―12月23日― (後編)
 

 






全員そろって食事をした後は、店の掃除をしてバイトの終了だ。
今日はお昼までだから、バイト台もちょっぴり安かったけど、たまにゃそんな日もあるってもんだ。

―所持金 0004200―

ゆのは達はぶーぶー文句をたれていたが、人生いろいろあるもんだ。
この程度で文句言っていてはキリがないので、そこは無視を決め込んでおくことにした。

で、店も終わって暇になった俺達は、いつものように川原を散歩している。
「もう少し辛いほうがよかったか?」
「ううん、お爺ちゃんにはあれくらいがいいのです」
「私はもちょっと辛くてもよかったと思います」
「そりゃお前個人の意見だろうが」
まあ、ゆのはのその意見も、確かに言える。
俺としても自分で食べるんだったら、もっとスパイスの利いたものが食べたいしな。
老人相手には刺激が強すぎるかもしれないが、やはり若者の俺達としては舌に突き刺さるような辛さってやつが欲しい時もある。
「穂波さんは、自分としてはどうでしたか?」
「え? あ……もうちょっと辛いほうが」
「また機会があったら、俺達のは普通の辛さで作る事にするよ」
よく考えたら、今日も自分で食う分くらいは普通の辛さにしてもよかったかもしれない。
後半はなんか手が覚えていた勢いだけで作ってたからなぁ。
「あれ、ほなみん何か落とした?」
ゆのはの声で気が付くと、穂波ちゃんが前かがみになって何かを探していた。
「クローバーを探しているのです」
「クローバー? 四つ葉の?」
俺は穂波ちゃんの隣に腰を落とすと、たくさん生えている雑草の中に四つ葉のクローバーがないか、目を凝らした。
それにつられるようにして、ゆのはとひめも俺達の横にしゃがみ込んだ。
……おぉぉ! この辺はクローバーが群生してんだな。
「四つ葉のクローバーと言えば……願い事が叶うんでしたっけ?」
「そういう言い伝えも、確かにあるのです。 ……でも、ひめちゃんなら願い事くらい……」
「……予定外の神力は、お賽銭を使わないと使えませんから」
「ああ、そういえばそうでした」
わざとなのか素で言ったのかわからないが、穂波ちゃんのセリフって時々痛い事言うよなぁ。
まあ、ひめの力に関しては確かに微妙なものだ。正直言って、万能なのか無能なのかよく分からない。
「ところで、榛名さんにプレゼントでもするとか?」
まあ、このまま会話が続くのも忍びない、とりあえず話を逸らしてやることにした。
「うん……白摘茶房のシロツメって、クローバーのことなのです。 日本語で、シロツメクサ……」
「へー、そいつは知らなかった」
「でも、枯れてるのばかりですね」
「冬は枯れてしまうのです。 でも、たまに生きてるのが……ほら」
少ししおれた四つ葉のクローバーを手折った穂波ちゃんが、大事そうに手の中に包み込む。
「冬に見つかった四つ葉のクローバーは、すごく幸運なのです」
「……そうなんですか?」
「ううん、勝手にそう決めてるのです」
穂波ちゃんが少し寂しそうに笑って、クローバーを包んだ手を胸の上に置いた。
うんうん、女の子っぽい仕草だなぁ。
「なんだ……でも、それもちょっと素敵ですね」
お、なんかゆのはも穂波ちゃんと意気投合している。
実は結構少女趣味かもしれないという疑惑がずっと前から俺の中で浮上していたが、やはりそれは正しいのかもしれない。
まぁ、普段の態度からはそんな姿は想像つかないが、外からの情報に影響されやすい性格なのは今に始まった事じゃない。
それにそういった素質は最初の方でも少し見えてた気がするしな。
「……」
「ん? どうした、ひめ」
「……なんだか複雑です。 元は、同じなのに……あんなに素直に、口に出来るなんて」
「……」
それは時の流れか環境の変化か、様々な要因から出来てしまった違いだろう。
多分、ひめも今ゆのはが口にした事と、同じ事を考えていたのかもしれない。
それを素直に表現できないのは、きっと苦しいことだろう。





