―12月26日― (前編)
 

 






「寒さに震える♪ ロマァンチストをぶっとばせぇ♪」
夜明け前の境内は静かで、歌声が気持ち良く響く。
「風よ俺にぃ♪ 吹き付けてくれぇ♪ 彼女のトコまでぇ♪ 飛ばすくらいにぃ♪」
歌いながら、深夜の内に薄く積もった雪をかき、その下から出てくるゴミを掃いてひとまとめにする。
朝までに境内の掃除を済ませること。 これが今日の仕事。
広い境内全部を掃除するのは手間だが、その分、やりがいのある仕事だといえよう!
「やりがいの分だけ、実入りもでかいしな」
そう呟きながらも、手を動かす事は忘れない。
仕事人草津拓也の面目躍如だぜ!

せっせ、せっせ。
せっせ、せっせ。

「……しかし、降り止まないなぁ」
以前ほど強く降ってるわけでは無いけれど、雪は絶え間なく空から降ってくる。
暗く、重い空。 そして、そこから舞い落ちてくる白い雪。
「うーむ、こういう空を見ていると……まるであの時に戻ったみたいだな」
そう呟きながら、雪をどかしていけば、出てくるのはゴミの山。
昨日の鎮守祭りの盛況ぶりを示すかのように、散乱したゴミが自己主張を始めていた。
「すげーゴミだなぁ。 ま、祭りの後は大抵こんなもんだけど」
いつ何時、どこにいってもゴミをゴミ箱に捨てることが出来ない人間というのはいる。
それが、祭りのように開放感に溢れた空間ならなおさらだ。
とりあえず行ける所は行ってみたい、と言うゆのはの要望にこたえてのものだが、これはゆのはと共に3年間で巡り歩いた日本各地の祭りでの経験上の話。
その分生活費をきりつめるのが大変だったが、その分たのしかったのでまあよし。
「さてと、もうひと踏ん張り行きますか」
前に来た時も同じバイトをして随分な収入が入った。
そんな都合のいい機会を見逃すほど俺は馬鹿では無いぜ。
「ロマァンチストのぉ約束ぅなんてぇ♪ 霧の中ぁにぃ♪ 消えていくものぉなのさぁ♪」
歌いながら雪をかき、ゴミを集める。
そうこうしているうちに、いつしか、東の空が白み始めていた。




「拓也、頑張っていますか?」
「おう、もちろんだ! ……っと、ひめだけか?」
バイトの終わりごろになって、ひょっこりとひめがあらわれた
「おっと悪い、二人の時はゆのはって呼ぶ約束だったな」
「……いえ、別にかまいません」
「すまんな、ちょっと待っててくれ。 もうすぐ、終わるから」
「……わかりました。 しばらく、拓也の働きぶりを監督させてもらうとしますね」
「おう、見てろよ」

……というやり取りがあってから10分後

「ゆのは! おわったぞー!」
鳥居の下で俺を待つゆのはに、手を振って呼びかける。
「お給金の方はどうでした?」
「ちゃんともらってきたぞ。 しかも、ちょっとだけボーナスつきだ!」
そう言って、1万円札1枚と、千円札2枚を封筒の先から少し出してみせる。

―所持金 0012000―

「しかしゆのは、こんな早朝から働いているのに、一言何か言ってほしかったかな」
せめてまあまあの働きぶりだったとか、ごくろうさまとかだけでも声をかけて欲しかったものだが。
とか考えても仕方ないのはわかってるけど。
「そうですか? まあ、そこそこ頑張っているようでしたね」
「なんか力が入らんセリフだなぁ……」
ねぎらいの言葉ってのは、もっとこう、ちょっと元気が戻ってくるようなもののハズなんだが。
「……ところで、ゆのはでなく、私が来たのは不満でしたか?」
「え?」
「さっき、『ひめだけか?』と言っていたので……」
「あー……いや、そういうつもりは全くないが……」
確かに、どうせならゆのはもいてくれたほうが、最後のスパートももっと勢いがついたかもしれないが。
なにもわざわざ来てくれた『ゆのは』を否定しているわけではない。
「……でしょうね。拓也は何も考えていないでしょうから」
そう言われても仕方ないかもしれないが……なんか納得いかん。
「…………」
「ってゆのは、どうした?」
気付くと、ゆのはが黙って上を見上げていた。
空を……いや、鳥居を見ているのか?
「ゆのは、また上まで飛べるか?」
「……ええ、前のゆのはができたことを、私ができないわけがないでしょう」
「じゃあ、せっかくだからまた上に行けるか?」
「いいですよ。 やっぱり、莫迦だから高いところが好きなんですね」
大きなお世話だ。
「浮揚!!」
足が地面から離れて……身体が上へ上へと浮き上がって行く。
流石に二回目ということもあって俺も落ち着いている。
前はいきなりだったからということもあったけど、心の準備が出来ていればこんなものか。
「はい、着きました」
その瞬間、身体を押し上げていた感覚がなくなり、俺の身体は鳥居の上にふわりと降りる。
「しかしやっぱすげーな! 神様の力ってのは」
「今更何を言ってますか。 人一人を生き返らせるほうが大変なんですよ」
「それはそうかもしれんが、そっちはいまいち実感がなくてな」
激痛→気絶→目を覚ます、という流れだったし、気絶してる間に身体が治ってたもんだから、生き返らせて貰ったという実感は、前回も今回もいまいち感じられなかった。
「まったく…… やっぱり拓也はでりかしーがありませんね。 ウソでも感謝の一言くらい言うべきですよ」
「そうか。 いやー、ありがとう、感謝してるぞ、ゆのは」
「今更言っても手遅れです!」
うーむ、難しいもんだな。


