―1月7日―
 

 






「ふぅ……」
午前7時半。
ついでと言う事で雪かきを3日目まで引き受ける事にした俺は、早朝の一仕事を終えてゆのはな神社までクワゥテモックを走らせていた。
それは昨日の内に最後の一冊も読み終え、本を由真に返すためだ。
微妙に雪かきが長引いてしまったが、まぁ誤差の範囲内だろう。
さて由真は……あ、いた。
「あら居候。 遅かったわね」
「悪いな、雪かきがすこし長引いちまった。 で、はい、これ」
俺は琴姫みのり著作の本を取り出し、由真に手渡した。
……まぁ、ゆのはが読みかけてたヤツを昨日の内に読み終わらせるのは苦労したが……
事が落ちついたら、あいつが読みそこねたやつを買ってやってもいいかもしれない。
「で、読んでどう思った?」
ひととおり中身を確認して特に問題ないと認識すると、どこか楽しそうな表情でそう聞いてくる由真。
俺の感想は、ごくシンプルだった。
「面白かった」
「うんうん。そうよね」
『琴姫みのり』の書く小説は、ジャンルとかに縛られず、書きたい物を書きたいように書いてるのがよく分かり、9冊すべてに生き生きとした世界が描かれている。
椿さんは、単純に小説を書く事がなによりも好きなんだ。
だから、これからも書きたいものだけを書き続けて欲しい……
……それに気付いてしまえば、結局、椿さんの悩みというのは、他愛の無いもののような感じさえしてしまう。
「アンタのことはいけすかないけど、それがわかるんなら、まぁ悪いヤツじゃないわね」
「って、まだそれを言うかお前は」
「今更アンタへの態度変えられないわよ。 出会いが悪かったとあきらめなさい」
出会いっつーかなんつーか……一方的に押し付けられた濡れ衣まみれだった気がするんだが。
ま、確かに今更急に優しくされても気持ち悪いというか、違和感ありまくりだろう。
「……で、アンタこれからどうするわけ? 椿さんに興味持ったから読んだんでしょ?」
「……そうだな、椿さんに直接感想を言ってみようと思う。 スランプの理由、なんとなく分かった気がするから」
「…………」
む、由真の顔がなんだか急に不機嫌そうに変わったぞ。
やはり俺が口出しするのはイヤだと言うことなのか?
「はぁ、居候なんかの一言でどうにかなるなら、とっくにどうにかなってるわよ」
かと思ったら、呆れたように笑い出す由真。
確かにそうかもしれないが、気付いてしまった以上、この俺がなにもせずにいられるわけないじゃないか。
「まぁいいわ、それならアタシも同伴させて貰うわよ。 アタシだって、ファンレターなんかじゃ足りないくらい、いっぱい感想があるんだから」
……普段のバイトで散々聞かされてそうなイメージがあるんだが……
というか、発覚したときにもあんだけわめき散らしておいてまだ言いたい事があるのかコイツは。
「別にいいけど、俺が話してる時は口を挟まないでくれるか? 俺も口挟まないから」
一応、言うほどじゃなくても真剣な話になる。
そのくらいは、約束を取り付けておいてもいいだろう。






「せんせ――じゃなくて椿さん、、おはようございます!!」
「椿さん、おはようございます――って、ひめ、なにしてるんだ?」
そんなわけで、由真を引き連れて開店前の高尾酒店へ。
と、言っても時間的に開店準備もほぼ終えて、あとは時間を待つだけの状態のようだが。
……なぜか、店の中にひめが立っていた。
「いえ、一応私も椿さんの事情を知ってますから、立会いくらいは……と」
どうやら俺の行動は、この神様にはお見通しだったらしい。
まぁ断る理由も無いし、ひめなら特に口を挟んでもこないだろう。
「で、椿さんは?」
「拓也、まゆ……それにひめ?。 まだ開店時間にゃ早いぞ」
丁度店内を見回したところで、眠そうな顔をした椿さんが奥から現れた。
こないだ倒れた時ほどじゃないが、また無理をしてそうで余計に心配が募る。
「ああいえ、営業時間中じゃちょっと都合が悪いので」
「居候が椿さんの小説の感想を言いたいそうなので」
「私の小説? 拓也、お前読んだコト無いって」
そういえば、読み始めたことを椿さんには話していなかった気がする。
ゆのはとわかばちゃんにバレたコトを言うときも、ひめの口が滑ったとだけ言って、俺が本を読んでるとは言ってなかったし。
「由真に全部借りて、一週間かけて読ませて貰いました。 最初はなんとなく興味が湧いただけだったんですけど、途中から椿さんが何に苦しんでるのとか、そういうのも知りたくなって……」
「…………そうか、随分心配かけちまったみたいだね」
ははは、と申し訳なさそうに笑いながら、椿さんはそんなことを口にした。
由真も何か言いそうになった様子だったが、一応俺との約束を守って口は出さないでくれているらしい。
まぁ、そのへんは律儀にしてくれるだろうって感じはしていたけど。
「全部、凄く面白かったです!!」


そう、椿さんの小説は、どれもが読み終わってしまうのがさびしいと思うくらい、面白いものの目白押しだった。
いろんなジャンルがあるからといって器用貧乏に終わるのではなく、どれもこれも読み手を惹きつける楽しさ、面白さがあって、それだけ椿さん自身が書きたくて書いている、というものがしっかりと感じ取れた。
……そこまで言うと、椿さんはハッピーエンドしか書けないなどと言い出したけれど、それが悪いなんて俺は全然思わない。
一生懸命精一杯のコトをして、最後に幸せを掴む。 無理矢理不幸にする方がおかしいってものだ。
俺は小説のことは全然分からないけれど、読んで思ったことを口にするくらいならできる。
だから俺は、素直に言いたいコトをすべて言うことに決めていた

