―12月21日― (前編)
 

 






朝だ!!
がばりと跳ね起きて、うーんと伸び!!
今日も絶好調!!
で、ケイタイを見りゃ、なんだなんだ、セットした時間の一時間も前じゃん。俺って健康的だよなー。
ケイタイのアラームを切って、んで窓を全開!!
目の前でちらつく小雪の白がまぶしいぜ!!
「はふぅ。つめてぇ!! くぅっ。さすが雪国の朝!!」
深呼吸!! つめたくて濃い空気が、体中に流れ込んでくる。
「うむ!! 今日も元気の充電完了!!」
「ぷるぷる……さむひ……むにゃふにゃ……」
「……すぅー……くぅ……」
振り返ると、いかにも寒そうな格好で寝ているゆのはと、必要以上に布団で丸まっているひめの姿。
とりあえず、どちらもある意味ガキとしては非常にありがちで納得のいく寝相だが、同時に非常に対象的だ。
……しかしゆのはの方はいろいろと成長してきてる分、そろそろこの寝相改善せんとやばいんじゃないか?
屋根の下で寝るときはなぜか白の浴衣一枚だもんなぁこいつ(三着所持・購入費拓也負担)。
やっぱ和服である神衣を着慣れてたから浴衣の方が落ちついて寝れるのだろうか?
おっと、いくら寝間着が古風と言っても、下着は着けてるぞ下着は。
一体誰にいいわけしてるんだかわからんが、まあとりあえずそういう事だ。
……にしても、早く起きちまったよなー。 ここは一曲作るか!!
「さむさむ……」
「……ふにゅぅ……かおが…冷たぃ……」
…………
なんだかんだ言って、ゆのはにはこっちに来てからあまりかまってやれてないしな。
ひめはひめで、あれからずっとゆのはのかわりに神様やってるみたいだし……
俺の都合に合わせて起こすのも悪い気がするな、せめてゆっくり寝かして置いてやるか。
俺はすっと窓をしめた。
そして、ゆのはに布団をかけてやると、ゆのはが、布団をぎゅっと握り締めた。
あいかわらず小さい手。でも以前より少し大きくなった、こういうときは、恋人と言うより妹のような感覚に苛まれる。
どっちにしろ、かわいいことに変わりはないが。
俺は二人の頭をそっとなでてやって、小さな声でささやいてやる。
「飯の時間まで心置きなく寝てろ」
「うぅん……あさごはん……」
「ほかほか……おみそしる……」
「大丈夫大丈夫。後でちゃんと起こしてやるから」
「うみゅぅ……おはふひ……」
「……すぅー…」
やっぱ寝てるときは理屈ぬきでかわいいよなー。
まぁ、どっちかっていうと妹としてだけど。

俺はてきぱきと着替えをすませ、部屋から出た。




「なぁ?」
居間に入ると、陛下が座布団の上にお座りになっていた。
「おう、ヘンリー三世おはよー」
「にゃあ」
俺は陛下に存在を受け容れて貰えたようだ
「あ、拓也さん。おはようございまーす」
「おはようわかばちゃん」
「今日は早いですねー」
「つうか、普通はこれくらいに目が覚めるんだよ」
「そうなんですかー。 でも、大学生だったころはもっと遅かったんじゃないですか?」
「WHAT? つうかWHY? 俺は昔からこんなんだぞ?」
いつものごとく脈絡がない意見だが、大学生と社会人に何か差があるのか?
……まぁ、バイトで生きてる今の俺は、卒業はしてるものの社会人と言いきるには少々怪しいが。
「だって、大学生さんは昼起き出してきて、深夜のラジオを聞いてから明け方に寝るものなんでしょー?」
「多数派ではあるが、普通じゃないぞ。 まぁ、俺位早く起きるのは少数派だけど」
「拓也さんは大学生のイヌイットだったんですねー」
「なぜイヌイット?」
「大学生さんの少数民族だからですよー」
そう言う表情は相変わらずの笑顔。
本気でそう信じてるからこその屈託の無いそれなんだろうけど、その微妙にずれた知識は修正できないものかと何度も思わされる。
「……あ、そうだわかばちゃん。 なんか朝食手伝うこととかある?」
「え、いいですよそんなのー。 へんりーさんせいと遊んで、まったりとしててください」
俺はヘンリー三世を見た。 陛下は、大儀そうに顔をそむけた。
「遊ぶ気がないらしい」
「じゃあ新聞でも読んでてくださいー」
「それじゃ俺の気がすまないからさ」
人間になったゆのはの食事量が普通(より少し多い)程度になったことから考えても、仮の肉体の維持に大量の食物が必要なのも真実だと判明した。
だから、ひめがバクバク喰いまくるのを止めさせるワケにもいかないしな。せめて、これくらいはしないと。
わかばちゃんは少し考えると、こう口にしてくれた
「わっかりましたー。 じゃあ、朝の用意を手伝ってくださいー」
「ラジャー!!」

