―12月26日― (後編)
 

 






ゆのはとひめと共に家に戻った俺は、トーストを一枚頂いた後に部屋に戻って昼間で仮眠をとる事にした。
いくら健康優良児の俺でも、日が昇る前から起きていたのでは、夜までに眠気が襲ってこないとも限らないからだ。
そういうことで、今日のバイトは先ほどの神社の掃除に加えて、午後からの華の湯の手伝い。
相変わらずそこそこ評判が広まってくれているらしく、今日もわかばちゃんから頼まれてしまった。

で、目を覚まして昼食を済ませた後は、いつものごとく華の湯の前でゆのはと一緒にサービス開始!!
サービスは午後からと聞いて午前中に来るつもりだったらしい人達の分も溜まっていて、いつもより多く感じるぜ!


…しばらく経って、客足も少し落ち着いてきた時になって…
「やあ拓也くん、神社の掃除をしていたそうだね」
その合間に尚樹さんが現れた。
また大きな箱を抱えているけど、こりないと言うかなんというか。
「実入りがいいバイトは見過ごせませんから」
なぜか横でいばるゆのは。働いてたのは俺一人なんだが…
「ははは、借金返済も大変だね。 ボクは応援してるよ」
「はあ、どうも」
確かに大変な事は大変だが、借金の方向性がなんとも言えないんだよなぁ。
「ああそうだ、実入りのいいバイトといえば、実は今人手が欲しいんだ、ペーパークラフトの仕上げが間に合いそうに無くてね」
「…む」
ゆのはが微妙な顔で反応する。相手が相手なだけに、たとえ実入りが良くても考え込んでしまうらしい。
まあ、確かにいくらつまれても微妙なバイトに変わりはなさそうだしなぁ……。
「かといって店をあけるわけにはいかないし……明日の店番を頼まれてくれないかな」
「……店番だけ、ですか?」
「ああ、もちろん仕上げも手伝ってくれるなら大歓迎だよ」
「店番だけなら考えておきます」
「ははは、手厳しいね。 とにかく、明日一日で1万……いや、もう2千出すよ」
「「いちまんとにせん!?」」
俺とゆのはの声が見事にユニゾン!
12000といえば、確かに今朝のよりは少ないが、一回のバイトでは早々お目にかかれない金額だ。
確かにコレはバイトとしては確かに実入りがいい。実入りはいいが……
「まあ、考えておいてくれたまえ。 じゃあボクは用事があるのでね」
そう言うと、箱を抱えたまま華の湯の中へとはいっていった。
…………うーむ、あの箱は引き止めるべきだったか? 急な話に思わず見逃してしまったが。
「……何も言わないのか? ゆのは」
「……今回は、拓也の判断に任せます。 華の湯でも日に8000は入りますし」
その一言に、俺は何も言い返せなかった。



