Breakers

力という束縛
−1−


クロスレイ大陸…はるか上空から見れば十字を描くような形状をしていると言われている大陸。
町を離れれば魔物や盗賊なんかが出てくることも希にあるが、特に戦争や騒乱と言うものも無く、その大陸にすむ者達は 、いつものようにおおむね平和な時をすごしていた。
そんな山に森に湖にと、多くの自然に囲まれた大陸には、多くの村や町が点在し……それらの政治、そして経済の中心であり、それ象徴するように大陸の中央に位置する 、クロスレイと呼ばれる王都があった。
騎士隊の厳重な警備の元、のどかな空気が満ちているといえるこの都市にも、当然ながら色々な施設は配備されている。
例えば図書館、劇場、学校……そして、職人通りという色々な店が連なる場所があり、一般の民家が集まる場所の中心に、町の憩いの場である、広々とした公園。

そして、最も人の目を引き、また、国の象徴として最大の建造物……王宮を忘れてはいけない。
まず全体を眺めてみても、王宮という名詞に違わぬ豪華絢爛な外観。
入り口には豪奢な門がある。そこを超えればエントランスで、ここもまたとてつもなく豪奢である。
天井には大きなシャンデリアがあり、あちこちに絵画や美術品が飾られている。
目の前の階段を上がれば王室に続くが、そこに入るには許可がいる。今は別の場所に用事があり、階段の横にある小さな扉に向かった
空けると階段があり、その先には今までと比べれば幾分地味な通路が続いている。
そして、その通路の向こうにあるもう一つの扉を開けると……
「っでやあぁぁぁっっ!!」
多くの怒声が響く、 ひらけた空間
それは、王宮騎士隊の訓練場。
他国と比べても最高のレベルと謳われているクロスレイ騎士隊……彼らは、国民の尊敬の対象であり、その姿は男性ならば一度は夢見る職業でもあった。
今行われているのは、そんな彼らの早朝訓練。騎士隊の怒声と、剣と槍の交わる金属音が飛び交い……この日は、いつも以上に騒がしい場所となっていた。
「がはっ……!」
一人、訓練場の壁に叩きつけられる。
「やれやれ、騎士隊って言うからには、もーちょっと期待してたんだけどね」
何十人もの騎士が入り乱れ、訓練を行うその中…
「世界でも屈指のクロスレイがこの程度だと」
訓練場の中央で、絶え間なく向かってくる者達を、労せずに次々となぎ倒す…
「世の中平和になったって事かな?」
長身で全体的に黒い衣服を纏い、顔立ちは若干童顔だが均整のとれた美しさも覗かせる。
そして、人目を引く肩ほどまでの銀色の髪を持った…騎士隊の者では無い、一人の少女がそこにいた。
すでに彼女に挑んだ騎士の数は30を越えているが、彼女の白い肌にも、その漆黒の衣服にも、かすり傷一つ存在していなかった。
「……ぐ……ぁ……」
少女は今しがた地面に叩きつけた者の喉元に、その手に持つ槍を突きつけ……その戦神のごとき強さに、呆然と立ちつくしている周囲の騎士達にたった一言、呼びかけた。
「さぁ、次!!」




