Breakers

力という束縛
−3−


「用済みだ、消えろ」
青い鎧の男が、その手に握っている長剣を振り上げ、その切っ先は、紛れも無く目の前の盗賊の頭を狙いすましていた。
盗賊頭は掲げられた刀身を見上げ、悲鳴という音を発する意思すら失う……いや、ただ、それが声として口から出てこなかったと言うだけで、悲鳴そのものは上げたつもりなのかもしれない。
「待て!」
そして、振り下ろす動作に入ろうとしたのか、ぴくりとその刀身がわずかな動きを見せたその時、彼にしては珍しく強い語調で、ヴィオがその行動に制止をかけた。
「なぜ止める? 盗賊など、お前達にとっては害でしか無いだろう」
「…それでも、この場で殺す必要はありません。 騎士隊に引き渡すまでが僕等の役目…刑は国が決めてくれます」
「国、か。 この国の王は、それほど信頼に足る者なのか?」
「出すぎた真似は必要ないと言っているのです……それ以前に、あなたも首謀者として捕らえる必要がありますが」
「……俺を捕らえる? 貴様にそれができるというのか?」
兜に隠れて、その時の表情を明確には読み取れなかった。
しかし、ヴィオには確かに笑っているように感じられた。 それがただおかしくて笑っているのか、嘲笑なのか…あるいはその両方であるかは、察する事はできなかったが。
「……甘いな」
そう口にした直後、再び男の姿が視界から消え去る。
そして、反射的にどこだ、とその姿を追おうと身体を動かそうとしたその時、背中に何か刃物の先でも突きつけられている感覚を覚え、思わずその動きを止めた。
「その服…刃を通さないと言っても、限度はあるだろう」
恐らく集中さえしていれば、目で追えないスピードでは無い……が、この瞬間ヴィオは、魔法使いである自分ではどうしようもないだろうという事を悟っていた。
……前衛で戦ってくれる仲間がいれば、その隙に呪文を唱える事が出来たが、無詠唱でもこのスピード相手では呪文を口にする前にやられてしまう。
「むっ!?」
そう思考を巡らせていた時、男の声と同時に背後で何かが光るのを感じた。
「……ティアさん!?」
刃物の感触が離れるのとほぼ同時に、背後へ振り返る。
目に入ったのは、指輪の力を使ったのか、それをはめた指を男に向けているティアと、それに反応し、その剣で光弾を弾き返した男の姿。
「…えい!!」
掛け声と共に、再び指輪が光を発するが、その光が弾として撃ち出されるその直前、男は剣を振るいつつ、ティアの背後へと瞬時に走りぬける。
「っ!」
一瞬遅れて撃たれた光弾は、男の丁度背後にいたヴィオの顔をかすめるようにして走りぬけてき、流れ弾となったそれはその向こうの木にでも当たったのか、小さな爆音を鳴らし散っていった。
「……あ……」
それは、誰の声だったのだろうか。
一瞬の沈黙の間に、ティアの帽子が裂け、その下にあったはずの長い髪が、ぱさりと地面へと落ちていった。
「余計な邪魔はするな……次は首だ」
ぺたん、と立つ力も失い、崩れ落ちるように座りこむティアと、対処方が見つからず、動くに動きだせないヴィオ。
……いや、彼もティアと同様、プレッシャーに負け、まともに身体を動かせないのかもしれない。
男はそんな二人を無視し、再び盗賊頭の前に立つ。
「ひっ……」
この男には勝てない……たとえ、手足もブーストを封じられていないとしても、自分とは強さの次元が違う。
そんな恐怖を、盗賊頭は本能的に感じていた。
「……盗賊など、世界のゴミだ」
男は、再び長剣を高く振り上げる。
先程それを止めた者は、動けずにただ見ているだけ……恐怖が臨界に到達する一方で、もう終わりだ…と、冷静に目の前の情景を眺める意識が、どこかに生まれていた。
「利用されただけ、有り難く思え」
そう言って、その手を振り下ろし……目の前のモノを切り裂く………その、一秒にも満たない一瞬。
その間に大きく、確かな金属音が、この広場に鳴り響いた。


