―12月23日― (前編)
 

 






朝だ!!
がばりと跳ね起きて、うーんと伸び!!
今日も絶好調!!
で、ケイタイを見りゃ、うわ。セットしたのの一時間半前だ!!
おいおい、ちょっと俺、健康的過ぎるぜ。
ケイタイのアラーム切って、んで窓を全開!!
目の前でちらつく小雪の白がまぶしいぜ!!
「はふぅ、つめてぇ!! くぅっ。いいぞぉ雪国の朝!!」
思いっきり深呼吸!!
つめたくて濃い空気が、体中に染み渡っていく!!
「うむ!! 今日も酸素の充填完了!!」
「ぷるぷる……さむひ……ゆきさむひ……」
振り返れば、いつもの如く布団を蹴っ飛ばして、浴衣まで着崩れまくってるゆのは。
なんつーか、どうしてこうも寝相が悪いんだ? 元神なのに。 いや、元神だから?
ま、神は理由じゃないだろうな。いつも隣で寝てる現神は、布団蹴飛ばすどころか布団ごと丸まって繭みたいになってるし。
「……んん……ぅん……」
目を向けてみると、やはり今日も繭のように丸まっていた。
まあとにかく……しつこいようだが目のやりどころに本気で困るようになる前に矯正せんと、色々と困りそうだ。
とにかく、今日も窓を閉めて布団をかけてやる。
「ううん……たくやぁ……」
おお、寝言で俺の名前を?
はっはっは、夢にまで見てくれるとは、なんか気分いいなぁ。
だがしかし、その内容については深く考えないでおこう、深く考えるときっと空しくなるから。
……にしても、寝てるときはいつもつきまとってるはずの毒気が全く無い。
おかげでゆのは本来のかわいらしさが全開で表面に出てきている。
まあ、それが女の子としてのものなのか、子供としてのものなのか、まだ微妙なんだが。
思春期の妹の成長を見守る兄の気分って、きっとこんなものだろう。
「それにしても……」
隣で寝てるひめの顔を見てみる。
普段の表情はどうしても違ってくるようだが、寝顔は3年前のゆのはと全く変わらない。
しかし隣り合う二人を見比べて見ると、確かに3年の月日が差として現れている。
そりゃ、神は歳をとらないらしいから当然だろうが……ずっと人間のゆのはといっしょにいた俺としては、なんか微妙な気分だ。

……考えてみれば、ひめはずっと止まった時間の中で生きているわけか。
もしひめも人間に戻れるのなら……と、考えてみても俺にはどうしようもない。
「さって、今日もわかばちゃんとみつ枝さんを手伝うとするか」
なぜか、なんでもいいから声に出さずにはいられなかった。
俺はてきぱきと着替えをすませ、部屋から出て行った。




「なぁ!!」
「おう、ヘンリー三世おはよー」
「にゃあ!!」
うむ。今日の陛下は、ことのほか機嫌がよさそうだ。
「拓也さん。おはようございまーす」
「おはようわかばちゃん」
「すっかり早起きさんですねー」
「わかばちゃんはもっと早いじゃん」
「おばあちゃんはもっと早いんですよー」
というか、毎日いつから起きてるんだろうこの人達は。
銭湯の準備には色々と時間がかかるのはわかっているんだけど……
「なにかねー」
「わわっっ」
「おやおやどうしたねー拓也さん?」
この人、本当に気配がないなー。
忍びの末裔かなんかだったりして。
「おはようございます」
「ああ、おはよー。 もしかして今朝も手伝ってくれるのかねー」
「任せてください!!」
「全部は任せませんよー。わたしだってがんばっちゃいますからー」
「では、ふたりとも頑張ろう」
「はいー楽しく頑張りましょー」
わかばちゃんは、忍びの末裔説を瞬時に粉砕する、ほわほわ笑いを浮かべた。
結局のところ、みつ枝さんの気配が無い謎はこの後も永遠に分かりそうになかったのだが。
……まあ、いいか!

んで、わきあいあいとした朝食の用意。
んで完成!!

