クラスメイト曰く。
あいつらはよく分からない。悪い奴じゃないけどね。
 
先生曰く。
彼女達はよく分からない。優秀ではあるんですが。
 
彼女達曰く。
私達は私達です。それで、何か問題が?
 
とりあえず。
天使と悪魔は、今日も元気です。


 
 


第4話
 
ある朝の出来事
―天使(エンジェル)と悪魔(デビル)の場合―
 



 
 魔法使いに関する誤解、その一。
 魔法使いは、自分の力で奇跡を起こすわけではない。
 
 「魔法開始(スイッチ・オン)」
 掛け声一つ。自分の声が、まるで他人が言った言葉のように耳に響く。
 その瞬間に、自分と言う感覚を捨てる。自分も世界も。全てをひっくるめて一と考え、世界全てを再認識していく。
 掛け声自身に特に意味はない。魔法を使う自分になるためのきっかけを作るだけのもの。だから、別に何でも良い。自分なりの言葉で、自分なりに世界を認識し、自分なりに再構築する。
 その先にあるのは、きっと、違う世界。
 「魔法継続(セッティング・スタート)」
 ここが、境界線。ここまででやめてしまえば魔法は発動しない。これ以降に行ってしまえば、どうあがいても魔法は発動する。
 結果がどうなろうとも。
 魔法というものを暴発しやすい銃に例えた人間がいるが、それも実はあながち的外れでもない。慎重に扱えばそうでもないが、下手をすれば暴発しかねない。だからと言って得られるものが多いとは限らない。
 はっきり言えば、使いにくい。
 そも、魔法という力自身、今だ発見されてからニ世紀ほどの時間しか経っていないため、まだ発展途上にある技術だ。
 それこそ、世界にも数少ない『マホウツカイ』なら、別段何の問題もなく魔法を操って見せるのだろうが、ほとんどの魔法使いは未だ制御さえ完全とは言い切ることが出来ない。
 生死に関わるようなリスクを背負うわけではないが(そういった魔法も幾つか存在する)、多少のリスクは背負わねばならない。
 例えば、腕が一本無くなるとか。
 そういった人間をいくらか見てきたことがあるが、たいていの場合、無茶な魔法の代償を払った人間ばかり。
 故に、魔法使いに求められる素質のうちの一つ。すなわち、自分の限界を見極める力。
 「…………」
 そこまで考えて、考えるのをやめる。これから先は、少し集中していかないといけない。例え、どんな魔法であっても。
 意識を魔法に集中する。
 先ほどの言葉で続ける事を要求された魔法の手順は、さらに次の段階へと昇華する。
 「魔法承認(オーバー・ザ・リバー)」
 川を越えてしまった。もう、後戻りは出来ない。だから、ある意味ではここからが本当の魔法だ。
 「魔力抽出(イート・イット)」
 魔力を蓄える時の感覚をどう説明したものか。
 強いて言うならば、自分と世界が一つになるような感覚。自分と世界の間にある、何か境界のようなものを取り外してしまうような感覚とでも言えば良いだろうか。
 この世界に満ち満ちている力。大きな力の源ゆえに太源、オドと呼ばれることもあるその何か。それを利用するのが、魔法の原理。
 そのための、魔法。
 自分の身体の中に、自分以外の何かが入ってくるような気分。それも、あまり気持ちの良いものではない。まるで生きているかのような何かが、身体の中を這いずり回っているような気分。今にも吐き出しそう。気分が悪い。気分が。
 「…………」
 何と歯を食いしばって、この不快感に耐える。
 前にクラスの皆に聞いてみたのだが、魔法を使う際にこんな不快感を感じる人間はいないらしい。多少の気持ち悪さはあるものの、吐きそうなくらいに気持ち悪かった事は無い、と。
 自分だけなのだろうか。こんな不快感を味わっているのは。
 天使にも聞いたが、そんなことは無い、と言っていた。
 何でだろうか。何で私だけがこんな嫌な目に、
 「……うっ」
 ……集中しよう。
 頭の中の考えを捨て、魔法に集中する。
 ある程度の魔力を身体に蓄えると、接続を切る。再び、自分と言う感覚が戻ってくる。だが、そこにあるのは少し前とは明らかに違う自分。魔法の力に満ち満ちた、自分。
 その力を変換する。魔力と言う、この世とはある意味で無関係なエネルギーを、この世のエネルギーへと変化させる。
 これが、魔法。
 力を取り出すことが、魔法の目的。その力の種類や性質やらで色々と分類する事も可能だが、それは枝葉の部分でしかない。重要なのは、この力を使うと言う事。そして、その力で何かをなすと言う事。
 それが、魔法。
 それが、魔法使い。
 「魔法完了(ファクター・フィニッシュ)」
 過程完了の言葉。そして、呪文。これにも決まりは無い。が、その魔法の効果を一言で言い表したものが良いとされている。だから、今は。
 「水分蒸発……」
 こう、叫ぶ。
 「乾け、制服!」
 