町中をひととおりぐるっと散歩した俺達が、白摘茶房の前まで戻ってきた時だった。
白摘茶房のドアが勢いよく開いて、仏頂面の椿さんが飛び出してきた。
「あ、椿さん!?」
「……あ、拓也に……なんだ、全員おそろいか」
「こんにちわなのです」
「様子見に来てくれたんですか? 今日は昼までだったんですけど……」
「ん、まあ、そんなところだ。 榛名さんのお見舞いにね」
ああ、それで祐司さんと鉢合わせて喧嘩でもしたって寸法かぁ。
「……椿さん、祐司さんと喧嘩したんですか?」
「わっ、ひめ、直球過ぎるぞ!!」
「……いや、いいよ。 実際やっちまったんだから」
……ありゃ、結構潔いな。
いや、でもこれはこれで気にしているみたいな態度だ。
「コーヒーでも淹れましょうか? 結構落ち着きますよ」
「ん? ……ああ、有り難いけど、今はちょっと店には入りづらいね」
よく考えたらそりゃそうだ。今怒って飛び出してきたばかりの場所になんて行けないよなぁ。
「姉御、そういう時は身体を動かせばすっきりするって」
「……ゆのは、またなんかのテレビか?」
「……悪いですか?」
「いや、まぁ悪くは無いが」
正しい知識と同時に、微妙に曲がった知識も増えて行く一方だからテレビを全面的に見本にするのは正直止めて欲しい。
「……そうだな。 よし拓也、1ゲーム付き合え!! ほなみんは審判頼んでいいか?」
「え? あ、はいなのです」
……が、まぁ今回はその知識もいい方向に回ったようなので良しとしておこう。
人間どこかで諦めをつけていなければ疲れちまうしなぁ、あっはっはっは……



