―1月2日―
 

 






今日から目覚ましの時間を少し早めて、椿さん―もとい、琴姫みのり先生の小説の続きを読む事に決めた。
まぁ超健康優良児の俺は、目覚ましに頼るまでもなく、その二時間前に目が覚めたけどな!
……ゆのはの蹴りのおかげで。



「来た来た来た来たぁぁぁぁ」
昨日のうちに途中だった一冊目を読み終えていた俺は、2冊目の本を取り出して読みふけっていた。
『仮面TEN校生』
文字通り仮面を被った転校生が現れ、学園の中で巻き起こる騒動を中心に描かれる物語だった。
俺は初っ端から話の中に引き込まれてしまい、時間が経つ事も忘れて一気に読み上げてしまう。
「拓也さーん、おはようございまーす」
「あ、わかばちゃんおはよう」
「それ、小説ですか?」
「ああ、由真に借りたやつだ」
借りる時にわかばちゃんも隣にいたから、まぁ特に言うこともないだろう。
というか間違いなくヤツの友達というカテゴリに属する人間は全巻読まされてる気がする。
俺がヤツの友達として認識されてるかどうかはしらんけど。
「琴姫みのりさんのですねー。 今何冊目ですか?」
「今二冊目が読み終わった」
「そうなんですかー。 頑張ってくださいね」
「おう。 それより、もう朝ご飯? うわ、夢中になって手伝うの忘れてたよ」
「気にしないで下さい。 それより、ゆのはちゃんとひめちゃんを起こしてきてくれませんか?」
「了解!」





―まぁ、そんなこんなでいつもどおりに寝ている二人を起こして、朝食!!

…………なのはよかったのだが…………
「みつ枝さん、おかわりです」
「はいはい、今日はよく食べるねー」
ものすごい勢いでひめの腹の中に消えていくおひつの中のご飯。
俺が一口食べる間に、茶碗の中身の半分は口の中に入っているようにも見えるが、ここまでくるとあながち錯覚でもないかもしれない。
「……ひめ?」
さすがのゆのはも呆然としているようだった。
……まぁゆのはでも10杯以上は食べたことなかったしなぁ…………いや、まてよ?
以前、俺とゆのはが深く繋がりすぎた時、ゆのはの食欲とかまでそのまま俺の方に来た事があったな……
あの時だけはあいつが15杯も飯を食って、その時は俺は全然腹が減らなかった。
逆に、あいつが朝食わずに家を出て行った時は俺が同じくらいの量を食べてしまった。
……まさかとは思うが……
「なぁ、ゆのは」
「なんですか?」
「―あ、いや、なんでもない」
「……そうですか。 わかりました」
一瞬何も言わずに頷いて、その後に返事がきた。
ゆのはもなんとなく俺の考えている事に気がついたらしい。
一応当事者同士だ、このあたりは経験的に気がつくものなのかもしれない。
「……ふむ」
……まぁ、ゆのははいつも通りの量を普通に食ってるな。
俺も別に、特別腹が減るとか減らないとかはない感じだし……
単にいつも以上に食欲でてるだけなのか?







結局この場はよく分からずに、やってくるのは今日のバイトの時間。
1月2日の初バイトは、華の湯で決まりだぜ!!

まぁ、だからと言ってやる事がガラリと変わるわけでも無く、今日も今日とて背中をもんだりながしたり。
「拓也さん、ゆのはちゃん、お茶どーぞ」
「ありがとう」
「よかったー、雪だらけで凍えるかと思ってました」
熱いお茶。
開けっ放しの玄関で客の肩を揉んでる身には、とってもありがたい。
ゆのはも俺より奥に立っているものの、ストップウォッチを持って測っている分には寒いのには変わりないだろう。
わかばちゃんがもって来たお茶を、飛びつくようにして受け取っていた。
「うわ、あぢぢぃ、ふぅふぅ」
「わわっ、拓也さん大丈夫ですか?」
「だ、大丈夫」
俺は客のいない台の上に一旦湯飲みを置き、手をパタパタとはためかせる。
さすがに冷え切った手にいきなり熱いものはきついかもな。
「っと、ゆのは、お前大丈夫か?」
「はい。 手袋してますから」
うわ、いつの間に。
比較的薄手だが、赤地に白柄のアップリケが縫いつけられた手袋が、さんぜんとゆのはの手に輝いていた。
ちなみに、2年ほど前に俺が買ってあげたやつだ。
ほころびもほとんどなく、大事に使われているのがすばらしくうれしい。
「まったく準備のいいやつだな。 俺なんて手が冷え切ってて、熱いものが持てないのに」
「ふふ、しょうがないですねー」
なんか嬉しそうな顔を浮かべるゆのは。
「それじゃあ、特別に私が冷ましてあげます」
と言うと、俺の返事も待たずに俺の湯飲みをもってふーふーと冷まし始めた。
……外見的に俺の役目のような気がするんだが……というより、見た目中学生程度の女の子にそんなことされているのが恥ずかしい。
「らぶらぶですねー。 THE 恋人ってかんじですー」
ついでに唯一の観客はこんな調子だから、ずばりと言われるとよけいに恥ずかしい。
しかも悪気がないのがなお性質が悪い。
「はははは……  ところでわかばちゃん、ここは毎年こんなに雪が降るの?」
とりあえず話を逸らす俺。
「――!」
苦し紛れの行動だったが、この話題に入った瞬間、俺の湯のみに向けられていたゆのはの目が、俺の方へと向きを変えたのを感じた。
―まぁ、色々とゆのは自身に直結した問題だから、当然かもしれないが。
「うーん、3年ほど前もこのくらいは降った気もしますがー、やっぱり珍しいと思います」
「…………」
「昨日でも随分と降っていると思ってましたが、今日になっていきなりどさーっと来てるみたいですねー」
……それは、俺も感じていた。
確かに昨日もそれなりに降っていた気がするが、今日と比べればなんてことない量だった。
さすがに、以前のゆのはがいなくなる直前のものは比べ物にならないが、今日になっていきなりこの降り方はどうかと思う。
「それに、こんな青空なのに、雪がいっぱい降ってるなんてちょっとヘンです」
「……そうですね」
さすがに、ゆのはの言葉も葉切れは悪いようだった。
ひめはさすがに町が埋まる事は二度と無いと言っていたが、ここまでくると最悪の結果も考えてしまう。
「あ、お客さんですよー」
「お、おう。 じゃ、休み時間まで頑張るか!!」
ゆのはの手の中の、ほどよいあったかさまで温度の下がったお茶を受け取り、急いで飲み干す。
少し喉の奥が熱かった気もしたが、特に問題ない。
「ゆのは、時間、頼むぞ」
「わかりました」








