Breakers

力という束縛
−2−


「……で、結局どういう仕事でマリァ……こほん、マリーさんと知り合ったの?」
今回の護衛対象と顔をあわせて数十分。
その護衛対象である『マリー』は、二人にも見える範囲にある喫茶店のテラスで、2人の冒険者(騎士の変装)をつけて優雅にティータイム中で、その娘の『ティア』はフェオにひっぱられてどこかへ行ってしまった。
とっさに二人を見張っておくようにヴィオに指示を出したので、早々な事では大事に至らないだろう。
そしてティールとフェイは、彼女達を乗せ、すぐにでも王都に出発するはずだった馬車の前で、ぼんやりと話し込んでいた。
「んー…3年くらい前だね。 フェイと出会うちょっと前かな? クリエイスに行った事があってね」
その会話の内容は、ちょっとした昔話。
それでも、かなり重大な秘密が隠れているかもしれない話でもあった。
「へぇ……その時?」
「そ。 あの時は、クリエイスへの使者の護衛だったから、たまたま城の中まで入れたんだけど……その城の中で、事件が起こってね」
「中で?」
「うん。 その時はなぜか騎士隊が出払ってて、やむなく私に話が来てね。 その話を受けたのがきっかけかな」
「……何があったの?」
「それは言えない」
ふふん、と少し得意気な笑みを浮かべるティールと、なんとも言えない表情を見せるフェイ。
いずれにせよ、『公言できない』ほど重大な何かが、当時の城の中で起こったんだということは理解できた。
ならば、彼女はそれ以上聞いても絶対に答えてくれないだろう……それも同時に察したフェイは、溜息を一つついて、ただなんとなく空を見上げた。
……雲はまばらでゆっくりと流れ、空の向こうは平穏そのものだった。
「そういえばさ、あの耳……ハーフテイル族の耳だったよね?」
「ん? ああ、さっきのティアか」
フェオがじゃれついた事でとれた帽子の下には、ネコか何かのような動物の耳があたまにくっついていた。
その姿は、フェイのつぶやきの通り、とある国の半獣の一族、ハーフテイルのようだったが、クリエイスの血族にハーフテイルがいたという話など誰も聞いた事もない。
「ヴィオが言うには呪いか何かの類らしいけど」
「……もしかして、その呪いを解くためとか?」
「それなら、自分の国でやると思うよ。 クリエイスは、特に魔法技術が世界随一だし」
「うーん……」
再び考え込んで唸るフェイ。
真面目なのはいいことかもしれないが、気にしすぎるのもよくないな、とティールは常々思っていた。
「……にしても、あなたたち馬車の点検ちゃんとやったの?」
が、いちいち同じ事を気にしていても仕方ないと踏んだのか、そんな親友の様子は受け流して、次の瞬間には車輪の壊れた馬車の修理をしている人達に、いつも通りの軽い調子で呼びかけていた。
「もちろん、点検は毎日欠かさずやっている。 今朝はヒビなんて入っていなかったはずなんだがなぁ……」
うーむ、とうなりながら、集めた人達と修理を続ける馬車のおじさん。
こうやって足止めを食っている原因の車輪は、ヒビのようなものがいくつも刻まれ、その一部はすでに砕けていた。
「…ふむ」
その車輪を目にして、かるく唸る。
老朽化にしてはこのヒビはいきなりすぎるし、なにより不自然だ。
「……ねぇ、この馬車ちゃんと見張ってたの?」
「ん? そりゃ、荷物もあるし常に見張りは何人かつけてるさ……さっきだって、お前さん達が来る直前だったか、強盗みたいな連中が来たが追っ払った」
「……強盗?」
馬車を停めているこの場所は町の丁度入り口にあたる。
いくら町の外に近いからって、町の中には変わりない上、町への入り口という人通りの多いこの場所で襲ってくるのは、普通に考るとバカか、もしくはまた別の狙いがあるのか……
「逃げられたのは不覚だが、すぐ後に騎士隊が来て追いかけて行った」
「……十中八九、その時のどさくさに壊されたね」
はぁ、と呆れたような溜息をついた。
明らかに派手な行動をおこして肝心なところから目を引くというのは、手品などでよく使われる手段だ。
当然、犯罪などでも目をごまかす事は基本的な方法。
もちろん、それだけでそこまで想像するのはいきすぎかもしれないし、それが確定事項というわけではないのだが……
「……イヤな感じだね」
「強盗が?」
「いや、なーんか裏がありそうなんだよね。 こんな人通りがあるところで強盗って……しかも丁度この馬車が動けなくなるなんてさ」
「仕組まれてるとか?」
「かどうかはわからないけど…… フェイ、マリーさんから眼を離さないでいて。 ちょっと出てくるよ」
「……わかった」
手元に立てかけておいた自分の武器、『朱雀炎舞』と呼ばれる薙刀を手に取り、立ち上がるフェイ。 その目の中の瞳は、すでに今までの穏やかな輝きではなく、ピンと張り詰めた意思で満ちていた。
ティールはそんな相棒の様子を確認すると、フェイと同様に、自身の武器である魔槍『皇龍』を掴み、馬車の前から離れて行った……周囲に余計な混乱を起こさぬよう、自然な態度で、それでいて少し足早に。
向かうところは、妹が向かって行った方向。
「……ヴィオについていかせたのは失敗だったかな…?」
彼の戦い方は、町の中などという人の多い場所で戦うのには向いていない。
別にそこまで無差別なものでもないし、特定の相手に集中して攻撃できないわけではないのだが……どちらかといえば、広範囲にわたる魔法攻撃を主力にしているからだ。
ついでに、いっしょについて行っていたフェオに関しては、天使族ならではの強大な魔力を持っていながら、幼いゆえの未熟さからか、肝心の魔法の制御自体が怪しいために、敵味方の区別なく破壊するため、こんな場所に限らずとも性質が悪い。
万一戦いになれば、こんな人や物の多い町中では二人とも全力を発揮できない。
「ちょっと急ぐか。 …………ん?」
足に少しばかり力を入れて、走り出そうとした丁度その時、慌てた様子のフェオが、必死に自分の方へ走ってくる様子が目に入った。
「お姉ちゃん! 大変なの!!」








