―12月19日― (後編)
 

 






いつものパターンだとお昼のランチタイムまでしばらく暇になるというので、榛名さんが休憩時間をくれた。
「はぁー」
外の冷たい空気で思いっきり深呼吸。
お客さんが多いので退屈はしないし、ハードというほど運動するわけでもないが、接客って妙に疲れるもんだなぁ。
「何を気を抜いているのですか。 休憩とはいえ、一日終わるまでが拓也の仕事なんですから」
俺といっしょに店から出てきたひめが呆れた目で俺を見ている。
「休める時に休んどかんと後が辛いんだぞ、ゆのは」
「……まぁ、その言い分も確かですね…」
お、さりげなく言ったつもりだが気付いたか。
ひめ…いや、ゆのはは、その一言を言う時少し俺から目をそらしていた。
「それより、何か用事があったんじゃなかったか?」
「あ、そうでした。 ゆのはから私に何があったのかを尋ねられました」
「俺からは何も言ってないぞ?」
「それは聞きました。『拓也が教えてくれないからひめに聞いてるんじゃない!』って」
あー、あいつ思いっきり地雷を踏みながら尋ねてるなぁ。
「…教えなかったら教えなかったで五月蝿いので、教えましたけど」
「教えたのか!?」
うーむ、それってもしかして、そんな重大な事でもなかったのか?
「ものすごく気まずそうな顔してました。ゆのはも、ああ見えてそれなりの責任感はありますからね」
まぁ、それはよく知っている。
普段はちょっとドジで無茶苦茶に見えて、それでも見るところはちゃんと見ているしな(だからこそ絶妙のタイミングで芝居ができるんだろうけど)。
「拓也には気を使わせてしまったみたいですし、とりあえずはその報告だけしようと思ってきました。 ゆのはがタダ飯が食べれそうなのに、私と一緒にこっちに来なかったのは、そのせいだと思います」
「はー、なるほど」
…タダ飯という単語が無ければ、気を使ってついて来れなかった、というゆのはの株ももう少し上がったんだがなぁ…
「何を話しているのですか?」
「おわぁっ!?」
「わっ!?」
なんだなんだっ、今この場所には俺達以外いなかったはずでは!?
「ほ、穂波ちゃん、いつの間に」
「たった今なのです。 私も休憩時間をもらったので、町を案内してあげるのです」
うーむ、やっぱほなみちゃんは油断ならんみたいだな。まぁ、これはこれで好都合か。
ゆのは…もとい、ひめとの話も終わったし、穂波ちゃんにあの事を尋ねるチャンスも出来たってもんだ。
…さて、問題はひめも参加させるかどうかだが…
「……私もついていっていいですか?」
「かまわないのです」
そうですか、俺には選択権ナシですか。
「ところで穂波ちゃん」
…と、聞こうとしたところで思いとどまる。
今は人がいなくても、ここは近いうち誰かが通りそうだしな…
「俺達、町内はほとんど……」
「はい、もうわかばお姉ちゃんが案内していると思うので……まだ行っていないところはありますか?」
「行ってないところ、ねぇ」
と、言われても実質一回は行った事があるところだらけだからなぁ。
とりあえず話もしたいから、昨日案内されてないところで、人気が無い場所は…
「……祠……」
「ひめ?」
「穂波さん、ゆのは姫が宿っているという祠に案内してくれませんか?」
「了解なのです」
そう言うと、穂波ちゃんは俺達を先導するように歩き始めた。
俺は少し慌ててそれについていくひめの横を歩く。
「……どういうつもりだ?」
「穂波さんは桂沢の縁の者。まさかとは思いますけど、確かめておきたい事があります」
まさか、ひめも気付いていたのか?
いや、でもなぁ。穂波ちゃんは俺以外にそれっぽいそぶりは見せてないようだし……

なにがなんだかよく分からんまま、俺達はほてほてと歩いて商店街を抜けていった。




「ここが、ゆのはな町の守り神、ゆのは姫の祠なのです」
目の前に立つのは小さな祠。雪を被っている姿はとても幻とは思えなかった。
それにしても、思えば不思議な縁だ。
あの時、たまたま帰る途中に通過するだけのハズの場所で、死にかけて生き返らせてもらって、そして、いろいろな人と出会った。
で、今はその助けてもらった神様と恋人同士なんていうんだから、なんか複雑。
文字通り、神様のお導きってヤツなのかもしれないな。
「……」
「……」
……なんか、穂波ちゃんとひめが互いをにらみ合っている、というか見つめあっているというか。
とりあえず、穏やかな雰囲気じゃない事は確かだ。
「……草津さん」
「な、なに?」
急に穂波ちゃんがこっちに顔を向けてきた。
「やっぱり……私の思い込みじゃないのです」
「な、な?」
「……草津さんが以前この町に来た事がある事、その時にまるでゾンビみたいな姿をしていた事、あの時の草津さんとゆのはちゃんは、恋人同士なんかじゃなくて、兄妹だったこと…全部、思い出したのです」
「……それって、突然ですか?」
「ちがうのです。 昨日草津さんに会った時から、雪が溶けていくみたいに、ゆっくりと思い出してきたのです」
「なるほど、やはり桂沢の縁の者という事ですか……」
「……ひめ、なんか状況がよくわからんのだが……」
とにかく、穂波ちゃんが全部思い出していて、今まさに、その記憶を確信されてしまったってのはかろうじて理解できたが。
「……穂波さん、つまり桂沢の者は、代々霊感が強いらしく…… 恐らく、あの時拓也の本来の姿が見破られたのはそのため。 あのまま穂波さんの傍にいつづけていたなら…もしかしたら、全部……」
やっぱりばれていたのか!? ばれていたってのか!!?
「となると、穂波さんにとっては今回の私達のお話は矛盾だらけ。 拓也とゆのはは兄妹じゃなくて婚約者になっているし、前にはいなかったはずの『妹』がいるし…」
「はい、ずっと気になっていたのです」
「……ひめ、このまま全部話す気か?」
「不本意ですけどね。 知らずにつけまわされるより、知ってもらって黙ってもらっておいたほうが得策です」
…いや、なんか下手に全部話したりすると俺がゆのはにボコられそうな気がするんだが。

結局、前回の事も含めて俺達は穂波ちゃんに全て話す事になった。もちろん、誰にも言わないという条件付きで、だ。
この事はゆのはにも言っておいたほうがいいのか正直迷うが、考えようによっては協力者ができたって事になるんじゃないだろうか?
うん、そうだ。 協力してくれる人がいるんだからいい流れじゃないか!!