んで、わかばちゃんとみつ枝さんを手伝って、朝食の用意!!
んで完成!!
「拓也さんありがとーございました」
「こんなの大したコトないって、じゃんじゃん使っちゃってよ労働力」
「若い人は元気があるねー」
「若いですから。余りまくってるんですよ」
「若さっていいですねー」
「わかばちゃん。俺より若いじゃん」
「あ、そういえばそうでしたー。 そうかー、わたしも若さが余ってるんですねー」
だが、わかばちゃんには、おこたでお茶を飲んでるのが似合っているよーな気がするのは、ナイショだ。
「あ、そうだ。俺、二人を起こして来ます」
「朝のプロレスをするんですねー」
「しません、というかなんでプロレス?」
「だって、昨日の朝は……」
「……昨日の朝? ……いや、アレは……」
つーかせっかく忘れてたのに思い出してしまったじゃないですか!!
「大変です大変です大変です!! 拓也の姿が!!」
うおっ! ゆのは!?
い、いかん。 なんか会話の流れによる連鎖反応で、あの一撃が脳裏に蘇り、古傷が疼くかのようにあの痛みが、痛みが!!?
「あ、ゆのはちゃん。おはよー」
「ゆのはちゃん、おはよう」
「あ、おはようございますですじゃなくて!! そんな事より拓也がいないんです!! 布団も冷えてたからもう一時は経っているかと」
お、落ちつけ俺。とりあえず心をを無にして思考をそらすのだ!!
「今、ゆのはちゃんを起こしに行こうと」
……むむむむむむ……カァー!!
よし、落ちついた!!
「ど、どうしよう、私、手荒に扱い過ぎたのかな!? ううん、そんなことより拓也がいなくなったら」
「落ち着けゆのは」
まぁ俺も人の事は言えんが、とりあえずこのまま騒がれていても困る。
「これが落ち着いていられますか、だって、拓也がいないと私これからどうすれば」
「おはようゆのは」