「……な…に…?」
いつまでたってもなにもおこらない事に、恐る恐る顔を上げる盗賊頭。
目の前には、金で自分達を雇い、今、自分を殺そうとする鎧の男の姿がある。
しかし、男の持つ剣と、自分の顔の間に、一本の白銀色の棒が割り込んでいた。
「いくらどーしようもない人間のクズでも、問答無用で殺すのはどうかと思うよ」
そして、その棒の端へと目を移すと、その棒を強く握る色白の手と、黒い服の袖が視界に入る
「……ふん、来たか。 待っていたぞ」
さらに横を見ると、目に映るのは全身黒尽くめのワンピースに、皮のベルト。
そしてその上に灰色のベストを羽織った少女の姿。
「へー、ご指名は私って事? 依頼料は高くつくよ」
最後に、その上を見上げると、一部クセのついた銀色の髪に、漆黒の瞳……知る人ぞ知る、最強の冒険者。
「こ……『黒龍』……!!?」
思わず、その単語が口をついて飛び出していた。
『黒龍』……そう呼ばれた少女は、『ん?』と気の抜けた声で自分の足元にいる盗賊頭へと、見下ろすように振り返る。
「…………あー……うーん…えっと、たしかバドルだっけ? まだ盗賊なんてやってたの?」
「ひ、ひぃ!! な、な、なんでお前がこんなところに!!」
「あっちこっちに依頼とかで旅するのが冒険者。 なんでって言われてもなぁ」
手足を縛られ動けないはずが、転がるようにして遠く離れようとする盗賊頭。
鎧の男の出すプレッシャーの呪縛は、すでに解けてしまっているようだ。
「…ティール……知っているのですか、その盗賊の事……」
なんとか硬直から溶けたらしいヴィオが、その内の感情が全く読めない―恐らく本人も判っていない―表情で、かろうじてそう声をかける。
「んー、ちょっとタイムね」
あいかわらず気の抜けた態度で、ティールは男の剣から白銀色の棒―もとい、魔槍を離した。
男は特に気にもとめていないようで、剣を下ろし黙ってその様子を見ている。
「半年くらい前かな? 私とフェイでサウスローゼンに馬車の護衛に行った時に、町の方で盗賊退治の依頼受けてね。 そんときの相手がバドル盗賊団―まぁ、こいつが団長やってた連中だったのよ」
「そうなんですか……」
「なんせコイツのブースト頑丈でねぇ、私がブースト使ってやっとダメージ通るんだから……そのくせやばくなったら急に逃げ出して、残ってた部下に手間取ってるうちに逃げられたってわけ」
「よ、よるな化け物!!」
「化け物って……」
「お、俺のブーストぶち抜く人間がいるか!!?」
「いるじゃん、目の前に……って、だから私もセイクリッドなんだってば」
苦笑しつつもジリジリと近づくティールと、もそもそといもむしのように逃げようとする盗賊頭―もとい、バドル。
さっきまでの緊迫したそれとはうってかわって、場の空気は完全に別なものへと入れ替わってしまっていた。
「……ねぇ、ヴィオさん」
足元から声が聞こえそっちへと目をやると、ようやく硬直から溶けたらしいティアが、立ち上がってヴィオのローブの裾をひっぱっていた。
「…なんですか?」
「……あんなに恐がるって……ティールって…強いの? それに、黒龍って……?」
「ティアさん…知らないのですか?」
