―1月8日―
 

 






今日はゆのはな町恒例の卓球大会!!
そしてやっぱりおれは早朝から狩り出されて会場設営のバイトをやらされた!
まぁ金は必要なのは確かだからありがたいのはありがたいのだが、この後選手として有無を言わせず登録されているのはなんとも言えない理不尽さを感じてしまう。
まぁ、そんな愚痴っていても始まらないのが現実なわけで、俺は準備後の休憩もそこそこに、早速卓球台の前に立たされていた。
「小僧!! 敗北の味を教えてやるぜ」
「椿さん、キャラが違うんですが」
「あ、今のしぶぞうの口癖だから気にしないで」
俺の一回戦のお相手は、だれもが御存知の高尾椿嬢。
心配事が消えた昨日はちゃんとよく寝たのか、なにやら調子も絶好調らしい。
まぁそれはなによりなんだけど、絶好調なだけに卓球の相手としては強敵この上ない。
「まあいいです、椿さんの調子も戻った見たいですし、相手にとって不足は無い!」
とはいえ、調子が戻ったのは喜ばしいことだ。
今の俺にできるのは、正面から全力でぶつかっていくことのみ!!
「ま、1ゲームくらいはとってみせなよ」
ふっふっふ、と不敵な笑みを浮かべる椿さん。
「らぶ・おーる」
すぐ横から審判を勤める榛名さんの声が聞こえ、戦いの火蓋は切って落とされた!


…………


「とどめっ!!」
「くぬぅっ……ああっっ」
「らぶ・いれぶん!! 高尾椿選手が4ゲーム連取で勝利でぇす」
すぐ横を見事なまでにボールがすり抜けていくと、榛名さんが高らかに椿さんの勝利を宣言した。
……俺は4ゲーム連取された上に、4ゲーム中で11ポイントしか取れなかった。
やはり、最初の俺の目算通り、椿さんはいつになく絶好調らしい。
「はっはっはっは。 小僧、敗北の味は苦いかぁっ!?」
「ま、参りました……」
くそぅ、やはりたまたま立ち寄った旅館で温泉卓球を何度かやった事ある程度では敵わないのか……
ゆのはが相手なら余裕で勝てるんだが、やはり椿さんは俺とはレベルが違う。
「ま、今日調子がいいのもあんたらのおかげだよ。 いろいろ頭の中もスッキリしたし、あっちの方もなんとかなりそうだ」
「そ、そうですか。 それ聞いて安心しました」
高笑いから少し照れくさそうな笑みに変わり、そんな事を口にする椿さん。
卓球の敗北は悔しいが、今は素直に椿さんの行く先を応援したい気持ちが俺の胸の中に湧きおこっていた。
―俺も影ながら応援してるから、椿さんは小説がんばってくれよ!―
……まぁ、こんなトコロで口に出して応援するわけにはいかないけどね。






