1月7日(後編)






「私が呼んできました」
そう言いながらわかばちゃんの後ろから出てくるひめ。
……って、さっきまで俺の横にいたのに、いつの間に……
「椿さんがあの絵本の名前を出した時点で、そういう話になるだろうなと思いましたから」
うーむ、素早いというか気が回るというか……
しかし、そこまでやるくらいならちゃんと心の準備というものまで考えてから行動して欲しい。
俺は別に構わないと思うけど、椿さん自身がどうかという問題なわけだし……
「わかば……でも、あの絵本はわかばも大事にしてるものだろ? 私なんかが、勝手に書き直しちゃったら……」
「そんなことないよー。 私も、由真に椿ちゃんの小説読ませて貰ったけど、みんな素敵で楽しかったから。
椿ちゃんなら、もっと素敵なお話にして書いてくれると思ってるよー」
わかばちゃんがその言葉を口にした時の表情は、あくまでいつもどおりの屈託の無いスマイル。
実際、わかばちゃんはこんな局面で冗談やウソをいうような性格じゃないし、本当に思った事を素直に答えているのだろう。
「それに、椿ちゃん最近元気なかったから……やってみたいって思う事があったら、思いきってやってみてほしいんだよ」
「わかば……」
すこし考え込むように、椿さんは顔を伏せる。
ここまでくると、プライドとかそんなんじゃなくて、椿さんの覚悟の問題。
……これ以上は、俺達から言う事は無いだろう。
「………………ああ、わかった」
ふと、微笑むような顔を上げて、椿さんが声を出した。
「わかばの『ゆのはな』、琴姫みのりが、確かに預かったよ」
「はい、がんばってくださーい」
「まゆも拓也も、迷惑かけて悪かったな」
「いえ、そ」
「そんな!! 私なんかが先生の御役に立てるのですから、迷惑だなんてとんでもないですよ!!」
俺のセリフは、由真に盛大に奪われてしまっていた。
……まぁ、こまかく言わずとも椿さんなら俺の気持ちも察してくれているだろう。
ともかく、これでスランプを脱してくれるなら万々歳だ。
「さて、と……それじゃあ椿さん。 俺、雪かきのバイトもうすぐなんでそろそろ……」
そう考えた俺は、これ以上言うことは無いとこの場を立ち去ろうとしたのだが……
「待った。 拓也、今日空いた時間さ、ゆのはとひめもつれて私のとこに来てくれないか?」
突然声をかけられて、また足を止めることになった。
「え? ……それはいいですけど、何か?」
「取材だよ。 あの絵本には、『旅人』がいるだろ? せっかくだから、拓也達の話もすこしくらいは参考になるかなって」
「ああ、なるほど。 俺なんかの体験でよければいくらでも」
「ええええええ!!!!? せ……椿さん!! 居候なんかの体験談なんか小説にしたら、絶対にろくな事になりませんよ!!」
「言うに事欠いてそんなんばかりかお前は」
「なによ、事実でしょ?」
確かに人様に大威張りで自慢できるような人生でもないかもしれないが、俺なりに一生懸命生きてきた人生だ。
そこまで頭から否定されては、文句の一つも言いたくなるじゃないか。
「まぁ二人とも落ち着け。取材って言っても、話の舞台は町の中だし、旅の話なんて参考程度に収まっちまうよ」
「はあ、まぁそうなりますね」
確かに、主題をほっぽり出して主人公の旅話を中心にするのはどうかと思う。
「でも拓也みたいなヤツならけっこう色々なところ回ってそうだし……主人公の味付けには、そのくらいが丁度いいと思うんだ」
「……そうですか……椿さんがそう言うなら……」
結局、椿さんかわかばちゃんの言葉で収まるんだなぁコイツは。
扱いやすいといえば扱いやすいかもしれないが、やはり俺が相手をするのは難しい相手だ。
「それじゃ、そういうわけだから、空いた時間にでも顔出してくれ」
「わかりました。 それじゃ、雪かきの合間にでも来ますよ」
「ああ、待ってるよ」