「うん……強いって聞いてるけど……戦ってるところは見たこと無い」
「……強い、ですよ。 僕では相手になりません…… 黒龍というのは、彼女の通り名です」
「ふぅん」
とはいえ、ヴィオ自信も彼女が本気を出したところを見た事が無い。
確かに、本気では無いかと思った事は何度かあるが、その時も全て、ある程度加減して戦っているような様子が見て取れていた。
…恐らく一番彼女の事を知っているのは、ギルド内で一番最初に彼女と出会ったと言うフェイだろう。
しかしフェイは、ティールの事に関しては自分の口からは語りたくない、というような態度を見せる。
結果的に、自分達は自分の目で見た範囲の事しか知り得ていない。
「ヴィオ、ほら」
「え? わっ!?」
と、そうこう考え込んでいるうちに向こうも問答が終わったのか、ティールがヴィオに向けて、片手で思いっきりバドルを持ち上げ、そのまま投げつけてきた。
「ぐふぉっ!?」
ヴィオとティアの二人はとっさにそれをかわし、バルドはどさっという音とともに地面に叩きつけられる。
「な…なんですかいきなり」
「騎士隊に突き出しといて。 ほっとくとこの男がまた殺そうとするだろうし」
親指で鎧の男を差しながら、そう呼びかけるティール。
ヴィオは一瞬対応に困ったような表情を見せたが、黙ってこくりと頷くと、腕の縄を持ち、無理矢理立たせて引っ張り始めた。
「あ…ねぇ、ティールは……?」
そんな光景を眺めつつも、どうすべきか分からないらしいティアは、おろおろしながらもそう問いかける。
そして、帰ってきた答えは、とてつもなくあっさりとした口調で、こうだった。
「どーもコイツの目的は私みたいだからね。 残って相手しとくよ………それでいいね」
「……ふん、どの道王女はただの餌だ。 お前が来れば用は無い」
「人質がいなくなっても?」
「人質など、邪魔なだけだ」
「……ふぅん」
確かに、味方が自分一人の時に人質をとることは、逆に自分は人質の傍にいなければならないという制限を受ける。 それは人質に対してすぐにでも手を出せる位置にいなければ、その隙をつかれて逆に不利になることがあるからだ。
……もっとも、合図一つで自動的に動く仕掛けでもあるならば、それは別の話だが……
「なるほど。 どっかの奴隷商人だと、その隙をついてなんとかなったんだけどねぇ」
言いながら、ふふ、とわずかに笑みをこぼすティール。
「ほら、さっさと行きな。 お母さんが心配してるよ」
そして、そんな会話をぼーっと耳にしていたティアに、この場を離れるように促す。
「……う、うん……」
まだ後ろ髪が引かれるようにしながらも、バドルをひっぱりながらゆっくりと歩いていくヴィオを追って、ティアは走りだした。
「…ヴィオさん、本当に、ティール大丈夫なの?」
そして、彼のすぐ横まで追いつくと、その歩調に合わせてスピードを落とし、もう一度確認をとるようにそう尋ねると……
「ええ……ティールはブーストを二つ所持していますし、それだけでもかなり有利なはず。早々負ける事はありませんよ」
ただ冷静な表情と、冷静な口調で、そんな答えが帰ってくるだけだった。