「おはようじゃなくて……あれ、拓也どうしてここに!!」
「早く起きたんで、朝食の用意手伝ってた」
お、固まった……というか情報を整理している最中だな。
俺も人の事は言えんが、ゆのはの頭脳CPUは少し性能が低いようだ。
まぁ、今更だけどな。
「許可無く勝手に起きちゃ駄目です!! てっきり脱走したのかと」
「いや、俺が勝手に早く起きたのに、二人を付き合わせるのも悪いと思って」
「う、う……ま、まあ今回は大目に見てあげます」
俺のまごころが通じたか、とたんにおとなしくなるゆのは。
まぁコイツも物わかりが悪いわけじゃないからな、お金に融通がきかないだけで。
「それよりゆのは、とりあえず着替えてこい。着物が乱れまくってるぞ」
「え? ……わ、わわっ!?」
目のやりどころに困るほどではないが、とりあえず色々危険だ。
「ああぁぁあ……スケベ! エッチ! エロ拓也ー!!!」
顔を赤くして脱兎の勢いで居間を離脱するゆのは。どう考えても俺に過失があるとは思えんが……
でも自分の状態も分からないほど心配してくれたことには素直に感謝しておこう。
「ふわぁ……おばあちゃん、わかばさん、おにいちゃん、おはようですー」
と、入れ違いにひめが眠そうな目をこすりながら入ってきた。
こっちはいつもどおりちゃんと着替えてるな、よしよし。
「おう、ひめ。いい朝だな!」
「あ、ひめちゃんおはよー」
「ひめちゃん、おはよう」
「……おねえちゃんが走って行きましたけど、何かあったんですか?」
「着替えるのを忘れただけみたいだから気にするな」
まぁ、後で散々愚痴聞かされるのは俺のほうだろうけどな。
「ひめちゃん、ちょうど良かったよー。 朝御飯の用意は出来てるからねー」
「ひめちゃんの大好きな御飯が、たきたてだよー」
「わぁ、たきたてですかー」
ひめが目を輝かせている、あいかわらずの食欲だ。
……が、とりあえずここで先に食ってしまってはゆのはの愚痴レベルが3段階ほど上昇してしまう!
「たきたては嬉しいですが、今はゆのはを待ちましょう。 やっぱ日本人のいただきますは全員で食卓を囲んでからですよ!!」
わかばちゃんとみつ枝さんは俺の提案に笑顔で快諾。
ひめは少し不満そうだったが、二人が承諾してしまったからには強く出れず、しぶしぶ承諾していた。

で、恥ずかしさのせいか、俺に目を合わせようとしないゆのはが戻ってきて、楽しい朝食!!
……いや、なんかちょっと気まずいのは否定できんが……
「ふぅーおなかいっぱいー」
「おばあちゃん、お代わりお願いします」
「はいはい。たんとお食べ」
「早くも7杯目です!!」
それでもいつものように時間はすぎていく。
さて、いつも通りならそろそろ……
「しぶぞうだっ!!」
「しぶぞうさんです!」
うむ、いつものハーレーの音(うそんこ)だ。
ゆのはたちも嬉しそうに走っていった。
「じゃ、ちょっと出てきます」
「はいはいー」


「おはようしぶぞう!!」
「しぶぞうさん、おはようございます」
「おうっお嬢ちゃん、今日も元気にお代わりしてるか?」
「バリバリです!!」
「はい、今日もおばあちゃんの御飯はおいしいです」
「おう、バリバリで飯もうまいか!! そいつぁいい!! おう、ヘンリー三世も居たか!! おはよーさん」
「なぁ」
「おはようございます」
「おう。おはよーさん。 さて、早速だが青年、今日は何処で働く気だ?」