んで、お昼ごはんをはさんで軽く休憩時間。
ひめは昼ご飯にふらりと戻ってきたかと思うと、また朝のようにバカ食いしてそのままどこかへ出かけて行ってしまった。
……なんか口元にお菓子のかけらがくっついていた気がするが、また公民館の御老人方にたかってきたのだろう。
それはさておき、わかばちゃんはすぐ横で描きかけの自作絵本を広げて創作活動に没頭しているようだった。
描いてるところを横から覗くなんて無粋な事は俺はしないが、ここ数日ずいぶんとクレヨンを手にしている姿が増えてきたような気がする。
―とりあえず、俺はそんなわかばちゃんのじゃまにならないように、黙って3冊目の小説を鉄のカバーから取り出した。
出てきた文庫本の表紙には『歌の翼にのって』という題名と、『琴姫みのり』と言う作者名。
「拓也、最近時間があくと本ばっかり読んでますけど、どうかしたんですか?」
さぁ1P目をひらこうかと思った矢先に、飛んでくるのはゆのはの声。
……そういえばこいつは事情を知らないんだった。
琴姫みのりの正体が白日の元にさらさらたあの場に居合わせたのは、ひめと俺、それと由真だけだったしな。
「ああ……この本、由真に押し付けられてな、読んで感想言わないと殺されそうだろう」
まぁ、間違ってはいないだろう。
「あの山猿、字を読めたのですね」
そっちかよ。
……まぁ気持ちは分かるが。
「それより、それおもしろいのですか? ……拓也の部屋にあった小説、つまらなかったです」
俺が個人的に読んでいるのは、ノンフィクションかハードボイルド系で、ゆのはは同じ小説でも、どっちかというともっと愛と夢?に満ちた少女系恋愛小説とかを好んでいるような感じだった。
思えばあれもライトノベルってヤツなのかもしれないな。
ついでに元1000年前の住人らしく、そのあたりの時代を舞台にしたものも好きらしい。
昔を思い出して嫌だろうと思っていたが、残酷なシーンがなければそうでもないようだ。
……そういえば、あれから少しづつ自宅の本棚がそれらの系統の本に侵食されつつある気がする。
「おう、多分これはゆのはでも楽しめると思うぞ」
『あかねすとれんじゃー』とか、ちょっと波乱万丈な女子高生の青春、といういかにもな話だから、たぶん大丈夫だろう。
俺はナップサックから一番最初に読んだそれを取り出し、ゆのはに手渡した。
「……あ、汚したり破くなよ? おやつ食った手で触るなよ? 俺が由真に殺される」
いや、まじで。
「……まるで爆弾ですね。 わかりました、いちおう気をつけておきましょう」
いささか不安ではあるが、とりあえずこれでこうるさいBGMは排除完了。
俺は改めて手の中の文庫本の1P目を開いた。









「へー、拓也さん今『歌の翼にのって』を読んでるんですかー」
休憩時間が終わり、再び店へ出てマッサージの再開!
と、言っても中途半端な時間だけに、あんまり人はこなかった。
手持ち無沙汰な俺達は、番台に座っているゆのはを中心にして3人で雑談中。
「カナンって早口言葉が得意なんですよねー、とってもうらやましーです」
……まぁ、感動は人それぞれというやつのようで。
読んでる途中なので、俺としてはまだなんとも言えない。
ただ、俺的に素晴らしい名作であろうことは想像に難くなかった。
それは先に読んだ2冊にも言えることだ。
「そういえば、わかばちゃんって最近ずっと絵本描いてるよね」
「あ、はいー」
見たところ、この間みつけたくりごはんの絵本の続きを描こうとしているようだった。
……ただ、仕事に入る前にちらりと見たところ、白紙だったページが白紙のままで、描き進んだと言うわけでも無さそうだ。
「でも、描いてると言っても、ずっと紙の前で考えているだけなんですけど…」
「……なにか描けない理由でもあるのですか?」
「……」
いつもの俺なら失礼だぞ、と止めるところだが、それについては多少なり俺も気になっていた。
ゆのはも俺も、あの絵本の続きはくりごはんがくりを探しに行くというものだと思っている。
おそらくわかばちゃんもそのつもりであそこまで描いたのだろう。
……それが、その先を描く手が進まないという事は……お話のその先に、何かを見ているということになるのかもしれない。
わかばちゃんは、ぽやーっとしているようで、大切なところはちゃんと見ている。
だから、きっとそうなのだろう。
「……私にも、よくわからないです」
そして、その一言だけがわかばちゃんの答えだった。




その後は、いつものようにやってくる御老人方の肩を揉んだり背中を流したり。
仕事が終われば給料を受け取って、それは流れるようにひめの賽銭箱の中へと吸い込まれていった。

―お賽銭 0136700―



 

 

1/3へ続く


 


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