結果的にうまく話がまとまってくれたから、ゆのはとわかばちゃんに『琴姫みのり』のことがバレていてよかったのかもしれない。
あの後、俺が担当の時間の雪かきが終わるごとに椿さんの下へと顔を出し、ゆのはとひめも交えて、椿さんの『取材』を受けることになった。
……その間高尾酒店の接客がお留守になるために、当然の如く由真が店番に駆りだされていて、かなり悔しそうな気配をひしひし感じたが、そのあたりは気にしていたらキリがない。
とにかく、椿さんがスランプを脱したというならこれほど嬉しいこともないのだから。




―お賽銭 0209400―




ひととおりやることを終えた後は、いつものように家に帰ってひめに給料を徴収されて、あとは晩飯食べて布団を敷いて床につく。
それで今日も俺の活動は終わるはずだったが、少し喉が渇いて水を貰いに廊下を歩いている時……
「ん?」
もう誰もいないはずの居間に明かりが灯り、その中で誰かが何かをしている様子だった。
ゆのはとひめは寝ているし、みつ枝さんはさっき部屋を出る時にすれ違った……と言うことは……
「わかばちゃん?」
「あ、拓也さん。 どうしたんですか?」
障子の向こうから聞きなれた声が帰ってきた。
俺はがらりと障子を開けて、その向こうにいたわかばちゃんにかるく返事をする。
「部屋に戻ったんじゃなかったの?」
「はいー。 そうなんですけど、なんだか落ち着かなくて……」
そう言いながらテーブルの上に広げているのは、例によって描きかけの絵本。
あいかわらず、クレヨンは手に持っていても続きが白紙のままのようだけど……
「……わかばちゃんってさ、絵本を描くのが好きなの?」
「好きじゃないと、趣味って言えませんよー」
まぁ、それはもっともな話だ。
「だったらさ、その……椿さんみたいに、ちゃんと描いてみたいとか思ったことないの?」
「そんな、わたしなんか趣味で描いてるだけですし、椿ちゃんみたいに書くなんて無理ですよー」
「いや、椿さんだって、半分趣味で書いてるようなもんだって言ってたし、わかばちゃんなら、専門学校とかでちょっと勉強したら、いい絵本作家になれると思うけどな」
「……うーん……」
……どうにも、わかばちゃんはこんなふうにちゃんと勉強してみたら? みたいな事を聞くとこうやって黙り込む。
わかばちゃん自身が、以前『自分は一生番台に立ってると思う』といったニュアンスのコトを言っていたけど……
「……専門の学校に行くって事は、やっぱり、どこかに下宿しないといけませんよね」
「え? ……まぁ、そうなるかな……」
……なんだか、始めて話が一歩先に進んでくれた気がする。
今まで、なんだかうまく話をはぐらかされていたような気もしていたから、こうやって違う受け答えをしてくれたことに、俺は正直驚いていた。
「正直に言うと……『ゆのはな』を描いた後からだったかな。 私も東京とかに出て、ちゃんと絵本のこと勉強したいって……少し、思ってたんです」
「……じゃあ、なんで?」
「……だって、私がこの家から……華の湯からいなくなっちゃったら、おばあちゃんが……」
「……あ……」
……そうか、この華の湯は、わかばちゃんとみつ枝さんの二人だけで切り盛りしていたんだった。
そういえばわかばちゃんの両親の話も聞かないし、聞いた話と言えばお亡くなりになってしまったっていう祖父のマイクさんくらいなものだ。
「……お祖母ちゃんは、きっとわたしの事止めないと思う。 ママとパパの時も、止めなかったから」
「……え? ママとパパって……わかばちゃんの?」
「うん。 そーだよー」
って、生きてたのか! 話題にすら出てこないから、比喩的に遠くへ行ったのかと思ってたぜ。
「パパは写真家で、ママはそこに文章をつけてるよ。 二人とも全然ゆーめいじゃないけどね」
なるほど、確かに一箇所に留まっていられるような職業じゃないし、それなら全く現れないのも頷ける。