……3人の姿が木々に阻まれて見えなくなった頃に、ティールがふぅ、と溜息をひとつつき、そのまま笑みを浮かべながら、鎧の男と向き合うような位置に移った。
「さて、ここまでして私に頼みたい依頼って?」
限りなく営業用ぽくはあるが、その微笑むような顔のまま、いつも通りのどことなく飄々とした態度のまま問いかける。
「ああ……依頼は、一つ」
対して、……わずかに、二人の間に沈黙が差し込む。
その短い時間、ティールは男の答えを表情を崩さずに待ち……男は、相変わらず兜が邪魔をし、その表情が読みきれなかったが……ティールの問いを受けた直後から、彼は確かに笑っていた。
「……貴様との、決着だ!!」
刹那、その手より走る剣閃。 その刃の軌道は、確実に彼女の喉元を貫く必殺の一撃。
……それが、並の相手だったなら。
「珍しい依頼だね」
わずかに、そしてごく自然な動作で身体を横に逸らし、自分に向けて放たれたその刃は、その首のわずか数ミリ横を貫いていた。
「……というか、決着をつけなきゃいけない相手なんて、私には憶えが無いんだけど」
その言葉がただの挑発になりかねないという事に、気付いているのかは誰にも分からなかっただろう。
しかしそれでも、少々気だるそうな語調ではあるものの、はっきりと聞こえるようにそう言いつつ、ティールはその刀身を指先でつまむようにして下ろさせた。
「それならそれで構わない。 俺は、貴様を倒せればそれでいい」
「………それは殊勝な事で」
そして、そんな言葉をかわしつつ、僅かにではあるが少しづつ間合いをあけていく。
その間、傍目には、ティールは持っている武器すらまともに構えておらず、ほぼ無防備な体勢でいる―
そう思わせるような形をとってはいたが……
「でも」
ある程度間合いが開いたその瞬間、瞬時にその槍を低い位置に構え、そのまま流れるような動作で、男の身体を縦に切り裂くように振り上げた。
しかし、その一瞬の動作を見切っていたかのように男は一歩後ずさり、その一撃を回避する。
「さっきバドルのヤツに使ってたあの縄、クリエイスの囚人に使うやつだね? あれを持ち込んだのはアンタでしょう」
「……それがどうした?」
「どうやって持ち出してきたのかは知らないけど……アンタが誰なのかくらいはわかったよ」
そう口にしながら、ここまできて始めて、鋭く目の前の敵を貫くような目を見せるティール。
……そして、その瞬間……
「っ!」
男が身につけていた兜に切れ目が入り、そこから左右真っ二つに切り裂かれ、その頭から離れていき…それが地面に叩きつけられる重い二つの音を鳴らした。
「クリエイス王国騎士隊、女王近衛騎士(ロイヤルナイト)……いや、元・ロイヤルナイトの脱獄囚、と言ったほうがいいかな」
「……貴様……」
兜という名の仮面がはがされたその顔を、無意識のうちに鎧の男はおさえていた。
……数秒の硬直ののち、一度地面に落ちた兜を見下ろすと、その手をゆっくりと顔から離す。
すると、その手が触れていた右目の辺りに、縦に裂けた傷痕……しかし、誰がどう見ても今の一撃でできたものでは無いと言うだろう。
それは、確かに昔負った傷が、今、痕となって残っているだけというもの。
「アンタが私に求めてるのは、『決着』なんて生易しい言葉じゃない」
ティールは再び一歩下がり、振り上げた槍をまっすぐに男に向けるように構える。
「その傷の借り……昔敗れた、その『復讐』でしょ? イオ・アスタロート」
「…復讐、か」
男―イオが、小さくそう呟くと共に、目の前の少女の行動に答えるように、長剣を突き出す形で構えなおす。
……一振りの長剣と一振りの槍。
その二本が、二人の構えの中央で交差し、互いにほんの少しそれを突き出せば、その切っ先は確実に相手の身体に届くだろう。
「……貴様がどう思おうと関係ない……」
イオの腕から長剣に、僅かに力がこもる。
「ま、それもそうね。 戦うことには変わり無さそうだし」
ティールは大きく息を吸い、そして深くゆっくりとその息を吐き出した。
……そして、沈黙。
ぴたりと二人の視線が交わる。

