―12月20日― (前編)
 

 






朝だ!!

久々に戻ってきたせいか、体が慣れきっていない場所での一日目の仕事の反動で、ぐっすり眠れたからか、頭すっきり。
俺は布団を、一気にはねのける。
「とぁぁっ」
そのまま飛び起きて、窓をバシっと全開!!
「のひょぉ。つめてぇ!! くぅっ。やっぱ雪国の朝は一味違うぜ!!」
深呼吸!!
つめたくて濃い空気が、体中に流れ込んでくる。
「うむ!! 今日も元気の充電完了!!」
「ぷるぷる……さむひ……むにゃふにゃ……」
「ふみぃ……つめたひれす……」
振り返ると。
いかにも寒そうな格好で寝ているゆのはと、一応布団は被っているが、半分以上めくれかかっているひめ。
ほうっておいたら二人ともいつまでも寝ている方に、有り金全部賭けてもいいなぁ。
無一文だけど。
「ぷふぃ……すぅ……ぷるぷる……」
「すぅ……くぅ……うぅ〜……」
うーむ、相変わらず元・神だとか現・神だとかいう言葉の説得力を大幅にダウンさせる光景だ。
にしても、このちっさい体のどこに、あれだけのラーメンが収納されたんだろう?
「あっつい……らーめん……おいしひ……」
「……おかわりれすー……」
別に腹が膨れている様子もないしなぁ。
まぁ、人間のゆのはは実際パンパンっぽかったから…怪獣の腹の中に怪獣袋があるように、神様の腹の中には神様袋があるのだろうか。
それとも、あの布団の中にぽっこりと膨れたお腹が隠れているのか!?
ああ、見たい見たい!! あの布団の中を見たい!!
見られないなら触って確かめたい!!
おおおおっっっ!!
もりもりと盛り上がる好奇心が、俺のココロを永遠の少年にするぜ!!
「もっともってくるです……ふみゅうぅ……」
古典的な寝言をもらすひめに接近!!
好奇心の源を探究するべく、俺はめくれあがった布団とお腹の間に手をすべりこませる!!
ううむ。膨れていないのぉ。 おかしいなぁ。
「うぅん……うん……」
「ふぁぁ……ぅ〜ん……た〜くゃ……あ?」
もしや!?  神様の腹の中には小型のブラックホールが!?
まさかまさかまさかまさか!!
「隊長!! もっと調査すべきです!!」
隊員の俺は隊長の俺に強く懇願した。
「うむ。許可する」
「ラジャー」
「……拓也?」
拓也隊長から許可が出た! これで心置きなく調査できるってもんだ。
さらに奥へと手をいれていく。
服越しだがすべすべのお腹、異常無し!! 神様といえ温度は人肌!!
「……だから!! なーにをやっとるかぁ!!?」
「ごふぅっ!!?」
謎の叫び声と共に俺の背中にキョーレツな衝撃がヒット!
なんだ!? この神様調査隊最大の障害となりうる衝撃の持ち主は!!?
「一昨日に続いて、朝からなにしてるですかぁっっ!!」
「うおお、ゆのは止めるな!! 俺には神様の胃袋の秘密を解き明かすという重大な使命がふぅぉっ!!」
俺の股間にすさまじい衝撃が走った!!
引退済の神の怒りがこもった小さな爪先が食い込んで、サンダーボルト!!
「のぉぉぉぉぉぉっっっっっ!! ぐしゃっと言った言った言った!! 今そこにある男性機能の危機っっ!?」
「……ふぇ? ……うぅ〜、今日も朝から騒がしいれすね……」
俺の危機など何処吹く風、ひめは昨日と同様に寝ぼけまなこで起きあがると、ふらふらと頭を揺らして何事も無かったかのように布団をたたみ始めた。
「拓也!! まだ話は終わってないです!!」
「くわがぁぁぁっっっ!!」
ゆのはの怒りがこもった小さな爪先が俺の股間にファイアーボール!! ジャストミートストライク!!
たまらず俺はノックアウト、布団に大の字。
「とどめぇっ」
ゆのはが思いっきり足を振り上げる、やばい、ソイツはマジでやばいよゆのはさん!!?
「拓也さーん、ゆのはちゃーん、ひめちゃーん、朝御飯できてますから、居間まで来てくださーい」
まさに救世主の一声、ゆのはの目が、きらきらりーん、と輝いた。
「あ・さ・ご・は・ん!! 吶かぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁん」
ふぅ助かった……。
「わぁ、ゆのはちゃん今日もものすごい勢いですねー」
何も知らない救世主がのほほんとした笑顔で部屋に入ってきた。
今日ほど誰かに感謝を捧げた日はありませんよ俺は!!
「拓也さんも起きてくださーい。起きないとゆのはちゃんが朝御飯根こそぎ食べちゃいますよー」
「そ、そうだね、すぐに行くから先に居間に行っておいてくれないかな」
しかし今の俺の姿は人に見せるにはあまりに無様だ、救世主様には申し訳ないが、出来れば見ないでいただきたい。
「そうですか? それじゃあ、すぐに来てくださいねー」
救世主様は、笑ってそういうと、とたとたと廊下を歩いていった。
「……拓也、一体何があったんですか?」
「……き、聞かないでくれゆのは……傷に響く……」
こんな危機的状況でも約束は忘れない、そんな俺は律儀なヤツだ……ぜ……
「……なんだか分かりませんが、御愁傷様です」
目の前に、手を合わせるゆのはがいた。




