―12月28日― (前編)
 

 






「スペシャルメニュー?」
昨日由真に騒ぎ立てられたおかげで、今日の俺は穂波ちゃんと尚樹さんの事が妙に気になってしまい、白摘茶房のバイトに来ていた。
「うん……まずはコーヒーからなのです。 今日はちょっと粗めに挽いてみました」
モーニングが終わった後の休憩時間。
穂波ちゃんがまたオリジナルブレンドのホットコーヒーを淹れてくれた。
どうやら穂波ちゃんは、俺や由真に触発されて、自分なりのスペシャルメニューを作ろうというつもりらしい。

どれ……。
ん、いい匂いだ。

「あ、でも……昨日の方が好きかな。今日のはちょっと酸味が強いかも」
「ごく……ほんとだ。  はぁぁ…難しいのです」
穂波ちゃんも一口コーヒーを口に入れると、がっくりと肩を落としていた。
でも、どうやら完全にしおれてしまったというわけではなさそうで、今度は別のコーヒーが入ったカップを取り出して、俺の前に出してくれた。
「こっちにもうひとつ別のがあるんですけど……」
「おっけー! 2杯でも3杯でもどんと来い!」
「うん……」
ゆらゆらとお店の空気を揺らす、コーヒーメーカーの湯気。
穂波ちゃんがコーヒーを淹れるのを見ながら、ランチタイムまでのわずかな時間が、まったりと平和に過ぎる……。
「……わけがありません」
と、思いたかったが、さっきからゆのはがえらい目つきでこっちを睨んでいるわけで。
最初は、ゆのはとひめの二人がいつものごとくモーニングをたかりに来ただけだったのだが、その後の合間のこの時間も二人は延々と居座っている。
ちなみに、ひめはモーニングの時の最後の客に奢らせたものを、まだ黙々と食っている。
「ゆのはちゃん、どうしたのですか?」
穂波ちゃんが新しいコーヒーを俺の前に置きながら、きょとんとした顔でそんなゆのはに声をかけた。
「単なるやきもちだと思います」
「なっ!?」
最後の一口をたいらげたひめが、口周りを拭きながらぼそりとそんな事をもらし、ゆのははゆのはでかなーり分かりやすい反応をしてくれる。
見ていて面白いが、微妙に俺も関わってるんで素直に笑い辛い。
「ああ、そういえば、草津さんとゆのはちゃんは、おつきあいしてしてたのですね」
「あ、あはは、改めて言われるとなんか照れるなぁ、ゆのは?」
「そう思うなら恋人の前で他の女といちゃつくなー!!!」
ゆのは、いろんな意味で爆発。
「……お姉ちゃんの前じゃなかったらいいんですか?」
で、ひめの発言で我に帰り、数秒もしないうちにある意味鎮火。
話の方向性が妙な気もするが、それはそれで的を得ている発言だ。
「いや……コーヒーの実験台ってだけでいちゃついてるってのは無かった気がするんだが……」
「そうですよ、ゆのはちゃん、考えすぎなのです」
「ムキーーーーー!! 拓也と小娘のくせに、言うにことかいて何を生意気なこと言い出すかーー!!」
「…そういうお姉ちゃんも、もう何言ってるのかよくわかりません」
なんだかよくわからないうちにゆのはがキレて、ひめはひめでそ知らぬ顔で……
ああもう、なんでこういつもいつも収拾が付かないような状況に陥るんだろうか。
「ちょっと居候!!」
「こ、このうえ暴れ牛が登場か!?」
「誰が暴れ牛よ! ちょっと来い!!」
これはこれで助かったのか地獄送りなのか。
突然白摘茶房に飛び込んできた由真に襟首を掴まれ、俺は外へと引っ張り出されてしまった。