今は、光川という川の横を歩いている。
とりあえず話は終わったが、まだ休憩時間は続いているので、3人でちょっとした散歩でもすることにした。
「ところで、今は拓也の事はどう見えているんですか?」
「……普通です。 そんな重い怪我をしているようには見えないのです」
なんか今、ものすごく残念そうな顔で言われたような。
「じゃあ、私の服は?」
「……ゆのはちゃんとペアルックだったり…普通なのです」
「……霊感が弱まってるんでしょうか? 以前拓也に使った術はそんなチャチなものじゃないはずだし、アレが見えてたのならこの服も…」
「はい、あの時は巫女服のように見えたのです」
ああ、間違いない。この子は全て見えていたんだ。で、こっちはこっちでそれに振り回されかけていたわけか。
あの時のバイト先、穂波ちゃんのところだけに絞っていたらどうなってたかわからんな。
「霊感が弱くなっているのは確かだとおもうのです。 少し前から、町中にいた人達の事も見えなくなっているのです」
……町中にいた人?
確か今は霊感の話題だったよな? ……ってことは……
「幽霊!?」
「はい。 この川にも、たくさんの溺死体の霊が浮いていたのです」
やな風景だな。
正直あまり想像したくないし、こんな綺麗な川がそんな状態になっているのは想像も出来ないが…
「でも、草津さんとひめちゃんの話を聞いて、なんとなく、わかりました」
「何が?」
「……霊感がなくなってきてるのは、きっと、必要なくなったからなのです」
穂波ちゃんは、一瞬微笑んでひめの方を向いてそう言うと、黙りこくってしまった。
なんとなくこっちからも話かけづらくなり、俺とひめも黙り込んでしまう。
…………
「あれ、あんたら仕事中じゃなかったのかい?」
おお、救世主!?
「あ、椿さんだ」
「おはようございます、今は店は暇なんで休憩中です」
「なるほど、で、ほなみんは町の案内かい?」
案内っつーかなんつーか、其の必要が突然無くなってしまったんで今はタダの散歩になりさがってますが。
「はいなのです。 そちらは配達ですか?」
「ああ、オヤジはぶっ倒れてるし、しぶぞうはどっか行っちまってるし」
疲れたような顔で、ため息混じりの椿さん。
まぁ、あんな奔放な爺を持ってるんだから実際疲れてるんだろう、肉体的にと言うより精神的に。
「あの」
「なんだい?」
「椿さんのオヤジさんって、どこか具合悪いんですか?」
「…………」
「…………」
なぜか穂波ちゃんも微妙な表情で黙り込む。
「も、もしかして、聞いちゃまずいコトですか!?」
「違う違う!! わぁ五体投地のポーズするな! ちょっと腰の具合を悪くしてるだけだ。 だから湿布はって休んでる」
「あ、なるほど」
「……おにいちゃん、それって人によっては脅迫じみてるみたいですね」
「な、なんとぉ!? チベット人の神聖な儀式が脅迫だと!!?」
「…ちべっと人とやらの事はよくわかりませんが、おにいちゃんのは信仰心もなくやっているので、それを神聖なものとしてやっているちべっと人とやらには失礼だと思いますが?」
「な、なにぃ!? 俺ってチベット人の敵だったのか!!?」
珍しく神様っぽいコトを言うと思ったら、その言葉は俺の心を深く深くナイフでえぐっていった。
「あははは、やっぱアンタらおもしろいね。 まぁ、ともかく免許持ってるのはオヤジだけなんで、仕入れだけはして貰ってるけどね。本当はそれだってさせないほうがいいんだが」
「タイヘンですね」
「ったく、年甲斐もなくハッスルするからだ。男ってヤツぁ……」
「ハ、ハッスルですか?」
「でも、たのしそうなのです」
「私は正直、頭痛いけどね」
うーん、なんかよくわからんがこの一件、穂波ちゃんも関係してるっぽいな。
まぁ、俺もそんな無粋な人間じゃないからな、あまり深くは聞かないでおこう。
「えーっと、なんだか良くわからないけど、お大事に」
「伝えとくよ」
「それより、配達はいいのですか?」
「おっと、そうだった。 あんたらもそろそろ戻ったほうがいいんじゃないか?」
言われて携帯の時間を見てみると……あ、もうすぐ休憩時間終わっちまうじゃないか。
「そうですね、穂波ちゃん、そろそろ戻ろうか」
「はいなのです」
「ひめは……」
「私はおねえちゃんの様子を見に行きます」
……コイツも老人達のお菓子目当てじゃないだろうなぁ……
第一印象で決めつけるのはよくないと判っているが、どーもこいつらの目的意識はそういう方向にしか無いような気がしてならない。
「……なにか非常に失礼なコトを考えていませんか?」
「ははは、そんなわけないだろう我が未来の妹よ」
「仲よさそうにしてるとこ悪いけど、配達があるんで失礼させてもらうよ」
椿さんはそう言い残すと、笑って俺達の前から去っていった。
「じゃあ、私も公民館にいきますので。 おにいちゃん、ちゃんと働いてお金を稼いでくださいね」
続いて、ひめもそう言って雪のちらつく川沿いをほてほてと歩いて行った。
「草津さん、私達も戻らないと……」
「あ、ああ、そうだな」





リフレッシュできたのかできてないのかよくわからない散歩が終わって、いよいよランチタイムだ。
「はい、ランチ3つ上がりましたぁ」
「お待たせしました。熱いので気をつけてください」
ランチタイムはモーニング以上の戦場だった。
店内の席はほとんど埋まり、注文はみんなそろって『今日のランチ』。
今日のランチメニューは榛名さん特製・セージ風味のポークピカタだ。いい匂いが空きっ腹に染みるぜ!
「ご老人ばかりのゆのはな町にしては、ハイカラな料理なんですねー」
「あら、外国にもお爺ちゃんやお婆ちゃんがいて、普通にこういうものを食べているでしょぉ?」
なるほど……材料と調理がよくて愛情がこもっていれば、お年寄りにも喜ばれる洋食になるって事か。
このお店が人気ある理由はそこかもしれないな。
「はいはい、お邪魔するよ」
「席は空いとるかのぉ……」
見た顔のお爺さんたちが入ってきた。
ゆのはとひめともどもお世話になった、八百屋の御手洗とめぞう爺さんと、眼鏡屋の松本清彦爺さんだ。
あの二人なら知らない顔でも無いし、俺もいっちょう接客の実戦を経験してみよう!
……と思ったら、穂波ちゃんに袖を引っ張られた。
「草津さんはまだ素人なので、あの二人には近づかないほうがいいです」
「…素人って、俺前にもここで何回か働いてたんだけど」
素で話せる相手ってありがたいよなぁ…。俺は今、心の底からそう思うぜ。
「あの二人はそう甘くないのです、私に任せてくれたらいいのです。  ご注文は、お決まりになりましたか?」
俺を押しのけて、穂波ちゃんは二人のお爺ちゃんの前に立つ。
「そうじゃなぁ…………君にしようか?」
なにィ!?
とめぞう爺さんが目にもとまらぬ早業でお尻に手を伸ばす。それを穂波ちゃんのトレイがスパッとガードした。
すげぇ、神々のレベルの戦いがいまの一瞬で……。
「マスター……ランチセット二つ、生でお願いします。では、ごゆっくりどうぞ」
「ま、待ってくれ、すまなんだ! 生は流石に腹が受け付けん! 堪忍じゃ!」
「じゃが、『生でお願いします』は、なかなかに風情があって良かったのう……」
穂波ちゃんがよろめく。 下ネタ全開なのか、このジーさんたち!?
「あぅぅ……お、お冷に七味大盛りでお入れしますね」
「あわわ……待っておくれ、すまなんだ、さわり……」
「きゃっ!?」
一瞬の隙をついて、眼鏡屋の爺さんが穂波のお尻を撫でる。
た、達人だ……ッッ!!
そして穂波ちゃんは、この若いみそらでこの激戦区に身を晒していたのかぁっ!
「ナイス陽動じゃな、爺さんや」
「ふむ、しかしのう……やはりマスターの尻たぶでないと、こう、手触りに趣が足りんぞい……」
どうやら対決に負けた穂波ちゃんがすごすごと引き返してくる。
「はぁぁ……もう、ちょべりばなのです」

――チョベリバ!?

