―12月20日― (後編)
 

 






「ふわぁぁ……」
ようやく昼。
鈴木先生が帰ってからというもの、客が一人も来ない。
まぁ、そもそも朝から酒屋に来る人間のほうが少ないとは思うが。
「暇そうだねぇ」
「あ、いえ、おほん。 しゃきーんっ」
「無理するこたないよ。 田舎の酒屋なんてこんなもんさ」
「俺、手伝う必要があるんでしょうか?」
「今んトコ無いけど、午前中みたいに配達の仕事とかあるからね。期待してるよルーキー」
まあそんなもんか、と納得したところで入り口の戸が開いた。
「こんにちわ椿さん」
「こんちわ、まゆ。真っ昼間から酒飲みに来たか?」
「まゆって呼ぶなぁっっ!! それにヒトをアル中呼ばわりするなっ!! 椿さん、アンタ、女で良かったわね」
「こんにちわ。まゆ」
「だからまゆって呼ぶなぁっっっ!! って、なんでアンタがここにいるのよ!!」
「バイト」
「ほなみんとこに行ってるんじゃなかったの!?」
「いや、なんか昨日は配達とか大変そうだったし」
最初のうちはいろいろなとこに行く事にしてる、とは言わないでおいた。
なぜなら、明日辺りは華の湯にバイトに行く事もコイツなら察してしまうだろうから。
ゆのはの提案であって他意は無いぞ。
「ふーん。そう。で、アンタ男よね?」
「ふっふっふっふ。実は俺は女だっ!!」
「ええええええええっっっっっっっっ!! ま、まじぃぃぃぃぃっっっっっ!!」
「マジだ。な、俺の目を見ろ見ろ見ろ!! これが嘘を言ってる目か!?」
「はんっ。嘘を言ってる目ね。 アタシをダマそうとするなんて、一億年早いわ!!」
ゆのは達(暴走した俺含む)の三文芝居にはものの見事に騙されてるくせになぁ…
ま、それは町の人全員(穂波ちゃん除く)にも言える事だが。
「な、なんだとぉ。俺のつぶらな瞳のドコに、虚偽が入る余地があると言うのだ!!」
「全部。 腐りきって濁りきってるわ。 つまりアンタは男!! 殴ってもいいってコトね!!」
「だ、男女差別だっ、わわっ」
首筋がむんずと掴まれましたよ!! うわ、俺の足が宙に浮いてるよ!!
非常に今更な疑問だということはよーく判っているけど、本当にコイツ女なのか!?
それ以前に、パンチ一発で深々と積もった雪を吹っ飛ばす破壊力がある時点で人間かどうかも疑いたくなるけど!!
「差別なんてとんでもない。区別してるだけよ」
「暴力反対っ!!」
「板垣死すとも自由は死せず!!」
「あら、死ぬ覚悟までしてるんだ。 じゃ、お望み通り」
さ、殺気!! こいつ本気だっ!!
「由真。拓也のコト殴ってもいいけどさ」
「許可するんですかっ!?」
「拓也が再起不能になったら、まゆに代わりに働いてもらうしかないねぇ。 損害賠償としてタダで」
「う……くっ……。 ふん、命びろいしたわね」
俺は、万力のごとき力から解放されて、ほっとタメイキをついた。
「で、まゆ、何しに来たんだ?」
「まゆって呼ぶなぁ!! え、えっと……」
「まさか、忘れたか?」
「もちろん覚えているわよ!!」
忘れてるな、こいつは。
3年前の経験を含めた俺の勘によると、こいつは一度に二つ以上のコトを考えられないタイプと見た。
さすが暴れ牛。
「醤油を1カートンだろ?」
「そ、そうよ!! って、なんで椿さんが知ってるのよ!!」
「さっき電話があった」
「知ってるなら勿体ぶるな!!」
「その箱に入ってるから持ってきな」
「言われなくても!!」
由真は憤然と言い放つと、いかにも重く見える箱をひょいと持ち上げた。
もう1tトラック持ち上げられても驚かんけど。
まあ、いくらなんでもそこまでは無いとは思うが、実際やられても多分納得するだろう。
「まいどー」
「ふんっ」
由真、退却。
「椿さん」
「なに?」
「俺を殺す気ですか!?」
「助けたでしょ?」
「もっと判り易く助けて下さい」
「はっはっは。 悪ぃ。 今度から気をつけるよ」
「おらぁっ。 椿ぃぃぃっっっ!!」
おおっ、なんだなんだ!?  暴れ牛が舞い戻ってきたぞ!?
つーか足が、俺の足がぁぁぁ!!?
「ん? 忘れ物?」
「なんで醤油1カートンじゃなくて、ビールが1ダース入っとんじゃぁっっ」
「当たり前だろ。 電話で受けた注文はビール1ダースだったんだから」
「へっ?」
「だから、注文はビール1ダース。 『夕日のスペシャルドライ』12本」
「醤油1カートンって……」
「何のことかなぁ? まさか、まゆは注文を忘れてたとか?」
「お、覚えてたわよ!! ビール1ダース!! それよりなにより、まゆって呼ぶなぁっ!!」
「はいはい。まゆ」
「くぅっっ。 悔しいぃぃっ!!」
「あ、ぎぃぃぃぃっっっっっ!!」
爪先が爪先が潰れる潰される、今、今、今っ!
「御苦労様ー」
「……椿さん」
「なに?」
「火薬庫の上で遊ぶのはやめてください」
「ゴメンゴメン。 バイト代ちょっと上乗せしてあげるから」
「いや、あのですね。 これはそういうモンダイでは」
これは命がかかっているモンダイなのだ!!
「踏まれ賃で千円プラス」
「はっはっはっ!! オーケーボス!!」
俺の命は格安セールス中だった。そりゃそうだ、25万で買える命だもんなぁ。
3年前は20万だったからちょっとは価値が上がってるけど。