「草津さん、おつかれさまなのです」
一回戦で早々に負けてしまった俺に、ほなみちゃんが話かけにきてくれた。
ゆのはとひめは、示し合わしたように同じ台で一回戦から鉢合わせていたらしく、地味にラリー続いているらしい。
まぁ、現状ゆのはの方が一歩リードしているようだが。
「ああ、穂波ちゃん。 ありがとう」
「椿さんの調子が戻ってなによりなのです。 スランプは脱出できたのですか?」
そういえば、穂波ちゃんも椿さんの秘密を知る一人だった。
俺や由真と違って、自分でその結論に達していたみたいだけど。
「ああ。 あの顔見るとそうみたいだな」
長年の悩みが解消したからか、今の椿さんは出会ったあの時よりも清々しく輝いて見える。
……そういえば、穂波ちゃんにとっては近いウチに『姉』になる人なんだよな。
単純に仲もいいみたいだし、やっぱり心配していたんだろうか。
「……でも、こんどはお姉ちゃんが調子悪そうなのです」
「ああ、わかばちゃんか……」
多分、昨日のみつ枝さんの言葉を考えてるんだろうな。
普段からどこかぽやーっとしたイメージを持ってしまうわかばちゃんだけど、おなじぼーっとしてるのでも、今日はどことなくいつもと違う感じだ。
「うーん、これ俺が言っていいのかどうかわからないけど……」
「何か知っているのですか?」
「この町を離れて、絵本の専門学校に行こうか迷ってるらしい」
加えて言えば、みつ枝さんを一人置いていくことになるということを危惧しているんだろうけど。
でも、みつ枝さん本人は昨日の話通りに、”そういう時期が来たんだね〜”と言って気持ちよく見送ってくれるのだろう。
「まぁ、冒険の第一歩ってのは、誰にとっても恐いものなんだろうな」
「……冒険?」
「ああ、見も知りもしない状況に自分を放り出すっていう冒険だ」
わかばちゃんは、きっと隣町の学校くらいしか、このゆのはな町から外に出る機会はなかったんだ。
そんな未知の世界に足を踏み入れるのは、いくらわかばちゃんでも恐れみたいなものはあるはず。
……俺でも、初めてどこかに旅にでるって時には、期待といっしょにちょっと恐かったくらいだしな。
「……それならきっと、お姉ちゃんは大丈夫なのです。 お姉ちゃんは、ぽーっとしているみたいですけど、間違ったり、後悔するような選択は絶対にしませんから」
「ああ、それはよくわかる」
わかばちゃんは、わかばちゃんなりにしっかりと考えて、ちゃんと先を見据えている。
ぱっと見じゃわからないかもしれないが、それはきっと他の人よりもしっかりとしたものだろう。
「……穂波ちゃん、わかばちゃんがいなくなったら、華の湯はみつ枝さんだけ残される事になるよね……?」
わかばちゃんにとって一番大きい問題は、どちらかといえばこっちなのかもしれない。
その懸念が、わかばちゃんの決心に迷いを作っている。
……そんな感じがする。
「そう思いますか?」
「いや……今でも、わかばちゃんとみつ枝さんだけできりもりしてるわけだし……」
実際、店の準備やそういうのは俺がバイトに入らなければ、二人だけでやってることになる。
「……確かにそうかもしれません。 けれど、華の湯には渋蔵さんや椿さん、それに私達のようにお客さんもいっぱいいるのです」
「お客さんが?」
「おねえちゃんが気にしているのは、きっと人数や身体的労力という物理的な数字ではないのです」
「…………」
「自分がいなくなる事で、寂しくないのか……ただ、それだけだと思うのです。」
……確かに、昨日わかばちゃん自信が切り出した話では、なによりも先にみつ枝さんのことを口に出していた。
そして、そんな自分が思う行動を自分の両親に重ね合わせて、迷いが生まれた。
「みつ枝さんは大丈夫なのです。 たくさんのお客さん達に囲まれながら、お姉ちゃんが笑顔で帰ってこれる華の湯を守ってくれるのです」
「……そうか……そうだな」
「なんて、草津さんよりも、お姉ちゃんに言うべきでしたね。 後で、私からお話してみるのです」
そうだ、なにも若葉ちゃんに懸念する必要なんてない。
わかばちゃんがどこにいたって、どんなにはなれていたって、わかばちゃんの両親もみつ枝さんも、ちゃんと家族という絆で繋がっているんだ。
それになによりも、みつ枝さんもわかばちゃんに思いっきり夢を追いかけて欲しいと思ってるかもしれない。
「ああ、頼むよ。 やっぱり、こういう話は同じ町の人間が言うべきだな」
「はい、頼まれたのです」
穂波ちゃんはそう答えると、にこっと微笑んでくれた。
「……あ、そういえばひめちゃんの事なんですけど」
……かと思ったら、思い出したように表情が元に戻っていた。
まぁ、それでもいつも通りのものなんだけど。
「また霊感?」
穂波ちゃんの霊感パラメーター=ひめの状態という図式は既に俺の中で確立されつつあるようだった。
「いえ……卓球大会が終わったら、神社の方に来て、と伝えて欲しいと頼まれたのです」
「神社に? まぁ別に構わんが……なんでまた」
「…………さあ、そこまでは聞いていないのでなんとも……」
「わかった。 神社だな」
「はい、確かに伝えたのです」
穂波ちゃんは最後にそう言うと、スタスタと会場の奥の方へと行ってしまった。
そういえば、穂波ちゃんって大会には参加してないんだな。
まぁ、こういうのは苦手そうな感じだし仕方ないのか。
……そういえば、なんか最後に表情を曇らせたようにも感じたが……気のせいか?



「…………きっと、最後だから……だと思うのです」









そういうわけで、由真が打ったボールがガラス割ったり壁にめり込んだりしたが卓球大会も滞り無く終了し、俺は撤収作業まで手伝ってバイト代を受け取る。

―所持金 0005000―

後は一応ゆのはに神社に寄って帰ると伝えようと思ったが、ひめが既に言っていたらしく、さっさと行けと言われてしまった。
……一瞬、なんだか寂しそうな顔を見せた気もするが、やっぱり気のせいだろうか?
さっきの穂波ちゃんといい、なにかあるのだろうか。
「ふー、さすがに正月過ぎちまえば人もいないな」
年末年始と出店や初詣の参拝客でにぎわっていたゆのはな神社も、8日にもなってしまえばこのとおり。
夕方と言う事もあるだろうけど、ものの見事に人一人見かける事が出来なかった。
「……って、ひめもいないのかよ!?」
……そう、誰もいないということは、見渡す限りの景色の中に、肝心のひめの姿も見る事が出来なかった。
うーむ、もしかして俺、からかわれたのか?