「できましたー」
うむ、いつものように美味そうな朝食だ。
「じゃ、俺、二人起こしてくる」
「……おはよう」
「ございまふ……」
と、障子に手を掛けようとすると同時に、その障子が開き、二人が猫めいた仕草で目元をこすりつつ、ゆのはは片手で枕をひきずって、ひめはぎゅ〜っと両手で抱きしめてやってきた。
「おはようゆのはちゃん、ひめちゃん」
「ゆのはちゃん、ひめちゃん、おはよう」
「おはようふです……ふわぁ」
「……ふみゅ……おはようござひまふ……」
……大丈夫か? というか、こんな調子で二人ともよくここまで歩いて来れたなぁ。
歩いてる途中にもかかわらず、持ってる枕で寝てしまいそうな勢いだ。
まあ、とりあえず起きてきた事は起きてきたわけだし……
「二人ともおはよう、偉いなー、ちゃんと起きられるんだな」
俺は、二人の頭をやさしくなでてやった。
「な、なにするですか言うですか!! 子供扱いするなぁっっ!!」
「……」
こうも予想通りの反応が返ってくると面白い。
おれの悪戯心がむくむくと膨れ上がって行くぜ!
「そういうコトいうのは、子供だぞぉ。 めっ」
「私はもう15歳なんです!! それにしたって神様だったんだから、もっとも〜っと長生きなんです!!」
「うんうん。子供はみんな神様みたいなものですよー」
「そうだねー、長生きできるといいねー」
どうしてこうこの人達は、神様発言をあっさりと受け入れてしまうのだろうか。
もう何度も聞かされているので慣れてきてはいるが、伊藤家の謎は俺には理解できない部分が多々あるようだ。
「おねえちゃん、おにいちゃんには何言っても無駄ですよ」
「そ、それは分かってるけど! ひめは子供扱いされて悔しくないの!?」
「……おにいちゃんに子供扱いされるのは悔しいけど……」
俺限定かよ。
まあ他の所では健気なガキンチョを演じてるわけだから子供扱いされるのは当然だろうけど。
「こーいうのは、私には久しぶりだから……」
……ああ、そうだ。 ひめは、ゆのはが俺と旅していた3年の間、ずっと祠の中でこの町を見守っていたんだった。
こうやって誰かに頭をなでて貰うようなことも出来なかったわけか。
「……おばあちゃん、今日の朝ご飯はなんですか?」
あ、ゆのはのやつ、形勢不利と見てか会話から逃げやがった。
まあ、なんだかんだと言ってゆのはも60年以上は人に触れられなかった事もあったわけだし、気持ちが分からないわけでもないんだろうな、きっと。
「そうだねー、今日は豆腐のおみそ汁だよ。 ゆのはちゃんは、好きかい?」
「ああっ!! 豆腐のおみそ汁!!」
「お代わりもあるからねー」
「わーい、豆腐のおみそ汁!!」
「それもお代わりありです!!」
……みそ汁と聞いたとたんに、ひめも踵を返してみつ枝さんの方に。
……わかってる、こいつらの性格はわかってるんだが……なんだ、ものすごくやるせない気分は。
いそいそと座ろうとするふたりに、みつ枝さんがそっと言った。
「でも、二人とも食事の前に枕を部屋に戻してきたほうがよいよー。 こぼすと染みになってしまうからねー」
「うっ。 すぐ戻ってくるです!!」
「戻ってくるまで、おみそ汁飲んじゃだめですよ!」
大慌てで走っていく二人。
……つまり、二人にとってはみそ汁>俺ってことか?
……まあ、深く考えないでおこう、うん。



そんなこんなで、楽しい朝食!!
二人がみそ汁とご飯をお代わりしまくって、時々俺とわかばちゃんもおかわりもらって、いつも通りの笑顔でごはんとみそ汁を器によそうみつ枝さん。
そうして、いつもの頃合いになった時に、しぶぞうさんのバイクの音が聞こえてきた。
「青年!! ワシはシブゾウじゃねぇジュウゾウだ!!」
「くぅっ。差別だ差別!!」
「はん。単なる区別よ区別」
人はそれを差別と言うのです。
「…………」
「おう、ヘンリー三世おはよう!!」
「…………」
おや、陛下が黙りこくっている。
今朝はことのほか機嫌がよさそうだった気がするんだが……
「ヘンリー三世陛下!! おはよう!!」
「なぁ」
うむ、やはりいつも通りのヘンリー三世だったな。
「そういやゆのはちゃん。昨日はちょっくら哀しかったぞ」
「なんで?」
「そういえば、おねえちゃん、昨日しぶぞうさんに会いにこなかったですね」
「だって、あったかいおいしいご飯でしたからー」
「くはぁ。そこまで素直に言われちまうと、こだわってたワシが馬鹿みたいじゃねぇか」
馬鹿かどうかは判らないが、メンタリティが子供だよなー。
「まぁまぁ。今日はゆのは、あったかい豆腐の味噌汁の誘惑を振り切って、こうして出てきたんで」
「つうことは、ワシは、豆腐の味噌汁以上、あったかい御飯以下ってことかっ!?」
「いや、ソコまで理詰めに考えずとも」
俺も同じ事考えてたけど、空しくなってくるから考えるのはもう止める事にした。
「あー、おほん。 青年、聞いた話じゃ今日も白摘茶房みてぇだが、榛名さんにあんまり無理させんじゃねぇぞ」
「いわれなくてもそのつもりです」
病院行った昨日の今日で、完治しているわけもないしな。
今日はゆっくり休んで貰わねば、こちらも困るってもんだ。