「ですから、前にも言いましたがー、それは、いくら言われても許可できません」
30秒も立たない間に、案の定わかばちゃんの声が聞こえてきた。
「いいじゃないか!! ほんのちょっと!! たったの1時間でいいからさ」
やっぱり門前払いしておくべきだったかもしれないな。
「駄目です。お風呂は人のタメにあるんです。おもちゃを浮かべる場所じゃありません」
「それは偏見だよ!! ボクはうちのお風呂で戦艦を浮かべてるよ。 1時間!! いや30分でいいんだ!!」
よし、丁度サービスの客も一掃したところだし、助け舟を出しに行こう。
「わかばちゃん、どうしたの?」
「嗚呼、拓也くん!! 歴史を学ぶ同志として男として、君なら判ってくれるとボクは確信しているよ!!」
「はぁ……」
「……止めるんですか?」
ゆのはが小声で話しかけてくるのを、俺は小さく頷いて答えた。
「……まあ、いいですけどね」
やっぱり12000は惜しい気持ちもあるらしい。
俺だって確かに惜しいが、まあ今は華の湯のバイト中だし。
「戦艦……それは喪われた浪漫。男の浪漫の具象。あの鉄色に輝く勇姿が白波を蹴立てて走る姿!! 男なら胸のときめきを覚えずにはいられないよね」
「いいえ、別に」
「ときめかない人もいるんですよー。 というか、ときめかない人の方が多いんです」
「拓也クン、何を心にも無い事を!! わかばちゃんの前だからと言って遠慮する事は無いよ。 ときめくだろう!?」
「いえ、俺はああいう兵器には興味が無いので」
「だからー、尚樹さんみたいな人ばかりじゃないんだよー」
ちなみに、ここにきてゆのははすでに華の湯の番台の方へと避難している。
みつ枝さんと並んで番台をする姿は、孫とおばあさんって感じの図でなんか微笑ましい。
「ああ、なるほど。拓也クンは見た事が無いんだね。 戦艦が白波を蹴立てて進む勇姿を!! それなら是非とも見たまえ!! ほら!!」
しかし、そんな微笑ましさに逃げる事も俺には許されていないらしかった。
尚樹さんは抱えていた大きな箱を開けた。
「みたまえ!! 谷山船舶工芸に特注した最後のCorazzata、ローマの勇姿を!!」
厳重に詰め物が入った箱の中には、どこかで見たコトのある気がする軍艦の模型が、ばばーん、と鎮座していた。
「この艦は……」
「ああっ拓也さん駄目ぇっ」
しまったと思った時には、
「ヴィットリト・ヴェネト級三番艦ローマ!! 建造所アドリアティコ造船、1938年9月18日起工、1940年6月9日進水、1942年6(中略)」
ここは俺が責任を取って、この暴風を止めなければ!!
「口径381ミリ、50口径の長砲身!! 45秒に1発射可能!! その射程はなんと45キロぉぉぉぉ」
「あの、その辺でやめていただけませんか?」
俺は尚樹さんの襟首をつかまえて、猫みたいにぶらさげた。
「な、何をするんだ拓也クン!! イタリア戦艦の偉大さが判らないのかぁっ!! 歴史を学ぶ同志として哀しいよっ!!」
「イタリア戦艦が偉大かどうかはトモカク、『華の湯』の営業を妨害しているんで、出来ればおひきとりください」
「わぁっ♪ 拓也さん用心棒さんみたいですー。 ちょっとカッコいいですよー」
「かんらかんら」
と俺は笑った。
「見ればわかるんだよぉぉぉぉぉぉぉ!! 30分でいいから!! 風呂場で浮かばせてよぉぉぉぉぉっっ!!」
「何度言われてもだめです」
「ここで引き下がってくれなかったら、さっきの話は考える間もなく断らせていただきますが?」
「ええっ、そ、それは……」
「拓也さん、さっきの話ってなんですか?」
「いや、個人的な事だから気にしないで。  ところでどうしますかお嬢さん? オモチャの船を浮かべたがってるんですから、川にでも放り込んでやりますかね?」
「だめだよー。川が汚れちゃうよー」
うわ、きつ。
「知識人はこうして迫害されるのかっ」
「じゃ、その辺に抛り出してやりますか」
「そうしてくださーい」
「ボクはあきらめないぞぉぉぉぉっっっっ!!」


「尚樹お兄ちゃん、御愁傷様」
どこかから、妙に楽しそうなゆのはの声が聞こえた気がした。
初日に巻き込まれたことまだ根に持ってんのかなぁ……どっちでもいいか。





まあ、そんなこんなで、3時ごろになったらいつもの休憩時間。
午後からなんだから、別に休憩はいらないとは言ったけど、なんとなく押しきられてしまった。
「そういえば……わかばちゃんって絵本描いてるんだって?」
「はい!! ずぅっと昔から描いてます。 でも、なんでですか?」
ゆのはも一緒にみかんを食べながら、3人ののどかな休憩時間。
「いや、穂波ちゃんから聞いたから。 どんなの描いてるのかなと」
「お見せしましょうか?」
「え、いいの?」
「はい、何冊か持ってきますから、待ってて下さい」
絵本が置いてあるとすれば、たぶんわかばちゃん自身の部屋だろう。
そう言うととたとたと足音を立てて、わかばちゃんは居間から走って行った。
「……そういえばゆのは、ひめ知らないか?」
あいかわらずゆのはのみかんの皮は無残に散っているが、それに関しては今はつっこまないことにした。
それよりも、今朝帰ってから見かけないひめの方が気になる。
「むぐ……   知りませんよ。 拓也が起きてくる前に出かけたきりですから」
「そうか……」
「……なにかあったんですか?」
あったと言えば確かにあったんだが、なんだか未だに頭がこんがらがっていてうまく説明できない。
「いや、ちょっと気になっただけだよ」
「ふぅん……?」
とりあえず今は、何も言わない事にしておこう。
きっとひめ自身も、ゆのはには聞かれたくないことのような気がしたから。
「お待たせしましたー」
そうしている間に、わかばちゃんが言葉どおり何冊かの絵本をもって戻ってきた。
どさっと机の上に置かれた本の中から、俺はとりあえず一冊を手に取ってみる。
表紙には何か透明なものが吹き付けてあって、クレヨンで描かれた絵がかすれたりしないように、きちんと定着されていた。
まるまるっとした線で、大小2匹の恐竜が描いてあった。
「ほう……」
なかなか味のあるほのぼのとした絵だ。
個性もちゃんとあってうまいような気がする。
「『がおがお』?」
俺はページをめくった
恐竜の親子の一日を描いたおはなしだった。
ほのぼのした絵で、ほのぼのとした恐竜の親子のほのぼのした日常が描いてあるだけだった。
「……拓也、これって……」
俺の横から覗いているゆのはが微妙な表情で言いかけた事もわかる。
出てくる文章はすべて。

