―12月24日― (後編)
 

 






「うわ、すごい人だな……」
昼にはいって少し休憩をもらった俺は、早速榛名さんの様子を見に白摘茶房に向かった。
どうやら榛名さんが復帰するのを聞きつけて、一気に人が押し寄せてきたらしい。
ついでに鎮守祭りの打ち合わせのお爺ちゃんたちも押し寄せてきて、店の中はちょっとした移民船状態だ。
病み上がりで、メニューも少し楽なものになってるようだけど、こんなに大勢お客さんが来るとは、榛名さんも計算外だっただろう。
「うーん、これじゃあケーキは無理ねぇ」
「ケーキ作るつもりだったんですか?」
「あら、拓也くんこんにちわ。 だって、今日はイブじゃない?」
「あ、そういえば!」
昨日までドタバタしてたし、町は鎮守祭りムード一色だったから、完全に忘れてた。
「いつもはね、クリスマスケーキをお店に出すのと家庭用と、両方作るの」
「へぇ、榛名さんのクリスマスケーキですか。どんなケーキなんだろ」
料理好きで料理万能な榛名さんのことだ、きっとすごい手の込んだデコレーションケーキとかが……
「それがね、イチゴの乗ったショートケーキなの、すごく普通のやつ」
「へぇ」
そりゃまた意表をつかれた気分だ。
「穂波ちゃんが好きなのよ、イチゴのショート。 ウサギみたいで可愛いって」
「はは、女の子らしいな。 そういえば似てますね」
ふと、昨日の穂波ちゃんの言葉を思い出して、まだ胸の辺りが苦しくなる。
……運命って、誰もが割り切れるものじゃないんだよな……
「それにしても穂波ちゃんって、本当にしっかりしてますよね」
「インターネットを始めてから、なおさらねぇ。 でも、中学校に入ってからお部屋に鍵をかけるようになっちゃったの。それが寂しいわぁ」
「俺、ネットとかあんまり得意じゃないんすよ、穂波ちゃん、すげえなぁ」
「そうね、でもパソコンは1日3時間までって決めてるの。 そうじゃないと、お部屋にこもりっぱなしになっちゃいそうで」
「平気ですよ、穂波ちゃん散歩好きだし」
「そうね、すぐ外に出てっちゃう子だから……」
榛名さんが困ったような顔で笑う。 やっぱり、穂波ちゃんのことは、いろいろ心配してるんだなぁ。
「あ、そうそう、クリスマスって言えば、こんな話があるわ」
「なんですか?」
「クリスマスプレゼントで10カラットのダイヤモンドを妻に送ったトムと、それを知った友人のブラッドの会話……」
「(ブラッド榛名)ヘイ、リッチだなトム。でも、お前のワイフはスポーツカーを欲しがってたんじゃないのか? そっちのほうがまだ安かっただろう?」
「(トム榛名)でもスポーツカーに偽者はないだろ?」
「あの……ランチ早くしてください!」
「あ、あらあら……! ごめんなさぁい。今すぐ!」
穂波ちゃんにまつわる昔話かと思った俺が甘かった。
しかしまあ相変わらず微妙にブラックなジョークがよく出てくるもんだ。
でもまあ、なんというか、榛名さんが復調したことは確かみたいだ。
「穂波ちゃん、おつかれさま」
「草津さん。 様子見に来てくれたのですか?」
「まあ、そんなとこだ。 榛名さんが大丈夫そうで安心したよ」
「はい、私も安心したのです」
「穂波ちゃーん、ランチおねがい」
「は、はーい。 草津さん、失礼します」
穂波ちゃんも、お店の仕事に戻っていった。多分ランチタイムいっぱいはこんな調子だろう、これ以上いすわってても仕方ないな。
でもま、これでこのランチタイムが終わればいつもの白摘茶房に戻るだろう。
大きな心配は必要無さそうだな。
「こんにちわ、いやー、凄い人だね」
「あ、尚樹さんこんにちわ」
「拓也君も来てたのかい。 榛名さん、もう身体は大丈夫そう?」
「ええ、見ての通り元気に働いてるみたいです」
「そうか、それはよかった。 こっちも大苦戦だよ。 どうしても50口径三連装砲の渋みと迫力が水彩では出せなくて……」
「こら、デンキ屋! お祭りの準備もしないでいつまで遊んでるのっっ」
うわ、なんか今日一番接触したくないヤツが……
「わわ、由真ちゃんか……!! はぁぁ、椿ちゃんかと思ったよ」
「この件については、椿さんもアタシも一緒! 船のオモチャなんていいから、ちょっとは手伝いなさいっ!! もう明日なんだからっ!」
「もう明日なんだから、いまさら僕の出番なんて……ぐあああっ!」
「なに? もう一度?」
「痛い痛い痛いっっ!! う、う、腕がもげる……っっ」
「すげぇ、チキンウイングアームロックだ」
「クリスマスにちなんでみたのよっ! ……って居候、なんでこんなとこにいるのよ」
「休憩もらったから、榛名さんの様子を見に。 元気そうで安心した」
「ふーん、ならさっさと華の湯にもどりなさい、お客さんが待ってるわよ?」
……明らかに何かたくらんでる言い回しだな。いつもなら絶対『このままここを手伝えば?』と言うはずだ。
「ぐあああっ、痛い、痛い!!」
「まあ、言われなくてもそろそろ戻ろうかとは思ってるけど、そろそろ本気で折れるんじゃないか?」
つーかこっちと会話しながら全く腕の力が緩んだ様子もない。
正直コイツに肉弾戦で勝てる奴っているのだろうか? 熊殺しなんてかるくやってのけそうな気がする。
「ああ、そうね。 さあデンキヤ、タップはなし! おとなしく手伝うなら放してあげる!」
「ぐあああっ、し、しかし……しかし僕には、有明の神聖な祭りがぁぁ」
「宇奈月家の伝統を汚すこの非町民、許すべからずね! ていっっ!」
「伝統って……おお、そういえばゆのはな町を作ったのは宇奈月氏だって話だったな」
これはゆのはから聞いた情報と、あちこちの図書館なんかでちょくちょく調べていた知識だ。
ゆのはが見守り(?)続けていた歴史というのも気になるし、今ではゆのはな町の歴史に関するちょっとした知識なら蓄えているつもりだ。
「あら、よく知ってるわね。 その通りよ、ここが鬼が島ならアタシは桃太郎。ここが連邦ならアタシは白いヤツ!」
「こ……ここがマタパン岬沖なら、由真ちゃんは戦艦ウォースパイト……ぐああ!」
「意味不明な例えをするなっ」
「誉めてるのに……誉めてるのに……いい」
「わかったわかった……ほら、離してあげるわ」
……軽く俺の知識を披露してやろうかとも思ったが、宇奈月氏が没落するところまで口にしてしまっては、物理的にやばいことになりそうだ。
触らぬ神に祟り無し、壊さぬ祠に祟り神無し、暴れる由真には近寄るべからずだ。






