―1月1日―
 

 






「うぅぅん……」
朝だ。
横になったまんま、冷えた空気を胸一杯に吸い込む。
「朝だ!!」
がばり、と跳ね起きて布団ひっぺがして立ち上がる。
うーん、と伸び!!
「むむむっっ!?」
なにか今朝はいつもと違う気が。
特別というか新鮮というか、空気の味がにおいが肌触りが違う!!
朝が大好きな俺の第六感に間違いはない!!
予感に背中を押されてケイタイを見れば。
「な、なんと今日は一年に一回しかない新年あけましておめでとうございますの朝ではないですか!!」
ケイタイのアラーム切って、んで窓をばばーんと全開!!
どどどと流れ込んでくる新年の大気。 目の前に降りしきり舞う粉雪、一面の銀世界。
気合いを入れるべく思いっきり深呼吸。
つめたくて濃い空気が、体中にしみわたっていく!!
「くぅぅっ五臓六腑に沁みるぜ!! 今日も元気の充填完了!!」
溢れかえりそうな気合いと酸素が気持ちよくて、思わず窓から叫ぶ。
「あけましておめでとうございます!!」
「ううん……さむひ……うるさい…・・・」
「おはようゆのはっ!! おにゅーな年の素晴らしい朝だぜ!!」
俺は、きらりらりん、と歯など光らせてさわやかに呼び掛けた。
「……いつにも増してうるさいと思ったら、そんなことですか……」
こんなおめでたい日だと言うのに、ゆのはは気だるそうな顔で気のない言葉で返してきた。
うむむ、ここは俺がゆのはの分まで新年のめでたさを祝ってやらねば!!
「新年だぜ新年!! 新しい年なんだぜ!! はっぴーにゅーいやーなんだぜ!!」
ああ!! 体が動く!!
新年を祝う踊りを踊っちゃうぜ!!
「ほほほーほほほー新年新年♪」
「……毎年毎年、よくもまああきずにやるものですね……」
「あけましておめでとうございまーす」
と、心に従うままに新年を祝っていると、がらりとふすまがひらいてわかばちゃんが現れた。
「あけましておめでとう!! 素晴らしい朝だね!!」
「はーい、いい感じでーす。 拓也さん楽しそうですねー」
「新年の悦びを表現しているのさ!!」
「新年ってうれしいですよねー。 わたしもうきうきしてますよー。 こんな感じですよー」
わかばちゃんは、腕を上げ下ろしして、なんだか不思議な感じに体をゆらゆら。
「ど、同類だ……同類がいる……」
「……うぅ……ん…… 拓也…? うるさいですよぉ……」
とかなんとかやっていると、ひめも目を覚ましたらしい。
ねぼけたような目で俺達の方をじっと見ている。
「ひめ、あけましておめでとう!!」
「ひめちゃん、あけましておめでとうございまーす」
ふたりでゆらゆら踊って、新年の朝に目覚めたひめを迎えてやる。
ホレホレゆらゆら、はっぴーな気分。
「…………ゆのは、止めないのですか?」
「……ムダです、毎年の事ですから……」
「わかばちゃん、新年っていいよね」
「はーい。新年っていいですよねー」
「空気は新鮮だし」
「おとそもお雑煮も楽しみですしー」
「初詣は日本人ってかんじだしー」
「いいですねー新年ってー」
ホレホレゆらゆら。
ああ、楽しいなぁ楽しいなぁ。
「……なんだか調子が悪いので、もうしばらく寝てます……」
「ああ、こらひめ!! 私を一人にして寝るなー!!!」