―数分後、森の中。
「……オーブのストックは十分……できれば穏便に済ませたいところですが」
港町から歩いて十数分という、比較的近い位置にある小さな森。
しかし森と言っても、全体的にそれほど密集して木が立ち並んでいるというわけではないのでそれなりに見通しはよく、軽く森林浴でもしていこうかという気分にもなってくるような、明るい森。
それでも深くまで立ち入れば木々の茂りも密度を増し、こういった場所に不慣れな者ならば確実に迷う。 
黒衣の魔導師、ヴィオは、単身そんな森の中に足を踏み入れていた。
「これは……」
ふと足元を見ると、真新しい足跡。
それも乾いた地面にしては不自然に、分かりやすすぎるほどにくっきりと残されたもの。
さらに言えば、その足跡の上にティアが被っていた帽子が落ちている。
「誘われている気もしますが……」
とはいえ、他に手がかりもない。
罠がはられているという可能性の方が高いが、今は目の前の目的を達するのが先。
一か八か、ヴィオは帽子を拾い上げると、足跡を追い、その先にある何かに向かって走り出した。



……辿りついた先にあったものは、ぽっかりと穴が開いたように空が見える空間……
木々に囲まれ、その内側は木の代わりにやや背の高い草が生い茂る、草原を少し切り取ってきたような場所だった。
「んっ……んー!!」
「ティアさんっ!」
そして、その空間の端。
丁度森と広場の境界線となる木のうちの一つの根元に、さるぐつわで口を塞がれ、同時に見るからに頑丈な縄でその木に縛られているティアの姿があった。
「今、助けます! ………いや……」
彼女の元へと飛び出そうとしたが、その足が動き出す前に、はたと何かに気付いたように動きをとめ、一瞬目を細め周囲の様子を伺う。
……ここは、森の中にも関わらず木がはえていない、少々広い空間。代わりにほんの少し背の高い草が生い茂り、その周囲は森の中ゆえに、当然ぐるりと取り囲むようにに木々が立ち並んでいる。
「……ふむ」
ヴィオは懐から小さな宝石のような物体をいくつか取り出し、広場の端……木々の根元辺りに投げ始め、それらはすべて、がさっ、という音を立てて足元の茂みに落ち、草にまぎれて見えなくなった。
一通り投げ終えると、もう一度石がとんでいった辺りをぐるりと見回して、今度こそ、ティアの元へと歩き出した。
「大丈夫ですか? 怪我は?」
呼びかけながら口を塞いでいたさるぐつわをほどき、そして彼女の身体を木に固定していた縄も、ローブの内側から取り出したナイフで手早く切る。
「んっ…… 怪我……ない」
「……大丈夫そうですね。 ……しかし、この縄は…?」
ティアの無事に安堵したヴィオの目は、すでに切られて地面に落ちた縄に向かっていた。
ナイフを取り出したその時から気になっていたもの……それは、非常に細かくではあるが、縄全体に確かに書かれていた魔導文字。
呪術的な事にも精通している彼にとって、その内容を把握するのにそれほど時間はかからなかった。
しかし、丁度ヴィオが縄に込められた術の内容を解き、また別の思考に入ろうとしていたその時……
「おっと、そこまでだ」
背後から聞こえる野太い男の声……同時に、ティアが『あっ』と思い出したような声を上げた。
それを合図にするようにして、10人が10人下品なものだと評価するだろう笑い声が、そこかしこから聞こえてくると共に、その声と同じ数だけの人間が、この広場を…二人を取り囲むようにして木の上や草の影から姿を現す。
彼らのその風貌は、一般的な常識で言うと、盗賊といったところか。
「……何が、そこまでなのでしょうか?」
しかし、ヴィオは全く驚く様子もなく、一泊間を置いて、妙に穏やかな口調で問い返す。
「さぁな。 自分で考えてみたらどうだ」
対して、囲んでいる中の一人が、すでに勝ち誇ったような態度でそんな一言を口にした。
……どの方向を見ても敵しかいない、しかもその全員が武器を持ち、味方は幼い少女だけ……
それは、囲っている側にしてみれば、すでに勝ちを決めたと思う状況かもしれない。
「しっかし、こんな石投げたくらいで誰もいないと思ったんなら、とんだバカ野郎だな」
また別の一人が、足元に落ちていたらしい宝石を拾い上げ、それにあわせるように再び笑い声を上げる盗賊達。
「まぁ、そこそこ価値はありそうな宝石だな……まだ持っているなら、出せ」
その一言で、周囲の全員が手持ちの武器を構え、二人のところへ一歩足を進める。
「うぅ……」
……おびえてヴィオの服を握り締めつつも、ティアは、必死で考えをめぐらせていた。
身につけている服装から考えると、この男の人は自分と同じ魔法使いだろう。
だったら、攻撃のために呪文の詠唱を必要とする今の自分達には、速攻性はほとんど無いと言っていい。
常識的に考えて、詠唱抜きで出来る呪文といえば、それほど威力の無い単体攻撃が関の山。
それでは二人は倒せるとしても、それ以外の相手を攻撃する余裕が無い。
「……ごめんなさい……」
どうしようもない……そう思うと、涙が浮かんできた。
「…ティアさん?」
「私を助けにきて、あなたもこんなことに……」
「ああ、そんな事ですか」
「そんな事って……もしかしたら、死んじゃうかもしれないのに……んっ!?」
突然、今にも声を上げて泣きそうだった自分の口に、そっと手を添えられた。
目を上げて見ると、ヴィオは優しく穏やかな微笑みで、じっとその目を見つめていた。
「いえ、『そんな事』なんですよ ……なんせ、罠にはまっているのは…あちら側なのですから」
「…え?」
……その瞬間、思わず心が落ち着いてしまうその笑みが消え、なんの感情も読み取れない、無表情なものへと変わっていた。
「罠だと?」
「……そんな石でよければ、いくらでも差し上げますよ」
そして、思わず声を上げた盗賊の一人にその顔を向け……そのまま、パチンッと右手の指を弾く。