「なんだ? いま取り込んでる最中で……」
「こっちも忠告! デンキ屋が今日は朝っぱらから妙に清清しい顔をしてるの! ほなみんのこと気をつけるのよ」
「え? お、おう」
と、答えてみたものの、清清しい顔ってのは、結局昨日俺が手伝わされた戦艦のペーパークラフトが完成したからだろうし、それを知ってる身としてはそれほど危機感も感じないわけで。
「あのペドエレキが『僕の40センチ砲の発射実験をさせてあげるよ』なんて、爽やかな顔でほなみんに迫るかもしれないわ!」
「ペドエレキの40センチ砲……って」
一番いらんこと考えてるのって、もしかしなくても由真なんじゃないのか?
「そのとき、ほなみんを守るのは拓也しかいないのよ! アタシはその間もネットリとわかばを守り続けるんだからっ!」
そういやこいつ、俺が華の湯以外のバイトだとそれほどつっかかってこないんだよなぁ。
まあ分かりやすいと言ったら分かりやすいんだが……
「ネットリでもしっぽりでもいいけど、わかばちゃんに変なことするなよ」
「へ、へ、へっ、変なことなんてできないわよーっ!」
「ぐああああああっ!!」
ぶんぶんと手を振り回して照れる由真。その巻き添えを食い、路肩でのた打ち回りながら、なぜにこのような憂き目にあうのか、答えの出ない問いを熟考する俺……。
「あれ、居候!? だめでしょ、そんなところで寝てたら! ほなみんの貞操を守るのは拓也だけなのよ!!」
「そう思うなら、これ以上俺に付きまとうな」
と、由真に向かって言い放ったつもりだったが、そこで定食『たがみ』の戸が開き、店主が由真の襟首をつかんで店の中にひきずっていった。
あいつ、またバイト勝手に抜け出してきたのか。本当に、今までクビになっていないのが不思議だ。



喫茶店に戻ると、榛名さんは奥でランチの仕込みをしているらしく、姿がみえなかった。
……でもって。
「………………」
ゆのはが端の方の席で顔を真っ赤にして、テーブルに突っ伏していた。
「俺のいない間に、何があった?」
「さあ。 ただ、色々と口を滑らせただけなのです」
「お姉ちゃんとお兄ちゃんの3年間がよーく分かりました」
「だーまーれー!!!!」
めちゃくちゃ意味ありげな微笑みとともに答えてくれた穂波ちゃんと、なぜか少しだけ顔を赤らめているひめ。
……一体どこからどこまで口を滑らせたのか非常〜〜に気になるが、聞かない方が精神衛生上よろしい気がした。

