たとえばこんな日曜日



祝福されるか恨まれるか、というとその内容がどうあれ普通前者の方がいいだろう。もちろん俺もそうだ…ただ、どうもすっきりとしない祝福というものもある。まあ、言ってしまえば祝うと見せかけた冷やかし。実際彼女ができたとかそういう相手に対してはその手の祝福が多いと思う、はやしたてて楽しむ、といった形で…人によって反応は違うと思うが。
よくマンガか何かであるのが嫉妬からくる恨みだけど、冷静に考えればパターン的にそういうのは校内一の美女とかもしくは何人もの女子からとかなんとか…
とはいえ、ひやかしだろうと純粋だろうと、そういうことを祝福されること自体あまり好きじゃないけどな…。

ま、知り合いといない時はそういうこともないからわりと気楽なものだ。そろそろ向こうも飽きてきたのか数が減ってきたし。
…って言うか、なんだかんだで美里といる時間も増えてきてる。一番の理由は学校が同じだからだと思うが…思っていたが、冷静に考えてみたら…

「……美里」
「なんですか?」
日曜日…まだ朝の八時だ。毎週こうしているわけではないが、とりあえず今日は美里と駅前のベンチで…なぜか朝食をとっていた。美里が買ったのはこの前と変わらずにあんぱんと飲むヨーグルト。俺はまあ…さすがに前と同じ物というのもどうかと思ったので缶コーヒーとカツサンドを購入した。レジに並んだ時には栄養バランスなんて言い訳も思い浮かんだが、その割に買ったものは身体にそう良いわけではない。ベンチの周りの風景に視線を泳がせられる場所もついになくなって、ちらりと横に目をやると相変わらずのほほんとした空気の中であんぱんを食べる美里…授業中とかもこの調子なのだろうか…
しかし最近耳に入った情報によると…いつもこんな調子なのだが、中間テストの成績は学年次席だったらしい…その話を聞いた時、俺は自分の耳を疑った。はっきり言うようで悪いが俺の中の美里の印象とはあまりにかけはなれたものだった。
……とにかく、そんな事考えていても仕方ないので話を続けてみることにする。
「…なんか最近…俺ら、これでいいのかな〜って気がするんだが」
いや、それは違うだろ…と口に出してから後悔する。どうもこいつの放つのほほん空気の中にいると会話の無い時間が長く続くのが耐えられなくなってくる…が、てきとうに言葉繕うのが苦手なのもまた事実。しかも今のはなんか墓穴掘ったような気が…
「そうですね…いいんじゃないですか? 平和で」
「…そうだな」
平和……その答えは少しばかり論点がずれているような気がするのだが…この話を終わらせるのに都合は良かったのでとりあえず相槌は打っておく。
「でもどうしたんですか? 急にそんな事言い出して」
どうやら終わらせてはくれないようだった。
「…いや、別に深い意味は無いぞ」
「そうですか」
再び沈黙…まあ、下手に喋るとまた妙な事口走ってしまいそうだから何も言わない事にしておく。
カツサンドの最後の一切れを口に押し込み、残っていたコーヒーで喉の奥に流し込む。横を見ると、美里もアンパンを一個食べ終えたようだった。空になったパンの袋を片手に持って、ヨーグルトを飲んでいる。
「さて、どうすっかな」
俺は美里が飲み終わるより先に立ちあがり、そうつぶやく。
実際、休みの日に会うといつもこうだ。お互いに特に行く当ても無く…大体の朝方はこの駅前のベンチでぼ〜っとしている。
…ま、こいつといるとこんなぽけぽけペースになるのはいつもの事なんだが、やはりじっとしてるのは嫌いじゃ無いがあまり好きでもない。
「そうですね…ちょっと遠くまで行ってみませんか?」
「…遠く?」
「はい」
展開としては珍しいものだった。っていうか、今までで美里からどこへ行くかなんて言い出した事は無かったから…珍しいというよりは初めてなんだろうけど。
「って事は電車使うのか?」
駅前だしな…
「え〜っと、確か近くに駅が無いので歩いて行ったほうがいいと思います」
……歩いて遠くか…いや、遠くって言っても美里的に遠くなわけだからもしかしたら結構近いのかもしれない。いや…それともこいつ結構感覚もとろそうだから普通に遠いのを近いと信じてる可能性もあるしな…
と、しばらく考えをめぐらせていたが結局のところ行くあても無いのは事実なわけだし、おとなしくついていく事に決めた。


