・・・・」
(……恐いのは私だってば……)
 まぁ気弱な態度で自分に涙目ですがりつくかがみ、という構図は、普段とのギャップもあって妙に可愛く見える気がしなくもない。
 しかし、それ以上に与えられる違和感が強く、いつもの勢いで軽くからかってやろうという気にはなれなかった。
 こうなった原因が分かっていれば、むしろ楽しんでいたかもしれないのだが……
「えっと……、と、とりあえずかがみんガンバレ!!」
 結局この場で自分が何をしていいのかわからず、かがみの手を振り切って逃げることにするこなた。
「あっ、こなたっ……行かないでっ!」
「おねーちゃん! これは私達の問題でしょ!!?」
 泣きそうな……というか明らかに涙混じりの声で自分の名前を呼んでいるのは聞こえていたが、こなたはとりあえず今は無視しておくことにした。
 一体何があってケンカ(一方的っぽいが)に発展したのか、そもそもなんでお互いに態度が豹変しているのかなど色々と気になるところはあれど、力関係が逆転している二人を見ているのは精神衛生上よくないと判断したのかもしれない。





「……ふー……演技してるわけでもなさそうだったし……ほんと、何があったんだろ?」
 リビングにたどりつき、とりあえず一息いれるこなた。
 とりあえずかがみはつかさにつかまっているのか、後ろからついてきている様子は無い。
「いやー、でもちょっと惜しいことしたかな? あんなギャップ萌えのかがみなんて早々見れないよねぇ」
 ギャップと言う意味ではつかさも同じだが、あっちは萌えと言うにはなにかが違う気がする。
「おねーちゃん、おそよー」
「あ、ゆーちゃんおそよーって……ゆーちゃんの口からそんな単語が出るとは」
 とまぁそんなことを考えていると、すぐ横から聞き慣れた声の挨拶が耳に入ってきたが、その声に込められた感情というかニュアンスは、またいつもと違っていたのが気になる。
 小早川ゆたか。 いつも純粋な心で皆を和ませ、彼女のそんな性格はご近所にも評判である。
 それだけに、彼女がそんな嫌味な言葉を口にすることは無い……そう思っていたのだが……
「ま、いーや。 それよりゆーちゃん、朝ご飯食べたいんだけど、何か残ってる?」
 先ほどの柊姉妹のこともあり、多少の不安を覚えつつもとりあえず話を進めることにするこなた。
 これが”三人目”だとしても多少の心構えはできているつもりらしい。
「あ、みんなで食べちゃって、もうなーんにも残って無いよ?」
「えー? ……むぅ、困ったな」
「そう思うんだったら、もっと早く起きてこないとね? お姉ちゃん」
 あははは、と少し大げさに笑うゆたか。
 その笑顔もまた相手を小バカにするような彼女にしては不自然なもので、こなたの疑惑は確信にかわりつつあった。
(……それにしても、こんな顔でもかわいらしく見えるのはさすがというべきか……)
 とりあえず、悪戯されても多少なら許せてしまいそうなその顔立ちは強く、なんとなく文句を言うような気分も失せてしまう。
 そういう理由もあり、ギャップと言う話なら柊姉妹よりはマシなので見ていて苦ではないが、やはり何がどーなってしまったのかは気にはなる。
「……ねぇゆーちゃn」
「ゆーたーかー♪」
「わぁっ!?」
 尋ねて判るものなのか? という疑いをもちつつも話しかけようとしたその時、こなたのその声を遮って飛び込んでくる影が一つ。
 こなたとゆたかとは二回りほど身長の高い、緑色のショートヘアーの少女……
「み、みなみちゃん!?」

・・・・・・・・・・・・衝撃度・計測不能

 普段の彼女にはありえないくらいの満面の笑顔で、がばっとゆたかに抱きつくみなみ。
 その勢いにゆたかはバランスを崩しかけるが、しっかりと支えるみなみの手もあり、たおれるまではいたらなかった。
「もー、みなみちゃん! 暑いからだきつかないでよ!!」
 そう言いながら、じたばたとあばれてみなみの腕から脱出しようとするゆたか。
 とは言っても、顔は少し笑っているようにも見えるので言葉ほど嫌がっている様子は無いようだ。
「ゆたか、今日はなんだか冷たいー」
 そしてみなみはみなみで、そんな言葉を口にしながらほっぺをすりすりとゆたかにくっつけている。
 ……ある意味萌えるシチュエーションではあるのだが、ゆたかの方からならいざ知らず、みなみからこういった行動に走る光景は少々不気味でもあった。
 なんだか、ここまでくると自分だけ別の世界に飛ばされてしまったような錯覚すら覚えてしまう。
「……ね、みゆきさんかひよりん、それとパティどこにいるか知らない?」
 まさか、と思い、今日まだ顔を合わせていないメンバーの名前を出すこなた。
「みゆきさんは教会、田村さんはさっきパティの部屋に行ったけど」
「おー……あ、ありがとうみなみちゃん…… まぁ、お二人さん、仲良くねー」
 相変わらず異常なテンションのみなみと、じたばたとしているゆたかにそんな一言をかけて、こなたはみなみの言葉に従って目的地へと足を向ける。
 とりあえず教会となると家の外に出る必要があるので、手近にいるひよりとパティの様子を見に行くことにした。