…で、初日と同じように営業前の準備も終わっての一時。
「新人アルバイトの草津拓也です。今日一日どうかよろしくおねがいします。 押忍っ!!」
伊藤家の居間で元気に挨拶だ、やっぱ第一印象がだいじだよな。
たとえ顔をあわせて三日目でも、雇って貰ってる以上意気込みを見せねば。
「馬鹿で粗忽で不足で不器用で怠惰で愚鈍で不景気で間抜けで助平な不肖な拓也ですが、どうか宜しくお願いします」
「……おねえちゃん、もしかして機嫌悪いですか?」
ひめ、昨日自分も同じようなこと言っただろうが、おかげでからかわれてたけど。
「よろしくされましたー。 でもー、拓也さんはー不器用じゃないと思いますよー。 昨日も一昨日もがんばってましたしー」
「他の属性はスルーですかっ!?」
「他のコトに関しては、まだよくわかりませんからー」
相も変わらず正直すぎだよわかばちゃん。
「わかばおねえちゃん。その内わかるよ」
「そうさっ!! まぁ見てなわかばちゃん!!」
そうだ、やはり真の価値とはその姿を肉眼で見てこそ見えてくるもの!
例え以前の俺の功績が忘れられていようとも、新たに歴史を作るまでだあぁ!!
「私の言葉が全て真実だと判るよ」
「そういうオチかっ!!」
「……やっぱり、今朝なにかありましたか?」
「いや、だから何もないって」
俺にとっては大したコトではないのだが、ゆのはにしてみれば大したコトなのだろうか。
微妙に不機嫌っぽいってことは大したコトなんだろうなぁ、多分。
「拓也さんはそんな人じゃないですよー。大丈夫ですよー。 きっと、多分、恐らく、なんとなーく」
「うわ、あやふやっ!!」
「しかも後になるにつれ不確定さが上昇していますね」
「拓也、男が細かい事を気にしちゃ駄目だよ」
「男女差別だっ!!」
大体、男女平等などと言っているが、実際その言葉が適応されているのは女性に対してのみだ!!
男性が不利な状況には適応されていない、これほど女性に体のいい言葉はあるのだろうか!?
男女平等と言うからには、その言葉の意味を完全なものにして欲しいぞ!!
「拓也さんは、銭湯でバイトした事があると言ってたねー」
「え、あ、はい、何回かありますが、合計一ヶ月ちょいくらいですかね?」
いかんいかん、つい脳内演説で熱くなってしまっていた。
「では、仕事の内容も、知っているんだねー?」
「番台以外の全てを経験済みです!!」
銭湯の仕事。 それは大まかに分類すると、以下の4分野からなる!!
営業前の準備、営業後の清掃、ボイラー関連、番台業務である!!
中でも、番台業務こそが華!! 番台業務につく人間こそが、銭湯のキング&クイーンである!!
「番台さえ経験すれば、全種目制覇なんですっ」
「なるほど、なるほどー」
「もしかして番台ですかっ!? ついに番台に座れるんですかっ!? 男なら誰でも憧れると言う王座へ!!」
前回も結局番台は任せられなかったが、ついにか!? 記憶に無くても、俺の活躍は二人の魂に刻み込まれていたと言うことか!!
……おおっ!! 胸の奥からこみあげてくるこの力はなんだ!?
「わっ、おにいちゃんの背中から炎が噴き出してます!」
「……やっぱり助平です」
「あのー」
「未経験ですが頑張りまっす!! 一日中交代しなくてもいいですっ!! 俺、若いですからっ!!」
これが、これがっ!! 番台に座るコトの悦びなのかっ!?
「営業時間中は番台業務が主ですから、お二人はまったりとすごしてくださいっ!!」
「あのー。拓也さん。 張り切ってるトコロ申し訳ありませんがー。 番台は任せられません」
「なぬぅっ!? 番台に座るには経験不足ですかっ!? 一ヶ月ちょい程度じゃ駄目ですかっ!?」
「そういうコトではなくてー」
「番台は銭湯の顔だからねー。 アルバイトさんに任す訳には、行かないんだよー」
「それに、ウチの番台は小さめに作られているのでー、大人の男の人は入れないんですよー」
「そ、そうですか……」
番台は遠かった。
「おにいちゃん、露骨にがっかりしてますね」
「……頭痛い……なんで私こんなのの恋人なんてやってるんだろう」
「あははははは……」
厳しい二人のツッコミ。特にゆのはの表情には、もはや怒りや不機嫌ではなく、呆れの方が強く表に出ていた。
素直に怒られたほうが精神的ダメージは少なかったぞ……
「ええっと、気を取り直して……じゃあ、俺何すればいいですかね?」
「拓也さんにはー」