そして、バイトも午後に差し掛かり―


「どうしてイキナリこんな忙しいんだ!!」
と、青空に向かって吠えてみても、事態は解決しないのだった。
午前中はそうでもなかったのに、なんか午後になってものすごい数が増えている気がする。
いや、まちがいなく増えている、つーか増えすぎ!!
「……この人達全部から料金取れば、凄い金額になるのに……」
「だからそれはもういいって」
言ってる事はもっともだが、それは俺の中の正義が許さない。
「あ、渋蔵さん」
また一人終えて、次の背中へと向かうとそれはお得意様だった。
「随分と盛況じゃ無ぇかこの野郎」
「御陰さまで……って、ひめナニ喰ってんだよ」
「お兄ちゃん。これはぽっぷこーんって言うおいしい食物なんですよぉ」
「な、うめぇだろ?」
「うん、おいしい」
ポップコーンはワイロかっ。
見返りにひめのヤツ、俺に四分やらせるつもりだな。
「なんですか、お兄ちゃん?」
「なんでもないよ、妹よ」
俺達はフレンドリーに微笑みあう。
あーもーどうでもいいですよー、なれましたよーこのていどのしうちくらい。
「いやーずいぶんとこってますねー」
「なんだぁ青年、全然力がはいってねぇぞ」
おっと、意識から力を抜く余り、物理的な力もぬけてしまっていたらしい。
「くぅおぅっ。 かぁっっ。 いいっ、いいぞぉ青年!! その調子だ!!」