―その瞬間

「ぎゃあああぁぁぁああぁあっっ!?」
男がその手に持っていた石から、バチバチと唸る黒い雷を纏う、全身を包みこむような深い闇の球体が発生し、同時にその内から、彼の断末魔の叫びが響き渡った。
そして、数秒程度経っただろうか。 その球体は黒い雷の余韻をわずかに残しつつ消滅し、後には、全身を焼かれたように黒く焦がした男が倒れていた。
その直後、たったの一瞬、ヴィオを覗く全員によって、この広場は声にならない声で満たされた。
全員、何が起こったのか自分の脳では認識できず、ただ動揺して身動きがとれずにいる。
しかし、そんなことには一切かまわず、言葉を続ける者が一人。
「言い忘れましたが、僕は世間一般的に『セイクリッド』と呼ばれる人間です」
もう一度、左手の指を弾く。
同時に、今度は草にまぎれ隠れていた宝石達が輝き出し、ある一つは冷気で周囲を凍結させ、一つは爆風を巻き起こす。
「能力(ブースト)の名は『スペルオーブ』 効果は『自分の魔法を結晶化する』こと。 ご覧の通り、発動のタイミングは僕の任意です」
「……セイクリッドって……」
「おや…ティアさんは存知無いのですか?」
思わず口をついてでた一言に、ヴィオは再び微笑みを浮かべて答えた。
その後ろで、また一人、彼に飛びかかろうとした男が、闇の球体に飲み込まれている事など気にもとめずに。
「バカにしないで……万物が持ちうる神気(オーラ)を、ブーストと呼ばれる能力として使うことが出来る人の事……」
そしてその直後。
これが最後だ、と言わんばかりに、二人が立っている場所を除く広場全域が、強力な闇と、風と、氷…『月』に属する3種の力が複雑に絡み合った魔力に包みこまれた。
「ええ、その通りです。 もう少し細かく言えば、オーラは大多数がほんの微弱な力しか持たず、ブーストを発現できるのはほんの一部。 セイクリッドとは、ブーストを使えるその一部の人間の事を差すんです」
「分かってるってば。 ……まさか、あなたがそうだと思わなかっただけだもん」
嵐のように巻きおこった力の渦は、急速に収まりを見せる。
その場に残るのは、数少ないかろうじて渦から逃れた者と……大半の巻き込まれ倒れた者。
「ああ……そうそう、思い出しました。 『ほんの一部』なんですよね、使えるのは」
「…それ、いま自分で言ったんじゃ……」
「ははは…いえ、ウチのギルドにはブーストのレベルさえ問わなければ、セイクリッドが半分くらいなので…『一部』しかいない事を忘れていたんですよ。 自分の言葉で思い出すとは、妙な話もあるものです」
「……あぁ、そう……」
「……さて、と。 もうあらかた片付きましたね」
「え?」
口から出てきたのは、間の抜けた一声。
そう、片付いたなどというその一言が聞こえるまで戦闘中だったという事を、ティアは忘れていた。
………ただ、つい数秒前までの記憶を追ってみれば、自分達の周囲で渦巻く魔法は、目では確かに見えていた。
ただ、あまりにのんきな空気をかもしだしていた会話に気をとられ、戦闘という意識が薄くなっていたのだろう。
そして今、話を止めたヴィオの一言で我に帰り、改めて周囲に目を向けて見ると……草原かと思うほど丈の長い草が、あちらこちら消し飛んでいたり、広場の外まで吹き飛ばされたのが何人かいたり、気を失っているのがいたりと、すでに盗賊のほぼ全員が、言葉通りに片付けられていた。
かろうじて逃れたらしい数名は、すでに全部の石は使われたのか、まだ残っているのか、残っているならどこに石が仕掛けられているか…と思考をめぐらせて、進む事も戻る事もできずにただ立ち尽くしていた。
「…いつのまに……」
「オーブに封じた魔法の種類と効果範囲、その数。この広場にいる限り、逃れられないように配置していました。 …まぁ一部逃れたようですが……」
言いながら、睨むような目を残った数名に向け、同時に指を弾くような動作をする。
それと同時に、『ひっ…』という声にならない声を上げて、彼らは勢いよく森の奥へと逃げ出していった。
「でもすごい能力…詠唱無しで魔法が使えるなんて……」
「いえ…正確に言えば、オーブを作る時に詠唱は済ませているだけで、魔法を発動の直前の状態で留めるブースト、と言った方が正しいです。 …それに僕のオーラにも限りがありますから、数もそれなりに制限されますし、万能ではありませんよ」
「……へー…」
ははは、とすこし笑いながら、そんな謙遜の言葉を口にするヴィオだったが、ティアは速攻、連発は基本的に魔法使いには難しい戦い方だと認識していたのだが…それを可能にする能力を見せつけられ、魔法使いとして、本当に素直に凄いと思っていた。
「私も、ブーストはつかえるけど……」
「…それで……そろそろ、出てきてはどうですか?」
そこまで使い勝手よくないし―と言ったつもりだったが、あまり自身なさげだったその声は、ヴィオの声によってかき消されていた。この様子では、その前についていた一言も聞こえてはいなかっただろう。
……ヴィオは、森のある一点を見つめていた。
「ほう、気付いていたか」
最初の方で二人に話しかけてきた、いかにも盗賊のボスらしい、ごつい風体の男が、比較的太い木の影から出てきた。
「僕が最初にシャドウヴォルトを放った時、すでに逃げていたでしょう。 見えていなかったとお思いですか?」
「関係ねぇな。 俺が今ここに立っている……そんだけで十分だろ」