「……ふっ!」

刹那、イオが僅かに剣を引き、間髪入れずに相手の心臓目掛けた突きを放つ。
しかしティールは、刃がその身体に到達する直前に、地面を蹴って背後に向かって跳び、その突きを回避。
「ブレイブクロス!!」
地面に足がつくと同時に槍を低い体勢で構え、そのまま渾身の力を込めてナナメに斬り上げ、その勢いのまま前の残撃と交差させる軌道でナナメに斬り下ろす。
その瞬間、槍の切っ先を軸に衝撃波が放たれ、それは目の前の敵を巻きこみつつ、さらにその向こうにあった大木にX字の爪痕を刻み込んだ……かに思えた。
「っ!」
視界の左端に映るのは、音もなく斬りかかってくるイオの姿。
真一文字に振りきろうとする長剣を、技を放った直後の体勢から強引に引き戻した槍で受け止めた。
「いきなり大技でくるとはな…」
「とっとと決着つけて、お昼でも食べたいから…ねっ!」
多少余裕を感じさせるような声混じりに、槍は剣を抑えたまま、即座に戻しきれなかった体勢を立て直し、そのまま相手の身体を蹴り、それにより僅かに相手が離れた隙に更に一歩下がり、そのまま槍で突きを放つ。
「…ふんっ、やはりこの程度では捕らえきれないか」
「そんな重そうな鎧着ておいて、そのスピードは反則だなぁ」
ティールの一撃は、心臓より僅かに外側に外れた位置に突き刺さっていた。
しかし、思いの外身につけている鎧の硬度が勝ったのか、それを貫くこともかなわず、当然、その内側の身体にまでダメージは及ばない。
それを確認した槍を相手の身体から離し、再び間合いをとるティールだったが、イオは体勢を立て直すとほぼ同時にそれを追い、上段から斬りかかる。
「しかしどういうつもりだ?」
……が、その表情はなにやら怪訝そうなもので、口から出てきた言葉も、それに応じるように怪訝そうな口調だった。
「なにが?」
槍の柄でその一撃を受け止め、鍔迫り合いに突入するも、二人は会話を止めようとはしない。
にもかかわらず、互いに呼吸や体勢が乱れるということも無く、その力は完全に拮抗していた。
「……なぜブーストを使わない」
「しょっぱなから全力出して、追いつめられたらそこまでだし」
「ほう? ……前に最初から発動させ、俺に不意打ちをかました口がよく言う」
「…あの時は、まだブーストを使い慣れて無かったし…なにより、戦う事に必死だったから」
そう言葉を終えると同時に、再び足を振り上げ蹴りをいれようとする。
しかし、同じ手は通用しない、とばかりに、その行動の直前に相手の意思を察し、鍔迫り合いの押される力を利用し、後ろへ向かって跳んだ。
ティールは空振ったその足を即座に地面の上に戻すが、その瞬間には再び間をつめてくるイオの剣先が、眼前にまで迫っていた。
「ふんっ!」
だが、強引に横に跳ぶ……いや、倒れこむようにしてその突きをかわし、転がるようにして間合いをとり、その勢いのまま腕の力で飛び上がり、空中で体勢を立て直し着地する。
「…ふぅ… 今は、使うにしたって相手の様子を見てからよ。 使わなくてもどーにかなる場合の方が多いし」
「……貴様、妙な性格になったな」
「フツーよ。 これが私の普通」
「ふん。 まあいい……だが、そのままで勝てる程、俺は甘くは無いぞ!!」
そう、叫ぶように口にしたその瞬間、イオを取り巻く周囲の空気が震え、そしてわずかに変化する……そんな漠然とした感覚を、ティールはその身で感じ取り、同時に一つ確信した。
「セイクリッド、か」
記憶の中にある『前』の戦いでは、彼はその力を使ってはいなかった。
それゆえに、直接刃を交えたティールにも、彼がどんなブーストを所持しているのか、それはわからない。
……いずれにしても、より強敵となるのは確かだ…そう思うと同時に、一つの疑問も脳裏に浮かんだ。
「『ゲイルドライブ』!!」
しかし、それを考えるその前に、すでにイオは走り出していた。
ティールは思考を中断させ、その動きを目で追おうとしたが……
「えっ!?」
無意識のうちに『さっきまでの速度』を想定していたせいか、一瞬で視界の外へと消えていったその姿を追いきれず、見失ってしまった。
