―12月25日―
 

 






「うぅぅん……」
朝だ。
横になったまんま、冷えた空気を胸一杯に吸い込む。
「朝だ!!」
がばり、と跳ね起きて布団をひっぺがして立ち上がる。
「朝だ!!」
うーん、と伸び!!
で、ケイタイを見りゃ12月25日。レッドな爺が子供に夢を配る日だぜ!
「……って、今日は休みか」
そういや忘れかけていたが25日は鎮守祭りの日だった。
子供は冬休みなんで今日が水曜日だろうが全く問題ナッシング、よって平日にもかかわらず商店街はほぼ全部おやすみだ。
しかしどうしたものか、なんだか目がさえて寝なおす気にもならない。
「でもなぁ」
わかばちゃん達だって、いつもほどは早くないだろうし、これといってやることがない。
「ま、いいか」
とりあえずケイタイのアラーム切って、んで窓を全開!!
目の前でちらつく小雪の白がまぶしいぜ!!
前回はこの時点でやたらとふってた気がするが、今回は言うほどふってない気がする。
思いっきり深呼吸。
冷たくて濃い空気が、身体中に染み渡っていく!!
「くぅぅっつ五臓六腑に沁みるぜ!! 今日も酸素の充填完了!!」
「うぅん……さむ……」
振り返ると
「む? ゆのはがいない」
ひめはいつもどおり繭のように丸まっているが、その横にゆのはがいない。
まあ、ゆのはの事だ、それほど問題もないだろう。
窓を閉めて、俺はてきぱきと着替えると、ナップザックからバイクのキーを取りだして、部屋を出た。




「ひゃっほーっ!!」
久しぶりって言っても一週間ぶりの愛車は、ぶっこわれちまったコトなど忘れた様子で、快調に風切って走る!!
「誰もいない第三埠頭でぇぇ♪ 風だけが友達でぇぇ♪」
歌が風に千切れていく。
朝早いせいか、店を開けることも無いせいか、ひとっこ一人いない町は、まるで白い綿をまぶした模型みたいだった。
「ロマーンチストの約束ぅなんてぇ♪ 風のなかぁで♪ 千切れるものなのさぁ♪」
新雪に『クワゥテモック2号』の轍だけが、くっきりと刻み込まれる。
俺はエンジンの回転をあげ―ようとして、目線の先の方に見慣れた人影が歩いているのを発見した。
「おーい、ゆのは。 なにしてんだ」
スピードを落として、ゆのはの横で止まる。
「あ、拓也。 ちょっと神社の方まで散歩です」
「とかいって今日の祭りの下見か?」
「そ、それもあります」
その理由は主に食い物の露天の位置と数と種類の確認ってところだろう。
我が恋人ながら分かりやすいやつ。
「俺もそっちの方に行こうと思ってたとこだ、ついでにのせてってやるぞ?」
「そうですか? じゃあ、遠慮なく」
ゆのはを後ろに乗せたところで、再びエンジンをふかす。
爽快に鳴り響く音、やはり今日のクワゥテモック2号の機嫌はすこぶるいいようだ。
「あ、そういや背中に乗せるのは始めてだよな?」
普段はサイドカーだし。今日は外してきたけど。
「そうですね。 えへへ……こういうのも、ちょっと憧れてたんですよ」
まあ、それはよく知ってる。 というか何日か前にそんなこと口走ってたしな。
「よし、しっかりつかまっとけよ!」
「はいっ!」



風をまとい降る雪を吹き飛ばして走る。
ひとりで飛ばすのも楽しいが、こーやって後ろに好きな子を乗せて走るのもすげー爽快感。
なんていうか、自分のかっこいいところを思いっきり見せているという実感がわいてくる。
かといって無茶なドライブは事故の元だ、一週間前に事故っといてまた事故るのもごめんなんで、無難なスピードを維持して神社への道を走る。