「…やれやれ……最後に自分一人だけ残るとは、単に部下任せなだけなのか、自分の強さに自信があるのか……」
「聞きたいか?」
「…………自分は後者だ、と答えたいのでしょう? 過剰な自信は、身を滅ぼしますよ」
静かに、そして冷静に問答を繰り返しながら、ゆっくりとローブの内側に手を入れるヴィオ。
それが何を意味しているのか、たった今彼の戦いを見たティアは……そして盗賊は、すでに理解していた。
―まだ、石を持っている、と。
「ふん、そいつはどうかな。 自慢の魔法でも撃ってみるか?」
「……」
ヴィオは、先程から妙に自信に満ちた表情を見せる盗賊頭に、ちょっとした危機感のようなものを感じていた。
こういった無駄に威勢のいいタイプは、経験上確実に何か『奥の手』を隠し持っている……
そう考えた末に、一度しゃがみ込んで、ティアの人間側の耳元で小さく耳打ちをした。
「……っ!?」
考えついたことを一通り話した直後、聞かされたティアは一瞬目を見開いて叫びそうになったが、それを手を口元にあてて制止する。
「コレを、つけていてください……と、そうそう。これもお返しいたしますよ」
そしてそう言いながら、有無を言わせずティアの両手の人差し指に、ポケットから取り出した白金色の指輪を一つづつはめ、先ほど拾っておいた帽子も、頭の耳を隠すようにしてかぶせてあげた。
「その指輪は、意識するだけで魔力を弾として撃つことが出来ます」
「ちょっ……」
「……万一もありえます。 それに、僕等の役目は、貴方の護衛ですから……わかりましたね?」
「相談は終わったのか?」
ティアは、まだ何かを言いたそうな顔をしていたが、盗賊頭に口を挟まれ、その言葉を口から出す事は出来ずにいた。
……声に出す事が出来なかったのは、ヴィオの意思に気持ちが押されたのか、ただ単にこの状況が恐ろしいと感じているからなのか……それは本人にもわからない事だったが、もう、仕方が無い……そう思っている自分もどこかで感じていた。
「ええ。 貴方がどの程度強いのかは分かりませんが……僕が、相手をつとめさせていただきます」
そう言って取り出すのは、一個の闇のオーブ……それは最初に発動させたものと、はた目には同じ内容に見える。
しかし、その直後の動作は、先程までのものとは明らかに違っていた。
「深遠なる闇より産まれし、月の従者達よ、我、其の力を求む者なり……」
紡ぎ始めるのは、闇の眷属を従える呪文。
彼が一言声に出すと共に、徐々にその手に持つオーブの黒が深く、大きくなっていくように見える。
…いや、決して目にしている者の気のせいでは無い。時間が経つごとに、確実にオーブはその大きさを増していく。
だがしかし、目の前の魔導師と対峙し、今にもその魔法を撃たれようかというこの状況になって、盗賊頭は不敵に笑っていた。
そして詠唱を続ける中で、その表情の変化を常に見続けるヴィオと、迷いつつも、先程言われた事を意識するティア。
「……ヘルズレイ」
ヴィオが口にするのは、紡がれた力を解放する鍵となる一言。 そして、その手で掴んでいた闇のオーブを、目の前の敵の元へと放った。
敵の身体に触れるか触れないかの位置まで来たその石の輝きは、周囲の目には内側に収縮したように映り……その直後、先程まで放っていた魔法よりも、見るからに数段上の魔力が解放され、その石を中心に、敵の身体を完全に覆い尽くすような、太く、黒い光の柱が立ち登る。
「……」
そして最大にまで膨れあがった光柱は、徐々に、徐々に勢いを弱め、少しづつ消えていく。
その内側は、並の相手ならば確実に気を失うか、たとえそうならなくとも身動きできないほどのダメージを与えられる、エネルギーの奔流で満たされている。
……あえて殺すほどの威力にしていないのは、誰の影響だったか……ふと、そんな事が脳裏をよぎった。
「……!!」
だが、時々そうしたのは失敗だったか、と思う事も数多くある。
…そう、それは、その相手が自分の予想をはるかに上回る防御能力をもっていた時。
「ふん、威勢のいい事を言っておいてこの程度か?」
完全に収まりを見せた黒い光柱から、不敵な笑みを浮かべて現れる盗賊頭。
その姿は、少々のダメージはあったのかところどころ傷ついているように見えたが、見る限りではそのダメージは軽微。
……が、それ自体は、対峙しているヴィオにとってはあまり重要ではなかった。
目の前の敵の、先程までとの最大の違い……それは薄い光の幕が、身体の表面を包みこむようにして発生している事。
「……やはり、セイクリッドでしたか……それも、防御特化型のドレス型ブースト……」
「ああ、言っとくが、こうなったらどんな攻撃も効かんぞ?」
「…効かない、という事は無いでしょう。 現に、僅かですが今の攻撃であなたは傷ついている」
少し強気にそう言い放つが、明確なダメージを与えられないということには変わりはない。
「余裕だな、そういう態度は高くつくぜ……ん?」
言いながら、腰に下げていた剣を抜く盗賊頭だが、同時に、ヴィオ側に起こっていた異変に気がついた。
「…おい、あのガキをどこにやった!?」
先程まで……ヴィオが魔法を放つまでは、その横にいたはずのティアの姿が、こつぜんと消えている。
「さあ、いつの間にかいなくなっていたので……逃げたんだと思いますよ」
「…まさか、さっきの魔法は……」
「それを答える義理はありません」