んで、たちまち外は夕暮れ。
「拓也、がんばってますか?」
「御免下さい……」
「あ、こんにちわ」
「おおゆのは、寝込んでたんじゃないのか?」
「ナンノことデスか?」
……微妙にカタコトになってるのは……俺も思い出したくないんで気のせいという事にしておこう。
いつ立ち直ったのかは気になるけどな。
「で、どうした?」
「椿さん。 おにいちゃんは、ちゃんと働いてますか?」
「お兄さんの事、心配? おっと、ゆのはとっちゃ恋人か」
「え、あの、別に……」
「そうですそうです、ちょっと気になっただけで」
くぅっ、二人ともいじらしいじゃないか!! ゆのはが微妙に顔を赤らめてるとこなんか特に嬉しいぜ!
ホントウは、働いてるかどうか監視に来ただけにしても。
と、椿さんはにこやかに笑い。
「全然使えないね」
「「ええっっっっ!!」」
俺とゆのはの声がそろった。
「普通の能力があれば、今の倍は働く」
「そうなんですか!? 世の中って広いんだ。 普通の人はそんなにも勤勉なのか!!」
「拓也の御陰で、今日の売り上げは半減だ」
「ま、まさか拓也のバイト代、下げられちゃうんですか!?」
「うーん、どうしようかねぇ」
なんかひめが呆れたような表情でこっちを見ている気がするが、今は気にしている場合じゃない。
今の俺の給料は、命がかかってる問題だからだ!!
「お、お願いです!! 今日の所は見逃してくださいっ」
「と言っても、こっちも商売だからね」
「うー、拓也、ちょっと」
「なんだよ、ゆのは」
「ちょっと拓也借ります」
「……単純な姉で恥ずかしいです」

