―12月18日― (二編)
 

 


「そうだ!! ゆのはちゃんとひめちゃんも一緒に行く?」
わかばちゃんのその一言で、町の案内にゆのはとひめの二人も付いてくる事になった。
まぁ、俺ももう案内なんて必要ない程度にはこの町の事を記憶しているのは確かだが…
仮にもこの町の元・神と現・神。この二人にはなおさら必要ないような気がするな。
まぁ、止める理由も無いんで止めはしないけど


「わ、冷たいっ……あ」
ゆのはは上を見上げて叫んだ。
「雪っ!!」
確かに外には小雪がちらついていた。
純白が全ての上にうっすらとつもっている。
「昨日もふっていた気がしますが…」
「まぁ、それどころじゃなかったしなぁ、色々」
確かに昨日も降っていた気がするが、俺にはなんかゆのはとひめに振り回され続けた記憶しかない。
「雪っ。ゆきっ。雪♪」
「ゆのはちゃん、小さな子どもみたいで、かわいらしーですねー」
「それがいいところと言うかなんと言うか」
まぁ、そういうところも含めてゆのはってことだ。
あーやってはしゃいでいるところを見てると、呆れる事もあるが、なんとなく安心する。
「おねえちゃーん」
「なにー…ぷわっ!?」
あ、ひめが雪玉投げた。
そして見事にゆのはの顔面に命中、見た目によらずなかなかいい肩してるなぁ。
「やったなー!!」
あーあー、マジになっちゃって。
「あんなにはしゃいで…私達にはありふれた物ですけどー、東京の人には珍しいんですねー」
「雪が積もる事すら年に数度ですから」
ゆのはもこんなふうに降る雪を見るのは久しぶりだろう。
あいつならまぁ、はしゃぐのも無理は無い。
「あーなるほどー。 それで、あんなに喜んでいるんですねー。 でも、拓也さんははしゃがないんですかー?」
想像してみるまでもなく、結果は見える。
「いえ、なんかシュール過ぎるので、遠慮しておきます」
「遠慮しないでくださいなー。 さ、どうぞどうぞー」
「どうぞ、と言われても……あ、そうだ」
俺はズボンのポケットから、小銭500円ナリを取りだした。
「これ、女湯側の更衣室を掃除した時、牛乳ケースの上に置いてありました」
不意に、かけずり回っていたゆのはとひめが立ち止まり俺の方をジッと見ている。
ホントに金の気配には敏感な奴らだ。
「入れ違いだったんですねー」
「入れ違い?」
「毎朝はいりに来る人がいるっていいましたよねー。 その人がいつも置いていくんですよー」
「ああ、なるほど」
入浴量400円プラス牛乳代100円で500円と言うことか。
…って、入浴プラス牛乳…………いかんいかん、想像というか回想するな俺!
観自在菩薩 行深般若波羅蜜多時 照見五蘊皆空…
「ぶほっ!?」
なんだ! 精神統一の為に般若心教を唱えているというのに!
「ごめーん拓也、流れ玉がそっちいっちゃてー」
…わざとだな
「あのー、拓也さん、はしゃぐのはいいんですけどー、忘れないうちに」
「あ、はい。では、渡しておきます」
「はーい」

げこげこ

わかばちゃんが取りだしたお財布は、ガマガエルをかたどった物だった。
というかソレまだ使ってたんですかわかばさん。
「な、何ですかソレは…」
何度見ても、こうとしか言えない。
何度見ても、お世辞にもかわいくない。
「えへへ。 これカワイーでしょー?」
色といい形といい、イボイボの付き方といい、鳴き声といい口の開き具合といい、あいかわらず余りにもリアルなガマガエルだった。
「……はい、どうぞ」
「ちっ」
ゆのはが露骨に舌打ちした。ひめは何も言わないが無表情にこっちを見ている。
性格はもう判っているつもりだが、金に対してもうちょっと寛容になってくれ。頼むから
「ひのふのみのよのいつー。 はーい、確かに受け取りましたー」