「ううん……」
―その後、新年の朝の空気を満喫しつつ、なぜかそこにいた由真とゆのはの格闘を観戦し、最終的にヘンリー三世閣下と由真との争いに発展した伊藤家特性おせち料理による朝ご飯はめまぐるしい勢いで終わりをつげ、俺達はいまだに布団の上にいるひめを囲っていた。
「ひめちゃんの様子はどうだい?」
「大丈夫……とは思いますけど」
そういえば今朝ちょっと起き上がってきた時も、なんとなく顔色が悪かった気もする。
「まさか、昨日の酒が残ってたのか?」
昨日散歩に出たときも、それで倒れたようなことを言っていたし……
まさかあの後も飲んだんじゃないだろうなぁ……
「……わかりませんけど、ちょっと眠いだけですから、もう少し寝れば大丈夫です」
……まぁ、布団の上でおせち食えるくらいの余裕あれば確かに大丈夫か。
俺はすぐ横に置いてあるひめの分のおせち……が乗っていた皿を見て思った
「昨日、お誕生日で遅くまで起きてたもんねー」
「しばらくこのまま寝ておくかい?」
「はい……そうします」
「じゃあ、初詣はひめちゃんが起きてからにする?」
そうだよなぁ。
いくらなんでも一人だけ残して行くわけにもいかないし……。
「いえ、ひめのことは気にせず、みなさんで行って来てください」
「そういうワケにはいかないよー。 お正月にひとりで寝てるなんて、さびしすぎるもん」
「しかたありませんねー。 拓也、ひめをおぶっていきましょう」
「そうだなー、それもありか」
まぁおぶっていくのは俺の役目なんだろうけど。
ゆのはは言い出しといて自分ではやる気ないだろうし。
「おにいちゃん、おねえちゃん、わかばさん有り難う……でも借金取りに脅えずに、寝てていい正月なんて始めてですから」
「ひめちゃん……」
「新年早々来た借金取りが、泣いてすがるかかさまを足蹴にしては、私達のお布団まで剥がして、もって行ってしまうんです。 毎年毎年、正月は哀しい日。 それに比べればここは天国……今、寝たらいい夢が見られそう……」
草津姉妹の悲しい物語に、また新たなエピソードが!!
「ひめちゃん……ううっ」
嗚呼、俺の目からムダにあふれる熱い涙。
くそぉ。
ウソにきまってるのに、なぜ、俺は泣くのだぁぁぁぁっっ!!
「……ひめ……そうだったね……じゃあ、ゆっくり寝ていようね……」
すぐ横では、『まあいいか』とでも言わんばかりのオーラをかもし出す作り泣きで、ひめを抱きしめるゆのはが。
「うん……私の事は気にしないで、おねえちゃんは、だいすきなおにいちゃんと一緒に、行ってきて下さい……」
「ひ、ひめぇぇぇ!! お前は、お前はなんていい子なんだぁぁぁ!!」
おお、流れよ我が涙!
我が妹に祝福を与えたまえー!!
「ひめちゃんは、わたしが看ててあげるから、わかばと拓也さんは、初詣にいっておいでー」
ふと我にかえるとみつ枝さん。
いたっていつもののほほんとした笑顔でそんなことを言ってくれた。
「そんなの悪いですよ」
「いいからいいから行っておいでー。 椿ちゃんや穂波ちゃんと待ち合わせてるんだろ。 待たせては悪いよー」
「うん……でも」
「行っておいでなさい。 それにわたしも、この寒いのに外へ出たくないしねー」
「…お兄ちゃん、お姉ちゃん、わかばさん。 ひめのせいで、皆が行けなくなったなんて、心苦しいです。 だから、行ってきてください」
「…………」
まぁ確かに、自分のせいで、自分の―神不在のだが―神社に初詣に行かなかったとなると、ひめの神としてのプライドが傷つくのかも。
なら。
「ひめ、おみやげにタコやき買ってきてやるよ」
「お兄ちゃん……その気持ちだけでも、とても嬉しいです」
…と言いつつ、小さくお金ないでしょう、と呆れたような声で言ったのが耳に入ってきた。
そういやのこった2000円も昨日渡しちまったんだよなぁ。
ううむ、ちょっと後悔。
「……おばあちゃんお願いします。 行きましょう拓也さん、ゆのはちゃん」
「おう。ひめのコトよろしくおねがいします」
「よろしくおねがいします。みつ枝さん」
みつ枝さんはにこやかにうなずく。
ううむ、やはりこの人には本当にかなわないな。
「「「いってきまーす」」」
俺達は連れ立って外へ出た。



