―12月22日― (後編)
 

 






「お待たせ、穂波ちゃん!」
「わっ、いい匂い!」
ひめと由真を店に残し、俺とゆのはがリビングに入るや否や、甘いケーキの匂いが俺達の鼻先をくすぐる。
これ……ちょっと期待できそうじゃないか?
「でも……急がないと、急がないと!!」
「大丈夫だって、落ち着いて! 深呼吸を大きく3回!!」
「え? は、はい……。 すーはー……(×3)」
穂波ちゃんが深呼吸をしている間に、俺達はキッチンの様子を見る。
おおお……なんか巨大な物体がオリーブオイルの空き瓶に突き刺さっているぞ。
「これって、どこまで進んでるんですか?」
「あと30分くらいです。 切ってからクリームをデコレートするのです」
「あと一息かぁ。 ちゃんとできてるといいな」
「お母さんと拓也くんがいるから、大丈夫なのです」
「……私は?」
うーむ、穂波ちゃんに言われるとなんだか説得力があるような気がするぜ!
「うん、もちろん、ゆのはちゃんもなのです」
「……ついでみたいで嬉しくないです」
……この二人、結局仲がいいのか悪いのか良く分からんな。
以前は穂波ちゃんの霊感とか色々あったせいで、見るからに仲が悪かったが……
「そ、それじゃ穂波ちゃんは、クリームを頼む。 ゆのはは俺と皿とかイチゴとか準備しとこうか」
「あ、う、うん」
「イチゴつまみ食いすんなよ」
「ぎくッ…… や、やだなぁ拓也、わかってるよー」
……注意して正解だったか。


そんな軽い不安に駆られながらも、穂波ちゃんがハンディミキサーでクリームを泡立てている横で、俺達で皿を用意したりイチゴのヘタを取ったり。
「わかばちゃんて絵本書くんだな」
「うん、そうです。 でもどうして?」
「わかばおねえちゃんが、絵本?」
そういやその話題の時、ゆのははこっちにいたんだったな。
「いや、由真がそう言ってたんでな。 穂波ちゃんファンなんだろ。 どんな話を書くのかな、ってね」
「よくは聞いてないんですけど、最新作はくりごはんが主人公らしいのです」
「………………シュール系?」
「……どんな話なのか想像つかないんですが……」
確かに、まったく内容が浮かんでこない。
食べ物が主人公の絵本って、確かに探せばあるかもしれないけど……いざ話を聞くとまったく想像ができない。
「…………そ、そうなのかな? でも、読まないと分からないのです」
「ウサギの絵本があるって聞いたけど、そのうち読ませてくれよ」
「うん……いいですよ機会があれば」
「わかばおねえちゃんの絵本かぁ……ウサギって言われても、なんか想像つかないんですが」
くりごはんほどでは無いが、ゆのはのセリフももっともだ。
その理由のすべては『わかばちゃんが書いた』という事実に集約されている。
「あ、でもその前に、ゆのはなという絵本を読んでほしいのです」
「「ゆのはな?」」
俺とゆのはの声が揃った。
ゆのはなと言えば、この町の名前だ……その名前をつけられているという事は、この町が題材になった話なんだろうか?
「はい。 きっとおどろくのですあ、クリーム……こんなものなのです」
穂波ちゃんは俺達に向かって少しいたずらっぽく笑うと、クリームの入ったボウルを差し出してきた。
「どれどれ? おお、フワフワになってる!」
「ホントだ、おいしそー」
「あとはケーキが焼けるのを待つだけです」
「よかった、なんとかなりそうだな。 俺ちょっと店に戻ってくるよ。 由真に代わってもらってるんだ」
「どうせならこのまま最後まで任せちゃえばいいんじゃないですか?」
「……そこまでやると多分俺が殺されるから」
ホントに、冗談抜きで。


店に戻ると、お客さんはほとんどいなくなっていた。
終わり間際のレジ打ちラッシュを由真に押し付けてしまったみたいだ。
「悪い、お待たせ!」
「ほんとに悪いわっっ! わかばも華の湯の準備で先に帰っちゃうし! ほんとにもう、ただ働きよ、不労賃金!!」
「……それだと働かないでお金貰ってる事になるんですけど」
うんうん、ひめの痛いツッコミに何も言わなかったのは、聞こえなかったのか聞き流したのかわからないが、無賃労働って言いたいのは伝わってきたぞ!
「いや、でも助かったぜ。大感謝! ありがとう!」
「い、いいけど……べつに。 それより、今晩ちゃんとここに泊まるのよっ!」
「ええ!? あれ、本気だったのか!?」
「あったりまえじゃない! 物騒なんだから、物騒!!」
年頃の娘さんの家に、風来坊の男が泊まるほうが、よっぽど物騒だと思うんだが。
「それに、この時期は物騒だってさっきほなみんを脅しておいたから、きっと夜になっても眠れないに違いないわ」
……おい?
「……馬鹿です、阿呆です」
「なかなか眠れないほなみん……そんな彼女のパジャマ姿に魅了されたペディでロリィな拓也は、下心丸出しの添い寝をするに決まってるわ!!」
「このヤマザル、おにいちゃんに恋人がいるって認識してるんでしょうか?」
それに関しては前々から疑っているんだが……やっぱりコイツ、自己紹介の時もその部分だけ聞いてなかったんじゃないのか?
「そして、そしてぇぇっ……!! きっと色魔拓也は、いたいけなほなみんの身体に、あんなことやこんなことを、きゃあああっ♪」
「……全然聞いてませんね」
確かに、完全に向こうの世界にいっちまってるな。
わかばちゃんが絡まない事でこうなるのは初めてな気がするが……
「ああ、ごめんねほなみん!! でも、これもみんなわかばの為なのよっっ!!」
「すぐ帰れ」