「―で、何かと思えば卓球ですか」
「他に何かあるか? ゲームセンターなんてシャレたもんはこの町には無いよ」
それもそうだ。そもそも、あっても需要はまったく無いだろうな。
なんせ老人人口がほぼ90%らしいし、そんなところでゲーセンが大流行してたら異様な光景が目に出来るだろう。
「そうですね、あんなうるさい場所この町には似合いませんし」
「ものは言いようってヤツかい? 素直に年寄りが多いから流行らないって言っていいんだよ」
「いや、そういうつもりでは」
まあ、そういう理由で、言い切ってしまえば若者向けの娯楽施設なんてものは皆無と言ってもいい。
娯楽施設と言えば、この公民館の将棋やら碁やらと、今俺達がやってる卓球くらいなものか。
「お、お待たせしました」
球を打ちあいながら、そんなどうでもいい事で話し込んでいると、少し息を切らした穂波ちゃんが駆け込んできた。
ちなみにゆのはとひめは、公民館ということでいつもの如く老人どもに御菓子をたかりに行っているみたいだった。
……もはや何も言うまい。
「ああ、もう始めてるよ。 まだ0−0」
「トイレ行ってたのか?」
「ち、ちがいます!!」
「こらデリカシーないやつ! そーゆーとこバカ親父と同じだな」
と、言う声と共にスマッシュが飛んできた。
「わわっ」
「1−0です」
飛んでったボールを拾って、俺のサーブから再びラリーがスタート。
「えーと。さっきは、祐司さんがお店にいたんですか?」
「ん? ああ、家の手伝いもせずになにやってんだ! って話になってさぁ」
「……お母さんと仲良くしてたんでしょう?」
穂波ちゃんも気にしているのか、セリフの歯切れが悪い。
「ああ……なんかね、ひとが店番してるのに、ムカつくんだよね」
「でも祐司さんと榛名さんのことは……」
「頭じゃ分かってるんだけどね……だいたいさぁ、親父に榛名さんはもったいないって」
「榛名さんは嬉しそうに見えたけど」
「……まあ、それもよく分かってるよ。 でもだいぶ歳食ってるし」
「そういうもんですか? まあ俺にはなんとも言えないですけどね。 もともと風来坊ですから」
「草津さんとゆのはちゃんは若いから、大人の恋はわからないと?」
「いや、それは何か趣旨がずれてるって」
穂波ちゃんの発言は、意図的にしろ偶然にしろ、時々微妙な毒がある時があるから正直苦手だ。
今回は、多分意図的。
「あははは……まあ、アタシもべつにいいんだけどさ、ただもっと身の程をわきまえろって言いたいだけで」
「あ、やっぱり付き合うのはいいんですか」
「まあ、ね。 ……子供までできちまってるんだから、どう妨害しろって話だよ」
「うん。でも私は、祐司さんとお母さんって、相性いいと思うのです」
「ほなみんはそう思うのかい?」
「うん……近くで見てると、両方とも幸せそうだから……」
「幸せそうって……榛名さんが?」
「うん、おかあさんも、祐司さんの事が好きなのです」
「……やっぱりほなみんは大人だね。アタシは自分が恥ずかしいよ」
思ったより動じていない穂波ちゃんに、椿さんがホッとした顔をする。
穂波ちゃんが大人だなって思わされるのは俺も賛成だ、普通はいくらか動揺してもいいものなのになぁ。
「……だめなんだよなぁ、アタシ。 さっきも喧嘩しちゃったし」
「気持ちは分かるのです」
「ほなみんは平気なの?」
「うん……平気なのです」
「あれ? 前は確か……っとと!!」
「2−0」
「私とおかあさんは女同士だから、なんとなく気持ちも分かるのです」
うーむ、前は平気じゃないって言っていたような気がするんだが。
「で、椿さんは、どんな流れで喧嘩になったの?」
「喧嘩って程のもんじゃないよ、イライラしてさ。 腰痛めてるくせにあのバカ親父、今日もポトフなんて作ってんだよ」
「ああ、昨日も作ってた」
「きっとリベンジなのです」
「ほんとにね、ろくに台所に立った事もないくせになにやってんのさ……って話よ」
「そういや、普段は渋蔵さんか椿さんが食事作ってるんでしたっけ?」
前に椿さんから直接聞いた話だ。
渋蔵さんが元板前だってのには本気で驚いたが、それで男子厨房に入らずの教育やってるのが不思議な話だよなぁ。
普通程度の料理が出来るようになってるあたり、撤回したかあきらめたかのどっちかだろうけど。
とりあえず祐司さんの熱意あっての方針撤回だろうなぁ
……いや、自分が料理作ってるからか? なんかそっちの方が可能性としては大きい気がする。
「ああ、でもアタシは気が向いたらだし、ほとんど渋蔵だね。 ていうか拓也気付いてるか?」
「なんですか?」
「元板前に素人料理食わせてたってこと」
「げげ!?」
「3−0」
いかんいかん、動揺してしまった。
しかし冷静に考えたら確かにそうなんだよな。そんな人に俺みたいな料理食わせてよかったのだろうか。
……にしても、演歌歌手と板前やってたっていうのは……俺と同じ、器用貧乏!?
「まあ、親父にはレシピ教えた事あるけどさ、前に作ったのはうろおぼえの出来損ないみたいなだったし、今回もそうなんじゃないかな……」
「でも、食えないほどでもなかったですが」
「ほなみんだって、料理苦手なのに、むりやり好きな人のためにつくろうなんて思わないだろ」
「……わ、わからないけど、そうかもしれないのです」
「穂波ちゃんにそういう話は早いって」
「……むっ!」
「そう思うか? てい……椿スマッシュ!」
「わたっ!?」
「4−0……マッチポイント」
「げげ!? せめて11点制で」
い、いや、それでも強い!
ここまで一点も取れないなんて、11点制でもやばいぞ!!