俺の耳を襲った信じがたい言葉!! いまのは聞き間違いか!?
い、いや、確かに聞いたぞ。 なぜ21世紀も華やかな日本に、そんな言葉が!?
ハッ!? ま、まさか一瞬のうちに時空が歪み、俺達は1999年の日本にタイムスリップ!?
外に出れば世間はY2K問題でフィーバー中!?
い、いや待て、落ち着け草津拓也! 幻聴だ、今のはきっと幻聴だ。
「こんにちわー! ……っっって!! なんで拓也がここで働いてるのっっ!?」
「あらぁ、いらっしゃい」
「いらっしゃいませ。 俺がどこで働こうと自由でございます」
「なーによ、それ! まぁ、のうのうと華の湯に居座られるよりはいいけどね。 ほなみん、こんち!」
「こんにちわ……ご注文は?」
「んーと、オレンジジュースでいいわ。 それにしても、この男が白摘茶房を選ぶなんて思わなかったわ……はッ!?  そうか! いま突然悟っちゃった! 熟女フェチでロリコンの草津拓也が勤め先にここを選ぶのは当然かもしれない!!」
「ストライクゾーン広いな、おい!」
「わかばのみならず、ほなみんと榛名さんの貞操までケダモノの毒牙にかかろうとしているのね! なんてひどい! 悪夢だわっっっっ!」
「悪夢を見るのは布団の中限定にしろ!」
俺に言わせりゃお前も充分ケダモノの部類だとおもうぞ、精神的にも物理的にも。
「いい、ほなみん? 身の危険を感じたらここよ! 首の後ろを、アイスピックで一撃!! いいですね、榛名さんも!」
「はぁい」
「いや、頼むから従業員を仕留めないでください」
「宇奈月さん、その殺し方は苦しみますか? 断末魔に痙攣したりするのですか?」
「穂波ちゃんも目を爛々と光らせないっ!」


はぁぁ……疲れた。
由真の襲撃でいっそうドタバタ感を増したランチタイムが終わり、お客さんの姿がなくなると、ようやく俺達の休憩時間だ。
「あ、そうだ穂波ちゃん、俺の事は拓也でいいよ」
「え? あ、はい……じゃあ、草津さんの席はこっちなのです」
うーむ、結局苗字ですか。
そんな疎遠な間柄ってわけでもないし、別に問題は無いと思うが…やっぱ年頃の娘ってヤツの複雑な心境なのか?
それでも、わかばちゃんと椿さんはふつーに呼んでくれてるしなぁ。
まぁ、呼びたくないなら仕方ない、ここは流しておく事にした。
…と、いうか今は別な事が気になっている。
「席って……ここ?」
「はい、アルバイトさんは隅っこでいいのです」
「そ、そうか……ありがと」
穂波ちゃんが俺に用意してくれたのは、トイレの近くにある二人がけの席だった。
今はガラガラなんだから、こんな店が混んでるときにも使われないような隅っこの席に案内しなくてもいいのに。
縦社会。
これが縦社会なのかっ!
「ん?」
ふと後ろの壁に目が向いて、そこに子供が描いたような絵が飾ってあるのが見えた。
「これ、穂波ちゃんが描いたの?」
「はい」
「へぇ、なんかいいな」
クレヨンで描いたお父さんとお母さんの絵。 なんだか、この一角だけすごくアットホームな雰囲気だ。
「おまたせぇ。 ごめんなさい、おなか空いたでしょう」
「ぜんぜん平気っす!」
おおお! 昼飯時はこいつを運びながら、何度つまみ食いしたい衝動に駆られた事か。
この、卵にくるまれた豚のロース肉と、カリカリになったセージの葉っぱのコラボレートが、もう、たまらなく食欲をそそるぜ!
「……あら? この席、穂波ちゃんが案内したのかしら?」
「……そうなのです」
「……あらあら、なるほど。 ふふふ、拓也くんのは大盛りだからゆっくり食べてねぇ♪」
「お、お母さん……」
ん、なんだ?
まあいいか。
「ありがとうございます、いっただきまーす! がつがつ……ん、ん? んんッ!?」
俺の中で、強烈な何かが爆発した。
「ウンまぁぁ〜いっ!! こっこれは〜っ! この味わあぁ〜っ!?」
最高だ! マジで美味ェ!!  榛名さん、ますます料理の腕に磨きが掛かってるな!!
この片田舎に、こんな美味いモンを食わせる喫茶店があるなんて誰が思っただろうか!
ポークとセージの相性がグンバツだぜ!
いったい、なにオ・トラザルディーに料理を教わったんだ、榛名さん!?
「草津さん、もう少し落ち着いて食べるのです」
おおっと、俺とした事が魂の叫びをつい全力の行動で表してしまったみたいだ!!
これじゃまるで飢えたゆのはみたいじゃないか!





喫茶店の午後はまったりタイムだ。この時間に来るお客さんはほとんどいない。
ランチタイムの喧騒が嘘のように穏やかな空気の中、空がだんだんとオレンジに染まり始めた。
「こんにちわー」
「あら、いらっしゃいませぇ、尚樹さん。 昨日も遅くまで忙しそうだったわねぇ」
「ええ、今がいちばん追い込みの時期ですから。 おや、拓也くんは白摘茶房でアルバイトをすることにしたんだね。それはそうと……」
「はい、メニューをどうぞぉ」
「あ、ああ……ええと……ランチタイムはもう終わっちゃいましたか?」
「ふふっ、まだ平気ですよ」
本当はもう終わっているけれど、榛名さんはニコニコ融通をきかせてくれる。
「お仕事、忙しいんですか?」
「仕事……うーん、そうだねぇ。ビジネスよりも、ワークのほうがちょっとね。それはそうと……」
「はい?」
し、しまった!! 『それはそうと』に、つい相槌を打ってしまった!
「それはそうと……さっきそこの路地を抜けようとしたら、拓也くんが奥の席で食事をしているのが見えたんだけど……」
「ホッ……はい、それがなにか?」
「いや実はね……あの席は、穂波ちゃん専用の場所なんだ」
専用? そういえば、前に榛名さんも指定席だって言ってたなぁ。
店内に穂波ちゃんの姿はない。
夕方から休みをもらって、今は自分の部屋に戻っているのだ。
「子供の頃の穂波ちゃんは寂しがりやでね、榛名さんがお店で忙しいときは、よくあの席に座って、小学校の宿題をやったりしていたんだ」
なるほど、それで専用ってわけか。
「あれ? でも俺、さっき彼女からそこに座るように言われたんですけど」
「へぇ、それは珍しいなぁ……」
……うーん、なんだかんだいって気にいられてるって事なのか?
3年前は、今考えると研究対象として見られていたような感じだったけど、本当の事情を知ってもらって、普通に見えているはずの今はどうなんだろう。
「それはさておき僕が忙しい理由だけどね、東京から来た拓也くんはもちろん知っているだろう、年に2回有明のシーサイドで催される偉大なイベントを!」
「あ、う……ッ!」
しまった、さえぎるタイミングを外された!!
『それはそうと』で来ると思ったのに、『それはさておき』だと!? 新パターンだ!
「もちろん僕も毎年参加しているんだが、今年はなんと自作のペーパークラフト本を出すことにしたんだよ。今はそのサンプルを組み立て中さ。 何のペーパークラフトかは言うまでもなくリットリオ級戦艦さ。 サンプルは特別番として二番艦のヴィットリオ・ヴェネトにアレンジをして……」
やばい! 完全につかまってしまった!
「高速性を限界まで追求しているイタリア戦艦の偉大な点はだね、船首から船尾に至る優美なフォルムにある! それは分かるよね? 中でもリットリオ級に代表されるような、防御性を犠牲にしてまで贅肉をそぎ落とし、シェイプアップした装甲にあると思うんだ。 確かに一発のフリッツXで轟沈した戦艦ローマの悲劇は無視できるものではない…… だがその無謀ともいえる設計思想がフェラーリンに受け継がれ、今日のフォーミュラカーレースを席巻していることは周知の事実なんだよっ!!」
あぁぁ、真実か妄想かも定かではない言葉という名の洪水が、すごい勢いで俺の意識を押し流していく。
「いやぁ、拓也くんと話し合うのは実に有意義だよ。 こんな気の合う同世代も珍しいよ」
「……は、はぁ」
だ、ダメだ、昔も含めて何度聞かされてもこの人にはついていけない……
というか俺には全然『話し合う』にはなってないとおもうんですが……
「気が向いたら、いつでも春日デンキのクルーになりに来てほしいな。歓迎しているからね!」
クルーになったら、やっぱり尚樹キャプテンの戦艦話を聞かされ続けるんだろうなぁ。
どう考えても、すごく微妙なバイトだ。