「おはよー、パティ、ひよりん。 元気にしとるかねー?」
嫌な予感は抱きつつも、とりあえずいつも通りにパティの部屋のドアをくぐる。
 その向こうに広がる光景は、ある意味自分の部屋とよく似た内装……というか、よく似た趣味のモノが並んだ光景。
 ひよりも含めたこの三人は趣味の方向性が近く、それなりにそっち方面で話すことも多いのだが――今はそれは横に置いておく。
「……パティ、どったの?」
「……Oh……コナタ、オハヨウゴザイマスネ……」
(く、暗っ!?)
 こなたですらも持て余してしまういつものハイテンションはどこへやら。
 周囲もどん底まで引きずり落としそうな勢いで、暗いオーラを撒き散らすローテンションなパティの姿がそこにあった。
そして、同時にその様子を見守る様にしていたひよりの姿も目に入る。
「泉さん、来てくれたっスか?」
「うんまぁ、なんかみんなの様子が変だから気になったんだけど……パティ、かなり重傷だね……」
 良くも悪くもメンバーのムードメーカーであるパティ。
 こなたと同様に、遠慮なく自分の趣味をあけっぴろげにしているその態度は、周囲には時折困惑を呼ぶ事がある。
 しかしそれでも彼女の前向きなハイテンションはある意味全体の空気を盛り上げる要因でもあり、彼女のこの状態は他のみんなにとってもあまり好ましいとは言えないだろう。
「そうっスねぇ……柊さん達もいつもと様子が違いましたし」
「そうそう。 ……まぁ、田村さんは正気みたいでホッとしたよ。 なんか私だけいつも通りって、逆に恐くなってきてさ」
 どうやら、ひよりに関しては周囲のメンバーがおかしいことを認識している、というのは分かり、少し安心するこなた。
 今のところは、普段と変ったところなども見受けられず、そのまま話を続けることにした。
「あー、なんか分かる気がするっス。 置いてけぼり食らったみたいですよね」
「まぁ、ゆーちゃんと岩崎さんのは、ひよりん的にはネタになりそーでよかったじゃん?」
「え……あの、その……それは……」
「……ん?」
 ゆたかとみなみの名前を話に持ち上げたのとほぼ同時に、ひよりの顔が一瞬で赤く染まるのが目に入った。
 今までそういう自分の思考に頭を抱えるような事はあれど、こんな初々しそうな反応を見せた事は無い。
「ネタって、そんなこと考えてないッス! お、女の子同士で、そ、そんな恥ずかしいことなんて……」
「あ、あのーひよりんや?」
「あの二人は特別仲がいいだけっス! 変なことに結び付けちゃいけないっスよ!!」
「いや、私ネタ、とは言ったけど、内容については何も言ってないよ…?」
「は、はぅっ!?」
 ……前言撤回。どうやらひよりも完全に正気、というわけでは無いらしい。
 あの二人についての妄想に関しては、こなたやパティに対しては少し話したりすることもあったはずのことで、今更弁解しようとするひよりではないだろう。
 セリフから考えるに、なんと言うか、考え方が純粋?な方向になっているのではないかと推測される。
「……むぅ、この二人もだめか……」
 まぁ、思考する回路は同じなだけに『そういう方向』の妄想は止まらないようではあるので、本人は精神的にキツい状態なのかもしれない。
「あー、ちょっと用事思い出したから失礼するよー」
 とりあえず、次に確認しておきたい相手――みゆきの下へと向かうべく、一言断ってパティの部屋から出て行くこなた。
 みゆきはメンバーの知恵袋としての位置を確立しており、彼女さえ正気なら解決方法がわかる――かどうかは不明だが、最悪こうなった原因くらいはわかるだろう。
 そう信じることにして、こなたは廊下を走り出していた。