右から、左から、そう思っていれば後ろから……ブーストを発動していることにより、その解放されたオーラの気配は感じることが出来る……が、動きが速すぎるのか、それを感じる方向は特定する間もなく変わっていく。
「っ!」
一瞬、正面にその姿が見えたかと思うと、槍を持っている腕の袖が、防御が間に合わず僅かに斬り裂かれる。
しかしその内側…腕そのものまで刃は貫通せず、打撃のような衝撃だけが響いていた。
「……この服を斬り裂くか…」
ヴィオのローブと同じく、硬質化した魔法の糸を縫い込んだ服。
並の一撃なら表面に傷はつくかもしれないが、それを切り裂くのはそれなりの力を持っていると言うこと。
「……はっ!」
だが、いちいちそんな事を気にしている場合でもない。
次の一撃を紙一重で弾きそのまま反撃を加えようとするが、ヒットアンドアウェイの戦法に入っているのか、直後には彼女の射程から離れている。防御をしてから反撃するのでは、とてもではないが捕らえきれない。
「……嫌でもブースト使わせる気か……」
しかし、喰らった一撃目、防御した二撃目……共に、どうにも必殺の気迫というものが感じられず、なんとなく、そうなんじゃないかと思い始めた。
「別に使いたくないわけじゃないんだけど、なんで自分が不利になるように仕向けようとするかな。 本気出す前に倒すのも、方法としてはあるのに」
「聞きたいか?」
今度は、背後から攻撃ではなく先に声が飛び……その直後に、同じ方向から今までと同じ、神速の斬撃が飛んでくる。
一瞬早く声が耳に入った事で、今度は手遅れでも紙一重でもなく、確実にその攻撃の軌道上にその槍を割り込ませることに成功する。
「意味が無いからだ」
「…意味?」
再び鍔迫り合いの状態に突入し、それでもこの二人は会話を止めるような様子は見せることは無い。
しかしブーストを発動している効果か、今回は若干イオの方が押している。
「……あの時、俺はお前に倒された……お前のようなヤツが、あの時現れるとは思っていなかったからな」
「確かに、あの時は最初からブーストを使ってたけど……不意打ちだから負けたとでも?」
「ちがう。 ……あの時は、他のロイヤルナイトと戦った後だった……俺のオーラも底をついて、体力も力もろくに残っていなかった」
「……そりゃそうね。 自分と同格かそれ以上かもしれない相手――しかも四人も相手にした後じゃ、ばてて当然よ」
「…普通の騎士が相手ならば、あの状態でもどうにでもできた……が、飛び込んできたのは貴様だ。 並の騎士なんて話にならない冒険者……」
「お褒めに預かり恐悦至極。 …で?」
「あの時、俺が全快の状態なら…負けなどしなかった。 弱いと思われたまま投獄され、俺は……!!」
「…………」
こんな状況にもかかわらず、ティールは全身から力が抜けていくような錯覚に見舞われたが、一応鍔迫り合いの均衡は保っているので、本当に力が抜けたわけでも無いらしい。
つまるところ、この男が自分にもとめているものは、確かに『決着』なのだ。
互いに全力を出せる状態で、自分が勝つこと……ただそれだけの、自己満足。
……とりあえず、何故前回の戦いでブーストを使わなかったのかという謎は解けた。 要するに、オーラを使いきって発動も出来ない状態だったということだろう。
「くっだらない」
確かに、満身創痍の状態でいきなりブーストを使って不意打ちをされて負けたのでは、自分もその勝敗に納得はいかないだろうし、再戦くらい考えるかもしれない。
……だが
「それなら、直接私に挑めばよかったじゃない。 わざわざこんな手の込んだことする必要は……」
「……俺は、あの女王が気にいらないからな。 あの時、俺がどういう理由で、何をしたのか…お前も聞いていただろう」
「…………」
三年前のクリエイス王国王宮内。
あの時、王宮の高官の護衛を受け持つことになり、たまたま自分はその中にいた。
報酬も受け取り、城を出て行こうとした丁度その時、王宮の中から直前まで護衛をしていた高官が現れ、奥にいる反逆者を止めてくれ、と言ったのだ。
「……女王に、斬りかかったんだっけ?」
その行為自体は、他の騎士に止められたという事だが……