国道から川沿いの道へと入り、しばらく走ると、川の向こうに立派な神社。
いつ見てもさびれた一過疎町村の建物に似合わず、でかい。
俺はハンドルを切って、橋を渡る。
「おー、みんながんばってるなぁ」
まだ朝早いと言うのに、境内を忙しそうに走り回る人がとにかくたくさん。
雪をかきわけ場所を作り、自家発電気からコードがうねっている。
そして雪がつもった緑色のシートの下から、積み上げられた商品の箱の山が覗いていた。
「おふぁよう拓也、ゆのは」
「あ、椿さん。おはようございます」
「姉御、おはようございます」
「二人そろってズイブンと早いな」
「なんだか目が覚めちゃいましてね」
「でも、姉御も早いじゃないですか」
「ふわぁ……眠気覚ましアーンド気分転換」
「休みなんだから、姉御も寝ておけばいいんじゃないですか?」
「今寝ちまうと、夜まで目が覚めない気がして……ふぁあ……」
……なんか椿さんって、ここんとこ朝は必ず眠そうなんだよなぁ……
ちゃんと寝てるのかっていうか、夜遅くまで何かやってるのかな?
……いや、妙な考えは横に置いといて。
「ふわぁ……ん? どうかしたか?」
「え? ……いや、なんでわかばちゃん、ここへ案内してくれなかったのかな、と」
まあ人には人の事情がある、あまり必要以上には立ち入り過ぎないのがエチケットってもんだ。
「地元の人間にとって、鎮守祭りと初詣の時以外用の無い場所だからね。ここは」
「守り神様の人気がないんですか……いてっ!?」
ぐああ、ゆのは、あし、足踏まれた!?
つーかそんなだから余計に人気が無くなるんじゃないのかー!?
「やだ拓也、そんなこと言ったら失礼だよぉ?」
「あははは、まあそう思うのもムリはないよ。 でも、もうちょっと考えてみな。人気無かったら、女の子に神様の名前をつけるなんてコトもなかったろうしな」
「あ、ああ、それ、わかばちゃんに聞きました」
くぅ〜……ゆのはのやつ、本気で踏みやがって……
「でも、なんつーかね。 神様とこの神社は別って感じなんだ。 昔っから」
ゆのは―いや、『ゆのは姫』がココにはいないってコトを、なんとなーく感じているんだろうか。
「……ねえ姉御、それじゃあ、町外れの祠はどうなんですか?」
「祠? ああ、あの祠か」
そういや、祠の方にはわかばちゃんが前に賽銭入れてたりしてたよな。
「そうだね、なんだかわからないけど……おまいりに行くなら、そっちに行く人がほとんどだね」
「じゃあ神様は神社じゃ無くて、祠にすんでるんですかね?」
「なるほど、拓也にしてはなかなか鋭いこと言うじゃないか。 そう言われると、私もそんな気がするよ」
というか、実際にその神様と会ってますし、そもそも目の前にその神様(元)がいますから。
「まあ話によると、祠が建てられたのが先らしいからね、神様も簡単に住むところ変えられないって事じゃないかな」
「……それは姉御の?」
「ああ、私の単なる推測。 なんだい、ゆのはは興味あるのかい?」
「……いえ、別に。ちょっと気になっただけなので」
「そうか。 ま、なんていうか……ほら、なんかゆのはな町にゃ立派すぎる気がしないかい?」
「え? ……まあ、ちょっと気になりますね」
「なんだかここだけ観光地みたいで、かえって親しみがもてないっていうのが本当のところだと、私は思うけど」
「現実的ですね」
なんか今の会話は限りなく真実に近づいていたと言うのに、そうやって返されるとかな〜り拍子抜けだ。
ゆのはもなんか微妙な顔してるし。
「幻想的な考えが浮かぶ半面、現実的な考えも浮かぶんだよ。 はは、職業病かね」
「そんなもんですか……って、職業病?」
なんか酒屋の娘と全く関係ない事のように感じるんですが?
「えっ、あっ、あたしそ、そそそんな事言ったか?」
……なんかものすごーくわかりやすい反応が返ってきたんですが。
俺とゆのはは目を合わせて首をかしげたが……どうも誰にも言いたくない何かがあるというのはよくわかったので、俺はとりあえず追求はしない事にした。
ゆのはにも何も言うなと目で合図を送る。
「……ところで、縁日の準備をしてるみたいなんですが」
「ん、ああ、今日は、地元民がここへ来る二日のうちの一日なのさ」




ちょっとした疑問を残しつつも椿さんと別れた後、ゆのはにつきあって軽く(?)露天の下見。
その後公民館へ行き、ゆのはな城をあおぎ、『華の湯』へUターン。
それでささやかなツーリングは終了。