「――っとと、みゆきさん。お帰り、今捜してたとこだったよ」
 部屋からでたその足で教会へと向かおうとしたこなただったが、玄関まで来た所で丁度みゆきが家に入って来るのに鉢合わせた。
 ぱっと見たところ、これといって仕草や態度に変化している様子は見られないが、ひよりの例もある。
 こなたは少し警戒しつつも、とりあえず話しかけた。
「あらこなたさん、どうかされたのですか?」
 いたっていつも通りのやわらかな物腰で、こなたの呼びかけに答えるみゆき。
 こなたはそれを目にしてとりあえずは大丈夫か? と判断し、まだ少し疑いは捨て切れずにいつつも、早速本題に入ることにした。
「いやー、なんかみんな変でさ。 でも演技してるわけでもなさそーだし、みゆきさんなら原因とかわかるかなーと」
「みなさんの様子ですか……」
 口下にかるく手を添えて、いつものように考え込む体勢に入るみゆき。
 こなたはこなたで、未だにみゆきが本当に正気なのかどうか、と彼女にしては注意深くその表情をじっと見つめていた。
「……推測になりますが、もしかしたら”リバーシマッシュ”を食べたのでは…と」
「り、リバーシマッシュ…?」
「はい。 見た目は普通のマッシュルームとよく似ているので、ごくごくまれに食べてしまう人がいるんですよ」
「……性格変換きのこって、また懐かしいネタを……というかいつそんなもの食べたのさ」
 自分でも得体の知れない冷や汗がでているのがよく分かった。
 むしろ、そんなの実在したんだ……という気持ちでいっぱいだったのかもしれない。
「そうですね。 つかささんがきのこパンを焼いて、それが朝食だったので、たぶんそこに混入していたのかと」
「……なるほど、そういえば私さっき起きたばっかで食べてないや……というかみゆきさんは食べなかったの?」
「食べましたよ? でも、量によっては影響が出ないこともあるので……幸い、普通のマッシュルームもちゃんと混ざっていたようですね」
「……そういう問題なんだ……」
 うーむ、と困ったように口元を曲げるこなただったが、それを言われるとひよりが表面的にはあまり変化していなかったのも頷ける。
 おそらく、そのきのこを口にした量が他よりも少なかった、ということだろう
「ってあれ、そういえば峰岸さんは? 今日ってご飯つかさの番だったっけ?」
「峰岸さんでしたら、昨日首都の方に用事があると言って、日下部さんが護衛になって出かけたじゃ無いですか」
「あー、そういえばそうだったっけ……うーむ、これでつかさドジっ子伝説にまた一つ歴史が刻まれたわけか……」
 というか、厳密に言えばそのきのこが混入したこと事態はお店やら収穫する側の問題で、つかさの責任とは言い切れないのだが。
 とりあえず、こなた的にはそっちで納得した方がよかったらしい。
「……まぁそれはおいといて、元に戻るの? きのこの毒だったら、みゆきさん確か解毒の聖術使えたよね?」
「……えーっと、もしかしてキュアポイズンですか? 確かに使えますけど、このきのこの毒は特殊ですので、その呪文では治せないんですよ」
 みゆきは少し困ったような表情を見せながらそう答えた。
 そして、いい案だとでも思っていたらしいこなたは、その一言を耳にして軽くうなだれてしまう。
 まぁ、性格がかわってしまうような毒が普通のモノとは思えないのは確かではあるのだが、さすがにようやく見えた光明を一言で握りつぶされてしまったのはショックだったのだろう。
「あ、でも解毒剤になる薬草なら……ちょっと待っていてください」
 そう言うと、トタトタと奥にある自分の部屋まで行き、数秒もしないうちにまた出てくるみゆき。
 手には何かの本をもっているようで、そのまま歩きながらぺらぺらとページをめくり、こなたのところまで戻ってきた。
「”ソリュート”という薬草で、近くの森の比較的浅い所でとれるものなんです」
「それで治るの?」
「いえ、さすがにこれだけでは……ですが、薬に必要な他の薬草は教会に在庫がありましたから、これさえ回収すればなんとかなると思います」
「……うーん、なるほど……」
「ただ、全員分となると相当の量が必要になると思いますので……」
 はぁ、と溜息をつき、そう口にしながらみゆきは本を閉じる。
 写真付きの植物図鑑だったので、薬草自体の姿形は理解できたし、近くの森と言えばこの町からなら日が出ているうちに往復できるだろう。
 こなたレベルの冒険者ならば、特に労することもない。
「あの、こなたさん……申し訳ありませんが、採りに行っていただけないでしょうか? 実はこの後すぐに教会に戻らなければならないので……」
「うーん、まぁ私もこの状況はさすがに落ち着かないしなぁ……」
 特に、気弱なかがみと陽気なみなみ、そしてどん底に暗いパティあたりが、とてもじゃないが見ていられない。
 まぁ、ある意味楽しい光景ではあるのは認めるけれども、こちらの調子まで崩されては仕方が無い。
「しょーがない、面倒だけど行くか……」
「すみません、教会の在庫も確保したいので、できれば少し多めに持ってきていただけると……」
「あー……うん、集められたら持ってくるよ。 私がみゆきさんに頼られるなんて珍しいしね」
 そうしてひとしきり会話を終えると、こなたはめんどくさそうに溜息をつきながら、自分の部屋に武器と鎧を取りに戻っていった。
 森の浅い部分であれば出てくるモンスターもそれほど強くないので、一人で行くこと事態は別に異論は無いらしい。
「そいじゃ、行ってきまーす」
 そして、これといって緊張感も感じさせないまま、部屋から出てきて、みゆきの横を通り抜けて外へと向かうこなた。
 最後の最後まで、あまりやる気は無さそうではあったが。