表に客来りゃモンでモンでモンでモンでモンで。
表が片付きゃ浴槽で流して流して流して流して。


「ふぅ……ありがとうございました」
ようやくあいたちょっとの間で俺とひめは一息ついていた。
と言っても、ひめは老人どもから飴やらなんやらをせびりつつ、ストップウォッチを眺めていただけだが。
「ほっほっほ!! 居候、随分と忙しそうじゃない」
と、いきなり現れる由真。
……たしかこいつ、わかばちゃん情報によると、今日は午前中『たがみ』のバイトで、午後は祭りの手伝いだったよな?
なんか午前も午後もまともに仕事して無い気がするんだが……
「まぁね、おかげさまで」
とりあえず、余計な事は言わないでおこう。
「アタシにせいぜい感謝するのね!! アンタのサービスを、午前中に『たがみ』と公民館で大々的に宣伝してあげたんだから」
「…………」
どういう風の吹き回しだ?
「普段、『華の湯』に足を向けない不届きな客も、アタシのおかげでここへ来てるハズよ!!」
「昼入ってから妙に忙しいのはお前のせいかっ!!」
「お前とはナニよお前とは、由真様とおいい!! アンタのコトを宣伝してやってるんだから!! ほーほっほっほっほ!!」
「……拓也、ここは発想の転換です、山猿の作戦を利用して、お客がいっぱい来たのを理由に給料を上乗せしてもらうのです!」
すかさず俺の耳元でそうささやいてくるひめ。そこまで考えられるおまえの発送には恐れ入る。
だが、だがなひめよ、激しく働いてるのはお前じゃ無くて俺なんだぞ!!?
「そういえばチビ……もといひめちゃんは、ずぅっと居候を手伝っているの?」
「はい、そうですよ。 朝からずぅっとずぅっとでくたくたです……」
「お前は爺さんや婆さん達からもらったスナックや菓子を食いながらストップウォッチ見てるだけじゃないか!!」
「ひめちゃん、ひどいお兄ちゃんだね。 一生懸命なひめちゃんに、あんな罵詈雑言を吐くなんて、最低ね」
「ううん。お兄ちゃんはちょっと疲れてるだけなんです。 本当はとっても優しいお兄ちゃんですから」
「まぁっ!! なんていい子なのかしら!! アタシ感激しちゃったわ!! ご褒美に由真お姉ちゃんが、『白摘茶房』のストロベリーパフェをおごってあげる!!」
「え? ……わーい!!すとろべりーぱふぇだぁっ!」
ん? なんか今ひめのセリフに妙な間があった気がしたが……?
いや、それより由真の表情のほうが気になる。 まさか今なんか仕掛けてきてるのかっ!!?
「おい、なんだその邪悪な笑いは!!」
「はて、なんのコトかしら? じゃ、ひめちゃん、行こうか!!」
「あ、ちょっと待ってください」
と、一旦言葉を遮ったひめは、服の袖で口元を隠すようにして、ぶつぶつと何かを口にしている。
「……天地万物を以下略、我が声を―」
……おい、なんか今神力使わなかったか?
「それじゃ、由真さんいきましょう!」
俺が人前で神力がどうこう言葉に出せないことをいいことに、こっちが何か言う前にさっさと由真と一緒に立ち去ってしまうひめ。