ゆのはに引っ張られて、俺は高尾酒店の前まで出てきてしまった。
一歩遅れてひめも出てきた。
「なんだよ仕事中に引っ張り出して、い、いてっ。 足をつねるな!!」
ゆのははほっぺを不満げに膨らませて、恨みがましい目で俺を見上げる。
これはこれで可愛いんだが、付きあってなけりゃただ小憎らしいだけなんだろうなぁ。
「拓也の馬鹿!! とんちき!! 間抜け!! 私の計画が大幅に狂ってしまったじゃないですか!!」
「計画? なんかあったか?」
「拓也を心配した私達が店へ行くと、姉御が私達のいじらしい演技に騙されて、アイスクリームをくれる、という計画に!!」
「……ゆのはは、旨く行けば2本づつくらいは手に入れられるという算段だったらしいですけど」
「……セコっ!! それになんで椿さんが姉御なんだよ」
「ふん。拓也は無知蒙昧ですね。 ああいう世話好きの一寸年上は、姉御と呼ばれる物なの!!」
あー、またテレビで変な情報仕入れてきたな。 恐らく時代劇、コレで何回目だろう。
「今日、テレビで見た時代劇で、そう呼んでいました!!」
ここまで行動が読みやすいヤツもめずらしいよなぁ。
というか永眠する勢いで布団に包まってたんじゃないのかコイツは。
「お前だってさっきまで、知らなかったってコトじゃないか」
「と、兎に角!! 今日残りの時間牛馬の如く働いて、姉御の心証を良くするのです!!」
確かに、お金がゲットできないと、俺の命が危ういもんなぁ。
命に直接的に関わる怪我では無いらしいけど、ほっとけば死ぬレベルでもあるらしいし。
「私のアイスクリームの為に」
「俺の命は!?」
「そ、それは言うまでも無いコトだから言わなかっただけです!!」
「……もう完全に頭から抜けてましたね?」
ここまでくると、怒りより先に情けなくなってくる。
「はいはい。 じゃ、あんまり空けてると、更にダメ人間だと思われるから、俺は戻るな」
「そうですよ、さっさと仕事に戻りなさい!!」

「ふぅ……」
「ほい、早速配達よろしく!! 行き先はこれに書いてあるから」
「あ、はい」
メモを渡されて、ポケットに入れて置いた地図を、ごそごそと取り出して拡げた。
「うわ、みんな山奥!!」
「全部回っても、夕方くらいには帰って来れるから。 そうそう、それと」
「はい!! 何でも言いつけて下さい!!」
そうだ、今は弱音はいてる場合じゃなかったぜ!!
「さっきの冗談だから。 拓也は人並み以上に働いてるから、安心するように」
「冗談だったんですか!! 俺、かなりショックでした」
「いやぁ、スマンスマン。 真面目に働いてる拓也には、悪い冗談だった」
「じゃあ給金は?」
「ちゃんと出すさ」
「ほ……」
「なんかゆのはの顔みてたらさ、ついからかいたくなってね」
「と言うと?」
「いかにもないじらしい演技に騙されて、アイスクリーム奢ったら馬鹿みたいかなと」
うわ、見抜かれてるよ二人とも!!
「マセた子供らしいやり口だから、つきあっても良かったんだけどね。 他人をほいほい騙せると思って欲しくなくて」
もう充分ほいほい騙せてると思うんですけどね。
3年前から今までの旅の中でも何度もありましたし。
「でも、ひめは私の冗談に気付いてたみたいだね。 拓也にじゃなくてゆのはに呆れてる感じだった」
「あはははは……すいません、いやしんぼうなヤツらで」
「いえいえ。ま、頑張りな、色男」


うわー。こんなトコ、本当に人すんでるのかよ。
……なんだ!? なんかこの世のものとは思えない叫び声が!?
ここは本当に日本か?
俺は河口ぴろしき探検隊にでも参加させられてるんじゃないか!?
「血湧き肉踊る冒険!!」
俺は、そのまま冒険を始めたい気分を押さえて、配達先を回った。