さあ来た来た来たァ!
穂波と拓也のスペシャル白摘茶房・追加公演だ!
2連チャンで白摘茶房を任されてしまったが、こうなったら乗りかかった船だ、昨日の由真の忠告に従って、メニューも夜のうちに考えてあるし、とことんまで行ってやるぞ。
「……で、今日も手伝ってくれるのか?」
何が目当てなのか、ついてくるのはゆのはとひめ。
「いいえ、昨日の私達の分も請求しようかと……って、こらー、急に歩くの早くするな!」
「思いっきり逃げてますね」
そればかりは正直付き合いきれん。
多分それでもついてくるんだろうけど、早足で白摘茶房に向かうことにした。

ついてみると、店の前にはこんな張り紙が。
『都合により、本日もランチタイムまでの営業とさせていただきます』
なるほど、いい判断だぜ穂波ちゃん!
「じゃあ今日こそ二毛作をー」
「さて、入るか」
「そうですね」
「って、二人とも人の話を聞けー! ひめも、すぐにお金ためるチャンスなのにー!!」
「確かにそれはそうですけど……本人にやる気が無ければ、雇って貰ったところでお金が貰えるか怪しいですし」
いや、雇ってもらったらもらったで全力でそのバイトに尽くす所存だが、ランチタイム終了後となると、時間的にはかなり微妙だ。
所詮は日雇い。時間的に中途半端だったらやとってもらえるところも少ないだろう。
まぁ、そんなことより今日のバイトに集中するとするか。
俺は、昨日と同じように白摘茶房の戸を開けた。

「おはよう」
「穂波さん、おはようです」
「ほなみん、おはよう」
「あ、おはようございます。 3人とも、昨日はありがとうございましたなのです」
「あ、お礼なん」
「いやいや、お礼なんていいって。 で、榛名さんの容態は?」
ゆのはの『お礼なんていいです』発言の後に何が続くのかは、その被害者である俺にはよーく判っている。
とりあえず今日はその発言は阻止する事にしておこう。いくらなんでも不謹慎だ。
「今日は元気なのです。点滴が効いたみたい」
「あと、祐司さんの看病とポトフもな。 よかったよかった」
まあ、あのポトフはまだまだ改良可能かもしれないが、他のどんな料理よりも効いたことだろう。
「でも、今日は安静にしてもらいます。 ほうっておくと、お母さん働きたがるので、今日はちゃんと見張り番もいるのです」
「祐司さん?」
穂波ちゃんがこっくりと頷く。
さすが渋蔵さんの息子、朝からスゲェ行動力だぜっ!