「……みつ枝さん、少し眠ったら、ひめも出かけたいです」
「構わないけど、大丈夫なのかい?」
「大丈夫です。 ちょっと、眠いだけですから……」







俺とゆのはとわかばちゃんは、神社までの道を並んでほてほてと歩いていく。
俺が道路側、わかばちゃんが歩道側で、ゆのははその間だ。
そうしていると、俺達を後ろから追い抜かしたバスが、派手に雪をはねあげた。
「ぺっぺっ」
もろにその雪をかぶってしまい、少し口の中に入ってしまったようだ。
「またですか」
「拓也さん、ダイジョウブですか?」
どうやらふたりにはかからなかったようだ。
「ちょっとかかっただけだから」
「さっきから何度もかかってるじゃないですかー」
「平気平気」
「おかげで私達は無事ですけどね」
まぁ、一応それも考えてのことなんだけど。
こういうのは身体が一番でかい俺の役目だと思うし、この寒い中、女の子に雪をひっかぶらせるのも忍びない。
「そうだっ!! 場所を交代すればいいんですよー」
「え?」
「わたしが道路側になりますよー」
「いいっていいってもうすぐだし」
「そうですよ。わかばお姉ちゃん、拓也に気をつかうことないですよ」
とりあえずお前はもう少しソフトな言い回しを覚えてくれた方が俺の精神衛生上非常によろしいのだが。
「それに、わかばおねえちゃんだと拓也より身体小さいから、どっちにしても拓也もかぶりかねません」
「ですけどー」
まぁそこまで言うのはちょっと大げさな気もするが、やっぱりこういう役まわりは俺だけで充分だ。
どうせもうすぐ神社につくわけだし。
「それにしても、さすがに正月はバス多いみたいだね」
ゆのはな町に来るバスは、光川とゆのはなを往復するバスが、一番頻繁な時でも一時間に一台だったはず。
それが正月である今日は一時間に5台だそうだ。
「光川の人達の大部分も、あの神社に初詣にくるんですよー」
家でぶったおれている神様は、なんだかんだいってかなり愛されているらしい。
女の子の名前にゆのはとつける人は未だにいるくらいらしいし……まぁ、現実を見ればどんな感想が飛んでくるのやら。
「確か重要文化財だったっけ?」
旅のついでにゆのはな町に関する資料を探していた時に、そんな一文を見かけた気がする。
まぁ確かに、こんなさびれた町には似合わぬ立派さだよなぁ。
「みたいですねー」
こんな町の神社に駐車場なんてもんがあるのは、そんな理由だろう。






