―12月17日― (後編)
 


「わごふっ!?」
その瞬間、俺の背中に強烈な衝撃が走った!
わりと何度も食らっているからわかるぜ、こいつはゆのはパンチだ!
「和護符?」
「なんでもないです気にしないでください!」
なんかゆのはがあわててごまかそうとしている。なんでだ、せっかく知り合いに会えたというのに…
「何を口走ってますか拓也。前に言ったでしょう、拓也は私と深く結びついてしまったためにあのときの出来事はすべてが神の力の範囲になってしまい、この町の人達は拓也の存在も含めてすべて忘れてしまってるって」
おお、そういえばそんな事を言っていた気もするな。
うーむ、これはうかつだった。ここで名前を口にしようものなら初対面で名前を当ててしまうエスパーさん扱いされてしまう。 しかもこの子なら簡単にそういう事を信じそうで怖い。
「…」
ん? なんかいまゆのはがゆのは姫に向かってウインクしたように見えたが…
「あ、お、お兄ちゃん! お姉ちゃん! そのお姉ちゃんに野菜分けてもらいましょうよぉ… お腹減ったよぉ…」
「はへ?」
「お兄ちゃん、お姉ちゃん、お腹減ったよぉ…ひもじいですよぉ〜」
「ほへ?」
「あぁ、……え〜っと……ひめ、ごめんなさい、拓也と私がふがいないばっかりに…」
「お兄ちゃんに…お姉ちゃん?」
「拓也ぁ!! どうしよう、このままだとひめも私も拓也も飢えて死んじゃうよ!」
ゆのはがいかにも弱っているような演技をするゆのは姫を抱き締めて、涙目を浮かべて…って、またこの展開ですか!? つーか3年前と設定がほとんど変わって無いぞ!!
「ええっ!?」
わ―いや、初対面のネギ少女の方もまた簡単に騙されてるし!
と、急にゆのはがこっちの方を見て小声で俺にささやいてきた。
「馬鹿!! 拓也もお芝居しろっての! 私とゆのは姫―じゃなくて、ひめは姉妹、そんで拓也は私の婚約者! 飢えて死にそうで見るからに哀れな姉妹と夫婦なの!」
「…うーむ、またアレをやるのか…って、夫婦と婚約者はちょっと違うぞ」
と、言ってる間にゆのは姫―もとい、『ひめ』が涙をぽろぽろ流して今度は俺にすがりついてきた。
「お兄ちゃん! ひめ、もう三日も何も食べて無いですよぉ。野菜スープと塩でもいいから欲しいです、あの白菜が食べたいです〜」
「うう、かわいそうなひめ…でも、でも私と拓也もつらいの、もっとお腹いっぱい食べさせてあげたいのにっ!」
「まぁっ」
あまりのかわいそうさに思わず俺ももらい泣き。二人に増えて以前より攻撃力は二倍だ!
「う、うぅ…そんなに腹が減ってたのか、野草スープなら俺は超得意だぞ。すぐ作ってやろうか、任せろ」
ゆのはとひめは揃って顔を上げて、
「だから悦に入るな!」
「お芝居です、判っているでしょう?」
ああ、やっぱし。
と、ちょっと遠いところを見ていると、ひめがその小さな身体でさらに精一杯しがみついてくる。
ちいささなこぶしが俺を叩く。
「おにいちゃぁん……ぐすぐす……私達どうすればいいのぉ……おにいちゃんの、ばかばかばかばか」
ああ、なんかTVドラマでも見ているようだよ。やっぱり、小さい子が泣くのには弱いなぁ。
チャンドラーが書いていた。強くなければ生きていけない、優しくなければ生きていく資格が無い。
俺は、俺はっ! 思わずもらい泣きだぜ!!
「うぅ、どうすればいいんだろうな……俺がふがいないばっかりに……ひめ、ゆのは、すまん…」
「おにいちゃんは、おにいちゃんは、かんがえなしのかいしょうなしです!」
「ぐすっ… 拓也ばかり責めないで、ひめ。 拓也は、拓也は私達を守ろうと必死なんだからっ」
俺に抱き付いて泣き喚くひめと、うすら涙を浮かべながら婚約者である俺を気遣うゆのは。
「ゆのはすまん! ひめ、すまん! 本当にすまん!!」
「あの……」
「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁん!」
「すまん、すまん二人ともぉっ!」
「あ、あのっっ!!」
俺は涙ぐみながら声の方を振り返った。
「うわわっ!!」
見られたよ! 号泣してるところを見られてしまったよ!!
「流しのトランペット吹きさん!!」
「え、俺?」
「よくは分かりませんが深いご事情がありそうですね」
「え、ええ、まぁ…」
俺にも説明できない事情がいつのまにかできているっぽかった。
…いや、どんな事情ができてしまったかは、2度目だけに大体予想がつくのだが…
「もしよろしければ、ご事情を話していただけないでしょうか? なにか力になれるかもしれません」
「いえ、その事情と言うかなんつーか」
うーむ、事情はわかっていても、残念ながら俺にはゆのはのようによく口が回るスキルは搭載されていなかったようだ。
「おにいちゃん! ひもじいですよぉ、お堂の縁の下や樹の影は疲れますよぉ、たまには…たまには屋根の下で眠りたいですぅぅ〜…」
そんなにすがりついて、涙でうるんだ目で見つめるなよ!!
ああ、俺の視界が潤んでいるぜ。
「ああ、ひめ、拓也ぁ…」
「くぅぅ、不憫な! ゆのは! ひめぇ!」
「おにいちゃぁぁぁぁん!!」
「スナフギンみたいなのに、テントも持ってないなんて…」
「あのー、さっきから気になっているんですが」
「なぜ、流しのトランペット吹きとかスナフギン?」
「だって、トランペット持ってますし、ギターも持ってるみたいですから」
俺達の後ろに転がるギターケースとトランペット。
「いや、どちらかと言えば小林アキラとか、日本でなんでも2番目の方がいいんですが」
これはギター限定だけどな!
「モーミンの再放送が先週始まったんですよー。私、大好きなんです」
「はぁ…」
「ここで立ち話もなんですからー、取り合えず、ウチへいらっしゃいませんか?」
「え……」
俺にはその瞬間、わか―ネギ少女の背中にいつかあったように天使の翼が生えて見えた。
大サービスして、12枚羽根くらい。
「ご迷惑でなければですが……」
「いや、ですが」
なんか、この流れだと、俺達って善良なネギ少女を騙す悪徳3人組って流れじゃないか!?
しかも相手は忘れているとはいえ実質2度目、いいのかそれで?
「拓也ぁ…」
「お兄ちゃん…」
ぐぁっ、こいつら切なげな声で言いつつ、俺の太腿をつねりやがった!!
「な、なにかな? 愛するゆのはに妹よ」
二人の背中には悪魔の翼が生えて見えた。
大サービスして12枚くらい。
「おにいちゃんが人に迷惑かけたくないのは分かるけど、でも、少しくらい……ひめ、疲れたよ……」
「拓也、気持ちはすっごくわかるけど…でも、死んじゃったら何もかもおしまいなのよ。 私達を逃がしてくれたととさまやかかさまの事を思えば、なにがなんでも生きなきゃっ!」
「お二人も、こうおっしゃっているコトですしー」
人間の天使がほほえんでいる。
「おにいちゃん…」
「拓也ぁ…」
「25万…全身骨折…」
「下手すれば命に…」
神様と元神様の悪魔が囁く。
やはり、俺に選択肢などなかった。
「あ、ちょっとまってくださいー」
ネギ少女は、俺達の横を抜け、小さな祠の前に立ち、賽銭箱に向かって小銭を放った。
「…あ、ひめ…」
そういえば忘れかけていたが、今見えている祠はひめが俺の963円で作った幻だった。
そういや前回は音までごまかすのを忘れていたな。
「大丈夫です。ゆのはと同じ失敗はしません」
「むぅぅ…」
ちゃりーん
…ううむ、確かに。 なんか元祟り神の方がしっかりしてるって妙な感じだな。
「…ゆのはのように能天気に1000年間暮らしてたわけじゃないですから…」
「うぅぅー」
なるほど、元同一人物なのにここまでの違いが出るのは今まで過ごしていた環境の差か。そういえばひめの方はほとんど敬語だけで会話してるな、演技の中でも小さな子どもになりきれずに敬語がでてたし。
…まぁ、根本的なところは全然かわらないみたいだが…
「…………よしっ」
祈り終えたらしく、ぱたぱたとこちらへ駆けてくる。
「お待たせしましたー」
「何を願ったの?」
「この出会いが、私達全員にとってしあわせなものになりますよーに、です」
やっぱりいい子やなー。