 *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  
 
 さて。朝である。
 東の空から太陽が顔をのぞかせ、鳥が忙しく鳴きまわり、街にはそろそろ出歩く人々が見られるような、そんな頃。
 とある町外れにある大きな洋館。その圧倒的なまでに洋風な雰囲気が、回りの町並みからすれば少しずれているような気がしないでもない。そんな、日本の町並みそのものがそぐわないような、洋館。その大きな門の前に、
 一人の少女がいる。
 「…………」
 彼女は何をするでもない。ただ、立っている。視線は、門の中の屋敷に集中させて。傍から見れば何かを待っているように見えなくも無いが、何を待っているのかは分からない。いや、もしかしたら、逆に分かりやすいのかもしれない。
 つまり彼女は、この屋敷の主を待っているのだろう。その人物が屋敷から出てくるのを、屋敷の前で待っているのだろう。
 突っ立ったままで。
 「……へっくち」
 誰かが噂をなんとやら……であろうか。ちっちゃくて可愛いくしゃみをひとつ。そろそろ季節は冬。外で立つには少し寒い頃合かもしれない。
 小さいな女の子。
 彼女のことを評するなら、おそらくそういう表現が一番正しいのではないだろうか。見た目から推測するところによると、小学生か中学生くらい。背中の中ほどまである長さに少しばかりの癖をつけた髪は栗色で、明るい雰囲気が彼女によく似合う。前髪は目の上辺りできっちりと切りそろえられており、目の上で微妙なカーブを描いている。
 制服のサイズが無かったのだろうか。着ている制服は体格に少し合っていない。端的に言えば、かなり大きい。全体的に服が余り気味で、ダボダボに制服を着込んだその姿は、彼女をさらに幼く見せている。
 あ、彼女が動いた。さっき立っていた場所から少し動く。少し動いた先は、場所的にはあまり代わりは無い様に見える。が、よく見ればさっきの場所より少し日当たりが良い。お空の太陽が暖かく、少し冷えるのがましになったようだ。よくよく見れば、表情が少し明るくなったような気がしないでもない。
 「…………」
 ……気のせいだろうか。
 ともかく、陽だまりの中で、再び彼女は待ち続ける。
 時計を見れば、時間はそろそろ八時になろうかと言う頃。
 「……遅い」
 言って彼女は、視線を洋館から空へと向ける。流れる雲とか、太陽とか、飛んでる鳥とか。眺めるものは幾らでもありそうだ。
 だからと言うわけではないのだろうが。
 彼女は、屋敷の少しの変化に気付く事が出来なかった。
 しっかり見ていたところで気付いたかどうかの保証も無い、それくらいにほんのわずかの変化。それを見逃してしまい、まだ空を見てそのことに気付かない彼女の代わりに屋敷を見よう。
 見た目は普通の洋館である。年代物であるらしく、見た目には実に風格がある。ところどころボロがきているのはご愛嬌と、いったところだろうか。
 こちらから見える屋敷の姿は、その殆どが窓か壁で、どの窓もしっかり手入れが行き届いているらしく、ピカピカと光の反射が眩しい。
 そんな窓。そのうちの一つ。ニ階の窓の、右から二番目。白いカーテンが特徴的なその窓。
 あ、今もまた。そこの窓から外をのぞく不穏な人影が一つ。さっきからちらちらと外の様子を気にしているようだが、あ、ひっこんだ。
 しばらく窓の傍でかくれんぼをしていた彼女だが、再び窓の外へと視線をめぐらせる。
 視線の先には、門の前で待つ少女が一人。
 「やっぱり待ってるよぉ……」
 再びかくれんぼを再開すると、今度は頭を抱え込んで悩みだす。
 こちらも小さな女の子である。屋敷の前で待ちぼうけになっている少女によく似ていなくもない。違うところは髪型と、瞳の色くらいだろうか。全体的に彼女の方が元気そうなオーラをかもし出してはいるが、双子の姉妹といったところで誰も疑問には思うまい。
 「どうしようどうしようどうしよう」
 髪の毛をくしゃくしゃとかき回しながら、何とかならないものかと頭をフル回転させている。
 (どうする? このまま居留守を決め込むか? あー。でもあいつの事だからきっとずっと待ってるんだろうなぁ)
 考えながら、手元にある制服をぎゅっと握り締める。
 (あー、もう。何だって失敗しちゃうかなぁ。こんな簡単な魔法なのに失敗しちゃうなんて……)
 手元にある制服は、さっきから握り締めているせいで既にくしゃくしゃだ。これから学校に行くのに、このままでは着ていくことができそうにはない。いや、何にしてもこの制服は着ていることができないのだ。何故なら……。
 「穴がぁ。大っきな穴がぁ……」
 さっきから彼女が頭を抱えている原因が、それだ。
 少し前、朝食を食べている時の事である。
 その日も朝からブレックファーストであった。何で英語かというと、朝ご飯というには西洋西洋し過ぎているからだ。パン(ブレッドと呼ぶべきか)、スクランブルエッグ、ベーコン、コーンスープ、サラダにコーヒー。どれもこれもメイド長が手ずから作ったものであり、どれも実においしそうである。高級ホテルの朝食をイメージしてもらうと分かりやすいかもしれない。多分、800円はかたいのではないだろうか。あ、もちろん。コーヒーはおかわり自由である。
