―1月3日―
 

 






『琴姫みのり』作の本を読み始めて、今朝で4冊目。
どうやらゆのはも最初に渡した『あかねすとれんじゃー』は気に入ったらしく、昨日寝る前には軽く興奮していたらしく、随分と楽しそうに小説の中身について俺に話しかけてきていた。
ふむむ、やはりこの人の書く小説には、色々な人をひきつける不思議な魅力があるようだ。
それは順に読んでいる俺にはよくわかる。
……ただ、どうやらここ3年はスランプ続きで、数ページで終わるような短編を時々出している程度らしい。
「……」
俺は『走る音楽』のページを進めながら、椿さんの様子を案じていた。







まぁ、そうは言っても高尾酒店には由真が行っているので俺が行くのは白摘茶房。
榛名さんと俺は、キッチンに並んで昼のリゾットの仕込み中。
いつもの如くここの店内は穏やかそのものだ。
「こほん、こほっ」
「風邪っすか?」
「うーん、なかなか具合がよくならないのよねぇ」
榛名さんの寝室のオイルヒーターは今は壊れていて、夜は親子同じ部屋で寝ているらしい。
まぁこの寒さだし、榛名さんと穂波ちゃんならけっこう微笑ましい。
……俺みたいなのだと、今更親と同じ部屋で寝るってのはあんまし考えられないしな。
「お母さんは寝相が悪いのです……」
「そんなことないもん」
「昨日もお腹出して寝てたし、風邪ひいてるのに布団すぐはいじゃうし」
「やぁぁん、拓也くんの前で恥ずかしいからやめてぇ!」
うーむ、いつもながらほのぼのだなぁ。
おまけに今日はそこはかとなく……エッチだぜっ!!
「草津さん、どうしてニヤニヤしているのですか?」
「え? に、にやにや……にゃあにゃあ……」
「にゃあにゃあ……?」
「お、かわいい♪」
「そ、そ、そんなことないです!」
よしっ! うまくごまかした!




1月3日の喫茶店。
やれ年末だやれ正月だ、と増えたり減ったりしていた客足も戻りはじめ、いつもの白摘茶房の日常が始まりつつある。
モーニングのお客さんが一通り引けた後、俺は昼までの時間を使って、穂波ちゃんのオリジナルメニュー作りを手伝っていた。
「オリジナルメニューといっても、狙ってるのは甘いものなんだよな」
「うん、コーヒーに合う、お母さんのシフォンケーキとか、イチゴパフェみたいなのがいいと思うのです」
「そうだなぁ。スウィーツでドルチェな感じかぁ」
「草津さんも考えますか?」
「え?」
「ほら、たがみさんとかぶらないスペシャルランチメニューです」
「ああ、そうだなぁ、俺も何か考えないと」
かぶらないっていっても、和洋中とみんな手を出している『定食たがみ』は強敵だ。
榛名さんは、イタメシや無国籍料理みたいなハイカラなもので競合を避けていたけど、俺は貧乏料理千問出しなぁ。
榛名さんは本調子じゃないみたいだし、あんまり考えたくないがいつまた前みたいなことになるか分からないし、色々考えていおいた方がいいかもしれない。
「―お兄ちゃん、調子はどうですか」
と、まぁそんな感じで穂波ちゃんと食材をいじくり回していると、椿さんがお店に入ってきた。
「あら、いらっしゃいませぇ」
榛名さんがなごやかに入ってきたひめに呼びかける。
「ひめ。 どうかしたか?」
「……いえ、なんとなく様子を見にきただけです」
うーむ、ぱっと見いつも通りな感じもするが、よく見ればなんとなく元気が無い気がする。 今朝も昨日と同じくらいの量のごはんを平らげてたしなぁ……
「……ひめちゃん、今、私のオリジナル料理の実験中なのですが、食べていきませんか?」
「ちょっと穂波ちゃん……」
あんまり甘やかすような事は止めた方が……
「あらぁ、それはいいかもしれないわねぇ。 やっぱり、食べるのが好きな人に聞くのが一番参考になるのよねぇ」
そう言おうと思ったが、榛名さんのほんわかボイスに見事に遮られてしまった。
店のボスにそう言われてしまっては、バイトでしかない俺に発言権はないじゃないか。
「ありがとうございます。 よろこんでいただきます」
にこ、といつもと同じ、口元だけの笑顔を浮かべて、カウンターの椅子へと腰かけるひめ。
「草津さん、コショウ、とってください」
「あ、ああ」
―確かにもう昼近いとは思うが、朝あれだけ食っておいてまだ入るのかこいつは。
そんな事を考えてる間にも作られていくランチタイムまでの実験創作料理は、俺の心配など全て無視するかのようにひめの腹の中へと消えていった。
……確かこっちに来たばっかりの頃に『たがみ』でラーメン大食いしてたが、あの時は満腹ってものはまだあった気がするんだが……