そんなこんなでたちまち夕方。
配達を終えた俺は無事に高尾酒店に生還した。
「配達終わりました……あれ?」
渋蔵さんのバイクだ。
つうことは、今はいるのか?
「お帰り。ほら、夕方には戻って来れた」
「いやぁ、なんかすごい体験でしたよ」
というか今日はイロイロ起こりすぎて頭の中がこんがらがってます
「ああ、変な唸り声がしたのか」
「あれは何なんですか!? 知ってるんだったら教えてくださいよ。 気になって気になってもうもう!!」
「大したコトじゃないさ。 気になってるうちが一番」
なんか凄い思わせぶりな表情で語る椿さん。
そんなふうに言われたら余計に気になるじゃないですか!!
「そんなコトはないでしょう!! だってコノ世のモノとは思えない、奇怪な唸り声ですよ!!」
「あの辺には、旧帝国陸軍の地下壕があって、戦時中はなんか研究をしていたらしいんだ。 なんでも不死身の兵士の研究とか」
「つまりあの奇怪な唸り声は、人体実験のなれの果てが」
「青年。ワシはみちまったんだよ」
む、渋蔵さんがこれまた思わせぶりな表情で奥から出てきたぞ?
「見たって何を?」
「大東亜戦争中、ここいらじゃ神隠しがはやってなぁ」
「どきどき」
「ワシの幼馴染みの幾人かも、隠されちまったんだ」
「そ、それで?」
「ワシには薄田鉄哉ってぇ幼馴染みがいてよ。一等仲良しだったんだが、そいつも隠されちまったんだ」
「そ、それでそれで!!」
「村中総出で捜したんだが、誰もみつから無ぇ。もちろん、鉄哉もな」
渋蔵さんは重々しく間を開ける。
コイツは何かある、何かあるんですね!!?
「で、戦争が終わって数年が経ったある日、山菜取りに山に入ったワシは、怪物に会っちまったんだ」
「見たんですか!!」
「身の丈が人の三倍はあって、全身が銀色に光る金属の鱗で覆われてる一つ目の怪物よ」
「すげぇ!!」
「ワシは殺されると思った。 だが、ヤツぁ一つ目をぴかぴか点滅させたきり動こうともしねぇ。 よく見りゃ泣いてやがる」
「怪物が泣く? まさか?」
「そのマサカよ。ワシも不思議に思って、怪物をよくよく見るってぇと、右胸の辺りに傷痕があんだ。 鉄哉はな、昔濁流に流された時にな、右胸を流木で抉られてな、でっけぇ傷があったんだよ」
「つまり!! そんなひどすぎる!!」
「ワシはマサカとは思ったが、『てっちゃん!! てっちゃんなのか!!』と呼びかけた、したらよ、怪物はすげぇ哀しい目をワシに向けると、まるで逃げるようにして山奥へと逃げていっちまったんだ」
俺の目にあふれる熱い涙。
涙腺なんてとうの昔に決壊しているぜ!!
「う、うぅっっ。 な、なんて哀しいんだてっちゃん!! 哀しすぎるよてっちゃん!!」
「わ、わわっ。 そんなに泣くな」
「でもでもでもでもぉっ。 ひどすぎますよそんなのぉ!! うぉぉぉぉぉっっっっ!!」
「第一、薄田鉄哉なんて男、最初からいないし」
「戸籍まで消されたなんて!! でも、俺は忘れません!! 薄田鉄哉のコトを!! 俺は俺は!!」
「くっくっくっくっく、はっはっはっはっはっはっは!! ここまで見事に引っ掛かってぇくれるとは!!」
「え……」
「だからさ、全部ウソなんだよ」
椿さんのものすごく冷静な声。
ただ、顔は笑ってる、ものすごく面白い物を見た後のように。
「う、ウソぉぉぉっっ?」
「こんなド辺鄙な田舎町によ、んな大層な施設を作るわきゃ無ぇだろ」
「そ、そりゃそうか……」
俺の涙はいったい……。
この町に来てから、前回も含めて妙に泣かされている気がするのは気のせいか?
ついでにいえばその8割がゆのはにまきこまれての涙だというのも気のせいか?
「それにしても渋蔵さんは暇ですね。 俺を引っ掛ける為にわざわざ潜んでいたんですか」
「んなワケ無ぇだろ。 俺はな、晩飯のシチューの仕上げあわわわ」
「晩飯?」
「んじゃまたな青年」
そういえば、奥からなんかいい匂いが……。
「この匂いはシチュー?」
「そ、今日の夕飯のシチューの匂いさ。 ぐつぐつ煮込んでる最中ってワケ」
「誰が作ってるんですか?」
「渋蔵」
「ま、まさかぁっ!! 冗談ですよね?」
「これはホント。 高尾家の食事の九割は渋蔵が作ってるから。 ちなみに残り一割は私……と、最近はオヤジも実験程度に作ってるな」
「ええええええっっっ!!でも、なぜ、どうして?」
いかにも作りそうに無いってのはある。
あとは、榛名さん直伝の料理を、いかにも自分で作るのはめんどくさいって雰囲気で椿さんに教えてやってくれ、と言っていたのもあった。
「私の母が死んだ時。 残った家族の中で料理が出来るのが、渋蔵しかいなかったんだよ。 おやじはさ、渋蔵の男子厨房に入らずって教育のせいで、包丁すら握れないありさまさ。 今はまぁ、ちょっとした理由があって、不味くは無い程度の料理は出来るみたいだ」
「椿さんは?」
「あのなぁ。八歳の少女に過剰な期待をするな。 そりゃ八歳でも出来るヤツぁいるだろうが、私は出来なかった。 つうか興味なかったし」
「で、それ以降は渋蔵さんが?」
「いんや、半年ばかりは、店屋物レトルト冷凍インスタントのオンパレード。 で、ついに渋蔵がキレて作り始めたワケ。 売れない歌手時代、自炊してたらしくて、うまいんだよ、これが」
「なるほど」
「ま、きっと今じゃ後悔してると思うね」
「そんなコトないんじゃないですか? 料理って結構好きですよ俺」
ま、赤の他人には見せたくない姿ってのはあるかもしれないけどな。
あんな性格だし。
「へぇ」
「丼物しか作れませんけど。 いいなぁ。 色々な料理が出来るなんて」
「渋蔵に習うか? ふたりでお揃いのエプロンして」
想像してみた。
「遠慮しときます」