……まぁ、たぶん手紙とか電話くらいは来てるんだろうけど、確かに全く戻ってこないっていうのは、わかばちゃんにとって複雑な現実なんだろうなぁ……
「ねぇ拓也さん。 ホントウはどうなんだろう。 お祖母ちゃん、とめたいとは思わなかったのかな?」
「そうだねー、その時も、色々思う事はあったけどねー」
「わっ!? み、みつ枝さん……」
この人ホントに気配が無いよ!!?
……ま、まぁさっき廊下ですれ違ったくらいだし、別にこの場にいてもおかしくは無いのか……
「お祖母ちゃん……」
わかばちゃんは、どこか不安そうな表情で、みつ枝さんの言葉を待っているかのようだった。
……ただ、どこかに聞きたくないような気配も滲ませているようだけど……
「なんて言ったらいいんだろうねー。 ああ、そういう時期が来たかい、って……そんな感じだったねー」
「時期が来たって……。 どういう意味です?」
「うちの家系の血なのかね……このうちの女は、みんな冒険したがりなのさー」
「……冒険? ママとパパみたいに、いろんなところへ行ったり…?」
「冒険って言うのはねー。ジャングルとか秘境とか、そういう処へ行くコトだけじゃないんだよー。
自分を身も知らぬ状況に、ほうりこんでみるコトも冒険さー」
……なんだか、みつ枝さんからこんなセリフが聞けるっていうのは、あんまり予想して無かっただけに驚きだった。
わかばちゃんも、俺と同じことを考えているのだろう。 少し驚いたような顔をみせていた。
「わたしの冒険は、お祖父ちゃんと出会ったコトで始まった全てだねー」
「…………」
「わかばも、そんなに考えることもないよー」
「……でも……やっぱりわたし決められないよ。 ママもパパも、冒険にでかけたっていっても……」
「……そうだねぇ。 それじゃあ、ゆっくりと考えてみてもいいかもしれないねー。 でもねわかば、これだけは覚えておいで」
「なに?」
「どんなに遠く離れても、私らはどうしようもない冒険好きの血で繋がった冒険仲間なのさー。
だから、どんなに離れていても一人じゃないんだよー。 家族って言うのは、そういうものじゃないかい?」
「…………」
「さて、そろそろ寝るとしようかね」
みつ枝さんはそこまで言って、よいしょ、と立ち上がると、いつもとかわらない調子で今の外へと出て行ってしまった。
……どうしようもない冒険好きの血で繋がった家族、か。
わかばちゃんの、急に勉強してみたいって思いはじめたのも、その血が成せる業なんだろうか?
「……あのさわかばちゃん。 やっぱり、今日の椿さんのこととか、気になってたの?」
「…え? なんでですか?」
「いや……なんか、なんで迷ってるのかちゃんと話してくれたのって、今日が始めてだった気がして……」
今まで、なんだかんだと言ってはっきりした答えは帰ってきてなかったしね。
まあ、わかばちゃん自身、自分の事がよくわかってなかったのかもしれないけど……
「……そうですね…… なんだか、今日の椿ちゃんを見てたら、私も……って思い始めちゃって」
「……みつ枝さんの話聞いて、何か分かった?」
「ううん。 ……まだ、よくわかりません」
……そうだろうな。 いままでずっと抱えてきたものを、そんな簡単に割り切るコトなんてできないだろう。
でも、今のみつ枝さんの言葉で、確実に一歩くらいは進んでくれたと思う。
あとは、わかばちゃん自身の問題になるだろうから、あえて俺が口出しすることもないだろう。
……だから、俺はただ一言、こう言った。

「くりごはんも、わかばちゃんと同じ気持ちだったかもね」


 

 

1/8へ続く


 


戻る

 

 

 

 

 

 

 

SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送