―12月24日― (前編)
 

 






「さ、さむひぃ……ふんっ  ……ふぅむぅ……ふぅ……ぬくぬく……」
……
「くしゅ」
うう……なんかさむひ……。
「くしゅっ!! な、なんかさむひぞ……」
自分のくしゃみと寒さに負けて、俺はもぞもぞと起きあがった。
うう……  さむいわけだ……、俺、布団かけてないじゃないか!!
「くしゅ……うう、さむさむ」
ゆのはじゃあるまいし、俺、こんなに寝相悪かったっけ?
「くしゅっ」
むぅ。 取り敢えず起きてしまおう。どうせ、布団も冷たくなっちまったし。


がばりと跳ね起きて、うーんと伸び!!   みるみる消え去っていく眠気!!
で、ケイタイを見りゃ、セットした時間2時間も前じゃん!! すげーはやっ!!
いくら俺でも、何らかの事故がなければ、こんなに早く起きるわけがない!!
つまり、何らかの原因があった、と言うコトになる。
この部屋で、原因となるような物は……
「ま、まさか!!」
部屋の隅のヨロイが動いたとかっ!!
「だいまじーん、AH  HAHAHAHA!! ってか? ありえねー」
ま、そんな冗談はさておき、冷静に考えてみりゃ、俺にとっちゃわりといつものコトだ。
そう、俺の隣で寝ている元神様自称15歳正式年齢不明、ただし精神年齢は未だガキ。
「うふふぅ……おふとんぬくぬくぅ……」
冬場に布団を剥ぎ取られるのは、3年前から数えてももう何回目だろうか。
おかげで何度予定時間より必要以上に早く起こされたことか。
とはいえ、何度も繰り返されているだけに今更仕返しするのもバカバカしい、おれも寛大になったものだなぁ、はっはっは。
「…何をひとりで笑ってるんですか?」
「おお、ひめ。 起きていたのか。 いや大したコトじゃないぞ、俺もゆのはとの付き合いに慣れたものだなぁと」
「…………3年も一緒にいれば慣れもすると思いますが」
「おお、それも一理あるな……って、なんか嫌な夢でも見たか? 変な顔して」
「そんな顔、してませんよ」
うーむ、一瞬だが妙に落ち込んだような哀しそうな怒ってるような、複雑なものが見えた気がしたんだがなぁ…
ゆのはよりは素直だが、ひめもそこそこ強情だからなあ。これ以上聞いても答えなさそうだ。
「拓也さん、ゆのはちゃん、ひめちゃん、おはようございまーす」
と、考えているといつものようにほわほわ笑顔のわかばちゃんがふすまをあけて現れた。
「わかばちゃん、おはよう」
「おはようございます、わかばさん」
「拓也さん、今日も早いですねー。 ひめちゃんも今日は早いねー」
「……たまたま目がさめただけで……まだ眠いです」
と、言うがいなやばふっともといた布団に倒れ込むひめ。
そりゃ俺みたいな大人はともかく、小さな子供が予定の2時間も早く起きてりゃこうなって当然だ。
でも二度寝って予定以上に長く寝てしまうんだよなーなぜか。
「ゆっくり寝てろ、飯できたら起こしにきてやるから」
「くぅ……すぅ……」
ってもう寝てやがるし。






全く起きる気配のないゆのはと、ふたたび床についたひめをそのままにして、俺はわかばちゃん達を手伝って朝食の準備。
んで完成!!

