―12月27日―
 

 






「さ、さむひぃ……ふんっ」
「くわぁっっっっ!!」
なんだかもう毎朝のように蹴り飛ばされて起きているような気もしてくる今日この頃だが、今朝も顔面にゆのはの蹴りが入った上に布団も奪われて目が覚めた。
「ひどいよゆのは……」
と言っても始まるわけでもなく、大人しくがばりと跳ね起きて窓を全開!!
眠気なんか一瞬で吹き飛ぶ冷たい空気を、深呼吸で思いっきり肺に送り込む!!
「うおおっ! 今日も酸素の充填、完了おおぉぉお!!」
「ぷるぷる……さむひ……ゆきさむひ……」
改めて振り返れば、自分の布団を蹴っ飛ばして、俺から奪った布団をしっかりと掴んでいるゆのは。
で、その向こうでは。
「……ゆき……さむぃ……かかさま……」
これまたいつもの如く繭のように布団ごとまるまっているひめ。
……うーむ、寝言から察するに昔のことでも思い出してるのか?
昨日持ちかけてきた話も、なんか不可解だし……
「……にゅう……」
と、考えていても仕方ないな、不可解でも勝負は勝負だ、今日一日頑張らねば。
とりあえず窓は閉めて、てきぱきと服を着替える。


で、いつものように食事の準備して。

いつものように朝飯食って。


そしていつものように渋蔵さんの登場だぜ!
「さぁて、青年。今日はどこで働く気だ?」
「あの、その事なんですが、ひとつ相談が」
「おうなんだ、言ってみろい」
ちなみにゆのはとひめはごはんに夢中で今日はここまで来ていない。
ひめの方は、俺が渋蔵さんにこう聞くのをわかってて来なかった気がするのは気のせいだろうか。
「今日だけで1万稼げるバイトって無いですかね?」
「一万? 二日もありゃぁそのくらいどこでも稼げるだろうが……今日一日だけでか?」
「はい、雪かきでもなんでもいいです」
まあ、すでに当てはあるし、さすがに差し出がましいお願いなのは判っているが、一応別に何か無いか聞いておく
「いや、雪かきは今は必要ねぇな。 しかし青年、今日一日だけってぇのは、理由でもあんのか?」
「……はい、なんというか、今日中に稼ぐことに男の威厳と兄の意地と恋人の立場がかかってまして」
「ほう、なるほど。 何があったかは知らねぇが、そいつは大変だな……協力してやりたいところだが、悪いな、今日一日だけとなると、俺には心当たりはねぇ」
「そうですか……いやまあ、一応個人的にアテはあるんですけどね……」





まあそんなこんなで俺は昨日の話を信じて春日デンキへ
―行く前に、白摘茶房から出てきた穂波ちゃんとはちあわせた。
「あ、草津さん。 おはようなのです」
「穂波ちゃん、おはよう」
「あの、今日のバイト先は決まってるのですか?」
「まあ、一応深いわけがあって春日デンキに……」
「え? 尚樹さんの所なのですか? ……えっと……」
いや、気持ちは分かるがそんな微妙な表情されても困るんだけど。
……というか、穂波ちゃんから来てくれって言ってくるって珍しいな?
前は榛名さんが倒れたときだったけど……
「……まさか、榛名さんに何か!?」
「いえ、風邪が再発というわけではないのです。 ただお腹の赤ちゃんのこともあるから、今日は検査のために隣町の大きい病院に……」
「そうか、安心したよ」
「出発はランチタイムの後なのですが、病院に行くって聞くと、なんだか心配になって……」
「なるほど……でもゴメン、ぜひ手伝ってあげたいけど、今日だけはどうしても尚樹さんとこで働かないといけないんだ」
「……何かあったのですか?」
「……バイト代のことでひめと賭けをしていて……」
「バイト代で……賭け? ……あ、もしかして31日のためなのですか?」
どうやらわかばちゃんは。31日の事はちゃんと他の皆にも伝えてくれているらしかった。
あとは俺が今日稼げるかどうかにかかってるわけか……
「それでは仕方ないのです。 今日一日頑張ってください」
「ああ、ありがとう。 それじゃ……」
「あ、居候! 今日こそは天誅を下してやるわ!」
と、穂波ちゃんと別れようとしたところで、なんか勢いづいてる由真が現れた。
「うお由真っ!? ま、また理不尽な言いがかりで俺を亡き者にしようと!?」
「理不尽じゃないわ! アンタの偽中華に、いつまでも大きい顔をさせないって言いにきたの!!」
「偽中華? 俺あれ以来作った覚えが無いんだけど」
というかそもそも白摘茶房のバイトにもあれっきり来た覚えが無いし。
「そんなの関係ないわ! わかばの味覚をおかしくしたくせに!」
「な、なに!? わかばちゃんの味覚が!?」
「……草津さん、そう深く考える必要は無いと思うのです」
「そうよ、よりによって、あんたのインチキ丼が美味しかったなんて言ってるんだから!!」
「……おい」
「それを言いがかりと言うんだと思うのです。それに、草津さんのどんぶりはそれなりに美味しかったですし」
それなりって、ばっちりとは言ってくれないわけね。
まあ榛名さんの料理をいつも食べてる穂波ちゃん相手じゃそういわれても仕方ないか。あの人の料理には、どんなに修行をつんでも勝てる気がしない。
「誰がなんと言おうとアタシは認めないわよ!! 居候! 今日はアタシのスペシャルメニューでアンタのインチキ料理を粉砕してあげるわ!」
「つまり、自分も新メニューをつくるから、俺に味見をしてほしいと?」
「……………………悪いッ!?」
すごい剣幕で由真が『たがみ』の店内に戻って行った。
「宇奈月さんのスペシャルメニュー……」
「いったいどんな料理になるんだか、分かったもんじゃないな」
「スペシャルメニューか……」
「ん?」