「ふぃー、おなかいっぱいー」
ゆのはの本日の戦果、4杯。
「おいしいです! おばあちゃん、おかわりいただいていいですか?」
「はいはい。たんとお食べ」
「すごーい7杯目です!!」
「…………」
もうなにも言うまい。
………………
むむっ。
この音は渋蔵さん!?
「しぶぞうだっ!!」
「しぶぞうさんですっ!!」
「じゃ、食事中行儀が悪くてすみませんが、ちょっと出てきます」
「はいはいー」
「大丈夫だよー。勝手に食べたりしないからー」
「そんなコト心配してませんって」


やはり渋蔵さんであった。
にしても、なぜエンジンの音が違ったんだろう。前回は結局真相聞けないままだったからなぁ。
「おはようしぶぞう!!」
「おはようございます、しぶぞうさん」
「おうっお嬢ちゃん今日も元気に飯喰ってるか?」
「もちろんっ!」
「絶好調です」
「そうか絶好調か!! そいつぁいい!! おう、ヘンリー三世も居たか!! おはよーさん」
「なぁ」
「おはようございます」
「おう。ほほう、青年、気になるかワシの愛車が」
「ええまぁ」
「じゃ、また見せてやるよ」
俺とゆのはとひめと、何故かヘンリー三世、爺の後をついてぞろぞろと外へ。ちょっと肌寒い。
朝日の中、爺のパチモン臭いバイクは、相変わらずぴかぴかに磨き立てられた姿を誇示。
「しぶぞうさん、今度これにのせてくれませんか?」
「兄ちゃんは乗せてくれねぇのか?」
「おにいちゃんは一杯働きますから、鉄の馬で遊んでる暇なんかないです」
「なーるほどな。じゃ今度な。 今日は駄目だがよ、ゆのはちゃんもどうだ?」
ううむ、わからん。
どうして初日だけあんな音が……。
「……うーん、私は拓也の後ろの方が……」
「がははは、女にここまで言わせるたぁうらやましいねぇ青年。」
うん? なんかラジエーターの羽根の形が……。
「なんだこりゃぁっっ!?」
「やっと判ったようだな青年」
「あの……なんでエンジンにスピーカーがついているんですが?」
巧みにラジエーターに偽装してあるが、それは確かにスピーカーだった。
「お前ぇバカだろ? スピーカーっつったら音を出す為についてるに、決まっているじゃねぇか」
渋蔵さんは、ハンドルを軽く握った。
「まさかこの音って…… このスピーカーから出してたんですか!?」
「ま、そういうこった。 な、ハーレーそっくりだろ?」
「は、はぁ……」
「青年と初めて会った日はよ。スピーカーをデンキヤに修理に出しててな、で、素の音を聞かせちまったってワケだ」
「デンキヤってイタリア戦艦ですか?」
「おう。 この町にはヤツ以外デンキヤはいねぇからな」
そうか、あの人、デンキヤ技能も在ったんだ……、てっきり親の後を次いだだけかと思っていたな。
人は見かけによらないよなぁ。
「さて、疑問も解消したトコで、本題だ。 青年、今日は何処で働く気だ?」