げこげこ

ガマガエルのお財布は、500円を飲み込んで閉まると同時に鳴いた。
やっぱリアルすぎ
「さて拓也さん、ゆのはちゃん、ひめちゃん」
「な、なに? 改まって?」
「なに、わかばおねえちゃん?」
「なんですか?わかばさん」
変わり身の早い奴等め。
わかばちゃんは、にっこりわらった。
「ゆのはな町へようこそ!! これから、わたしが隅から隅までずずいと案内しちゃいますー」
俺も笑った
「よろしく、わかばちゃん」
「よろしくされましたー。 では、しゅっぱーつ!!」
歩いていくわかばちゃんに続こうとしたら、上着の裾がひっぱられた。
思ったとおり、ゆのはが怖い目線で俺を見ている。
「…あれは俺の金じゃないからな」
「ふん! だから黙ってとぼけりゃいいんです。 25万ためる気あるのっ?」
「ネコババは、悪い人間のするコトだ」
俺がそう言うがいなや、ゆのははちらりとひめのほうに目を向けて、
「大丈夫、神が…」
「いえ、拓也は正しい事してます」
…なんだ? 今、幻聴が聞こえた気がするが…
「え……ひ、ひめ?」
ゆのはがうろたえている。 まさか、幻聴じゃないのか?
「私も三年ぶりの人間の世界を堪能したいですし、すぐに祠を戻す事も無いでしょう」
……ゆのはが固まっている。いや、たぶん俺も固まっているだろう。
正直言って、昨日のひめの態度と大違いだ。 守銭奴ゆのはと同一人物だとは思えん。
いったいなにがあったんだ?
「みなさーん、どーしたのー?」
あ、わかばちゃんが戻ってきた。
「ああいや、ちょっと忘れ物が無いか確認を」
とりあえず、ゆのはがトイレ行きたいといっていた、といういいわけは後でゆのはがうるさいのでやめておこう。
おかげでちょっと無理があるような気がしなくもないいいわけになってしまったが。
「そうなんですかー。もう大丈夫ですか?」
あっさり信じちゃってるよこの人。
「ばっちりです」
「じゃあ、あらためて出発ですねー」
「わ……わー、拓也、楽しみだねー」
おー、ものすげー棒読み。自分に裏切られたのはかなりショックだったみたいだな。




「はーい、ここが我がゆのはな町のメインストリート、ゆのはな商店街でーす!!」
わかばちゃんのその声を聞いているのかいないのか…ゆのはは道のど真ん中で、辺りをきょろきょろ見回して。
ひめはひめでそんなゆのはの姿をじっと眺めている。
…さっきの事といい、標的が俺からゆのはに変わったのか?
「うーん、この商店街ってこんなに小さかったかな…?」
ごく小さな声で、ゆのはは呟き首をかしげていた。
そういえばつい最近まで東京を始めとした都会暮らしだったからなぁ、きっとそっちの規模に慣れてしまったのだろう。
「ゆのはちゃん、どうしたの?」
「あ、わかばちゃん。 ここは必要な物は何でもあるみたいだな」
『来た事ある』発言はつっこまれるとまずいので話題を逸らす。
「えへん。そーなんですよー。 生活に必要な物はみんなココで手に入るんですよー」
「だろね」
わかばちゃんは胸を張って説明してくれた。
つくづく無駄の無いコンパクトな商店街。なんせ、同じ業種の店が一つも無い。