「相変わらず見事だな。 ティール」
そして、まともに動ける……いや、立っていられる者が少女―ティールだけとなった訓練場に、また別の騎士が姿を現した。
「なら、この場で手合わせしましょうか?」
「強気だな、私を他の者と同じと考えないほうがいいぞ?」
騎士は、その態度に少し笑って答えた。
「まぁ、今日はやめときましょう。朝っぱらからこれ以上疲れたくないし」
互いに微塵のプレッシャーも感じていないような顔でのやりとり。
それは互いに本気で勝負を挑んでいるわけでは無いと理解しているからこそのものだった。
「それよりクラウドさん、ちゃんと訓練してるんですか? この人達」
しかし次の一瞬。ティールの表情は少し険しく、厳しいものに変化していた。
「君の目から見て、どうだったのかな?」
「見ての通りですよ。 せめて私に触れるくらいは期待してたんですけど……この槍がホンモノなら、全員死んでますよ」
木製の槍を軽く振りながら、訓練場全体へと目を向ける。
……訓練場の主に中央部には、文字通り倒された騎士達の山が出来上がっていた。
「……これだけの数がいながら、か……」
「ま、戦いは数じゃないって事ですよ。 それは分かっているでしょう」
「……ああ」
クラウドはそういう意味で言ったのでは無かった。本当の強さを、少しでも持っている者はこの中にいないものかと考えていた。
騎士と言う、形だけの強さにとらわれ、真の強さを忘れた者達。国を守る騎士をまとめる騎士隊長として、クラウドが抱える苦悩の一つだった。
「ま、並に強い程度の相手には負ける気はしませんけどね」
そう言ってケラケラと笑いながら、木製の槍をそのへんに捨てて、壁に立てかけてあった白銀色の槍に手を掛け、1、2度振る。
「うんっ やっぱ私の相棒はお前だね、皇龍」
と、言いながら皇龍と呼んだ槍の柄に、軽く唇を触れさせた。
そんな姿を見つめるクラウドだったが……その目に映った彼女には、足先から頭の先まで、攻撃を受けたような痕は一切見受けられなかった。
―やはり、強い―
仮にも騎士である以上、今倒れている彼らもそれなり力は持ち合わせている。
しかし、それをこの少女、ティールは一切の攻撃を受けずに片付けてしまった。
「さって、そいじゃそろそろ切り上げたいので、報酬いただけますか?」
「……そうだったな」
クラウドが手に持っていた布袋を手渡すと、ティールはすぐさま中身の確認を始めた。
手をいれた袋の中から、銀貨や銅貨の音がチャリチャリとなっている。
「訓練費、確かに受け取りました」
確認し終え、そう言うとその袋を懐にしまいこみ、では、と頭を下げるとさっさと訓練場を去ろうと出口へ向かっていった。
…が、しかし。 場内通路への戸に手を掛けたところで、背後からクラウドが声を掛けてきた。
「ティール、例の話……考えてくれたかな」
ぴたり、とその手の動きが止まり…同時に、振り返りもせずにティールは口を開いた。
「何度聞かれても、答えは同じですよ」
「……そうか」
「私が冒険者なんてものを続けているのは、騎士なんて形にはまったものになる気は無いからですよ」
もう何度目か分からないほどの数を口にした質問と、同じ数だけ聞かされた答え。
わずかに肩を落とすクラウドをよそに、それ以上は何も言わず、ティールは城を後にした。


「隊長、隊長ー!」
暫くその場でただ立ちつくしていたクラウドだったが、聞きなれた青年の声に思考の海から意識が引き戻された。
「デュオ、すでに訓練は終わったぞ」
「すみません、寝坊してしまって。 昨日の疲れですかねー」
あっはっは、と全く反省の無い顔でさらりと言い切ってしまう一般騎士、デュオ。
ある意味で、クラウドが最も頭を痛める理由の一つである。
「あ、それより隊長。 国王がお呼びです、至急来いとの事で」







―冒険者……戦う手段を持たない人達の旅の護衛や、魔物を倒すことなどを依頼として受け、それをこなすことで報酬を貰ういわゆる傭兵に近い職業の者の事である。
しかし、騎士などといったものとは違い、冒険者のほとんどは自由奔放に生きていて、冒険者ギルドという集まりを作り半ば組織的に活動する者もいれば、旅の目的地が依頼人と同じだから、という理由で冒険者をしながら、自らが求める旅をする者もいる。
一般的に戦うというイメージがあるために、何かと屈強な男性を想像する者が多いが…この国で最も有名な冒険者ギルド『ブレイカーズ』では、男女の比率はほとんど同じ。
さらには、ギルドに登録されている者達をまとめる立場にあるリーダーはティール・エインフィードと言う名の、17歳の少女なのである。