――とまぁ、そんなこんなで時間はすぎて、閉店の7時が近づいてきた。
喫茶店はいろんな人が入れ替わりで来るから、バイト時間もずいぶんと長く感じられたなぁ。
「「ありがとうございました!」」
最後に店の後片付けと掃除をして、喫茶店アルバイトの1日目が終了だ。
「ふぅ……そろそろお店閉めようかしら。 拓也くん、今日はご苦労さまぁ。 すごく助かっちゃったわ」
「いやぁ。 あはは、照れますってそんな」
言葉以上になにが照れるって、榛名さん天然なんだろうけど、胸近いです、胸!!
……って、穂波ちゃんが見てる!?
「本当に、拓也くんが来てくれてよかったわぁ。 男手があるのって、やっぱり頼りになるわね」
「い、いやぁ、HAHAHA」
いかん、榛名さんの胸……。
目をそらせ、目をそらせ……!
そらせ…… そらせ…… そらせ…… そら……
せ……ぬ!!!
「テーブルは私が拭くので、草津さんは、椅子上げるの手伝ってください!」
「ぐぁぁぁっ!! ごめんごめん!!」
はぁぁ……。
恐ろしい、破幻の胸だ。
穂波ちゃんの御機嫌は……あんまりよくないな。
しかし、さっきから俺の頭に引っかかっている、尚樹さんの話だけは確かめておきたい。
「あのさ。俺、あそこの席に座っちゃって本当によかった?」
「え?」
「奥の席は、穂波ちゃんの指定席だって聞いたけど」
「……ううん、別にいいのです」
俺から新しい台拭きを受け取った穂波ちゃんが、テキパキと拭き掃除を済ませていく。
座席にこだわりがあるようには見えないな。
あそこがお気に入りの席だっていうのは、尚樹さんお得意の思い込みかもしれない。
掃除を終えた穂波ちゃんは、店の奥にある自宅スペースのほうへ、さっさと戻ってしまった。
え? サヨナラもなし!? 忍びの者だって御免、の一言でも言うものなのに。
やっぱり、榛名さんの胸に気を取られたのは失敗だった。せっかくうちとけられたと思ったのになぁ……
とはいえ、榛名さんの癒しパワーのおかげで、疲れも吹っ飛ぶんだよなぁ。
……って、いかんいかん。こんなこと考えていたらまたゆのはに殺されかねん……
「はい、これ、今日のお給金。 それから、おみやげ」
おっと、榛名さんが封筒と何かを差し出してくれているじゃないか

―所持金 0007700―

「おみやげ? なんですか?」
「デザート用のアイスクリームの残りよ。 帰って、ゆのはちゃんとひめちゃんと食べて」
「うーん…」
…まぁ、今回はタダで何か食っていったってわけでもないしな。お爺ちゃん達からいくらかたかってたが。
「ありがとうございます!!」
「どういたしまして」
「それじゃ俺はこれで。 またよろしくお願いしますっ!」
「はい、ご苦労様でした。 おやすみなさぁい♪」
「お、おやすみなさぁ〜い♪♪」
「はぁい♪」
ふらふらふらら……
いかん顔が緩みっぱなしだ。ゆのはに会う前に元に戻さんと何を言われるやら。
榛名さんの癒しパワーの前に俺ときたらダダ崩れだな。 困ったもんだ。