 さて、そんな朝食だったのである。いつもの通り優雅な朝の一時を美味しいブレックファー(彼女が略した)に舌鼓をうつ筈だったのである。
 ところが。運命のいたずらはここから始まる。
 ところで、彼女はパンが好きだ。特に焼きたてのトーストにバターをたっぷり塗り、スクランブルエッグを乗せたものは彼女の大好物といってもいい。毎朝飽きることなくこれを繰り返し繰り返し食べ続けているくらいであり、最近体重計に乗るのが少し怖いと思うようになり始めた彼女にはちょっとカロリーが気になる一品である。
 そんないつものパンなのだが、悲劇はそのパンから引き起こされる。迂闊であった。これ以上言いようのないくらいに迂闊であった。いつものようにバターをたっぷり塗りつけ、スクランブルエッグを乗せようとしたまさにその時、悲劇は起こった。ちょーっと油断したのがいけなかった。可能性はいつだってそこに存在していたというのに。防げたはずだったのに。
 「あ」
 という言葉も今となっては遅い。風が吹いたからだろうか。あるいは何かの気配を感じたからだろうか。少し窓の向こう側が気になった。その瞬間の事である。
 姿勢を少し崩した頃により傾いてしまったパンの上から、バターがニュートンの万有引力の法則に従いものの見事に落下してしまったのである。それはハリウッド映画のワンシーンのようにスローモーに落下し(彼女主観では)、図ったかのように彼女の制服に着弾。世にもおぞましい染みをつけてしまった。敵の迫撃砲が着弾した模様! 被害は甚大! であり、誰か! 誰か俺より偉くて生きてる奴はいないのか! である。いや、わけがわからん。
 少なくとも緊急事態であった。それに対して、彼女の対処は適切であったといえる。緊急的な措置として、彼女は制服を洗面所へと移送。直ちに、水による洗浄作業を行った。
 これによって、染みが恒久的に残ってしまい、この制服を一つ廃棄しなければならないと言う危機的な状況は脱する事が出来た。
 が。
 危機はいつも、意外なところに眠っているもの。その制服は適当なところに干して、持っているほかの制服で登校しようとしたのだが。
 「……何でこんな時に限って一着しかないかなぁ」
 調べてみたところ、自分の所持する制服は全部で三着。そのうち一つはびしょ濡れ。後の二つは、今はクリーニングに出してあった。
 ……ピンチだ。
 そう思った彼女は、最後の手段に出る事にした。すなわち、魔法。
 魔法によって、濡れたままの制服を何とか乾かそうと考えたのだ。
 何故屋敷のメイド達に頼るという選択肢がないかというと、単に彼女のプライドが許さないというだけである。これは自分の犯したミスであり、自分で何とかするべきだ、と彼女の小さなプライドはそう告げたようである。
 ただ、別に問題はなかったのだ。魔法としてのレベルは実に低いものだったし、彼女自身にも成功すると言う自信があったからだ。
 だと言うのに。
 「失敗して……制服に大穴開けて……んで出られないからって天使待たせて……」
 手に持っていた制服を適当に放り投げると、ぽすんと地面に座り込む。そのまま壁に背中を預けて、大きく息を一つ。
 「何やってんだろ……あたし」
 だからと言って、制服以外で学校に行く気などしない。前に一度私服で行った時に、センスがないか何とか言って陽に大爆笑されて以来、制服以外の服装で学校には行くものかと心に決めている。
 「あー。もう最悪」
 だからといって。幾ら嘆いてみたところで制服の穴が元通りになるはずもない。しかも、自分には制服を縫うなんて技術はない。だからと言って、誰か他の人。それこそ天使に頼るのだけは避けたいところだった。
 「絶対笑うよ、あいつ」
 それだけは絶対に確かだと思う。あいつの事だ、大げさには笑わないかもしれないが、ちょっとだけこそっと笑うのだ。そのくせ、こちらの視線を感じたらすぐに笑うのをやめちゃう。んで、こっちの視線が外れたと思ったらまた笑いだすんだ。そうだ、そうに決まってる。
 「あー、もう。何よ、あの性悪女め!」
 「それは誰の事?」
 「誰の事って? そりゃああんた。あいつの事に……決まって……るんじゃあないん……ですか?」
 後ろから聞こえてくる声に、悪魔が震える。
 「…あいつって、誰かしらねぇ」
 「さぁ。誰でしょうか……ちょっと私にはわからないですけど」
 「…………」
 「…………」
 沈黙が痛い。今この部屋にあるのは、あまりに痛過ぎる沈黙と、鋭い視線と。
 「さ」
 言葉と共に。後ろにいる誰かに肩を叩かれた。その手をどかさないままに、背後の人間は言う。
 「天使の制裁。沢山コースあるけれど、どれがいい? 私的には『阿鼻叫喚・地獄のサバトコース』がお勧めなんだけども?」
 「どれもいやぁー!!」
 悪魔をいたぶる天使。それもまた、いつもの事なわけだが。
 「じゃ、『絶叫・愛のムチコース』で決定ね。光栄に思いなさい? きっと世界で始めての被験者ですから。素晴らしい世界が貴方を迎えてくれるはずよ」
 「いやぁー。許してー!」
 空に響く、悪魔の絶叫。
 