「……へぇ、こんなところあったんだな」
美里によると最近新しく出来たらしい水族館。さっきまでいた駅からは徒歩約40分、とんでもなく遠いというわけでもなく、近いわけでもなく普通に遠いといえる場所だった。自転車でくればそんな時間はかからないだろう。
「…っていうか…」
目の前にバス停があった。しかもさっきの駅から出るバスに乗ればふつーにたどりつけるところだ。
「どうしたんですか?」
「…いや、もういい…」
「?」
しかもこいつ自身全く気付いていないようだ…いや、今に始まった事じゃ無いから気にするような事でもないはずなんだが…やはりもうちょっと色々考えてから行動してほしい。そもそも駅からのバスがどこを通ってどこにたどりつくか知っているのかどうかからして不安なところだ。
「ん〜、じゃあ、入りましょうか。優治さん」
「え? あ… ああ」
ぼーとしていたところに呼びかけられて少し反応が遅れてしまった。やっぱりこいつと一緒にいると変にどうでもいいことまで考えさせられるし…とにかく調子が狂う。
だがしかし、いつもの事ながら美里がそんな俺の精神状態を察しているわけもなく…いつかあったように俺の手を握り、俺はその手に引かれるままに目の前の水族館に向かって歩いていた。

「あ、かわい〜 優治さん、ペンギンさんですよ」
…まあ、普段の思考回路は全くもって読めやしないが、ペンギンでこういう反応をするあたりなんだかんだ言っても女の子は女の子って事か
「そうだな」
とりあえず、それだけで返事をかえしておく。
しかし……動物園とかに行っても大喜びしそうだな、この調子だと。それと遊園地とかだと…お化け屋敷か? なんかちゃっちぃ作り物のお化け程度じゃ全然動じそうにないよな…きょとんとしてるだけで無反応かも。
ま、ともあれ今日は気苦労も少なめですみそうな気がする。会話してるとどうも調子が狂ってくるしな……そう思って苦笑し、小さくため息をついた。
と、一息ついたとき、見計らったようなタイミングで腕が引かれるのを感じ、再び引かれるままに歩いていく俺……って、こいつ結構体力あるんだな…。さっきまで40分以上ぶっ続けで歩きつづけていたのに全然疲れた様子も無いし、それ以前にこのはしゃぎよう…俺はこのくらいはなんてことないけど、女の足ってのも侮れないものだな。
歩きつつ、そう考えながら視線を泳がせていると、自分の手と美里の手が握り合っているのが目に入った。
…そういえばこの手さっきから…ここに入ったときから放した記憶がない。……確か、始めにこんな引っ張られるみたいにして手を握り合ったのは始めてあった日のコンビニだったか。そして学校で他の連中から逃げる時と……
その時は、事がすんだらぱっと放していたものが、今ここに来て…
「…美里?」
意識しだすと急に気恥ずかしくなってきて、半ば無意識的に呼びかけていた。
しかし、美里はなんの反応もせず水槽の中を泳ぐ無数の存在にこの上なく楽しそうな目を向けていた。
「……むぅ…」
この後はしばらく黙ってついていく事にしていたが、その手は相変わらず握られたままで…けど美里は俺に対してはなんの反応も無く魚しか見えてないようで……その間中、すぐ近くにいるにもかかわらずどこかに置いていかれているような気分だった。
まあ、ペンギンとかいるかとかかわいいものとかならそれはわかるが…ご近所の魚屋で見れそうなものからなんだかよく分からない深海魚のあたりでまでそれだ。っていうか俺は魚以下か!? にしてはこの放そうともしない手はなんなんだ!? そもそも俺までついてきている意味はあるのか!?
…って、なんだよ俺…んなどうでもよさげな事…。これも美里特有の空間の影響か? …っていうか魚に嫉妬してるのか俺は…いや、相手が魚…というか人外だからこそ変に考えてしまうのか? って、そうじゃなくて…あーもう、なんなんだよ今日の俺は…冷静になれ冷静に…
「きゃっ」
「ぅおっと」
目の前を小学生かそれ以下かの子供が駆け抜けていった。どうやら美里にぶつかってそのまま走っていったようで、バランスを崩したらしい美里が俺に向かって倒れかけていた。
「ごめんなさい。優治さん」
「いや、別に…」
…はぁ、なんか、だめっぽいな…今日の俺。