―言うまでもなく、めくらまし目的でしたが……そんな一言を頭の中で言いつつ、口では挑発じみた言葉を出す。
しかし、そんな強気な態度もただの仮面。彼自身の心中を正直に言わせれば、倒せる見込みはかなり少ない、と言うだろう。
「くそっ…まぁガキの足だ、すぐに追いかければ」
「それを、許すと思いますか? フローゼン・エッジ!!」
どの方向に逃げるよう指示したか、さすがにそれは知られてはいない。
だが、それでも足止めくらいはしなければいけない……最低でも、森を抜け、フェオに託した連絡を受け、森を包囲しているだろう騎士隊と合流するまでは。
「ぐっ!」
盗賊頭は、地面から勢い良く突き出る氷の刃の直撃を受ける。
刃として、そして打撃としてもダメージはほぼ皆無。しかし、物理的に『押す』事はできるらしく、その氷の突き出る勢いに、軽くその身体が宙に浮く。
「ブラックフレア!」
相手の身体が地面に落ちるその前に、その手から黒い炎を打ち出し、追撃をする。
凝縮した形で放たれたそれは相手の身体に触れると同時に破裂し、それは炎というよりは爆弾という表現のほうがしっくり来たかもしれない。
その爆風で、相手はすぐ背後にあった樹に叩きつけられた。
「闇と雷の精霊よ、我が前に集え! シャドウヴォルト!!」
そしてさらに放つのは、オーブを介して最初に発動させたものと同じ呪文。それは叩きつけた樹の根元も巻き込んで、黒い雷の球体は盗賊頭の身体を包みこんだ。
……無詠唱による魔法の連撃で短い時間を作り、その隙をもって短縮詠唱の魔法を発動させる。
それはオーブを使わない場合の、彼の必勝パターンだったが…
「…やはり、足りませんか」
吹き飛ばされて倒れてこそいるものの、やはり手ごたえそのものはあまり感じられない。
焼け焦げた樹の根元から立ち上がり、相変わらずの余裕の笑みを浮かべている
「……なぜ…」
「ん? なんだ」
「そんな力をもっていながら、盗賊など……そのブーストなら、冒険者なり騎士隊なり、活かせる場はあるというのに…」
「はっ、そんな事か。 騎士だの冒険者だの、くだらねぇだろ。 俺は縛られるのが嫌いなんでな」
―何者にも縛られないという『自由』と、自分勝手な『横暴』は違う。
それを知らずにさらりとそんな事を言ってのける……とにかくわかりやすい発想の持ち主だな、と思い、ふっと呆れたような笑みをうかべた。
「…その答え、こちらとしても深く考えずにすんで、ありがたいですよ」
「そうか。 ……なら、さっさと消えて貰おうか!!」
そう言い放ち、今度は自分からヴィオに向かって飛びかかる盗賊頭。
手に持っている剣を大きく振り上げ、一気に間合いを詰め……そのまま、真っ直ぐに振り下ろす。
しかしその一撃は紙一重でかわされ、それと同時に胸の辺りに手をあてられていた。
「…ブラスト」
「うおっ!?」
そして、呪文と共にゼロ距離で放たれる風の弾丸。
盗賊頭はまたもや僅かに吹き飛ばされるが、今度は体勢を崩さずその場で踏ん張り、さらに反撃を加えようと地面を蹴り、横一線に薙ぐような剣撃を、放つが、ヴィオは軽く後ろに飛び難なく回避。
しかしそれを気にも止めず、そのまま右下から左上へ斬り上げ、合わせてX字を描くようにナナメに斬り下ろす。
「……ふむ…」
そんな中で、やはり、とヴィオの中で、戦闘を始めた時からうすうす感じていた事が、確信に変わりつつあった。
剣はそれなりにマシだがあまり洗練されたものでは無いし、動きもそこそこいいかもしれないが、ある程度戦いなれている者なら軽く見切る事ができる。
……結論を言ってしまえば、弱い。
ただ防御能力だけが極端に強く、そのせいで他の者には必要以上に強く感じてしまうのだろう。
「……さて、どうしたものか……」
ぼそっとした小さな声で、そんな言葉が口をついて出てきた。
相手の力量が分かったところで、対処法がなければどうしようもない。
要するに、ブーストによるガードを貫通する程の上級呪文を撃てばいいのだが、そのレベルになると無詠唱や短縮詠唱では発動がむずかしく、長い詠唱が必要になってくる。
こんな攻撃を避けながらでは、短い詠唱ならともかく長い詠唱は息が乱れて続かない。
そう考えていると、術師でもそれなりに体力は必要なのだな……と、どうでもいい一言が脳裏に浮かんだ。
「……ん?」
それでも、なんでもいいから何か手段は無いか、と周囲に目を向けたその時……一瞬、この場にいてはならないものが、草木の影にいるのが目に入った。
「ティアさん……!?」
「!?」
思わず名前を口に出してしまい、しまった、とばかりに手で口を塞ぐ。
しかし、出してしまった声は引き戻すことなどできず、それをなかったことするのは不可能で…運の悪い事に、盗賊頭はその一言を聞き逃してはくれなかった。
「そんなところに隠れていたのか」
こんな事では、ティールにアイアンクローを喰らうのも仕方ないな…という一言が一瞬脳裏にうかんだが、盗賊頭がヴィオに対する攻撃を中断し、ティアの方へと目標を切り替え、すでにそっちに向かいはじめている。
……今は、過ぎた失敗を気にしている場合ではない。
「近づくな! …深遠なる闇より産まれし、月の従者達よ…」
「おっと、今撃てばこのお嬢ちゃんも巻き添えを食うぜ?」
「…くっ……」
そのくらいのことは、言われなくとも分かっていた。