意味不明の由真を追い出し、ケーキももうすぐ焼きあがるころ。
穂波ちゃんがテーブルの上のものを片付けをし、ゆのはがその端からテーブルをふいている間に、俺とひめとでキッチンの片付けと換気をした。
鶏がらスープの匂いがしていたら、結婚記念日のムードも台無しだからなぁ。
それにしても、流石に4人もいると動き回るには多少狭いが、それでもスムーズに作業が進む。
「そういや、椿さんが今日は機嫌悪くてさぁ。親父さんが店版手伝わないって怒ってたよ。微妙な娘心ってやつなんだろうなぁ」
「…………きっと、椿さんは寂しいのです」
「……ああ、そうかもしれないな」
俺の親にはそういう事はなかったから、多分その気持ちを完全に理解する事なんて出来ないだろう。
けど、なんとなく寂しいだろう事は理解できた。
「……穂波さんは、寂しいですか?」
「え? ううん……そうじゃないのです。 今日お店やってみて、やっぱりお母さんにはかなわないなぁ……って」
「そんなことないって、今日だって代役ばっちりこなせたし、お客さんだっていつもよりいっぱい来てたじゃんか」
「ううん、みんなお母さんが心配だから来てくれるのです。お店だって、拓也くんとひめちゃんがほとんどやってくれたし……」
うむう。ウェイトレスしかしてないことで……しかもそれすらもひめが半分手伝っていた事で、逆にプレッシャーを感じさせてしまったかな?
うん、気分転換にコーヒーでも淹れてやろう、ゆのはとひめはカフェオレでいいか。
「俺のランチも『たがみ』のメニューとかぶってたみたいで、由真に怒られたぞ」
「あ、そういえば……」
「拓也は考え無しですからねー」
「ははは…… まぁ、つまりだ、初めてなんだから、そうなんでも上手くいかないって。 神様にだって苦手な事があるくらいだ」
「……私に、苦手な事?」
「ニンジン食えんだろうが」
「うっ……あ、あれは」
「だから、穂波ちゃんは自分にできることをしたんだから、俺はそれでいいと思うぞ……はい」
息詰まるひめを無視して、カウンターの席に穂波ちゃんを座らせて、ブラックのコーヒーとお砂糖を差し出した。
ゆのはは我関せずみたいな顔をしているが、元・神である以上聞き逃せない一言でもあったんだろう、こっちに視線を合わせようとはしなかった。
「コーヒーにお砂糖は入れない派なのです」
穂波ちゃんがくすっと笑って、俺のコーヒーを受け取る。
ゆのはとひめの二人にも、そのコーヒーから作ったカフェオレを手渡した。
午前中に実験で作ってみたんだが、ミルから挽いたのは久しぶりだ。
「どうかな、拓也ブレンド?」
「うん、まあまあなのです」
「む、まあまあか。 今度さ、穂波ブレンドも作ってみたらどうだ?」
「……え? そうですね……うん、やってみます」
「ゆのはとひめもやってみるか? 挽き方から全部教えてやるぞ」
「そうですか? では、その時には拓也のコーヒーなんて目じゃないものを作って見せます!」
「……なんだか悔しいです」
話の流れのせいか、ひめは露骨に悔しそうな顔をしていた。
一方で、ゆのははやはりさっきの俺の一言は聞き流していたらしいことは容易に推察できる。
二人のその差を心の中で楽しみつつ、俺もまあまあのコーヒーを一口すすった。
「あっ、拓也、来ましたよ」
ゆのはの声で、俺達はいっせいに窓の外へと目を向けと、見慣れた顔が歩いてくるのが見えた。
来た、とめぞう爺さんだ。横にお婆さんもいる。
「穂波ちゃん、ひめ、接客頼む。 俺とゆのはでケーキ見てくるから!」
「は、はいっ」
「……わかりました」



