―1月4日―
 

 






『琴姫みのり』の著作を読み続けて、これで5冊目。
タイトルは『遠近街の殺人 虚構探偵の事件簿』。
どうやら次に読む予定となるもう一冊もこのシリーズになっているらしく、ミステリーものという今までと毛色の違う物に加え、続きものになっているという点でも他とは違う形をかもし出していた。
しかし椿さんってすごいなぁ、こんなにいろいろなジャンルを書けるなんて、小説家じゃなくても尊敬しちまうぜ。


んで、最近準備を任せっぱなしになってるなぁと思いつつも、朝食!
例によってひめの大食いは収まるところを知らず、今日も15杯近くはおかわりをしていた。
昨日の穂波ちゃんの言葉もあって、なんとなくとめるのははばかられるのだが……
華の湯、このまま喰い潰されなけりゃいいんだけどな。


「居候ー!!」
と、まぁそんな平和な毎朝の情景をぶっつぶす怒声が一つ。
「由真か、朝っぱらからうるさいぞ」
そろそろ慣れてきた俺は、冷静に言葉で返してやる事にした。
が、まぁその程度で止まるやつなら苦労しないわけだけれども。
「由真ー、そんなに慌ててどうしたの?」
「ああんわかば、今日も元気そうでなによりだわ。 でもゆるしてわかば、今の私にはあなたとお話している時間がないの」
飛び込んできた勢いと俺の名前を呼んだところからして急な用事のようだが、どうにも緊張感が無い。
まぁ、そんなことは今更だけどな。
「……俺に用があるんじゃ無いのか?」
「そうよ、今日は高尾酒店を手伝いなさい」
「…………手伝うことに関しては大いに構わないが、二人もバイト入る必要あるのか?」
というか、由真一人でも充分事足りる気がする。
配達とかバイク必要ないし、つーかバイク乗った俺より早いんじゃないかと錯覚する事もある。
……あながち錯覚でもない気もするけど。
「人手が足りないから呼びに来たのよ、いいから行くわよ!!」
「ちょっと待っ……うわあああ」
そう言うがいなや、由真は俺の腕をがっしりと掴み、そのままの勢いで走り出していた。









「あれ、椿さんは?」
逆らう暇も無く引きずられてきた俺は、文字通りあっ、と言う間に高尾酒店に放り込まれていた。
今日も変わらず銘酒・猫だましをはじめとした酒がずらりとならんだ店内だ。
……だが、そこにあるべき主の姿は見当たらなかった。
「奥で寝てるわ」
「寝てる?」
「すごくお疲れだったみたいだから、私がスタミナドリンクを大量に持ってきたんだけど、昨夜浴びるほど飲んだって言ってお断りされたのよ」
なるほど、さっきから視界の隅にあって気になっていたが、その大風呂敷の中身はそれか。
……しかしスタミナドリンクをそんだけ飲むって事は、相当危ない状態だったんだな。
「それで、せん……椿さんのケイタイが鳴ったんだけど、取ろうとしたところでお倒れになって……とりあえず怒鳴ってケイタイは黙らせたわ」
そりゃあさぞかし受話器の向こう側の人は驚いただろうなぁ。
「で、つまり椿さんをゆっくり眠らせてあげたいから、俺を呼んだと」
「そうよ。 居候にしては物分りがいいじゃない」
一言余計だが、まぁ由真の意思は伝わった。
俺も椿さんの睡眠不足の状態は気になっていたから、今日一日くらいゆっくりして貰ってもいいだろう。
「よしわかった、じゃ俺が配達やるから、あとは手の空いた方がその時に応じて」
「そうね。 それでいきましょう」
そういうわけで本日は主のいない高尾酒店でのバイトに決定した。