しかし例え無詠唱で小さい魔法をつかったとしても、位置的にティアも巻きこみかねない。
…わざわざ詠唱を必要とするような中級魔法を選んだのは、脅しをかけるつもりだったのだが……冷静に考えれば、こんな状況でなくても、通じない攻撃に屈するようなことはありえなかっただろう。
「ふん……よく逃げなかったな。 俺を倒す隙でもうかがってたつもりか?」
手を出せないという事が分かると、勝ち誇ったような表情でティアの目の前に立ち、そう口にする盗賊頭。
対してティアは、その顔には恐怖のようなものも見え隠れしていたが、それ以上に、目の前の相手を強く睨みつけ、明らかな敵意を向けている。
「……マテリア・ブースト……」
ゆっくりとその右腕を持ち上げ……盗賊頭の丁度胸の辺りに、手の平をかざすようにしてぴたりと制止させた。
「…ん?」
「いでよ! 『森羅の鍵』!!」
そして、そのまま叫ぶような声で、そう口にする。
一瞬遅れて何もなかったはずのその手から、銀色を基調とした長い杖……いや、杖かなにかと見間違う程大きな、一本の鍵が、相手の胸を突き通すような勢いで現れた。
「なっ!?」
しかし、とっさに反応した盗賊頭は、紙一重で弾かれるように横に跳び、その鍵の先端が触れるのを回避する。
「…あ、ヴィオさん…大丈夫?」
避けられた事に一瞬戸惑うような顔を見せるが、視界の中にヴィオが近づいてくるのが入ると、思い出したかのように自分からも駆け寄り、そう呼びかけた。
「それはこっちのセリフです。 逃げろと言ったでしょう」
「ごめんなさい。 大丈夫かなって心配になって、つい…」
「…それは、気持ちはありがたいですが……」
その瞬間の顔は、どことなく泣き出しそうな気がしなくもないもので、同じ子供でも、いつも身近にいるフェオとの勝手の違いもあり、ヴィオはただ戸惑うばかりで、どう会話を続けたものか迷うばかりだったが、そのまま思考の海に没頭してしまうその前に、横から剣による一閃。
その直前になって意識が戦闘に戻り、ティアをかばいながらも、紙一重でその一撃を回避した
「……おいお前ら、俺と戦ってるってこと、忘れてねぇか?」
「まさか。 少々、取り乱していただけですよ」
会話を腰を折る横槍としてはかなり危険なものだったが、下手に深く考え込んでしまうという悪い癖が出る前に止めてくれたおかげで、冷静にこの状況を考える事が出来る。それは、かえってありがたいと思っていた。
「だったら、さっさとそのガキ置いていきな!」
「それはできません。 …ブラックフレア!」
先程の連撃と同じ黒炎の弾が炸裂し、盗賊頭は一瞬広がった炎に包まれるが、今度は炎が消えるその前に自ら飛び出し、二人に向かって斬りかかる。
「ティアさん!」
「わっ…と」
半ば押し出すような形でティアを突き離し、その剣をギリギリまでひきつけて回避。
そして再び相手の胸に手をあてて、魔法を撃とうとしたその時…
「はるかなる天空に生まれし、陽の従者達よ、我、其の力を求む者なり……」
すぐ横から、魔力を紡ぐ詠唱の声。
それは自分の力と対を成す、太陽に属する光の魔法。
「ふんっ!」
まさか、とその詠唱に気をとられたのが失敗だった。
ほんの一瞬の隙だったが、胸に添えていた手を弾かれ、すでにティアの方へとその足が向いている。
「くっ…」
自分の知識に違いがなければ、今ティアが使おうとしている呪文は、詠唱に『ヘルズレイ』と同等の時間を必要とするもの。
その間に羽交い絞めにでもされたら、今度こそこちらは手を出せなくなる。
「フローゼン…」
ならば、その前に弾き飛ばせばいい。
即断で次の呪文を決定、無詠唱発動を敢行しようとしたが、その呪文を口にし終える直前……
「ぐあっ!?」
「!?」
盗賊頭の顔面で小さな光の弾が炸裂し、一瞬その視界を奪い、動きを止めた。
そして…
「その身に纏う光を以って、我が前の不浄なる輩に裁きを! ヘヴンレイ!!」
天空より舞い降りる白き光の柱。
それはヴィオの黒き光の柱―へルズレイと比べると、威力という点で少々見劣りするものの、確かな力を感じさせるものだった。
「…そうか、あの指輪…」
詠唱を終える直前の光弾……あれは、一度別れる前に自分が手渡した指輪の力。
しかし、確かに呪文抜きに攻撃できる魔法具なのだが、それを別の呪文の詠唱中にやってのけるには、詠唱をしなくていいというだけで、ある意味二つの呪文を同時につかうのと同じ事。それなりの集中力と精神力が必要になってくるはずだった。
「っと、感心している場合じゃありませんね」
少なくともこの呪文は、ダメージはなくても発動中は衝撃で身動きはとれない。
ヴィオは光が収まるその前に、ティアの横へと移った。
「くっそ…しぶといガキだな……」
光の柱が消え、再び二人の前に姿を現す盗賊頭。
また少しダメージが増えたようにも見えるが、それらもやはり決定的なものにはなりえない。
「……もしかしてあの人…ブースト、使ってる?」
ティア自身、今の呪文にはそれなりに自信があったらしく、その一言を口に出す瞬間は、軽く動揺しているのか若干舌がうまく回っていなかった。
「ええ、防御系のドレス型のようですが……」
「………そっか。 だったら……あの人の動き、止められないかな? 私のブースト…『鍵』を差せたら……」
ティアが、先程召喚し、そのまま手に持ち続けていた『鍵』をぎゅっと握り締め、少し頼りなげにそう口にする。
