―12月22日― (前編)
 

 






「ううんっ!!」
「くわぁっっっっ!!」
顔に足が足が足が!!
めりこんでますよ先生!!
「こんな事が許されていいんでしょうか神よ!!」
「うぅん……許ふでふ……」
タチが悪い事に、相手は元・神であった。
……いや元って、今は神じゃないだろお前。
「……いつものことれふ……」
元・神の向こう側から聞こえてくる声。それは、今度こそホンモノの神のお告げだった
……ここに希望は無いのか! 希望は!!
…………仕方ないか。相手はあのゆのはだし。
というか、これはほんとにこの寝相は改善させることを考えんといかんな。
ま、それはともかく、せっかく目が覚めた事だし。
「起きるか!!」
がばりと跳ね起きて、うーんと伸び!!
ほっぺたには足跡がついてるけど今日も絶好調!!
で、ケイタイを見りゃ、なんだなんだ、セットした時間の一時間半も前じゃん。
昨日よりはやっ!!
いくら寝起きのいい俺相手でも、これはちょっとないよなぁ。
ま、そんなこと気にしてても仕方ない、まず窓を全開!!
目の前でちらつく小雪の白がまぶしいぜ!!
「はふぅ。 つめてぇ!! くぅっ。雪国のぴっかぴかな朝!!」
ふかーく深呼吸!! つめたくて濃い空気が、体中に流れ込んでくる。
「今日も元気の充電完了!!」
「ぷるぷる……さむひ……むにゃふにゃ……」
ふっふっふ。冷風攻撃がこたえていると見える!!
だが、今日は恋人に甘い好青年ではないのだ!!
だから布団など掛けてやらんのだ!! そうやって寒さに震えて苦しむがいいっ!!
「はっはっはっは」
俺は手早く着替えをすませると、部屋を出……。
「……うぅん……さむひれす……ゆき……つめたい……」
……ようとしたところで、ひめの声が聞こえた。
ゆのはもひめも全く同じ声だというのに、聞き分けが出来てる俺って凄いよなぁ。
……うーむ、まぁ蹴ってきたゆのははともかく、寝言言っただけのひめに罪はないしなぁ……
「よし、ゆのは、お主の妹に免じて窓だけは閉めておいてやろう」
ゆのはを真似て神様言葉。 うーん、ちょっと偉くなった気分。
窓を閉めた俺は、今度こそ部屋を出ていった。




「なぁ?」
「おう、ヘンリー三世おはよー」
「にゃあ」
今朝も陛下の御機嫌は麗しいようだ。
「あ、拓也さん。おはようございまーす」
「おはようわかばちゃん」
「今日も早いんですねー。 昨日より早いんじゃないですかー?」
不測の事態があってね。
俺としてはもっと反撃してやりたかったんだが、罪のないちいさな子供を巻き添えにすることなど、俺には到底出来なかった。
「俺は日々進化する男だからね。 今日も手伝うよ」
「でも、本当にいいんですよー。 新聞読んだりテレビ見たりしても」
「迷惑じゃなければ、手伝いさせてよ」
「あ、モチロン、迷惑じゃありませんよー。 では、オコトバに甘えさせていただきます」
「オッケー。甘えて甘えて」
んで、わかばちゃんとみつ枝さんを手伝って、朝食の用意!!

んで完成!!
……うーむ、今日のバイトの参考にならないかと調理風景をいつもの5%増しくらいで見つめていたが、喫茶店ってイメージじゃないよな。
まぁ、一般家庭の朝食を喫茶店にあわせるのも何か違うと思うけどな。
「拓也さんありがとーございました」
「大したコトじゃないよ……わわっ?」
「どうしたんですか?」
「ヘンリー三世が新聞を読んでる!!」
ヘンリー三世は床の上に拡げた新聞の上で、まるで読んでいるかのように頭を動かしてる。
「ええ、いつもですけどー。 なにか不思議なコトなんですかー?」
「猫も王様となるとねー。 いろいろ知っとく必要があるんだろうねー」
「みゃう……」
猫は、一面を読み終わったのか、端をくわえると器用にめくり、次の面を読み始めた
「昔は、お爺ちゃんと毎朝、新聞とりあってたよー」
「そうなんですか……ははは。でも、俺のうちの近所の野良猫は、新聞なんか読んでませんよ」
「とうぜんですよー。野良猫は新聞を取ってませんからー」
そういうモンダイではないと思うが。世界は広いからいろいろあるのだよな
なんかゆのはと会ってから、もう驚くコトは何も無いと思っていたが、びっくりする事と言うものは結構日常に転がっているらしい。
……実際、読んでいるようにしか見えないし。
「ふわぁ……おはようほざりますですー」
「あ、ひめちゃん。おはよー」
「ひめちゃん、おはよう」
「おう、おはよう。 ゆのははまだ寝てるのか?」
寝ぼけ眼でふらふらとやってきたひめに俺達は返事を返す。
ヘンリー三世は、一瞬だけ新聞から顔をあげたが、すぐ興味なさげに新聞を再開。
「ゆの……おねえちゃんなら、寒そうにまくらだきしめたままでぇ、ぐっすりでしたー」
……うーむ、布団があろうがなかろうが、どのみちぐっすりなのか。
ゆのはには寒さで目が覚めるってコトはなさそうだなー。
「おやおや、風邪ひいてないといいけどねぇ」
うーん、そういやゆのはが風邪ひいたことって無いよなぁ、少なくとも俺の前では。
神が風邪ひくとも思えんから、神になる前のゆのはなら一回くらいあるかも知れないけど。
ま、俺は生まれてこのかた風邪なんかひいたことないけどな!!
「じゃ、俺ゆのは起こしてきます」