とは言っても、何度かバイトに来た身でもあり、ある程度は勝手知ったるなんとやら。
由真もさすがにこなれてきているのか、レジ打ちに配達など、基本業務の繰り返しだけにさほど苦労する事は無かった。
「お兄ちゃん、調子はどうですか?」
と、まぁそんな調子で仕事を進めていると、いつものごとくひょっこりとひめが姿を現した。
「あらちび子、どうかしたの?」
「……いえ、今朝はなにやら只事ではなさそうな雰囲気でしたから、様子を見に来ただけです」
まぁ、確かに今朝の由真の勢いは……いつも通りな気もするが、俺に助けを求めるってあたりが只事じゃない。
ひめもその辺については見抜いていたということか。
「ああ、椿さんがちょっと寝不足みたいでな。今日一日寝といてもらおうかと」
「……もう一つの仕事、うまくいってないんですね」
そういえば、ひめも椿さんの小説家としての顔がばれた時に、俺達と一緒にいたな。
理解者が多いのはけっこうなことだが、こういう方面だとあんまり頼りにならなさそうな感じなのが珠に傷だが……
「お兄ちゃんが本を呼んでるのは、そこが理由ですか?」
「いや、純粋にただの興味なんだが……あんなに色々なジャンルを書けるのは凄いと思う」
「それは才能があるからに決まってるじゃない。 でも、スランプでお倒れになるだなんて、やっぱり心配だわ……」
まぁ、才能があるのは確かにそうかもしれない。
……でも、なんだろう。 こうやって椿さんの本を読んでいると、単純に才能があるから書ける、という感じではない気がする。
ただ、書きたいものを書きたいように書いて、たまたまそれが本になる機会にあった……
ジャンルが一本に絞られないのも、ただ書きたいものを書いているからなんじゃないだろうか?
「お兄ちゃん、どうしたんですか?」
「そうよ、いきなりボーっとして」
「……あ、いや。 椿さんの本……全部読んだら、なにか分かるかな、と」
「何かって……なんですか?」
「椿さんが、あんなに頑張る理由」
「そんなの、小説を書くのが好きだからに決まってるじゃない」
「……」
いつもなら由真のセリフと言うこともあって、そんな単純なわけがない、と言いそうな俺だが……
今回ばかりは、俺自身もそうじゃないかな、と思い始めていたこともあって、何も言わないでおいた。
「あ、そういえば居候。 今何冊目なの?」
「5冊目」
「丁度半分って事ね。 でももっと早く読めないの?」
「無茶言うなよ。 俺だってバイトで忙しいし、夜更かししてまで読んで次の日のバイトに差し触るとまずいだろう」
「……そうね、あんたがちゃーんと健康を保ってるから、今日もこうやってせ…椿さんの危機を救えたんだから」
「お兄ちゃんが風邪ひくのは考えづらいですけどね」
「ああ、それも言えてるわね」
大きなお世話だ。 万年健康優良児のどこが悪い!
「ああでも、読む時間が欲しいって言うなら丁度いいバイトがあるわよ?」
「何?」
「ずばり、雪かきよ!」
「雪かきだって?」
……そうか、そういえば年をまたいでからやたらと雪が激しく降り始めたからな……
ひめが言うには、これも力の暴走の一つだと言うし、穂波ちゃんの話だと今回は恨みとかじゃなくて、また別の力が働いている、といった感じの事を言っていた。
「……」
雪かき、と聞いたとたんにひめが少し複雑そうな顔をしているが、まぁ仕方ないだろう。
「……で、内容は?」
「午前が5時、8時、11時の3回、午後が14時、17時、20時の3回、で、真夜中の23時と2時の2回よ」
なるほど、確かに本を読んでいるくらいの時間の余裕はありそうだ。
気落ちしているひめには悪いが、この際手伝わせて貰うのもありかもしれない。
まぁ、1日あたり2冊……今日この一冊を読んでしまうとして、あと二日もあれば大丈夫だろう。
「……由真はやらないのか?」
「何言ってんのよ、椿さんが大変なこの時に、私が抜けたら休む暇が無いじゃない」
「ごもっとも」
ただでさえ倒れるほど頑張ってるんだ。
ここでバイトが全部抜けたら、大変な事になりかねない。


―で、話もてきとうにしたところでひめは帰宅し
夕方が来て

夜が来て
就業時間間際になり、階段を駆け下りてくる足音に振り返ると。

「店はっ!?」
必死の形相で店内へと現れる、椿さんの姿があった。
「あ、先生おはようございます!!」
「おはようございます。よく眠れましたか?」
顔色もよくなり、目の下のむくみも取れてる様子だ。
「ああ……久しぶりによくねた…… それで、なにかモンダイ起きなかった?」
とりあえず、ここからは日中何か無かったかの報告会。
……と言っても、べろべろになった鈴木先生が来たこととか、幾多のバイトの経験のおかげでレジ内はバッチリだったとか、特に変わった事もないので特に報告する事も無かったんだけど。
……まあ、いつもながら鈴木先生の所業はいつもどおりで片づけていいものかどうか迷うところではあるけれど。
「そうか、ふたりともお疲れさま。 今日は本当に助かったわ」
そう言って、椿さんは俺と由真に給料袋を手渡してくれた。
「いえ、ああいう時はお互い様です」
「ふっふっふっふっふ。 先生の直筆入りの給料袋!! 家宝にしちゃいますっ!!」
「そのセリフは聞きあきたって……」
「きゃぁぁぁぁっっ感激ぃぃっ!! 一万円札が入ってるぅぅっっ!!」
「な、なにぃ。 おおうこれはぁっ!!」

―所持金 0020000―

給料袋の中から現れたのは、さんぜんと輝く二人の諭吉さん!!
「いいんですかこんなにっ!?」
「ふたりがいなかったら、今日は店を閉めなきゃならなかったからね」
「この万札は、額に入れて飾ります!!」
「お願いだからやめてくれ」
……まぁ、どこまでいっても由真は由真と言うことか。







とりあえず帰宅し、例によってひめに給料を手渡した後は、予定通りに『琴姫みのり』著作の5冊目を読みきる事にした。
……とりあえず、明日から2日間は早朝から雪かきか……


―お賽銭 0000000―
―お賽銭 0164400―





 

 

1/5へ続く


 


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