「かーらーす、なぜなくのー♪」
機嫌よく歌をうたうわか…―ネギ少女。
「…なあ」
俺は愛車『クワゥテモック2号』を押しつつ、少し先を行くネギ少女に悟られぬように二人に話かける。
「なに、拓也?」
「なんですか、おにいちゃん?」
クワゥモテック2号のシートとサイドカーに腰掛けた二人は、にこにこと笑って答える。
―いや、ひめの方はそんなニコニコ笑顔と言うわけではないな。というかほとんど無表情。
「…言いたい事は山ほどあるんだが…」
「大丈夫だよ、そんな小声でなくても」
「うん、歌に夢中みたいですし」
「からすはやまーにー。 かーわいーいななーつーの♪」
「いや、2度目だぞ?」
「向こうはきれいさっぱり忘れてるからいいんですよ」
「まぁ、そう簡単に思い出せないだけで記憶が完全に消えたわけではないんですけどね」
「かーわーいー♪ かーわーいーとカラスは啼くよぉ♪」
俺はネギ少女の背中を見た。
天使の翼は見えなかった。
「やっぱりこれは騙すみたいだしなぁ」
「みたいじゃありません、騙すんです」
「言葉は正確に使いなさいと、以前にも言ったはずですよ」
神様と元神様の背中にも、悪魔の羽根は見えなかった。
「まぁ見てなさいって、わかばおねえちゃんみたいな人間なら、何度でも騙せます…にしし」
俺は悟った。 こいつらを止められるのは誰一人いない。しかも二人になって性質の悪さは2倍どころか4倍くらいだ。
「わかばさんは、今でもよく賽銭をくれます。やっぱり一回につき十円か五円しかくれませんが、たまにお供物もお供えしてくれますし」
…ネギ少女、いやわかばちゃんの事をあれ呼ばわりしてた頃よりはマシになったのかもしれないが…神様的思考ってヤツは相変わらずこの俺にカルチャーギャップを与えてくれる。
「つまり、相変わらずの典型的な善男善女。もっとも騙しやすい類の人間って事です」
「やはり神の御技を使うまでもなく、簡単に騙せます」
「だから騙す騙す言うなぁ!!」
「やはり拓也は頭が悪いですね、神のする事は善悪超越していると何度も言ったじゃないですか」
あーもう手がつけられん。しかも結局この調子で町の人全員を騙してしまうんだよなぁ……。
多分今回も散々草津兄妹物語…いや、この場合草津一家物語? これもなんか違う気もするが、とにかく村人全員に知れ渡るまで付き合わされるんだろうなぁ。
「あ、そういえばひめ」
「なんですか?」
「やっぱりその服、普通の人には…」
確か普通の人には普通の服に見え、おまけに破れないし汚れないとかいう便利機能をそなえた神の衣だったはず。
…俺は関わりが深いせいか本来の姿で見えているようだが…
「はい、察しの通り普通の服に見えます」
うーむ、あいかわらず便利な服だ。 これが全員が本来の姿で見えていれば何か変だと思われるはずだもんなぁ。