とりあえず、状況に耐え切れなくなったらしいゆのはが逃げ出したのは言うまでも無い事なのかどうか。









―いつもながらのランチタイム。
今日のランチはナスのラビオリだ。
俺は料理の腕を見込まれて、カウンターの中で榛名さんの料理の手伝い。
穂波ちゃんはトレイを片手に、爺さん達と和やかにやりとりしたり、聞こえないふりで下ネタをスルーしたりしている。
ゆのはは今朝の事でランチタイムになっても現れなかったが、ひめはまたランチをたかりに来ていた。もはやいつものことなのでスルーする事にする。
そして、ランチタイムが終わる直前に、あの人がやってきた。
「やあ、おはようございます」
「……!!」
「あら、尚樹さんいらっしゃい」
「い、いらっしゃいませ……」
「穂波ちゃん! ついに完成したよ、僕のヴィットリオ・ヴェネトが!」
「は、はい……おめでとうなのです!」
尚樹さんの言葉を受け流した穂波ちゃんが、とててて……と、カウンターに駆け寄ってきて、俺を奥へと引っ張って行く。
「穂波ちゃん?」
「……尚樹さん、来ちゃいました」
かなりおびえた様子で口を開く穂波ちゃん。
……こういう状態を見ていると、間違いなく由真が脅しすぎたせいのような気がする。
いや、とりあえずここは落ち着いて尚樹さんへの対応を考えなくては。
「尚樹さんが穂波ちゃんのことを好きかどうか、確かめるいいチャンスかも」
「あ、あの……その……草津さんが、かわりに応対してくれませんか?」
「俺が!? でも、尚樹さんは穂波ちゃんに用があるんだし」
というか、ペーパークラフト手伝った昨日の今日で、話かけるとどうなったものかわかったものじゃない。
穂波ちゃんには悪いが、戦艦談義はもうたくさんなんだよ……
「わ、わ、私も用があるのです! その……は、背後霊に水を……」
「枯れるのか!?」
「か………………枯れます」
「…いや、その前にそう言う話はもうしないんじゃなかったのか」
こりゃかなり追い詰められているなぁ……由真もわかばちゃんが好きなのは分かったから、ここまで分家の子を追い詰めるのはやめてやれ。
しかし、今この状況で俺が何をすればいいのかも分からないし……ううーむ。
「なあ、穂波ちゃん。 ここはやっぱり穂波ちゃんが出て行かないと、話が進まないだろ」
「でも…………なにを話したらいいか」
「とりあえず気楽に行こう、な。 別に尚樹さんが告白しに来たわけでもないんだ。いつもみたいに世間話でもしてさ」
「う、うん……で、でも……」
「だから問題は簡単に考えるんだ。尚樹さんは本当に穂波ちゃんのこと好きなのかな? 心当たりはあるのか?」
「それは、どういうことですか?」
「うおおっ!!? ひ、ひめ!?」
び、びっくりした! いきなり話に割り込んでくるとは!
「なにやら深刻そうだったので、気になったので来てあげました。 …それより、尚樹さんが、穂波さんの事を好きなんですか?」
正直、大きなお世話だと言いたいが、どうやらしっかりと話は聞かれていたらしい。
「いや、それがわからんからどうすればいいか迷ってるんだが……」
「……色恋の話は本人同士話合うのが一番だと思いますよ」
「……なんかわかったような口ぶりだな」
「…………一応、ゆのはの分身ですから。 3年前の拓也とゆのはのかかわり、しっかり憶えてますよ」
「……」
ああ、そういえば3年前のあの日までのゆのは記憶は、二人で共有しているとか言っていた気がする。
別れた後は記憶も別々らしいけど、あの時点までだとしたら、一応恋がどうこうの経験はある事になるのか?
「……でも……」
「頼りないけど拓也もいますし、行ってみたらどうですか」
まあ、頼りないのは認めるが、それが安心させるための言葉になるか、と言えばNOだろうマイシスター。
「……うん、やってみます。 うまくできるかわからないけど……」
「大丈夫ですよ。 多分」
言葉の最後に多分、とつけると、とたんに信憑性が無くなるのはなぜだろうか。
まあ元々不確定を意味する単語だからしかたないといえばしかたないか。
「う、うん……」
穂波ちゃんが不安そうに喫茶店に戻っていった。
「……ひめ、お前なにがしたいんだ?」
「別に、なにもありませんよ。 ああでも、気になるといえば、さっき尚樹さんが来た時に、ゆのはが外から店を覗いていましたね」
「ゆのはが?」
今朝みたいなことがあったんだし、今日は白摘茶房には近づいてこないと思っていたが……
なんか嫌な予感がビンビンとしてくる。
「何しようとしてるかは、大体予想は付きますけどね。 それより、店に戻らなくていいんですか?」
「あ、ああ。そうだったな」
流石分身というべきかなんというか、ひめにはゆのはの行動は大体分かるようだった。


