『ゆのは』と『ゆのは姫』



雪はやんだ。空を覆っていた雲も消え、ゆのはな町は元の姿を取り戻した。
…もう、あんな雪が降る事は無い。ゆのはが消えた事で、この町を包んでいた呪いは消え去ったのだから。
「……」
…それはたったの半月の事。それでも、何よりも大切な事…… 呪いと共に、その全てを俺は失ってしまった
何をする気力もない。ただ、ようやく晴れた町の中を歩いていた…
「元に戻ってる…」
俺と、ゆのはが最初に出合った場所。目標の20万を稼ぐ事が出来ていないのに、壊れていたはずの祠は元の姿を取り戻していた。
…こんなものを見せられると、俺とゆのはの2週間も夢の事だと思わされてしまう。
だが、これは夢じゃない。胸の痛みも、流れる涙も、何もかも…
「…さて、どうするかな…」
ゆのはが消えたのだから、もうこの町からも出られるだろう。クワゥモテックが壊れてしまった以上、歩いて東京まで帰るというのもありかもしれない。それ以前に、交通機関を使おうにも金が無い。
…ま、途中で倒れたとしてもゆのはのところにいけるかもしれないし…
「……なんだ?」
今、祠が少し光ったようにも見えたが…そう思った瞬間、今度は景色が暗転した。