ふぃー、働いた、働いた。 勤労のあとは気分がいいぜ!!
さてと。わかばちゃんの家に戻る前に、ケイタイで連絡だけ入れておこう。
――ぴっぽっぱ……って、なんかゆのはとひめのフレーズが感染ってる気がする。
「あ、もしもし。 草津拓也です、わかばちゃん?」
「はい、アルバイトお疲れ様でしたー。 あのぉ、実はゆのはちゃんとひめちゃんがまだ戻っていないんですけどー」
「へ? 二人が?」
「そうなんですよー。 てっきり、拓也さんとご一緒なのかとばかり……」
「ありがとう。なら、ちょっと探してから帰るよ。 もし二人がが戻ってきたら、携帯に連絡するようにって……うん、ありがとう。それじゃ」
ゆのはとひめのやつ、なにやってるんだ? まさかまだ公民館で善良なご老人をだまくらかしてるのか!?
しょうがない、疲れてるけど探しに行くか。 まったく手間の掛かる元・神様と神様だ。
しかし、冷静に考えたら公民館もこんな時間だとさすがに閉まってるだろうし……
他にあの二人が行きそーなトコなんて判らないなぁ。
祠か? でも、壊れたままの祠に戻る理由なんて無いだろーし、第一、今となっては人間であるゆのはまでついていく必要は無い。
「おいしいっ!! おいしいっ!! しあわせですー」
むむっ。これはゆのは…じゃなくて、この全体的に微妙なニュアンスの敬語はひめボイス!?
ズバッと振り返れば、営業時間もすぎて人家のない商店街の一角に、なぜか灯りが!?
あれは『食事処たがみ』!!
「「おおおおおおおう!! ざわざわっ。ざわざわっ」」
……なんかすごい人数のざわめきが聞こえるが……
俺は、なにやら胸騒ぎの予感に駆られてダッシュ!
「おひひいおひひいですぅっっ!!」
「ふみぃ…もうおなか一杯……動けない〜……」
「な、なにやってんだぁゆのはっ!! ひめっ!!」
この空のどんぶりの量はなんだぁっ!!
ゆのはは腹パンパンで倒れてるみたいだから……ま、まさかひめがこれを!?
「ふ、小僧、そんな事も判ら無ぇのか。 お嬢ちゃんはラーメンを盛り盛り食べてんだよ」
恐るべき神の胃袋!!
「…ところで、そこで倒れてるゆのはは何杯食べたんですか?」
「4杯だな、身体が小せぇ妹の方がよく食うってのも妙な話だが。 かぁっ、素敵な食べっぷりだぜぇ」
……なんか勝手に納得してるよこの爺さん。
というか、並の人間だと4杯でもどー考えても食いすぎだ。
「素敵というより空恐ろしいんですが」
「何杯食べてもおいしいです!! 幸せってこういう味なんですね!!」
猫被りモード全快だな、素じゃ絶対見せない笑顔だ。
……ん? そういえば、本当にひめの本気の笑顔って見た事無いよな?
「そうだろそうだろ。 うんうん。好きなだけ食べなお嬢ちゃん。 もうちょいでタダになるからな」
この瞬間、俺の頭に浮かびかけていた疑問が、タダという一声で吹き飛んでしまった。
……お金がかからない云々よりも、脳内に巻き起こった嫌な予感のせいで。
「ただっ!? ただってつまり、お金が一銭もかからないって事ですか!?」
「そうだよなぁ、『たがみ』の、20杯越えるとただになるんだよなぁ?」
渋蔵さんは、どことなく邪悪な笑みを浮かべて、厨房のほうを見た。
『たがみ』の主人は、ひきつった笑みを浮かべて。
「え、ええっ、そ、そうですよ、あは、あはは」
「って事だ。 お嬢ちゃんがんばれ!! あと一杯だ」
「うん、ひめ頑張ります!! ただならおにいちゃんにもおねえちゃんにも迷惑がかからないもん!」
「ひめ、がんばれー、私の分も食べちゃってー!」
あ、ゆのはがタダという言葉に反応して起きやがった。
…まぁ、流石にもう入らないみたいだが。
「おにいちゃん、おねえちゃん、見守っててください。二人に見守って貰えれば、ひめ、頑張れる気がしますから」
セリフだけ聞いてると、なんだかヒドク健気じゃないか!!
俺の極めて弱い涙腺がもうもうもうっ!!
「ひめぇっっっ!! お兄ちゃんはか、感激しちゃうぜぇ!!」
「見ててねおにいちゃん、おねえちゃん」
「おおおおっっっっっっ!! 見てるとも、ひめぇっっ!!」
「ひめぇ、がんばれー!」
ああ、溢れる熱い涙。
「くぅぅっっっ泣けるぜぇ!! きらめく兄弟愛に泣けてくるぜぇ!!」
「頑張れお嬢ちゃん!! おいちゃん達も見てるぞぉ!!」
「おばちゃん達もおうえんしてるからね!!」
いつのまにか膨れあがったギャラリーの熱気が、『たがみ』の店内の温度を上昇させる!!
「おおっっ。 まだ食えるのかぁっ!!」
「ああ、なんておいしそうに食べるんだろう。 よほどお腹を空かしていたんだねぇ。 ふ、不憫だよぉ。不憫だよぉ」
「俺達は奇跡を見ているのかもしれん!!」
「あったかくてしあわせですぅ!! こんな所に幸せはあったんですね!!」
「そうよっ!! 幸せはココにあるのよ。 今、まさにお嬢ちゃんの腹ん中になぁっ!!」
「……うー、私ももっと食べたい……でも、もうはいらな……」
だからお前はもうやめとけって。
お前までこの規模で食ってたら腹が壊れる前にこの店潰れるぞ。
「んむんむんむんむ、しあわせでお腹がうれしいですっ!!」
「渋蔵さん!! 妹が幸せそうで俺はうれしいっす!! でも、一体どうしてこういう展開に?」
「そりゃなぁ。 語るも涙、聞くも涙の物語よっ!!」
「俺達にも聞かしてくれよ!! その涙涙の物語をよ!!」
「ふっ。 これが語らずに居られるかってぇんだ。 まぁ、耳の穴かっぽじってよーく聞きな」
「ああ、聞くともさ聞くともさ!!」
「就業間際の『たがみ』の前を通りかかったらよ。 寂しげな顔をしたお嬢ちゃん達が、店の入り口んトコに佇んでたってぇワケだ」
「なぜ、そんなに寂しげな!?」
「気になって聞いてみればよぉ。お嬢ちゃん達はよぉ。ラーメンっつうモンを喰ったコトが無ぇそうじゃないか!! 哀しいじゃねぇか!!」
「そ、そうか。俺が甲斐性なしなばっかりに、ゆのはすまん、ひめ、すまん!!」
「拓也、拓也は悪くないよ……みんな、みんな貧乏が悪いんだから……」
……って、ひめはともかく、ゆのははこの町向かう前の町で喰ってなかったか?
「そりゃ哀しいわねぇ!! ラーメンも食べた事がないなんて!!」
「で、おいしい食べ物かってぇ聞くからよ。 ああ、うめぇぜと答えりゃ、つぶらな瞳でよぉ。 お品書きをみてよぉ。 うぅっ…… ああ、一度でいいから食べてみたいです。 なんていじらしく言ってよぉ。 一瞬切な気な顔をするじゃ無ぇか!!」
「ああっ。ラーメンもたべさせられないお兄ちゃんを許してくれ!!」
「兄ちゃん!! 自分を責めるな!! みんな貧乏が悪いんだから」
「そうだよ拓也、拓也は馬鹿だけど、自分を責めちゃいけないよ!」
ああ、涙涙涙!!
みながみな涙を目に浮かべている!!
たがみの主人の涙だけは、なんとなく意味が違う気がしたが。
「あんな目をしたお嬢ちゃんにおごら無ぇ奴ぁ、人間たぁ言え無ぇぜ!! 獣だぜ? いや、情が無ぇ分獣にも劣る!! そう思わ無ぇか!?」
「意義無し!!」
「そうよぉっっ!! その通りよぉ!!」
「ああ、そうだともそうだとも!!」
「好きなだけ食べるなんて初めて!! これがお大臣様の生活なんだぁっ!!」
「で、渋蔵さんがふたりにおごってくれたんですね!!」
「おうよ!!」
「アンタって人は、男の中の男だ!! 北斗七星だこの惑星の一番星だ!! ふたりに変わってお礼を言わせてくれ!!」
「青年頭をあげなっ!! 照れるじゃねぇかよぉ」
「でもでもっ」
「ワシの優しさなんざ、みつ枝さんの足元にもおよばねぇぜ」
「あ……」
いけないいけない。 みつ枝さんとわかばちゃんに連絡しなくちゃだな。
俺はケイタイをとりだすと、ぴっぽっぱ。
「もしもし」
「あ、拓也さん!! お二人は?」
「見つかった。 『たがみ』でさラーメン食べてるよ。 わかばちゃん、人間って優しいよな」
「当然ですよー。 でも、一体どうしてそういうコトに?」
「渋蔵さんがさ、甲斐性のない俺の代わりに、ふたりにラーメンをおごってくれたんだよ」
「拓也さん? なんで泣いてるんですかー?」
「だからさ、人間てあったかいんだよ。 これが人の情けか!!」
「ええと、それで今、お二人は、どうしているんですかー?」
「ゆのはは腹いっぱいでダウン、ひめはラーメンをしあわせそうに食べてるよ」
「そうだったんですかー。 安心しましたー」
「それから、ごめんねわかばちゃん。 二人の分の食事はいらないと思う。 勝手でごめんな」
「拓也さんはどうするんですか?」
「俺さ、駄目な兄貴で恋人だけど保護者だから、ひめが食べ終わるまで見てるよ。 俺が見てると頑張れるとか言うんだぜ!!」
「お兄さんですねー。 わかりましたー。 じゃあ待ってますー」
「え、いいよ。 ただでさえ遅いんだから」
「でもー」
「どうしたんだい?」
「あ、ちょっと待ってください。」
「はいはい」
電話口から声がとおざかり、わかばちゃんとみつ枝さんの間で、良く聞き取れない遣り取りがあった。
「すいません拓也さん、お待たせしました」
「いや、お待たせだなんて……迷惑かけてるのはこっちなんだから気にしないで」
「あの……先に夕飯あがらせていただきます。 拓也さんが帰って来たら、ちゃんと温めなおしますからー」
「いいよいいよそんなに気にかけないで!! こっちの勝手なんだから、出して置いて貰えれば、自分で電子レンジでチンするから」
「……わかりましたー」
「ホントーに、心配かけてごめんね」
「拓也さん」
「なに?」
「お二人にナニゴトもなくて、よかったですねー」
え、エエ子や。
「……う、ううっ……わかばちゃん、君って子は……」
「あ、あの拓也さん? どうしたんですか!?」
「うんうん、そうだね。 ナニゴトもなくて良かった良かった」
「では、ゆのはちゃんのコトはおまかせしまーす」
「うん!! 駄目な兄貴だけど頑張るよ」
「頑張ってください。 では」
「では」
ああ、わかばちゃんっていい子だなぁ。
ゆのはもひめもいい子だし、渋蔵もいい人だし、野次馬もみんなあったかい。
ああ、なんてすばらしき世界!!