「おばあちゃん、お代わりです」
「はいはい。たんとお食べ」
「すごーい7杯目です!!」
食う飯の量にはもはや何も言うまい。
ゆのははいつものごとく4杯目を食べ終えたところでごちそうさまだ。
とりあえず思うのは、食う量少なくなってるならせめて味わって食えということだ。
……まあ、それはそれとして、ひめの様子に変わったところは無いよなぁ。
今朝のあの表情、妙にひっかかるんだが、この心配はマトハズレだったのか?
「拓也さん? どうかしましたか?」
「どうせくだらないこと考えてるのよ」
「くだらなくて悪かったな、というかなんでごく自然に由真がここに座ってるんだ?」
とりあえず今の今までスルーしていたが、朝食ができるころになって由真が食卓に座っていた。
わかばちゃんが何も言わない事から考えると、別に珍しいコトではないのだろう。
「それは当然、あんたがわかばに変なコトしないか見張ってるのよ!!」
「変な事って?」
「わ、わかばは知らなくてもいいの。 わかばは笑顔で私の傍にいてくれれば」
「あ、それより拓也さん、ちょっと相談があるんですけど、いいですかー?」
見事に一刀両断、しかもわかばちゃんは無意識なのがまたあわれだ。
まあ、また自分の世界に陶酔してるみたいだから気づいてないみたいだけど。
「あの、今日は華の湯を手伝って欲しいんです」
「……なんですってぇっ!!? わかば、なぜなのわかばぁ!!? なんでこんなヤツを頼ったりするのよぉ!!?」
「あ、戻ってきたみたいです」
「あのですねー、前に拓也さんにやってもらったサービスの評判がよくて、またやってほしいって言う人が多いんですよ。 昨日と一昨日は白摘茶房のお手伝いで仕方なかったと思うので皆さん何も言いませんでしたけど……」
「OK。 評判になるとは思ってなかったが、なってみるとうれしいもんだな」
「わ、わかば、爺さんのマッサージくらい私がやってあげるから、居候なんかに頼らなくても」
「だめだよー、由真は『たがみ』に行かないと」
「そんなのどうだっていいわ!」
「よくないよ、アルバイトだってちゃんと働くっていう約束なんだから、ちゃんと行かないと」
わかばちゃんってこういう時はいつも凄いと思う。正直俺だとこうなった由真の勢いには対応出来るとは思えない。
一切動じず、はっきりと正論を言えるのはわかばちゃんならではなんだろうなぁ。
「くううぅぅ…… わかばにそこまで言われたら、引くしかないじゃないの…………はっ、そうだ」
……なんかものすごく嫌な予感。
「居候の手伝う気をなくさせればいいんだわ。 そうすれば、やさしいわかばは無理矢理バイトにさそうなんて出来るはずがない。 そして自然と居候は華の湯から離れていくはず!!」
「……お兄ちゃん、なんだか身勝手なストーリーができてるみたいですけど……」
「ほっとけ」
もう、何も言うまい。
「あ、そうだわかばちゃん。 バイトの前に……ちょっと榛名さんの様子を見に行ってもいいかな?」
「あ、はいー。 かまいませんよー」




で、いつものように渋蔵さんが来て、いつものように朝の挨拶を交わした後……俺達3人はひとまず白摘茶房へと向かった。
「おはよーございまーす!(×3)」
「おはよう拓也くん、ゆのはちゃん、ひめちゃん。 昨日までお店を任せちゃってごめんなさいね。 本当にありがとうございました」
「い、いやぁ! そんな、ははは」
「いえいえ、困ったときはお互い様ですからー」
確かに助かった事は助かったが、ゆのは達は食いまくってただけの時間も十分多かったような気もするが。
そこは時間を食うから今はスルーして……
「マスターこそ、調子はいいんですか?」
「うん、元気元気っ! もう、お料理作れなくて欲求不満になっちゃったわぁ」
「……でも、今日はお昼まで休みなのです」
「はぁい……」
「……あれ、もしかして手伝った方がよかったですか? 俺わかばちゃんに華の湯のバイト頼まれちゃったんですが……」
「はい、そのことなら、今朝お姉ちゃんから電話で聞いたのです。 お母さんの体調がいいようなら、草津さんのお手伝いを頼んでいいかって」
うーむ、先に確認をとっておくとは、わかばちゃんもなかなか思慮深いというか配慮というものがよく分かってる。
でもこっちもこっちで気を使うタイプである事には変わりないしなぁ……
「草津さんは気にしなくていいのです。 どのみち、今日はランチタイムからのつもりだったのです」
なんか仮店長みたいな態度も妙に板についてしまったような感じだ。
まあ、穂波ちゃんはぱっと見儚げな印象あるから、ちょっと強気なくらいで丁度いいと思うけど。
「そっか。 じゃあ、遠慮なく華の湯の手伝いに行くことにしますよ」
ここまで決めてるんならもはや口出し無用だろうな。 でも、後で休憩もらったら一回見に来ることにしよう。
「……あ、穂波ちゃん」
「なんですか?」
「……いや、今日も頑張ってね」
昨日の別れ際の会話が、俺には少し気になっていた。
本来の父親である陽一郎さんのことを想い、榛名さんと祐司さんの結婚に複雑な想いを抱えてしまっている穂波ちゃん。
……声をかけようとも思ったが、今の俺にはなんと言っていいのかわからなかった。