「こんにちわー」
「こんにちわです」
昨日と同じく椿さんとこに調味料の購入だ。
昨日と違うところといえば、この場にいるのがゆのはではなくひめということと、俺と一緒に入ってきたということだ。
昨日買ったものは……まぁ結局使うことになるが、とりあえず今は別のものが目当てだ。
とりあえず開店準備の手伝いはゆのはにまかせてある。
昨日も手伝っていたこともあってか、文句は言っていたが結局手伝ってくれた。
「はいよ」
……どうやら今日もご機嫌斜めらしい。
口では認めているみたいだけど、何が気に入らないのやら。
「バカ親父、また看病しに行ってんだろ?」
「そうですけど……まさか仕事を放り出して?」
「仕事だけはキッチリこなしてくから、たちが悪いんだよ……」
「それなら、何も問題がない気がするんですけど」
「……そりゃそうなんだけど、問題のある無しじゃなくて……」
ああ、つまり理屈じゃないってわけか。
人間の気持ちってヤツは難しいもんだ。
「えーっと、それじゃ、穂波ちゃんも待ってるんで、調理酒1本お願いします」
「いつも榛名さんの買うやつでいいね。 今日もヤサイイタメか? いったいアンタは白摘茶房をどうするつもりだ?」
「俺にもいまいち分かんないっス」
「とりあえず、『たがみ』さんとメニューが被らないようにしたいそうですけど……」
「洋風のメニューは知らんのか? それはそうと……」
「お、尚樹さんのフレーズ」
「げっ、あれ感染ったのかアタシ!」
「そういうおにいちゃんも時々言ってると思いますが」
「あー……あっはっは、使いやすい単語って便利ですよねぇ!」
「そ、そうだな、使いやすい単語だからな……じゃなくてっ!! 親父と榛名さんの様子はどうだったんだ?」
「え? ああ、直接見たわけじゃないんでなんとも言えませんけど、とりあえず榛名さんが無理して働こうとしないように見張りしてます」
「…あ、バイクの音」
ひめの声で耳を外に向けると……むむ、この音は渋蔵さんか!?
と、思っている間にガラリと戸が空いて、渋蔵さんが乗り込んできた。
「おう椿、祐司の奴ァ見なかったか? あいつ、このごろちょいちょい姿ぁ消しやがる」
「知らないよ。 なんか用事でもあるのか?」
「おうよ! 対局に付き合わせるつもりだったのが、あてが外れちまったぜ。 椿……は店番だしなぁ」
「てゆーか、お前も店番しろ! 交代だ、交代!」
「うぬっ! や、やぶへびになっちまった!」
「しぶぞうさん、対局ってなんですか?」
「卓球だよ、何が対局だ」
「そういや、公民館に卓球台がありましたね」
「毎年、正月明けには町をあげての卓球大会があるのさ、でもって、渋蔵は雪辱に燃えてるってわけ」
なるほど。
しかし渋蔵さんって卓球とかそういう事は得意そうに見えるんだが……
いや、雪辱戦って事は実際強いんだろう。多分その相手がもっと強いって事で……
「雪辱たぁ、なんでぇ!! 去年は俺が勝っていたっっ!」
「わかったから、ここ座ってろ」
「う、う、ぐぬぅぅ……せ、せめて鎮守祭りの寄り合いが終わってからにしてくれんか? なっ!?」
「しゃーないなぁ……行ってきな!」
「す、すまねぇ、孫よ!」
逃げるようにして退却する渋蔵さん。
「……そういえば、しぶぞうさんがお店番してるところ見たこと無いんですけど」
「……それを言われると逃げ場が無くなるよ」
確かに、俺も渋蔵さんが店番しているところは見たこと無い。
バイトしているときも何度か店には現れるが、何か理由をつけて逃げていっている気がする。
……まあ、男の情けで気にしないでおいてあげよう。
「それより椿さん、祐司さんの居場所は隠してるんですね?」
「ん? ああ、渋蔵も納得はしてくれたはずなんだが……まだ少し気にいらないらしくてね。機嫌悪くなるんだよ」
なるほどなぁ。
椿さんも渋蔵さんも、交際……というか子供できてるくらいだから、結婚か。
結婚には反対して無いけど、心のどこかで割りきれていないってことか。
微妙な娘心に親心ってやつなんだろうなぁ。
「……おにいちゃん、なにニヤニヤしてるんですか?」
「いや、なにいってんだひめ。べつに何も無いぞ」
うわ、椿さんがこっち睨んでるし。
「じ、じゃあ、お邪魔しました!!」