いつもより2時間ばかり遅い朝食。
「おばあちゃんお代わりです!」
「はいはい」
「今日も順調ですねー。 5杯目です!!」
例によって例のごとくな展開。もはやつっこむだけ無駄だろう。
「うっふっふ。 拓也さん!!」
「え、なに?」
「実はですねー。 今日はお祭りがあるんですよ!!」
「さっき、椿さんに会って聞いた」
「あ……そうなんですか……。 でもでも、神社はまだ見てないですよね? わたしが案内しちゃいますよー」
「さっき拓也とバイクで見に行きました」
「…………」
わわっ。わかばちゃんがっかりしてるよ!!
もしかして、俺達を驚かせるために隠してたとか?
「というか、前回も行きましたし」
ご飯から一瞬口を離して、ボソリとつぶやくひめの一言。
「ご飯おいしーです」
かと思えば、またがつがつと箸を動かし始めた。
「えっと、わかばちゃん。 今日はお祭りがあるんですよから、やりなおしてもらえないかな?」
「え、あ、はい」
「やり直すんですか」
「いや、まあ」
ゆのはのツッコミを受け流して、テイク2だ。

「実はですねー。 今日はお祭りがあるんですよ!!」
「な、なんと!! お祭りですか!! お祭りと言うと、あの、わたあめが売ってたりやきそば売ってたりするアレ!?」
「そーです!! お面売ってたり、射的やってたり、金魚すくいもしちゃう、アレですー」
「いやぁ、それは楽しみだなぁ。 おっと、待った。 俺は場所をしらないぞ!?」
「まかせてくださいっ。 わたしがバッチリ案内しちゃいますよー」
ぐっとかわいくガッツポーズをするわかばちゃん。
なんというか、わざわざやりなおしてみたかいがあったというものだ。
「二人ともバカみたいですけどね」
わはは、なんとでも言うがいい! 満足感で一杯の今の俺にはどんな言葉も通用しないのだ!



と、まあそんなわけで、今日の仕事はお休み。
たまにはこんなのんびり出来る日があってもいいだろう。
「わかばちゃん。 ちょっと相談があるんだけどいいかな?」
「はいー、私ににできることならなんでも聞いちゃいますよー」
のんびりついでに、俺はかねてより考えていた計画を行動に移すことにした。
周りにゆのはとひめがいないことを確認して、台所で朝食の皿を洗っているわかばちゃんに話かける。
「実は……」

………………………………………………

「わかりました。31日ですねー?」
「ありがとう、わかばちゃん。 年末で忙しいだろうにこんな事頼んで」
「いいですよー。 拓也さんもゆのはちゃんもひめちゃんも、もう家族みたいなものですからー」
「そう言ってくれるとすごくありがたいよ。 あ、お礼ついでに片付け手伝おうか?」
「そうですか? それじゃあ、お願いさせていただきます」
これで下準備は完了。
わかばちゃんの誘いなら、椿さんも穂波ちゃんも、ついでに由真も間違いなく来てくれるだろう。