「おおっ。ついにリーチがっ!!」
「おかわりです!!」
「おおおおおっ!! 来たぁぁぁぁぁぁっっっっ!!」
「頑張れひめっっ!!」
「うん、頑張るお兄ちゃん!!」
「今まさに汁を飲み干したぞぉ!! やったなお嬢ちゃん!!」
「うん!! おかわりっ!!」
「いっ!?」
『たがみ』の主人の顔色がいっそう悪くなった。
……なんか、最初は笑って見てたけど、10杯越えたあたりから一杯ごとに、みるみる顔が青ざめていったという光景があったことがまるで手に取るようにわかるなぁ。
「行くかっ!! 行くのか!!」
「行きますっ!! おにいちゃん、おねえちゃん、ひめは行きます!! ひめを見守っててね!!」
「いけぇぇぇぇぇっっっ!!」
などと言う狂乱のうちに、時計は10時をぶっちぎった。
どんぶりの山はピサの斜塔か、ティオティワカンのピラミッドか、それとも万里の長城か。
「かっかっかっっ!! なぁお前ぇの義妹はすげぇなぁ!! 鼻高々だろ? ううん?」
すごいぜ神の胃袋!!
「ええ、はははははっっ!! 自慢の妹っすから!!」
ああ、『たがみ』の主人が、うなだれて座り込んでいるよ。まるで明日のジョージみたいだ
「……しぶぞう、私ももう一杯食べていい?」
「おお、ゆのはちゃん。お前ぇも行くのか!? もちろんいいに決まってるじゃねぇか!!」
どうやら時間をおいてお腹の具合がちょっとマシになったらしい。
…人間になっても見事な消化力だな。だからって食ってると腹壊す気がするが……
しかし神様のひめはともかく、人間になったゆのはがこんだけ食ってて太らないのがまったくもって不思議だ
「何杯食べてもおいしいですぅ!! いくらでも食べられそうですよぉ!!」
「そうだろそうだろ。うんうん。 もう気の済むまで食べなお嬢ちゃん。 もうちょいで新記録だからな!!」
「ひんひろく?」
「そうよ!! 二十年ばかり前ぇに作られて以来ぇ、誰も破れなかった記録よぉ。 ラーメン四十一杯のなっ!!」
「しぶぞうさん、新記録作るとどうなるんですか?」
「確かなぁ。賞金が出るんだよなぁ、『たがみ』の、確か一万だったよな?」
渋蔵さんは、どことなく邪悪な笑みを浮かべて、燃え尽きた『たがみ』の主人を見た。
『たがみ』の主人は、ひきつった笑みを浮かべて。
「はい……そうです……あはははは。 後、色紙にサインをもらって飾るんです……」
「って事だ。 お嬢ちゃん頑張れ!! そいつが四十一杯ぇ目だからあと一杯ぇだ」
「うん、ひめ、頑張ります!! 賞金もらって、親孝行します!! 蔵だって建てちゃいますよ!!」
セリフだけ聞いてると、なんだかヒドク健気じゃないか!!
俺の極めて弱い涙腺がまたもまたも。
「ううっ。ひめぇっっっ!! お前はそこまで親の事を!! お兄ちゃんはか、感激しちゃうぜぇ!!」
「ひめ、私も応援してる! 応援してるから、がんばって!!」
「ひめを見守っててくださいね、おにいちゃん、おねえちゃん。 故郷に錦を飾るんです!!」
「おおおおっっっっっっ!! 見てるともひめぇ!!」
「見てる、最後まで見てるよ、ひめっ!!」
ああ、溢れる熱い涙。ゆのはもとなりでゆっくりとラーメンを食いながら応援してる。
……5杯分の売り上げがあっただけ、『たがみ』の主人は幸福だったのか不幸だったのか。
どっちにしろ焼け石に水だけど。
「くぅぅっっっ泣けるぜぇ!! なんでこの姉妹はこんなにも泣かせやがるのかぁっ!!」
「なんて幸せな親御さん達なんだっ!! ああ、おいちゃん達にも応援させてくれ!!」
「おばちゃん達も応援してるからね!! 一万円!! 一万円!!」
入り口に鈴なりになり、ついに店の中にまで入り込んだギャラリーの熱気が、『たがみ』の店内の温度を上昇させる!!
ますます今夜はヒートアップ!!
「奇跡だよぉ!! 奇跡が起こってるよぉ!! 神だよ!! この子はきっとちっちゃな神様の生まれ代わりだよ!!」
「ありがたやありがたや!!」
「んむんむんむんむんむ…… みんなの力で、ひめここまで来ましたよぉ!! 心も躯もあったかいよぉ!!」
「その内、懐もあったかくなるぜ!!」
「ひめぇっっっ!! おにいちゃんは見てるぞぉっ!!」
「まぁまぁ、すごいですねぇひめちゃん」
「あ、榛名さんどうしてココに?」
「ココはうちのお向かいですからぁ。 こんなに人があつまってれば、イヤでも気になりますよぉ」
「ほわぁっ!! おいしいですっ!!」
「まぁまぁあんなに食べちゃって、食いしん坊さんなんだからぁ。 本当に育ち盛りねぇ」
「ま、子供の義務は、良く食べ良く寝て良く遊ぶですから」
「そうねぇ。 ねぇ拓也くん、もしかして、ひめちゃんとゆのはちゃんって、大食いの家系?」
「いや、そういう……ワケでもあるのかな?」
人間なのにとなりで5杯目食ってるゆのはを見ると、とても否定できそうにない。
「ところで、こんなところにいたらアイス溶けちゃうわねぇ…ちょっと外の雪に埋めて冷やしておこうかしら」
あ、そういえばそんなものもあったなぁ…まぁ、せっかくだからお願いしようか。
冬場でもあったかいものの後にあえてアイス食うのは格別だからなぁ。
「じゃあ、ちょっと埋めてくるわね」
ビバ雪国、冷蔵庫いらず。 大きめのビニール袋で包んであるから中身が汚れる心配も無いぜ!!
「おおおおっっっ。飲み干したぞ飲み干したぞ!! 行くか行くのかお嬢ちゃん!!」
「行くっっ!!」
「おおおおおおっっっっ!! ついに行くのかっ!!」
「でも、ご主人はお気の毒ね」
アイスを埋めて戻ってきたらしい榛名さんが、あらあらと手を頬にあてながらそう言った。
「え……」
顔面蒼白になったたがみの主人が、ラーメンを乗せた盆をささげもって、よろめく足取りでやってきた。
「し、新記録です……あははは」
うわ。すげー気の毒。
確かに泣きそうな顔してるよ、かなり悪いコトをしている気が。
「来たぁぁぁぁっっっ!!」
「あの前の記録ってね。御主人の御父様の作った記録なのよ」
「……そうなんですか」
榛名さんのおかげで、頭がさめてきた。
ひめが神だと言うのは知られちゃいけない。こんな風に超常の力を見せるのはまずい。
超常と言うより非常識の方だけど。
…というか約一名に思いっきりばらした後なんだし。
「榛名さん」
「なぁに?」
「穂波ちゃんは?」
と、その約一名のコトを聞いてみる。
「興味がないような顔してたけど、人影に隠れてみてるわぁ。 私に気付かれてないと思ってるだろうけど、その辺はママですから」
「……流石ですね」
うーん、今度はゾンビでなく神様の観察? 確かにある意味オカルト関連の話ではあるが……
いずれにせよ、そろそろ潮時だな。
「いい食べっぷりだぜ!! これなら後、十杯はいけるんじゃねぇか!! がはがはがはははははは!!」
「奇跡だ……これは奇跡だ……」
そうだよこれは奇跡だ。
だって、ひめは神様なんだから。 これは、ありえないコトなんだから。
「うーん、こんなに人があつまるのなら、今度はうちのパフェの大食いでも、してもらおうかしら」
「勘弁してくださいよ」
もうそろそろ、終わりにしよう、きっと、その方がいい。
それに俺も腹減ったし。
「ふぅっ!! 新記録です!!」
「おお!! やったなお嬢ちゃん!!」
「ひめ、すごいすごい!!」
「おねえちゃん、おにいちゃん、ひめやりましたよ!!」
顔面蒼白になった『たがみ』の主人が、サインペンと色紙を差し出す。
『ひめ』と言う文字は、決して上手いとは言えないけどかわいい文字だった。
さて、俺の出番か。
「おい、ひ」
「ごちそうさまです」
……って、出番無し!!?
「ひめ、タダなのに食べないの?」
あ、ゆのはも5杯目食べ終わった。
「新記録も出したことだし、おなかいっぱいだし、心残りはありません!」
「……」
なんか思いっきり肩すかし食らった気分だ。
手間がなくなったのはいいんだが、なんだろう、この胸に大穴が開けられたかのような空しさは。
「おにいちゃん、どうしたんですか?」
「拓也、どうしたの?」
「…ああ、いや、そうだな、わかばちゃんも心配してるだろうし、そろそろ帰ろうか」
呆け顔で店から出る俺。
「拓也くん、わすれものですよ」
「……あ、はい」
榛名さんが冷やしなおしたアイス入りの袋を手渡してくれた。
そして、改めて歩き出した俺は。
「待って下さい!!」
の一声に呼びとめられた。
「……あ、本当にすいません。 この馬鹿がさんざん迷惑掛けて」
「……おにいちゃん、馬鹿はないと思います」
「いえ、あの、賞金です」
主人の手には万冊が!!
「ぜ、零が四つもあるぅ!!」
「いいんですか? タダなだけで充分ですよ」
「……おにいちゃん、私の苦労を無駄にする気ですか?」
「そうだよ拓也、ひめがあんなにがんばってたのに」
「そう言う訳にはいきません。決まりですから」
「なら戴きます」
差し出された万札を、俺は深々と御辞儀しつつ受け取る。