「というわけで、新人アルバイトの草津拓也です。 今日一日どうかよろしくお願いします!!」
「というわけで、拓也がいろいろとご迷惑をかけるかも知れませんがよろしくお願いします」
「というわけで……私まで言ったらしつこいですね。 とにかく、よろしくお願いします」
「ここは何が『というわけで』なんだい? と聞くべきかい?」
とまぁ、くだらないジョークを一つかまして、本日のバイト先のボス、椿さんに挨拶だ。
冗談の分かる人って素敵だぜ。
まぁ、『というわけで』の前には、前回ゆのはが言った
『まずはいろんなところで働いて、一番割のいいところを見付けるのです!』
という、神様のありがたい言葉がはいったりするんだが。
「まぁ、細かい事はいいじゃないですか。給料分はしっかり働きますので、どうぞこき使ってやってください」
やっぱり気持ちのいいセリフだよなぁ。俺の事を言ってるんじゃなければ。
「馬鹿で粗忽で不足で不器用で怠惰で愚鈍で不景気で間抜けなおにいちゃんですが、多分大丈夫です」
なんかひめの矛先がまた俺の方に向いている。やっぱ今朝俺がやってた事、しっかりちゃっかり気付いてたんじゃないか?
そりゃああれだけ騒いでて目を覚ましてなかったというのは考えづらいが。
―…ん? なんか椿さんがみょーな笑顔を見せた気が。
「妹の目から見ても、そんなに無能な男なのかい、こりゃ使えそうもないねぇ。 雇うのやめるか」
「あ、い、いえ! おにいちゃんは駄目な人だけど、働ける程度の無能さです!!」
「妹よ、無能じゃないと言う選択肢はないのか」
「ばかひめー! 本当の事言って雇って貰えなくなったらどーすんの!!」
「ゆのは、お前は本当に俺を愛してるのか?」
「そ、そんなことないよー、た・く・や♪」
このタイミングで言われると余計に胡散臭いぞ。なんか俺悲しくなってきたなぁ…
「とりあえず無能なのは本当だと」
あー、おまけに二人そろって椿さんの格好の餌食になってるよ。
二人とも単純なところは3年前から成長して無いんだよなぁ。
「…ま、まぁ二人のザレゴトは置いておいて、取り敢えず今日の働きを見てから、草津拓也の価値を判断してください」
うむ。今のセリフ、ちょっとカッコよかったぞ俺。
ズバッとビシッと決まった!!
「気合が入っている証拠に!! ギターも持ってきたんです!!」
俺は、にやり、と不敵に笑うと。ケースからギターを取りだ…
「だからそれはやめてください!」
そうとした瞬間、ひめに強奪された。
「ああっ! テスカトリポカ!! ……くっ、ならばまーべらす、お前のでば」
「余計にだめです!!」
今度は、取り出そうとしたトランペットをゆのはが強奪。
くあっ、こいつら息が合いすぎだ! 元同一人物だから当然かもしれんがなんか悔しいぜ!!
「あはははは、やっぱあんたら面白いねぇ。 ま、実際力以外大して期待してないから」
「良かったです。期待さえしていなければ、おにいちゃんに失望する事ありませんから」
「く……そこまであからさまに期待されないと、なんとなーく傷つく」
「酒屋で働いた事は」
「何度もあります」
ここでも何度か働いてました! とは言えず。
「バイクの運転、出来るね?」
「モチロンです!! ていうか、バイクは任せてください。 ほぼ、あらゆることを経験してます(事故含む)」
「OKOK。それなら配達もやって貰うかも」
「ラジャー」
「車の免許は?」
「すんません。金がなかったんで」
「済まながるこたないって、バイク乗れりゃモンダイないから」
よし、とりあえず雇ってもらう事に問題はなさそうだな。
「椿おねえちゃん、あの……」
「アイスキャンディなら、好きなの一本食べていきな」

「私もいいですか?」
「ああ、一本だけだぞ」
「「わーい」」
声をそろえて二人は駆け出ていった。
「お、おい!! ゆのは!! ひめ!!  あ、すいません。食い意地の張ったヤツらで」
「いいっていいって」
椿さんはそう言うけど…
ガラス戸ごしに外を見ると、二人そろってクーラーボックスからアイスを取り出していた。
……あ、ゆのはが二本目取ろうとしてる……けど一応、ひめがとめてるな。
俺のひめの方が少し真面目説は正しかったようだ。

まぁそんなこんなで今日のお仕事開始!!