うーん、今日はお客さんそんなに来ないなぁ。
やっぱゆで卵のモーニングはダメかぁ。
ゆのはとひめは、結局今日も手伝うことになったものの、特に手伝って貰う事も無いので今は出ていってもらった。
リビングの方からは、時々榛名さんと男の人の仲よさげな声が聞こえる。
祐司さんの看病で、早く元気になってくれるといいけどな。
「草津さん、お昼は何にするんですか?」
「中華」
「……また?」
「男の料理の基本は中華! 昨日、キッチンを片付けている時にこいつを見つけたんだ」
「豆板醤と……コチュジャン? 辛いのはダメですよ」
「わかってるって、お年寄りにも優しい、シェフ拓也特製・なすの四川風スパゲッティ……とでも、メニューには書いておいてくれ」
「う、うん…………四川風……?」
「ああ、こいつぁ美味いぜぇ。 ……あ、ところで、祐司さんとマスターってさ、その……前に俺が来る前からって言ってたけど……いつごろから?」
「……あの時は、2年前からだったから……もう、5年くらいなのです」
「5年!?」
「……前は、草津さんが消えてしまった後に、今みたいにお母さん倒れたのです。 その時も、祐司さんが今みたいにお母さんを……」
そういや、俺が来る前からってのも聞いた気がするな。
しかしそれでも2年も前からって事らしいから……祐司さんも随分と耐えてたんだなぁ。
で、俺が去った後のその時にアタックかけたって事か。その時が、まさに千載一隅のチャンスだったわけだ
「おう小僧、朝ぁすまなかったなぁ、いつものやつ、たのむぜ」
「へい、ブラック一丁!」
うおおっ、渋蔵さんかぁ。
納得はしてるっていわれてたけど、話を聞いた限りでは色々とまずいぜっ!
……と、さらに最悪なタイミングでリビングから洩れてくる、榛名さんと祐司さんの楽しそうな声。
「ん……あの声ぁ?」
「あ、ああ……朝のテレビっすね! なんか赤丸とか花丸とか……まあ、そんな感じで、AH、HAHAHA!」
「なんでぇ、どっかで聞いた笑いかたしやがって」
「ほ、穂波ちゃん、いつものやつたのむ!」
「う、うん……忘れてた、今すぐ!」
穂波ちゃんが急いでCDプレイヤーの中身を入れ替える。
いつもの重低音のディストーションサウンド(渋蔵曰く)が、それほど広くは無い店中に響き渡る!
「おう、分かってるじゃねぇか」
「へい! そりゃもう! 穂波ちゃんボリューム大きめで!」
渋蔵さんのテーマミュージックを、リビングに届くくらいの音量で流したら、祐司さんたちの話し声がピタッと聞こえなくなった。
なんか、大人のロマンスっていうよりは、親の目を盗んで付き合ってる中学生みたいな風情だなぁ。


「……穂波ちゃん。一つ聞きたいんだけど」
「なんですか?」
満足した渋蔵さんが帰っていった後、CDを元に戻す穂波ちゃんに尋ねかけた。
「椿さんは渋蔵さんは二人の事まだ気にいらないらしいって言ってたけど……穂波ちゃんから見て、渋蔵さんはどう見える?」
「……納得はしてると思うのです。 ただ、ばれるまで自分に隠していたのが気に入らないんだと思うのです」
なるほど、そう言う見かたもあると言えばあるわけか。
ただ、なんかものすごく渋蔵さんっぽい理由だから、ひどく納得できる答えだったというのは……渋蔵さんに失礼だろうか?
あの人変なところガキっぽい気がするからなぁ。





11時前ごろにゆのはとひめが戻って来て、ちょうどそのあたりから客さんが増え始めてきた。
今日も白摘茶房は盛況だ。
ランチタイムまでの営業という張り紙を見て、榛名さんの様子が気になって来たお客さんがほとんどだ。
本当に、榛名さんってみんなに愛されてるよなぁ。
俺はそんな榛名さんをゲットした祐司さんに強くエールを送り、これから先の二人の行く末を応援したりしている。
いつだって憧れの人は憧れのまま遠くに行ってしまうもんさ。
まあ、俺にはゆのはという恋人がちゃんといるし、憧れ以上の現実にいるんだ、何も悔いる事などないさ。