……微妙にスパルタっぽくされそうで恐いし、何より男二人でペアのエプロン着て台所に立つなんてシュール過ぎる光景だ。
「……それにしても、渋蔵さんと椿さんって、小説家の才能でもあるんじゃないですか?」
「し、小説っ!? な、なんだい、いきなり」
ん? 椿さんにしてはなんか過剰に反応したような…… 気のせいか?
「いえ、さっきの唸り声の話でちょっと」
「……あー、あれは、私は最初の一言だけだったじゃないか。あとは全部渋蔵の作り話だよ」
「それでも、あんな瞬時に作れませんよ」
「そんなもんかねぇ……?」
まぁ、ゆのはとひめは別格として……いや、あいつらにはアレしかネタがないのかもしれないけど
「…………なぁ、拓也。 あんた琴姫みのりって知ってる?」
と、少し気を抜いたところで、椿さんが話しかけてきた。
「ことひめみのり? アイドル歌手かなんかですか?」
「アイドル……。 あ、ああまぁ、そういう名前だよなぁ。いかにも売れなさそうな」
「売れてないかどうかは判りませんが、俺は知りませんよ」
「ま、そうだろうね」
「その人がどうかしたんですか?」
「いや、ね。 由真がファンだって言ってたの思い出してさ。 どんなヤツなのか、と思って」
「本人に聞けばいいじゃないですか」
「ファンに何か聞いたら、どうでもいいコトを一杯聞かされるじゃないか」
「なるほど……」
ファンというのは、好きな対象物のコトを、いつでも語りたがっている物だからな。
電気屋さんのイタリア戦艦の様に。
「こんにちわ椿さん」
「おや、まゆじゃないか。生憎だが、ここには凶器は売ってないぞ。 あ、金属バットなら渋蔵のがある」
「まゆって呼ぶなぁっっ!! それに金属バットでアタシが何をするって言うのよ!!」
「野球をするんじゃないのか?」
「そんな時間じゃないでしょうが!! で、凶器で何をするって言うのよ!!」
「熊でも狩るんだろ?」
「アタシはね!! このコブシで十分なの!! それに凶器を使うなんて、女の子らしくないじゃない!!」
そもそも、コブシを使う時点で女の子らしくないのでは?
つうか、こいつのコブシは、らしいらしくない以前に、凶悪すぎ。
ついでに野球だが、由真の撃ったボールなんか受けれそうにない……投げたボールも含めて。
あ、誤字じゃないぞ!? これは俺の予想でしかないが、打つと言うより撃つと言ったほうが絶対しっくり来るって!!
「そのコブシで十分なのは認める」
「確かにまゆは古典的な女の子っぽい部分もあるな。 今時、アイドル歌手にいれあげてるなんて」
「だからまゆって呼ぶなぁっっっ!! 第一、誰がアイドルに入れあげてるって言うのよ!!」
「椿さんから聞いたぞ。 『乙姫みだり』とかいうアイドルに入れあげてるって」
「なによその微妙に怪しい名前は!! 『琴姫みのり』よ!! 『琴姫みのり』! アイドルじゃなくて作家!!」
「ええっ!? 椿さんはアイドルって」
「別にアイドルだなんて言っちゃいないよ。 否定も肯定もしなかっただけで」
「なにぃっっっ!? アンタかぁっ!! 琴姫みのり先生をえっちなビデオに出演してそうな名前に改竄したのは!!」
「名前はちゃんと教えたよ。 拓也の単なる記憶違い」
「居候!! アンタ『琴姫みのり』のコト知らないの? 名前くらいは聞き覚えあるでしょ?」
「じぇんじぇん」
「ほぉら。有名じゃないんだよ」
「こいつが本も読まない馬鹿ってだけよ!! 琴姫みのりと言ったら、今、ライトノベルで一番人気の作家だもの!!」
「一番人気なのか……」
俺はとりあえず記憶をまさぐってみたが、琴姫みのりなんて名前はどこにもなかった。
「おいおい、いくらなんでも一番ってコトはないだろう」
「一番なの!! 一番って言ったら一番!!」
「まゆまゆ以外の口から、名前を聞いたコトないんだよね。 それで一番なんて言えるか?」
「ま、まゆまゆって呼ぶなぁっっ!! 誰も名前を知らないのは、ここがド田舎だからよ!! 田舎ゆえなのよ!!」
いつもどおり、女の人に手は出せない由真を、椿さんがいいようにからかう。いつもと違うのは、椿さんがらしくない、少しだけ気まずそうな表情をしている事だけど……
なんかこの二人の力関係って、椿さんと渋蔵さんの力関係の次にわかりやすいよなぁ。
「ところで、ライトノベルってなに?」
しかし、今の俺はそっちの方が気になった。
「「…………」」
二人の顔が固まっている。
なんか呆れとかそんなものをはるか彼方まで通り越して無表情な感じに。
「……アタシが馬鹿だった。 居候が馬鹿だとは知っていたけど、字くらいは読めるのだと思ってたわ」
急転直下で呆れ全開の表情に。どうやら今の無表情は、呆れの余り俺の言った事が理解できていなかったようだ。
……一般常識なのか、ライトノベルって。
「俺、一応大学卒業してますが」
「大学生っていうのは、受験が終わると何もかも忘れる物なのよ、ついでに卒業したらしたで習ったこと忘れるの。 だからアンタの頭の中は白紙!!」
「それはかなり真実かもだが、俺だって本ぐらい読むぞ」
「どんなジャンルを読むんだい?」
「どうせエッチなマンガしか読んでないのよ」
「マンガとハードボイルドとノンフィクション」
「なるほど。ライトノベルには余り縁のない読者だな」
「くぅぅ。なんか居候のクセに生意気」
俺にハードボイルドは似合わないと認識されているようだ。悔しいが何か言うと余計に喰いついてきそうなのでやめておいた。
触らぬ神に祟り無し、これは3年前の経験で学んだことだ。
……生かせてるかどうかは微妙だけどな。
「で、ライトノベルって何ですか?」
「そうだな……ま、基本的には、若者むけのフィクションかな」
「そんなんがあるんですか。 へぇ」