…ん? こりゃケイタイの着信音か?
「ちぃ、来たぁ」
「え?」
「な、なんでもない、ちょい店任せた」
「あ、はい」
へぇ。椿さんて、俺のと同じケイタイつかってるんだ。
「あ、はい、ええ、あ、進んでます進んでます」
奥へひっこんで電話をする椿さん。なんか出たくないみたいな言い方だったような…
どんな相手なんだ?
…………
む、この音はしぶぞう!!
「おい青年!! ちゃんと仕事やってっか?」
「あ、しぶぞうさん。モチロンやってますよ」
「おい小僧。何度言ったら判るんだ。ワシはシブゾウじゃねぇ!! ジュウゾウだっ!!」
「あ、すいません。ゆのはがいつも言ってるもんでついつい……」
「かぁっ!! 人の名前ぇも碌に覚えられねぇガキが、店番なんかつとまんのかぁ?」
「ちなみに俺の名前覚えてますか?」
そういやこの人、俺を呼ぶ時は『小僧』とか『青年』とかばっかで、まともに名前呼んで貰った覚えが無い。
「かっ。小僧馬鹿にする無ぇ。 お前ぇの名前ぇは……箱根次郎だっ!!」
「上も下も違います」
「ちょっとしたジョークよっ!! お前ぇは、湯河原太郎だ!!」
「……もちろんジョークですよね?」
「あ、あたりめぇよ!! 小粋なジョークよ!! なははははは!! 次こそが本番よ!! 耳の穴かっぽじってよぉ〜く聞きやがれ!!」
「で、俺の名前は?」
「下呂たすくよ!!」
「……全然違うんですが」
「待った待った待ったぁ、今の無し!!」
「…………」
「強羅か磯原か湯布院か伊香保か鬼怒川か熱海か城崎か伊香保か塩原か水上か日光か湯沢のどれかに違ぇ無ぇって事ぁ判ってんだ」
「全部違います」
……この調子じゃ、3年前の時も覚えてもらってなかったな。
今までの経過から察するに、全員が頭のどこかで『存在していた』という事実は覚えているはずだし。
「手前ぇっ!! こうなるのを予期して、ワシに偽名を教えたなっ! 何企んでいやあがる」
「何騒いでんだしぶぞう」
「ワシはシブゾウじゃ」
あ、口がすべった。
しかも気づいてない、かなり焦ってるな、しぶぞうさん。
「ほう。ようやく店番する気になったか、この道楽爺が!!」
「つ、椿っ!! ワシはただこの小僧が、はたれぇてるかが心配ぇで」
「そうかいそうかい!! そんな心配してくれるたぁありがてぇ。なんなら手前ぇがオヤジの分まで働きやがれ」
「あ、ワシ急用思い出したっ!! じゃ、そゆことで!!」
「待ちやがれっ!!」
遠ざかるエセバイクの音。
椿さんとの力関係も相変わらずなんだなぁ。
「ちっ……逃げ足の早い」
「…………」
「しょーもない爺だが、大目に見てくれや」
「仲いいですね」
「ま、ね。 生まれた時からの腐れ縁さ」
あはは、と苦笑する椿さん。
まぁ、それなりに楽しそうなんで渋蔵さんを嫌っているというわけでもなさそうだ。
と、今度は店の電話が鳴った。すばやく反応し、受話器をとる椿さん。
「早速だけど配達頼むよ、地図は頭に入ってるね?」
「はい!」
「おっと、ちょっと待ってくれ。 帰りがけでいいからコイツをほなみんところに返してきてくれないか?」
そう言って奥から持ってくるのは、一個のタッパ。
「ありがとうって伝えといて」
「了解!」
俺はタッパーと配達物を受け取ると、ひらりとマフラーをなびかせてバイクにまたがった。