それに今は榛名さんのコトよりも、こんどこそ俺達4人だけで仕上げた抹茶のシフォンケーキが好評なのが嬉しいぜ!
「おーい、ケーキがまだ来とらんのじゃが」
「あっ、は、はい……今すぐ!」
「すまんが……ワシはコーシーじゃなくてあったかココアじゃったんだが」 「あわわ……す、すみません。 いますぐお持ちいたし……熱っ!」
「穂波さん、それは私がやりますから、あっちおねがいします」
「う、うん……ご、ごめんなさい……なのです」
ひとつ、あらためて分かったこと。
それは、穂波ちゃんが思ったよりドジだってことだ。
勘が鋭くて、落ち着いていて、洞察力もある……ように見えるんだが、ドジなんだよなぁ。
正直に言ってしまうと、横で動いているひめの方が手際がいいくらいだ。
「きゃっ……!」
あ、またつまづいた。
カップからこぼれたココアがトレイに広がる。
「あうぅ……も、もう一度入れなくちゃ……」
「……ママさんのいないほなみんって、なんだか頼りないですね」
俺の横で調理の手伝いをしているゆのはが、その光景を見て素直な一言。
榛名さんがいない事が原因と言うよりかは、榛名さんが病気である事が余計なおもしになってしまっているんだろう。
それと、祐司さんへの気遣いを気にしているのもあると思う。
「ほいよ、ココアね」
「ご、ごめんなさい……」
しゅんとしながら、お客さんのところに戻る穂波ちゃん。
お客さんはみんなお年寄りだから、そんな穂波ちゃんを微笑ましそうに見てるけど……
彼女が榛名さんに追いつく日はまだまだ先なのかもしれない。
「にしても穂波嬢ちゃん、毎日ごくろうさんじゃのう」
あ、お尻撫でた!
「……きゃぁぁ!」
ビクッと背筋を伸ばした穂波ちゃんが、小さく悲鳴を上げて……
そして、またココアがこぼれる。
「……キリがありませんね」
確かに、こんな調子じゃ色々と思いやられる。
とめぞうさんもこういうときくらい控えてくれればいいのに。
「はぁぁ……もう、ちょべりばなのです」
「ドンマイドンマイ、さ、いよいよランチタイムだぜ!」
「う、うん……!」
ひき肉と刻んだ長ネギを、豆板醤&コチュジャンに混ぜて炒めてソースにしたナスの特製スパゲッティが今日のランチメニューだ。
ふっふっふ! 穂波ちゃんのアドバイスで辛くならないように味付けたおかげで、どうやらお年寄りにも好感触のようだ。
でも、低予算でそこそこ見栄えのする料理なんて、もういい加減ネタ切れだ。榛名さん、早く治ってくれるといいけど。
「……おにいちゃん、私もなにか食べたいです」
「私もー」
「ん? ああ、そうだな。空いてる席に座って待っとけ」
そういやランチタイムって事は昼食の時間だ、今はゆのはとひめの二人ともを手伝いに回したいくらい忙しいが、ここで食わせないでいるとまたうるさそうだしなぁ。
ちゃっちゃとお客さんの分のついでに二人の分を少し大盛り気味に作って……と。
「はい、スパゲッティ6人前お待ち! この少し大盛りのヤツを二人に」
「……休ませるのですか?」
「正式にバイトってわけでもないし、それに今食わせとかないと後がうるさい気がして」
「……もっともなのです」
穂波ちゃんも二人の事はよーく分かってきているみたいだった。





「はぁぁ、ランチタイム終了……なのです」
「あぁ……疲れた……ぁ、何本のスパゲッティを茹でたんだ」
……結局、ゆのはとひめの二人は、ランチタイム終了間際まで、前と同じように爺さんどもの財布をあてに何かを食っていた。おかげで常に二人分の料理が俺の作業につきまとう。
しかも最初は二人をあてにしていただけに精神的な疲労は当社日3倍ってところだ。
「あの程度でだらしがないですねー」
「……人が忙しいのに目の前で食い続けていたやつが言うな」
今、本気で目の前にいる我が恋人を殴りたくなった。
「ちょっと休んでてください。お母さんの様子見てくるから……」
穂波ちゃんがリビングへ戻る。
うーむ、休みたいのもやまやまだが、この隙に俺達の分のランチだけでも作っちまうか。
今日何度目か分からないが、もう完全に手が覚えたぜ!
「……まだ作るんですか?」
「いや、俺達まだ食って無いから」
「そういえばそうでしたね……」
なんか二人して俺の方をじっと見てる。
「…………少しだけだぞ」
もう其の視線に逆らう気力すらも、俺には無かった。
よっ……と、はいよアルデンテ!
なすの油通しも完璧だぜ!

そこへ穂波ちゃんがフラフラともどってきて……。
「……ふぁぁ」
「どーした?」
「……顔赤いですよ?」
「なんだか、幸せオーラにあてられたのです」
「アツアツだったか?」
「看病疲れでフラフラしていた祐司さんが、ものすごーく嬉しそうな顔でポトフを作ってました」
「ポトフって……昨日も作ってた?」
昨日のは不味くはなかったが言うほど美味いと言うわけでもなかった。
そういえば椿さんが、今は不味くはない程度の料理は作れるみたいだって言ってたけど……
なるほど、昨日のリベンジって事か。うんうん、わかるなぁ。
「俺も、そこそこ嬉しそうな顔でパスタ作っといたからさ、一緒に食べようぜ」
「あ、うん……ありがとうございます」
「いただきまーす」
「……なんで二人も食べてるんですか……?」
「いや、まあ……」
俺には何も言えなかった。



 

 

12/23(後編)へ続く


 


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