―1月5日―
 

 






「ふわぁぁぁぁ……うぅ」
流石の俺といえども、朝五時からの重労働はきつかった。
とはいえ、現状やっておきたい事をやる時間を作るには、このくらいのことをこなさなければとても作れはしない。
……俺個人の事情としては、ここまでして早く読む必要など無いのだが……
いかんせん、椿さんのあの追いつめられようを見てしまった後だし、とりあえず何かせずにはいられない気分になる。
小説を書くなんて大それた事を手伝う事は出来ないが、早く読む事くらいはできる。
……まぁ、その後にどうつながるかまではさっぱりわからないが……椿さんには前向きに生きて欲しいし、なにか言葉をかけようにも、作家の事情まではわからない。
椿さんにとってのそんな世界の事を知ろうと思うなら、多分、この本を読むのが一番の近道のように思った。


公民館の図書室にはあんまりひとけがなかった。
まだ午前6時だからな、当然っちゃ当然か。 午前6時に開いてること自体、異常だし
窓際にどっかと腰を降ろすと、ナップザックから本を一冊取り出す。
鉄のカバーから引き抜いた文庫本の表紙には、『遠近街の殺人2 虚構探偵の失踪』と言う題名と、『琴姫みのり』という作者名。
琴姫みのりにしてはめずらしい、続きものだ。








「お兄ちゃん、調子はどうですか?」
「拓也、本を読むのもいいですが、ちゃんと労働してますか?」
お昼前の雪かきも無事に終了し、わかばちゃんに用意して貰った弁当をつついて食べ終わった後、しおりを挟んでおいた『遠近街の殺人2』を読み終わった丁度そのとき、ひょっこりとゆのはとひめのコンビが出現した。
……そういえば、最近飯の時以外この二人が揃ってるところってあんまり見なかった気がするな。
「ああ、おかげさまであと3冊だ。 雪かきもちゃんとやってるから心配するな」
「それはよかった。 ……と、言いたいところですが一つ聞きたい事があります」
急にぎろっと睨むような目に変わるゆのは。
相変わらず大した迫力もなく恐くないが……俺、何かやったか?
「この本、姉御が書いたものというのは本当ですか?」
……へ?
「……お兄ちゃんごめん、お姉ちゃんが読んでるのを見て、『あれ、椿さんの本?』ってぽろりと……」
……あー、そういえば俺がすでに読み終わったヤツを、ゆのはも家で読んでたんだったな……
それにしたってひめも意外と不注意な……
とはいえ
「俺よりむしろ椿さんに謝った方が……」
俺自身に被害が来るわけじゃないので、謝罪なら椿さんにした方が正解だろう。
「あ、あと……その場にわかばさんもいたので……仕方がないので、事情も話しておきましたが……」
「あー……」
都合が悪いというか、運が悪いというか。
まあ、わかばちゃんはあれでちゃんとするべきところはちゃんとしてるから、口止めしておけば問題ないだろう。
つまり、問題はゆのはだ。
「―話はひめから聞いたと思うが、他のヤツに言うなよ?」
「わかっています、私もそこまで鬼ではありません」
3年前を思い返すと、鬼と言うより鬼神だと思う。 金の。
「街にいる間、毎日アイス1本以上ということでかんべんしてあげましょう!」
……やっぱりゆのはは、どこまでいってもゆのはのようだった。



そして夜になって、7冊目、『うすゆきものがたり』を読み終える。
……ここまで読んで思う事は、やっぱり個人で書いてるとは思えない手広さって事だ。
コメディ、ミステリー、悲恋……これだけ色々やっているのに、どれも器用貧乏にならずにしっかりとした一つの世界ができあがっている。
小説を書く側の事はよくわからないが、多分それだけの才能があるか、それだけものを書く事に打ち込める気持ちがあるかだ。
……あと2冊、はじめは軽い気持ちで読み始めた本だったが、本格的に椿さんの想いというものを知りたくなってきた。



とりあえず、帰宅前に由真がいないタイミングを見計らって、ゆのはとわかばちゃんにバレた一件について椿さんに報告をする。
最初は疲れたような顔を見せられたが、アイス1本の件で承諾し、とりあえずは話はまとまってくれたようだった。
……これ以上気苦労をかけたくはないんだけど、まぁ仕方ないか。





―お賽銭 0179400―





―――――――――――――――――――――――――
1月6日






午前6時の公民館の図書室。 昨日と同じく、相変わらずの無人。
しかしこんな早くから一体だれが開けてるんだ?
そんな疑問を感じながら、昨日と同じ席にどっかと腰を下ろすと、木の椅子がぎぃとなり部屋中に響く。
「ふわぁぁぁ……ん」
まぁ、やっぱり午前5時からの重労働はきついわけで。
俺はあくびを噛み殺しつつ、ナップザックから8冊目の本をとりだした。
『カリブの熱風』、見るからに燃えそうなタイトルだ。


………………


「ふぅぅ……」
燃えた。
男なら心に冒険をだよなぁ。
「俺も赤毛に染めてみるか……」
「似合いませんからやめてください」
ふりかえると、これまたひめ。
相変わらず公民館のじいさんばあさん相手にお菓子をせびりまくってきた後のようだ。
昨日俺が雪かき頑張っていたという事もあって、その恩恵はひめのおやつに一直線に向かっているらしい。
思うところは色々あるが、なんかものすごく空しくなってくるのは気のせいか?
……もはやなにも言うまい。
「なぁ、最近ゆのはといっしょにいるところ見ないけど、どうかしたのか?」
とりあえず、そんな気分をを逸らすためにも気になっていた事を聞いてみる。
「昨日、一緒に来たじゃ無いですか」
すると、なんだか急に寂しそうな表情を見せてそんな事を言うものだから、なんだか焦ってしまう。
「あいや、そうじゃなくて……あんまりみないなーと」
「……気を使ってくれてるんだと思います」
「何?」
「あ、いえ。 ……雪かき、頑張ってください。 お賽銭もあと少しですから……」
おお、そういえばそろそろそのくらいになるのか。
今日で大体20万になるから、あと5万……一週間もあれば稼げる額だな。
「…………」
最後にまた、ひめが寂しそうな顔を見せたのは、気のせいだったのだろうか。



―所持金 0015000―




―夜。 伊藤家に戻った俺は、読みかけだった最後の一冊をナップザックから取り出し、しおりを挟んでおいたページを開いた。
『獏の棲む街』というタイトルのこの本は、今までと比べて特別分厚い短編集。
13の短編のどれにも獏が登場する、なかなか気が利いてオシャレな短編集だった。

…………

それにしても判らない。
こんなに楽しくて面白いモノを書いているのに、なぜ椿さんは悩んでいるんだろう?
椿さんの作品に登場する人物は、無理矢理とか棚ぼたでなく、彼らなりに最善を尽くして幸せになる。
精一杯生きていない人は誰もいない、都合のいいだけの超能力なんてものもない。
俺は、こんなヤツらとなら友達になりたいとも思った。
そりゃ、努力したって幸せになれない人は、この世にいっぱいいる。
それこそ、クワゥテモックみたいな英雄みたく。
でも、そんなのは現実だけで充分じゃないのか?

……椿さんは、何を思ってこんな風に小説を書いているのだろう。
最後のこの一冊を読めば、判るのかもしれない。
 


―所持金 0000000―
―お賽銭 0194400―





 

 

1/7へ続く


 


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