なにはさておき、キッチンで逆さになっているケーキの冷め具合をチェック。
よしよし、もうだいぶ冷めてるな。 これなら、なんとか間に合いそうだ。
「今日のケーキのセット2つ、お願いします」
穂波ちゃんがこっちにやってきた。 てことは今接客してるのはひめだけか。
「オッケー、ちょっと10分くらい時間かせいでくれ」
「平気そうですか?」
「あたりまえです、だって私が手を貸したんですから」
「そうだな。 プリントアウトの写真よりずっと美味そうだ」
確かに、ゆのはの手助けは素人なりにがんばってくれて非常に助かった。
穂波ちゃんに接客をお願いして、失敗しないよう、ゆのはにも支えて貰って細心の注意でケーキを型から外す。
「……コレ、けっこう気を使いますね」
「ああ、そうだな」
「どうですか?」
「二人とも、上手くいきそうですか?」
「あれ、お店の方は?」
今度は、穂波ちゃんと共に、ひめも一緒に戻ってきていた。
「……平気なのです、二人きりのほうがいいみたい」
「そっか……」
そうだよな、俺だって、ゆのはと二人きりでいたい時だってある。
……本人の前だと、絶対に口にしてやらないけどな。
「草津さんだって、ゆのはちゃんと二人っきりになりたい時があるのでは?」
「「なっ!?」」
二人揃って思いっきり反応してしまった。
いくらなんでもタイミングよすぎだ、残ってる霊感で心でも読めてるんじゃないのか!?
「やっぱり仲いいのです」
「そ、その話題はもういいです!!」
真っ赤になって抗議するゆのは。
俺は横で騒ぐ二人の会話を聞き流しながら、型から出てきたホール上の茶色いシフォンケーキに包丁を入れる。
すると中から、目の覚めるような緑色が現れた。
「わぁ……すごい、ちゃんと抹茶色ですよ」
ひめが感嘆の声を上げると、ゆのはと穂波ちゃんも一時休戦してケーキの方に目を向けた。
確かに、榛名さんの手を貸して貰ったとはいえ、素人が作ったにしては上出来だ。
「お母さんのとそっくり!」
それからケーキを6切れだけ切り分けて……
……そこまで切り取るともうほとんど残らないけど、残りは乾燥しないようにラップをかけて……、穂波ちゃんの作ったクリームでデコレートだ。
「こ、こいつは強敵だ。 盛り付けなんて今まで適当だったからなぁ」
「……ごくっ」
全員が一斉に息を呑む。
うーむ、センスある盛り付けなんて、ちょっと自身ないけど、どうしたものか。
ゆのはとひめ……は、意外と真剣にやってくれそうだけど、なにぶん経験が無い。それは俺も然りだ。
となると……
「穂波ちゃんやってみない?」
「ええっ!?」
「頼む、俺もゆのはもひめもケーキなんてあまり目にしない方だし、穂波ちゃんなら榛名さんの盛り付けも何度も見た事あるだろ?」
「……あまり見た事ないのは、拓也が買っても来ないからなんですが」
しかたないだろう、ケーキなんて誕生日かクリスマスくらいしか買う余裕も無いし作るのも今回が初めてなんだから。
……というか、誕生日かクリスマスだってかなり無理して買ってるんだぞ。
「わ、わかりました……やってみます」
「あ、待て。あんな事言ったけど無理して榛名さんの真似しようなんて思わないで。 自分なりに、な?」
「は、はい……」
……うーん、余計なプレッシャーを与えまいと思ったんだが、逆効果だったか?
俺達三人が見護る中、穂波ちゃんが恐る恐るクリームとイチゴをケーキの皿に乗せる。
「…………こ、こんなものかな?」
「おおーっ、すげえ、おしゃれだぜ!!」
「……ちょっと悔しいけど、ホントにお店で売ってそうです」
「けーきって、本物初めて見ましたけど、すごくおいしそうです」
「本当ですか?」
「ああ、バッチリだって。 穂波ちゃんに任せて正解だったな」
「あ、味はどうですか……?」
「一切れ食べる?」
余分に切ったうちの一つを、さらに半分に割って、ふわふわのクリームを乗せてから、穂波ちゃんに渡す。
ゆのはとひめには、一応約束だったために切りわけていた分をそのまま渡してやった。
「はむ……ん、もぐ、もぐ……ん!」
「これ……おいしいです」
「さすが私が手を貸しただけあります!」
「ああ、バッチリだぜ!! これならいける!」
「うん!」
ゆのはの一言がちょっと気になるが、ここで口に出してつっこむ程俺は野暮じゃない。
とにかくやった! 榛名さんバッチリ成功しました!
明日はホームラン!
俺達は完成したケーキ皿の前で、4人そろってがしっと手を合わせた。