「お早うございます、穂波ちゃん、榛名さん」
「草津さん?」
「あらぁ? 拓也くん、今日は椿ちゃんのところじゃなかったかしら?」
うむ、今日は朝から盛況のようだな。何人かのご老人がまったりしてらっしゃる。
「小僧、早速サボりか?」
毎朝のコーヒーのみに来てたらしい爺を発見。
頼みますから朝から凄みたっぷりの目で睨まないでください。
「いえ、実は椿さんから…」
「こんにちわー、モーニングお願いします。 もうお祭りの時期なんですねぇ」
突然の声に俺のセリフ遮られてしまった。
なんかここに来てからこんなんばっかだな、俺。
「くおるぁ、デンキヤ!! お前ぇ商店街の一員のくせしてどこ吹く風の風情たぁどういう料簡だ!!」
「う、うわぁ渋蔵さん。 す、すみません、どうしてもこの時期は忙しくて、なんといっても…………わぷっ!」
「お前ぇの講釈は聞き飽きたんだよ」
……うーむ、尚樹さんにセリフを止められるとは、なんか俺の人生の中で3番目くらいに悔しいかもしれん。
「あ、それはそうと、椿さんにコレ返しといてくれと頼まれたので。ありがとう、と言ってました」
俺はタッパを取り出すと、榛名さんに手渡した。
なんか今、尚樹さんのフレーズがうつってないか?
「あら、まあ。わざわざ届けてくれなくても」
「おお、それか。うまかったぜ。マスター、今度椿のヤツに作り方教えてやってくれねぇか?」
自分で覚える気は無いらしい。 まぁ、渋蔵さんが料理してるところなんて想像つかないしなぁ…。
いや、そんなことより……
「すげぇ! 白摘茶房って、何気にデリバリーもやってるのか!?」
タッパ受け取った時に気付くべきだったぜ!
「ああ、僕もいただきました。美味しかったです。 魔女が宅配しそうなパイ料理でしたよ。 それはさておき……ぐあっ!!」
「まったく、油断も隙もねぇ。 マスター、コイツ出禁にした方がいいんじゃねぇか?」
なんか渋蔵さんと椿さんがダブって見えた。この尚樹さん対処法はどっちが元祖なんだろうか。
まぁ、もはやどうでもいいんだけど。
「あらぁ、いつも尚樹さんは面白い話をたくさんしてくれるのにぃ」
うーむ、尚樹さんのあの謎言語攻撃をニコニコ笑って聞く事のできるはるなさんは、本当に凄い人だと再認識。
おまけに今日は、なんだか顔が火照っていて、榛名さん……艶っぽいな。
「兄ちゃん、こっち、お冷たのまぁ」
いえ、昨日はそうでしたが、今日はここのバイトじゃないんですけど。
……と言おうとしたが、まぁそのくらいなら別にかまわんか
「穂波ちゃん、お冷一つ」
「はいなのです」
今日は部外者だ。さすがにカウンターに入るわけにはいかないな。
「はい、御手洗さん。 ところで、御手洗さんは奥さんとお祭りに行くんですか?」
穂波ちゃんから受け取ったお冷をとめぞう爺さんに手渡す。
おっと、昨日の経験のせいで思わず接客してしまったな。
「よしてくれよ、あんなシワシワのババァなんか。 ワシはこう……マスターとか、椿ちゃんみたいな肉置きの豊かな女がなぁ……」
……ししおき?
「ことに今日のマスターは艶々しいのう……」
「そんなこといっとるがな、この爺さん、明後日は婆さんと熱々になるんじゃぞい」
「ぶあっ! バカなこと言うんじゃネェよ」
「ホントじゃのに照れなさんな。 明後日はこの爺さんの結婚記念日なんじゃよ」
「へぇ!? そいつはまた!」
「そんで、毎年この店で婆さんと熱々なんじゃ、そうじゃよなぁ、穂波嬢ちゃん?」
「……うん、去年もいらしてたのです」
「へぇぇ、奥さん思いなんですねぇ」
おっと、いかんいかん。このまま接客続けてたら高尾酒店に帰れなくなるぞ。
「婆さんが、榛名さんのシフォンケーキの大ファンなんじゃよなぁ? えぇ、こら、アットホーム爺さんよ?」
「あのー、このままじゃ戻るタイミングなくなってしまいそうなんで、戻ります」
「あ、はいなのです。がんばってくださいなのです」
「おうっ!」
うーむ、穂波ちゃんがエールを送ってくれるとは。まぁ、多少親しくはなれたってことだろうな。
というかそうであってくれないと状況的にも困る。
俺達の秘密を握られているんだから、気を使うよなぁ。