しかし、このままほっとけば本当に風邪ひくかもなぁ。
かといって布団もまともに被れないほどの寝相をすぐに何とかできるわけでもないし。
「まあ、今日のところは起こしてやるか」
俺はゆのはを起こすべく俺達の部屋の障子に手をかけ……
「あああぁぁぁぁっっっっ!!?」
な、なんだ!? 中からものすごいゆのはの声が!!?
なにか不穏なものを感じた俺は一瞬後ずさってしまったが、意を決して改めて障子に手を……
「ごふぉっっ!!?」
「うぎっ!?」
かけようとしたら、向こう側から一気に開け放され、ロケットスタートで飛び出してきたゆのはのヘッドバッドが俺の腹を直撃!!
「た、拓也!? た、大変です!! 拓也がまた布団にいなくて、まさかまた脱走!?」
「ぐふっ……ゆ、ゆのは落ち着け、目の前にいる俺は誰だ……」
それにまたって、昨日も勝手にそっちが勘違いしてたんだろうが。
「そんなの拓也にきまって……あれ拓也、どうしてここにっ!!」
「今日もな・ぜ・か、早く起きたんで、朝食の用意手伝ってた」
「き、昨日言ったです!! 許可無く勝手に起きちゃ駄目です!! てっきり今度こそ脱走したかと」
「はっはっは。何を言っているんだ。お前があんまり安らかに寝ているんで、起こさなかっただけだよ。 俺って優しいから」
「う、う……ま、まぁ今回も大目に見てあげます……」
というか多めに見てもらうくらいしないと俺のこの行き場のない感情がおさまらんよ。
「とりあえずメシは出来て」
「あ・さ・ご・は・ん!! 吶かぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁん」
俺がセリフを言い切る前に、ゆのはの目が思いっきり光り、そのまま脱兎の勢いで走り去ってしまった。
……まあ、分かってたけどな。



で、楽しい朝食。
ひめがいつもどおり7杯食べて、ゆのはは4杯目でおなかいっぱいになって……
ちょうどその頃になって渋蔵さんのバイクの音が聞こえてきて、俺はひめと、なぜかいつもついてくるヘンリー三世と共に玄関へと向かった。
「おはようございます」
「しぶぞうさん、おはようです」
「おう、おはよーさん。 ヘンリー三世も機嫌よさそうだな」
「なぁ」
ちなみにヘンリー三世は、経済面が一番好きらしい。
「おや、ゆのはちゃんは?」
「あったかい御飯に夢中みたいです」
「なんでぇ。ワシは飯以下かよ……ちょっくらロンリーハートが傷ついちまうぜ」
「ろんりーって、私には孤独なのが普通だと思うんですけど」
確かに。
「細かい事は気にするねぇ、そんなんじゃ、いい女になれねぇぞ」
なにがどういう基準なのかよくわからんが、確かに細かい事を気にしすぎるのは相手にしていて疲れるかもしれん。
「さて、早速だが青年、今日は……おっと、今日は榛名さんとこだったな」
「はい」
「ま、榛名さんがいねぇ以上大変だろうが、頑張れよ、青年」




さぁ、運命の朝だ!!
白摘茶房乗っ取り計画! 衝撃の第一幕がいま始まるぜっ!
……なんて、冗談かましてる場合じゃないよな。今日は責任重大、勝負をかける日だ。
榛名さんと穂波ちゃんのため、気合入れて乗り切ってやる!
「元気なのはいいですが、空周りだけはしないでくださいよ」
「おおっ!? ……なんだひめか。せっかくやる気だしてるって時にやる気削ぐような事言うなよ」
「後で何度か様子を見に行きますから、頑張ってください」
ちょうど店の前についたところで、ひめはそのままどこかに歩いて行ってしまった。
……まあ、多分公民館だろうけど。