草津拓也の『賢さ』1ポイントUP!!

おっと、店の電話がなっている。椿さんが素早く電話を取った。
「はい、高尾酒店です。 まゆまゆならここにいますよ。 了解しました。はいはぁい」
受話器を元に戻して、こっちに戻ってくる。
「まゆ。『たがみ』から。 早く戻って来いって。 油売ってないでさっさと帰れ」
「あ、アンタ達が変なコト言うからじゃない!!」
「何でもヒトのせいにするのは、よくないクセだぞ」
「そうだぞまゆまゆ」
「きぃぃぃぃぃ悔しいぃぃ!! 時間があればギタギタにするのに!! おぼえてらっしゃい!!」
言葉通りのものすごく悔しそうな顔で、立ち去って行ってしまった。
毎度のコトながら嵐のようなヤツだ。
「一体何しに来たんでしょ?」
「すぐに判るさ」
戸が開く音、戻ってきたようだ。
「注文して置いた醤油とお酢を寄こせっ!!」
「な。すぐに判っただろ?」
「納得」
「きいぃぃぃ、なんか悔しいわ!! 『たがみ』のオヤジ、注文があるなら昼の一回で済ませってのよ!!」
というか、その数の醤油と酢に加えてビール1ダースを抱えていこうと言うお前には恐れ入る。
……まぁ、コイツなら可能だろうけど。