選択の余地のないオンリーワンな商店街。しんぷるいずべすと。
「ではまず、商店街会長さんのお店から、ご案内しまーす」
そう言うとわかばちゃんは、『華の湯』の真向かいに立つ酒屋を指差した。
「高尾酒店です!!」
一生懸命に紹介してくれるので、俺も真心のこもったりアクション。
両手をほほにあてて、まぁっ、と驚いてる感じに。
「おおっ酒屋さんか!!」
なぜかわかばちゃんも、ぐっ、とコブシをにぎりしめ力説する。
「はいっ!! 酒屋さんなんです!!」
「そうかそうか……って、ゆのは何してるっ!?」
俺は、ゆのはの襟に手をかけて、店先の冷凍ケースからひっぱがした。
アイスが好きなのはいいんだが、見境がないのはやめてくれ。
それとも、最近いろいろとギリギリでほとんど買ってやれない反動が来てるのか!?
「だ、だってー、もうずっとアイス食べてないからー」
「…おねえちゃん、必死ですね」
「ゆのはちゃん、アイス好きなの?」
「うん! …でも、私達貧乏だから、アイスなんて滅多に食べられないんです…」
ゆのはが目に涙を浮かべてわかばちゃんの顔を見つめている。
…くぅっ!! すまないゆのは! 俺が…俺がふがいないばっかりに、アイスの一本も買ってやれないなんて!!
「まぁ…そうだったんですか… ゆのはちゃん。アイスクリームもアイスキャンデーも、後で買ってあげるからねー」
「…わかばさん」
「あ、もちろんひめちゃんも買ってあげるよー」
ひめも流れに便乗、やっぱしっかり…というか、ちゃっかりしてるなぁ。
二人は俺に向かってこっそり親指を立てた。いやしんぼめ。
「やっぱ冬場は銭湯帰りに買ってく人がほとんどですかね?」
「はい。 そうみたいです」
そのへんは相変わらずみたいだな。
まぁこのくそ寒いのに、そういう時でないと食うヤツは少ないだろう。
「おはよーございますー」
「あ、おはよーさん」
うっ…この声は、そうだ、そういえばあの人はココの看板娘だった!
「あれー、どうしたの、拓也?」
何も知らないゆのはがうれしそうに笑いながら話しかけてきた。
人の気も知らないで幸せそうなヤツだ。 きょーれつなでこピンの一発でもかましてやりたい。
「おじいちゃんは?」
「オヤジの具合が悪いって言うのに、店も手伝わんとぶらぶら出掛けてる。携帯で呼ぶか?」
酒屋の中からわかばちゃん達の声が聞こえてくる。
…気まずい。
「いいっていいってー。どうせすぐみつかるよー」
「まぁ、そう言うならいいけどね。 で、外でうろうろしている奴等はナニ?」
うわ、こっちに目が向いた!!
ちくしょう、逃げれるものなら脱兎のごとく逃げ出したいが、案内されているという状況じゃ逃げるに逃げれん。
「あのねー、うちにヒトツキばかり、泊まる事になったヒトなんだよー」
「泊まるね……、わかばは相変わらずだなぁ。 ま、いいけど……」
「紹介するねー。 拓也さーん、ゆのはちゃーん、そんなトコに立ってないで、入って来てくださいー」
き、来た!!
「はーい。拓也、ひめ、行こう!」
「はい」
「お、おう…」
俺は、意を決して高尾酒店に足を踏み入れた。