「……ふふっ、こなたさんは私の言うこと信じてくれて助かります」
 ……ドアが閉まり、周囲に誰もいなくなった廊下で、彼女がこれまで一度も見せた事の無い不敵な笑みを浮かべるみゆき。
「在庫を確保するように言われていましたが、さすがに私一人で森に向かうのは骨が折れますし……それに、最近あの森には危険なモンスターが住みついたと噂されてますし、こういうのは、誰かに任せてしまうのが一番です」
 彼女はそのままクスクスと笑いながら、リビングに向かって歩き始める。
 ……嘘の中にほんの少しの真実を混ぜるだけで、その嘘はより真実味を増し、他人を乗せやすくなる。
 それを言葉巧みな者が扱えば、どんな嘘でも本当にしてしまえる力を得る場合もあるという。
「さて……こなたさんが戻ってくるまで、お茶にしましょうか。 峰岸さんは外出中ですし……そうなるとやっぱりつかささんですね。 お茶の淹れ方が上手なのはいいことです」
 モノのゆがみというものは、限度を越えれば逆に不自然には見えなくなると言われている。
 彼女の場合はそれとはまた違うかもしれないが、”変わってないように見せかけられるような技量”を持っていたというのは事実である。
 演技を外した彼女の姿をこなたが目にしていれば、さぞどす黒いオーラが見えていたことだろう。
「……あれ……何……?」
 ――そうして、リビングの前辺りまで歩を進めたみゆきだったが、突如として妙な眩暈を覚え、そのまま足をふらつかせて倒れ込む。
「……うぅ…………」
 一瞬壁に掴まってこらえたものの、徐々に朦朧としていく意識と、全身の脱力感には逆らえず、あえなく床に伏してしまった。
 奥の部屋からはいつもとは雰囲気の違うメンバーの声が聞こえてくるが、ここまで来てくれるような様子は感じられない。


 ……そして、意識が途切れる直前になって、みゆきはこの眩暈がいったいなんなのか、唐突に理解していた。



 


〜Chapter 2〜
かいしんのいちげき
 

 それからそれなりに時間が経過して、森の中。
 こなたはアイテム採取用のカゴを背負って、その中に同じ草ばかりを見つけては引っこ抜いて放り込んでいた。
 草自体はどうやら雑草の一種らしく、在庫が無い、と言ってもそれは教会の中の話で、歩きまわっていればそこかしこに生えているので見つけること自体にたいして労力は使わずにすんだのは救いかもしれない。
「ふぅ……まぁこれだけあれば十分かな」
 大分と草が溜め込まれた籠を覗いて、ぽつりとそう呟くこなた。
 森を歩けば見かけるのが当たり前すぎて今までただの雑草だと思っていたが、こうやって見ると妙なありがたみが感じられるのが不思議である。
「うーん、でもどうせならもっとレアなの見つからないものかなぁ……やっぱりアイテム採集の醍醐味と言ったらレアアイテムを見つけた瞬間のあの高揚感だよね」
 以前かがみとつかさとみゆきと組んでダンジョンに潜った時にお宝を見つけた時は、全員して思いっきり盛り上がったものだった。
 まぁ、それなりの物を見つけようと思ったら、それなりに危険な場所に向かう必要があるのは確かである。
 安全な場所にあるようなものは、珍しいものなら大抵取り尽くされてしまっているのが普通なのだから。
「なんて言っても無いものは無い……っと……」
 誰に向かって、ということもなく、ただ一人で愚痴るこなた。
 とはいっても、このままずっとここにいても仕方が無いのは確かで、草取りも十分な量を確保できたし、第一に飽きてきたのかそろそろ帰ろうと決意を固めていた。
 そして改めて採取カゴを背負いなおし、来た道を帰ろうとした……その時
「おおうっ!?」
 突然左右の木の間から振り下ろされる巨大な斧。
 直前になって殺気を見切り、こなたはなんとかその一撃の回避に成功する。
「もしかして、囲まれてる?」
 すたっと地面に降り立ち、剣を構えながら周囲を見渡す。
 目に映るのは、犬っぽい頭にゴツイ人間の身体をしたモンスター、コボルトの集団。
 どうやら、草の回収に気を取られている間にこの群れが近付いてきていたらしい。
 まぁ、コボルト程度なら10匹くらい徒党を組んでやってきても、逃げるなり倒すなりできるのだが……
「……なんかでかいのが一匹いるなぁ……」
 こなたの倍……というのはさすがにないが、体長は大体2.5Mくらいだろうか?
 いったいどこからそんな物をもってきたのか、その身体に見合ったやたらとデカイ斧を携えた、この群れのボスであると言わんばかりのデカイコボルトがそこにいた。
 どうやら、先程こなたに一撃をいれようとしたのは彼?らしい。
「えーっと、確かナハト・コボルトだっけ? コイツ森の奥の方でしか出て来ないって聞いたんだけど……」
 とりあえず、目の前にいるボスコボルトの詳細を自分の記憶から引っ張り出すこなた。
 噂でしか聞いた事が無い情報だが、図体のわりに足が速く嗅覚も鋭いために、逃げきるのはかなり困難である。
 つまり、このナハト・コボルトはかなり危険な相手なのは間違いが無い。
「って、愚痴ってても仕方ないか! とにかく……散空斬連奏剣!!」
 そうと分かれば、脱出あるのみ。
 少しもったいないが荷物のカゴをてきとうに投げ捨て、ナハトとは逆の方向にいたザココボルト2体に向けて衝撃波を放ち吹き飛ばす。
 と同時に、一気に包囲から抜け出すべく、その隙間に向けて走り出したのだが……
「ごふっ!?」
 一瞬前に投げ上げたカゴが頭から落ちてきて、滞空中にこぼれそこねた草の山に上半身が埋まる形ではまりこむ。
 あ〜、なんで私真上になんか投げ上げたんだろう……などと、命の危機かもしれないと言うのに自分でも意外な程思考回路は冷静そのものだった。
 ただ、それでも予想だにしなかった出来事に足元が狂い、思わずその場に倒れこんでしまう
「…――わわわっ!!?」
 とにかく急げ、と言わんばかりにカゴから頭を抜き立ち上がろうとするが、その時既に遅し。
「痛っ!!」
 コボルトの内の一体が倒れ込んだこなたの足を思いっきり叩き、そしてナハトの腕はこなたを両断すべく高々と斧を振りかざしていた。
 いくら鎧を着てるとはいえ、自分のソレは動きを妨げないためにごく薄いものでしかなく、あの特大の戦斧の一撃に耐えられるはずがない。
 足を強烈に打たれてまともに動き出せず、このままなら、もう5秒も数える暇もなくあの世行きだろう――
(あー、せめて溜めてた本読んでおくんだった……)
 などとどこか楽観的な走馬灯を味わいながら覚悟を決めた、その時だった。