歌を歌いながら進むわかばちゃんについていくと、商店街が見えてきた。
あー、なんつーか…こう典型的なさびれーた町のさびれた商店街。ここにくれば一通りのモノはそろうけど、商店街以外には店なんてもんは何も無い感じ。見渡す限り人影がないコトと、ちらつく小雪がさびれた感を強調している。
そして寂れた街並みにおにあいの、いかにもなアーケードには『ゆのはな商店街』の文字
くぅぅっ、この光景を見ていると、3年前のあのゆのはとの思い出が次々と脳裏を横ぎっていくぜ! 帰って来てよかったなぁ俺!
…まぁ、できればこんな形での帰還はご遠慮願いたかったが。

わかばちゃんは、こっちに向けて手をふったかと思うと、ずびし、と一軒のうちを指した。
「ここがうちの店ですー」
「『華の湯』……」
ああ、この銭湯も全然かわってないぜ。
あの時もここで厄介になる事になったんだよな、みんなが俺達の事を忘れてしまったから、お礼も言えずに帰ってしまったのが悔やまれるぜ。
「わぁー、お風呂やさんですー」
「はい。お風呂やさんなんですー。 ぽっかぽっかにあったまって、しかも、やすいんですよー」
「おにいちゃん! おねえちゃん! ぽっかぽっかにあったまるんだってぇ」
「しかも安いのか!」
「安いんですね!」
「はい!!」
ああもう、安いという言葉に反応してしまう自分が悲しいぜ!
しかしまえにここでバイトしていたというのに、こんなふうに紹介されるのはやっぱ妙な気分だな。その時も番台には座らせてもらえなかったが、ま、当たり前か。
「家は裏にあるんでー」
ええ、よく知ってます…とは言えないのがはがゆい。
わかばちゃんは風呂屋の脇の細い道へと入っていく。
「あったかいおふろが待っている♪ どっちにしてもおふろにゆっくり入れるのはうれしいです、野宿じゃこうはいきませんから」
あー、そういやこいつ、かなりの風呂好きだったな。
「やっぱり未だに野宿もありえるんですね」
「うん、拓也一人の稼ぎじゃやっぱり二人分はつらいみたい」
「ゆのはも働けばいいんじゃないですか?」
「そうしたいのはやまやまですが、都会の方では拓也くらいの歳じゃないと雇ってくれないんです」
「そうなんですか」
うーん、まぁそれは仕方ないだろうなぁ。今でもどう見たってせいぜい中学生くらいにしか見えんし…
本人はそんな子どもじゃないって言うから名目上は15歳って事にしてるけど。
「ただいまー。 おばあちゃーん、お客さん!!」
そうこうしている間に、わかばちゃんは玄関の中に入っていた。