が、そんな態度に対するヴィオは、僅かに迷いつつも、その『鍵』……彼女のブーストの可能性を、信じてもいいような気がしていた。
「ふん、また作戦会議か?」
「っ!」
言いながら、ブン!、という音が聞こえてきそうな勢いで、再び斬りかかってくる盗賊頭。
ヴィオはとっさに腕を持ち上げ、その剣をその腕で直接受け止める。
「何っ!?」
しかし、その長袖のローブの表面に傷がついただけで、腕そのものまで刃が貫通する事はなかった。
「くぅ…………なんとか、できるんですね?」
そう尋ねると、ティアは何も言わずに少し微笑んで、こくり、と頷き、それを確認したヴィオは、一瞬微笑みを返し、再び目の前の敵に向きなおった。
「くそっ、なんで斬れない!?」
「このローブは、魔法の糸を編み込んだ特別性なので」
そう言いつつ、刃は止められても衝撃は伝わるので、痛い事は痛いのですが……と心の中で自分に対しての皮肉を言ってみたりと、どことなく自分にさっきより余裕ができているのがわかった。
くわしく能力を聞いたわけではないので、そこは未知数だが……彼女は、味方には良い意味の、敵には悪い意味で、意外な伏兵となっていた。
「今度は、本気でいきますよ! ブラスト!」
零距離で放つ、一陣の風。
「ぐっ…! そんなもんで、もう吹き飛ばされるか!」
盗賊頭は一瞬バランスを崩すも、なんとか踏ん張り、体性を立て直そうとする…が、
「フローゼン・エッジ!」
続けて、地面からの氷の刃。 やはり最初に放った時と同じく、刃としてのダメージはほとんどない。
しかしバランスを崩している相手を、また弾き飛ばす程度の威力はあった。
「くっ…こいつ……」
「……光より産まれ、闇に溶けし者達よ…」
少し離れた位置に落下する盗賊頭をじっとみつめながら、呪文を紡ぐと共に、ローブの内ポケットから一つの黒いオーブを取り出す。
「くっ、ははは! その石は効かないのは、最初に分かっただろうが!」
詠唱呪文恐るるに足らず。 そう言わんばかりに立ち上がり、再び剣を構える。
…しかし『甘い』…… さもそう言うかのごとく、ヴィオはそんな目の前の敵を怪しく笑っていた。
「…契約の元、ヴィオ・ラスクールが命ず、彼の者を捕らえよ! シャドウ・サーヴァント!!」
詠唱の終了と共に、オーブを相手の懐に投げつける。
どうせ今までと同じ、爆弾みたいなものだろう…そう思って身構える盗賊頭だったが、今まで使っていたものと少し反応が違い、オーブ自体が黒い霧となり空気に溶けていくかのように薄く、広がっていく。
「なっ……!?」
そして、オーブが完全に石としての形状を失い消え去った時、その足元から、黒い影のような『何か』が這い出し、無数の黒い縄のようなもので、盗賊頭の身体を縛り付けるようにしてまとわりついていき、そして、手近にあった木の根元をも巻き込んで、完全にそこに縛り付けてしまった。
「くそっ、なんだこいつは…!」
影なる従者の呪縛から逃れようと必死にもがくものの、それらはいっこうにゆるむ気配も無く、ほどけることなど到底不可能にも思えるほどで、逆に全身から力を奪われていくような脱力感さえ感じる。
「ティアさん、急いで……この呪文…あまり長く維持できないのです…」
「あ…うん!」
おぞましさすら感じる気配を発するそれに、少し気圧されていたティアだったが、ヴィオの呼びかけで我に帰り、少し慌てた様子で…しかし真剣な面持ちで、樹に縛り付けられている盗賊頭の元へと向かい、『鍵』を構えた。
「……くそっ、動けねぇ……だが、攻撃はきかねーぞ!?」
「…それってその、ブーストの力があれば…ってことだよね。 それなら……」
そうつぶやくように口にしつつ、『鍵』の先を相手の胸元に触れさせ、そのまま押し込むように、ぐっと力を込める。
するとそれ全体が淡い光を発し始め……直後、そこにその『鍵』の鍵穴があるかのように、身体の中にその先端が入り込んだ。
……かちり、という音が聞こえたのは、『鍵』という形状からくる錯覚だったのだろうか。
『強制解除』…その一言を口にすると共に、先端が体内にまで進入したその『鍵』を回すティア。
それと同時に、盗賊頭の身体を覆っていた光の幕が、一瞬のうちに弾けとび、完全に消滅する。
「なっ!?」
「…『封印』…」
そしてそう言いながら、さらに『鍵』を90度回転させると、今度は差し込んでいた『鍵』が砕け散り、光の粒となりその先端が刺さっていた胸元から、相手の身体の中に入り込んでいった。
「…くっ……ティアさん、離れてください!! もう、消えます!」
「う、うんっ」
その瞬間、彼女はただひたすらに、やった、と思う達成感のようなものを感じていたが、そんな暇も許されずに飛んでくるヴィオの危機感混じりの一声。
あわててヴィオの傍に戻ったその瞬間、樹ごと縛りつけていた影は消滅し、急にかかっていた力が消えた盗賊頭はバランスを崩し、地面に倒れかけた。
「くっ…何しやがった!?」
「ブーストの解除と、封印。 あなた、しばらくの間ブーストは使えないよ」
恐らく、彼は今必死で自らを守る鎧となるブーストを出そうとしているのだろう。
しかし先程の『鍵』の力でそれはできなくなっている……それでも必死に何とかしようとする姿は、どことなく滑稽にも見えてきた。
「……闇と雷の精霊よ、我が前に集え……」
しかし、情けは無用。
「ひっ…や、やめ…」
「シャドウヴォルト」