「ふぅ……」
というわけで、俺は伊藤家の屋根の上で大工仕事。
瓦のずれたトコロを直したり、屋根で危なげなトコロを修理したり。
「ここはヨシと……後は……、アソコか……」
左官屋で二ヶ月バイトした経験が、戦闘のアルバイトで役に立つとは、人生わからぬものだ。
しかし思ったよりも屋根の痛みは大した事は無い、まだ正午だと言うのに全部終わってしまった。
なにより修理した後が少し見えるし、近い間に一度修理した事があるように見える。恐らく今俺が直したのはその時にはまだ安全で、手がつけられていななかった部分だろう。
まぁ、つまり、処置が必要な部分は少なかったということだ。
「よいしょ、よいしょ、よいしょ」
振り返れば、ほえほえした外見に似合わぬ軽快さで、わかばちゃんが梯子を昇って来た。
「わかばちゃん御苦労さん」
「拓也さんこそ御苦労様ですー。 で、どんな具合ですかー」
「ああ、修理なら終わったよ」
「ええっ!? 終わっちゃったんですか!? も、もっとゆっくりやってよかったんですがー」
「そう言うワケにもいかないよ。 こういうコトは、雪がヒドクなる前に、済ましておかないとね」
3年前程では無いが、毎日ちらほらと雪は降っている。やることはやっとかんとな。 それにしても気のせいか? なんか一瞬ものすごくあわててるみたいに聞こえたけど。
「そ、そうですねー。 うーん困っちゃった…… あ、でもボイラー室の修理もあるから」
「ん? どうかしたの」
「いえ、あの、そのー。 拓也さんってこういうの得意なんだなって」
「けっこう前になるけど、左官屋さんで二ヶ月だけアルバイトしたコトあって、まぁそれなりに」
というか、特に資格が必要ない類のバイトは、一通りやった事ある気がする。
「な、なるほどー」
「あ、それから、ボイラー室の雨漏りも、直しておいたから。」
「ええっっっっ!? 直しちゃったんですかー!?」
「あ、倉庫にあったコンクリと充填剤、勝手に使っちゃったのマズかった?」
「そ、そんなコトありませんよー。 直しちゃったんですか……今日一日はかかると思ってたのに……」
「ええっ!? あれ直しちゃいけなかったの? 何か謂われのある雨漏りだったとか!?」
「そ、そんなコトナイデスヨー!! あ、ありがとうございますー。 どうしようどうしよう」
いや、これは目に見えて慌てている。
俺の仕事振りに文句があるようには見えないし、自分で見ても屋根もボイラー室も修理は完璧なできだった。
と、なると一体なんだろうか?
「え、ええと、お昼ごはんなんでー、拓也さんも降りてきてくださいー」
「了解っ!!」