そんなこんなでたどり着いた神社にはけっこうな人混み。
一度話のネタに行った明治神宮ホドじゃないけど。
でも、入り口の大鳥居の根本に立っている椿さんと穂波ちゃんはすぐに発見できた。
「グール」
「ルアー」
「アンデッド」
「道成寺」
「人体発火現象」
「って、ほなみんコトバが偏り過ぎだっ!!」
「冗談なのです」
「わぁっ。 楽しそうになにしてるんですかー?」
「尻取りなのです。待ってる間たしなんでいたのです」
それは分かるが、とりあえず俺は椿さんのコメントに激しく同意する。
やっぱり元オカルト好きのクセというか感覚は3年程度では抜けきらないのだろうか。
「すいませんお待たせして。 あけましておめでとうございます」
「姉御、ほなみん、あけましておめでとうございます」
俺に合わせてゆのはも軽く新年のごあいさつ。
3年前の二人の事を思い返すと、なんとなくゆのはは穂波ちゃんとは相性悪いような気がしていたが、特に隠す事も無いと結構仲良くできているようだ。
「いいっていいって、おはよう。 あけましておめでとさん」
「椿ちゃん穂波ちゃんおはよー。 あけましておめでとー」
「あけましておめでとうございます」
とかなんとか考えていると、椿さん達とわかばちゃんも挨拶を交わしていた。
……かと思うと、穂波ちゃんがどこか妙な表情できょろきょろと辺りを見回している。
「……ひめちゃんはどうしたのですか?」
「昨日まちがって飲んだらしい酒でひっくりかえってます」
「ま、あれで酒まで強かったら、恐ろしいものな」
「同間です」
ていうか、絡み上戸というか酒乱の気がある気がするのですが。
機嫌悪いときとかに飲ませたらえらい長い事愚痴を聞かされた事もあるしなぁ。
「……拓也、言いたい事でもあるのですか?」
「いや別に」
しかも俺まで巻き混んで酒飲ませようとするし。
まぁ別にいいんだけど。
「少し遅れてしまったようだね。 すまない。 あけましておめでとう」
「あ、尚樹さん、あけましておめでとうございます」
こちらは正月から爽やかな尚樹さん。
うむ、やはり戦艦さえなければ気持ちのいいお兄さんだ。
「よっ。 尚樹。あけましておめでとう」
「あけましておめでとうございます」
「尚樹お兄ちゃん、あけましておめでとうー」
「由真は……一緒じゃなかったのか」
「猫と遊びに行きましたよ」
その引き金がわかばちゃん特製のおせち料理というのがなんとも。
しかし猫にいいようにあしらわれる由真って一体……いや、あの由真をいいようにあしらえる猫の方がすごいのだろうか。
「今年もか。 そうかそうか……ほっ……」
さすがに知り合いの前で『先生』呼ばわりされる危険性はさけたかったのか、かなり安心した様子の椿さん。
「仲良しさんですよねー」
「正月。 宇奈月さんと猫が戦うのは、恒例の行事なのです」
「毎年あんなバカやってるんですかあの山猿は。 ……拓也といい勝負です」
「HAHAHA 何を言ってるのかねゆのは君。 正月を全身をもって祝うのは日本人として当然じゃないか」
「……なにがあったのかなんとなく想像つくのです」
「同感。 ほらみんな、そろそろ行くよ」
「そうですね……あれ? わかばちゃんは?」
振り返ると、わかばちゃんの姿が忽然と消えていた。
前を向いても横を向いてもいなかったから、後ろをついてきたんじゃなかったのかと思っていたが……
「ああ、こっちもいつもの通りか」
「どういうことですか?」
「お姉ちゃんは迷子になったのです。 おそらくは、人波になんとなく巻き込まれて、流されていってしまったのです」
「ああ、そうなんですか……って、なに平然としてるんですか!!」
椿さんと穂波ちゃんは顔を見合わせ。
「だっていつものコトだし」
「そうなのです。それに、最後にはどこからか宇奈月さんが駆けつけて来て、お姉ちゃんを連れて帰ってくるのです」
「最初のうちはみんなで探してたんだけど、いつも見つけるのは由真でさ。 だから、由真に任せるコトにしたのさ」
「なんか、わかばちゃんらしい話ですね」
「あの山猿、ホントにわかばお姉ちゃんの事になると犬並の嗅覚になるんですね。 ……犬と猿は相容れぬものではないのですか?」
「いや、それはまったくもって関係ないだろ」
俺にはゆのはの考えている次元が時々分からなくなる時がある。
まあ、ぶっちゃけてしまえばどうでもいいということなんだが。
……まぁ、わかばちゃんの事はこの二人がこう言っているわけだし、きっと大丈夫だろう。
任せてる相手が由真っていうのが少し不安だったけど、俺達は人の賑わう境内へと脚を進めた。
「でも、人波になんとなく巻き込まれて……ですか」
「ゆのは、どうかしたか?」
5人そろって歩いていると、小さくゆのはの声が聞こえた気がしたが……
ゆのはの顔を見ると、なんとなく何かたくらんでいそうな笑顔をうかべて、俺の目をじっと見つめているようだった。
……こういう時って、大体ろくなことが起こらないんだが……
と思いつつも何をしようとしているのかわからないのでは対処のしようもなく、とりあえず様子を見ることにした。
「…………」
なにやら紙のような物を取り出して字を書いているようだ。
「…………」
んで、椿さんの後ろに回ってその紙をポケットに……手紙かあれ?
でもこの状況なら直接言えば……
「拓也、抜け出しちゃいましょう」
「……は?」
俺にはゆのはのそのセリフの意味を察するのに、一瞬ではとても足りなかった。
そしてそうやって考えている間に、ぐいっと思いっきり手を引っ張られ、逆らう暇も無く別の人波に突っ込んでいった。