「――フォースローイン!!」

 突如として耳に飛び込んでくる聞きなれた声。
 それとほぼ同時に四本の矢が飛来し、振り上げられたナハトの腕――手首から肘にかけて、寸分違わず貫いた。
 誰もが予測できなかった攻撃に怯んだのか、一瞬動きを止めるナハトと、取り巻きのコボルト達。
「つ、つかさっ!?」
 そして、声が聞こえてきた時点で半ば予想はしていたものの、その矢の主の姿を見て、思わず驚きの声を上げるこなた。
 いつになくキリリとした鋭い目つきで弓を構え、すでに第二射を放つ体勢に入っている。
 普段何かと引っ込み思案で恐がりなだけに、戦闘でも技が上手く決まらないつかさだったが、きのこの影響で強気な状態になっているせいか、普段では考えられないほど頼りがいのある空気を背負っていた。
(……っていうかその気になったら強いんだなー、つかさって……)
 とかなんとか考えている間に、再びフォースローインを放つつかさ。
 今度の狙いは右足で、一本は外れたものの、残る三本は的確にその的を捉えている。
「Let’s Dancing! いきますヨ♪」
 身体を支える足に攻撃を受け、ナハトが一瞬体勢を崩しかけたその瞬間、また別の声が真上から聞こえてきた。
「ぱ、パティ……」
 スタッと華麗に木の上から着地し、そのままダンスでも踊るかのように両手のダガーを振り回して、こなたに攻撃を加えようとしていたザココボルトを斬り裂いていくパティ。
 着地の直前、ついでとばかりにナハトの顔面を踏みつけるようにして足場にしていたのも功をそうし、バランスを欠いていたナハトはさらにおおきくよろめいていた。
「ミナミ、ひよりん! 今デスよ!!」
「え、ちょっと……え?」
 こなたの疑問の声に答えが帰る事は無く、パティの呼びかけに合わせるようにつかさの後方からさらに二人の人影――みなみとひよりが現れる。
「岩崎さんいくっスよ!! 『天馬スレイプニール』召喚!!」
 そして、ひよりが何かを宣言すると同時に、彼女が持つスケッチブックから具現化する、蒼き鎧をつけ、背に翼を、額に大きな角を携えた天馬。
 ソレが地面に降り立つと同時にみなみが乗騎し、そのまま体勢を崩したナハトに向けて突撃を始め……
「紅蓮を纏いて、敵を討て! 『ブレストチャージ』!」
 ひよりの呪文に呼応するかのように『スレイプニール』は全身に炎を纏い、角を前方に突きつけて一気に加速する。
 そして、ナハトまでの距離が後1Mにさしかかろうかというその時、みなみがその剣を構え、”奥義”の体勢に入った。
「――ディヴァイン・フレアスラスト」
 ぼそり、と呟くようにそう口にすると、文字通り戦車の如き突撃力をもって『神の一閃(ディヴァイン・スレイ)』を叩き込む。
 それは少し前にひよりが思いついたという二人(というかみなみと召喚獣)の合体奥義で、最初は上に乗っているみなみにまで炎のダメージがいきかねないほどだったが、訓練してそれなりの形にはなっていたらしい。
 その破壊力はそんな苦労を物語るかのような強大さで、馬鹿でかいナハトの身体を軽く数メートルは吹き飛ばしてしまった。
「……泉さん」
「わわっ、何なにナニ!?」
 ……そのまま技を解除したかとおもえば、くるりとUターンして帰りざまに地面のこなたを馬上に掴み上げるみなみ。
 ついでに、パティはそのタイミングを見越していたかのように飛び上がり、しっかりとこなたのうしろにしがみついている。
 こなたは突然のことで一瞬なにが起こったのか理解が追いつかない様子だったが、つかさ達の傍まで帰還した時に聞こえてきた声に、さらに驚かされる事になる。
 ……いや、ここまできたらある程度予想できていたのか、それほどの驚愕はなかったかもしれない。
「いくわよ、みゆき!」
「はい、かがみさん!」
「かがみに、みゆきさんまで……」
 仲間が全員敵陣から離れたことを確認し、揃って呪文詠唱の体勢に入るかがみとみゆき。
 コボルト達は自分達のボスが地面に倒れ込んだ事で動揺し、こちらに対しての攻撃をためらっている。
 確かに、今なら呪文を詠唱する時間は十分にある。
「私もいるよ、お姉ちゃん」