「拓也、ひとつ……聞いてくれますか?」
しばらく二人で鳥居の上からのゆのはな町の町並みを眺めていると、ふと、ゆのはが俺に話しかけていた
「なんだ?」
「拓也は、人間としてのゆのはの身体がなぜ今この時まで残されていたか、知っていますか?」
「……『ゆのは』が、封印していたからじゃないのか?」
「それもあります。 ですが……封印の中でも、時の流れはあります。あの時私に残されていた時間は、拓也も知っての通り、ほんの僅かでした」
どこか遠い所を見る目で、ゆのはは語り始める。
もしかしたら、自分が死においやられ……祟り神と、守り神に別れた日を思い出しているのかもしれない。
「皮肉な事に、身体が生きたままで残されていたのは、祟り神となるほどの恨みを心にもっていたからなのです。 かつてのゆのは姫の心は、かかさまとととさまを殺され、さらには自分も殺されたという恨みで満ち溢れていました。そして、その恨みがあったがゆえに祟り神となり、このゆのはな郷に呪いの雪を降らせ続けた……ここまでは、知っていますね」
「ああ、それは前にも聞いた。」
「でも、それは少し間違っています。 ゆのは姫の肉体は死んでなんかいない。なぜなら、ゆのは姫は死の間際…強い恨みのあまり『自らの肉体そのものを呪いへと変化させてしまった』のです。 ……拓也も見ていたでしょう、町中の雪があつまり、そこにゆのはの肉体……私が現れたのを。 …あれは、呪いの雪と化してしまった身体を、元の姿に戻しただけなのです。 …そう、雪となり、人間としての時間が止まっていたからこそ、あの瞬間までその肉体に死は訪れず、僅かながらの時間が残っていた」
いつか見た無表情のまま、ゆのははただ口を動かしていた。
俺も、その空気に押されて、気付けば何も言わずにその言葉を一言一句聞き逃さぬよう、聞きいっていた。
「そしてゆのは姫の魂は、人間に鎮守神として祭られる事で恨みを忘れた『鎮守神としてのゆのは』と、恨みだけが残された『祟り神としてのゆのは』―そう、今のゆのはと、私に別れてしまった。  ……ですが、それでよかったのです。 …私とゆのはのつながりは、完全に消えたわけじゃありません。だから、人間のゆのはがこの世にいる限り、半身の私もこの世から離れる事は無いのです。 そして、恨みが消えた今でも片方が神様としてこの世に残る事ができ、1人が神様として残る事が出来たからこそ、僅かしか時間が残されていなかった人間の自分を、死から引き戻す事が できた…」
そこで、一度言葉をきる。
そして黙って俺の方へとその目を向けて……少し、悲しそうな微笑みを浮かべて、もう一度口を開いた。
「そして草津拓也、貴方という存在がいたから、ゆのはは人間としての生を取り戻す事が出来た。 …そう、全ては運命だったのかもしれません。 1000年の時を越え、貴方と供に、ゆのはが生き続けるための…」
「……なんで急に、そんな事を……?」
「……陽一郎……穂波さんのお父さんの事を憶えていますか?」
「え? あ、ああ……」
「陽一郎が死んだからこそ、ママさんが祐司さんと結ばれた……それが運命だとしたら、私の、いえ、『ゆのは』の死も、『神である私』が作られたのも……ゆのはと拓也という二人が結ばれるための、運命だったんじゃないかって思ったんです」
「…………」
「すいません、こんな事穂波さんが聞いたら、きっと怒りますね。  ……でも、少なくとも……私やととさま、かかさまの死が、拓也と出合うための運命だったと考えると……少しだけ、気持ちが楽になるんです。 無駄なことじゃなかったって」
「…………」
何も言えなかった……そんな風に考えてくれるのは、俺としても嬉しいけれど。
それでも、それ以上に悲しい。全てを運命なんてものにしてしまうには、1000年は長すぎるように思えた。
「……ゆのは……」
それでも、何も言えなくて、口を突いて出る言葉も、名前を呼ぶだけで精一杯だった。
「……それと、もう、その名で呼ばなくても結構です」
「え?」
「私は……ゆのはじゃないから。 だから、私の名は、ひめでいいんです」
いきなりの言葉に、俺は戸惑った。
あの、『ひめ』という名を強く否定していた姿からは、考えられなかったから。
それに、呼び方がひめだろうがゆのはだろうが、元々の『ゆのは姫』である事にはかわらないのに……?
「……私は『姫』でなければいけないのです。 きっとそれが、私がここにいる理由ですから……」
「それって、どういう意味……」
「たーくやー!! ひーめー!! 降りてこーい!! あさごはん遅くなるー!!!」
俺の言葉を遮り、真下から聞こえてきたのはゆのはの声。
「ゆのはが呼んでいます。 そろそろ、帰りましょう」
「あ、ああ……」
結局、俺の言葉は遮られたまま、この日再び口から出る事はなかった。
最初は否定していた『姫』である事を、今度はそれこそが自分の存在の理由だと言う。
いったい、その心の中でどんな変化があったのか、その時の俺には何も分からなかった。


 

 

12/26(後編)へ続く


 


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