気を取り直して窓から店を覗くと、所在なさそうにしている穂波ちゃんが見えた。そりゃあ、心細いだろうなぁ。
「おはよー!」
「あ、草津さん!」
「悪い、ちょっと遅かったかな? 不安だっただろ?」
「そ、そんなことないのです」
「無理するなって、榛名さんは?」
「熱は引いたけど、ものすごく寝ています」
「……大丈夫?」
「うん、お母さんは、いつも治る前にすごく寝るのです」
そっか。 ま、それなら安心なんだろうな。
安心したところで早速本題に入ってしまおう。不慣れな立場としては幾ら時間があっても足りない気がしてくる。
「まずは役割分担から決めようか。穂波ちゃんが接客で、俺が調理。 それでいいよな?」
「……ごめんなさい、無理言って」
「平気平気、安心しろって! でもって突然だが、いつものメニューは無理だ。あきらめよう」
「……は!?」
「今日だけスペシャルメニューで営業しよう、なっ?」
主に定職屋でしかバイトした事の無い俺にはこんなシャレた喫茶店の料理はとてもできそうに無い。
ならいっそ開き直ってしまえば気合も入るってもんだ。
「う、うん……それでいいのです」
「うむ、それとシフォンケーキのレシピなんだけど……」
「ゆうべ、ネットで見つけたのをプリントアウトしたのです」
「よし、あとはぶっつけ本番でやるか」
「………………うん」
「そんな景気悪い顔すんなって! なんとかなるさ、気楽に行こう」
「…………うん」
少し顔が明るくなった。
笑顔は伝染するって言うからな、これは俺が笑い続けて雰囲気を保つぐらいの覚悟で挑まんといかんかもしれん。
「よーし、じゃあ開店準備スタートだ! たのむぜ穂波ちゃん」
「……うん、がんばります!」
「俺は今日を乗り切る秘密のアイテムを仕入れに行くから、穂波ちゃんは飾りつけとメニュー作りを頼むな」
「え、メニュー?」
「とりあえず、今日のランチのところだけ空白にしといてくれ。あとは榛名さんの仕込んだもので乗り切るから」
「う、うん……わかりました」
さーて、戦闘開始だ!



「いらっしゃい、ほなみんに聞いたよ、今日はアンタが店を……って、顔ひきつってるぞ?」
俺は調味料を手に入れるために、急ぎ高尾酒店に向かった……が、ついて早々表情が崩れている事を指摘されてしまった。
うーむ、自分で思ってる以上に追い詰められてるのかも、俺。
「あ、拓也。 白摘茶房に行ってたんじゃないんですか」
「お、今度はゆのはか? いや、調味料買いに来たんだが。 ……って、何気にアイス食ってるがちゃんと金払ったのか?」
「ちゃんと払いました!」
昨日わかばちゃんの手伝いでお金貰ったらしいが。それでも信用しきれないのが悲しいところだ。
恋人としては信用してやりたいところだが、どうも前科が多すぎるからなぁ。
「一本おまけしてやったけどね、別に恩売ってるわけじゃないから、気にしなくていいよ」
気にしますって、っていうかその言い方は売ってる人のセリフです。
「ところで調味料って、塩か? コショウか?」
「あ、いえ、そこのグルタミン酸ナトリウムを」
「その調味料かい!? はぁ……榛名さんが使ってるの見たことないよ」
「拓也はそれ使わないとなんか間が抜けたような味になるんです」
「ぐっ……他人に言われると悔しいが、まったくもってその通りだ!! ……おっと、あとこれを!」
「鳥がらスープの素!?」
「……拓也、メニューを変えてしまってママさんの店を乗っ取ろうなんて……」
「ないない。 俺にはあんなシャレた料理を作る技術は無いからな、せめて全力をだそうってわけだ」
それにお前じゃあるまいし、乗っ取りなんて冗談で言う事はあるが、本気でそんなことするわけないだろう。
「ま、なんとかなりますって! HAHAHA!」
というか俺にだってどーなるか分からんし、とりあえず、笑うしかないぜ!
「……ふぅ」
「あれ、椿さんもお疲れのご様子?」
「拓也に付き合ってると疲れもします」
「いや、違う違う…… バカ親父がまだ寝てるんだよ。 本当サボりすぎ」
「お父さん……? ああ、祐司さんかぁ」
「なんで拓也がうちの親父の名前を?」
「あ、いや。 昨日穂波ちゃんから少し……」
「……あー、もしかして、別な事も?」
「あ、はい……」
流石に椿さんは鋭い。
まぁ、別に聞いてしまった事を隠しておいても何も無いしな。
変に隠しても俺なら挙動不審になりかねん。
「なにかあったのですか?」
うーん、ゆのはには別段教える必要は無いんだが、一応知ってもらっておいたほうがいいのか?
「あ〜、拓也、ほなみんが待ちくたびれてるんじゃないのか?」
「え? あ、そうですね」
椿さんの意図はどっちなのかはわからないが、確かにそろそろ戻らんとやばい気がする。
穂波ちゃんも結構不安そうだったし、せめて俺がフォローしてやらないとな。
「それじゃ、もしよかったら、椿さんも食べに来てくださいね」
「あいよ、手が空いたら顔出すから、がんばんな」
「拓也、私も後で様子を見に行かせてもらいます」
「……様子見るのはいいけど、たかるなよ」