「お待たせしました。抹茶のシフォンケーキのセットです」
ランチタイムが終わって静かになった店内。
窓際の席で、いつもは騒がしいとめぞう爺さんが、お婆さんと二人、ほとんど無言で外の景色を見ている。
ときどき、ぼそぼそっと言葉を交わしているけど、カウンターからは聞き取れないくらいの大きさだ。
それでも、爺さんとお婆さんは、時々手を握ったり、手の甲を撫でたりしてて。
な、なんか見せ付けてくれるよなぁ。 俺達のことなんかまるで気になっていないみたいだ。
「すげえよ、感動的だ。 運命の結びつきだよなぁぁ」
「……?」
「だってそうだろ? 夫婦になって、年取っても仲良しでいられてさ。 これぞ、運命の出会いってやつだぜ、うん!」
「うん。私と、拓也も……お爺ちゃんとお婆ちゃんになっても、あんなふうに仲良くいられるよね、きっと」
「ああ、そうだな。 ……ゆのは」
「拓也……」
「…………拓也とゆのはも、おもいっきり空気にあてられてるみたいです……」
「……そうですね」
「ああ〜、このままお客さん来ないといいな」
「平気なのです」
「へ?」
「さっき、入り口に準備中の札をかけたから」
「はは、やるじゃんか」
気が利いてるぶん、勘も鋭いんだよなぁ、穂波ちゃんは。
……って、ま今は忘れるか、そんなこと。
こんな結婚記念日もいいよなぁ。
俺とゆのはも、結婚したらこの店でやっかいさせてもらおうかな。
ゲンかつぎじゃないけど、当然出して貰うのはこのシフォンケーキで。
「いいなぁ……」
「……うん、すごく」
店内の暖かい空気に、穂波ちゃんとゆのはが揃ってうっとりした声になる。
「本当だよなぁ。 無理して店開けた甲斐があったな」
「うん……」
前は仲悪かったらしいほなみちゃんとゆのはも、少し仲良くなれたみたいだし……
今日はハードだったけど、そのぶん価値ある一日だったな。



御手洗夫妻を店の外まで見送って、ようやく今日のメインイベント終了だ。
ゆのはもひめも、楽しかったらしく、少し表情が明るいように見えた。
「やれやれ、とめぞう爺さん、今日は一言も冗談言わなかったな」
「……くす」
「愛は偉大ですから」
まださっきの空気にあてられているのか、ゆのはは恥ずかしげもなくそんなセリフを口にしていた。
まぁ、俺とゆのはだって愛の偉大さの体現者だ、それに否定はしないけどな。
「ところで、準備中のままでいいんですか?」
が、ひめの方は相変わらず冷静だった。
「ああ、そうだったな。 戻すとするか」
「ううん、平気なのです」
「え?」
「今日は、皆疲れただろうから、御手洗さんが帰ったら、お店を閉めるようにって言われたのです」
「榛名さんが?」
穂波ちゃんがこくっと頷く。
か、感謝です、榛名さん!
「あ、それじゃあ、残った時間で別の……」
「じゃあ、ちょっと外の空気でも吸うか?」
チャンスとばかりにゆのはの目が光るのを俺が見逃すわけは無かった。
尚樹さんを止めるつもりで言葉をさえぎってやる。
素に戻るタイミングは見事としか言いようが無いが、さすがの俺だって疲れてるんだ、休むくらいさせてほしい。
「……ここが外なのです」
「そうじゃなくて、また前みたいに散歩とかさ」
「ゆのは、今日はあきらめた方がいいみたいですよ」
「…………うー……二毛作のチャンスなのにー」
冷静に状況を見ていたひめにいさめられるゆのはのその姿は、我が恋人ながら情け無い限りだった。
どうでもいいが、その言葉は使い方を限りなく間違ってるぞ。



今日はバス停の前で4人でぶらぶらと散歩だぜ。
今日も雪は降っているが、太陽も顔を出しているから天気雨ならぬ天気雪だ。おかげでなかなかに過ごしやすい気温だ。
「そういえば、草津さん達はオートバイで来たんですよね」
「おうともさ! 俺の愛車、クワゥテモックで颯爽と……」
「颯爽と事故りました」
ぐあっ、そこを言うなよ、ひめ。
って、ゆのはもそんな目で睨むなって。
「くわ……?」
「クワゥテモック」
「クワテモク……どういう意味ですか?」
「そういえば、その名前は私も気になってました」