―まぁ、そんなこんなで午前中は終了。
ランチタイムで賑わうお客さんたちをさばいて、それを過ぎれば俺達の昼食タイム件休憩時間だ。
まかないを有り難く頂いた俺は、今日は店の奥のリビングを借りて、残った時間で『走る音楽』の続きを読むことにする。
「宇奈月さんの持っている小説ですか?」
「ん? おお、そうだ。 ……やっぱり穂波ちゃんも読まされてたり?」
無言で頷く穂波ちゃん。
うーん、この様子だと少なくとも同年代の知り合いは全員読まされてそうだなぁ。
そういえば、榛名さんは椿さんが『琴姫みのり』だってこと知ってたって話だけど、穂波ちゃんはどうなんだろう。
……いや、前に『知らない』そぶりの事言ってたし、多分知らないんだろうけど……
「椿お姉ちゃんも、宇奈月さんにつきまとわれて大変なのです」
「―って、ええ!?」
何で知ってる!!?
はっ、まさか由真のやつ口を滑らせたのか!!?
それともブラックホースの榛名さんか!!?
「そんなに驚かなくても、少し考えれば分かる事なのです」
「……そ、そうなのか?」
「まず、宇奈月さんが椿お姉ちゃんの事を時々『先生』って呼びかけそうになっているのです。
宇奈月さんがそんな風に呼ぶ相手と言えば、『琴姫みのり』という作家さんくらいなのです」
「ほー……」
大した推理力だ。
俺ならなにも予備知識が無ければ、先生、などと聞いただけでは『なんだそれ』ていどで済ませてしまうだろう。
たぶん椿さんがごまかすような行動に出られれば、そのままごまかされてしまうことうけあいだ。
「……」
「ん、どうした?」
そこまで話を続けたところで、なにやら心配そうな表情で、見つめるようにして店の方へ顔を向けていた。
今外にいるのは、榛名さんとひめくらいなものだが……。
「……草津さん、ひめちゃんになにかおかしいところはありませんか?」
「……どういうことだ?」
「……最近、また私の霊感が弱まってきている気がするのです」
「なんと。そりゃ大事件だが……それが、ひめと関係あるのか?」
俺がそういうと、穂波ちゃんは少し考えるような表情を見せた。
けど、1分もしない間に、また俺の方へと顔を向けて、話を続けてくる。
「……草津さん達が以前この町に来て、出て行った後から、私の霊感も弱まってきた事は話しましたね?」
「ああ」
「……そして、また二人が……ううん、ゆのはちゃんがここに帰ってきてから、また急に感覚が鈍くなってきているのです。……もしかしたらそれは、『霊感を持つ必要が無くなってきた』からじゃないのかと思うのです」
「それってつまり、穂波ちゃんの霊感が、ゆのはとひめに……いや、『ゆのは姫』に関係してるってこと?」
「はい……絶対そうだって自信があるわけではないのですが……」
……うーむ、確かに霊感が無くなるにしても偶然にしてはタイミングがよすぎるし、ゆのはの”恨み”が消えた頃から弱まり始めてると言うならある程度合点もいく気もする。
……で、今また急激に弱くなっていっているということは……まだどこかに”恨み”が残っていて、それも消えていこうとしているってことか?
「そういえば、あの雪はゆのは姫の恨みが集まったものだって言ってたな……」
それが今も降り続いているということは、その線もまだ残っているわけだが……
「いえ…以前のように血や鉄さび……恨みや悲しみの匂いは感じられないのです」
「……それって、霊感が弱ってるからじゃないのか?」
「いいえ、2週間前……草津さんがゆのは姫の祠を壊した日の事ですから、まだ、そのくらいのものを感じるくらいはできたのです」
「……」
「ですが、その時感じたのは……恨みでも悲しみでもなく、ほんの少しの暖かさと、大きな未練…………」
「……未練?」
「いえ、明確に感じたわけでは無いので上手く言えないのですけど……『心配』……と言った方がいいかもしれないのです」