がお、がおがお。がぁっ。きゃん。
がお。がお。ううっ。がつがつ。

と、こんな調子で、ひとつも人語が書いていなかった。
かかれている日常も他愛が無く、じゃれたり、食べ物を食べさせてもらったり、他の親子と会って、子供同士喧嘩したり、で、日が落ちるとねぐらに帰って寝る。ただそれだけ。
でも、この親子がしあわせなコトはわかった。
「……ふーん」
読んでいて、ゆのはもその雰囲気は察したのか、少し微笑みながらそうもらしていた。
そう、わかばちゃんの中から切り出された世界、読んでいてなんだかあったかい気持ちになる。
「どうですかー?」
「うん、いいね。 俺はこんなのは好きだな」
「私も。 でも言葉がないとちょっと判りにくいかな」
「そうかな。 恐竜さんだからそれじゃないかなって思ってたけど……」
「いや、これでいいとおもうよ。 変に人間の言葉使うよりもいろいろ感じたし」
俺はそう言うと、『がおがお』を机に戻し、次の絵本を手に取った。
おじいさんとおばあちゃんがいた。
なぜかおじいさんはヨロイカブトを着ていた。
「……マイク」
またゆのはが小さく声を上げた。
……ああ、なるほど。これはみつ枝さんと死んだおじいちゃん…ゆのはが前にとりついた人、マイクさんのコトなのだろう。
まさかゆのはがいた当時にヨロイカブトを持ってるわけは無いから、気付いたのはそこじゃなくて、きっとすぐにいたずらを考えつき、すぐにやってみずにはいられないような子供みたいなところ。
…なるほど、これもなかなかいいな。


それも読み終えて、机の上に戻す。
「……あ、そうだ。 わかばちゃん」
「はい、なんですか?」
「穂波ちゃんから『ゆのはな』って絵本があるって聞いたけど、それは?」
穂波ちゃんがまずはそれを読んで見ろと言っていたのを忘れていた。
このゆのはな町の名前を持った絵本。一体どんな物語が描かれているのか、気になっていた。
「あー、あれはですねー。 拓也さんが来て2、3日くらいの時に、椿ちゃんが貸してくれって言って、まだそのままなんですよー」
「あ、そうなの?」
ちょっと残念。
「椿ちゃんがいいって言ってくれたら、今から返してもらいにいってもいいですけど……」
「いや、どうせもう休憩時間終わりだし、今度俺から聞いてみるよ」
「そうですか? すみません、拓也さん」
「いいって。 ゆのは、そろそろ仕事に戻るぞ」
「あー、まって、もう一個食べてから」
まだ食うかこいつは。





で、またも労働労働。
働いて働いて。背中流して肩を揉んで働いて!!
そんなこんなで時間が飛ぶように過ぎていき。
夕方が来て、たちまち夜!!