―所持金 0017700―

「本当に御迷惑かけて、申し訳ありませんでした。 コイツには良く言っとくんで」
「あ、あと…そちらのお嬢さんのラーメン代…」
「おう、それなら約束通り俺が出すぜ」
「渋蔵さん、賞金もらいましたし、俺があいてっ」
だからつねるなゆのは! ひめ……って、ひめは黙って見てるだけ?
めずらしいこともある。
「いいや、男が約束を守らないのは末代までの恥だ! お嬢ちゃんにおごると約束したからには、なにがなんでも払わせて貰うぜ」
「そ、そうですか。では、お言葉に甘えさせて貰います」
俺はもう一度『たがみ』の御主人と渋蔵に会釈すると、『たがみ』の前から足早に立ち去った。






「ひめ、『たがみ』の御主人は泣いていたぞ。 守り神が土地の人間を苦しめていいのか?」
「……まあ、それは悪かったと思っています。 私はただ、ちょっとだけ拓也の役にたちたかっただけです」
「俺の?」
「はい。 張り紙に『ラーメン大食い新記録で1万円!』と書いていたので」
……それをコイツに見られた時点で運命は決まってたわけか。
「……名前のこと、結構うれしかったんですよ。 『けーたい』直しただけじゃなんだか嬉しさが納まらなくて…」
「それでアレか……」
こんなコト話す時も、さっきの猫かぶった時にはとてもイメージできない無表情。
……いや、口元は笑っているのは相変わらずか。
「なぁ、ひ」
「あれ? そういえばさっきからゆのは見えませんね?」
……今日はよく言葉を遮られる日だなぁ、なんか尚樹さんの気持ちがちょっと分かってしまった気がするよ。
絶対ああはなりたくないけど。
「ううっ……くるひぃ……」
なんか死にかけた表情で、俺達の後をゆっくりとついてくるゆのはがいた。
その動きはまるでなんかのゲームにでも出てきそうなゾンビだ。これ、穂波ちゃんがみたら飛びつきそうな勢いだな。
「ゆのは、お前も調子に乗って食いすぎるからだ。 もうお前に神の胃袋はないんだぞ?」
さすがのゆのはでも、人間の胃袋ではラーメン5杯は限度を越えていたか。
ひめの42杯もいくらなんでも限界いってる気がするのだが…
「うう〜、だって、だってぇ〜…… ううっ体を動かすとくるしひ……」
うーん、自業自得で我が恋人ながら情け無いが、このまま家に戻るまでほおっておくのも…
「よいしょ」
俺はゆのはをお姫様だっこ。
「わわわっ。 た、拓也、こ、これはちょっと」
「なんだ、いつも『恋人』っぽいことしたがるお前がそんな事言うとはな」
「……そうなんですか?」
「ああ、まあそれが嫌ってわけでもないんだが」
「うぅっ、でもでも、いきなりされると心の準備がー……ぁう〜、叫ぶと苦し……」
「無理するな、静かにしてろ。 ガラス細工でも運ぶよーに、そっとそうっと家まで運んでやるから、な」
「う、うん……」
俺は、ゆのはのお腹に響かないように、そうっとそうっとゆのはを運んでやった。
「拓也って……馬鹿でいつも気が利かないのに、意地悪です……」
「お前程ひねくれてないぞ」
あれから3年。そのぶんゆのはも少しは成長したが、まだ俺の腕には小さい。
「でも、たまに……」
「たまになんだよ?」
「なんでもありません……」
「まぁ……なんだな、その」
「なんですか?」
「俺の力でできることはやってやるから、もっと甘えてくれてもいいんだぞ」
「…………」
「な?」
「……拓也は、頼りなくて、甲斐性なしで、馬鹿で、気が利かなくて、いじわるです……でも……」
「でも?」
「……不本意ですが、今は、甘えてあげることにします。 ……不本意ですが」
「ははは、ゆのはにそんなこと言わせたからにはしっかりしないとなぁ」
「……拓也は楽天的すぎです」
「生まれつきなんでね。 さ、ついたぞ」