「ふー、本日も晴天平和なり。 またどっか旅にでも出かけたい気分だぁね」
思いっきりぐっと背を伸ばしながら、空を眺めて町を歩くティール。
丁度町のあちこちにある店なども開く時間帯で、横に振り向けば『CLOSE』の看板を『OPEN』にひっくり返している店主が所々に見えた。
「ティールさん、散歩ですか?」
そうして酒場の前を通ったとき、店の前を箒ではいている女性が呼びかけてきた。
「いや、仕事帰り。 そっちはそろそろ店開ける時間じゃないの?」
「ええ、ちょっとゴミが気になったものだから」
と言うと、紙くずやらなんやらが入ったちりとりを持って、酒場の戸に手を掛けた。
「毎日ごくろうさまだね。 ま、がんばって」
「はい。 ティールさんも」
そして互いに笑顔を交わすと、女性は戸を開けて酒場の中に、ティールは軽く鼻歌を口ずさみながら、再び帰路を歩き出した。
そんな平和でいつも通りな光景を満喫しながら


「おかえり」
「ただいまー。 フェイ、なんか依頼きてる?」
そう言ってくぐる戸は、『ブレイカーズ』の本拠。
そのまま一直線にカウンターの席に突いたティールは、そう尋ねている間に、すでに依頼内容が書きとめられた帳簿に手を掛けていた。
「まだ誰も来てないよ。 大体、依頼が来るのって馬車が出る時間の前くらいだし… そんなことより、汗流す? お風呂用意しといたけど」
「んー……先にコーヒーちょうだい。喉渇いたし」
「冷めるよ?」
「一杯飲んだら入るよ」
パタン、と帳簿を閉じてテーブルの上に放り投げる。
フェイはそんなリーダーの態度を苦笑しつつ、その長い炎のような紅い髪を揺らして、奥の部屋へと入っていった。
少女、フェイ・ブレイズ……『フェニックス』の二つ名を持つ彼女もまた、このギルドの一員である。
「……ん〜…」
席に座ったまま、ぐっと背を伸ばす。
今この部屋には、ティールと、片手で数える程度の登録された冒険者が残っている。 他の登録者はどこかへ依頼でいっているか……町にいる冒険者も、この時間帯だとどこかの宿にいるかだ。
多い時は、依頼人、冒険者などを折り混ぜて20人以上の数がここに集まる事もあり、騒がしいといえばそれまでだが、それもまたこのギルドの特徴である。
だが今はその喧騒も無く、窓際の観葉植物や、来客や冒険者がかけるために配置されたテーブルの上にある花も、部屋を彩るにはいまいち物足りない。
「おねーちゃん、おはよー!」
背伸びを止めて、一転だらりと全身を重力に任せて椅子に預けた丁度その時、フェイが入っていったドアからまた別の聞きなれた元気な声が耳に飛び込んできた。
「おっと、フェオ。 おはよー」
根元で結んだ白く長い髪を揺らして、小さな子供が”にぱっ”という効果音と共に、笑顔で飛び出してきた。
その背中には、小さな青白い翼―天使の印がある。
「ごはん、ごはん、あさごはんー」
「あー、まだなの? フェイが作ってると思ってたんだけどなぁ」
何故天使の子供がこんなところにいるのだろうと思っている人は少ない……と、言うよりは…
「それより、羽出てるよ。 しまってしまって」
「あ、うん」
『天使の羽』というものは物質というよりもエネルギー体に近いらしく、普段は体の中に収まっている。
よってフェオが天使だという事自体、本人とティール、それと彼女の知り合いのほんの一部にしか知られていない。
たまに出して伸ばさないと窮屈だと本人が言っていた事があるが、文字通りの『羽を伸ばす』か、と聞いた側を苦笑させたのは言うまでも無い事かどうか。
「コーヒーお待ちどう」
「ありがと……って、そういやマナいなかったっけ?」
「うん、昨日の夜出かけたよ。 だからしばらく家事は皆自分でやってね」
「そっかー。 じゃあしかたないね」
「ところで、パン焼こうと思うんだけど、ティールも食べる?」
「そーねぇ。 出る前にも食べたけどー、ひと仕事終えた後だし、1個貰おうかな」
「りょーかい。 フェオ、今日はこっちで食べる?」
「おねーちゃんと一緒に食べるー」
その一言を聞くと、『ん』と軽く微笑んで、ティールの前にコーヒーを置いて再び奥の部屋へと戻っていった。
ひょい、とてきとうな椅子に座るフェオをなんとなく目で追いながら、ミルクも砂糖も入っていないコーヒーを口にする。
客が来る時間前の朝の静かなコーヒータイム。 それなりに喧騒が好きな彼女も、ときたまこんな雰囲気を楽しむ事もある。
特に、ついさっきまで汗と叫びと男臭さ全開の訓練場にいたのだから、その感覚もひとしおだろう。
「あ、ヴィオおにいちゃんおかえりー」
「ただいま、フェオ。 あ、ティール、帰っていましたか」
「んにゃ、たった今ね。 そういうアンタは朝の散歩?」