「お待たせしましたー」
「わっ、甘酒だよ拓也!」
わかばちゃんが運んできたお膳の上には、お鍋になみなみと入った甘酒と、空の湯飲みが5つ。
「うまそうだなぁ」
「あっまざっけ♪ あっまざっけ♪」
「…おねえちゃん、もうちょっとおちついてください」
うーむ、やっぱり見た目年下のひめのほうがしっかりしているというか、落ち着いている。
これはなんか微妙になさけなく見えるぞ、ゆのは。
「たーんとありますからね。 はい、どうぞ」
わかばちゃんは俺達の対面に座ると、甘酒をひしゃくで湯飲みによそい、俺とゆのはの前に差し出す。
「あちひぃぃぃぃぃぃっっっ。 しはがしはがしはがぁっ」
「考え無しにいきなりがばっと飲むからだ」
「どっちが年下かわかりませんね…おねえちゃん、おにいちゃんに冷ましてもらったら?」
と、横でふーふーと甘酒を冷ますひめ。まったく、おっしゃる通りだ……いや、後半はちょいと恥ずかしい気がするが。
「こ、こどもあつかひふるなぁ!!」
「はっはっはっは」
俺は大人の余裕を見せつつ、ゆっくりと甘酒をたしなむ。
「うわおっち、あちちひぃ。 しはがしはがぁっっ」
思考は大人だが、行動は子どもの俺だった。
「ひほほことこどもはっへひってはふへに」
「仲いいんですねー」
「…あーもう…頭痛いです…」
俺達の姿を見て頭を抱えるひめ。 これじゃ誰が年上だかさっぱりだぜ!
…威勢良くしてみても、空しいだけだった。
「おいしいね、拓也」
やっぱり立ち直りはやいなぁ、こいつ。
「そふだはぁ、あひぃはおいひいはぁ」
「おねえちゃん、お代わり!!」
「はいはい、どうぞ」
「わぁい!!」
…姉らしくする気ゼロだなこいつ。
「先が思いやられます。あ、私もお代わりください」
同じお代わりでもこうも違うものなのか。
「食い意地が張った奴らでしてお恥ずかしい」
「いえいえ。スナフギンさんも、いくらでもお代わりしてください。ちゃんとふぅふぅするんですよ」
「はーい。 では、遠慮なく……で、ですね」
「はい、なんでしょうかー?」
俺は甘酒を受け取り、ふぅふぅしつつ。
「あ、どうも。俺はスナフギンじゃないんですけど」
「あ、そうでしたね。 日本人なのにスナフギンはないですよねー。せめて尾上一刀とかですかー」
「貧乏旅行ですが冥府魔道まではいってません」
「おねえちゃん、みかん食べていい?」
「私もいただいていいですか?」
「どうぞどうぞ」
「ちっとは遠慮しろよ遠慮を。 って、もう食べてるし!?」
「はむはむはむはむ。 拓也、みかんおいしいよ!」
「…上手く皮剥けないです」
早速食ってるゆのはの前には、みかんの皮が千切れたのが散乱。
ひめの前にも同じく千切れたのが散乱しているが、出来るだけ上手くむこうとしている姿がなんとなく健気だ。
「あいかわらず皮剥くの下手だなぁ」
「う、うっさい! 誰にだって不得意な分野はあるの!!」
「…うー…」
意地になって反論するゆのはと、渋い顔でゆっくりとぺりぺりみかんを剥き続けるひめ。
やってる事と言うか態度は対象的だが、元同一人物のせいか、なんか似てる。
「そうですよねー、誰にだって不得意な事ってありますよねー。 私だって、逆上がりが出来ませんからー」
ほわほわとそうおっしゃるわかばちゃんは、やはり3年たっても印象を裏切らない子だったようだ。
俺は、新しいみかんを取ると、ひょいひょいと軽やかに皮をむいて見せた。
ハスの花が開いたみたいにキレーにむける
「どうだ美しかろう」
「そ…そんなことできてもすごくないもん!!」
「……むけましたー」
「はっはっは」
ゆのはは、ぎりり、と唇を噛みしめ、新しいみかんを取った。
ひめもようやく1個皮が向けたらしい。まぁゆっくりやってたぶんゆのはよりは綺麗に見えるな。
「わ、私だってゆっくりやればみかんの皮くらい簡単です!! 以前と同じと思わないでください!!」
あー、そういや前の時も同じようなことやってたよなぁ…
「…あれ、あれれ?」
「あっはっは」
まぁ、進歩はないだろうな。 この3年間、ゆのはがやってうまくむけたためしがない。
「いいんです!! たべられりゃ、剥き方なんてカンケーないもん!!」
俺は、ひょい、と手を伸ばして、ゆのはからむきかけのみかんを取り上げて、手早く剥いてやった。
「まぁ落ち着けって、とりあえず散らかすなよ?」
「うー…」
「おいしいですね、このみかん」
すごく悔しそうなゆのはの隣で悠々とみかんを食べるひめ。