「あ、穂波ちゃん!」
「は、は、はいっ!」
店に戻ると、すでに穂波ちゃんと尚樹さんの応答は始まっていた。
しかしうまく舌が回っていない。やっぱりいつも通りの応対というわけにはいかないみたいだな……
「ごめんね、戦艦を見せてあげたかったけれど、完成品は宅配便で東京に送ってしまったんだ。代わりと言ってはなんだけど、これを……よかったら穂波ちゃんに」
尚樹さんが、ショルダーバックから一冊の本を取り出した。
「……『人間魚雷の性能』?」
「……いやぁ、探すのに苦労したよ。 なんせうちの本は戦艦が多いだろう? ミゼットや回天の資料は奥にしまわれていて」
「あ、えっと、その……」
本を受け取ったはいいけど、その手は行き場を失ったようにフラフラと中を漂っている。
……それにしても人間魚雷って、そう言う本借りるのは、以前の穂波ちゃんが頼んだって事だろう。
「前に貸した雑誌よりも、こっちのほうが詳しく性能の比較ができるはずだ、なんと言ってもミゼット潜水艇の優れているところは……」
それから、テープを早回しにしたような尚樹さんの人間魚雷解説が、バッチリ5分間。
精神的においつめられているということもあるからか、その解説を止める事もできずに見る見る穂波ちゃんがぐったりしていく。
「………………はぁぁ」
「……これ、手を貸した方がいいんじゃないですか?」
穂波ちゃんの深い溜息を目にして、ひめが冷や汗をかきながら俺にそう尋ねてきた。
……俺としてもそうしたいところだが、ここで手を貸しては穂波ちゃんのためにはならない気がする。
「……あ、あの」
おお、尚樹さんの説明が終わった隙をついて、穂波ちゃんが動き出したか!?
「それはさておき、僕がペーパークラフトにしたヴィットリオ・ヴェネトについてなんだけど、これはイタリア海軍を代表する戦艦で……」
ああ、やっぱり穂波ちゃんの押しが弱い!!?
今度は戦艦の性能について、魔のエンドレスハメ殺しだ。
「…やっぱり、手を貸した方が」
「……そ、そうだな」
とりあえず、直接口出しはできないだろうから……
「尚樹さん。これ、サービスです」
「アイスティーか。ありがとう、同志拓也くん。ちょうど喉が渇いてきたところだったんだ。 ……ん、んっ」
尚樹さんがアイスティーをぐっと飲み干して……
い、いかん、穂波ちゃんがまだkぐったりしている。急いで回復しないと第三波が来るぞ、穂波ちゃん。
「ぷは……それはそうと穂波ちゃん。今度さ、一緒に旅行に行かない?」
「は、は、は、はい……」
穂波ちゃん、まだ朦朧としてんのか!?
『はい』はまずいって、『はい』は!!
「…………!? り、旅行!?」
一歩遅れて、穂波ちゃんがきょとんと目を見開く。
「いやぁ、快諾してくれて本当に嬉しいよ。 旅行と言っても、残念ながらイタリア旅行じゃないんだけど……うーん、楽しみだなぁ」
「え? あ、あの……い、いまのは……」
穂波ちゃんが珍しくオロオロして、俺とひめをすがるような目で見つめる。
「……もう、私が出ますから、てきとうに返事でもして下さい」
「あ、おいひめっ」
俺は止めようとしたが、ひめは元々低い背を、さらに姿勢を低くしてこそこそと尚樹さんの後ろに移動する。
……別にこそこそする必要は全く無い気もするが。
カウンターの穂波ちゃんを見てみると、必死に愛想笑いを浮かべている。
しかし、テーブルの下では膝がカクカク震えてる。 ……なんか、かなりやばそうだ。
「そうそう、旅行の話はさておき、前から聞きたかった穂波ちゃんのスリーサイズを今のうちに……」
スリーサイズ!? 尚樹さんいったい何の話をしてるんですか!?
「尚樹さん、好きな人っているんですか?」
「おや、ひめちゃん。どうしたんだい、いきなり」
いつのまにやら尚樹さんの横の席に座っていたひめが、子供らしい無邪気な笑顔を浮かべて尚樹さんに話かけた。