今度は一人の青年―ヴィオが外へのドアからこの部屋の中に入ってきた。
その外見は、ティールに負けじと黒系統の色で統一された衣服。ただ、その風貌が魔術師を思わせる雰囲気を持っているというところが違っている。
「ええ、早朝の町というものも、静かでいいものですよ」
「真昼間とは違う、この町の別の顔が見られるから?」
「そんなところです。 まあ、にぎやかなのが嫌いなわけではありませんが」
「あんたも分かりやすい性格だよね」
私もだけど。と小声で後に付け加えて、またコーヒーを口に運んだ。
と、そんなのどかな空気に包まれている中で、ヴィオが何気ない顔で、こんな一言を口にした。
「ああ、そういえばクリエイスの囚人が脱獄したそうですよ。 なんでもどこかの船に潜り込んだ可能性があるという話ですが」
「ん? それがどうかした?」
「いえ、クリエイスと言えば……クィーン・マリアが治める魔法大国。 クリエイスは平和で自然に恵まれてて、あらゆる面で世界の中心と言われてる国。 牢獄の厳重さも一級品で、早々脱獄できるようなものでは無いと聞いたので」
「どんなものにでも穴はあるもんさね。 ま、でも……あそこの牢を抜けるとなると、それなりの実力者ではあるかもしれないけどね」
カチャ、という音を立て、コーヒーカップを元の位置に戻す。
その一瞬、ほんの少しだけその瞳が鋭い光を帯びていたのは、ヴィオの気のせいだったのだろうか。
次の瞬間には、元のどこか気の抜けた表情に戻っていた。
「で、それドコで聞いたの?」
「広場の掲示板ですよ。 王宮からのおふれだそうです」
「脱獄者の乗った船がウチに来てるかもしれないから気をつけろ……ってとこか」
「仕事が速いのはいいんだけど……なんだか人の不安をあおる可能性もあるわね」
と言いながら奥の部屋から焼いたパンを何枚かと、バターを手に現れるフェイ。
ティールは待ってました、と言わんばかりに皿ごとトーストを受け取ると、早速そのうちの一枚にかぶりついた。
フェオも一枚手にとり、バターをぺたぺたと塗っている。
「でも、やっぱり悪人ってのはどこにでもいるものなのね」
「人間善人ばっかじゃ苦労しないよ。 そのために騎士隊とか、私達みたいなのがいるんだし」
と言って口から離したトーストを、もう一度口につける。
その時の態度も、やはり緊張感などほとんどなく、ただ気軽に他人の噂話でもするかのように、緊張感など持ち合わせていなかった。
「そうそう、騎士隊と言えば……今日の訓練指導はどうだったの?」
「ん? んー、まぁ普通。 見込みのあるのも結構いたけど、私に一撃入れられないようじゃね」
「いや、それは相手が悪いというか……普通に強い程度じゃ、セイクリッドでもないとあなたには敵わないと思いますよ」
「セイクリッドじゃなくても、隊長ならいい勝負してくれるんだけどなぁ」
「隊長さん、すっごい強いもんねー。 武闘大会で優勝してたし」
と、知り合いが話の中に出てきた事に反応したのか、口の周りにバターつきのパンくずをくっつけて、無邪気に口を挟むフェオ。
ティールは微笑んでそうだね、と言いながら、そのパンくずをハンカチで拭き取った。
……と、丁度その時入り口が開き、その向こうからなんと言うことはない、いたって普通の布地でできた、どこにでもあるような普段着を着た……騎士隊長、クラウドがあらわれた
「…おや、噂をすればですね」
「あ、隊長さんおはよー」
「いらっしゃいませ、クラウドさん。 コーヒーいりますか?」
にっこりと笑って、フェイがコーヒーの入ったポットを持ち上げる。
それを、いや、と遮り、フェオの口からハンカチを離したティールの前まで移動する。
「何か? 私服できたって事はさっきの仕事の文句とかじゃないね?」
「ああ、騎士隊とは関係ない用事なのでね」
そう口にしながら、一通の簡素な封筒を取り出し、ティールに手渡した。
それを受け取ると、その封筒自体に特に興味を持った様子も無く、ポケットにしまいこみ、微笑んだ。
「おっけー、後で読んどくから返事はてきとーにまってて」
「ああ、できれば早めに頼む」
と言うと、くるりと踵を返して出ていってしまった。
そして残された四人は、それぞれが思い思いの表情で、クラウドが出て行った扉をじっと眺めていた。
かと思いきや、ティールは残っていたトーストの最後の一口を口に放り込むと、何も言わず立ち上がり、奥の部屋へのドアに手をかけた。
「ティール?」
「ん、汗流してくる。 今度はお茶淹れといて」
と言い残して、奥へと消えて行ったティール。
フェイとヴィオはなんとも言えない表情のまま顔を向かい合わせ首をかしげ、フェオはティールが残していたコーヒーを口にして、苦かったのか思いっきり表情をゆがめていた。