まぁとりあえず二人とも目の前が散らかってるわけだが、なんだろうなこの余裕の差は。
「仲いいですねー。うらやましいなー、THE兄妹って感じですねー」
「いや、兄妹っていうか…」
「婚約者です」
「…だそうです。おねえちゃんと私は姉妹ですけど」
みかんを1個食べ終えたひめが、そんなことを言いながら、いたって冷静にずず、と残っていた甘酒を飲んだ。
「いや、ゆのは…」
「婚約者さんなんですか? 婚約者さんというと、将来結婚するとか、プロポーズとかもう決まってる人ですよね?」
「はい、拓也とわたしは愛し合っているのです」
がばっ、と満面の笑顔で俺に抱き突いてくるゆのは。
つーか以前俺が好きだって言ったら、ストレートに言いすぎです! とか言って怒ってきたやつがよくも堂々と言えたものだなぁ。おにいちゃんなんだか恥ずかしいぞ。
まあ、言ってる事は否定はしないがな。
「わー、すごいですねー。 私、なんだか感動しちゃいました。 お二人はどんな恋人さん達よりも想い合っているのは、この私、伊東わかばが保障しちゃいます!」
いや、気持ちはうれしいんですが、俺には恥ずかしい話題と言うものでしてね?
「花丸描いて、判子押して、サインして、連帯保証人になって、聖書に手を置いて……それからそれから、ええと……うーん…… 他にナニかありましたっけー?」
「ううむ。急には思いつきませんが」
なんか、止まりそうに無いのでおとなしく従っておく事にした。
「とにかく、ばっちり保障します!! 安全確実百年保障です!!」
まあ、とりあえず名前が判明した事になったから、この後はわかばちゃんと呼んでも問題ないだろうな。
「わーい、保障されたよ、拓也」
「あ、ああ、そうだな」
なんか恥ずかしさのあまり泣きたいんですが、そんなことは口が避けても言えず。
「…ばかっぷる、ここに極まれり」
あのー、ひめさん、どこでそういう言葉を覚えてきたんですか? あなた祠から動けないはずでしょ? …とも口が裂けても聞けなさそうな雰囲気で。
「あの、そういえば俺達ってなんでお邪魔してたんでしたっけ?」
とだけ言うのが精一杯だった。
「ああ、そうでしたねー。なんででしたっけ?」
「…私達の旅の事情を、立ち話でするには長いから、とりあえずわかばさんの家に…という事だった気がします」
ううむ、少し過大解釈がある気もするが、そんな感じだったかな。
「そうでした、よかったら、話してくださいなー」
そのセリフを聞いたゆのはは黙って俺から離れ、唇だけを動かして『黙っていて』と告げた。
そして、ひめにまたウインクを飛ばす。
「…とと様が…」
まず、口を開いたのはひめ。ぐっ、とそこで言葉を切る。
わかばちゃんは何も言わずに、神様と同じ目の高さになるようにしゃがむと、流れ出した涙を優しくふきとる。
―俺の正気が残っているうちに言うが、自由に涙が出せるのはすごい能力のような気がするな。
ひめは、ぽつりぽつりと話し始める。
「……博打で……一杯借金を作って、それで……高利貸しにお金を借りて、どんどん借金が……膨らんで…」
「うんうん」
「柄の悪い男が証文持って家までおしかけて来たんです。とと様とかか様は二ヶ月でお金を作るからと佐渡の金山へ働きに出たんです」
ひめがそこまでいうと、うっすらなみだを浮かべたゆのはが続きを語り始めた。
「その間、私達二人をなんとか逃がそうと拓也が一緒に来てくれたんです。 でも拓也は馬鹿だから、無計画に私達にいい物食べさせてくれて、お金がなくなっちゃって、もう一銭もなくなっちゃって、でもとと様とかか様が帰ってくるのにはまだ一ヶ月もあって……」
なななんとそんな事情が!? ああ、どこかで聞いた事あるような気がするけどかわいそうすぎるよ!!
なんてかわいそうなんだ草津姉妹!! そして馬鹿で無計画な俺!!
かわいそう過ぎて、胸が一杯になって、後半部分が聞けなかったくらいだぜ。
俺はまたも泣いた。悲しき姉妹の為に流れよ我が涙。
「うぅ……そんなそんな事情が!! ゆのは、ひめ、かわいそうすぎるよ!! そして、馬鹿で計画性のない俺!!」
「辛かったねー、辛かったねー」
「それに…」
さらに、またひめが話を続ける。
「とと様とかか様を少しでも助けたいから、お金を作りたいですけど当てもないですし…」
また、ゆのは
「お腹も減ったし、もう、どうしていいかわからないんですぅ…」
「そんな目に遭っているのに、ご両親を助けたいと思っているなんて、けなげすぎです……あ、涙が出てきちゃう」
「あと一ヶ月、どうやって逃げればいいのぉ!?」