「ふーっ、スーッとしたぜ」
「はぁぁ、惨敗だあー! まさか3−0で負けるとは!」
「ひ弱な東京もんにゃ、負けませんって」
「拓也もだらしが無いですねー、せめて一回くらい勝たないと、情け無いにもほどがあります」
「そう思うなら応援くらいしてくれてもよかったんじゃないか?」
まあ、たとえ応援があっても、この力の差じゃ試合に何か変化があったとは思えないけどな。
「私達は町のご老人方の相手で忙しいですから」
「今日はどれだけ御菓子を貰ったのですか?」
「えーっと、キャンディーにふえラムネにビスケット……」
「わかったもういい」
結局のところ、こいつらはいつもどおりというわけだ。
ひめもクローバーの一件からなんか元気なかった気がするが、とくに損な心配は無さそうだな。


で、それから軽く雑談しながらゆのはな商店街に。
「ほんじゃね、また明日」
俺を相手にストレス発散した椿さんが、鼻歌混じりに店にもどっていく。
色々と悔しい気がするが、とりあえず元気が出たようでよかった。
「遅ぇぞ!」
店の中から渋蔵さんの声が。
……一応店主なんだからこれは自然な風景のはずなんだが、どうも違和感感じてしまうのは俺のおかしいわけじゃないよな?
「おたがいさまだろ! 店番のときくらいグラサン外せっ!」
「うるせぇ、こいつがワシのトレードマークなんでぇっ!」
「そもそも、なんで21世紀にキャッツアイなんかかけてんだ爺ィ、街はきらめくパッションブルーか!」
「……拓也、ぱっしょんぶるーってなんですか?」
「……いや、俺にもよく分からん」
あれがブルーだったのかフルーツなのか、いまだに俺には分からないんだよなぁ。
まあ、今はそんなことはどうでもいいか。
「元気だなぁ」
「ちょっと、うらやましいのです」
「穂波ちゃんも、オカルト話してるときは元気だけどなぁ」
「…………む!」
いてっ! 足踏まれたッ!!
「……お爺さん達と時代劇のことで話してるとき以外は、あまり話して無いのです」
「ん? そうだったか?」
……ああ、そういえばそうだよな。
なんか前回の事もあって、穂波ちゃん=オカルト好きの構図が出来上がっていたみたいだ。
うーん、オカルト趣味がなくなってきてるのは、やっぱ霊感が弱まってる影響なのか?



「お邪魔しまーす」
「しまーす」
で、4人そろって白摘茶房―ではなく桂沢家へ。
やはり主の性格が出ているのか、今日も変わらず綺麗に片付いている……ん?
「テーブルの上に何か……」
「これ、ポトフなのです」
そういや卓球の最中に椿さんが言っていたな。確かに鍋の中にポトフ……の残りがあった。
もう、榛名さんと祐司さんで食べた後みたいだな。
「でも、昨日より美味しそうに見えますね」
「うん、いい匂いだし……」
食い物と金に対する反応だけはものすごくいいんだよなぁ……
でも、確かに今日のコレはなんかいい感じになってるような気がする。
「……お、穂波ちゃん、そのお皿は?」
「ちょっとだけ、味見してみませんか?」
「おっけー、ちょっと恐い気もするけど」
「賛成です、今日のはなんだか期待できそうですし」
「私もそう思います」
お前等は期待できんでもとりあえず食いそうだよなー、と思ったが口には出さないでおいた。
穂波ちゃんが用意してくれた小皿に、それぞれポトフをちょっとだけ盛り付ける。
ゆのはとひめは味見にしては少し具が多い気がするが、気にしない。
「どれ……。 はむ、ふむ、ふむ……」
「あむ、ん、ん…………!? おいしい!?」
「おいしいです! 昨日と全然違います!」
「本当だ! 昨日のもそこそこ美味かったけど、こっちはものすごく美味いよ」
「……これ、ママさんが作ったんじゃないですか!?」
「ううん、お母さんはずっと寝室にいたのです。 それに味がぜんぜん……」
てことは……祐司さんがこれを?
「す、すげえぇぇっ!! 愛の奇跡だぜっっ!!」
「私達の奇跡に比べたら安っぽいですけど、確かに凄いです」
一言多いゆのははとりあえず受け流して、
「あ! これ……椿さんにも食べてもらったら」
「それだ穂波ちゃん!」
すげえ、ナイスアイデアだぜ!
とりあえず言ってるそばからおかわり取ろうとするゆのはとひめを制止して、俺はさっそくケイタイを開いて、別れたばっかりの椿さんを呼び出す事にした。