とはいえ、それ以上するべきこともやりたいこともあるわけもなく、なんとなーくだらだらしてるうちに時間が過ぎ、あっという間に夕方。
待ちに待ったお祭りタイムだ。
「お祭りの日がクリスマスに近いから、ここでは誰もクリスマスを祝わないんだよー」
小雪まじりの空の下、俺達四人は神社への道を、ゆっくりと歩く。
「へぇそりゃ珍しい」
「うちのおじいちゃんだけは、サンタの仮装して、祭りで踊ったりしてましたけどねー」
聞けば聞くほど愉快な人だ。
それがゆのはが前にとりついていた人間―すなわち俺の先輩っていうんだからますます驚きだけど、それを言ったらゆのはには
『バカで甲斐性ナシで、拓也といい勝負でした』
と思いっきりつっこまれてしまった。俺ってそんな愉快なヤツか?
「くりすますって、阿蘇のお祭りでしたっけ、おにいちゃん」
「うむ。七面鳥を生贄にささげ、その血で赤く染めた服を着た老人が、地獄の番犬に引かせたソリで空中を走る祭りだ」
「拓也さん、ウソ教えちゃだめですよー」
「私の時と同じコト言ってましたけど、ホントに拓也は進歩が無いです」
それはお前だけには言われたくない言葉だったな、ゆのはよ。
「……あー、つまり、わかばちゃんは真実のクリスマスを知っていると?」
「……逃げましたね」
「当然ですよー。おじいちゃんが教えてくれましたからー」
そこまでいうと、こほんと一泊おいて、わかばちゃんはその真実のクリスマスとやらを笑顔で解説を始めてくれた。
「酔っぱらって服まで赤くした金持ちが、妙に気が大きくなって、貧しい子供達にプレゼントをばらまいたのが始まりなんですよー。 そして、そのお金持ちの名前が、クリス・トーマスとおいう名前だったんで、クリスマスになったんです」
「いいにおいが近づいてくる……におい……食べ物ぉ……」
「おねえちゃん、先に行くのはずるいですー!」
「じゃあサンタクロースって言うのは、なんなの?」
「サンタクロースは、クリスさんが酔っぱらって変身した姿なんですよー。雷とともに十字架しょってあらわれるんですよー。 さんだーくろーすっ!! AH HAHAHAって」
「そんなのサンタじゃないやい!! ……あれ、ゆのはとひめは?」
「サンダークロスッ!!」
いきなりの掛け声と共に額に走る、謎の衝撃!
「あうぅ」
「いきなりデコピンですかっ!!」
「ふたりして寝惚けたコトを言ってるからだ」
気付いてみれば、すでにここは境内。
お祭りのいいにおいが、辺り一面に充満している。
「おはよう」
「おはようございまーす」
と、挨拶する二人を眺めていれば、視界の隅に見慣れた二人組。
「あ、ゆのは、ひめ、いつのまに」
「拓也は遅いです!! 早く行きましょう!! 食べ物があんなにいっぱい!!」
早くも駆けだしかけるゆのはを、椿さんが襟首をつかまえてひきとめる。
なんか妙に扱いに慣れてきているというか、もうこの人ゆのはの行動パターンを理解してしまってるんだろうなぁ。
「まぁ待て」
「でもでもでもでもっ!! ひもじくてひもじくて、ああ、においがにおいがぁ」
わわっ。 口の幅いっぱいによだれが!!
「……私もお腹すきました。 早く行きたいです〜……」
ひめもやや冷静に椿さんに訴えかけているが、よーくみるとゆのはと同じくよだれが少し出ている。
さすがに口の幅いっぱいというわけにもいかないようだが。
椿さんは二人のよだれをティッシュでふいてやりながら。
「もう一人来るから」
「も、もしかして……由真!?」
俺の背筋をかけぬける戦慄。
「あー違う違う。 まゆはなんのかんのと仕事をさぼりすぎてるから、その埋め合わせで、今日もお仕事」
そういや『たがみ』は鎮守祭りの間も営業してるんだっけ。
「じゃあ……穂波ちゃんか!!」
「ハズレ」
「仲間外れはよくない!! はっ、まさかイジメっ!?」
「ば、ばれたか!! 実はほなみんは私のパシリで、しかもまゆに脅されてわかばに貢いでいるんだ」
「穂波ちゃん、とんでみんかー」
「な、なんとぉ。一見のんびり風味に見えるこの町にも、人心の荒廃は忍び寄っていたのか!?」
「冗談ですよー。 穂波ちゃん、人混みが苦手だからー。こういうトコロには来ないんですよー」
「じゃあだれ?」
「あ、来た」
「やあ!! おはよう!! 少し待たせてしまったようだね」
尚樹さんは、さわやかに歯を光らせるスマイル。
うーん、いつ見てもさわやかさ全開だなぁこの人は。あの一点を除いては。
「うわ、デンキヤ……」
露骨に嫌そうな顔をするゆのはは受け流して、椿さんが全員に号令をかけた。
「じゃあ全員揃ったトコで行くかい。 ちょっとならおごってやるよ」
「「「わーいっ!!」」」
全員揃って一銭も持たぬ姉妹&婚約者であった。
……いや、厳密にはゆのはは何千円かは持ってるんだろうけど、財布は家の自分のカバンの中だろうなぁ、100%間違いなく。
「なんで拓也まで喜ぶんだ。 大学卒業してるんだろ?」
「いやー、卒業してても未だフリーターなもんで」
「バイト代は?」
「おにいちゃんにお金を持たせておくと、絶対に無駄遣いしちゃうから、わたしが管理しています」
「うんうん、拓也に持たせとくと不安だもんね」
「全部搾し、あ、いたぁ」
くぉぉ。 二人そろってつねるな!!
「管理されてます……」
「ホントに二人はしっかりしてますねー。 まるで守銭奴さんみたいですよー」
わかばちゃん、これは『まるで』ではなく『まさに』というほうを使うのが正確なのでは。
「拓也にもちょっとならおごってやるよ。 せいぜい童心に帰って楽しみな」
「わたしもおごりますよー」
「おおっ!!」
人の情けと言うのはなんと温かいのか!!
俺の目から溢れる熱い涙。
「これでヤキトリが食えるぜっ!!」
「決めてるのかよ」
「私も決めました!! 第一目標、ヤキトリ!!」
「じゃあ、ひめもヤキトリで」
「むむ、お前等俺に対する挑戦か!?」
「ふっふっふ」
「さあ、どうでしょうか?」
ぬぬっ。二人そろって不敵な笑い?
「吶喊ぁぁぁぁぁぁぁぁんっ!!」
ばびゅん、という擬音が聞こえてきそうな勢いですっ飛んでいくゆのは。
ひめもそれほどの勢いでもないが、たったった、と駆け足で行ってしまった。
「はっはっは、二人とも元気だね。 まるで第二次大戦末期のイタリア海軍の軽巡、アッティリオ・レゴロの快速!! ちなみに、その速力は」
「私達も行こうか」
綺麗に無視される尚樹さんだった。
「はーい」
は、いかん! このままではあの二人に負けてしまう!!
「俺も負けねぇぞ!!」
ダッシュ!!
「わぁっ。 拓也さん待ってくださいー」
「もしかして……ケダモノを三匹、野に放ったか……?」