倒して捕縛した後に聞いた事になるが、反逆した理由は自分の望みを聞いてくれなかったと言うこと。
それだけか、と思うかもしれない……だが、その望みは、早々認めることのできない、大それたものだった。
「ああ、もっと軍に力を回せ……国が強大な力を持てば、逆らう者…法を侵そうとする者もいなくなる、と」
クリエイスは、軍備も充分進んでいるし、力もある。
が、しかし……あの国において、それは基本的には魔物相手や万一他国から侵攻された時の自衛のためで、民に向けるためのものではないはず。
最悪それをもって法を侵す者を抑える事もありえないわけでもないが……
「……殺戮と恐怖……力で押さえつければ、いずれにせよ反乱は起きる。 マリア様はそれをわかっているから、アンタの言葉を否定したんだ」
「その説教は、聞き飽きた」
「…………ほんと、くっだらない」
本末転倒、目的と手段が入れ替わってしまうとはこういう事か……ティールは、3年前に感じた事と、同じ感情を覚えていた。
それは、どうしようもない呆れと、怒り以前に感じてしまう哀れみ。
……望み通り、ブーストを含めた戦いをすることが、せめてもの情けか。
「本気、出させて貰うよ」
この男がいう『私の本気』で、戦えばそれで満足すると言うのなら……『決着』をつけよう。
「ふんっ、最初からそうすればいい!!」
イオは、今までで一番活きのいい声で、そう口に出していた。
前の鍔迫り合いと同じように、飛び出すように背後へと跳び、改めて長剣を構えなおす。
……風の力を体内に巡らせ、スピードを極限まで高めるソウル型ブースト『ゲイルドライブ』の影響か、その全身からわずかな風が噴き出ている。
ティールは、その姿が子供のようにはしゃいでいるように見えていた。
強さという力を求める者のほとんどは、力のある相手との戦いに心が弾むと言うが……
力があるから、強いとは限らない。
強さというのは、持ち得た力をどう使うか……それで、決まってくるものだ。
「……『シャドウソウル』」
そんな持論を思い起こしながら、ブーストの名を口にし、力を解放した。
……その瞬間、その全身を包むように、陽炎のような揺らめく黒いオーラが現れる。
彼女の中に宿る『闇成る魂』……その力は、使い手の身体能力を、ただ純粋に、そして爆発的に上昇させる。
「…ふっ!」
再び、かき消えるような錯覚すら覚えるスピードで、イオは視界の外へ。
しかし、ティールからすればそれは一度はその目で見た展開。毎度驚いて隙を見せるような真似はする事は、無い。
……視界の右から、動き続ける気配が近づいてくる。
しかしこちら射程に入る直前に再びその気配が動き、瞬時に左側に。
「!」
周囲に響き渡る金属音。
放たれた剣撃は、魔槍の柄にその動きを留められ、またもや鍔迫り合いの状態へ。
「くっ!?」
しかし、その結果は先程のようにイオが若干押し勝つなどというものではなく、ティールの槍が明らかな勢いでイオの長剣を押し込んでいた。
「同じソウル型のブースト…『風』のが相手だとスピードでは負けるけど……」
剣を弾き、その勢いで同時に体勢を崩させる。
「パワーなら、こっちが上!!」
そして、そのまま身体をひねるように回転させ、目の前の顔に向けて上段回し蹴りを放つティール。
イオはとっさに腕を割り込ませそれをガードするが、その威力の全てを殺しきれず、蹴りの勢いのまま軽く吹き飛んでいった。
「ブレイブクロス!」
体勢を立て直されるその前に放つのは、最初に見せたものと同じX字の衝撃波を放つ秘奥義。
しかしシャドウソウルのブースト効果を受けた身体で放つそれは、威力と規模そのものが拡大されていた。
「くっ………ぉぉおおお!!」
回避しようとしても間に合わない、イオはそう判断し、持てる力を自らの腕へ、そして剣へと集中させる。
「ぁぁああっ!」
対して、ティールは衝撃波を放つと同時に槍を構え直し、力を溜める様にその腕を引き、そのままの構えで自らの技の後を追い……そして、衝撃波が炸裂し、一瞬遅れて―いや、ほぼ同時のタイミングで、構えていた槍を撃ち込んだ。
「っ!?」
だが、攻撃に手ごたえを感じるその前に、一度目を見開いて、何かに弾かれたように横へ向かって飛びだす。