「……ゆーちゃん」
「……足、今治すから……―――聖アルティアの祈りを以って、聖女の癒し手、その指先より彼の者に白の祝福を――」
 先ほど打たれたこなたの足に向けてゆたかは手をかざし、治癒聖術の詠唱に入る。
 そしてその手より放たれるのは、彼女の心の内を現すかのような、優しく、穏やかで暖かい癒しの光。
 修行中なだけにまだ基本的な術ではあるが、とりあえずのこの程度の治療はこなせるようで、数秒もしないうちに響くように身体を蝕んでいた痛みは消え去っていた。
「――月光の精が放つ紅く猛し白炎――」
「――其に従え紅蓮の皇炎、天壌を染め、灰塵に帰せ――」
 そうしている間に、かがみとみゆきの二人の詠唱も終盤に差し掛かっていた。
 二人を中心に、聖光と炎の魔力が渦巻いているのが、傍目にも感じられるほどに強い呪文。
 コボルトも一部持ち直してこちらに向かおうとしているようだが、もう遅い。
『セラフィムブレイズ!!』
 みゆきの聖術による白き浄化の炎と、かがみの元素魔法による劫火。
 元々聖術と元素魔法は相性は悪く、下手に組み合わせようものなら相殺して消えてしまうものだが……
 この二人は、その難題を軽くクリアーしてしまっていた。
「さすが理論派コンビ……合体魔法が強烈……」
 一瞬にして吹き飛ばされたコボルトの消し炭を眺めながら、そんな一言を呟くこなた。
 確かに魔術師タイプの者は詠唱する隙がないと戦うことすらままならないが、一撃の火力だけで言えば同レベルの剣士を大きく上回る。
 それゆえに、この二人はグループ戦闘においては攻撃の要なのだ。
「……あれ、まだ動いてるっスよ」
「むぅ……あのデカイの、見た目通りしぶといわね」
 炎が収まった直後、ザココボルトが全員消し炭にされた跡地に、ただ一体だけ、ナハト・コボルトが生き残っていた。
 まだ斧を振り回している事から、戦う意思は満々のようだが……その姿はどうみても満身創痍で、もう大した脅威は感じられない。
 大技を一撃決めれば確実に倒れるだろう。
「……かがみんや、一応確認するけど、今は正気だよね?」
「え? ……まぁ、見ての通りよ。 っていうか今はそれどころじゃないでしょ」
「いやいや、気弱なかがみんだと私との合体技なんて出来ないでしょー? 元に戻った理由は後で聞くから、アレで決めちゃおう」
 足はもうゆたかの治癒聖術で完治しているし、ほとんど動けずにいたから技を繰り出す体力も十分残っている。
 とどめを刺す気満々らしいこなたは、ブンブンと剣を振り回してそう口にしながら、ナハトの方へと向き直った。
「……いや、私大きいの撃った直後なんだけど」
「えー、つかさがあんなにかっこよく登場して、他の皆も合体攻撃なんて派手なことしといて、私だけ除け者なんて悲しいよ……自分で投げたかごに頭突っ込んでこけるなんてカッコ悪いことしちゃったんだよ? せめてトドメをかっこよく決めて挽回したいんだよー……」
 うるうるとした目で、わざとらしいまでの泣きそうな顔を演出し、ずずいっとかがみに接近するこなた。
 周囲にしてみればいつものこなたの冗談なのだが、それを正面から受けさせられるかがみにとってはそんな簡単な問題では無いようで……
「ったく、私ものメンタルも無限じゃないんだからね……まだ撃てるのは確かだけど……ああもうっ! 仕方ないわね!!」
 と言いつつこなたに並ぶように一歩前に進み出て、呪文の詠唱体勢にはいるかがみ。
 その一連の態度を目にしていたこなたは、どこか楽しそうな笑みを浮かべると、改めて剣を構え、敵の方へと向き直った。
 そんな一瞬の表情の変化をしっかりと目にしていたらしいかがみは、『何が言いたい』とでも訴えるような目つきでこなたをにらみつつ、詠唱を開始する。
「――黄昏に堕つ閃光、万象を滅す紅蓮の杖……我は求む、汝の力の欠片を、彼の剣に与えんことを――」
「詠唱終わり? こっちもすぐにいけるよ!」
 かがみの詠唱終了と同時に、こなたは構えていた剣を天に向けて高々と掲げ――
 そして、かがみはその手にそっと自分の手を重ね、魔法発動の最後の一言であるキーワードを、二人で高らかに宣言した。