で、ようやくしめの清掃も終わって。
「みんな、ごくろうさまー」
「ごくろうさまでしたー」
「御苦労様でした」
「お腹減ったお腹減ったお腹減ったよぉ」
「お腹と背中がくっつきそうですー」
いつのまにか帰っていたらしいひめと、ゆのはのダブルおねだりが今日も発生。
「ゆのはちゃん、ひめちゃん、ちょっと待っててねー。すぐ準備するから」
「あんまりあまやかさないでください。 つけあがりますから」
「いいんですよー。 それにわたしもお腹ぺこぺこですしー」
そう言うと、とたとたと台所の方へと行ってしまった。
「拓也さん、今日の分ですよー」
そして、待ちかねた今日のお給金。

―所持金 0016800―

今朝の掃除の分とあわせると随分たくさん貰ったように感じるぜ!
「ありがとうございます!!」
「拓也さんはいつも元気だねー」
「ええ、元気なんで、お腹だっていい声で鳴いてますよ」
「ほんとうだねー。では、元気な三つの胃袋を、満足させる準備をちゃちゃっとするかねー」
そう言って、みつ枝さんも居間から出ていき、台所へと向かっていった。
そしていつものごとく残される俺達3人。 とくれば次にくるのは……
「さて拓也、今日の分を渡しなさい」
「なんか高圧的だな」
いつものことだが。
「そういえば今日、どこ行ってたんだ?」
「公民館です」
まあ、ここもいつもどおりだったってコトか。今朝のあの態度は一体なんだったんだ?
……ゆのはがいるからそれは聞きにくいしなぁ。
「とにかく、なんでもいいですので……  神の名において浄財!!」
俺の懐から飛び出した2枚の封筒から、合計7枚の札びらと4枚の硬貨が飛び出して、空中で踊ったと思うと賽銭箱へ吸い込まれていく。

―所持金 0000000―
―お賽銭 0090000―

「ふむ、今日も中々の金額ですね。よきかなよきかな」
「……そういうなら少しくらい小遣いくれてもいい気もするが……」
例の日も近いし、せめて5000円あればなぁ……
「ダメです、拓也には祠を直すという使命があるのですから」
まあ、言っても無駄なのは分かっていたが。







で、飯喰って歯を磨いて、寝間着に着替えて布団を敷く。
そして就寝!  さっきも言われたが祠を直すため明日も労働だ、早めに休まねば。
「……拓也、ちょっといいですか?」
「ん、ああ、なんだ?」
突然無表情に呼びかけてきたひめ。
ちなみにゆのはは自分の布団をしいたその時点で眠りについていた。
まあ一応ほぼ一日つきあってもらってたわけだし、いつものことだから別に何も言わないが。
「いえ、お小遣いが欲しいと言ってましたから……これで二回目ですよね?」
「ん……ああ、まあそうだな」
この流れはお説教か? 確かに自分の立場でいえたものでは無いと思ってはいるが……
「昨日と今日の稼ぎはそれなりだったので……理由によっては考えてあげてもいいですよ」
「本当か!?」
「理由によっては、です。 嘘は許可できませんからね」
「……ううむ……」
できればひめにも黙っておきたかったんだが……ここで下手な嘘を言って取り消されればチャンスを捨てることになるし……
「……わかった、ちょっと耳貸せ」
話してる途中でゆのはが起きないとも限らない。
念のための保険として、小声で話すことにした。


「…………………………………と、いうわけだ」
「……そう、ゆのはの……」
「だから、せめてそのくらいの金があればなと……」
「…………」
「……ひめ?」
「……いえ、そうですね。 それなら、少しくらいは考えて上げてもいいです」
「そうかっ! よかった」
「では、そうですね…… 以前と同じ、賭けましょうか?」
「……賭け?」
なんか前回のは偶然か必然か、賭けにもならなかったような状態だったんだが……
いや、でもひめはゆのはよりは手ごわい気がする……根本的には同一人物のはずなのに、なぜかそんな雰囲気が。
「明日一日で一万円稼ぎなさい。 一円でも下回ったら、拓也に渡すお金はありません」
「……一万?」
「三日で五万の前よりは楽ですよね? それで失敗したら、前と同じ、私の奴隷になっていただきますよ」
「あ、いや、ひめ?」
「問答無用です、明日が楽しみですね」
と、言うと、時々見せる口元だけの笑顔を一瞬作り、俺の言葉も聞かず、自分の布団の中にもぐりこんでしまった。
……一応、一万以上稼ぐ手段は俺はすでに持っている。
まあ、ある意味雪かきよりきつい仕事になる可能性は十分に秘めているのも確かだが。




なんとなく、ひめはその仕事が入ってきている事を知っていてそんな事をいったような気がした。



 

 

12/27へ続く


 


戻る

 

 

 

 

 

 

 

SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送