よし!あとは運を天に任せるのみだな。
「ただいまー!」
「……おかえりなさい」
店に戻ると、穂波ちゃんは熱心にメニューを作っていた。
どれどれ……?
「ええと、ヤサイイタメ定食? あれ、俺の得意料理知ってるの?」
「お姉ちゃんに聞いたのです」
お姉ちゃん?
ああ、わかばちゃんのことか。
何気に俺の事リサーチしてくれてたのか。穂波ちゃんって気がきくタイプなんだなぁ。
単にゾンビ調査が正解のような気もするが、今は前回ほど大怪我(大怪我に違いは無いが)ってわけでもないし、そもそも今回の穂波ちゃんには見えて無いはずだし。
「でもほなみちゃんなら髑髏コーヒーとかピザのはらわたとか書きそうな気がしたな」
「……そこまでオカルト趣味じゃないのです。 でも……前の私なら、書いていたかもしれないのです」
「前?」
「3年前……霊感が弱まってくる前の事なのです」
うーむ、やっぱり見えているからこその趣味だったのか。
冗談で言ったつもりなのだが、本当に書きかねなかったのは誤算だった。
……冗談のつもりが、なんか変な料理を想像してしまったじゃないか。

と、まぁいろいろドタバタしながらも俺はキッチンで昼の下ごしらえ、穂波ちゃんは店の床掃除に移り、開店準備は終了。
よその家の台所で苦戦するかと思っていたが、さすがに榛名さんの砦だけあって、動線が凄く便利に確保されていた。
おかげでひととおり終わった時の時計は9時5分前! 準備も完璧だぜ!!
「よーし穂波ちゃん! 気合いいれるぞ」
「き、気合い?」
「こんなもん気合いで乗り切るしかないからな! さあ今日一日、思いっきり張って行こーっ!」
「お……おーっ!」
そして準備中の札をくるっとひっくり返して……。
拓也&穂波の1Dayスペシャル白摘茶房! いざ開店だッ!
「「いらっしゃいませー!!」」
早速一人目のお客さん、こいつは予想通り、渋蔵さんだぜ!
「おう、大変そうじゃねぇか! 二人で切り盛りして、大丈夫かよ?」
「いやぁ、もうバリバリっすよ!」
「ちょ、ちょべりぐなのです……!」
「よーし、じゃあ、いつものもらおうか!」
「は、はいっ……ブラック一丁!」
「へい、ブラック一丁入ります!」
おっと、またお客さんだ。
今度は尚樹さん? 結構こういうところに来る人なんだなぁ。
「おはよう……なんか今日は威勢がいいね」
「そりゃもう、バリバリっすから!」
確かにこの威勢は喫茶店らしくは無いかもしれないが、これくらいのテンションでなきゃやってられん。
むしろヤケクソ、なるようになる、人生万事塞翁が馬!!
「榛名さんは大丈夫? あ、僕はモーニングで……」
「お母さんは、ゆっくり安静にしていたら、だいぶ良くなりました。今日は念のためのお休みなのです」
「すみません、今日のモーニング、ゆで卵なんですけど」
「ああ、全然いいよ、久しぶりだなぁ、ゆで卵のモーニング。それはさておき……」
『それはさておき』が出た! やばいぞ、穂波ちゃん!
「あ、あっ……!?」
「それはさておき鎮守祭りの件なんだがよぉ、どーして春日デンキの二代目は、寄り合いに面ぁ見せねぇかなぁ……?」
「ええ!? そ、それは、今まさに当方の戦局危急を迎えているところでしてその……開発のピッチを早めないと戦線の崩壊をその……!!」
流石渋蔵さんだ、最も的確で相手のペースを崩す戦法を心得ている。
さすがの尚樹さんも痛い所を突かれて転覆寸前のようだぜ!!
「なにくだらねぇ能書き垂れてやがんでぇ! 今日こそは、キッチリ面ぁ出してもらうぜ、おいっ」
「そ、そんな……僕はただ、このお店の様子を見に来ただけなのに……」
「お店は、草津さんがいるから何とかなるのです」
「ほらぁ、さっさと飯食っちまいな。このまま首根っこ押さえて連れてってやっからなぁ!」
「そんなぁ……!! わぁぁ、ぼ、僕のヴィットリオ・ヴェネトがぁぁ!!」
哀れ……食事を終えた尚樹さんは、小猫のように襟首をつかまれて連行されていった。
しかし、なんかこっちに戻ってきてから尚樹さんと会わない日が無いよなぁ。
「どうしたのですか?」
「あ、いや。 大した事じゃないよ。 ちょっと緊張したなぁって、ははは」
うーむ、彼と変な縁でも出来てしまっているんだろうか? 元々狭い町だし、毎日会うのも不思議じゃないが……
ま、例え何かの縁が出来てるにしろ、手伝いに行く気はさらさらないんだけど。
「私も緊張しました……でも、草津さんがいてくれれば、モーニングは乗り切れるかもしれないのです」
「ははは……まぁ期待には応えられるようにがんばるよ」
おっと、まったりしてる隙にまた誰かが入ってきたな。
「いらっしゃ……って、ゆのは、ひめ」
「拓也、ちゃんと働いてるー?」
「穂波さん、おはようございます」
「いらっしゃいませ、こちらの席にどうぞ」
「はぁい……ふんふん、いつも榛名さんが立ってるところに拓也が立ってると、不思議な感じがするねぇ」
「頼もしく見えるか?」
「ううん、すっごく不安な感じ」
「ママさん程頼りになりそうな感じはしません」
ぐぅっ……確かに榛名さんと比べられるとそれを認めるのはやぶさかでは無いが、もう少しオブラートに包んだいい方は出来んのかこいつらは……
だ、だがここでそれを認めてしまっては兄として、恋人としての威厳も何も無い。
ここは笑顔で胸を張って対応してこその男だ!
「で、注文はなんだ? 二人には特別心を込めて作ってやるぞ」
「……草津さん、口元がひきつっているのです」
「拓也、作り笑顔下手ですから」
大きなお世話だこんちくしょうめ。
「そんなのいつもの事です。 それじゃ、えーっと、ええーっと……って、拓也、なんかニンジン入ってる料理多くないですか」
ちっ、気付かれたか。3年間で妙に知識が増えたからなコイツは……
「そりゃあ、ニンジンは俺のレパートリーの要だからなぁ、お前がいるから普段は作れんが」
「じゃあ、親子丼お願いします」
ひめにはふつーに受け流されてしまった。
こっちはゆのはほどの知識は無いはずだが……わざわざ無難なところ選びやがったな。
「そんなに人参が苦手なんだ……」
「だって、苦手っていうか、もう……ほら、すっごい赤いし!!」
「イチゴだって赤いと思いますけど」
「……ひめ、どっちの味方なのよ……」
「別に……どっちを味方してるつもりもないですけど。私は単に苦手なだけですから」
ひめはゆのはと比べて素直だったり、テンションが低かったりと全体的に感情の触れ幅が少ない。
その差から来るこの二人の対立は、同じ顔の姉妹がケンカしているようで見てて微笑ましくも面白いが、よく考えれば不思議な光景でもある。
元が同じ存在なんだから苦手なものも同じなのは分かる……が、同じ存在と言うからには考える事も同じような気がするし、こうやって意見とかが食い違うのは少し不思議だ。
「……とりあえずお題はまけてやるから、さっさと注文して食って帰れ。他の客が来たら迷惑だ、注文が無いなら人参のフルコースをお見舞いしてやる」
まあ、今はそんな考えよりも店を優先する事にしよう。
「うー……拓也のひきょーもの!!」
「はいはい、なんとでも言ってくれ」
「……じゃあ、私も親子丼」
それはそれは悔しそうに親子丼を注文する我が恋人なのでした。まる