『出でよ黄昏の剣――レーヴァテイン!!!』

 その瞬間、凄まじいまでの劫火がこなたの剣を軸に立ち昇り、一振りの炎の剣を創り出す。
 これはあくまでも、神話に伝えられる剣を魔法によって擬似的に模したものに過ぎないが―――その力が生半可なものではないことは、遠目にも理解できる。
「ほら、さっさと行きなさい!!」
 剣への呪文付与が成功したことを確認すると、かがみはさっと手を離して巻き添えを食らわないところまで離れ、そう呼びかけた。
 さすがに大呪文の二連続が堪えたのか、その足並みはすこしふらついている。
「おーけーかがみん! 今、必殺のぉ……!!」
 こなたは軽く親指を立ててそう返事をし、即座に目の前のナハト・コボルトに向けて走り出す。
 もっとも、向こうはすばしっこいこなたに対して攻撃をあてられるような余力はのこっていないだろうが……
 ここまでくれば、もう容赦は無い。
「レーヴァント・ストラァァァァアアッシュ!!!」
 滅びの炎を携えた一刀が、今、叩き込まれた。

 


〜Chapter 3〜
なげっぱなし


「こなたさん! 申し訳ありませんでした!!」
 ナハト・コボルトが全身丸コゲで完全に倒されたことを確認した直後、なんの前触れも無く、半ば叫ぶような声を上げながら、みゆきがこなたに対して深々と頭を下げていた。
 なんとか強敵を撃破できてほっと一息入れていたタイミングだけに、全員が不意を付いたような彼女のその行動に驚かされ、その視線が集中する。
「な……なに? みゆきさん、どうかしたの?」
「は、はい……わ、私……今このモンスターが森の浅い所に出てきているのを知っていたんです」
 自分は恐ろしいことをしてしまった……そう言うかのように身体を振るわせ、目に涙をためるみゆき。
 実際に彼女が口にした内容もこなたにしてみれば驚きだったが、それ以上にその表情は奇妙な破壊力を秘めていた。
「ああ、私ったらなんてことを……危うくこなたさんを見殺しに……」
「ちょ、ちょっとみゆきさん落ち着いて……順序追って説明してくれないとわかんないよ」
「は、はい……その……どうやら私もリバーシマッシュの影響を受けていたらしくて……」
「……え?」
 いつもと何も変わらないように見えたけど?
 ……とこなたは言いかけたが、ふと思い返すとなんとなく怪しい箇所はあったようにも思える。
 そもそもみゆきのような性格の人間が、自分の頼みごとで自分がついていかない、という事があるだろうか。
 まぁよほどの用事があるなら仕方ないが、多少時間を合わせてもらって、自分も行くと言い出しそうなものだ。
「その、教会からソリュートの採取をお願いされていたのは本当なのですが……『今の森は危険だから自分が行くことはない、誰かにまかせればいい』という考えが自然と出てきてしまい、嘘を言ってあの場にいたこなたさんを……」
「嘘?」
「実は、放置していてもしばらくすれば元に戻る毒でして……」
「……え?」
「は、はい……それに、その、リバーシマッシュの毒は、確かに『キュアポイズン』での治療はできませんが、……『ノーマライズ』でしたら、その場で治す事ができたんです」
「……そ、そういえばそんな聖術もあったよーな……」
 というか、ノーマライズという聖術は、大抵の状態異常を治癒できる万能の異常回復聖術。
 ダンジョンに潜ったときにお世話になったことは幾度となくあるというのに、それを忘れていたのは盲点だった。
 というか、恐るべしは裏みゆきの話術だろうか。
「ということは、もしかしてほかのみんなが元に戻ってるのって……?」
 得体の知れない寒気が背筋を走ったような気がしたが、これ以上みゆきをせめるのはよくないと判断し、急いで話題をかえるこなた。
「はい、私は口にした量がそんなに多くなかったらしく、こなたさんが出て行った直後に元に戻ったので……急いでみなさんを治療して、追いかけてきたんです」
 少なかったにしては影響が他よりやたらと大きかったような気もするんだけど……
 もしかして、量の問題じゃなくて個人差なのだろうか? それとも変動が激しいほど元に戻るのも早いとか?
 ……いまさら考えても仕方ないのかもしれない。
「……じゃあ、つかさがそのままなのは?」
 そこで、ふと思い出す。
 全員を治療したのなら、最初に現れたつかさのあの姿はなんだったのだろうか。
 どう見ても、いつものつかさに戻っていない。
「あ、それ私がそのままにしておくように頼んだのよ」
「かがみが?」
「うん……悪いとは思ったけど、ほら、言いにくいけどつかさって……気弱で技とかうまく決まらないじゃない? だから強気になったらどうなのかなーって思って……」
 あー、と思わず納得するこなた。
 まぁ言葉どおり本人に聞かれると具合が悪いのはわかっているのか、かがみの声は耳打ちするような小さなものだったが……
「……お姉ちゃん、何か言った?」