「やあ同志拓也くん、よく来たね。 歓迎するよ」
「いえ、ちょっと急にお金が必要になったので、お店の手伝いをさせてもらいにきました」
ええ、あくまで『お店の』手伝いを。
「あはは、君もゆのはちゃんみたいにしっかりしてるねぇ。大丈夫、バイト代は約束通りの額をちゃんと出すよ」
「はあ、どうも」
まあ、それが約束されているなら問題は無い。
賭けの額を2000も超えてるから、ひめも文句のつけようが無いだろう。
「それより、拓也くんっっ! 自分の単車にクワゥテモクと名づけるなんて、君はなんて素晴らしいセンスをしているんだ!」
「え!?」
「いやー、昨日君に追い返されてから穂波ちゃんに会ってね、ちょっと話した時に聞いたんだよ」
「それがなにか?」
そういえば、確かに穂波ちゃんにはクワゥテモックの名前のことを話した気がするが……何かあったのか?
「そう、フレッチャー級DD−573ハリスン、わが国の海自にも配備された、アメリカ海軍屈指の名鑑!!」
「はぁ、名鑑……」
「駆逐艦ハリスンは太平洋戦争で、わが国にも馴染み深い艦だからねぇ。 大和の沖縄特攻も迎撃したし……」
「ええと……」
「そう、ご明察の通り、DD−573ハリスンは、対戦後の68年に米軍からメキシコ海軍に給与され、艦名をクワゥテモクと変えている。 しかしまさか、駆逐艦の名前を自分のバイクに冠するなんて、さすがのセンスと言う他にないよ!」
「そ、そうだったのかぁぁ!!」
……と叫んではみたものの、俺は戦艦のことなんてまるで分からないし。 それが凄いのかどうかももちろん分からない。
というかクワゥテモックの名前と同名の戦艦が存在しているなんてカケラも知らなかったし、第一その名前の由来はそんなものじゃなくてもっと偉大な英雄の……
「あ、それとも海軍練習艦の帆船クワゥテモクのことなのかい? 2002年には我らが聖地、晴海にもやってきたよねぇ!! 僕は仕事でいけなかったんだけど、拓也くんは見に行ったのかい? どうだった? 間近で見る帆船は大迫力だろう!?」
「あ……ええと」
「いや、いいよ。今度写真を見せてくれたら!! それにしても、こんな近くに同志がいるとは思わなかったよ! 拓也くんは最高だなぁ」
「あ……いや、ちょっと……」
同志って、さっきから出会い頭に何を言ってるのかと思ってたらそう言うコトか!
「そういうわけで、同志拓也くんとは今後、いっそう親密な関係を構築していきたいと願ってやまないよ、結婚したいくらいだ!」
「結婚は嫌ッス」