んで、もうすぐ就業時間。
「「ありがとうございました」」
俺と椿さんは、声をそろえておそらく今日最後だろう客を送り出す。
「藤代さんで最後だと思ってるだろう?」
「え? ええまぁ……あと五分もないし」
藤代さんとは、今帰って行ったお客の事だ。
昨日白摘茶房にも来ていたからしっかり覚えてるぜ!
「賭けるかい? 最後かどうか」
「何を賭けるんですか?」
「百円」
うむ、昼の踏まれ賃千円と言われたら迷ったかもしれないが、そのくらいならOKだ!
「いいですよ。 俺は最後の方」
「じゃこっちはその反対と」
俺達はなんとなく黙って、物言わぬ扉を見つめていた。
「こんばんわ」
思いっきり期待を裏切る音と共に現れる尚樹さん。
「勝ちだ」
「くっ……負けか」
……まぁ、合計では900円の得だ。勝ってもリターンは少なかったが、リスクは無いようなものだろう。
憎そうに尚樹さんを睨みそうになった俺だが、そう考えて思いなおした。
「ん? どうしたんだい?」
「いや別にいらっしゃいませ」
「いつものを」
「あいよ。拓也、その棚の上のとって」
「ほい」
なんだか高そうな日本酒だな。『秋水』っていう名前なのか。
「値上げしたりはしてないよね?」
「大丈夫。 もともと高い酒だから、そうホイホイと値上げはしないよ」
うわ、万札があんなに!! こんな高い酒がコノ世にあるのか!!
「おや、拓也君。この酒に興味が?」
「興味と言うより高いのでビックリです」
ゆのはとひめあたりが聞いたら額だけで反応しそうなくらいだ。
まぁ酒はあいつらには早いだろうけど……って、飲んでたよ、アノ時。
「確かに高いね。でもそれだけの価値はあるのさ。 ボクはほとんどコレしか飲まない。 この酒の名前にはそれくらいの価値が」
「名前に……ですか?」
なんか公衆の面前で思い出すには抵抗があるコトを思い出しそうになったので、とりあえず受けておく。
まぁ、酒の事だし大丈……いや、ちょっとまて、そういえば戦艦と同じ名前を持った酒が存在すると聞いた事があるような……
「『秋水』と言うのはだね。第二次世界大戦末期に日本軍が開発したロケット戦闘機の名前なんだよ。 ロケット戦闘機と言う聞きなれぬ名称に(中略)」
しまったぁ!! 俺、踏んでしまったかっ?
「人類初飛行の結果は哀しい事に、発明者の爆死と言う形で終わったけどね。 ロケット戦闘機と言うのはそれの」
椿さんダルアタックがヒット。
うーむ、心の中にだけしまっておくには惜しいジョークだ。
「あぐぅっ。 眼鏡眼鏡眼鏡が飛んだぁっっっ。 眼鏡眼鏡眼鏡眼鏡ぇ」
「はい、そこまで」
サンダルを手に持った椿さんが、にこやかな笑みを浮かべつつも、尚樹さんの背後に立っていた。
「何も見えない見えないぃ」
よつんばいになって店を這いずる姿は、いとあわれ。
「眼鏡ならそっち」
「どこどこどこどこぉどこなのぉ」
「こっちこっち」
四つん這いになったまま、尚樹さんは外へと誘導されていった。
「あ、そこにある」
「あ、あったぁ」
「じゃ、毎度ありぃ」
「ひどいですね」
「当然の報いというヤツさ」
まぁ、こっちももう慣れた感じだけど。
「さぁて時間だ。今日は一日御苦労様。 時々でいいから、ウチに来てくれると助かるよ」
「それって、俺バイトとして使えるってことですか?」
「まぁね」
うーむ、素直に賞賛されることがこんなに嬉しいことだとは知らなかったよ、俺。
「賭けは私の勝ちだから百円引いて」
椿さんが意味ありげな陰陽マークのついた黒い封筒を俺に!!
この前までの俺なら、この封筒の意味について驚きいぶかしんだろうが、今の俺は前の俺とは一味違うぜ!!
「わーい!! 給料だぁ!!」
こうして素直に喜べるワケだ。
「ホントウにそうかな?」
「ええっ!?」
「実は入っていたのは今の百円だけで、外れとか書いた紙が入ってるだけだったり」
俺は、慌てて袋の中身を見た!!