沈黙が支配する白摘茶房。
流石のゆのはも空気に圧されたか、少し神妙な顔で様子を見ている。
祐司さんが作ったポトフを前に、椿さんがなんとも言えない表情でカウンターに座っている。
「…………これ、親父が?」
穂波ちゃんがこっくり頷く。
椿さんは怪訝そうにフォークをブロッコリーに突き刺した。
「大丈夫かなぁ……はむ……ん、んむ……ん……」
「…………どうですか?」
「…………」
「…………椿さん?」
「これ……親父がつくったの?」
「うん」
椿さんが、黙って二口めを食べる。
「……はむ、んむ……んむ」
「…………あの」
「………………美味いよ」
穂波ちゃんがうなずく。
すると、みるみるうちに椿さんの瞳が潤んできた。
「ハ、ハハハ……なんだこりゃ? アタシのとぜんぜん違うよ、でも…………美味しいじゃん」
「……うん」
「ろくに料理もできなかったバカ親父がさ……無理し過ぎだって」
「でも、美味しいのです」
「ああ、そうだね」
目頭を指先でぬぐった椿さんは、それから、ちょっと嬉しそうな顔で窓の外を見た。
「あの二人、なにやってんだろ……」
「きっと、お散歩しているのです」
「散歩?」
「お母さんいつも、病み上がりにはお散歩して、それから華の湯さんに入りに行くから……」
「銭湯に? ぶり返すんじゃないのか?」
「風邪の時にお風呂はよくないって言いますけど……」
「ううん、みんなそう言うけど、お母さんは、それで治っちゃうからすごいのです」
「すごい荒療治だな……ん、それは?」
穂波ちゃんが、折りたたんだ小さな和紙をテーブルの上に出した。
「私達で摘んだ、四つ葉のクローバーです。 これ、椿さんから祐司さんに渡してください」
「……え?」
「お父さんも、プロポーズの時にお母さんにこれを渡したのです。 ……本当は、祐司さんがお母さんにプロポーズする時にも渡してあげたかったのですが……」
その時は結局渡せずじまい、か。
まあ仕方ないよな、穂波ちゃんだって今みたいに割り切れてたわけじゃ無いだろうし、椿さんも同じだったろうし。
「和紙にくるんで?」
「ううん、これはさっき公民館に行ったときに、もらったのです」
あ、なるほど! 卓球のとき穂波ちゃんが遅れてきたのはそのせいだったのか。
トイレなんて、悪いこと言っちゃったな。
「これを榛名さんに渡して来い……って、アタシが言うのか?」
穂波ちゃんがコクッと頷く。
椿さんは小さくため息をついた。
「ほなみん、アタシはもういいんだ。 あの親父が考えて決めたことなら文句はないよ……ちょっと拗ねてただけで、頭じゃ分かってるつもりだから……」
頭と心は別って言うけれど、こういうシーンを見るとそれを思い知らされる。
考えている通りに行動したいけど、心で割り切れない想いはどこかで戸惑ってしまう。
俺はそんなに人生経験が豊富だとは言えないけど、それでもそれはよく分かってるつもりだ。
「けど、ほなみんは本当にいいのかい?」
「…………」
「しつこかったらごめんな。もう、いまさらになっちまってるかもしれないけど、榛名さんとはずっと姉妹みたいに仲良しでさ、そんなにスパッと割り切れるものなの?」
「……いいのです」
「………………」
「この制服、似合ってますか?」
俺とゆのは達のほうを向いた穂波ちゃんが席を立つ。
「あ、ああ、似合ってると思うぜ」
俺に同意するかのように、ゆのはとひめの二人もこくりと頷く。
「これ、お母さんが作ってくれたのです。 洗濯するからって、二着も同じものを」
くるっとその場でターンする穂波ちゃん。長いスカートがひるがえった。
俺たちが黙っていると、穂波ちゃんは俯き加減に言葉を続けた。