 それから。
 悪魔の服装は、クローゼットにしまっておいた中学の頃の制服を着込み、上から薄手のコートを羽織るという事で何とか決着がついた。それでも何かとぶつぶつと文句をたれている悪魔を、天使が半ば引っ張る形で学校まで連れて行く。
 空を見れば、今日は少しの曇天。
 薄闇色の空は少しだけ気持ち悪いような、そんな気がした。
 
 「あ……あたし、保健室に行かなきゃ」
 学校に着くなり、悪魔がそう言った。何でも、保健室の先生に用事があるとかないとか。
 「言ってくるから、エンは先に教室に行っといてよ」
 そう言い残すと、こちらの了承を得ることなく駆け出していった。
 「……せわしない奴」
 言って、天使は言われた通りに教室へと向かう。
 朝の校舎は騒がしい。それは物理的な意味でも騒がしいのだが、これから一日が始まっていくという意味において、空間的に騒がしいのだ。
 そんな喧騒を特に気にすることなく、少し騒がしい校舎を、時折すれ違う先生に会釈をしながら進んでいく。
 校舎の玄関から階段を登り、2階に上がってから奥の渡り廊下を渡る。
 渡り廊下を渡る時に外に見えたものは……。
 「……晴れてきてる」
 さっきまでの曇天が少し和らぎ、お日様の光が良く差し込むようになってきている。
 教室の前に着く。中には少しの人の気配。ただ、騒がしくはない。
 中に入ると、まず目に付いたのが黒だった。色の黒ではなく、人名のくろ。
 彼女は、自分の席に座って何やら本を読んでいたところらしく、イスにしっかり座って読書の真っ最中。
 いつもの事だが、彼女はよく本を読んでいる。もしかしたら、一日に一冊は読んでいるのではないだろうか。一日一冊で一ヶ月三十冊。一年で三百六十五冊。実際のところはどうかは知らないが、それくらいに沢山の本を読んでいるのだろう。本の虫とはまさしく彼女の事だ、とエンジェルはいつも思っている。
 そんな彼女に、しろを起こしに行かないで良いのかと言ってあげると、すぐに飛んで言ってしまった。くろがしろを起こすのに手間取っている毎朝の光景は、自分が悪魔を学校に連れて行く光景とだぶって見える。お互い、迷惑なパートナーに困っているんだろうなぁ。そんなことを思いながら、走っていくくろの背中を見送り、再び教室に目をやる。
 すると、自分の席でぼけっとしている騎士の姿が目に入る。
 騎士は可愛い。見た目は確かに大人びてはいるが、心はまだ子供だ。彼女が思いっきりあたふたしている姿を見ると、もっともっといじめたくなってしまう。
 「……別にその気はないよ」
 誰に言うでもない弁解一つ。それはともかくとして。
 「今日はいちゃいちゃしてないんですね」
 そんなことを言って今日もナイをいじめて楽しむ。やっぱり、彼女は可愛い。
 彼女があたふたしている様子を十分の楽しんでから、自分の席に荷物を置き、さて、座ろうかと言う段になって。
 「にゅ」
 いきなりの声。見れば。
 「デビル……いつの間に?」
 「んー。ついさっき」
 言って、自分の荷物を机の上に置く。保健室に何の用事があったかは知らないが、あまり時間がかからなかったところを見ると、たいした用事ではなかったらしい。
 悪魔は、イスを横向きにして座り、顔をこちらに近づけてきてから。
 「いやー。それにしてもびっくりしちゃったよ。ほんと。まさかそんな事がありえるなんてねぇ」