「拓也さん、この人が高尾椿ちゃん。 高尾酒店の看板娘ですー」
どうする!? とにかく今はこの俺が真面目な青年だということを印象づかせるしかないのか!!?
と、とりあえず、なるべく丁寧に自己紹介をしよう。
「…あ、ご紹介にあずかりました。草津拓也です。 長谷田大学人文科を卒業して、今は大学の延長ってワケでは無いですが、世界中回って、現地の郷土資料とかを見て勉強しています…」
俺は、なるべくいいスマイルを浮かべるべく顔面筋肉を微妙に動かしつつ、恐る恐る顔を上げて相手を見た。
…目の前にいたのは、これまた懐かしい顔。 ああ、こんな人だったな、椿さんって。
「あー、ご丁寧な紹介どーも。私が高尾椿です。 看板娘なんて柄じゃありませんが」
俺より少し年上っぽい椿さんが俺を見た。
…明らかに表情が変わった。 こりゃやばいぞ!
「そして、私は草津ゆのは!! 拓也の婚約者です!!」
「……草津ひめ。 ゆのはお姉ちゃんの妹です。 お兄ちゃんとお姉ちゃんは婚約者だそうですが、実は親戚同士なので苗字は同じです」
うっ、目が合った。俺も椿さんも思いっきり固まっている!
「椿ちゃん、実はねー。三人ともちょっとワケありで大変なんですよー」
ああ、思考が上手く回らない! どうする草津拓也!!
「そんな大変だなんて……。 な、なんでもないんです。なんでも」
ひめ、頼むから黙って俺の顔をじっと見るのはやめてくれ!
「大丈夫だよー。椿ちゃんはとぉっても頼りになる人だからー、隠さず話しても平気だよー」
まずい、毎朝のお得意様を覗いたなどとわかばちゃん達に知られたら、追い出されるのはまちがいなし!!
「ほうとう? 本当?」
いえ、ですからアレは意図的じゃなかったんです。
出来心ですらなかったんです。見逃してください!!
「うん。本当ほんとー」
ま、詳しい話は、署で話してもらおうかな。 さぁおとなしく来るんだ!! この出歯亀野郎!!
ああ、ひめの視線が痛い。
「……拓也の馬鹿さをさらすみたいだし……私も自分がなさけなくなるんで、余り話したくないんです……。 でも、今は人の厚意におすがりするしか無くて……う……ひっく…」
ひぇー。お代官さまぁ。お許しください!!
おっとうがおっとうが、朝鮮人参を待って、家で伏せって居るんです。俺がいないと!!
「なんか事情が……?」
問答無用引っ立てい!!
「…ひめ」
「……あ、はい。 ……その、とと様が博打で借金を作って、でもそれは家の先祖伝来の土地を狙う地主様の差し金だったんです」
「地主様は証文を持って家まで押しかけて来たんです。とと様とかか様は二ヶ月でお金を作るからと、佐渡の金山へ働きに出たんです」
「その間その間、私達二人をなんとか逃がそうとおにいちゃんが一緒に来てくれたんです。でもお兄ちゃんは(以下略)」
ああ、俺の人生は終わった。せっかくミラクルに生き返ったというのに、どこかの路上で人知れずバラバラになってENDか。
ううっ。なんの因果か、かわいそーな俺。
「ううっ…かわいそうなゆのはちゃんとひめちゃん……ぐす」
思えばはかない一生だったなぁ。
ああ泣けてくる。泣けてきちまうぜ。 あふれる熱い涙。
「う……うっ……」
「拓也、そんな大きいナリして泣くなんて格好悪いよ……うっ……うっ……」
「これが泣かずにいられるか…… ああ、余りにも過酷な運命」
「たくやぁーっ!!」
「おにいちゃぁぁぁんっ!!」
「ゆのはぁっ!! ひめぇっ!!」
ひしっ、と俺達は抱き合った。
ああ、うるわしきかな草津一家。
「…拓也だけ涙の意味が違う気がしますが…」
ひめが何かを小声で言ったが、ここは聞き流しておこう。
「と、言うわけなんですよー」
「あーなるほど、だから、しぶぞうに」
「ええ、おじいちゃんなら、拓也さんに仕事をばっちり紹介してくれると思ったんですよー」
「人手ならうちも欲しいな」
「あー。だと思いましたー」
「で、この男使える?」
「拓也さんならばっちりですよー。 今朝なんかボイラーの点検から脱衣場の掃除までやってくれましたー」
「……そういうこと」
「はい!! そういうコトで、がんがん仕事あげてくださいー」
「……ちょっと面接したいから、席外して貰えないかな?」
「はーい」
「ゆのはちゃん、ひめちゃん。拓也さんと椿ちゃんは大事な話があるから、ちょっと外出ていようねー」
「アイスクリーム食べたいな…」
「うーん。ちょっと寒いかもだけどー、買ってあげるよー」
ゆのはは俺の方をちら、と見ると、親指をぐっと立て、勝ち誇ったような笑みを浮かべた。相変わらずいやしいやつめ。
だが、今モンダイなのはそんなコトではない、三人が外へ行くってコトは…
「え、あの、ちょっと、いきなり」
「じゃ、行こー」
「わーい、アイスクリーム!!」
二人は出て行ってしまった。
「…………」
「…………」
「…………」
今こそいさぎよく俺の男を見せる時だ!! だが事態の緊急性をかんがみれば、土下座では足りぬに違いない!!
「すいませんでした!!」
俺はコンクリートの床に勢い良く五体投……
「あー、ちょっとストップストップ」
地―をしようとしたところで止められた。
「え、あの…」
「…アンタ、『五体投地』……だったっけ? しようとしてなかったかい?」
おお、この人は五体投地を知っているのか。