「優治さん。出口ですよ」
「…あぁ、そうだな」
あいかわらず手は放すことなく…もう少し歩くと、床に白い文字で『EXIT』の文字と矢印があり、その向こうには水族館ならでは、といったぬいぐるみや置物、時計等が置かれた売店が広がっていた。
なんだかよくわからないがかなり疲れた気がするが…とりあえずそれも終わりか…。
「あ、あれかわいい〜」
はぁ、と一息つける意味でため息をついた丁度その時。美里が店内のぬいぐるみに向かって歩きかけていた…今まで放さなかった手を放して…
「…ちょっ…美里っ!」
「わっ…優治さん?」
……って、おい俺…なにをしてる? …離れかけてた手をつかんで……いや、待てよ。んなことする意味がどこに? 今日散々混乱させられた原因だぞ、それが惜しいっていうのか?
……落ち付いて考えろよ、美里とは姉貴に許婚とかなんとか言って無理矢理会わされたみたいなもので、実際にそんな仲なんてわけじゃないしそうなるなんて事もありえないはずだろう……そりゃ、なんだかんだ言って今まで付き合ってきたわけだし色々あったけど…そこまで想いを寄せるような事は……
「…優治さん、どうしたんですか?」
「…あ…いやその……悪い、じゃなくて…いや、え〜と…」
本当に無いのか? ……でも、こいつの事を好きになるなんて…考えられない事、なんて自分で言ってなかったか?
「優治さん?」
今度は、自分から手を放して…目の前のぬいぐるみをつかんでレジまで運ぶ。
実際、なんでこんな事をしているのか自分でもよく分かっていない。俺が本当に美里の事を好きだとかどうとかは今すぐ結論がでるものじゃ無いと思う。
「ほら、美里」
ぼふ、とそのぬいぐるみを美里の顔に押しつける。…これはただなんとなくの…ただ単に混乱しているだけという上での行動なんだろう、本当はこんな事する必要もないわけだし…今は、そう考えておこう…
「…あ、あの…」
「……気にするなよ? 単なる気まぐれだからな」
…ま、とりあえずちょっとは落ち着けた。
「優治さん…今日、私の誕生日だって…知ってたんですか?」
「…は?」
おもわず、間の抜けた声を出してしまった。
今日が…誕生日? …美里の?
「え、だって…これ…」
「…いや、そうじゃないけど……だから気まぐれだって」
「気まぐれ、ですか…」
…はぁ、ほんとにこの女は…どこまでも調子崩させるよな…今に始まった事じゃないけどさ。
「…でも、ありがとうございます。大事に…大事にしますね」
…笑顔だった。
時には苦笑いだったり、ハテナ顔だったり…そのすっとぼけた正確とは裏腹にころころと表情を変える美里。しかし、そんな中でももっとも多く俺が見た美里の顔は…その性格からくるものかもしれないが、俺の知る、最も多い美里のその顔は、笑顔だった。
そして、今目の前の美里のその顔も笑顔…しかし、俺の知る中で、こんなにかわいいと思ったものは無かった。
「当然だろ、俺にもらったもん粗末にしたら許さんからな」



『許婚』
今や珍しいかもしれない恋愛の一つの形。それは親に決められたものであったり、そのなかでも形は様々だろう。
…あいつと出会ったのも、許婚という一つの単語がきっかけだった。
それは、単なる姉貴の遊び心による言いまわしでしなかったけど…今日、少し考えて…なんとなく、あいつとは本当にそういう関係でもいいかなと思い始めた。
…まだ、この先にどうなるかわからないけど…ま、考えてみるくらいいいだろう。
ネジが何本も外れてそうなあいつの性格と最後まで付き合えるのは、多分俺だけだろうしな。

 

 

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