「おにいちゃん、おねえちゃん、もう私達おしまいですよぉ… うぇぇぇぇぇぇん」
「ゆのは、ひめすまん!! 俺が俺が、なんだか知らないが、俺が悪いんだぁぁぁっっ」
「ううん、拓也は悪くない!! ただ馬鹿なだけなの!!」
「ゆのはぁぁ、ひめぇぇ!」
「たくやぁぁぁ!」
「おにいちゃぁぁぁぁん!」
「あっ。名案を思いつきましたよー」
わかばちゃんは、ぴょんと立ち上がった。
「え?」
まさか
「名案?」
「お父様とお母様がお戻りになるまで、ここにお泊まりになってはどうですかー? 是非、そうしてください」
ああ、やはりこの子の背中には、天使の羽根が生えている。
サービス期間で、十四枚くらい
「ありがたやありがたや。地獄で仏とは正にこの事」
俺は思わず五体投地。
「ここで会ったのも何かの縁。 困った時はお互い様ですよー」
「わかばおねいちゃん神様だよ!! 神様ぁっ」
「ああ、この世も捨てたものではないんですね…」
とか涙声でいいつつも、ちみっこい本物の神様とゆのははこっちに向けて親指を立てやがった。
「なーんにも心配ありません。もう好きなだけ泊まっちゃって下さいなー」
「好きなだけとは豪儀な!!」
「ええ、一年でも二年でも三年でも!!」
「いやーさすがにそんなには、あのですね。こういうコト、家族の方とかに相談しないでいいんですか?」
「大丈夫ですよー。 今、うちには、私とおばあちゃんしかいませんからー」
まぁ、それは知ってるんだけど。
「だから空き部屋がいっぱいです!! まーかせて下さい!!」
このかーいらしい女の子と、無力…いや、あの人はそう無力とも言いきれないな…
とにかく、女の子とお婆ちゃんとの二人暮しの家に、屈強な若者と微妙な年頃の少女、そして妖しい神様が泊まる。
以前にもあったことなんだけど、改めて考えると…まずくねぇか?
「うーん。何処に泊まって貰おうかなー」
「あの。マズイんじゃないでしょうか?」
「何がですかー?」
ゆのはとひめが『余計なコトを言うな』とばかりに、ガンを飛ばして来るが、俺は構わず。
「女だけの二人暮しの家に、こんな氏素性の不明なイカレた、もといイカシた若者を置くのは」
「あ、そういえば、お互い自己紹介がまだでしたねー」
「知ってますよ。おねえちゃんは、伊東わかばと言うんですよね」
「あれ、何で知っているんですかー? もしかしてゆのはちゃんって、エスパーですか?」
「いや、さっき思いっきり、伊東わかばが保障しちゃいますって言ってました。というかそっちもなんでゆのはの名前を?」
わかばは、ぽん、と手を叩いて、感心したようにうなずく。
「なるほどー!! 私が言っていたとは盲点でしたよー。 でも、ゆのはちゃんとひめちゃんの名前も拓也さんが自分で言ってましたよー」
「おお、それは盲点だったな!」
「拓也さんの名前も、ゆのはちゃんが言ってましたし。 あ、でも苗字は教えてもらってませんねー」
「私達、3人とも草津です。 おねえちゃんとおにいちゃんは婚約者ですけど、実は親戚同士でもあるんです」
…なんか草津以外の苗字考えるの面倒だから短縮したように聞こえるんだが。
「気のせいです」
俺の心の声に小声で返答してくる神様。心を読むのはカンベンしていただきたい。
「馬鹿の拓也が考えていることくらい判ります」
オーノー
「草津ゆのはちゃんとひめちゃん、そして拓也さんですねー。 これで皆、氏素性が不明じゃなくなりましたねー」
「言われて見ればそうだ!!」
「これで問題なしですねー」
「うむ。確かに……いや、待て、なんか違うぞ、それは」
「どこがですか拓也さん?」
…『草津ひめ』の氏素性はちっとも明らかになってない気がする。
と、ゆのはとひめが駆け寄ってきて、俺にすがりつき、二人して見上げてきた。
「おにいちゃん……、駄目ですか…?」
「拓也、宿代浮かす代案あるの? …全身骨折、下手すれば死…」
「う、う……うぅむ」
俺は余り性能のよろしくない灰色の脳細胞を、懸命に動かしてみた。
「ええと……アステカ人の神話によれば、過去において世界は四度滅び、今の世界は五度目の世界なのだそうだ」
伊東家の居間に、沈黙が降りた。
「そうだったんですかー。ちょっと賢くなりましたー。 でも、その話どこかで聞いた事あるような気もします」
あー、そういえば3年前のこの時も同じコト口走ってた気がするなぁ…
「…あの、そんなことは今関係無いと思うんですけど」
「い、いやーあはは。これは参った!!」