……直後、その顔の頬に一筋の赤いものが流れ出した。
「!!」
しかし彼女にはそれを確認する暇も与えられず、『ブレイブクロス』の衝撃波で巻き起こった粉塵から、凄まじい形相で飛び出してくるイオの姿が目に映る。
技の直撃を受けたその鎧は、見るからに痛々しく、胸当ての部分が大きくX字のヒビが入っていた。
「くっ…!?」
再び槍でその一撃を受けようと構えるが、刀身が触れるか触れないかの位置で剣を引き、その横をすり抜けた。
鍔迫り合いになれば力負けし、確実に追撃を受ける……それが分かった直後に、同じ事をするような相手ではないという事だろう。
「それに今の一撃は……」
剣と槍という武器では、いくら長い剣でも大体は槍の方が間合いが長く、実際、今の戦いでは魔槍の方に利があった。
しかし先の攻撃は、そんな槍を持っている自分の間合いの外から飛んできた。
そうなれば、単純に到達する結論。
「風の刃…!」
そう口にする間に、背後から迫る力の気配。
感覚に従い目を向けて見ると、案の定間合いの外から神速の剣を振るうイオの姿が、その目に映る。
そして同時に飛んで来るのは、ティールの衝撃波のような荒々しさとは対極に位置するような、鋭く、一点の乱れも無い真空の刃。
剣を媒介に、身体の内の風の力を撃ち出しているのだろう。
「でも……」
刃が飛んでくる直前、ほんの一瞬だが気配の動きが止まる。
本来体内で爆発させる力を外側に出すという技、多少の予備動作は必須ということか。
それでも、かなりの速度で四方八方から連続して放たれる攻撃。このまま相手が力尽きるまで、延々とさばき続けるのは至難の技だ。
「……間合いの外、か。 そういうことなら、こっちも技が無いわけじゃないよ!」
しかしブレイブクロスでは、いくら広範囲に対する攻撃とはいえ、最大威力を発揮できるのはX字の交差点のみ。
このスピードで動き続けられては、中心で捉えるのはほぼ不可能。 おそらく動きを止めでもしない限り捕らえきれない。
ならば、全方向に力を放つ技を―
「ブレイブループ!」
武器を構え力を集中しつつ、右方からの風刃を一歩下がって回避し、そのまま渾身の力を込めて全方向を纏めて薙ぎ払うように、身体ごと回転させ武器を振るう。
同時に、槍の軌跡をなぞるように巻き起こる衝撃波。それは水面に起こった波紋のような円を描き、広がっていく。
その衝撃波の一端が、近くにあったらしい樹に触れ、大きな音をあげて表面が砕けたその時―
動き続ける気配が、『上』に動くのを感じた。
地面スレスレの位置を走る、隙間の無い攻撃…それを避けるのならば、同レベルの力で相殺するか、空中に飛び上がるしか方法は無く、そして人間は所詮は地上の生き物、『そういう魔法やブースト』を持っていなければ、空中では重力に従う以外の移動はできない。
「そこっ!」
自らの感覚を信じるままに、跳びあがった敵がいる空中に向けて、突きを放つ。
……しかし、気配の位置を読み違えたのか、受け流されたのか、その一撃を当てたという手ごたえは無かった。
「ぉぉぉおおおっ!!」
「…!?」
その直後、前から飛んでくる雄叫び。
やや上空の自分の槍先に向けていた視線を下ろすと、低い体勢で高速で走り、神速の勢いで、顔面に向けて突きを放とうとしているイオの姿がその目に映った。
―…こいつ、『風』のブーストの力で………―
本来体内でエネルギーを使うタイプであるソウル型でも、ブーストのレベルが高いものはドレス型同様体外にもその力を放出することが出来る。 当然外に影響する力は エネルギーを体外で纏うドレス型には及ばないが、下向きの風…落下速度を若干速める程度の風は起こす事が出来たということだろう。
「くっ… 『シルフ…」
「終わりだ!!」
その声とともに荒れるような強い風が巻き起こり……直後、イオの剣先はティールの頭の後ろへと、さもなんの障害もなく突き抜けていった。

 


―続く―


 


戻る

 

 

 

 

 

 

 

SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送