―所持金  0008100―

「おおおおおっっっっ。 ありがてぇぇっっっっ!!」
俺は封筒を伏し拝んだ。
「そこまで喜んで貰えると、渡しがいがあるね」
「はっはっはっはっ!!」
こうして俺は、見事8100円をゲットしたのだ!!
とはいえ、今日一日で色々経験したつもりだが、椿さんに勝つにはまだまだ修行が足りないようだ。
壁は高いほど燃える!!
「ああ、それからさ、アイスクリームとアイスキャンディー、好きなのみつくろって二人にもってってやりな」

「ありがとうございます!!」
「お疲れさま。 二人にもよろしく」
「はい!! ではお疲れ様でした!!」


うーむ。外は寒いぜ!!
この寒さのなかアイスクリームを選ぶなど、かなり季節感を無視した行為ではあるが、人の好意を無にするワケにはいかん!!
それに、二人も喜ぶだろうしな。
さぁて、どれにしよーか。
「油断も隙もない!! 無駄遣いは許しません!!」
「え?」
ひめの手元にお賽銭箱型の貯金箱が出現。
「これは無駄遣いじゃ」
「黙れぇっ!! ひめ、さっさとやってしまえぇっ!!」
「命令されなくてもしますよ」
「わっ」

―所持金 0000000―
―お賽銭 0025800―

俺の懐から飛び出した封筒の中から札びらと百円玉が飛び出して、空中で踊ったかと思うと賽銭箱へ吸い込まれていく。
「いちいちこんな派手なコトせんでも、ちゃんと渡すつもりなんだけどなぁ」
「騙そうとしてもそうはいきません。 あのトランペットだって、わたしの知らない間に買ってたし!!」
「あれは数少ない俺の小遣いをコツコツためて買ったものなんだが」
つーか働いてるの俺だけなんだからもうちょっとくらい小遣い値上げしてくれても……
「……どっちの言い分が正しいかはともかくとして……拓也、今アイスを取ろうとしていたのは、椿さんの厚意ですか?」
「おう、ひめはよくわかってるな」
「……無駄遣いじゃなかった、とか言いたいんですね」
おっと、またもゆのはが悔しそうだ、
なんかひめと再会(?)してからこの表情よく見るよなぁ、原因は性格の差から来る冷静さだろうけど。
「二人はモナカとガリガリさん、それとストロベリーキャンディと抹茶キャンディならどれだ?」
「……最中」
「じゃあ私は抹茶で」
俺はアイスモナカと抹茶アイスキャンディーを取り出して冷蔵庫を閉めた。
「さて、帰ろうか」
とりあえず、俺が見る限り、今日のゆのははろくな事がなかったんだろう。
どこかで埋め合わせくらいはしてやりたいが、金は全部ひめが徴収していくし……せめて千円でもあればなぁ。
明日辺り、ダメモトでひめにお願いしてみるか。
急ぎの用事じゃないためか、前の時ほど融通がきかないわけじゃなさそうだしな。


 

 

12/21(前編)へ続く


 


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