「わかばやー。話はまだ終わらんのかねー? 料理が冷めてしまうよー」
おおっと、ここでいきなりの新キャラの登場だ!! 足元に白猫をじゃれつかせた婆さんだぜ!!
…と、冗談はさておき、この人もぜんぜん変わってないなぁ。まぁこの年になるともう変わりようがないんだろうけど。
「拓也さんが遠慮する人で、なかなか、うん、と言ってくれないんだよー」
「ほう、この男の子は拓也さんというのかねー」
で、この白猫も変わんないよなぁ、態度とか色々と。
「うん。草津拓也さん!! えっと紹介しますー。 わたしのお祖母ちゃん」
「伊東みつ枝と申します」
「あ、はい。俺、草津拓也です。 最近まで東京で大学生やってました」
「ほう、大学は卒業されたんですかー。 今は、何をやっているんですかなー?」
「ええ、あっちこっちの郷土史を見て回ろうと…まぁ、世界中回って大学の勉強の延長みたいなことやってます」
「スゴイですねー。大学卒業したのにまだ勉強して、しかも流しのトランペット吹きなんですかー。 つまり二足の草鞋を履いているわけですねー」
「トランペット吹きは、ちゃうちゃう」
「じゃあ、やっぱり流しのギター弾きさんですか?」
「それも、ちゃうちゃう」
「で、拓也さんの後ろに隠れている、ちっちゃい女の子達は?」
「なに隠れてるんだ?」
…あぁ、そういえば『ゆのは』はみつ枝さんには60年前にも世話になってたんだっけなぁ。
で、3年前にも、か。 相手は憶えてなくても頭は上がりそうにないな。 もちろん、俺もだけど。
「おおきい子が、拓也さんの婚約者さんで、ゆのはちゃん。小さい子が、ゆのはちゃんの妹さんで、ひめちゃん」
「ほら、ゆのは、ひめ、ご挨拶」
二人はおずおずと俺の背後から出て。
「草津ゆのはです……お世話になります…」
「ひめです……姉共々、お世話になります」
みつ枝さんは、少しだけ二人をジッと見た後、ふ、と微笑んだ。
「拓也さん」
「あ、はい」
「どんな事情があるかは、後でわかばに聞くから、ここでわざわざいう事はないよー」
「いえ、ですが」
「好きなだけ泊まってくださいなー」
「ええっっ。 でも、その、あの…」
うろたえる俺のことなどお構いなしのようで、みつ枝さんはわかばちゃんに顔をむけていた。
「わかば。 部屋はおじいちゃんの部屋がいいと思うのだがねー」
「え、いいのおばあちゃん? あの部屋は今まで誰にも……あれ?」
わかばちゃんが言いかけておいて首をかしげる。 何かひっかかることでもあるのだろうか?
「あれ…あれ? あの部屋、誰も使った事ない…よね?」
「わかば、どうしたんだい?」
「…うん、なんだか、前にも誰かがおじいちゃんの部屋に泊まってた気がするんだよ。 そんなこと、一度もなかったはずなのに」
…まさか、以前の記憶が表に出かけてる?
「気のせいじゃないかねぇ。 それよりわかば。 この人達には、あの部屋がいいとおもうんだよー」
「…うーん。 そうだね、おばあちゃんがそう言うなら」
「えっと…いいんですか。本当に?」
よくわからんが、みつ枝さんのおかげでわかばちゃんの思考は中断してくれたらしい。
とりあえず、今はそ知らぬ顔で話を続ける事にする。
「わかばが拓也さん達を連れてきた時から、こうなる気はしてたんでねー」
うーむ、記憶になくても、やはりどこかで憶えているんだろう。
そういえば以前も同じ受け答えをしたな。 あの時は…多分、60年前の事があったからかもしれない。
まぁ、俺は60年も前の事なんてゆのはに聞いた以上の事は知らないが。
「そうですか……」
「この町の名をご存知かねー?」
「ええ、ゆのはな町、ですよね」
「ゆのはな町に、ゆのは、という名前の女の子を連れた拓也さんが来たのは、なんかのお導きとは思わんかねー?」
「うーん」
導きと言うかなんと言うか、俺達的には『帰ってきた』という感じであって…
それにゆのははこの町の元守護神なわけだから、同名なのもそう不思議な事でも無いワケで。
うーむ、複雑だなぁ、記憶のあるなしって。
「そういう事にしておきなさいなー。 何もせんといづらいと言うなら、家の事でも手伝ってくださいなー」
やっぱりこの人、あくまで俺達を泊めるつもりだ。そして、今回もそうなるであろうことを、確信しているのだろう。
俺の方もここまでいわれたら、断る理由はなかった。
「……判りました。では一ヶ月ばかりお世話にならせていただきます」
「わーい。これで決まりだねー」
「では、早速、料理を運ぶのを手伝ってもらおうかねー。 二人分より多く作ったのは久しぶりだったもんで、いっぱい作ってしまってねー」