「…え?」
少しの間、自分がどうなっているのか理解できなかった。
さっきまで、確かにゆのはの祠の前に立っていたはずだ。 しかし今目の前に広がっている光景は…
下には無限の白、上には無限の黒。 …真夜中の雪原、まさに、そんな感じだ。
そして…
「ゆのは!?」
ゆのはがいた。『ゆのは』と一つになったはずの、『ゆのは姫』と共に。
「ゆのは、どうしたんだ!?」
なんで俺はこんなところにいるのか、なんで二人がまた目の前に立っているのか。
色々気になる事はあったが、今はそんな事はどうでもいい。
ゆのはが…『ゆのは姫』に負っていたはずの傷がなく、代わりに『ゆのは』の身体に刻まれている。
「た、拓也…なんで、ここに…」
弱々しい声で、俺に気付いたゆのはが口を動かした。
「私が呼んだのだ」
「ゆのは…姫、どういうことだ」
こんなときになんだが、目つきなんかの雰囲気で違いは判るが、呼び分けづらい。
「お主にいつまでも泣かれていると夢見が悪い。 それだけです」
…やっぱ同一人物だ。雰囲気は変わっても、根本の性格は変わってねぇ。
いや、今はそんな事より…
「…目にしているものの、説明がほしいようね」
「お見通しか」
「あたりまえです」
少し得意気な笑みをうっすらと浮かべると、ゆのは姫は改めて口を開いた。
「『ゆのは』と私は、確かに一つの存在だった。 そして、元の一つに戻り、全てを終わらせようとも思っていました」
「…私は、『死』…貴方を受け入れた。 なのに、なんでまた離れるの…?」
『ゆのは姫』の方から『ゆのは』を離れた…? しかも、自らが負っていた傷をゆのはに移して…
「…1000年の時が、『ゆのは』を変えた、もうあなたは私じゃない。 私はあいすくりーむもらーめんも食べた事無いし、男の人と愛し合った事も無い…もう、私とあなたが一つに戻る事なんてできっこない」
ゆのは姫はただひたすらに、淡々と話し続ける。
「私が一時的にでもあなたと一つになったのは、あなたの中に残っていたた神力をもらうため。 どっちにしたって、神力を乱すような感情を持つあなたが持っていても、仕方の無いものでしょう」
「…おい、それって…」
「…かつての『ゆのは姫』が負った傷は、人間としての死。 神の力が私に移ってしまえば、『人間』の死はただの人間に戻った『ゆのは』に移るは必定」
…まさか、ゆのはを見捨てて、自分が神になりかわって残ろうと…!?
「……やめて、私はもうあなたを封じたりしない。だから、祟り神になんてならないで、一緒に…かかさまのところへ…」
俺が言う前に、ゆのはが必死に振り絞った声で言ってくれた。
最後の一言は、俺達の分かれ以外の何者でもなかったが…そうだ。 そんな事があるのなら、ゆのはが文字通り命を捨てて守った町を、再び祟りに晒す事になる。
「110700円」
「何?」
「忘れたのですか? この半月で拓也が奉納した金額です」
そう言うといままでゆのはがしてきたように、ゆのは姫は賽銭箱型の貯金箱を取り出し中を覗きこんだ。
「『ゆのは』から私に神力が移ると共に、奉納されたお金も私の方へ来ました…元々私の中にある力も加えれば、この金額でも、目的を達成するのには十分かもしれませんね」
「……何を、する気…」
ゆのはが苦しみつつもまた声を絞り出す。俺はその姿にいたたまれなくなって、思わずその小さい身体を抱き、支えていた。
…ゆのは姫が、笑った。 それは、目の前の無様な半身を侮蔑するものじゃない。 穏やかで、優しい微笑だった。
そして深呼吸を一度したかと思うと、高らかにいつもの言葉を口にした。
「天地万物を構成せし、八百万の御霊よ!! われ、ゆのはな郷の守護神、ゆのは姫の命によりて、我が半身なる『ゆのは』の魂の器を元の姿に!!」
強い光がゆのはの身体を包みこむ。 そして、その光の中でゆのはの傷は一瞬のうちに塞がっていく。
「…ぁ…」
「ふぅ〜…やはり自分の力も使うと疲れますねぇ…」
賽銭箱を消して、気が抜けたように盛大に息をはくゆのは姫。 こういう瞬間の表情は、やはりゆのはと同じ存在なんだなと認識させられる。
っと、そんなことより…
「ゆのは、大丈夫なのか?」
「…う、うん…でも、まだ…ちょっと痛い…」
「普通なら彼岸へといい日旅立ちせねばならぬは必定な傷を、10万程度で完全に直すのを期待するな。それに恨みを無くした私には祟り神としても守護神としてもそんな大きい力は使えません」
…確かに、左肩のあたりにまだ浅い傷が残っている。 けど右腰のあたりまで斬られていた傷に比べればずいぶんマシになったのは確かだ、弱っても神様ってわけか。
「肩だけ、それに表面的な傷になっただけでもありがたいと思ってほしいです。 その程度なら数日もすれば直るでしょうし、私を1000年も封じ込めていた報いと考えれば安いものでしょう」
「…うむ、そうだな」
あのゆのはがあっさり納得…。 まぁ自分の言う事だから素直に受け入れられるんだろうな。
「しかしこれは痕が残りそうでもあるな」
「…拓也は、傷痕があるくらいで『私』を嫌いになるのですか?」
「拓也…そんなことないよね…」
ゆのは姫が冷静な瞳で、ゆのはが少し悲しそうな瞳で、同時に俺に問う。 バカを言うな、そんな質問悩むまでも無い。
「いや全然。 むしろ愛の試練を越えた印とでも思えば…いや、これは俺とゆのはの愛の印だ!!」
「た…拓也!!」
「ゆのは!!」
がば、と俺とゆのはは強く抱きあう。冷静に考えればバカらしいほど恥ずかしいセリフだが、そんな事はどうでもいい。
今はただ、ゆのはとの時間が終わっていなかった事を喜ぶだけだ。
「…いっ…」
今のが傷に響いたか、ゆのはが顔をゆがめていた。
「あっ、悪い…」
俺は思わず身体を離しかけたが、ゆのはが俺を離そうとはしなかった。
…俺はもう一度、そっとゆのはの身体を抱き締める。
「もう、心配なんて必要ないみたいですね…… さて、草津拓也」
「お、おう。 なんだ」
もう少し浸っていたかったが、俺達は身体を離してゆのは姫の言葉に耳を傾ける。
「あなたには、ゆのはを守り続けるという大事な役目があります。それを心得ておきなさい。 そして、ゆのは…」
「うん」
「拓也は莫迦で阿呆で単純で、騙されやすくてしょうがない奴だけど」
「わかってるよ」
そこで二人して…いや、一人で? …とにかく勝手に納得しないでくれ。
というかゆのは姫の方が俺の事をこんなふうに言うなんて、一応は記憶も共有していたのか?
「いい所もあるから」
「…例えば?」
「…」
だから二人して首をかしげるなっての。
「…兎に角、いいところもあるから、大切にしてやってね」
「うん、わかってる」
もういいよちくしょう。どうせ俺はいいとこなしの甲斐性無しさ
「拓也」
「お、おう」
「元気で……まぁ言われなくても元気に過ごすとは思うけど。私をお願いね」
「言われなくても任せておけ。 で、お前の方も元気で。それから、ありがとう」
…雪がやんだ。そして、景色も元の祠に戻ってきた。
目の前には、少しづつ姿が消えて行くゆのは姫。
俺の隣には、人としての命を取り戻したゆのは。
「では、おわ」
「じゃあ、またな」
「え……」
「私も拓也も、いつか絶対この町に戻ってくるから… だから、またね」
「……う、うん。またね!」
雪が散る。
あの豪雪が嘘の様な星空。

さて、これからどこに行こうか。
どこでもいいだろう、ゆのはが、俺の隣にいてくれるから。

(エピローグへ)











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蛇足の蛇足


「そういえばゆのは」
「なんですか?」
「お前の半身…なんで消えずに祠に戻ったんだ? まぁあれはあれでよかったんだが、恨みが無かったら神様としてこの世にはいられないとかいってたような気が」
「…多分ですが、私がこの世に残る事になったために、私の半身である彼女も向こう側に行けなかったのでしょう」
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後書き
うーん、結局お賽銭の力を本編で一度も使っていないので思いついた蛇足的な話ですが、いろいろと強引ですね(汗
というか蛇足に蛇足が必要な文章にするなよ自分。




 


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