「心配だって? 何に?」
「それが分かれば、私もここまで悩んだりしないのです」
「そりゃそうだ」
―けど、正月に祠の幻が消えてしまったのも少し気になるな。
穂波ちゃんの話も考えると、まるで、ひめの神力までもが弱まっているみたいな感じが……
いやでも、ちゃんと幻は元に戻ったし……いや『戻った』と表現するには微妙なところだが。
「ただ……それで気になる事が一つあるのです」
「……気になる事?」
俺は開いていた本をしおりをはさんで閉じ、穂波ちゃんの話に集中することにした。
……漠然とした不安は、正月……いや、ゆのはとひめの誕生パーティーの後から、俺も感じていたから。
「草津さんは、ゆのはな神社にまつられているもう一人の事は御存知ですか?」
「もうひとりだって? ……あそこって、ゆのはを祀るための神社じゃないのか?」
「確かにそれはそうなのですが……ゆのは姫の死から1000年の後、依姫という女性が身代わりになって、ゆのは姫の魂は救われる……と」
「……ヨリヒメ?」
身代わりと言う言葉に、少しだけ嫌な予感が広がった。
しかも1000年の後って……たしか俺が読んだ郷土史の中で、『ゆのは姫』が死んだとされる一番有力な説は1005年……
てことは……その依姫が現れたのは俺が始めてこの町にたどり着いた、3年前の2005年!!?
「でもまて、それじゃあ2005年にゆのはの身代わりになった人間なんているのか!?」
「……伝承では、ゆのは姫の祠を建てた宇奈月さんの先祖は霊力を持っていて、この世ならざる者と話すことが出来たらしいのです。だから、依姫様も宇奈月さんの一族から現れるんじゃないかって……」
「ってことは由真が依姫様? はっはっは! 似合わないことこの上ないな!」
「…………草津さん、桂沢が宇奈月さんの分家という事をお忘れですか?」
「――っ!!」
そうだ。
そういえば少し前に、由真が穂波ちゃんに対してそんな事を言っていた。
……もし、本家でなく分家の方にその霊力とやらを継いだ子が流れていったのだとすれば……
……穂波ちゃんの霊感の正体は……?
「……まさか、穂波ちゃんの霊感がなくなってきてるのって……」
「…………すでに、ゆのは姫の魂は救われつつある……だから、ゆのは姫を救うためにある力は、もう必要が無い……そう、思うのです」
「……」
「でも、結果的にゆのは姫の身代わりとなった依姫は、私ではなかった」
「……どういうことだ?」
「と言うより、依姫伝説自体が、ゆのはな郷を栄えさせるためにかの宇奈月氏が勝手に作った伝説なのです
あの神社も温泉客の人達の話題になるように、伝説を作ったのと同じ時期に立てたのですよ」
「はぁっ!?」
ここまでひっぱっといてそんなオチかよ!!
ていうか由真の先祖も子孫に負けず劣らず勝手だなぁオイ!!
「……でも、ここまで状況がそろっているのです。 もしかしたら、予言の方は本当だったのかもしれません」
「どっちだよ……」
「……ゆのは姫が亡くなった1000の後……今から3年前にゆのは姫……いえ、『ゆのはちゃん』の身代わりになった人物が、いなかったわけではありませんし……」
「なんだって!? どこの誰が依姫だったんだ!!?」
「……草津さんも、よく知っている人ですよ」
穂波ちゃんはそこまで言うと、何も言わずにまた店の方へと目を向けていた。
楽しそうな榛名さんと、ひめの声が聞こえてくる。



結局、この後は『琴姫みのり』の本を読む事に集中しきれず、もう1/10も残っていなかったはずの『走る音楽』も、読みきるのにたっぷり夜までかかってしまっていた。


―お賽銭 0144400―




 

 

1/4へ続く


 


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