ほう、ゆのはも気になっていたとはちょっと驚きだな。あんま関心なさそうな気がしていたが
「クワゥテモックっていうのは、アステカ王国最後の王様の事だ」
「アステカ?」
「拓也って、そこばっかりですね」
「まあ、アステカは俺が歴史の勉強始めた理由でもあるからな。一般的にアステカ王国って言われているのは、実はテノチティトランと、テスココと、タクバっていう3つの都市の連合した国家で、クワゥテモックは、テノチティトラン最後の王様だったんだ。 残念ながら、スペインのコルテスに殲滅戦の末に滅ぼされたんだけどね……」
「「…………」」
「ん、どうした?」
3人そろってあっけに取られたような顔をしている。
……俺、なんか変な事言ったか?
「……一瞬、尚樹さんかと思ったのです」
「……うん、私もそう思った」
「ゲゲェ!? い、言われてみれば、そうかもしれない」
「人は、自分が好きな事を誰かに語りたがるものですから」
そして、極めて冷静に、そしてもっとも過ぎる意見を挟んでくる神様。
返す言葉もないが、ここでヘコんだら尚樹さんに失礼だ!
「……ということは、あんまり縁起のいい名前じゃないのです」
「言われてみればそうかも」
なんてったって『落ちるワシ』って意味もあったりするくらいだしな。
今回まで事故ったのはそのせいかどうか……あまり信じたくないが、二度も続くとなぁ……
「でもな……クワゥテモックは最後まで折れなかったんだ」
「……?」
3人が首をかしげて俺を見る。
「クワゥテモックの一つ前のアステカ王が、どっちかっていうと穏健な人だったんだな。当時、大陸からやってきたスペインの軍隊がひどいことをしても、言いなりになってたんだ。 だから、当時のアステカの人にとってみれば、侵略者に敢然と立ち向かったクワゥテモックは英雄だったんだ」
「うん……」
「クワゥテモックは侵略者と最後まで戦い、国が滅びて捕虜になっても、コルテスに頭を下げようとはしなかった。 だから……折れない人」
「……それで、その名前をオートバイに?」
「ああ、って言っても、今乗ってるやつは2代目……いわばクワゥテモック2号なんだがな」
「壊れたのですか?」
「ああ、最後の最後まで俺を導いてくれた、最高の相棒だった。 だからこそ、縁起の悪い名だろうがなんだろうが、2台目のあいつにもこの名をつけてやったんだ」
あの日、ゆのはの元へその身を呈してまで俺を送り届けてくれた英雄。
あの時の事は、一日たりとも忘れた事は無い。
「ふーん……」
そういえば、ゆのはにもこの話はしていなかったな。
壊れた場所は、ゆのはがいたすぐ近くだったから、大破する時の音くらいは聞こえていたと思うが……
いや多分、いつ壊れたかくらいはゆのはも察しているだろう。
ゆのはと再会した時には、バイク乗ってなかったしなー。
「……あ、あのトラック……」
俺が初代クワゥテモックの事を思い出している間に、俺達の横を見知った車種の軽トラックが通り過ぎた。
「あれ……祐司さんなのです」
「配達が遅れてるのかなぁ、やっぱり榛名さんを病院に連れて行ったから……?」
「うん、多分……」
っと、いまのはちょっとまずったかっ?
「つ、椿さんまた怒ってるだろうなぁ」
「うん、でも、そんなにきつくは言わないと思うのです」
「そうなのか?」
「うん……椿さんは、祐司さんのこと尊敬してるから」
「そうなんですか? 椿さんって、しぶぞうさんといっしょにいることが多い気がするんですけど……」
「うん、昨日もお昼にいっしょにいて、仲良くケンカしてました」
仲良くケンカって……結構よく使われる例えのような気がするけど、なんか矛盾してるよなぁ。

意味的にはケンカするほど仲がいいっていうのの言いかえなのか?
「今は渋蔵さんと仲良しだけど、小さい頃はお父さんっ子だったのです」
ふーむ、なるほど。それで榛名さんとのことが引っかかってるのかぁ。
「うーん、複雑な娘心ってやつなのかなぁ……」
「草津さん、そればっかりなのです」
「あはははは……でも、穂波ちゃんは本当に平気なの?」
「……平気じゃないですよ」
……え?
「でも、お母さんのやることに間違いはないのです」
「それって……」
「……どういう事ですか……?」
その時、間違いなく俺とゆのはとひめ、3人の意識は一致していた。
しかしそんな俺達の想いを否定するように、穂波ちゃんはフッと目線を外し、少し寂しい笑顔で笑っていた。



「そういえば、榛名さんって昔から料理上手かったんですか?」
暫く歩いて、ゆのはが急に話を切り出してきた。
なんか俺達の間にへんな気まずさが充満していたから有り難い限りだ。
「……はい、お母さんは、昔から料理が上手だったのです」
「やっぱり、小さい頃から勉強していたんでしょうか?」
……もしかしてゆのはのやつ、結局ケーキ作るの手伝って貰ったのを気にしていたのか?

それから、穂波ちゃんはゆのはに促されるままに榛名さんの事を話し始めた。
その中で穂波ちゃんのお父さんの事も話に入り始め、いつしか両親の馴れ初めの話になっていた。
そして、その次に移った話題は意外な真実だった。