「行ってしまいましたけど、いいのですか?」
「ああ、ご丁寧に手紙までおいていったみたいだし、大丈夫だろ」
「……そうですね。 一応恋人同士みたいですし……」
「ん? ほなみん、なにか気になる事でもあるのか?」
「いえ。 大丈夫なのです……  私、お守り買ってきますね」
「ああ」







「っおい! ゆのは何考えてるんだよ」
我に帰った時には、境内の道を真横に外れ、若干木が茂る場所に。
ゆのはは俺の声など全く聞いていない様子で、きょろきょろと周りの様子を探っていた。
「……いいじゃないですか、恋人同士なんですから。 初詣くらいふたりきりで行きたいと思っても」
なんとなく頬を赤らめて、そんな事を言ってくれるゆのは。
「…………いや、その気持ちはわかるが……」
まあ、家を出る前に、俺もどうせならと思ったのは確かだ。
この町に戻ってくるまでは、クリスマスや初詣とかは二人で過ごしてたわけだし。
けど、何も最中に抜け出すことは無いだろうに……
「それに、私はこの神社には、あまり御参りしたいとは思っていませんから」
「……虚ろな神社、か」
確かに、ここはゆのはな町にしては立派で、重要文化財にも登録されているという神社だ。
だが、この神社には、奉るべき神様がいない。
……そして、かつての自分自身がいた祠には、正月にもかかわらずほとんど人はこない……
来ること自体には抵抗はないんだろうけど、御参りするには話は別って事か。
「大丈夫です、姉御のポケットに『拓也と二人で先に行ってます』と言う手紙を忍ばせておきました」
多分、椿さんの事だから差し込もうとしたその時点で気付いていた、と俺は思う。
「…………で、ここでお参りしたくないって事は、行くとこは……」
「はい。 ……私達には、あの場所しかありません」










そして、人波に逆らって俺たちが向かった先は、俺達にとっての思い出の場所。
俺がバイクで突っ込んで、こなごなにぶっ壊してしまったゆのはの祠がある場所だった。
目の前には、今も壊されたままの祠がある。
「……って、なんでまた壊れてるんだよ……」
……確かに、今回もひめが幻を使って、見た目だけでも壊れていない状態にしていたはずなのに。
今俺の目に映っているのは、俺がバイクでつっこんだときのまま、ばらばらになってしまった祠だった。
「そんな、あの術は一ヶ月は大丈夫なはずなのに」
神様だった頃の経験から言っているらしいゆのは。
……しかしこうなると、すこしマズイ。
正月なんていう神様が注目される日に、祠がこんな状態なのが見つかりでもしたら、一体どんな事態になるかわからない。
今はほとんどの人が神社の方に行っているので大丈夫かもしれないが、ここに人が来ないとも限らない。
「とにかく、ひめを呼んでこないと……」
「天地万物を構成せし、八百万の御霊よ!! 我、ゆのはな郷の守護神、ゆのは姫の命によりて、我が祠を元の姿に!!」