だぶるゆのはとそんなドタバタを繰り広げつつ、時計が10時を回る頃には徐々にお客さんが増え始めた。
常連のお爺さんたちのほかに、いつもはあんまり見ない人もいる。
みんな榛名さんの事を心配しているようで、客足はいつもより多いくらいだ。
当然、俺と穂波ちゃんはその分忙しくなるわけで……11時からのランチタイムになると、今度はランチの注文が殺到!
お、俺の腕試しなのか、これは!?
「ほらほら拓也、がんばれー」
「お前等さっさと帰れ!!」
結局居座るゆのはとひめ、タダなのは最初の親子丼だけだと言うのに、次々とやってくる爺と婆の財布を頼りに未だに食い続けている。
……それを制止する余裕は俺には無かった
しかしひめはともかく、ゆのははそろそろ止めとかんとまた腹に限界来るんじゃないか?
「は、はいはい……っ。 こちら4つ、お待たせしました」
「まいったな、穂波ちゃん」
「うん、これではランチが終わるまで、ケーキ作りどころじゃないのです」
「それ以前に、野菜がもうすぐ終わる!」
「ええっ!?」
流石にコレだけの数が来ると材料も持たないらしい。
それ以前に用意したメニューにも野菜を多く使う物が多い。このペースじゃ対応できるのはよくて十人程度だ。
……お、電話だ。
穂波ちゃんが受話器を取り上げる
「はい、白摘茶房です……あ、はい、はい、すみません、実は野菜も……はい、はい」
電話、誰からだ?
「……拓也、ケーキってどういうことですか?」
「あぁ、とめぞう爺さんが今日結婚記念日らしくてな、いつもここでお祝いするんだと」
というかケーキという単語に反応するなよ。こっちは忙しいってのに。
「あ、穂波ちゃん。今の、誰から?」
「祐司さんからでした。お母さんに薬と、滋養のつくものを買ってきてくれるって……だから、ついでに野菜もかってきてくれるようお願いしたのです」
「おおっ、ナイスだ穂波ちゃん!」
しかし、まいったなぁ。野菜の件はなんとかなるとしても、予想以上に忙しくて、ケーキを作る暇が無い。
ランチタイムに店を閉めるわけにもいかないし……
「なんですか?」
……そういやこの二人がいたな。不安はあるが接客を手伝うくらいならなんとかできるんじゃ……?
おっと、穂波ちゃんが野菜満載の重そうなダンボールを抱えて入ってきた。
「……これ、もって来ました。 あと、午後の配達が終わったら、祐司さんがお母さんを病院まで送ってくれるって」
「了解、穂波ちゃんは少し休んでていいよ」
「……平気です。それより草津さんこそ、ケーキ……」
「ああ、すまん。じゃあ飲み物とかデザートは任せるから、ランチの注文入ったら呼んで」