「お父さんは落ち着いていて、女性っぽいのです。祐司さんとはだいぶ違います。 それに、料理も得意だったから、お母さんに料理を教えたりもしていました」
「榛名さんが、教えて貰う側だったんですか?」
これはかなり意外な事実だ。あの榛名さんに料理を教えたのがそのお父さんだったなんて……
「うん。 そして、お父さんが一番得意だったのは、美味しいポトフなのです」
「……なるほど。あの、野菜煮込んだスープみたいなシチューみたいなやつだろ?」
「うん」
「ポトフって食べた事無いです」
確かに俺は作った事無いけど、お前の反応はそっち方面しかないのかよ。
「……え〜っと、それで、お父さんの名前って?」
「陽一郎です。 太陽の『陽』に、小沢さんの一郎なのです」
へぇ……明るい名前だな。で、女の人みたいに大人しい人だったのか。
穂波ちゃんと榛名さんのノリから想像すると、ずいぶん癒し系な一家だったんだろうなぁ。
「……陽一郎?」
「……そうですか…やはり、亡くなっていたんですね」
「…ゆのは、ひめ?」
「お父さんの事……知ってるのですか?」
「……8年ほど前でしょうか、最後に話したのは……」
……8年?
「ちょっとまて、俺と会ったのが3年前で、その前に出てきたのが、その60年前だろ?」
どう考えたって時間が合わない。
でも、微妙に偏ってはいたが3年前も最近の知識を持っていたし、それを考えると納得は出来るが…
「それは……祠にいる時も、わたしと感応できる人間がいたと言うことです」
「……それが、お父さん……」
「今考えてみれば、穂波さんが私や拓也の正体を感じたり、記憶の封印がすぐに解けてしまったのは、陽一郎の血を受け継いでいたからなんでしょう」
「おかげで、3年前はずいぶんと振り回されましたけど」
……二人ともずいぶんとあっさりとした口調で話していたが、俺にはその表情は寂しい物のように見えた。



それからまた暫く歩いて、日が傾き始めた頃に、公民館の診療所の前にたどり着いた。
「……お母さん、もう戻ってるって」
診療所をのぞいた穂波ちゃんが、小走りで戻ってくる。
「そうですか、安心しました」
「じゃあ、早く帰ったほうがいいな」
「……うん」
「それにしても、”てんてき”って、大丈夫なんですか?」
確かに……点滴なんて聞くと、変に重症なイメージが浮かんでしまう。
……ひめとかは特に、テレビくらいでしか縁の無い単語だけに余計だろうな。
「いつもなんです。お母さん、もともと身体が強くないから。 あ、でも病気してもいいことはあるんですよ」
「いいこと?」
「うん、昔無理をしたお母さんが寝込んだ時、お父さんがお見舞いに来たのです」
「おお、ついにお父さんが動いた!?」
ここまで行動派と言うには程遠い過去しか聞いていなかったから、ずっと気になっていた部分だ。
待ってました! な気分だぜ!
「うん、そのとき、お父さんが料理を作ったのがきっかけで、交際が始まったって」
「それって、美味しいポトフ?」
「ううん、鍋焼きうどん」
「なんでそこで外すんですか!!?」
俺がつっこむ前に、なんか必要以上に大声のゆのは。
……ずっと思ってたけど、こいつ結構少女趣味だよな……いや、単にドラマ的なシチュエーションに憧れているだけか?
つーか、こいつが持ってる知識って大半はテレビとかからの知識だからなぁ。
「さ、さあ……それは謎なのです」

それから付き合い始めた榛名さんと陽一郎さんは、穂波ちゃんが生まれてからゆのはな町に戻り、喫茶店を始めたらしい。
「なーんかいいなぁ、青春してるなぁ!」
「私と拓也だって、青春真っ只中じゃないですか」
「あ、ああそうだな」
「……おにいちゃん、おねえちゃん穂波さんもいるんですから、じゃれないでください」
いや、どっちかというと今のはゆのはが一方的にだったんだが。
というか妹のふりする必要も無いのに兄姉と呼ぶなんて、なんか機嫌悪くなってないか?
「うふふ。 それで、お父さん直伝、お母さんの美味しいポトフも、今では白摘茶房の人気メニューなのです」
「そうなんですか。 私も食べてみたいです」
うわ、俺らに見せた事無いような(演技除く)笑顔を穂波ちゃんに!
多分それも演技の笑顔なんだろうけど、やっぱ機嫌悪くなってるじゃないか!?
そんなに俺とゆのはがくっついてるのが気に入らないのか、ひめよ!?
「そ、そうだな、俺も食べてみたいぜ。 穂波ちゃんも覚えてみたらどーだ?」
しかし、ここでへこたれる俺では無い! なんとか会話の流れに食いついてやる!!
「ん……料理は難しいのです」
「よーし、じゃあ……確かまだ野菜余ってたな。今日はかわりに俺が、美味い野菜スープの作り方を教えてやろう」
「や、野菜スープ!?」
ん? なんかめちゃくちゃ素っぽいリアクションだ。
「……もしかして、野菜苦手なんですか?」
うおっ、ゆのはの口元がおもいっきり怪しく歪んでる!?
ニンジンについてつっこまれたのがそんなに気にしてたのか!?
「そ、そんなことないのです! ……ただ、ピーマンだけが……」
「へぇー、それじゃ私と大差無いじゃないですか。私にニンジン食べれないなんて笑えたものじゃないですねー」
「う、う〜……」
「……二人とも子供です」
……確かに、ものすごく低次元のケンカだ。
もしかしたら、俺が思っている以上に二人の相性はいいのかもしれない。
本当に相性悪かったら、この程度の事だとケンカどころか話もしそうにないしなぁ。