で、昼食もおえてずずずっと熱いお茶をすする俺達五人。
「このブンタンおいしいなぁ!!」
で、お茶とデザート代わりのブンタンで残った時間をまったり。
厚い皮をひっぱがすと、かすかに酸味を帯びた甘い香りが。
「ですよねー。 毎年高知からおくられてくるんですよー」
ふむ、親戚か何かがいるのだろうか?
なんにせよ恵まれた環境だな、コタツでみかんという日本人としての王道を毎年確実に遂行できるとは。
「拓也、ちゃんと働いてますか?」
「モチロンだ!! はっはっは見直したか?」
「拓也には聞いてません」
「雇い主さんに聞いたほうが率直な意見が聞けますし」
まぁ、正論ではあるな。雇われの身としては雇い主の評価が最も気になるのは自明の理だ。
「うん、すごいよー。 ええと、具体的に説明するとねー」
わかばちゃんはノートを引っ張り出すと、ナニゴトかさらさらと描きはじめた。
「こんな感じだよー」
ノートには、まるまるっとした線で、黒いジャンパーを来た男が、八本くらい腕を振り回して働く姿。
そこの上に花丸と、『満点です』の文字。
「「…………」」
「いやー、そんな、それほどでも、あはははは」
ゆのはとひめは二人はそろって微妙な表情だが、わかばちゃんが花丸をくれたって事は俺の評価が高いコトに変わりは無いな!!
「わかばっ。騙されちゃダメよっ!! 居候は働いているフリしてるだけなんだから!! 姑のように厳しく検査しなくちゃ」
「何を根拠にそんな言いがかりを!!」
「由真、拓也さんすごいんだよー。午前中だけで雨漏りと屋根の修理を終わらせちゃったんだよー。がんばってるよー」
おお、天の声。
「わ、わかばがそう言うなら……でも、くぅぅ……」
由真はわかばちゃんの声には全く歯が立たないんだよなぁ。
まぁ、だからこその由真なんだろうが、付き纏われる身としては迷惑この上ない。
「あ、電話だ。 はいはーい」
わかばちゃんはとたとたと廊下の電話へと走って行った。
「……にしても、なぜお前が当然のよーな顔をしてここにいる?」
「アタシとわかばのふたりっきりの食後のまったりとした時間に、割り込んできたのはアンタの方でしょう!!」
「ふたりっきりって……お前の方こそよからぬコトを考えてるんじゃ」
「アタシは別に、わかばのあの胸をさわって、あ、ごめんブンタンと間違えちゃったわ……。ううん、由真なら間違えてもいいのぉ」
「……馬鹿と言うべきか阿呆と言うべきか悩むところですね」
「胸と文旦を間違えるなんて、普通に考えてありえません」
だぶるゆのはのドギツイツッコミ。
……いや、例によって例のごとく、アッチに言ってるらしい由真の耳には全くはいっていないようだが。
「わかばぁ、そんなコト言われたら、アタシアタシアタシアタシぃぃっ、ああ、この丸みが丸みが丸みがぁっ。 ああんダメぇ、由真ぁわかばぁ、あああんああんああん」
「「「…………」」」
あー、もう本当に変わってねぇなコイツ。
最初から分かりきってるけど
「はっ!?」
「春だねー」
「と言うより、盛ってますこの山猿」
「兄妹そろってその目は何よ!! それに山猿ってナニよぉっ!!」
いや、兄妹って言うか姉妹はゆのはとひめの方で、設定上では俺は親戚のお兄さん……
……(嘘の)自己紹介ちゃんと聞いてたのかこいつ?
「二人っきりだと容赦なく甘えるおねえちゃんが言っても説得力ないですけど」
ボソリと小さく呟くひめ。
いや、それに関しては最近は良くも悪くも落ち着いてはきた気がするんだが。
頻度的には五分五分ってとこだ。
「有馬のおじさんから由真に言付けがあったよー」
「あのオヤジが何の用よ?」
お、わかばちゃんが戻ってきたな。察するに、電話の内容は由真のバイト先か
「ええとねー、休み時間が終わって三十分以上経ったから、仕事に戻ってくれってー」
「ええっ? なぜバレタの!? 謎だわ!? 陰謀の匂いがするっ!!」
「おそらくそれはねー」
「……さては居候!! アンタ密告したわね!!」
「何を密告すると言うんだ!!」
「休み時間に入る時に、時計を三十分遅らせて置いたコトを、アンタの他に誰が垂れ込むって言うのよ!!」
「知るかっ!!」
「ばれるの当然だよー。私が覚えてる範囲でも、電話がかかって来たの、10回目だしー」
「ちっ、一週間以上経ったから、忘れたと思ってたのに、男のクセに細かいわね」
細かいとかそう言うモンダイか?
というか同じ事を10回も繰り返している時点で、同じ手が通用すると思ってるコイツは、ある意味尊敬できるぞ。
真似する気なんてさらさら無いがな。
「すぐ戻って来ないと、今日の分のお給金はなしだってー」
「くっ。給金を差し押さえるとは卑怯!! そうまでしてアタシとわかばの黄金時間を邪魔したいのかしらっ!!」
「……由真さん、三十分もサボってちゃ、普通差し押さえると思いますが」
うむ、まったくもってひめの言う通りだ。バイトとはどれだけ真剣に、そして真面目に取り組むかにかかっているからな!
さすらいのアルバイター拓也としては、そんな怠慢に払う金は無いと言い切ってやろう!!
……口でここまで言い切ると恐いから、心の中で。
「ダメだよ由真。 さぼっちゃ」
「そうだぞ。さぼっちゃいけないぞ」
「きぃぃぃぃっっっっっっ!! 居候に説教されたぁぁっっ!! 屈辱っっ!!」
「俺は事実を言っただけ」
「は、そういえばっ …………ふ、ふふふふ……居候、あなた、自分のやった事を後悔することになるわよ?」
「何のコトだ?」
「さーてねぇ。 明日からこの華の湯で働けなくなるかもね。 おーほほっほっほ」
……イキナリ言われてわけが分からないうちに、由真は高笑いをしながら去って行った。
「由真もしょうがないなー。 休み時間長くしたいからってあんなコトしちゃぁ」
休み時間を長くしたいと由真が思う元凶は、ほわほわと笑っているばかりだった。
さっき言われた事の意味はわからんが、ちょっとだけ、ほーんのちょっとだけ、由真があわれだなーと思った。まる。