お店を一時穂波ちゃんに任せて、いよいよ問題のケーキ作りだ。
穂波ちゃんが用意してくれたレシピをもとに、あとはカンで作るしかないな。
味は……ごまかせるレベルだといいけど。
「ま、なんとかなるさ!」
「楽観的すぎです、というかなんで私が……」
店から連行してきたゆのはが文句をたれているが、流石に一人じゃ不安なんだよ。
いや、ゆのはが一緒にいるほうがある意味では不安な気もするが……
ちなみにひめはゆのはより真面目っぽいから接客向きな気がするんで、店の方で穂波ちゃんの接客を手伝わせている。
「真っ先に味見させてやるから手伝ってくれ」
「……まあ、それなら……」
「言っとくが手抜きしたりしたら不味くなることうけあいだ。ちゃんとやってくれよ」
「わ、わかってます! 私だってわざわざ不味い物を食べたくありません」
単純なヤツ。
「よし、じゃあまずは生地からつくっていこう。まず卵割って ……あ、ちょっとまて、黄身と白身は別々にして、白身は使うまで冷蔵庫に……」
「え、何、難しい〜」
「じゃあ俺が、ゆのはは薄力粉をふるいにかけてくれ。 量は……120gな」
「う、うん」

――10分後
「…………」
な、なんだこいつは、思ったより難しいぞ!!
とにかく、生地がうまく混ざらない。ダマができて、天ぷらみたいになってしまう。
「うー…………」
ゆのはが混ぜても結果は同じ。同じ素人だから仕方ないと言えばそうなんだが……
「仕方ない、作り直すか……」
「うん……って、拓也。粉もう無いよ!」
「何!?」
うーむ……
いや、ここは悩んだらダメだ。
「粉調達してくる!!」
時間が無い、とにかく急げ。 ダッシュで行くぜ!!


「すみません! 薄力粉ください!!」
俺は全力で高尾酒店に飛び込んだ!
「ほらよ!」
「わっ、なんか怒ってる?」
椿さん、むちゃくちゃ機嫌が悪そうだ。
声だけじゃなくて見た目からして怒ってる
「あ? ああ……悪い悪い。 いや、こっちのことさ……あのバカ親父。 いつまで配達やってんだ……」
「……あ、いやそれは榛名さんを……」
「……わかってるよ、配達帰りに榛名さんを病院にでも連れてってるんだろ?」
「へ?」
「頭じゃわかっちゃいるんだけどね……バレバレなのに一言の連絡もないと、どーもねぇ……」
……複雑な娘の心ってやつなんだろう、きっと。
こればっかりは俺の介入のしようがないからなぁ、下手に口出すと悪化しかねん。
「ああ、代金はいいよ。親父にツケとくから」
「いいんですか、それで」
「いいんだよ」
……もう俺には何も言えなかった。


「よーし、気を取り直していくぞーっ! ……って、榛名さん?」
桂沢家のダイニングキッチンに戻った俺を向かえてれたのは、ゆのはと……榛名さんだった。
ゆのはが心なしかおろおろしているように見える。
「あらあら、息切らしちゃって……ご苦労さまぁ」
「い、いやぁ……じゃなくて! いいんですか!? 起きたりして!!」
「そ、そうですよママさん。ちゃんと寝てないと体が……」
「それが急に思い出したのよぉ……たいへん、今日、御手洗さんの結婚記念日じゃない」
「す、すげえ! 覚えてたんですね!?」
「だってぇ、毎年ケーキ作っているんですもの。 あら、まさか拓也くんと、ゆのはちゃんが……?」
「いやぁ……ははは……」
「思ったより難しいです……」
「あぁ、生地がうまくいかないのねぇ。わかるわかる、私は手でかき混ぜる派なの」
「手で……ですか?」
「ええ。 それと御手洗さんは抹茶のシフォンケーキが好きだから、それにするといいわね。 私も手伝っていいかしら?」
「も、もちろん、すみませんお願いします!」
「ごめんなさい、私からもお願いします」
「うちのシフォンケーキのポイントはねぇ、じゃん、このポリフェノールたっぷりのグレープシードオイルを使うのよ♪」
「あ、サラダオイルじゃないんですか……」
「レシピ通りじゃなくてもいいんですか?」
「ちょっとアレンジ加えてみると、意外とおいしくなるものなのよぉ」
こりゃ、俺達が無理しても、また失敗してたな。

それからは榛名さんに手順を聞きながらのケーキ作りになった。
作業そのものは出来るだけ俺達だけでやろうと思っていたが、生地をつくるのは結局榛名さんの手さばきに頼る事になってしまい、その時のゆのはは意外と真剣に榛名さんのやり方を見つめていた。やっぱ自分が出来なかったところは気になるんだろうなぁ。
でも、メレンゲは俺達だけで作れたぜ。
「あ、いい感じ! 二人とも上手ねぇ」
「え? そ、そうっすか?」
「ママさんの教え方がうまいんですよぉ」
「うふふ、ゆのはちゃん、今度ひとりで作ってみたら? 拓也くんにあげたらきっとよろこぶわよぉ」
「え、あ、それはちょっと、その……」
おー、ゆのはが真っ赤になってら。
……でもそういうセリフは本人がいないところで言って欲しかったです。
まあしかし、結局榛名さんを煩わせちゃったけど、これでケーキはなんとかなりそうだ。
「拓也くん! ランチ3つ注文入りました!」
そこへ飛び込んでくる穂波ちゃん、外も俺の出番みたいだ。
「わ、わかった! ごめん穂波ちゃん、いったんバトンタッチ」
「え……? あ、お母さん……」