 何か自分のことを話している気配は感じ取られたのか、あまり機嫌がよいとは思えない表情を向けてくるつかさ。
 睨みつけるようなその目つきは、やっぱりいつものつかさとは一味違った迫力が伝わってくるかのようだった。
(……っていうか、つかさどんだけ食べたんだろう……私が家出た直後にみゆきさんが元に戻ったんだったら、そこからもう随分経ってるんだけど……)
 おそらくではあるが、普通のマッシュルームの中にリバーシマッシュが混ざっていたというより、リバーシマッシュの中にマッシュルームが混ざっていた、くらいの割合のパンを食べたのかもしれない。
 他の皆がどうだったのかはわからないが、みゆきは一番最初に元に戻っただけに、おそらく前者の割合のパンを食べたのだろう。
「……みゆき、まぁつかさも少し強気になればうまくいくってわかったし、治したげて」
「あ、はい。 えっと、つかささん、少しじっとしていてくださいね。 聖アルティアの祈りを以って―――」
 などと考えている間に、疲れたような表情のかがみがそう呼びかけ、みゆきも少し苦笑い気味の顔を浮かべながら、つかさにノーマライズの聖術をかけるために詠唱を開始していた。
「それにしても、人騒がせなきのこだったッスね……」
 その様子を眺めながら、どこか疲れたようにそう口にするひより。
 考え方は純粋なのに、いわゆるオタク的思考回路は生きているせいで、人に言えないような妄想がとまらないのだから……
 確かに、ある意味一番精神的に辛い状態に陥っていたのは彼女かもしれない。
「……でもまぁ、かがみが可愛かったから私的には惜しかった気もするかなー」
「ってそれはもういいってば! 恥ずかしいんだから蒸し返さないで!!」
 それを受けて、今朝一番に遭遇した出来事を思い返すこなたと、思いっきり顔を赤くして叫ぶかがみ。
 もう一人の当事者であるつかさは、みゆきの治癒を受けて、急に元に戻ったために朦朧としているのか、周囲の声は耳に入っていない様子だった。
「……でも、記憶……ちゃんと残ってるのは……」
「あ、あはは……そうだね……私もちょっと……」
 みなみとゆたかはお互いの行動を思い返して、一方は恥ずかしそうに顔を赤らめ、もう一方は申し訳なさそうに表情を曇らせている。
 普段の自分と、文字通り真逆の態度をとっていた二人だけに、どうしようもなかったとはいえ、後悔は絶えないのだろう。
「ワタシもあんな暗い気分は二度とゴメンですヨ」
 実際、パティはあそこまでどん底に落ち込んだことなどなかったのかもしれない。
 別にそうなるようなことは何もなかったのに、きのこの効果なんかで無理やりテンションを落とされるというのは、正気に戻ってみれば気分のいいものではないのだろう。
 周囲にしてみても、心臓に悪いのでやめてほしい、というのが正直な意見かもしれない。
「……ま、とりあえず一件落着ってことで気にしないほうがいいんじゃないかな? 私もいつもと違う皆が見れて楽しかったし」
 しかし、ある意味一番の被害者であるはずのこなたはそう口にして、これといって気にかけているような様子はなかった。
 確かにいろいろとペースを乱されたり、危うく死にそうな目にあったことは確かだけれども、結果オーライが彼女の主義。
 終わりよければすべてよし……思い出は笑い飛ばすもの、である。
「……そうね、終わったことは仕方ないわよね……」
「そうそう、気にしすぎても負けだよ。 結果的にみゆきさんの薬草集めも終わったんだし、万々歳って事で――」
 と、そこまで口にしたところでふと気がついたことが一つ。
「………お、お姉ちゃん……薬草って、もしかして……」
 ゆたかが恐る恐る指差した先に目を向けてみると、そこにあるのはなにかが燃え尽きた後のような灰の山。
 そして、一度投げ捨てたためにこなたの背中には当然のごとく籠はなく、周囲に目を向けてみてもそれらしいモノはどこにも見当たらない。
 ……誰も口にしようとしなかったが、全員の脳内で、全く同じ答えにたどり着いていた。
 もしかしなくても、さっきの戦闘の間に燃え尽きた←結論




「…………こなた、みゆき……えっと、なんかごめん……私が火なんて使ったから……」
「……いえ……私も合体魔法で……同罪ですから……」
「…………お、お姉ちゃん、私も手伝うから……」
「……そだね、集めなおそっか……」

 どこからともなく吹いた風に、なにかの消し炭はむなしく散っていくばかりだった。










 一方そのころ、家では
「やっと帰ってこれたなー」
「そうねー。 馬車とはいえ、これだけ乗ってると疲れるわね」
「あやのー、何か食べるものなかったっけ?」
「うーん、帰ってきたばかりだし、私に聞かれても……」
「お、パン残ってるじゃん。 これもらっとこーぜ」
「ちょっとみさちゃん……もう、誰のかもわからないのに……」


 ……END?


 


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