―お賽銭 0128700―

とかなんとか言っていると、聞きなれた女の子の声が聞こえてくると同時に、壊れた祠が光に包まれ、次の瞬間には元の姿に戻っていた。
「……思った通り……術、消えていましたね……」
「ひめ。 お前寝てたんじゃ」
「少し眠ったら目が覚めたので……なんとなく、胸騒ぎがして来て見れば……」
そんな事を言っているが、今朝ほどではないにしろ、まだどことなく具合は悪そうに見える。
幻を作るのが終わったのなら問題ないし、今はとりあえず帰って寝て貰った方がいいだろう。
「……ひめ、もしかして、幻が消えているのが分かっていたんですか?」
そう思って言おうとしたその時、ゆのはが口を挟んできた。
「…………幻を作る際に拓也から奉納した金額が、ほんの少しですが以前より少なかったので……以前ほど、長続きする幻は作れないと思っていましたから」
……確か、12円程度の差だった気がするが。 正直神力の金額の基準が良く分からん。
「それに、”恨み”が消えた事で、私自身の力も弱っていると言うのもあります……本来なら役目を終えたはずの神です。しかたありません」
「…………」
「それでは、私は帰ります。 まだ、すこし眠いので……ふぁ……」
そこまで言うと、少しあくびをしてほてほてと一人伊東家の方向へと立ち去って行った。
「……役目を終えた神様か……」
なぜか、その言葉を口にすると、ひどく胸騒ぎがした。
……今は、かつてのゆのはの代わりにこの町の神様を務めている。
それも、ひとつの役目として考える事は出来ないのだろうか?
……神様の常識は、未だに俺には分からないようだった。
「あれー、拓也さんにゆのはちゃん。 こんなところでどうしたんですかー?」
「ん? あ、わかばちゃん」
「……危なかったですね。あのままひめが気付いていなかったら……」
そ、そういえばそうだったな……あのままさっきの壊れたままの状態が続いていたら、わかばちゃんに見つかるところだったわけか……
「どうしたんですか?」
「あ、いやなんでもないよ。 わかばちゃん、どうしてこんなところに? 皆……というか由真が探してたと思うんだけど」
「はいー、それでしたらもう大丈夫です。 さっき由真とみんなと合流して、初詣済ませてきましたからー」
「そうなんだ。 ……で、なんでひとりでこっちに?」
「それはですねー。 毎年、行っている場所があるので、みんなに言って先に来させて頂いたんですよー。 今からそこに行く所なんです」
「そうなんだ」
「なんだか雪も一杯降ってきましたし、ちょっと急ぎたいので、失礼しますね」
「わかった、気をつけてね」
「はーい。 拓也さん達もお気をつけてー」
そう言って手をぶんぶんと振りながら、にこにことわらってわかばちゃんは家とは逆の方向へと歩いていった。
……あのわかばちゃんが、他の皆をおいて一人だけで行きたい場所があるというには驚いたが……
まぁ、その場所にはわかばちゃんなりの何かがあるんだろう、立ち入って聞くというのも失礼ってもんだ。
「……しかし」
今わかばちゃんが言ったように、なんだか今日になって急に降る雪が激しくなったような気がする。
さすがに前回程では無いけど、もしかしたら、同じくらいの危機になってきてるんじゃ……
「拓也、どうかしましたか?」
以前は町を雪でうめるほどの理由はあったかもしれないが、今はそんなことは無いはず。
ただ、今までのひめが降らせていた雪に加えて、自然の雪が加わっただけだろう。
それを証拠に、そらは雪雲で覆われている。
「……いや、なんでもない」
まぁ、どちらにしても俺が頑張ればすむ話だ。
「ゆのは、お参りして帰るか」
「そうですね。 ……自分にお参りしているようで妙な気分ですが……」
それは3年前までの習慣みたいなものがあるから仕方ないだろう。
俺は笑ってその一言に答えてやった。


 

 

1/2へ続く


 


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