「小さいころから私が好きだからって、ニンジンのグラッセはいつも星型に切ってあるんです。 私が食欲無くて、いいかげんに食べ散らかしたり残しちゃったりしたこともあるけど、でもみんな綺麗な星型なの」
「ほなみん……」
「ピーマンも苦手だからって、細かく刻んで、包丁をたくさん入れてくれるんです」
穂波ちゃんがギュッと拳を握った。
俺は、熱くなってきた目でそいつを追いかける。
「だから、お母さんはもう幸せにならないといけないの……」
「うん、うん……ほなみん……」
「冬だから四つ葉のクローバーなんてめったに見つからないのに、今日は見つけられたし……お母さん、ぜったい幸せになれるから」
「そう……そうだよね……ぐすっ……」
椿さんがもらい泣きでウルウルしてる。
それだけじゃない、俺の横にいる二人も、柄にもなくなんだか瞳が涙で滲んでるようにも見える。
俺も、思いっきりもらい泣きだぜっっ!
「やっぱり、アタシなんかよりほなみんはずっと大人だな…… これ……親父に渡してくる」
そう言うと椿さんは、もう一度目頭に溜まった涙を拭いて、受け取ったクローバーの押し葉を持って白摘茶房から出ていった。
なんにしろ、これでめでたしめでたしだ。
「ううぅぅぅ……穂波ちゃん! 俺は、俺は感動したぜっ、なんて健気なんだ!」
俺も椿さんも号泣モード入ってしまったけど、よく穂波ちゃんは泣かなかったよなぁ。
「……私は、そんなにいい子じゃないのです」
「……え?」
なんだ? 急に声のトーンが変わったような……
「運命ってなんだろう……とか、お父さんとお母さんがいっしょになったのは、運命じゃなかったの? とか……色々考えてしまうのです」
「……っ!?」
「……本当は、もっと素直にお祝いしてあげたい……でも、お母さんが祐司さんと結婚して、私も、お母さんも『桂沢』じゃなくなったら……お父さんが、一人ぼっちになってしまうから……」
……そうか、そうだよな。簡単にわりきれる問題じゃなかったんだ。
穂波ちゃんは、亡くなったお父さんが忘れられてしまうことを何よりも恐れて……でも、榛名さんの幸せを止めるような事もできなくて、ずっと、板ばさみの状態で悩み続けていたのか。
「……穂波ちゃん……」
「いいのです。 もう、私のわがままで、お母さんの幸せを、先延ばしになんてしたくないから……」
……子供が出来たにもかかわらず、未だに二人が結婚していないのは……穂波ちゃんの、この意思もあったからじゃないかと、なんとなく俺は察していた。




その後、椿さんの提案で高尾酒店の2階から、二人が華の湯から出てくるまでを見届けたが……その後の、あのクローバーを手渡すシーンまでは見ることが出来なかった。
穂波ちゃんの気持ちを考えると、なんとなく、直視できなかった。
「ほなみんも、あれで色々複雑なものを抱えてるんですね」
「ゆのは……」
「私もバカじゃありませんから、大変なことくらい察せます」
「運命……それを言ってしまえば、私がととさまやかかさまと引き離されてしまったのも……何もかも、決められていたことになってしまうのか……と、私達にとっても、その言葉は、他人事ではないですから」
「…………」
そうだよな、この二人も、そんな不条理な人生に流されて……神様として、人間としてここにいる。
でもそれを運命として認めてしまっては、あまりに哀しすぎる……か。
この日は、色々と考える事が多すぎて、俺が眠りにつくのは、いつもより少し遅かった。


 

 

12/24(前編)へ続く


 


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