「ふわぁぁあぁぁ……」
華の湯まで戻ってくると、高尾酒店の前で椿さんが盛大なあくびをかましていた。
「椿さん、夜更かしでもしたんですか?」
「ん? なんだ……拓也かい。 …………まぁね」
なんかもう人前だと言うのに明らかに眠そうだ。
「夜ちょっと励みすぎて、うー腰が……」
「励むっ!?」
いや何を考えている俺。いくら腰に来てるからって別にそう言う意味では。
「……椿さん、一応おにいちゃんも仕事前なんで、変な冗談は……」
「おや、ばれたかい? ひめちゃんは鋭いねぇ……ふわぁぁ……」
……なんか、俺っていいように遊ばれてるよなぁ。
とはいえ、眠そうなのは嘘でも演技でも無く、どうやら本当らしい。
「というか、小さい子がそういう冗談を理解してるって方が驚きだな。 拓也、なんか変な事……」
「すくなくとも俺は教えてません」
というか、最初に誘ったのはゆのはの方でしたから!!
……と言ったら後々むちゃくちゃ言われそうなので言わないでおく。
「で、なんでそんなに眠そうなんですか?」
「ひみつ」
「そうですか」
まあそんなに追求する事でもないか。
それよりもうすぐ華の湯も開店時間だ、俺もそろそろ戻らないと。






「はい、三分経ちましたぁ」
ストップウォッチを手にしたひめが高らかに宣言。
ちなみにゆのはは、しばらくは俺達の傍にいたが、見てるだけでは退屈になったのか散歩に出かけてしまった。
「はやいのー、もう3分かい」
「どうですか? 楽になりましたか?」
「息子さんはおいくつですか?」
「確か……四十になったかのー」
「息子さんにひさしぶりにモンでもらったらどうです? きっと俺より心がこもっていて気持ちいいですよ」
「してもらおうにものー。 もう十年もあってないのでのー」
「そ、そうですか」
「年に一回、遺言状を書き換えておらんか、電話でさぐりをいれてくるだけじゃのー」
わわっ。 へ、へびーだ。
「あー」
「ご利用ありがとうございましたぁ!! また『華の湯』をごひいきに」


「ふぅ……」
ようやく一段落。
制限時間を三分にしても客待ちが出るほどだったが、ようやく人が途絶えた。
「大盛況です、拓也にしてはいいアイデアのようです」
「そうか、ひめがそう言ってくれるとはなんか嬉しいなぁ」
まあ、確かにわかばちゃんが言ってた通りこないだの評判はよかったらしく、前よりは客が増えている。
ちょっとは『華の湯』に貢献できてる実感。
ちなみに、呼び方に関する約束はやってあげたいが、客がいては仕方ないし、外だとどこに誰がいるかわからないので、とりあえず往来ではひめと呼ぶことにしている。
「でも、ただで揉むより、やはりお代を頂くべきと思います」
「でも、俺、素人だし。 お金を取る訳にはいかないぜ」
「大丈夫です。名人も、最初は素人です。 お代を取っている内に旨くなればいいのです」
「でも今更お代つけるわけにもいかんだろう」
とりあえず二日目だし、今料金なんかつけたら文句がどこからともなく飛んできそうだ。
「ふふん!! いい気になっていられるのも今のうちよ!!」
と、妙な笑顔を振りかざして突然現れるのは宇奈月由真。
「別にいい気には」
「せいぜい自分のアイデアで、墓穴を掘りまくる事ね!!」
「なんだありゃ」
「……今朝の独り言を実行するつもりなんじゃないですか? どんな方法かは知りませんが」
ああ、そういえばそんな事も言っていたな。
由真の事だから心底本気で言っていた事なんだろうけど、正直それほど危機感と言うものが感じられない。
ヤツの行動は、直接殴られでもしない限り、言わせて貰うと空回りばっかで全然恐くないのだ。
「あ、しぶぞうさん」
「よう青年。 それとお嬢ちゃんにゃお土産だ」
「わわっ。 これ、ちょこれーとですっ! 凄い貴重品なのに!!」
…前々から気になってたが、ゆのはとひめの感覚っていつらへんで止まってるんだ?
いや、ゆのはは俺との旅でそれなりに今の文化に馴染んできたみたいだけど。
「はぁっはぁっはぁっ!! ワシに任せりゃこんなモンよ!!」
「今日も風呂に?」
ヒマな人だなー。 ま、この町は暇人だらけっぽいが。
「おうよ!! 出たらサービス頼むぜ」
「一回三分です」
「なぬぅ、時間制限かよっ!! 随分とけちくさくなっちまったなぁ」
「すんません。 客多いもんで」
「でも、しぶぞうは特別に四分です」
「小僧と違って、お嬢ちゃんはナシが解るねぇ」
おそらくチョコレートのせいだな。
「じゃ、小僧。 また後でな」
上機嫌で華の湯の中に入っていく渋蔵さん。
まあなんというか……こういう事はひめもゆのはも変わらないもんだな、やっぱり。
「ありゃ……ふぅん。 なるほど」
「どうかしたんですか?」
なぜか唸り気味の声を出した渋蔵さんが俺の前に戻ってきた。
「小僧。 張り切りすぎは体に悪ぃぜ」
「え?」
渋蔵さんは俺の目の前に、一枚の紙切れを突き出した。
「駄目ですよ。サービスの案内を剥がしちゃ!!」
「はぁん。そういう事かい。 小僧知ら無ぇのか。 ふぅむ」
「なんのコトですか?」
「まぁ読んでみろ」
『期間限定肩もみサービス始めました。 時間は営業時間中で、草津拓也が入り口にいる間です』
文面は三日前と何も変わり無かった。
「なになに……、なお追加さーびすとしてお背中もお流……お流しします」
「ええっ?」
俺はもう一度自分が書いた文章を読んだ
『期間限定肩もみサービス始めました。 時間は営業時間中で、草津拓也が入り口にいる間です』
という文章の続きに、俺の字に輪をかけて汚い上に、ボールペンで書かれた字が。
『なお、ついかサービスとして、お背なかもお流しします』
「い、いつのまにっ!! さっきまでこんなコトは……あ」