 何だそれは。思わずそう突っ込みそうになったが、何とかストップをかける。
 「……急に何?」
 「いやぁ。本当にびっくりしたんだよなぁ、これが」
 何だというのだろうか。聞いて欲しいのだろうか。
 ここで、このまま放って置くという選択肢もあったが、彼女の場合、構ってやらないと不機嫌になりかねない。
 「何にびっくりした?」
 と、少し思わせぶりに聞き返してやる。
 「え? ああ。さっきさ、保健室に行ったときに聞いちゃったんだけどさ」
 そこまで言って、不意に言葉を止める悪魔。こちらを見た体勢で動きを止め、口元にいやらしい笑みを浮かべる。ふっふっふっ。
 「……何さ、言いなよ」
 ふっふっふっ。
 「何さ、その笑い」
 ふっふっふっ……知りたい?
 「知りたい」
 本当に?
 「本当に」
 ほんとにほんと?
 「しつこいなぁ。教えてよ」
 なら教えてあげよう。
 そう言って、こっち来いと手招きする悪魔。その手招きに応じて悪魔に近寄る天使。耳を貸せといってきたので、耳を貸す。
 「聞いて驚け。実はね……」
 ごにょごにょごにょ。
 間。
 「えーっ!!」
 驚いてしまった。
 「おばさんが風邪で休みー!?」
 その声に、クラスが、爆発した。
 
 *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  * 
 
 魔法使いに関する誤解、そのニ。
 魔法を使える人間の事を『魔法使い』と呼ぶのではない。
 
 「スタート」
 掛け声はシンプルに。始まりの言葉を刻むためだけに。
 「ゴー」
 止めない。魔法は止めない。魔法を続ける。
 「ゴー・アヘッド」
 認めよう。魔法を使う事を。
 「テイク」
 魔力を喰う。自分のものとして、喰う。
 「……オフ」
 自分の中で何かが消化されていく。食べたはずの魔力は、身体の中で消化され、別の何かになっていく。
 その過程で生まれるのは、奇妙な高揚感。何だかとても気持ちが良くなってくるような感覚。感覚と言う感覚が感覚消失し、思考という思考が思考停止する。
 それは、魔法。
 それが、魔法。
 今なら何でも出来る。高揚する意識を、飛びそうになる寸前で何とか押しとどめ、力を使う。
 飛んでしまっては駄目。それ以上行けば、彼女自身が耐えられなくなる。魔力と言う名の、毒素に。
 そう、端的に言えば、魔力とは人体にとっての毒素に他ならない。何が起こるかは個人個人によって違うものの、汚染の被害は想像以上にひどく、最悪の場合は死んでしまう事もありうる。
 つまり、魔法使いとはそういったリスクを背負った上で、魔力を使い、力を示す人間の事を指すわけだ。魔法を使うだけなら、誰にでもできる。それ相応の教育と、それに見合った少しの努力と、ほんの少しの才能と。それさえあれば、魔法は誰にでも使える。
 魔法使いはただ、他の人に比べて魔力の毒素に対する耐性が強いと言うだけ。他の人なら一瞬で『壊れて』しまう魔力を浴びても、何とか耐えることができるという、ただ、それだけの才能。
 あまり知られていない魔法使いの、それが真実だ。
 「水分蒸発」
 魔法の手順は終わり。魔力も食べたし、回路も切った。あとは呪文を叫ぶだけ。一言。たったの、一言を。
 「……服よ、乾け!」
 