五体投地とは!!
チベット人がラサ目指して巡礼をする時に、五体を道に投げ出しながら進むという荒技である!!
すごく痛いぞ!!

「あれ…見てる方が痛いから、やめてくれるとありがたいんだが…」
「え、いやしかしそれじゃ俺の真心が… って、よく知ってますね」
「なんか、昔どっかで見た事ある気がするのよね…」
あぁ、そうだ。そういえば前にココに来た時も同じ流れで同じコトをやっていたな、俺。
そういう記憶は残ってるものなんだな。
いや、だったらなおさらやるべきだ! あの時も五体投地で許しをもらったんじゃないか!!
「おにいちゃん、ソレはもういいですから」
「止めるなひめ! 俺は、俺はー!!」
「…………ぷっ」
「…え?」
「ぷははははっっっ!!」
「え?」
「くくくくははははははっ!! やっぱあんた馬鹿だ!! はははははっっ」
椿さんは腹を抱えて笑いだした。
「そうかな……まぁそうかも……」
「ははははははははっっ!! よくわかった!!」
「はへ?」
「あんたは意図して悪い事なんてできない!! とっても善人だ!!」
「ええ実はそうなんですよ!! わかっていただけましたか!!」
流石はチベット人の秘法五体投地!! 直接やらなくてもまごころってヤツは通じるんだなぁ。
「馬鹿も時には特なんですね」
はっはっは、ひめよ、馬鹿の底力を思い知ったか? 思い知ったんだな!
「ところで、ひめちゃんだっけ? わかばといっしょに出てったんじゃないのかい?」
「いえ、ちょっと心配だったので」
「え?」
……おお!! そういえばさっきから居たな!!
俺もてっきりわかばちゃんと一緒に外にいっちまったのかと思ってたぜ!!
「そうか。 ああ、ええと……草津拓也だっけ?」
「はい!!」
「あ、拓也でいいか?」
「ええ、椿さん……でいいですよね?」
「呼び捨てでもいいけど」
「どうも呼び捨てって抵抗あって」
「じゃ、それでいいよ。 にしても、あんたとはなんか始めてあった気がしないねぇ」
「そ、そうですか? いやー、俺みたいなヤツが他にも居るんですかねぇははははは」
いや、会った事あるんですよ、実際。
「うーん、アンタほどの馬鹿は他に居ない気がするけどねぇ。 まぁいいや。で、アルバイトのコトなんだが」
「あ、はい」
「さっきわかばが言ってたのを聞いてたろうけど、今、うちのオヤジが腰の具合が悪くて、余り働けないんだ」
「で、その代わりに俺を?」
「そ。 主な仕事は配達とか棚卸し。 毎日じゃなくても着てもらえると助かる。 時間は朝の10時から夜の7時まで、時給は900円で十分?」
「おおっ!! いいんですかそんなに?」
「素直にもらっておくもんだよ。くれるって言うんだからさ」
「そうですよ。 それに、私達にはそんな断る余裕はありませんし…」
「ううむ、確かにそうだ。 ではお言葉に甘えさせていただきます」
そういえばさっきから俺の心にフトした疑問質問。
だが、聞いていい物かどうか。
「…………」
「なに? もっと欲しい?」
「え、上げてくれるんですか?」
おいおいひめ、食いつきすぎだ。 修理はそんなに急がないんじゃなかったのか?
「いや、さすがにこっちもこれ以上はむずかしいよ」
「ひめ、これ以上のわがままはただの迷惑だぞ」
「…はぁ、残念です」
うーむ、やっぱりゆのはと比べるとそれほどお金に対する執着がなさそうだ。
いや、それでも相当なものだとは思うけどな。
「……あー」
椿さんは少しくちごもり、ちょっとだけ視線をそらし咳払いした。
「おほん。話はそれで終わり、で何か質問は?」
さすがに、なんで男湯の方に居たかは聞けないよな。
「あーありません」
「……私も特には」
ひめも気になる事は気になるらしい。
そうだよなぁ、女性が男湯にいるなんて普通に考えてありえない事だもんなぁ。
「おーい、わかば!! 話は終わったよ!!」
「つ、椿ちゃん、拓也さん、大変です! ひめちゃんがいなくなっちゃいました!!」
「ああ、それならここにいるよ」
慌てて入ってくるわかばに、椿さんは冷静に呼びかけた。
どうやらそこらへん走り回ってたみたいだなぁ、息がきれてるよ。
「なんか拓也のコトが心配だったらしくてね、こっそり残ってたみたいだ」
「そうだったんですかー、よかったー」
「もう、ひめ、おかげでアイス食べてる暇なかったじゃない」
おまえはそっちの心配かよ。
まぁ、ゆのはにとっては実際そんな心配する事でもないんだよな。
この町は平和そのものだし、ひめもゆのはも実はこの町の地理には詳しいし。
「わかばさん、おねえちゃん、心配かけてごめんなさい」
「ううん、無事ならいいんだよー」
「ごくろうさま。 ああ、そうだ。ふたりとも、ゆのは…と、ひめでいいかい?」
「え? いいですよ」
「私はかまいませんが」
「今回はタダでいいから、アイス一本ずつやるよ」
「は、いいんですか?」
「やるって言ってるんだから、遠慮するもんじゃないよ」
ほんと椿さんって気前いいよなぁ。
実はけっこう子ども好きだったりするのかな。
「わぁ、椿おねえちゃんありがとう!」
「ありがとうございます」
「一本だけだぞ」