『ふふん!! いい気になっていられるのも今のうちよ!!』

「山猿かっっ!!」
「山猿ですね」
あいつ、せめて俺の字をまねるとか、同じ画材で書くとかの知恵はなかったのか?
「これは俺が書いたんじゃありません」
「ま、そうだろうな」
「俺ならこんな風に書きません」



ぺたりこ

「さて、これでヨシ!!」
俺は、『華の湯』の入り口に、紙をはりつけなおして満足。
「お兄ちゃんって……絶対に馬鹿です」
「挑戦されたら受けて立ってこそ男!!」
「無駄に熱いな青年!! 悪かぁねぇぞ」
紙には太めのサインペンでくっきりと。
『期間限定肩もみサービス始めました。 時間は営業時間中で、草津拓也が入り口にいる間です』
という文章に続いて。
『なお、男性客に限ってはお背中をお流しするサービスもあります。 ただし多忙の時はお断りする事もあるのでご了承下さい』
「余計な仕事をまた……。 しかも付け加えた内容も変な気がします」
「ひめ、お前は判ってないな。いいか、俺は男だ、女湯に入って背中を流すワケにいかないのだ」
「うむ。なかなかの正論」
「そんな事より、追加料金取るって書けばいいのです!!」
「俺、背中流しのプロじゃ無いし」
そんなプロがあるのかどうかは知らんが、少なくとも俺には金が取れるほどの腕は無い。
「うむ。 その言や良しっ!! 男はそうでなくっちゃいけねぇ」
「もう……これじゃ全然お金が貯まりません……」
「と、言うワケで早速、ワシの背中を流してもらおうか」
「了解です!!」
げんなりと萎えるひめはほうっておいて、俺は軽く腕まくりをして戦場へと赴いていった。


「あれ? 拓也さんどうかしましたかー」
脱衣所に入るがいなや、不思議そうな顔をしたわかばちゃんの声
「挑戦を受けて立つのさ」
「そーなんですかー?」
「おうよ。じゃ、行くか!!」
目の前には、すでにタオル一枚腰に巻いただけの渋蔵さんの姿。
……っていうか脱ぐのはやいなこの爺さん。この冬なのに服一枚だけだからか?
と、余計な事は考えないで、とにかく、いざ戦場へ!!

「もっと力入れろ青年!!」
「これくらい?」
「もっとだっ!!」
「こうですかっ?」
「もっとだっ!! 親の仇の背中と思えぇっ」
「こうかぁっ?」
「もっとだぁぁっっ!!」
「うぉぉぉっっっ!!」
「ぎぃぃぃぃっっっっ!! いいぞぉっっ!! 背中が破けそうだぜぇぇっっ!!」
「……あー」
「どうした青年?」
「周りひいてます」
「くぅぅっっ。沁みるぜぇぇぇっっ!! これくれぇじゃなきゃ、流した気分にゃならねぇなぁ」
流したりもんだりもんだり、もんだり流したり流したり。
そんな慌しい時の流れの果てに、いつの間にやら午前中は過ぎ去って行った。



「受けて立つとは、居候にしては根性あるじゃない。 ……でも、次の作戦には耐えられるかしら?」
と、バイトを抜けてまで様子を見に来ていたらしい由真に俺が気付く事は無かった。


 

 

12/24(後編)へ続く


 


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