……って、おい。 誰が時間を測るんだよ!!
「おい」
「あ、はい、なんでしょうか?」
「サービスって言うのをしてもらおうか?」
「はい、ただいま」
おおおっ!? また人が並びはじめてるよ!! 一人でさばけるのかこれ?
「後が仕えてるんだ早くしろ!!」
「そうよ!! なにモタモタしてんのよ!!」
一見小さな子に見えるゆのはの目がないから、言い方もきついっ!!
でも、やるしかないか。




「なにぃ? 3分経ったからどうしたって?」
「一人3分なんです」
「俺はまだ満足しちゃいないんだよ!! 紙にはそんなコト書いてなかったぞ」
そこまで元気なら、肩もみいらないのでは?
「ですから、このサービス好評みたいで、お客様の人数が思いの外多くて、仕方が無く時間制限をするように」
「兄ちゃん、手抜いたろ? それに俺の時計だとまだ一分なんだが」
わぁっ。このおっさんタチ悪!!
ひめが時間測ってりゃ、こんな文句言われないんだろうなぁ。
見た目あんな子相手にすごむなんて、恥ずかしいもんな。
俺が好青年だと思ってしたい放題かい!!
ちくしょー、ひめのやつどこほっつき歩いてんだよぉ?
俺が生まれてこのかた、これほど熱烈に切実に神を求めた瞬間は無かった。
「拓也、大丈夫ですか!!?」
「ゆ、ゆのは!!?」
神はいた、元、という肩書きつきだが。確かに神はいた。




同時刻:白摘茶房

「ご注文は、お決まりになりましたか?」
「ええと……、コレ。 この綺麗で華やかで大きいのお願いです!」
「ストロベリーパフェスペシャルお一つでよろしいですね?」
「はいっ! 宜しいです!」
「ストロベリーパフェスペシャルお願いします。 では、ごゆっくりどうぞ」
「ああっ。 ぱふぇすぺしゃる……とっても楽しみです」
「……チビ子……アンタ遠慮とかって無いの?」
「だって、食べたコトない物ばっかりですから」
「だからってメニューの端から順番に注文するかっ!!」
「まだ半分もあると思うと、嬉しくてめまいがしそうです」
「アンタ……全部食べる気じゃ……」
「……お兄ちゃんひとりで苦労してるだろうなぁ」
「くぅクソ生意気なチビめぇっ!! でも、ここでチビを帰したら、居候をラクさせるコトになるわっ!! 明日の為に耐えるのよアタシ!!」
「由真さん、ナニひとりでぶつぶつ言ってるんですか?」
「な、なんでもないわよ。 好きなだけ注文しなさい!!」


「……ふふ、私がいなくても、もう一人手伝える人はいるのですよ」






「いやー、ゆのは、助かった。 俺一人じゃさばききれなくて」
ゆのはが戻ってきて手伝いに入ってくれたおかげで、何人もいたクレーマーは一気に勢いを無くしてくれた。
子供効果ってのは凄いというか、ホントここんな女の子にらみつけるのはかっこわるいもんなぁ。
「って、そういやひめに呼ばれたんだよな? どうやって?」
電話を使おうにもケイタイなんてゆのはには持たせてないはずだし……?
「……神力で語りかけてきました」
神様が関わっている会話だけに、俺にだけ聞こえるような小さな声。
なるほど、それでようやく合点がいった。あの時呪文(思いっきり省略してたけど)を唱えていたのはそのためだったのか。
やっぱ冷静な分頭が回ってると言うかなんと言うか。
……こっちのゆのはにも、そのくらいのねぎらいがあってもいいものだけどなぁ……
「……なにか失礼なコト考えてませんか?」
「いや、なにも。 愛してるぞ、ゆのは」
「わ、わわ、いきなり何言いますか! 不意打ちです! ずるいです!!」
ちなみに、気になる神力テレパシーのお値段は100円だったらしい。