―数日後―
王都より馬車で三日ほど南西に進んだ所にある港町、コルコ。
護衛の仕事だから行くよ、というティールの一言で、フェイとヴィオ、ついでにフェオは港に停泊している、とある帆船の前まで連れて来られていた。
フェオは久々に海を見てはしゃぎ、3人の目は届くような場所を、ぱたぱたと楽しそうにせわしなく走り回っている。
「……普通の客船、ではなさそうですね」
目の前の帆船を目にして、ヴィオは小さい声でティールにそう尋ねた。
一見すると少し豪華なだけの客船に見えるその船は、所々に、装飾に紛れて防御結界の刻印が掘りこまれていた。
それを言い当てたのは魔術師としての感覚か、もしくは単にその巧みに隠されているはずの刻印が目に見えたのか……それは謎ながら、ヴィオは確かにそれに気付いていた。
「この仕事……もしかしてあの時隊長さんに頼まれたもの? 騎士隊とは関係ないって言ってたけど……」
そして、フェイもまた、船ではなく、自分達の周囲にある別なところに気がついていた。
「周りにいる冒険者の人達……よく見ると王国騎士隊の人達よね。 なんでこんなところに、あんなカッコで……?」
周囲にいる、一般の武器防具屋に置いているような武具で武装した冒険者達の顔は、彼女達には見慣れた顔がチラホラと見えていた。
少なくとも、王都の騎士隊で見た顔が3人はいる。
「騎士隊にも色々都合ってのがあるのよ」
「はあ……しかし、僕やフェオまで同行させるとは珍しいですね。 いつも誰かと組む時は、フェイと二人だけなのに…」
「それは、用心はするにこした事は無いからよ。 ……クリエイスの脱獄囚ってのも気になるしね」
「……やはり、かなり重要な仕事なんですね?」
ティールの言葉を吟味し、ふむ、と少し鋭い目つきをしてそう口にするのはヴィオ。
その声は今自分達がやるべき事の重大さを察したのか、周囲には聞こえないような小さな声だった。
そしてふふ、と小さく笑って、同じく小声で答えるティール。
そして、きょろきょろとすこし周囲の様子を伺うと、二人に耳を貸すように促し、これまた小さい声で答えを口にする。
「クラウドさんの、私服で、わざわざ手紙にしてまで持ってくる『騎士隊には関係ない』依頼っていうのは、『騎士隊としては動けない』っていう暗号。 目立てば困る、でも、国として動かないわけにはいかない……ってところね」
「……それって?」
「依頼の場所が港って所から考えると、他国のお偉いさんがお忍びで来るって事かな」
ティールの言葉を聞いているうちに、二人は、唖然としていた。
それはそこまで考えつかなかった自分に対してか、それともそんな形で依頼を任されるティールに対してかは、本人達のみが知ることだが。
「……一体誰が……」
「はい、ないしょ話は終わり。 どうやら『そのお方』がお出ましだよ。 おーいフェオー、こっち来なさーい」
が、当の本人はそんな二人のことなどお構いなしなのか、二人にいたずらっぽい笑いを向けた後、フェオを呼び寄せ、帆船から降りてくる一団へと目を向け、その次の瞬間には、彼女にしてはめずらしくぴしりと姿勢を正していた。
「……ティールが姿勢正してる……」
誰だ、と思いつつも、二人もつられて姿勢を正す。
少し遅れてティールの横に走り込んできたフェオは、ティールの様子を見て、真似をするように背を伸ばした。
そして、帆船から降り、そんないつにない光景を見せる4人の目の前に現れたのは、一人の女性だった。
白金色の髪と銀の瞳を持ち、その衣装は決して派手なものでは無いが、品位と清楚さを有無を言わせず見る者に感じさせる。
それはおそらく、彼女が身につけているからこその輝き。 どんなに衣服が立派でも、着る者にそれに見合う格が無ければ、ただ服に『着られている』だけになる。