ケーキ作りを穂波ちゃんと榛名さんに任せて、俺はひめが待つ戦場と化した店内へ。
「へい、炒め定食3人前、おまち!」
うーん、活気溢れるランチタイムだ。おそらく榛名さんのイメージには程遠いが。
「拓……おにいちゃん、けーきはどうですか?」
「ああ、なんとかなりそうだ。 ひめも悪いな、いきなり手伝わせて」
「神の手を煩わせたんです、けーきは私にも奉納してもらいますからね」
「わかってるって」
それにしても忙しいな。
穂波ちゃんが学校行ってる間は、これを榛名さん一人で切り盛りしてたのかぁ。
おまけにお腹には赤ん坊、そりゃ疲れも溜まるってもんだ。
おっと、またお客が入ってきたな。
「へい、いらっしゃい! ……って、由真か!?」
「なによ、来ちゃ悪い?」
「邪魔をしなければかまいませんけど……お食事ですか? それともおにいちゃんに用事ですか?」
「あえていうなら後の方ね。 ほなみんの家は、うちの分家筋だし、分家の一人娘の危急とあっては、本家の一人娘としてもほっとけないわけよ、だから様子見に来たの」
「…ああ、そういえばそうでしたっけ」
ひめが小声でぼそり。
宇奈月家って確かあの祠と神社建てた家だよな?
……その分家くらいちゃんと覚えとけよ、仮にもこの町の神様なんだから。
「それに商売の仁義も知らない居候が、幅を利かせてるらしいしねっっ!!」
「ZINGY!?」
「そこだけ英語っぽく言わない! いい、あんたのメニュー」
「あ、そういえば拓也のメニューってほとんど『たがみ』のとそっくりです」
「…………なっ!? なにぃぃぃぃぃぃぃっっっ!?」
というかたがみのメニュー全部覚えてるのかこいつ!?
……いや、覚えてそうだな。 ついでに言えばゆのはも覚えてるだろう、間違いなく。
「ってちび子!! 人のセリフを取るな!!」
「思い出したから言っただけです」
「くっ……と、とにかく!! 非常事態だし、たがみのオッサンは大人しいから文句言わないけど、これまで榛名さんは上手く住み分けてたんだからね!」
「そ、そ、そーだったのか!! 悪かった、そうとは知らずに。 教えてくれてありがとな、由真、ひめ!!」
「知らずに続けてこれ以上何か言われるのも嫌ですし」
「……そ、そこでお礼言われると調子狂うわね。 いいわよオッサンにはうまく言っておくから」
「ん? どうして由真が?」
「アタシ、あそこでバイトしてるから」
そ、そうだったのか!
「それより居候、あんたらいつまでわかばの家にいるの?」
「借金返済の足しになるお金が貯まるまでですけど……」
「あ、ああ……そういうことになるな」
他にいいわけもないし、不本意だがひめの言葉にのっておこう。
「……それって、いくらよ?」
「いくらって……そういうことはむやみに聞くもんじゃないぞ」
「とか言って、それもみーんな口実で、あんた実は正味のところで、やっぱりわかばのことを……!?」
「ち、違いますよ。 ひめだって……うっ……ひめだって、どれだけおかね集めればいいかわからないんです……でも、ととさまとかかさまが借金を何とか返そうと頑張っているのに、私達だけのうのうと暮らすなんて耐えられなくて、でもどれだけ稼いでも足りない気がして、だからずっとがんばっているのに……いるのに……うわああぁぁぁんっっっ!!」
「ひ、ひめ。 そ、そこまで思いつめていたのか!!」
「おにいちゃぁぁぁぁん!!」
「ひめぇぇぇ!!」
ひしと抱き合う俺達。
こんな……こんな健気な少女がこの世にいるなんてっ……ああ、麗しきかな草津姉妹!!
白摘茶房のお客さん達も感動の余りむせび泣いている!!
「う……うぅ……わ、わかったわ、非常に不本意だし認めたくないしおぞましいし最低だし嫌で嫌でたまらないし悔しいけど。 わかばの家にいる事を許可してあげる!!」
まったく遠くない過去にどっかで聞いたぞ、そのセリフ。
「あれー、由真。 なにしてるのー?」
「きゃああっ!? わ、わかば!!?」
「あ、わかばさんいらっしゃいませ」
「わ、わかばちゃん。 いらっしゃい!」
俺は慌ててひめを抱きしめていた両手を離し、入ってきたばかりらしいわかばちゃんにスマイルを向けた。
……あーびっくりした。
「あ、あ、あ、ほら、隣空いてるから! ほらほらっっ!!」
「ありがとう、由真ぁ」
「ううんっっ、全然気にしないでっ!! わかばの座る席を確保できて、アタシも嬉しいんだから!!」
こいつはもうさっきの三文芝居の事は忘れてるなぁ。
……いや、周りにしてみれば本気で言ってることになってるし、俺も芝居じゃなくて思わず本気になってしまっていたが。
自分の涙腺の脆さが恨めしい。
「えー、ご注文は?」
「わたしはええと……リンゴジュースを。 拓也さんのお店は威勢いいんですねー」