散歩から帰り、いざクッキングとばかりにキッチンを覗き込んだ俺達は、目に映った光景に少々あっけにとられた。
「……料理、出来てる?」
目の前に蓋をした寸胴鍋。
周囲には決して手馴れた者が調理したとは思えない散らかり方。
けど全く料理がした事が無い者の作業後と言うほどひどいものでもなく……つまり、料理の素人が調理した後のような光景だった。
「これ…もしかして、ぽとふ?」
「ああおい、勝手に開けるなよ」
一瞬目を離した隙に、ゆのはとひめが寸胴鍋の蓋を開けていた。
一応注意はしたが、俺も気になる事は気になる。とりあえず横からその鍋の中を覗いて見ると……
「ポトフ……だな、多分」
調理後の散らかり方はともかく、内容はそれほど悪く無さそうだ。
……もしかしてこれが美味しいポトフ?
あの榛名さんをして、こんな雑な調理をさせるような伝説の味なのか!?
「ちょっと一口…………」
「おい、行儀悪いぞ」
と、言った時にはゆのはとひめは鍋の中のジャガイモを1個口の中に放り込んでいた。
「…………」
「……どうした?」
「……美味しい、ですけど……言うほどのものでも……」
「榛名さんが作った味、という感じでは無いですね」
むむ? そんなことを言われるとなんだか俺も気になってくるじゃないか。
失敬して俺もイモを1個……
「もぐ……む、美味い……確かに美味いが、確かに騒ぐほどの味でも無いな」
いうなれば、一般家庭の一般的主婦が作る一般的な味。 つまり、無難に美味い。
榛名さんの体調が悪いせいか? いやでもケーキの方はバッチリ手伝ってくれたしなぁ……
「それを作ったのは祐司さんなのです」
そこへ、奥に行っていたらしい穂波ちゃんがドアをバタンと開けて駆け込んできた。
「そうなのか?」
「奥の部屋で、お母さんに聞いたのです。 それは、祐司さんが夕食にと作ってくれたポトフなのです」
「どうりで、普通の出来だと思いました」
ああ、本人がこの場にいないとはいえ、微妙に失礼な事言ってたんだなぁ、俺達。
「じゃあ、コレは榛名さんの残り?」
にしては量が多い。
「私達の分だと思うのです」
なるほど。
しかし調理は荒っぽいが、これはこれで確かに渋蔵さんの血を引いてる感じがする。
……でも、確か渋蔵さんって料理上手かったよな、食べた事は無いけど。
「……あ、そういや椿さんからきいたんだけど」
「はい?」
「祐司さんって、前は料理は全然だったって?」
「はい、前にお母さんが風邪を引いて寝込んだときに、祐司さんがポトフを作ろうとしたのですが……どうやらその時に初めて包丁を握ったみたいで、調理中も出来上がったポトフも、ひどい有り様だったのです」
なるほど、それがきっかけで料理を勉強始めたってか。
ううーむ、中々に行動力のあるお父さんだが……しかし、言い方を変えれば無鉄砲な気がしなくもない。
渋蔵さんが『男子厨房に入らず』の教育だったらしいから、仕方ないんだろうけど。
「じゃ、俺は台所をちょちょっと片付けちゃうから、3人は食べとけよ」
「……ひめちゃんが、全部食べちゃいますよ?」
あー、確かにそれはそうかもしれんが……
「…………」
目を向けると、本人も分かっているらしく、特に何も言ってこなかった。
「いいや。俺の晩飯なら、わかばちゃんが用意してくれてるし」
「あ、そういえばそうですよね」
しかし、この散らかり方は俺が始めて料理した時といい勝負だ。
これ以上にひどい有り様となると、本当に不器用だったんだなぁ。
とりあえず生ごみをまとめて、ついでにリビングを簡単に片付ける。
「ん、こっちの奥は……?」
「あ、ダメです!」
「え?」
「……私の、部屋なのです」
「あ、そいつは失敬」
「ほなみんの部屋?」
ぎゅぴーん、とゆのはの目が怪しく光る。
「ゆのは、とりあえずそれはやめとけ」

……結局のところ、ゆのはと穂波ちゃんって敵対してるのか仲いいのかどっちなんだろう。
前回はかなり分かりやすかったが、今回は敵対する理由があまりないからなお理解しづらい。
「しかし、ピーマン入り野菜スープがおあずけになったのは残念だったなぁ」
「くす……ちょっと助かったのです」
「拓也、今度絶対ほなみんにごちそうしてあげようね?」
「や〜め〜て〜……」
……まあ、ケンカするほど仲がいいってやつなんだろう、うん。