「配達終わりましたっ」
「おい、さくらぢゃぁぁん、酒ぇ酒ぇ酒ぇぇぇくれぇぇ!! 口移しで飲まして呉れたら最高!!」
手指をぷるぷると震わせている上に、白衣まで赤くした重度の酔っぱらいが、椿さんに迫っているではないか!!
「私は椿だ。そういうのは、そのさくらって子にやってもらいな」
「わかったぁ。わかりまちたぁ。つばきぢゃぁぁん。 口移しぃ口移しぃ」
「そう言うのは、サービス料金をぼったくる店で、対価を払ってやりやがれ」
「金なら幾らでも払うからさひっく。 ねぇねぇねぇつばきちぁぁぁん。 ひっくひっくひっく」
「ああもう、今日はことのほかひでぇなぁ!! さっさと飲んで帰りやがれ!!」
「つれなひなぁ、椿ちゃんの全てを見たこのワシに、つめたいつめたすぎるじゃないか。 しゅじゅちゅだしゅじゅちゅだ!! 椿ちゃんを解剖して、十二指腸と肺を縫い合わせちゃうぞぉ」
椿さんがピンチだっ!!
俺は、ぐ、と腕を伸ばし、酔っぱらいの腕を掴んだ!!
「おっさん、やめなよ。 おぜうさんが嫌がってるぢゃないか」
古典的なセリフが決まった!! いかにもギターを持った風来坊な感じだ!!
……肝心のギターはひめに強奪されたままだけど。
酔っぱらいが振り返った。爺だ。爺じゃないかこいつ!!
「てめぇはだれだぁひっく、わしをすずひはろうさえもんとひっての」
「真空投げ!!」
俺は、引いた腕を起点にして、酔っぱらいを背負い投げ!!
「うひゃぁぁぁっっ!!」
「きゅう」
床に大の字になった酔っぱらい、惨めなヤツめ、ま、ヒーローの引き立て役はこんなもんだ。
「ふっ。泣けてくるほどに決まった!! はっはっは!! ヒーロー見参!!」
コップ酒を持ったままの姿で、椿さんが不思議な顔をしている。 きっと、俺のズバッとした登場ぶりにびっくりなんだな。