……なんかものすごく最先不安な空気が、入店したその時点で展開されてしまった。
一度外の空気でリフレッシュするために、了解をとって一度店外へ。
開店までまだ少し時間があるからと、尚樹さんは白摘茶房にコーヒーを飲みに行った。
俺は春日デンキの前で深呼吸で新鮮な冬の空気を胸いっぱいに。
「すぅぅ……はぁぁぁ……」
「はぁぁ……っ」
「!?」
吸い込んだと思ったら、目の前に由真がいた
「わーっっ!! な、な、なによ、おどかさないでっっ!」
「そ、それはこっちのセリフだ」
「俺はいま、息抜きに失敗したところだ」
「なによそれ…………! な、なんか居候の顔を見たら闘志湧いてきた!! がんばるぞー! おーっ!」
「ん? スペシャルメニュー、うまく行ってないのか?」
「そ……そこを追求したら、そのドテッ腹に大穴が開くわよ……ん、ん? そういえばなんでアンタデンキ屋から出てきてんのよ」
「ああ、ちょっと早急に1万円が必要になってな。やむなくここのバイトを」
「なんだそう……って、その肝心のデンキ屋が白摘茶房にいるわよ?」
由真が白摘茶房の店内に目を凝らす。
まあ、今はいっていったところだし、いてもなんら不思議じゃないだろう。
「開店まで時間があるから、コーヒー飲みに行ってるみたいだけど」
「……ふぅん?」
由真と一緒に店の中を覗くと、尚樹さんがなにやら物憂げな顔をしているのが見えた。
たぶん、戦艦の事でも考えているんだろう。
視線の先のカウンターの中では、穂波ちゃんと榛名さんが編み物をしながら雑談中だ。
「ハッ!! まさか……まさか、まさか!? そうか……ありえるわ!! こ、これは大ピンチよ、由真!!」
「どうしたんだ?」
「あのペドフィリアの戦艦オタク、よりにもよって、ほなみんの貞操をねらっているのよ!!」
「はぁ?」
「間違いないわ、あの、カウンターのほなみんに向けられた思慕の視線!! 一見物憂げで、その実、劣情を込めた眼鏡の奥の瞳!!」
「いや、確かに物憂げだが」
こもってるのか? 劣情。
俺にはいつもの如く戦艦の事で陶酔しているようにしか見えないんだが。
「思った通りヤツは危険なペドっこどうぶつなのよ。 そして、もしほなみんがデンキ屋の毒牙にかかったら、そのときは!!」
「そのときは?」
「恋に破れた手負いの野獣拓也が、やりきれぬ邪な情欲を、わかばに向けるのは必至!!」
「いや、いつ俺が穂波ちゃんに恋を」
そう勘違いするにしても、せめて毎日白摘茶房に毎日行ってるとか、そういうくらいならまだ分かるが……
祭り明けのせいか、ゆのはな町の連中はなんか軒並みテンション高いなぁ。
「こ、こうしちゃいられないわ、災いの芽は早めに摘み取らなくちゃ!! ……とうっっ!!」
人の話も聞かず、由真が白摘茶房に駆け込んでいく。
やっぱり、何とかした方がいいのかなあ。
正直、手は出したくないけど。