 目の前にある状況をどう説明したものか。
 それ程広くない教室の中で、陽とヒメの壮絶な女の戦いが繰り広げられていた。
 きっかけは何かといえば。それは少し前にさかのぼる。
 遅刻したと思って急いで学校にやって来たヒメが、教室に飛び込むなり何も言わずにひたすらに土下座をかましてしまったのだ。事情を知らないのだから無理もないが、どう贔屓目に見ても、それは実におかしな光景だった。
 それを見た陽が大爆笑。周りも笑ってはいたが、その笑いが落ち着いてしばらくしてからも、陽はひたすらに笑い続けていた。
 そんなクラスの様子に、ひたすら頭の上に?マークを浮かべて困惑するヒメ。そんなヒメに、笑いが落ち着いたくろが事情を説明する。
 曰く。今日は担任のおばさんが風邪で休みだから、授業は無し。変わりの授業もなくて、完全に自習である、と。
 それを聞いたヒメは顔から火が出そうなくらいに真っ赤になって、あわあわと慌て始める。
 どうしようどうしようどうしようどうしよう。
 そんなヒメをなだめにかかる騎士。それでもどうしようもないヒメ。慌てる心は止まらない。恥ずかしさはどこまでも雪ダルマ式に増殖していく。それを見て笑う陽。笑う。笑う。笑いは止まらない。
 それに耐えられなくなったのが、ヒメだった。彼女は笑っている陽の机から筆箱を奪い取り、中身を床にばらしてしまったのだ。
 それがきかっけ。そこからは、筆舌に尽くしがたい女の喧嘩が始まる事になった。
 男の喧嘩と違って、女の喧嘩は性質が悪い。どこまが良くてどこまでが悪いのかと言った喧嘩の不文律が通用しないからだ。だから女の喧嘩は、最悪の場合、行くところまで行ってしまう可能性もある。
 壮絶な言い合いから始まり、引っつかみ合ってのつねりあい。果てはくすぐり合いなど、彼女達の喧嘩はどこまでもエスカレートしていく。
 あ、とうとう物の投げあいにまで発展した。双方、教室の中にあるものを力の限りに投げ合っていく。空を飛ぶのは様々な物。鞄や筆箱。体操靴や、体操着袋。しまいには。
 「ちょ、やめなって。それはさすがに……」
 ばしゃっ。
 ついには、花瓶の中の水まで撒き散らし始めた。何とかそれを止めようとした月が、びしょ濡れの憂き目に合ってしまったわけだが。
 「悪いなぁ」
 「どういたしまして」
 二人の争いが続く裏側。その被害を受けて制服がびしょびしょになってしまった月と、それを魔法で乾かしてあげた天使と。
 大きな汚い字で『じしゅう』と書き込まれた黒板の前に座って、二人は安全地帯から今の状況を見つめている。
 「……いつまで続く思う?」
 何とか乾いた服をパタパタさせながら、何ともいえない表情で聞いてきた月に対して、彼女、天使は。
 「さぁ……とりあえず、今日中には終わるは思うんですが」
 とりあえず、そんな返事をするしかなかった。
 
 「ヨウの、ぶぁーかっ!!!!!!」
 「あー、言ったなぁ。馬鹿って言った方が馬鹿なんだぞ!」
 「馬鹿に馬鹿って言われたくないわよっ!」
 「うっさい! このわがままヒメが! 大体あんたはいつもいつも……」
 「だから、そんな事はあんたには言われたくないって……」


 


続く


 


戻る

 

 

 

 

 

 

 

SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送