「お、なんか雪が止んできたな」
「ですね。まぁ今回は恨みと言う根源的なものがありませんから、降らないこともあるでしょう」
太陽が高く昇った空を眺めながらの銭湯の前の掃除。屋根の修理も雨漏りの修理も終わってしまったんで、何をすればいいか聞いたらこの仕事が来たのだ。
銭湯らしい仕事とは言えないが、入り口が汚れていては店のイメージにも関わってくる。
ここは掃いて掃いてはきまくるぞっ!!
……と言っても大してやるコトがないんだけどね。だって、朝、みつ枝さんが綺麗にしてたし。
「なに二人でまったり話し込んでるんですか! 働けーっ」
「話し込んでるというより、一言交わしただけなんですけど」
なんか、ずっとこんな調子だとどっちがお金を請求している側なんだか分からなくなってくるな。
「働いてるだろ……あ」
「げ」
由真がいた。バイトに戻ったばかりじゃなかったか?
「お出かけですか?」
「居候。あんたと違って暇じゃないの、お届けモンの帰り道よ」
「暇とはなんだ暇とは!! 俺は掃除をしているぞ!!」
「拓也は馬鹿だけど、ちゃんと仕事してます!!」
「ふーん。仕事ねぇ。 入り口前の掃除がアンタの仕事?」
「取り敢えずは」
まぁ、命じられた事はバイトとしてやらないといかんし。
「ふふ、私の言った通りになったわね。 居候。午前はともかく、午後のバイト代貰うつもり?」
「貰う予定」
「働いたらお金を貰うのが当たり前です」
「お給金は正当な取引ですよ?」
「銭湯で働いているのに、表の掃除だけで金を貰うなんて図々しいと思わない?」
「掃除は立派な仕事だぞ!! それに、朝の準備と夜の掃除だってするんだ!!」
「力説する程のモンじゃないでしょ? お金を貰ってるんだから」
「そりゃそうか」
「で、営業時間中は掃き掃除、と。 でも、掃除するほど汚れてはいないようね」
「そりゃ、朝いちでみつ枝さんが掃除してたから」
「……ああ、なるほど、由真さんの言いたいコトがわかりました」
ひめがあごに手をそえて難しそうな顔をしている。ついでにいえばちょっとした驚愕その他もろもろの感情も混ざってる感じだ。
「あふれんばかりの優しさを、こんな薄汚い居候にまでめぐむなんて!! 十分の一でいいからアタシに分けて欲しいわ!!」
「おう、青年、元気にやっとるか!?」
由真の暴走の最中、バイクの音を響かせて渋蔵さんがやってきた。
この人やっぱり暇なんじゃないのか? 俺が言うと鉄拳が飛んできそうな気がするんで口が裂けてもそうは言えんが。
「渋蔵さん。そりゃあもう、バリバリですよ!」
「なーにがバリバリよ、穀潰し!!」
「……ひめ、さっきから気になってるんだが、由真なに怒ってるんだ?」
確か、ひめは何か分かったような発言してたな。
「……率直に言うと、おにいちゃんに与える仕事が無いってコトかと」
「WHAT!?」
「ええっ!?」
何故だ!? どういうことだ!?
現に俺は今入り口前の掃除と言う仕事を与えられているではないか!?
それなのになぜ、なぜ与える仕事が無いなどと言うのだ!?