童心にすっかり帰って、喰って喰って喰って。
ヤキトリに始まって、お好み焼きわたあめ焼きそばかき氷イカヤキ揚げ餅いり豆。
そしてイチゴクレープに本格バター使用のじゃがバター!!
「お前ら童心に帰りすぎだっ!! ちょっとは私の財布を」
「あ、あれはっ!! あれはなに!?」
「おおうっ!? 今はもう珍しくなった、鉄板の上に直接飴を流して形を作る、べっこう飴じゃないか!!」
この三年の間でもゆのはが学習できなかった食物の一つだ!!
こいつは挑戦しなくては俺の名がすたる!!
「食べるぅぅぅぅっ!!」
「負けないぜ!!」
「あ、待ってくださいー」
「…………おーい、わかばぁ。ちょっとこっち」
「ふぁい、なんでふか。椿ちゃんナニも食べてませんねー。イカヤキおいしいですよー」
「タッチ」
「タッチってなんですかー?」
ゆのは注文の馬はハイセイコー、ひめの犬はシベリアンハスキー、俺のバイクはハーレーだ!!
なんという素晴らしい職人技か、ハーレーの細部までが完全再現だ!!
「私、しぶぞう手伝いに言って来る!! あとよろしくっ!!」
「わわわっ椿ちゃーん?」
「3本で450円」

……………………

「な、なんですかーその期待に満ちた目はー。 まさかっ今度はわたしの番?」
「はっはっは。 そのようだね」
「えーっと、はい、じゃあ500円で……」
「毎度ぉ、おつり50円ね」
「さぁて次は、あの水ギョウザ……ぐへ」
不意に俺は襟首をつかまれたっ!!
「おっと、拓也はこっちだ!! しぶぞうの方、人手がたりないんでね」
「椿ちゃぁん、わたしのお財布もちそうにないよー」
「あー、まぁあれだ。 時間まで頑張れ!!」
「お財布が頑張れないですー」
「そのためのデンキヤだろ!! じゃ、拓也はもらってく!!」


「みずぎょうざぁぁぁぁぁぁぁ……」


嗚呼、無常






楽しい縁日のはずなのに。休日のはずなのに。
なぜか俺は労働労働。
「おい、兄ちゃん!! この角材運んでくれ!!」
「へいへい」
「兄ちゃん、このロープ引っ張ってくれ!!」
「ほいほい」
「兄ちゃん!! このトラック押してくれ!!」
「はいはい……って無理です!!」
ここは強制労働キャンプか!?




「ふぅ……」
死むぅ……。
「はい、御苦労様」
空中を飛んできた缶コーヒーをキャッチ。
「あ、椿さん、どうも」
「悪かったな手伝わせちゃって」
「いえ、あのまま食い続けていたら、大変なコトになってた気が」
「おお、兄ちゃん!!こんなトコにいたか!!」
のしのしと現れた恰幅のいいおっさんは、古見川平蔵さんと言って、テキヤの親分であるらしかった。
どうやら椿さんとは旧知の間柄らしく、俺の前で軽く談笑していた。
「ほい兄ちゃん。今日の分のバイト代だ」
ごつい手に握られて無造作に差し出されたのは、1万円札が1枚と1000円札が7枚!!