そんで、適当な時間になったからバイト代受け取って白摘茶房から退却し……

―所持金 0007700―

3人で並んで華の湯の前へ到着。
ちなみに、ひめもゆのはもまだ食うつもりらしい。
こいつらの大食いにもいいかげん慣れてきたが、一応居候っていう立場なんだからもうちょっと遠慮と言うものを知って欲しい。
「拓也じゃないか、まだほなみんとこにいたのかい?」
「あ、椿さん。 どうしたんですか?」
椿さんが、高尾酒店の前で煙草をふかしていた。
……へぇ、椿さんって煙草吸うんだな。
「姉御、こんばんわです」
「こんばんわです椿さん」
「ああ、こんばんわ。 ……いや、バカ親父とちょっと衝突しちゃってね。あいつ、仕事しないから」
「ああ、でも祐司さんなら、ずっと榛名さんの看病してたみたいで……」
と、俺がそこまで言ったところで、椿さんが煙草の煙と共に溜息をついた。
「まー、そんなことじゃないかと思ってたけどね」
「あははは…… で、でも、大人のロマンスっていいですよねー」
「ロマンスね……ほなみんは、どんな様子だった?」
「え? 穂波ちゃんですか?」
「ほなみんは……普通でしたけど」
「はい。 ……あ、でもおにいちゃんが平気かって聞いたら、『平気じゃないのです』って……」
ひめのその一言を境に、椿さんは少し遠くを見るような目つきに変わった。
やっぱり色々と気に掛けているのだろう。尊敬する親である祐司さんのこととか、そう遠くない未来の妹の、穂波ちゃんの事とか。
「……そういや、わかばがあんたらのご飯作って待ってたよ。 早く戻ってやりな」
「あ……はい、わかりました」
その言葉を最後に、椿さんは煙草の火を消すと、店の中へと戻って行った。



夕食……の前に、今日一日の疲れを洗い流すべく風呂で一休み。
……それにしても……
「はぁぁ……」
長い一日だった……冗談抜きで長かった。
それでも、いつもよりは早く帰れたんだけど、なんというか、2日分くらい働いた気分だ。
おかげで風呂も2倍きもちいいぜ!



で、風呂上りで落ち着いたところで夕食!
わかばちゃんは今日もこんな遅い時間まで待ってくれていた。
「ごちそうさまでしたー」
「はぁい、それじゃあ、お皿かたづけまーす」
ああ、遅れたの俺のせいだし、俺がやっとくよ……と、いつもなら言うのだが、今日は思いのほか気力なんかも削れていたらしく、声にまでは出なかった。
そうこうしているあいだに、お盆に俺達3人分の皿をのせたわかばちゃんは台所に行ってしまった。
「それでは拓也、今日の分、出してください」
「ん? ああ……」
どうせ逆らっても無駄だしなー……
半ば悟りかけている気がする俺は、しぶしぶ今日の給料袋を取り出した。
「神の名において、奉納!!」

―所持金 0000000―
―お賽銭 0044500―

「……元気ないですね? さっきまで元気にご飯を食べていたというのに」
「そりゃー、日給が貰った傍から一円残らず消えていくのは気分のいい光景じゃないし」
なにより、こっちきてからゆのはのこと色々とないがしろにしてる気がするからなぁ。
それには、バイトしてる時に来られると、今日は助かったが気が散って邪魔という理由があるのだが。
……まぁ、仕事中も近くにいてほしい気もしないわけじゃないが、個人的感情と仕事は別問題ってことだ。
「……ふむ……ですが、その分修理費は着実にたまっていきます。 安心してください」
「そーですか」
今回は前回のように町が滅びるという危機感がないから、いまいち燃えきらないんだよなぁ。
いや、あったらあったで非常に困るが。
……おっと、携帯がなってる。
えっと……白摘茶房から?
「もしもし……」
「草津さん? 穂波です……あの、明日やっぱりお母さん休むみたい。 祐司さんに言われたんだって……」
「ああ、俺もそうしたほうがいいと思うよ」
「でも……その、よかったらお店は開けたいのです」
「そうなの?」
「そのほうがお母さん安心するし……午前中だけでもいいから、祐司さんとゆっくり出来る時間があれば……って」
気遣いのよさは昔から相変わらずだなぁ。
直球の椿さんとはずいぶん好対照だ。
「わかった、俺も行くよ」
「ごめんなさい……拓也さんも、ゆのはちゃんとゆっくりしたいと思うんですけど」
「いやいやいや……それを認めるのはやぶさかではないが、今は仕事ある方が助かるんだから。じゃあ、また明日……うん、おやすみ」
……ふぅ。 明日のバイトはこれで決まりか。
しかし、どうも穂波ちゃんのペースに飲まれてるよなぁ……しかも向こうは多分面白がってる。
「明日も白摘茶房に?」
「あ、ああ。どうやらそういうことになったらしい」
「それは丁度いい、明日今日の私達の分のバイト代も請求してきてください」
「満面の笑みでそういうことを言うな」
「働いた分はしっかりと請求する、これは人の世の常識です」
……前は神と人は違うとかどうとか言ってたくせに、都合のいい時だけ人間の常識を引っ張ってくる。
まあ、今はもうゆのはも人間なんだが、なんか納得いかないところがあるのは気のせいか?
「不満だと言うなら、明日も手伝いましょうか? ケーキの味見くらいならいくらでも……」
「味見はいいが、作るのも手伝え」
つーか丸ごと1個くらい軽く食っちまいそうだし……
はぁ……、明日は今日以上に忙しい一日になりそうだ。


 

 

12/22(前編)へ続く


 


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