こうして俺達は、再び伊東家にお邪魔するコトになったのだった。






喰った喰った喰った!!
そして風呂までご馳走になってしまった上に、寝巻きまで出してもらっちまったぜ。
しかもオシャレな水玉模様のパジャマだぜ!!
と言っても、前回に来た時に出されたパジャマと同じモノだが。 …やはりどっかで憶えてるんだろうなぁ、二人とも。
「はーい。 ここが三人の部屋ですよー」
「わーい、畳だぁ!」
「畳ですねー」
ゆのははいきなり床に寝そべると、ごろごろと転がり始めた。
「うむ。判るぞその気持ち!! 日本人は畳だよな!! このさわやかな草の匂いがなんとも!!」
「二ヶ月前取り替えたばっかりなんですよー。 布団はここにありますからー」
そこには三組の布団が。
「いいんですか? こんなにいい部屋使って」
「いいんですよー。 部屋は人が使うためにあるんですからー。 部屋も使ってもらった方が喜びますよー」
「畳ぃ……ごろごろ……。 すべすべ。いいなぁ、久しぶりの畳!!」
「おねえちゃん、みっともないです」
ころがるゆのはをひめがなだめる……うーん、ゆのはのセリフもあながち間違っていないのが悲しいところだな。
ここんとこ野宿か素泊まりばっかりで畳の上で寝た記憶が無い。
「…で、でも、この部屋は今まで誰にもって、さっき」
「そうでしたけど、おばあちゃんがいいって言うから、いいんですよー」
「うーん、そうですか」
「それに、なんだか私も、拓也さん達はこの部屋に泊まってくれたほうがいい気がするんです」
まぁ、この部屋にまつわる事情は知っているし…一度は泊めてもらった部屋だ。こうなってしまった以上今回も遠慮なく泊まらせてもらうことにしよう!
「あれ、ゆのはちゃん?」
「すー。すー」
「寝ちゃってます」
「きっと安心したんですよ。 それに今日はいろいろありましたし」
確かに色々あった。
以前と全く同じ展開だが、それでも色々ありすぎて、いまだに整理がつかないくらいだ。
「とりあえず、布団ひいていいですか? あのまま寝かせておくワケにもいかないし」
まぁ、風邪をひかれても困るしな。
「お手伝いしまーす」
「私もひきます」
俺達は手早く三つの布団を並べて引く。
「では、お姫様を寝かせますか」
「おねえちゃん寝ぎたないです」
ゆのはのかるーい体をひょいと抱え上げて、布団に寝かせてやる。
「くぅ……くぅ……むにゃ……」
「かわいいですねー」
俺は布団を掛けてやりながら、ゆのはの寝顔を覗き込んだ。
「いつもかわいいですよ。時々生意気ですけどね」
「…拓也も言うようになりましたね」
こまっしゃくれてて、生意気で小悪魔で、でもどっか子供のままで。
なんか今でも妹みたいに見えるときがあるけど、それでも大事な恋人で…
「ああ、すいません。 気が付かなくて!! 人が見ていてはできませんよねー」
「何が?」
「何をですか?」
嫌な予感。
「そんなの決まっているじゃないですか!! おやすみのキッスですよー」
で、予感的中。
「………しません」
「なんですか、今の間は」
仕方ないだろ、ゆのはは寝る前に余裕があるときは必ずと言っていいほど迫ってくるんだから…
ああ、即答で断言しきれない自分が悲しいぜ!
「ええっ!? しないんですか!? 都会の人はみなそうするものだと」
「……偏見です」
「だからその間はなんですか」
「隠さないでもいいんですよー」
「………隠してません」
「…もういいです、私も寝る事にします」
ひめは俺につっこむのをあきらめたらしい。布団にはいって丸くなってしまった。
…あ、なんか寝顔を見ていたら、俺まで眠く……
「ふわぁぁぁ…… そろそろ俺も寝ます」
「あ、おやすみなさーい」
「おやすみなさい」
俺は、もうたまらず布団にもぐりこんだ。
「電気消しますよー」
「ありがとさん」
「本当にキッスしないんですか?」
「しません」
「判りました。おやすみのキッスをしない恋人さんもいるんですねー」
いや、違うよわかばちゃん。 みんながみんなお休みのキッスをするわけじゃないんだって。
というセリフは、眠気に飲み込まれていく俺の口からは、永遠に出なかった。
「おやすみなさい」
……………………。
……………………。
…………。
「くぅ……くぅ……くぅ……」











「…むぅ」
目が覚めた。
…まだ夜中だ、俺としたことが不眠症にでもかかったか?
とりあえずいつものような勢いのいい起き方では横の二人も起こしかねないので、黙ってゆっくり起き上がることにした。
…喉が渇いた。 まぁ夜中に目が覚めるなんて、トイレか水くらいなものだな。
「ん、ゆのはがいない…?」
隣の布団はもぬけの空だった。 まぁ、あいつもトイレか水かどっちかだろう。
俺は残されたひめを起こさないように、忍び足で部屋を出ていった。

「ぷはぁっ、生き返るぜ!」
コップ一杯の水道水を飲み干して喉の渇きもすっきり解消! さて、寝なおすとするか
「…ん?」
と、思っていたが、台所を出てちょっと行った所で、二人の人影が見えた。
…ゆのはと、みつ枝さんだ。 何か話してるのか?
とりあえず、一定の距離は保ったまま、聞き耳を立ててみることにした。
「二人は婚約者だそうだねー。拓也さんといっしょになって、ゆのはちゃんは幸せかい?」
え、と思わず声に出そうになった。 …みつ枝さん、何を聞いてるんですか。
ゆのはは、少し顔を赤くして、黙ってうなづいていた。
「そうかい、好きな人と一緒になるというのは、素晴らしいことだよー。 拓也さんの事、大切にするんだね」
みつ枝さんはそう言って微笑むと、今度は俺の方を見てまた一度微笑んだ。
とりあえずとっさに身を隠してはみたが、思いっきりバレてるじゃん、俺。
…しかし、今のみつ枝さんの話題…もしかして以前の事とっくに思い出してるんじゃないか?
俺の脳裏に、夕方ごろに聞いたひめの言葉が蘇る。
―現に以前のみつ枝も思い出していたような気配はしていましたし―
…うーん、まさか、ね。
今のみつ枝さんだって『婚約者だそうだねー』というセリフを言ったじゃないか。わざわざそんなことを聞いてくるってことは、ただ聞こえた単語に興味があっただけなんだろう。 で、ゆのはとはたまたま起きてきて鉢合わせになっただけだろう。
…とりあえず、そういう事にしておこう。



 

 

12/18(一編)へ続く


 


戻る

 

 

 

 

 

 

 

SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送