―お賽銭 0044400―

このあとは、実に順調だった。





夕刻:白摘め茶房

「ご注文は、お決まりになりましたか?」
「ええとええとええと……、これとこれと、これとこれお願いです」
「クリームソーダ。オレンジジュース。バナナジュース。トマトジュース。でよろしいですね?」
「はい、宜しいです!」
「クリームソーダ。オレンジジュース。バナナジュース。トマトジュースお願いします。 では、ごゆっくりどうぞ」
「ああっ、しあわせですー」
「…………はぁ……今月のバイト代が……」
「由真さん、どうしたんですか?」
「なんでもないわ……もうすぐメニューの最後のページね……」
「終わっちゃうんですね……」
「やっと終わるのね……。 かわいそうなかわいそうなアタシの財布……」
「御客様。ディナータイムがやって参りました。この時間帯のみの特別セットのメニューをどうぞ」
「ほ、ほなみん、あ、アンタっ鬼っ?」
「今日の私は草津さんの味方なのです。 御客様、お勧めはこの松坂牛デラックスステーキセット弐千五百円です」
「み、味方ってちょっとアンタ!!」
「今ひめちゃんを帰したら、今までの意味もなくなるのです」
「う、ぐぅ……」
「じゃあ、それお願いしまーす!」
「松坂牛デラックスステーキセットでよろしいですね?」
「はい、宜しいです!!」
「松坂牛デラックスステーキセットお願いします。 ではごゆっくりどうぞ」


「ホントはどっちにしても、意味はないのです」






―あの後、わかばちゃんのお誘いで少し休憩を挟んで、その後の仕事も順調に進んで。
ようやく終業時間。

「ふぅ……」
終わった……。
「拓也さん、ゆのはちゃん、おつかれさまー」
「わかばちゃんこそおつかれさま」
「いえー、わたしはほとんど何もしてませんよー」
「そんなコトはないよ」
休憩の後、わかばちゃんがゆのはとかわりばんこで俺の手伝いに加わってくれた。
わかばちゃんのほえほえした雰囲気と、ゆのはの健気で頑張り屋な少女の演技を前にして、文句をつけたりごねたりする客は誰一人としていなかった。
それがどんなにありがたかったコトか。
今考えて見ると、由真は俺を散々忙しい目にあわせて二度と華の湯のバイトをしないように仕向けたつもりだろうが、ひめの方が一枚上手だったと言うコトか。
結局本気でやばかったのは20分くらいだったし。
「すとろべりーぱふぇー♪ ちょこれーとぱふぇー♪ おみやげいっぱいうれしいなー♪」
「あ、ひめちゃんだ」
「なんだ、やっと帰ってきたのか……」
「……って、なんで山猿がひめをおぶってるんですか!?」
……なるほど、ゆのははひめがあの場にいなかった詳細までは聞いてなかったんだな。
「はい着いたわよひめちゃん」
「よいしょ、ふぅ…… おにいちゃん、おねえちゃん、わかばさん、ただいまです」
「ほーっほっほっほ!! 居候!! 今日は大繁盛で大変だったで」
あ、ようやくこの場にいるメンツに気付いた。
「わ、わかばぁっ!! なんで居候と一緒にいるのぉっっ!?」
もとい、こいつわかばちゃんしか目にはいってない。ゆのはの存在にまでは目がいってない、絶対。
「ゆのはちゃんといっしょに、拓也さんのお仕事を手伝っていたんだよー」
「……ま、まさか!! 午後ずっととかじゃないわよね!?」
「ええとー、わたしは6時ごろからだけど、ゆのはちゃんはお昼からずっとだったみたいだよー」
「……なんてこと……三時間近くも一緒に……それに、その前もチビ子の姉が……?」
「由真? どうしたのー?」
「由真さんがね、『白摘茶房』の全部のメニューを御馳走してくれたんだよぉ」
「全部? すごいー。 由真おだいじんさまだよー」
「……ひめ、まさか一人で食べたいからって私呼んだんじゃ……」
「でも、おねえちゃんも久しぶりにおにいちゃんと二人っきりで楽しかったんじゃないの?」
「えっ、う、それはー……」
「大丈夫、榛名さんに頼んで、あいすくりーむいっぱい貰ってきたから」
「……で、一体いくらかかったんだ?」
「もう、由真さんが神様みたいに見えましたよー」
「あっ、あっ、あっアタシがこのチビに61235円もおごったのは……無駄……無駄だったって……言うの……」
「61235円!?」
うわ、さすがにこれは哀れすぎる!!
「それどころか……もしかして……逆効果……?」
逆効果というか、俺にはゆのはがいるんでわかばちゃんとどうこういうことはないんだがなぁ……
「あは……あははははは……」
由真はよろめきながら立ち去って行った。
南無。