「……おい、動かないぞ。やばいんじゃないか、これ?」
「大丈夫ですよ。警備会社のアルバイトの時、怪我をさせずに制圧する方法を習ってますから」
人に使ったのは初めてだけど。それは言わない約束さ。
「その変なポーズも教わったのか?」
「これはヒーローの決めポーズですよ!! 遊園地のアトラクションのバイトで、ばっちり覚えてきました、オッス!!」
「ま、いいか……怪我していた所で、拓也がやった事だし」
「え、あの……、なんか反応がつめたいんですが」
「気のせいだろ。 ま、これはこれで丁度いいか」
椿さんはコップ酒を、俺に、ぐい、と突き出した。
「いや、あの、別に、お礼を言って欲しいからやったワケじゃ……。それに、昼間から酒はちょっと……」
「誰がやると言った。 この爺さんに飲ませるんだよ」
「ええっ!! この上更に飲ませるんですかっ!?」
爺さんの顔は既にどす黒いほど真っ赤で、更にアルコールを注入するのは、ためらわれるものがあった。
「いつもの事だし」
「ナルホドいつものコトなんすか……」
俺はしゃがみこむと、受け取ったコップを爺さんのひくつく口元へと近づけていく。
「口移しで飲ませてやって」
「く、くちうつしぃっ!!」
「いつもの事だし」
「ナルホド、いつものコトなんすか……、って、えええっっっっっ!!」
「唾液を飲み合うようなディープなキスで、水気たっぷり果汁百パーセントなキスを」
「椿さんとこの爺が、口吸いを接吻をキスを、唾液を飲み合うくちびるをしゃぶりあい、舌を絡め合う水音も激しくいたしているのか!!」
くぁぁぁぁっっっ!! どういう事情があるか知らないが、うらやましい爺だ!!
「概ね間違ってないが、肝心な部分が間違ってるぞ」
「そ、そりゃそうですよね。冗談なんですよね。椿さんがこんな爺と」
「いつもは渋蔵が口移しで飲ませているんだ」
「ヒィィィィィっ!!」
「唾液を飲み合うようなディープなキスで、水気たっぷり果汁百パーセントなキスを」
「爺と爺が、口吸いを接吻をキスを、唾液を飲み合うくちびるをしゃぶりあい、舌を絡め合う水音も激しくいたしているのか!!」
ひぇぇぇぇぇっっっ!! どういう事情があるか知らないが、おぞましい爺どもだ!!
「そう言う訳で、早くやれ、もしやらないなら今日の給料は払えないねぇ」
「お、横暴だ!! ゆのはとなら何度でもやってやる、というかむしろやりたいが、いくらなんでも嫌だ嫌だ嫌だ!!」
くぅ、ショックのあまりココロの奥底に眠らせていた魂の叫びまで口を突いて出てきちまう!!
「考え方を変えたらどうだ? つまりこれは渋蔵との関節キスだと」
「あ、なるほど……。 って、全然ダメのダメのダメダメです!!」
「っぷ。はははははははっっっ!! なんだよその情けなさそうな顔はっ!!」
「いや、だ、だって、その、いくらなんでも嫌ですよ!!」
「ちょおぉぉっと待ったー!!!」
バァン!! と高尾酒店の戸が今まで聞いた事ないくらいの大きな音を立てて開けられるのが聞こえた。
「おや、ゆのはじゃないか。 聞いてたのかい?」
「ゆのは!!?」
「聞いてたも何も! た、た、たく、た、たく……」
「おいおい、ろれつがまわってないぞ、言いたい事があるならはっきり言いな」
「な、なんで拓也がそんなことしなきゃいけないんですかー!! それにそんなことしたら私とこの爺が関節キスにー!!」
ゆのは、必死。
今までも何度か必死な姿は見た事あるが、ここまで取り乱してるのは始めてかもしれん。
「おねえちゃん、落ちついてください」
「おや、ひめもいたのかい」
「はい」
「うー、アイス食べたいと思っただけなのに、思っただけなのにー!!」
つーか朝食っといてまたたかりに来たのかこいつらは。
「……椿さん、そろそろ冗談は止めたほうがいいと思います」
「はっはっはっは、そうだな。 あー面白かった。 んなのウソに決まってるじゃないか、普通に飲ませて」
「……ほっ、わかりました」
「う〜…………」
「おにいちゃんもおねえちゃんも、ちょっと考えれば判る事なのに……」
……オッシャルトオリデス
「ここまで信じるなら、ホントウにキスさせれば面白かったなぁ」
「マジカンベンしてください」
「やーめーてー!!」
総金歯の口を大きく開けさせると、アルコールの臭気がもわわーんと溢れてくる、そいつを我慢しつつ、酒を流し込んでやる。
爺の喉がこくこくと動き、まるで飲むように酒が吸い込まれていく。
「これでいいだろう。 ワン。トゥ。スリー!!」
「かぁっ!!」
「わわわっっっ!!」
「ひゃあぁ!!?」
「……」
爺は、バネ仕掛けの勢いで跳ね起きた!!
「鈴木先生、おはよう御座います。 手の震えは止まりましたか?」
「うむ。大丈夫だよ。意識も明白だ。椿お嬢ちゃんおはよう」
「げ、コイツ」
鈴木先生は、服からホコリを払いつつ、典雅な動作で立ち上がった。
「いつも迷惑かけてすまないね」
「医療ミスされるよりマシ」
「はは。相変わらず手厳しいね。 ん? この青年は?」
「あ、始めまして、俺、草津拓也と申します」
この人とはマジで始めましてだ。狭い町かと思いきや、意外と会ってない人もいるもんだ。
「は、ハジメマシテ……」
「はじめまして、ひめです」
ゆのはとひめは対象的な表情で対応している。
こういうとき、『いい子』を演じていると大変そうだよなぁ。
「始めまして。私は鈴木太郎左衛門。公民館の診療所の医師を務めさせて頂いてます」
端正な喋り口。折り目正しい仕草振る舞い。
これがあの酔っぱらいの同一人物とは……。
「あっ」
不意によみがえる、ほわほわした声。