「デンキ屋――――っっ!!」
「あら、いらっしゃい……」
「やあ由真ちゃん、今日も元気だね。 それはさておき……」
「それはさておき、聞きたいことがあるわ! あんた、牛スジ丼と親子丼と、どっちが……」
「それよりも由真ちゃん、これを見てよ。ほら、今月のMARUにだね、航空母艦の処女航海の模様が……」
「処女公開!?」
「あぁ、いい響きだなぁ……処女航海」
「わ、わかったわ……もういい! 残念だけど仕方ないわ。今すぐアタシが苦しめずに仕留めてあげるから……」
「宇奈月さん、どうしたのですか?」
「ああ!! ほなみん、聞いて!! このペドが……  ん……それよりも前に、ほなみんも確認することがあったわ。 ほなみん! あんた眼鏡の男ってどう思う?」
「え…………? ち、知的な感じがすると思うのです」
「ぐぐっ……! そう、知的な男が好き?」
「いえ、特に……好きとかそういうことは」
「じゃあ、ほなみんはどんな男がタイプなわけ?」
「そ、そんなの……わかりません」
「そんな!! わからないとすごく困るのっ! ねえ、ほなみんの恋愛観を、いま聞かせて! そして邪悪なペドの野望を粉砕してっっ!!」
「……………………じゃあくなぺど?」
「だめだよ、由真ちゃん。穂波ちゃんが困ってるじゃないか」
「きぃぃぃぃっっ!! 第三者みたいな顔でその汚らわしい舌を踊らさないでっっ!!」
「あらあら、どうしたのぉ?」
「は、榛名さんっ!! 安心してください、ほなみんはアタシが守ってみせますから、大船に乗ったつもりでいてください!!」
「大船といえば、ほら、この航空母艦信濃は大型巨砲主義のシンボルとして名高いかの戦艦大和の三番艦を改造したもので……」
「いいから、来いっっ!!」
「わ、わぁぁ!? な、なにするんだ、由真ちゃん!?」
まるで渋蔵さんのような強引さで、由真が尚樹さんを引きずって白摘茶房から出てきた。
いまや尚樹さんの生命は風前の灯!

……かと思ったが、ちょうど『たがみ』のご主人が飛び出してきて、言い訳する由真を叱って店内に引きずり込んでいった。
解放された尚樹さんが、くびをかしげながらも俺に『じゃあ、今日はよろしく』の一言声を掛けて店に戻っていった。
そしてじたばたしながら連行される由真。
……という今までの光景を見ていた俺の素直な感想としては、由真はとりあえず俺やゆのは以上の単純バカだと思った事だ。
ただ由真の場合は回りに与える物理的被害が大きいのがそれ以上の原因だが……
とりあえず、今はたがみの店内から立ち昇る黒い煙が、俺をいっそう不安にさせるのだった。まる。




とりあえず今日のメインの業務は店番で、客の対応をするくらい。
修理とかは置くで締め切りに追われているらしい尚樹さんを呼べばいいと言われたが……、完成の締め切りに追われるって、大学のレポートくらいしか思いつかないからどの程度の深刻さなのかはいまいち分からない。
が、店番に12000も出すくらいだ、ああいう人達にはものすごく重要なんだろう。
「日本人なら誰でも名前は聞いた事はあるだろう代表的な戦艦と言えば、やはり大和だね。 大和は、艦隊決戦の切り札となるべく、昭和12年11月4日に呉海軍工廠で起工されたんだ。その後、対米英開戦直後の昭和16年12月16日に海軍に引き渡され竣工、第一戦隊に編入され、昭和17年2月には、12年間にわたり連合艦隊の旗艦を務めた長門から旗艦の地位を譲り受け将旗を掲げることになったんだよ。 そしてかの太平洋戦争では(以下略)」
……と、言いたいところだが、結局ペーパークラフトの簡単なところだけだが手伝わされるはめに。
一応他の家は昼食中だったりで最も客の入りが少ない時間帯だけという話だが、それでもこの戦艦の話を聞き続けられることには変わり無い。
ここまで語りながら手を休めず作業できるあたりある意味凄い気がするが、それを尊敬する気は全く起きない。
「草津さーん、いないのですかー?」
「あ、尚樹さん、穂波ちゃんが店に来たみたいなんで」
「ああ、行ってきてくれたまえ」
ふう、一時的とはいえ助かった。