「御両親の為にお金を……、見かけに似合わず、今時の若者とは思えぬ孝行モンだねぇ」
路上はいつの間にやら俺達草津一家のライブ会場。歩いているお年寄りがみんなこっちに振り返る!
……いや、俺はそういうつもりは無いんだが、ゆのは達の勢いに乗せられてもう何度も涙を流している。
「そーなんですよー。 みなさんも、何か仕事があったら、拓也さんに声かけてあげてくださいー」
「若いのに苦労しているんじゃのう……」
「いえ、おにいちゃんと、おねえちゃんが一緒ですから…」
「ひめ……くぅっ。 不憫な…、俺が俺がふがいないばっかりに……」
「拓也、泣いちゃ駄目だよ。ひめだってがんばってるんだから、拓也が泣いちゃったら…」
「けなげだねぇ… お譲ちゃん、飴玉いるかい?」
「あ、ありがとうございます! おねえちゃん、おにいちゃん、久しぶりの飴ですよー!」
「ひさしぶりなのかいっ」
「おねえちゃん、おねえちゃん、皆でわけようよ」
「うんっ …でも、飴玉ってうまく割れないよね…」
「いい子だね、いい子だね。 そんなことはしなくていいよ。 はい、もう1個と言わず、全部あげるよ!!」
「こんなにいっぱいっ!? すごい、すごいぜいたくですよぉ」
「う……わ、わたしゃ泣けて来たよ…」
「うちのオロダミアンAもあげるよ!!」
「こんなにいっぱい…これって、夢じゃないですよね」
「だいじょうぶだよー」
「夢じゃないよ。夢じゃないよひめ!!」
この小悪魔共め!! 二人になって破壊力がどんどん増していくじゃないか!!
だが、わかっていても…わかっていても熱い涙が止まらない。
あんな無邪気で小さな女の子と、健気で妹想いなおねえちゃん…これが泣かずにいられるかってんだ!!
「飴玉でさえ久しぶりとはっ……おい、にいちゃん」
「うっ……ううっ……は、はい」
「これでうまいもんでも買ってあげなっ!!」
「ええっ。そんな悪いです、くぁっ」
「こ、こんなにいっぱい……。 お札だよお札、おにいちゃん。零が三つもついてますよ!!」
ゆのはがにこにこ笑いながらこっそり俺をつねって、ひめが感動に涙しながら1000円札を受け取っていた。
こいつらチームワーク完璧だ。
「そ、そうだな、久しぶりだな」
ひめはそのまま俺の手にその1000円札を渡してきた。

―所持金 0001000円―

「…一番小さい私が持っておくのもなんですからね」
まぁ、確かに一番年下にお金を任せるのも不自然だよなぁ。
結局は俺の金全部ひめが持ってく事になるんだが。
「二人が買い物に来たときは、いつも負けてやるからな!!」
「おにいちゃん、おねえちゃん……、人ってやさしいんですね……ひめ、知らなかったです……」
「うん、うん、人ってやさしいね。ひめ……」
「ううっ……こんな小さな子の言葉とは思えないよっ。 辛かったろう、辛かったろうねぇ」
…確かに、ひめがそのセリフを言ったら妙に説得力がある。
ゆのはも前に同じ事を言っていたが、ひめの場合は雰囲気というか、見えない何かがストレートに伝わってくる気がする。
それもそうか。 ひめは1000年の間ずっと人間を恨み続けていたんだからな…
「困ったことがあったら、この爺も力を貸すぞい」
「ううっ。うれしい、うれしいですっ。 おにいちゃん、おねえちゃん、私達、幸せになれるかも!!」
「かもじゃないよ、ひめ」
「そうだ、俺達は幸せになるんだ!!
「おにいちゃん、おねえちゃん!!」
「「ひめ!」」
俺達3人の声が重なった。 あふれ続ける熱い涙。
「なんかジンときちゃいますねー」
ざわざわ。ざわざわ。ざわざわ。
なんか……俺。すげー悪人みたいな気がしてきたよ。


「大好評でしたねー。何度も見ているのに、わたしももらい泣きしちゃいましたー」
「芸でも講演会でも無いんだけど……」
いや、確かに実質3年前にもやってたもんだから、ある意味芸の域に達してるかもしれんけど。
「うーん。いちいち紹介していると大変ですねー  ……そうだ!!」
「なにかいいあいであがあるんですか?」
「うん、ご町内で一番人口密度が高いところにいきましょー。そこで一気に披露しましょう!!」
「だから芸じゃないって……」
「あーそーでしたねー」
というか、この町で一番人口密度が高い場所と言うと…
……まさか。
「…あの、人口密度が高い場所って?」
「はいー。そして一番健康に悪い場所ですー」



 

 

12/18(三編)へ続く


 


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