「……きっと何も考えてないのよ」
こいつは……。自分のことを棚上げするにも程があるぞ。
「はい、アップルジュースです。 そういえば、わかばちゃんは穂波ちゃんと仲いいんだってね?」
「そうそう、ほなみんは、わかばの絵本が大好きなんだもんねぇ……」
「はい。実は昔、穂波ちゃんに絵本をプレゼントしたことがあるんですー」
「絵本?」
「絵本ですか?」
「うさぎの絵本で、穂波ちゃんがモデルなんですよー。 シリーズ化しようと思っていたんですー」
「わかばちゃんが昔書いた絵本かぁ、見てみたいなぁ……」
きっとほわほわしてほっとして、心が温かくなるようなのんびりした絵本なんだろうなぁ。
……と、何気なくドアの外に目をやると、穂波ちゃんとゆのはと榛名さんがいるのが見えた。
手前に止まっている軽トラックに榛名さんが乗り込んで……。そうか、祐司さんが迎えに来たんだな。
シフォンケーキの方は、どうなったんだろう?
「榛名さん、病気大丈夫かなー」
さっき見た時はわりと元気はありそうな感じだったが…わかばちゃんの言う通り、確かにまだ心配だ。
「…………そうだ、拓也! あんた今日は、ほなみんの家に泊まりなさいっっ!」
「「「えええー!!?」」」
由真を覗く俺達3人の声が、見事なハーモニーで店中に響き渡った。
「今日は榛名さんきっと戻ってこないから、料理の苦手なほなみんに、拓也が夕食をつくってあげるの! さらにさらにっ! 夜の間にどんな不審者が来てもいいように、寝ずのボディーガードをする、と!!」
「え? ちょ、ちょっと待て! そりゃ、穂波ちゃんが嫌がるんじゃないか?」
「……それもそうね、アンタみたいなのが一緒にいるなんて考えると、それはそれでほなみんが心配だわ」
「……結局、おにいちゃんをわかばさんから遠ざけたいだけだったようですね」
「ん? どうしたの、ひめちゃん」
会話の中心になっているはずのわかばちゃんは、その流れを全く理解していなかった。
まあ、由真がわかばちゃんに対して何考えてるかってこと自体気付いて無いから、この流れは理解できなくても当然か。
「いえ、なんでも…… それより、ママさん、大丈夫でしょうか」
「そうだね、ちょっと心配だよー」
「大丈夫だと思うよ、さっきも元気だったし」
「そうだ、チビ子も一緒に泊まりなさいよ。そしてほなみんを拓也の魔手から守る!」
それは本末転倒というものじゃないですかね?
そもそも俺が穂波ちゃん襲う事前提ですか?
「はいはい、ちょっと静かにしてようねー」
「ふぁーい……」
「……まるで猛獣と調教師ですね」
ひめの口から出てきたそれは、激しく納得できる一言だった。
と、そこへ……
「はぁ、はぁ……草津さん、手伝ってください」
「あ、穂波ちゃん。 もしかしてケーキがどうかした?」
「は、はい。 診療所の時間があるので、お母さんに最後までは見てもらえなくて……」
「もう大分終わったと思うけど、拓也、お願い」
とはいえ、もうランチタイムも終わっちゃうし、急がないと間に合わないぞ!
「わかった、すぐ手伝う!」
……とは言ったものの、店番はどうするべきか。
ひめは接客はともかく、レジの番をさせるわけにはいかない。
……いや、さすがにレジの金まで取る事は無いと思うから、不安なのは単に経験が無いというだけの理由だが。
「……ん!?」
と、その時、俺の目に映った一人の顔見知り。
「…………ん?」
「そうかっっ!」
「な、なんか嫌な予感。 わかば、そろそろ行きましょっ」
「まあまあまあ♪ はい、レジ番だけちょっとお願いします!」
「ちょ、やだっ! やだってば! アタシはこれからわかばと……!!」
「…ゆまさんって、穂波おねえちゃんが困ってるのに見捨てちゃうような人だったんだ……」
気付けば、いつの間にやらひめが目に涙をためて由真の服をぎゅっと掴んでいた。
「そんな薄情な人、きっとわかばおねえちゃんも幻滅だよ……」
この瞬間、ダブルゆのはコンボ成立、由真は危機感たっぷりの顔でわかばちゃんの方に目を向ける。
二人の声はわかばちゃん本人には届かない程度の小声で、多分わかばちゃんは何が起こってるのかわかっていない。
それを証拠に、その表情はいつもどうりの物だった
「うっ、わ、わかば……」
しかし、由真には別の物が見えているに違いない。
「わ、わかったわよ、レジ番くらい、いくらでもやってあげるわよ!!」
ゆのはとひめが俺に向かってこっそり親指を立てていた。
いつもなら文句の一つでもいいたくなるが、今日はグッジョブだ。
これで心置きなくケーキ作りに専念できるぜ!



 

 

12/22(後編)へ続く


 


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