で、ようやく、しめの清掃も終わって。
「早くご飯が食べたいです」
「由真にさんざんたかったんじゃなかったのかよっ!?」
ちなみにアイスはとっくに二人で食い尽くしていた。
「たかりなどと言う賤しい行為ではありません。奉納を受けたのです。 それに御飯は別腹ですから」
「そんな言葉はない」
「むー……なんだか納得いきません」
……コレにゆのはまでくっついて行っていたら、由真の散財もとてつもないことになっていただろう。
今日の苦労を考えるといい気味ではあるが、それ以上に哀れみすら感じる。
とはいえ声をかけるのはバカらしいと俺の第六感が告げてるし、今回の事は考えないようにしておこう。
「拓也さん」
「わわわっ。 はいっ」
相変わらず気配がないよこの人!!
「今日のお給金ですよー」

―所持金 0013300―

ん? 9000円入ってる?
「今日はお客さんが多かったからねー。 少しだけだけど弾んだんだよー」
「でも、俺が勝手にやってるだけで……」
「暫くぶりに来てくれたお客さんが多くてねー。 私も楽しかったからねー」
俺は、それ以上は言わず、ありがたく給金を頂戴した。
「おばあちゃん!! 天麩羅あがったよー」
「今、行くよー」
すたすたと台所へと歩いていくみつ枝さん。
そしていつものごとく、今には俺とゆのはとひめの三人だけになった。
「まったく……何を千円で感動しているんですか」
「そうです! あれだけ客が来たんだから、もっと要求したっていいはずです!!」
「だから前にも言っただろ!! しょせんは素人のやってるコトだから、特別な金なんて要求できないって」
「私が六万一千二百三拾五円も奉納させたのに引き替え、もう少し稼ごうという気はないんですか」
「お前等程強欲じゃないんで」
「はぁ……もう何言っても無駄ですか。 ではとりあえず、神の名において浄財!!」

―所持金 0004300―
―お賽銭 0053400―

俺の懐から飛び出した封筒から9枚の札びらが飛び出して、空中で踊ったのかと思うと賽銭箱へ吸い込まれていく。
まあもう見慣れた光景だからいちいち反応するわけは無いが……
「なあ、ひめ」
「……なんですか? 帰しませんよ」
「いや、そうじゃなくて、なんか昨日の分の給料、まだ俺の財布の中なんだけど?」
昨日はなんだか俺だけじゃなくて、ゆのはもひめも穂波ちゃんの発する雰囲気にのまれてそれどころではなかった。
多分そういう事だと思っていたんだが……
「…………何のことですか? 昨日はちゃんと徴収しましたが」
「いや、でも」
俺は自分の財布を取り出して、中身を確認する。
……確かに4300円入っている。
「……全く、神の好意を何だと思ってるんですか。 拓也が先日少しでいいからとねだったので、特別に忘れたふりをしてあげていたと言うのに……」
と、盛大な溜息をついてそんな事を言いだす。
……いや、お前絶対普通に忘れてただろう。なんか語調と表情がいいわけくさいぞ
「気が変わりました、そんな不敬者には一銭も持たせません! 神の名において、奉納!!」
「わわっ、ちょっと待った!!」

―所持金 0000000―
―お賽銭 0057700―

と、俺の叫びも空しく財布の中の千円札4枚と百円硬貨3枚は、先程と同じように空中で踊ったかと思うと、賽銭箱へと吸い込まれていった。
……なまじちょっと期待してしまっただけに精神的ダメージが大きいぞコレは。



 

 

12/25へ続く


 


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