『先生は、もう95くらいになる方で、少々ボケ気味なんですけどー』
『鈴木太郎左衛門先生だよー』
『手術前にお酒をコップ一杯めしあがると、手の震えもボケも治って、それはそれは素晴らしい腕なんですよー』
『ブラッフジャック顔負けなんですよー。普通の料金しかとらないぶん、ブラッフジャックよりすごいですよねー』

「ブラッフジャック顔負けだという、あの先生ですか!!」
「……できれば会いたくなかったです……」
他にもイロイロ聞いていたが、あえてその辺には触れないオトナな俺であった。
とりあえず、ゆのはも何も言わない事にしておけ
「ああ、それを言ったのは伊東さんちのお嬢ちゃんだね」
「な、なぜわかるんですか!?」
「んなコト言うのは、わかばだけだからさ」
「もしかして君達は……、伊東さんちに逗流していると言う、噂のご兄妹ですか?」
「御明察」
「ふぅむ。草津君。年若い君達にひとつ忠告があるのだが、聞いて貰えないだろうか?」
「は、はい」
「『酒は百薬の長』と言う言葉は知っているね?」
「はい」
「だがあれは言葉の前半部分だけなのだよ。 正確に言うと、あの後に、『ただし万病の元』と続くんだ」
「そうだったんですか!?」
「だからね。酒は飲んでもいいが、呑まれてはいけないよ。私のようになって仕舞うからね」
「はぁ……わかりました」
「……お前が言うなバカ」
説得力があるのだか無いのだか、判断に困る忠告であった。
そしてあいかわらずこっそりガンを飛ばすゆのは。 まぁ気持ちはわかるが押さえてくれ。
「では、私はこれで」
「ありがとうございました」
「ありがとうございました」
鈴木先生の白衣が、ひらめきながら消えていく。
「大丈夫なんですか、あの人?」
「手術前に一杯ひっかければ、手の震えも収まって頭もはっきりしてなんとかなる……はず」
「はず!?」
「大丈夫。腕は確かだから。 鈴木先生はアル中でさえなければ名医だから」
「除外すべき用件が致命的すぎだ!!」
「その辺はこちらも頑張ればモンダイなし。 私なんて生まれた時以外、あの人のお世話になったコトはないからね」
椿さんの全てを見たって言うのは、そういうコトだったのか……。
「なるほど!! 診療所に行くのが恐いから人が皆慎重になるのか。 これがホントウの予防診療ってヤツだ」
「それ絶対に違う」
「……というか、あんな医者を容認している事に問題があるような気がするんですが」
「あははは、それを言っちゃあ逃げ場が無くなるねぇ」
笑い事じゃありませんよ、椿さん。
「まぁ、今回はわりと面白かったねぇ。 拓也の爆弾発言も聞けた事だし」
「……へ?」

『お、横暴だ!! ゆのはとなら何度でもやってやる、というかむしろやりたいが、いくらなんでも嫌だ嫌だ嫌だ!!』

「うわああぁぁぁぁぁぁ!!! ああ、あれはあれはあれはー!!」
「いいじゃないか、恋人同士なんだろ?」
結局、このまま昼まで椿さんにからかわれ続ける俺だった。
ゆのははと言うと、もう怒ってるのかしょげてるのかどうかすらもわからない微妙な表情で華の湯の方へと帰っていった。
あとでひめに聞いたところ、永眠する勢いで布団にくるまっていたらしい。


 

 

12/20(後編)へ続く


 


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