「妹の方が頭が回るなんて、やっぱりアンタは愚鈍ね。 いい? 営業時間中の銭湯の仕事はね、細々した雑用を除けば、番台業務しかないのよ。本来はアンタにさせるような仕事は無いの」
「あ……」
「……ふーむなるほど、つまり、わかばが青年にとりあえず仕事を振ったってぇいいてぇわけだな?」
「ってコトは……まさか!!」
「ようやく判ったようね。 つまり今のアンタは、わかば達に迷惑をかけてるだけの、単なる穀潰しってコトなのよ!!」
「そ、そうだったのか……」
俺は、がくり、と膝をついた。
は、敗北だ!! こんなに頭の悪そうな、力だけの暴れ牛に、力以外の事で敗北してしまった!!
「これ以上、わかばに迷惑を掛けたくなかったら、昼は別のトコで働くコトね!! おーほっほっほ!!」
再び高笑いを残して、由真は立ち去った。
「青年。今回は一本取られたみてぇだな!! ま、元気だせ、長ぇ人生、いろいろあらぁな」
「……ヒトの情けにすがるのも、気分が重いものなんですね……」
くっ、このままでは由真の言った通り、華の湯では働けなくなってしまう!!
「どうすればいいんでしょう俺は」
「ふぅむ。 すがれるだけすがるってぇのも一つの手だな」
「そうそう、拓也。 情けに縋るしか無い時だってあるのはよく分かってるでしょ?」
「……確かに、おにいちゃんは変な時だけ真面目すぎですね。 普段はすごい馬鹿なのに」
「でもなぁ、ただ縋るだけなのは、それはそれでキツイ物が」
「ならよ。 今、出来るだけの事をすればいいんじゃ無ぇか? 自己満足かもしれ無ぇけどな」
「自己満足ですか」
「そりゃ他人の評価ってモンも大切かもだがよ。 まずは自分が納得しなきゃ、もやもやしたモンは消えねぇよ」
……うーむ、さすがは渋蔵さん。普段真面目そうには見えなくても、言うべき時はバッチリ決めてくれる。
どうせ老人になるなら、俺もこういうサッパリして粋な老人になりたいものだな。
「とまぁ人生の先輩ぇとして一寸肩が凝りそうな真面目な御託を並べてみたが、ちっとは参考になったか?」
「ありがとうございます。 ホントに肩が凝ってるなら揉みましょうか? 俺、肩もみ得意ですよ」
「ま、そのうち、ホントにこったら頼むぜ」
「そん時には、任せて下さいよ。 『華の湯』で一風呂浴びてからすれば」
と、その瞬間、俺の脳髄に一筋の流星が走った!!
そうだっ!! これってサービスになるじゃないか!!
「良く効くってか? はっはっは!! さりげなく宣伝かい!!」
「……いいかも。肩もみサービス」
「どうした青年?」
「ありがとうございました!!」
「うむ。ワケが判ら無ぇが良かったな」
「はいっ!!」
思い立ったが吉日、そうと決まれば早速準備だ!
渋蔵さんが風呂に入っていったのを尻目に、俺は伊藤家の中に紙とペンとテープを借りに走り出した。



 

 

12/21(後編)へ続く


 


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