「降ろしてください。 このまま帰るのは、さすがに恥ずかしいです……」
「ほいほい」
俺は、そうっとそうっと、ゆのはを降ろしてやった。
「……ゆのは、拓也」
「ん? どうした、ひめ」
見ると、俺とゆのはをなんとも言えない目で見つめるひめがいた。
「出会えて、愛し合って、そして一緒に旅をして……今、幸せですか?」
俺とゆのはは、一瞬目をあわせた……その問いの答えに、迷う必要なんか無い。
確かにゆのははわがままで、守銭奴で、ひねくれてるけど、
「幸せに決まってるだろ」
「……うん、私も、幸せという事にしておきます」
「おいおい、断言してくれよ」
「……そうですか。 それは、よかったです。 が!」
急に語調が強くなる。
なんか機嫌が悪いようにも見えるが……俺、なにかしたか?
「私の事を忘れて勝手に二人の世界に入り込んでしまったのは許せません! そんな拓也のお金は、全部没収です!! 召喚!!」
ひめの手元にお賽銭箱型の貯金箱が出現。
……うーむ、3年も前に何度も見せられた分、驚きも半減してきたなぁ。
「神の名において浄財!!」
「おおう!! またもお金が!!」

―所持金 0000000―
―お賽銭 0017700―

受け取ったばかりの万冊とバイト代が、空中でひらめいて賽銭箱へ吸い込まれていく。
「って、一万円は俺のためにやってくれたんじゃないのか?」
「奉納するうちの一万を代わりに稼いであげただけです」
「でもさ、別にこんな事しなくても、素直に渡したけど。 どのみち25万稼がんといかんのはかわらんし」
「何事も手順というものがあるんです」
うーむ、そういうものなのか?
神様的思考ってのは未だによくわからん。
「お話が盛り上がるのはいいんですがー、外は寒いですよー。 うー、さむさむー」
「わわっ」
「あ、わかばさん」
「わ、わかばちゃん、い、いつからソコに」
「『どのみち25万』のあたりからです。 声はするのに、ちっとも入って来ないからー、出てきちゃいましたー。 それにしても、おとうさんやおかあさんのために25万も稼ぎたいなんて、親孝行なんですねー」
「そ、そうだね。 うん、そうだ!! ゆのはとひめはものすごく親孝行なんだ!!」
親孝行って言っても、最終的に稼ぐ大半は俺の労働によるものなんだが。
「う、うん。 拓也もがんばってくれて私嬉しいよー」
「おにいちゃん、ひめもがんばるから、おにいちゃんもがんばってね」
俺達はぎこちなく微笑み合った。 まるで共犯者のように。

ぐきゅるるる〜

「誰の腹が鳴ったんだ!?」
「ひめの隣から聞こえましたが」
「私、もうおなかいっぱいだし……」
腹は落ち着いたらしいが、流石にゆのははもう入らんか。
「わたしでもありませんよー」
「つまり、俺か!!」

ぐきゅるるる〜

「拓也さん、夕飯の用意出来てますからー」
「夕飯ですか!?」
「あ、すいません。 なんか待ってもらってたみたいで」
「いえいえー、たまたま『双子連れ狼』の映画やってたんでー」
『双子連れ狼』は、箱車に男の子と女の子の二卵性双生児を乗せた浪人が、死んだ妻の仇をとるべく全国をさまよう時代劇だ。
「あの女の子がすごいですよねー。 箱車にそなえつけのガットリング砲で、悪人どもを薙ぎ倒しちゃうんですよー」
「拓也、ひめが夕飯と聞いて走ってっちゃったんだけど」
や、奴はまだ喰うつもりかっ!?
確かにゆのはと比べると余裕はありそうだったが、それでもこれ以上は見てて気持ち悪いぞ。
……いや、今はそれより、
「俺の夕飯ピンチ!!」
家の中へ駆け込もうと仕掛けると。
「拓也さん、ゆのはちゃん」
「な、なに」
「おかえりなさい」
その声はごくごく自然な響きを帯びていて、俺の胸の奥をあたたかくしてくれた。
だから、
「「ただいま」」
と、声を揃えて言う俺達の言葉も、ごくごく自然だった。




「ああ、腹減ったー」
「いまお味噌汁だけ、あっためますねー」
「あ、ありがとう、わかばちゃん、みつ枝さん! こんなに遅くなったのに、わざわざ夕飯を残しておいてくれるなんて……」
「いえいえ、いいんですよ」
「ところでみつ枝さん、ゆのはは?」
「さっきお布団をひいたら、もぐりこんでしまいましたよー」
あー、落ちついたかと思ってたらまだ辛かったのかあいつ。
……食いすぎで苦しくてかえって眠れないんじゃないか?
「はい、お味噌汁お待たせー。 ひめちゃんも食べる? 『たがみ』でラーメン食べてたって言ってたけど」
ちょっと待っていると、わかばちゃんがあったかい味噌汁を運んできてくれた。
「はい。 じゃあ御飯とお味噌汁一杯だけでいいです」
ううむ、こいつの口から『一杯だけ』という言葉がでてくるのは正直珍しいが…ラーメン42杯も食った後を見ただけに素直にめずらしがれん。
「……あ、そうだ。 ひめ、榛名さんからお土産にアイスもらってきたんだけど、食うか?」
「榛名さんのアイス? 食べます!」
「あ、わかばちゃん。 ゆのはの分ももらってきてたんで、今日は無理そうだし、これ冷蔵庫入れといてくれないかな?」
「はーい、わかりましたー」
「じゃあ、わたしはに食器をあらってこようかねぇ。 わかば、ついでに手伝っとくれ」
「はーい」
ゆのはの分のアイスをわかばちゃんに渡すと、わかばちゃんはみつ枝さんと一緒に台所へ出ていった。
そして残される俺とひめ―いや、ゆのは。
「……ゆのは、穂波ちゃんの事は……」
「はい、言っておきました」
「……やけに行動が早いな」
「安心してください、拓也は何も言わなかった、すべて私の独断という事にしておきましたから。 それに、すくなくとも今日の間は、ゆのはは私に頭が上がりませんから」
……ああ、なるほど、『ひめ』という名前をつけてしまった事を引け目に感じている今なら、ゆのはには何を言っても許されるだろうと考えての行動か。
やっぱり根っこのところは、ゆのはもゆのはと同質なんだなぁ。
……うーむ、約束はしたものの、呼び分けづらいなぁコレ。

ちなみに、アイスは俺の分までひめが一人で食べた。
ゆのはの分を避難させといたのは正解だったかもしれない。


 

 

12月20日(前編)に続く


 


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