「よぉ拓也、しぶぞうから聞いたよ。 魔窟でがんばってるって」
カウンターに顔を出すと、穂波ちゃんに並んで椿さんも立っていた。
「あ、椿さんも来てたんですか。 店は?」
「しぶぞうに店番させてる」
まあ、予想通りの答えだな。
「ところでひめと賭けしてるんだって? 例の話の金を稼ぐためか?」
「ええまあ、当人との賭けで勝ち取った金でってのも、なんか違う気はしますが……」
「でも、草津さんにはそれ意外に方法が無いのです」
「……本当に普段一銭も無いんだな」
「全部ひめに搾……管理されちゃってますからね……」
3年前の賭けの妨害の事もあるし―と言ってもあまり妨害にはならなかったが―
なんかひめかゆのはのどっちかが、どっかで聞き耳立ててそうな気がしてならないんだが。
「ところで、何か? 電池でも買いにきたんですか?」
「いや、さすがの拓也もココはつかれるだろうと思って差し入れをね」
そう言いながら、笑って俺の前にドンと弁当箱らしきものを置く。
「これ、椿さんが?」
「いや、しぶぞうが」
ああ、一応渋蔵さんも応援してくれてるんだな。
今朝の俺の決意が伝わったんだろうか。
「……って、ばらしていいんですか? 渋蔵さんの性格からして言うなって言ってそうな」
「ばらしたのがばれなきゃいいんだよ」
つまり黙ってろって事ですね。うん
「私からはコーヒーなのです」
穂波ちゃんは、そう言いながら小さめの水筒を取りだした。
「お、ありがたいなぁ」
「穂波ブレンドなのです。 この間のお礼に、実験台一号に草津さんを」
「それは光栄だな」
はっはっは、そのくらいの言い回しで動じるような俺じゃないぞ。
「じゃあせっかくだから熱いうちに……」
椿さんの持ってきた弁当箱をひとまず横に置いて、あったかいコーヒーを口に含む。
「ちゃんとミルから挽くのは、これが始めてなのです」
「ふーん、どれどれ……? ん!? んん、美味い!?」
「へぇ、ほなみんコーヒー淹れられるんだな。 後で私にも淹れてくれないか?」
「いいですよ。後でお店で淹れなおします」
「しかしまいったな。拓也ブレンドよりゼンゼン美味いぞ、これ」
「本当ですか? コーヒーはもともと好きだったから……」
「そういえばそうか。 なんとなく、穂波ちゃんのイメージって、コーヒーよりも紅茶って感じなんだけど」
「……紅茶も淹れてみましょうか?」
「そうだな、そっちも期待してみるとするよ」
まあ、穂波ちゃんの場合、『黒い』コーヒーが好きだっていうイメージもあるにはあるんだが、それは黙っていよう。
「はぁぁ〜、でーきーたー」
と、二人と和やかに話していると、由真が満面の笑顔で春日デンキに入ってきた。
「また来たのか。 悪いがデンキ屋に金属バットは無いぞ」
「誰がそんなもん買いに来るのよ!! スペシャルメニューが出来たの!! 受けて立つ約束でしょ!?」
そーいや、そうだった。
「なんだ? スペシャルメニューって」
「おねえちゃんが、草津さんの料理をおいしいって言ったそうなのです」
「ああ、なるほど」
ううむ、何度聞いても理不尽な理由だよなぁ……
しかし由真と料理対決か。 なんだか嫌な予感がバシバシするなぁ。



朝に続いてもう一度店から出て、由真が持つ皿と俺は対峙する。
「さあ、今こそ食べるがいいわ! 由真特製・鰤と長芋のチャーハンよ!!」
「「……ブリ?」」
「ぶ、鰤を炒めたのか!? しかもデッカイのがゴロゴロと」
そのとき、少しだけ開いた入り口から、たがみの店内が俺の視界に飛び込んできた。
「ちょ、ちょっと待て! あの店内にもうもうと渦巻く黒い煙と、倒れて動かない店主はなんだ!?」
「目の錯覚よっ! さあ、男なら味見なさい!」
「……こほん。 その前にひとつだけ聞かせてくれ。 お前は、味見したのか?」
「味見……そういえばしてないわね。 でも、そんなの関係ないわっ! 約束なんだから、拓也が食べるの!」

!!

まずい。非常に危険だ。
か、考えろ拓也――――――そうだ!!
「俺が食べて審査していいなら、なに食っても俺の勝ちにしちまうかもな」
「…………ぐぐっ!?」
お、流石に効いたか?
「わ……わかったわ、審査員一人は公平じゃないわね。 ほなみん!! 椿!! あ……あれ、いない!?」
二人とも逃げたか……

大正解だ!!