「マリーさん、お久しぶりです」
「ティール・エインフィード。 貴方がお迎えとは、随分と厳重な護衛ですね」
「厳重だなんて、そのような過度の期待には応えられるかどうか」
「フェオちゃんも、大きくなりましたね」
ヴィオとフェイの二人が、見とれていた一瞬の間に、既にティールはその女性に話しかけ、次には女性は微笑みながらフェオの頭をなでていた。
我に帰った二人が最初に認識した事は、この三人は旧知の仲、という事くらいだった。
「……でも、どこかで見たような……?」
むぅ、とマリーと呼ばれた女性の、整った顔を見つめながら首をかしげるフェイ。
ヴィオも同様にその顔を見つめていたが、彼が結論に達するまでの時間はそれほど長くはなかった。
「マリー……まり………って、まさか!」
最後の一声は、ほとんど無意識に叫び上げていた。
一瞬周りの目がヴィオの方に注がれていたが、気付いた本人はそれどころではなく……
「く…クィんだっ!?」
そのままの勢いで、頭に浮かんだ名前を叫びそうになり……すかさず飛んできたティールのアイアンクローを喰らうはめになった。
「はーい、あんまり大声で言わないように」
「いたただだだっ!?」
見ているとミシミシという音が聞こえて来る気がする勢いで頭を締め付けるティールの手。
顔が笑っているのがなお恐かったりして、周囲の無関係の一般市民は水面の波紋のようにそこから遠ざかっていった。
「お姉ちゃん、ヴィオお兄ちゃん痛そうだよ……?」
さすがにいつもはやらないようなことをやってる姉が気になったか、思わず声をかけるフェオ。
ティールはその声を聞くと。 『そうだね、ゴメン』と言いながら、ぱっとヴィオの顔面から手を離した。
「くぁ〜〜……」
「お忍びだって言ったでしょ。 呼ぶのはともかく、大声はやめなさい」
「は、はい…」
放されても顔面全体も痛みが残り、なんとか声を出すヴィオは思いっきり顔を押さえていた。
「ふぅ。 失礼しました」
「いえ。 ……その方達は、貴方の?」
「はい、仲間ですよ。 えーっと」
「あっ… フェイ・ブレイズです」
「ヴィ…ヴィオ・ラスクールです……」
「フェイさんに、ヴィオさん。 今回の旅、王都まで、よろしくお願いしますね」
マリーはにこり、と微笑んで、必要以上にかしこまった様子の―片方はただ痛みに耐えているといった感じだが―二人にそう返事をした。
「……それで、失礼ですが、あなたは一体……? なんだかヴィオは気付いたみたいなんですけど、私には……」
もう少しででかかっているのに、と言いたげな表情でマリーの顔をみつめながらの一言。
彼女にとっては初対面の相手なのは間違いない、しかし、見覚えはある顔なのだ。 なぜ憶えていないのか、それは彼女にとっては、ただ悩むだけの要素だった。
「……マリーさん、言ってもいいですか?」
「そうね。 でも、お忍びとはいえそこまで隠す理由も無いのだけれど」
「……件の脱獄囚の心配もありますから。 私の予想が確かなら……」
と、そこまで言って言葉を止め、神妙なものになりかけた自分の顔を、いつもの飄々とした笑顔に切り替える。
「ま、この様子じゃ、隠す隠さない以前にすでに十分目だってるとは思いますけどね」
そして、あはは、と笑いを一つ付け加えて、周囲を一瞥。
一見すると豪華客船に見える船から降りてきた美しい女性。それを向かえるのは巷で有名な冒険者の少女。
ティールは自分も目立つ要素の一つだと言うことには、気付いているのかいないのか、ただのんきな空気をかもし出していた。
「二人とも、この方はクリエイスの女王、マリア様よ」
そして、二人だけに聞こえるように押さえた声でだが、さもなんでもない事を話すように、あっさりとその正体を言ってのけるティール。