―所持金 0017000―

「こ、こんなにいいんですかっ!?」
「兄ちゃんは良く働いてくれたぜ。 ま、暇だったらステージの方も見てってくれ」
神社の境内のハズレに、数時間かかって組み上げた仮設ステージは、結構立派なモノだった、
「なにやるんですか?」
「拓也……お前、ポスター見なかったのか?」
「いえ」
「サンダー様のコンサートよ!!」
「誰ですそれ?」
「まぁ、もう直ぐ判る」
「よう!! 平の字久しぶりだなぁ」
「おおっ。サンダー様っ!!」
「よせやい、その言い方は、ワシは既に歌を捨てた一介の老人、高尾渋蔵にすぎねぇ」
……えーっと、突然過ぎて一瞬何がなんだか分からなくなったが、とりあえず状況を整理してみると……
「あの椿さん。 もしかしてサンダーって」
「渋蔵のコトさ。 古見川さんは狂咲雷蔵親衛隊の元副長」
「親衛隊なんてモンがあったんですか!?」
「まぁね。隊長と副長しかいなかったけど。 ちなみに隊長は、古見川さんの今の奥さん」
せまっ!!
「ああお前ぇの為に今宵は歌うぜ。 喉が裂けるまでな!!」
「もってぇねぇ御言葉!! さぁサンダー様、楽屋はあちらに。 今年もステージ衣装は新調しましたぜ!!」
「案内してもらおうか」
「へぃ!!」
もはや演歌歌手なのかなんなのかよくわからなくもなってきた気がするが、とりあえず古見川さんの案内で渋蔵さんはその楽屋とやらへと向かって去っていってしまった。
……まあ、二人とも満足そうだったからよしとしようか。
「さぁ帰ろうか」
「あの、聞いてかなくていいんですか?」
「下手だから聞きたくない」
「ミモフタもねぇっ!!」



「さぁて、ゆのはとひめを探すか。 ま、簡単だな」
結構人は多くなっていたが、俺は椿さんに同意した。
「食い物あるトコロに二人あり、ですか」
「そ」
なんかここまで理解されていると情けなくなってくる。
「じゃあ、俺はあっちの端から、椿さんは反対からで」
「オーケー」

5分後。ターゲット発見!!

「これ3つ下さい!!」
「へいっ。 お嬢ちゃん達と、お兄ちゃんの分だね?」
「いいえ、私が一つと、ひめが二つです」
どうやらゆのははそろそろ入らなくなってきそうと判断したか、加減する方向に入ったようだが、ひめはあいかわらずの調子のようだった。
さすがは神の胃袋。
つーかゆのはもそんな気を回すぐらいならそろそろ食いおわれ。
「1866年7月20日にアドリア海のリッサ島沖で生起した海戦、通称リッサ海戦の結果は、各国海軍に巨大な波紋を投げ掛けた!! オーストリア海軍が衝角攻撃に成功したのは、ひとえにイタリア海軍の作戦が原因だったのだけど」
「尚樹おにいちゃん。私達、尚樹おにいちゃんのお話、もっと聞きたいなぁ。 だからドネルサンド買って」
「おおいいとも!!」
なんつー単純な手だ。
ひめはもうゆのはに任せて黙々と食ってるし。
「3つで1500円」
「はい、あーちょっと待ってね。 ええと財布、財布は…… あったぐあっ!!」
どこからか飛来した射的の弾が、尚樹さんの眼鏡を跳ね飛ばした!!
「眼鏡眼鏡眼鏡眼鏡ぇぇぇ」
「これ、あんがと」
椿さんが射的の屋台にコルク鉄砲を返すと、こっちへ歩いてくる。
「はいはーい。演説は終わり」
俺も二人を止めるとするか。
「おーい、ゆのは、ひめ。 帰るぞ」
「むしゃむしゃむしゃ。 うーん。ドネルサンドおいしいぃ!!」
「おねえちゃん、次はどれにしましょうか?」
「次はないぞ」
「ふふーん。貧乏人に用はありません。 私達には幾らでもお金を吐き出す、魔法の財布があるのですから!!」
「おいお嬢ちゃん達……。 ぐだぐだそこで話してないで、さっさと金をだせよ」
「ええっ?」
「あの、お金は尚樹さんが……」
「おーい拓也」
「なんですか?」
「ふたりのドネルサンド代1500円、さっきのから払っておいて。 デンキヤ文無しになってるから」
ふたりに全部食われたのか!!
恐るべし神の胃袋&ゆのはの食い意地!!
「拓也君面目ない。 いつのまにか使ってしまっていたようだ」
「仕方ないな……はい、1500円」