榛名さんがいない間に穂波ちゃんをえらい目にあわせるわけにもいかないし、椿さんも俺との揉め事に巻き込まれて何かあったとなれば、渋蔵さんに何を言われるか。
「わかった。俺も食うから、お前も食え。同時だぞ、いいな?」
「いいわよ、べつに…………はむ」
「はむ……むごむご……」
俺達は同時に鰤チャーハンを自分の口に運んだ……












「「ギャあああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」」















ハッ!!
す、すごい幻覚を見たぜ。
俺のシステムに重大な欠陥を生じせしめた鰤チャーハン……恐るべし敵だったぜ!
「きゅぅぅぅ……」
さすがに由真もぐったりしているな。
「ん、んんっ……な、なにがあったのかしら、ゆ、アタシはたしかわかばとお風呂で……」
こいつはずいぶん楽しそうな夢を見ていたようだ。由真の奴め、なんて危険な毒物を!!
俺は朦朧としている由真のもとへ駆け寄り。
「由真、由真、しっかりしてー。 ほら、これを食べると楽になるよー」
と、わかばちゃんの声を真似て語りかけた。
「あ……ぁぁ、わかば、わかば、アタシのために」
「いいから、食べてー。 ほら、美味しい鰤のチャーハンだよー」
「うん、わかば……はむ、はむ…………がくっ」
横たわった由真の身体を路肩に寄せた俺は、ヨロヨロと春日デンキへ戻る。
うぐぐ……。
まだ体内に毒が残っているらしい。
め、めまいが……



「おかえりなさいなのです。 コーヒーまだありますよ?」
「見てたよ、ごくろうさん。 口直しにしぶぞうの弁当食うか?」
「穂波ちゃん、椿さん……ありがとうございます」
逃げ出していた二人は、まだ春日デンキの中にいてくれた。





で、そのあと時々やってくる客と言えば、非常用の懐中電灯の電池の買い替えとか、頼んでいた修理が終わってるかの確認とかばかりで、そしてその合間に時々いつもの演説を聞かされながらのペーパークラフトの手伝い。
……ちなみに、演説の最中にわかばちゃんも様子を見に来てくれて、一度助かったのは言うまでも無いけれども
わざわざ見に来るあたり尚樹さんがどう見られてるか、なんだかよく分かるなぁ……


まあ、そんなこんなで時間は過ぎて、夕方の閉店時間。
「ごくろうさま、あとは僕一人でも、日が変わる前には仕上げられるよ」
「そうですか、まあ、がんばってください」
あー、なんかまだ頭の中で尚樹さんの意味不明な言葉の波が渦巻いているような錯覚が……
「はい、じゃあ約束のバイト代」

―所持金 0012000―

「ありがとうございます!」
封筒の中身を確認して、ようやく今日の仕事が終わった! という実感が出てきた。
体力的にはなんら問題ないけど、精神的に妙にきつい日だったように感じるぜ!
「できればまんが祭りの方にも手伝いに来て欲しかったけど、拓也くんにはゆのはちゃん達もいるし、そういうわけにはいかないね」
「そうですね」
……一日の労働から解放された気分が、この一言でなんか減退した。