「まったく…ブーストがなければなにも出来ないのですか」
改めて縄で縛り付け、戦闘そのものはひと段落。
裁きはしかるべき場所で行われるだろうと思い、殺す事はなかったが、『鎧』を剥がされたこの盗賊頭は、ヴィオが考えていた以上に脆く、一撃で行動不能に陥っていた。
「ヴィオさんの魔法が強いんじゃ…」
「まあ…確かに手下に使ったのよりは強く撃ちましたが…発動中との差を考えると、なんだか拍子抜けですね」
セイクリッドは、ブーストの能力の分一般人よりは強い……が、肉体そのものは普通の人間。鍛えればつよくなるし、そうでなければ身体は鈍る。
それゆえに、能力だけに頼るものは、それなりに鍛えた普通の人間にやぶれる者も少なくは無い。
この男は、能力に頼りすぎたセイクリッドのいい例でしかなかったのだろう。
「……騎士隊にでもつきだす気か?」
「当然、罪人は裁きの場に行くべきです」
ブーストだけでなく武器を奪われ、手足も封じられたからか、逃げる気も無くなったのだろう。
先程までとはうってかわって、妙に落ちつきはらい、いさぎのいい態度だった。
「っと、その前に、一つ聞きたい事がありました」
それは、戦いが始まる直前からの疑問。
戦闘に集中し、今この瞬間まで忘れかけていたが、改めて盗賊頭の姿を見て、唐突に思い出した。
「今あなたに使っている縄ですが……それ、どこで手に入れたんですか?」
「何?」
ティアを助けに入った時に、樹ごと彼女を縛りつけていた縄。
遠目には分からないかったが、改めて良く見ると所々に何かの紋章のような文字が細かく刻まれている。
そして、これはヴィオの直感になるが、縄の中心に呪術加工された糸が1本通されている。
「見たところ、魔法使いやセイクリッドの力を完全に封じ込める、かなり高位の呪法がかけられています。 少なくとも、こんなものが市場に出回っているとは思えませんし、そもそもこの国の中ではここまでの物は作り出せないはず。できるとすれば、魔法技術が特に発展している国……それこそクリエイスとか……」
「あー、難しい話はやめろ。 使えって渡されただけで、俺は何もしらねーよ」
「渡されたって、どういう……」
「…では、やはり裏がいるのですね。 誰に頼まれたんですか?」
ティアの言葉を制して、質問を続けるヴィオ。
盗賊頭の方は、全てをあきらめたせいか、すでに身も入らないなげやりな感じで答えていた。
「鎧を着た男だ。 金をやるからって言ってな。名前も聞いてないが、額がでかかったんで受けたんだよ」
「……ふむ」
恐らくこの盗賊団を先導したのは、彼女のクリエイス王国第一王女という正体を知る誰か。
そして、盗賊側は彼女の正体も知らずに金だけに誘われて受けた、ということだろう。
「………とにかく、あとは騎士隊に引き渡して、任せましょう。 ティアさん、行きますよ」
「あ、うん」
その辺で気絶している手下は後で騎士隊に回集させる事に…と、言うよりはヴィオ一人では気絶している者を運ぶのは難しいので、この場は頭である目の前の男だけを引き渡す事にした。
「待て」
舌打ちする盗賊頭の腕をひっぱり立ち上がらせ、歩き出そうとした丁度その時。 一人の男の声が、背後から耳に入るのを感じた。
「……黒幕……!?」
つき放すように盗賊頭の手を離し、背後に振り返ると同時に身構えた。
声が聞こえた一瞬に感じた殺気……少なくとも、今戦っていた相手など話にならない誰かが、そこにいる。
経験や知識などではなく、直感や本能…それは、そういった根源的なところからくる感覚だった。
「ヤツが来るまで持つかと思っていたが……期待はずれだったな」
木々の影から現れたのは、蒼い重鎧を着た一人の男。
顔は兜をつけているので、はた目にはよく判らないが、その風貌はどこかの騎士を思わせる。
「てめぇ…見てたのか!?」
「最初から、な。 まあ、上手く捕まえてきたのは評価してやろう」
「このガキをお前に引き渡すためにわざわざ待ってたんだ! いたんならなぜ出てこなかった!?」
「あの女の仲間が、どの程度のものか見ておきたかっただけだ。 前座としては、なかなかだったぞ」
「こいつっ……ぐっ!?」
「!?」
一瞬だった。
大きくひらいていたはずの間合いをつめ、その首筋に剣を突きつける……その動作は、3人の目では追いきれず、一瞬その姿が消えたかのような錯覚すら覚えた。
「だが、茶番だ。 やはり盗賊などこの程度か」
「な…あ…」
……盗賊頭の首筋から、一筋の赤いものがにじみ出ていた。
それを見た男は飽きたように、ふぅ、と一息つき、その剣を首筋から放す……そして、その直後。
「っ!?」
「用済みだ、消えろ」
剣を高く振り上げ、目の前にある頭に向けて、狙いを定めていた。

 


―続く―


 


戻る

 

 

 

 

 

 

 

SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送