―所持金 0015500―

「毎度ありー」
「ちょっと拓也」
「おにいちゃん?」
「なんだよふたりとも、引っ張るな」
「いいからこっちへ来なさい!!」



ちょっとだけ人混みを離れて木陰。
「なんで拓也がお金を持っているんですか!!」
「もしかして隠してたんですか?」
「そんなステレオで怒鳴るな。 おまえらが喰ってる間に、バイトしていたんだよ。
「「…………」」
「なんだその疑いの目は!! ふーん、そうか、神様でも見落としがあるのか」
ぱっとゆのはの視線もひめの方に注がれる。
「……そ、そんなはずはありません。 神が見落としなど……」
「つまり俺が隠しておけるハズもないよな」
「う……もちろんです……」
勝った。
「では、残ったバイト代全て奉納していただきます!」
「げげげっっ!!」
こういう展開かい!?
「神を侮らないでください。 ほら、早く」
「はい……」

―所持金 0000000―
―お賽銭 0073200―

「今日はずいぶんと多いですね。感心感心」
嗚呼、労働の果実が……
負けた……。



「おーい、こんなトコでなにしてんだ?」
「い、いや、その、あー。 ふたりが急におしっこしたいって言うから」
後がうるさいのは分かりきってるが、ナイス言いワケ。
「「なぁッ!?」」
「まぁ……財布が空になるほど飲み食いすれば、そうなるわなぁ」
「口ではしっかりしたコト言ってても、まだまだおこちゃまですから」
ジャンパーの裾を掴んだ二人が、鋭い目で俺を睨み付ける。
「もちょっとマシな言い訳にしろって、ずっと前言ったじゃない!!」
「……せめてゆのはだけにするとかしてくれれば」
それはそれで片方がえらくうるさくなるんでやめておいた。
「なにおー! ひめのほうがちっさいんだからそっちの方が説得力あるに決まってます!!」
で、こんなふうに俺から的が逸れる、と。
我ながらいい受け流し方法だなぁ……と思ったが、最終的に、結局俺の方へ舞い戻ってきそうな気がする。
「椿ちゃーん、拓也さーん、ゆのはちゃーん、ひめちゃーん、おまたせー」
わざわざ全員分の名前を呼んで、ちょっとおくれてわかばちゃんがやってきた。
「あれ、ゆのはちゃんとひめちゃんどうしたんですか?」
「いや、くだらん口ゲンカだからすぐおさまる」
俺の方に再び軌道修正されるというオマケ付きで。
「そうなんですかー? でもケンカはよくないですよ」
「いやいや、ケンカするほど仲がいいとも言うだろう? あの程度なら単なるコミュニケーションの一つだよ」
まあ、見る限りお互い手は出て無いからけがする事は無いだろう。
数分もすれば落ち着くはずだ。
「ところでわかばちゃん、たのんでおいた事は……」
「ああ、私は聞いたよ。 まあ、期待せずに待っててくれ」
「残念だが、僕は用事があって参加できないよ。 せめてものお詫びに、ヴィットリオ・ヴェネトの」
「穂波ちゃんにも、由真にも言ったよー。 二人とも来てくれるって」
きれーに言葉に割り込まれる尚樹さん。
……呼ぶ相手として由真はまあかなーり微妙だが、このさい気にしないことにしよう。
何よりただふらりとたどり着いただけの俺達の為に、こんなことを喜んできいてくれるこの人達に感謝だ!
ああ、なんか鼻の奥がツーンと。
「おいおい、泣くなよ」
「人の情けが目に沁みて……ううっ……」


ちなみに、この計画はゆのはとひめには一切伝えられておらず、また話にのってくれた人には絶対に伝えてはならないという事を約束して貰っている。
少し小声での相談だったので、横でケンカに必死な二人には恐らく聞こえてはいない。

俺は最後に少し気分が良くなり、意気揚々と華の湯への帰路へとつくのだった。
……帰宅後、ゆのはとひめの集中砲火を浴びたのは言うまでもないが。。



 

 

12/26(前編)へ続く


 


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