「草津さん、おつかれさまなのです」
店を出ると、穂波ちゃんが立っていた。
「あ、穂波ちゃん。 どうしたの?」
「いえ、草津さんが無事か気になったのです。 延々聞かされたんじゃないのですか?」
「もういらない知識で脳がパンクする気がするくらいに延々と」
「頭に入ったのですか?」
「いや、全然」
「尚樹さんの話は、万が一聞くつもりがあっても、覚えきれないと思うのです」
万が一、ね。
俺としては億が一とでも言いたい気がするが、それでも同じ趣味の人は、この広い世界、探そうと思えばいくらでも見つかるだろう。
その仲間に入りたくは無いけど。
「ほーなみん!!」
「……きゃっ! ゆ、ゆ、ゆ、由真さん!?」
いきなり背後からとびこんで来たらしい由真が、穂波ちゃんの背中をぽんと打ちながら声を掛けてきた。
「由真、なにしてるんだ?」
「あ、居候。 ちょうどいいわ。 ほなみん! あなた気をつけて!!」
相変わらず何がなんだか分からんが、突拍子が無い
「……な、なんですか?」
「デンキ屋よ、デンキ屋! あのペド大王がほなみんのこと狙っているらしいのよ! ね、居候?」
「まあ、その可能性は否定はできないが……」
とはいえ、俺としては肯定も出来ないと思う。
確かに、俺がこの町に戻ってきてから見ても、白摘茶房に何度も足を運んだりしているようだけど、どっちかというとそれは日課で、そういった様子がある用には見えないし……
今朝みた物憂げな表情も、戦艦のこと考えてるんじゃないかとしか、俺としては思えない。
「ど、どこでそんなことを!?」
……まあ、目の前の二人はそれどころじゃないみたいだが。
「え、えっと……確かね、今日の昼間、なんかで読んだのよ。 いやテレビのニュースでやってたのかな……あれ?」
急に頭をかかえはじめる由真。
おいおい、新聞にもニュースにも尚樹さんの事なんて書いてないぞ。
「と、とにかくっ、デンキ屋がヤバいのよ!」
「昼間、なにがあったか覚えてるか?」
「お、おぼえてるわ! 可憐なアタシは、病弱で立ち眩んで意識朦朧で、いつの間にか貧血みたいな感じで倒れちゃったの」
恐ぇぇ!
鰤チャーハンの毒が、記憶障害を引き起こしているのか!?
そういえばわかばちゃんの味覚で(一方的に)争っていたような態度が見えないしなぁ。
「そんなことはどうでもいいでしょっ! とにかくほなみんは危険だから、夜間外出禁止! さ、こっち来なさい」
「え?」
「あ、居候、デンキ屋にほなみんのことそれとなく尋ねなさい。 で、やばかったら仕留めろ」
「命令かよ!」
「あ、ちょっと、宇奈月さん〜っ!!」
言うだけ言って、人の話など全く聞かず、由真は穂波ちゃんを昼間の尚樹さんのように連行しながら去って行ってしまった。
まあ、もし尚樹さんがダークな欲求を抱いていたとしても、由真が一緒なら大丈夫だろう。
なんか色々と屈折している気がするが、由真が友達思いなのはまちがいないよなぁ……
結局、どういう関係のつながりが由真の脳内で形成されているのか分からないが、最終的にはわかばちゃんのためなんだろうけど。






「……確かに、12000ありますね」
で、伊藤家に帰って飯と風呂をいただいて、ゆのはも眠ってしまった後に、二人の賭けに決着をつけるべく、俺はひめと対峙していた。
「賭けは拓也の勝ちです。 でも全部は渡せませんよ」
「え?」
「当たり前です! 確かに昨日までの数日の稼ぎは大したものでしたが、それでもまだまだ修理費には足りません。 ですが賭けは賭け、その分のお金は渡しますが、それは稼いできたぶんの半分だけです」
……まあ、やけに素直だなとは思ってたけど、結局そう言う流れか。
「いや待て、一万円札一枚と千円札二枚だぞ? どうやって半分に……」
「この場にあるお金が、これだけというわけでは無いでしょう。 とにかく……」
ボウン、といつもの如く賽銭箱がひめの手に現れる。
「神の名において、奉納!!」
そしていつもの掛け声を唱えると、封筒の中の3枚の札びらのうち2枚が舞いあがり、賽銭箱に吸い込まれた。

―所持金 0001000―
―御賽銭 0101000―

「そして…こほん、ゆのは姫の名の元に、これなる者に褒美を与えん!」
これで終わりかと思っていると、ひめが続けてそう口にした。
……と、一瞬遅れて賽銭箱の中から5千円札が一枚飛び出て、くるりと一度宙を舞ったかと思うと、封筒の中に入っていった。

―所持金 0006000―
―御賽銭 0097000―

「はい、これで半分の6000円です。 確認したいのなら確認してください」
「あ、ああ……」
ひらりと床に落ちた封筒を拾い、中身を確かめると、持っていかれなかった千円札が一枚と、今取り出されたらしい五千円札が一枚。
確かに今日の稼ぎの半分の6000円が入っていた。
「……どうしたんですか? それで恋人の威厳とやらが保てるんですから、もっと喜んでもいいものを」
「あ、ああ。 ありがとう、ひめ」
まあ、そうだな。とりあえずこれで例の件の事は大丈夫そうだが……
ただ今は、尚樹さんと穂波ちゃんの事が気になっていた。
正直俺が介入してかきまわすことじゃないと思うが、由真に変に首つっこまれてるからか余計に気が回ってしまう。
……うーむ、明日は白摘茶房に行ってみるか……




 

 

12/28(前編)へ続く


 


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