……〜〜♪

「ん?」
などとがっくり沈みそうになった俺の耳に、ハーモニカの音が入りこんできた。
決して上手とは言えないしどろもどろな音色が、頭の上から振ってくるように聞こえてくる。
…………って、頭の上?
「……ひめ?」
ふと見上げた先には、鳥居。
そしてその上には、一人であの時のハーモニカを吹くひめの姿があった。
「ひめっ、そんなとこでなにしてんだ!」
と呼びかけてみると、ハーモニカから口を離し、俺の方を見下ろしてきた。
「拓也。 ……今引き上げるので、そこでジッとしててください」
「引き上げって……」
「浮揚!」
「おわあっ!?」
心の準備をする暇もなく、俺の身体は一直線に鳥居の上まで引っ張り上げられた。
まぁ、しつこいようだが何度か経験しているんでそこまで慌てるほどのものでもないんだけど。


「今日はおつかれさまでした」
俺が隣に座ったのを確認すると、いつも通りのぎこちない笑顔でそう口にしてくれるひめ。
こういう素直なねぎらいは、結構それだけで気分的に疲れが消えたりするから、有り難い。
「まぁ、金稼ぐのは俺の役目だしな」
今更卓球台の片づけくらいでそこまでばてることはないし。
「それより、いきなり呼び出してどうしたんだ? 話があるなら別に家でも……」
「家じゃ、ゆのはやわかばさん達もいるじゃないですか」
「……なにか話にくいことでもあるのか?」
「……はぁ……」
と俺が言うと、なぜか呆れたような顔でおもいっきり溜息をつかれた。
俺なんか変な事言ったか?
「……デートですよ。 使えるお金は無いので、ここで二人でぼーっとするだけですが」
「で、デートって……」
「いずれにしても、あと一週間もすれば……私は還る事になります。 その前に……と」
「……ああ、そうか……」
俺がお金を集めたら、ひめは祠に還らなければならないんだった。
たしか、残りはもう5万円も無かったはずだし、確かに一週間くらいでその時は来るだろう。
……それに、還ってしまえばひめの存在は皆の記憶の奥に埋もれてしまう。
自分の中にくらい、なにか思い出が欲しいと思っても仕方ないのか。
「しかし、そんな重要な相手に選んで貰えるとは、光栄だな、神様?」
「……馬鹿ですね、拓也以外に誘える人がいますか?」
「まあ、それもそうか」
などと冗談めかして話しこみながら、俺とひめは鳥居の上からゆのはな町を見下ろしていた。
夕日で赤く染まる町並みは、雪の反射光もあいまってものすごくきれいな景色に感じられる。
……こんな絶景ポイント、空を飛べるひめくらいしか見つけられないだろうな……




「……そういえば、前に私が言ったことを覚えていますか?」
そのまま少しの間二人でぼーっとしていたら、ふとひめがそんな事を口にした。
前に……と言っても、言われた事だけなら色々と心当たりがあってどれのことだか分からない。
「私は、『姫』でなくてはならないということです」
「……ああ、そういえばそんな事も言ってたな……」
確か、その時もこの場所で話しこんでいた気がする。
『姫』でいることが、自分が今ここにいる理由だ、と。
「拓也は、依姫伝説は御存知ですよね」
「ん、ああ。 ゆのは姫が死んだ1000年後、ゆのは姫の身代わりになるっていう……」
……ん、ゆのは『姫』に、依『姫』……?
姫……ひめが、『姫』でなければならない理由……?
「……あの伝説は、神社の建造と共に当時の宇奈月がつくりあげた虚構のものでした」
それは、すでに穂波ちゃんから聞かされている。
ただ、穂波ちゃんの見解では、もしかしたら依姫の存在だけは本当のことだったんじゃないか、ということを言っていた。
……それが、宇奈月の血を引く者ではなかったというだけで、既に、依姫という存在はゆのはと成り代わっていると……
「まさか……ひめが……?」
そうだ、ひめは、ゆのはが人間に戻ったその時に、ゆのはに代わって祟り神から、守り神になったんだ。
へんな言いかたをすれば、二重人格の片方がもう片方の位置になったようなものだから、どちらも『ゆのは姫』にはかわりないんだが……
「後悔はしていません。 こうなったおかげで、『私』は失ったはずの生を取り戻し、拓也と結ばれた。 ……依姫である私は、ゆのはを祟りから解放するために存在しているのですから」
「…………」
「いずれにしても、もう私に心残りは在りません。 忘れられるかもしれないという懸念も、椿さんが私の事を小説にしてくれると言うので、『私』という存在は、本というカタチで皆の記憶の中に残る事が出来ます」
「……ひめ……」
「……そんな顔しないでください。 私は、いずれは在るべき場に還る……人の世には、いないはずの存在なのです」
そういうひめの顔は、悲しみも憂いも感じさせない、いつも通りのもので……
俺の目には、その表情はむしろ悲しげなものへと映っていた。


「……あと一週間、ちゃんとお金かせいでくださいね」







―お賽銭 0000000―
―お賽銭 0214400―





 

 

1/…?へ続く


 


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