「え?」
そのあまりの態度のあっけなさに、一瞬何を言われたか理解できずにいたフェイと……
「……ふー……」
気付いてはいたが、同じくその気の抜けた態度に一気に毒気を抜かれたヴィオ。
「えぶっ!?」
そしてようやく言われた事の意味を理解したフェイは、さっきのヴィオと同じように声を上げかけたが、再びティールの手が飛び、口が開くその前には既に塞いでいた。
「だから叫ぶなってば」
「……なんで僕にはアイアンクローでフェイにはそれだけなんですか」
「名前を叫びそうになったか、ただ叫びそうになったかの差」
「……」
理不尽だ。  ヴィオはただそう思うばかりだった。
「お姉ちゃん、まだお話するの?」
フェオはフェオで退屈になってきたのか、服の裾を掴みながら、暇そうな顔でじっとティールの顔を見つめていた。
「あー、もうちょっと待ってね。 ……コホン、ところでマリーさん。 さっきからずっと貴方の後ろに隠れているのは、ティアですか?」
その言葉をティールが口にした瞬間、マリーの着ている服の裾がわずかに揺れた。
マリー本人は動いていない、風も無いわけではないが弱い、そんな状況でそうなるということは、誰か服に触れている者が動いたということになる。
「……」
ちらり、とマリーの後ろから、大きめのぼうしをかぶった少女が服の裾を掴んだまま、無言で少し顔を覗かせた。
が、その直後だった。
「ティアちゃんだー! ひさしぶりー!!」
「わっわっ!?」
フェオがその顔を確認するがいなや、思いっきりそのティアと呼ばれた少女に飛びついていった。
いきなりの出来事に少女は対応しきれず、体当たりにも見えなくもない勢いのフェオに、思いっきり抱きつかれていた。
その勢いに負けて、かぶっていたはずの帽子がぱさりと地面に落ちる。
「ティアって……」
そんな状況が起こっているということ自体には目を向けず、今しがたでてきたティアという少女の顔を見るヴィオとフェイ。
そして、再び『まさか』と小さく口にしたヴィオは、今度は叫ぶことなくちらりとティールへ視線を送った。
「うん、ティアは愛称。 ちゃんと呼ぶなら、クリエイス国第一王女のティリア様だね」
その視線を受けたティールは、またもなんでもない事のようにさらりと答えを口にした。
2度目ということもあって、それを聞いた二人の反応もそれほど大きいものではなく、多少驚いたようすはあるものの、落ちついたものだった。
「ま、ここまで言えばバカでも分かるでしょ。 今回の仕事はこの二人の護衛だよ」
なるほど……と、二人は納得がいった様子で頷いた。
お忍びということは基本的に目立ってはいけない旅で、こちらが騎士隊を動かせば目立つ。
わざわざ自分達冒険者を使ったのは、そういう理由ということだ。
「それじゃ、あっちのほうに馬車用意してますんでー……って、フェオ、そろそろ行くからかんべんしてやりな」
マリーを案内しようと改めて目を向けると。視界の端に、まだ久々の友達にじゃれついているフェオと、必死に引き剥がそうとしているティアの姿が入っていた。
「あっ……?」
……が、そうやって目を向けた時、ふと3人の目に、少々異常ともとれる光景が映っていた。
さっきまでかぶっていたはずの帽子がとれたことで、それで隠されていたティアの頭の部分が見えるようになったのだ。
……はっとその視線に気がついたティアは、思い出したように頭の上の『それ』を隠そうと両手をあてたが、既に見られている上に、隠しきれるものでもなかった。

 


―続く―


 


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