「……椿さんは、小説を書く事が好きなんですよ。 きっと、高畑あかねさんが現れた瞬間から……いや、もっとずっと前から」
「…………私が、小説を書くことが好きだって……?」
ここまでほとんど口を挟まずに聞いていた椿さんが、ようやくはっきりした声でそう一言口にしてくれた。
……けど、まだ一息足りないって感じもする。
もう一歩踏み込めば、きっと立ち直れるはずなのに……
「椿さ」
「椿さん、そうですよ!! 椿さん自身が小説を書くのが大好きだから、私達読者は『琴姫みのり』先生の小説を愛してるんです!!」
俺が言おうとしたところを、由真が割り込むようにして話に入りこんできた。
……約束が違うが……まぁ、俺が最低限言いたい事は言えたし、あとは由真に任せてもいいかもしれない。
「由真……」
「小説を書くのが好きじゃなかったら、あんな素敵な本を書けるはずがありません。
だって、椿さんの小説は、『書かなきゃ』って無理矢理書いたんじゃない、『書きたい』から書いたんだって、私にもわかるんですから」
「………………」
ここにきて、椿さんはまた俯くようにして黙りこんでしまった。
きっと、小説を書いている側には読んでいるだけの俺達には想像もつかない苦悩もあるんだろう。
けれど俺達がいま言葉にしたのは、読み手としての素直な気持ちだ。
これ以上は何も言えないけれど、元気になってくれれば、と切に願う。
「……はは、読者にそう言われるまで気付けないなんて、私もダメな小説家だな」
「椿さん……」
「そう……私が書いてきたのは全部、私がこうなったらいいな、とか考えて、書きたくなったから書いてきたんだ。
そんな私が、書かなきゃって責任感だけで書けるはずが無いんだ……私は書きたいものしか、書けないんだから」
「そうですよ、私だって無理矢理書いたような小説だったら、いくら琴姫みのり先生の小説でも感動したりできません!」
きっと、言葉と一緒に浮かべた嘲笑は、不甲斐ない自分に対してのものだろう。
けれど、自分で小説を書く事への気持ちを気付いてくれたなら、椿さんならきっとスランプも抜ける事が出来る。
まぁ、由真みたいに応援してくれるヤツが近くにいるってだけでも、けっこう支えになると思うし。
「……お兄ちゃんにしては、少しはいいことを言いましたね」
「ま、俺にできることなんてこの程度だけどな」
あとは、椿さん自身の問題だ。 と言っても、この様子なら大丈夫だろう。
……けど、ここまで話すと一つ気になる事もある。
「そういえば椿さん、今書きたい話ってあるんですか?」
正直、あんましいい質問とは言えないと思うけれど……とりあえず、それだけは確認しておきたかった。
たぶん、これから椿さんがどうなっていくかが関わってくるだろうから。
「ちょっと居候、そんな事聞くもんじゃないわよ」
「いや、いいよ。 ……一応、あることはあるからね」
「え!? ほ、本当ですか!! こんなところで次回作の構想を聞く事ができるなんて! ああ、でも先に聞いちゃったら読む時の楽しみが半減してしまうかも……」
……人には注意しといて結局それかい。
別にまだ教えてくれるとも言って無いのに。
「……いや、由真も拓也も……みんな見たことある話だよ」
「え?」
「……『ゆのはな』さ。 わかばが描いた、あの絵本。 ずーっと前から、あの絵本を小説にしたいって考えてた」
「……あ……」
真っ白な装丁の、わかばちゃんが描いた絵本……神様とであった旅人が、神様と一緒に街を救う物語。
きっと、かつての俺達の事がどこかでわかばちゃんにのこっていて、それが形となったもの。
そういえば、椿さんも随分とあの本は気にいっている様子だった気がする。
「そうなんですか!? ああ、さすがわかば、あの琴姫みのり先生を唸らせる絵本を描くなんて、さすがだわー。 はっ、もしかしてこれはわかばと琴姫みのり先生の合作ということになるの!?
そうよ、琴姫みのり先生の文章に、わかばの描いた挿絵! 最高よ、これなら世界の誰もが認める最高の本が完成するわ!!」
……例によってトランスに突入した由真は放っておいて……
「……でしたら、書けないんですか? わかばちゃんなら、喜んで”いいですよ〜”って言いそうな気がしますけど」
「……そうだろうね。 でもなんか、それってわかばに悪い気がしてさ」
「へえ?」
「あの本、わかば自身にも思い入れがあるみたいだし……いくら書きたいって言っても、わかばがつくった物語に乗っかって、私が世間に出しちゃったら……って思うとね」
と、苦笑いを浮かべながら答える椿さん。
描いた本人に許可を得て書くのだから、盗作とかそういうのとは違うだろう。
……わかばちゃんならたしかに『いい』と言ってくれそうだが、確かに気持ちに多少はあるかもしれない。
でも、この二人なら協力しあって書いてくれるような気もする。
「私は、椿ちゃんの書いた『ゆのはな』読んでみたいな」
「……えっ!? わかば、なんでここに……」
聞こえた声にその場にいた全員が振り返ると、なぜかそこにはわかばちゃんが立っていた。





 

 

1/7(後半)へ続く


 


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