……無反応なあたり、ひめはスリーサイズって言葉は多分意味わかってないんだろうなー。
「いえ、戦艦のはなしばっかりしてるから、そういうのはいないのかなーって思いましたから」
「そうだね、僕は、提督で言うなら……」
ナイスひめ……と言いたいところだけど、ダメだこりゃ。
「て、提督よりも、こんな女の人が好きとか!」
おお、ひめの作った流れに穂波ちゃんも乗ってくれたぞ。
……と、いうかそれを聞き出すのが今回の目的だったな。
「ああ、そういうことか。甲板員とか、機関士とか……」
「いえ、何してる人とかそういうのじゃなくて、どんな感じの人とか……」
「そ、そうなのです、今風に言うなら好きな属性なのです!」
二人ともなんか必死だ。
穂波ちゃんはともかく、ひめも思い通りに事が運ばなくて、笑顔に亀裂が入りかけている。
「属性で人を好きになるなんてことがあるのかな?」
尚樹さん、何気に核心を突いてくるなぁ。
うむう、あなどれない!
「でも、僕ならやっぱり戦艦だなぁ」
「「は…………!?」」
ひめと穂波ちゃんの声が見事にシンクロする。
「やっぱり一番重要なのは機能美だとおもうんだよ! そういう意味では戦艦が一番だ!! これに尽きるといっても過言では無いよ!」
と、いう言い出しから始まる戦艦講義第三波。しかも今度は紙に図を描いてまでの本格派だ。
それをまともにくらった穂波ちゃんがこっちを向いて首をプルプル振っている。
ひめもひめで、表情とか色々なものが決壊しそうな状態になっている。
「(あと少し、少しがんばってみるんだ! ひょっとしたら、尚樹さんについて新しい理解が生まれるかも……!!)」
「ほら、よそ見をしちゃだめだよ穂波ちゃん。 次はこの主砲だよ。竣工時の金剛には当時の世界水準を上回る14インチ砲が搭載され……」
「無理です……絶対無理なのです〜!!」
「……さすがに、呆れるしかありません……」
うん、そうだね。今、俺も無理だと思った。
「あら、頭を抱えてどうしたの、拓也くん?」
「ああ、いいところに!! え、えとですね榛名さん、ビネガーが足りないんですが、俺と穂波ちゃんで買出しに行ってきます、速攻で!!」
「あらそう? じゃあ、ついでにいつもの調理用ワインもお願いしちゃおうかしら」
「任せてください!」
「あ、お兄ちゃん、私も行きます!」
「お、おうっひめ頼む! 穂波ちゃん、忙しいところ悪いんだけど、買出しに行かないと。ほら、早く、一緒に!」
「……く、草津さん〜!!」
俺は、講義に没頭している尚樹さんの前で今にも口からエクトプラズムを出しそうな穂波ちゃんと、さすがに限界が近いらしいひめの腕を引いて、店を出ようとする。
「いってらっしゃぁい。 …あ、拓也くん?」
「な、なんですか?」
「浮気はよくないわよぉ?」
「いや、浮気って……」
「お兄ちゃん!!」
こういう誤解はその場で解きたいところだが、今は店外エスケープが最優先だ!!
俺はひめの叫びに呼ばれて白摘茶房を飛び出した。
「さあ、次に装甲の防御面についてだが…… あれ? あ、ちょ、ちょっとまって……! ……うーん…………せっかくもう少しで、女性の機能美の話になるのになぁ」






「………………ふぇぇ」
「うぅ〜……」
店の外にでたはいいけれど、ひめも穂波ちゃんも、そろって足取りはふらふらと頼りない。
まあ、ひめは言うほどのものでも無いけど、穂波ちゃんは精神的にもやられてるだろうしな……。
「大丈夫か? ふたりとも」
「あ、あんまり大丈夫じゃないのです〜」
「も、もう尚樹さんとは話したくありません……」
「深呼吸でもするか……」
ひめと穂波ちゃんが、二人並んで深呼吸をする……なんかこれはこれで珍しい光景だな。
「…………すみません」
「いや、俺が無理させちゃったな。 ひめも、よくがんばってくれた」
「もう、あの子羊はどうしようもありません! 救いようが無いです!!」
どうやら小さな神様は怒り心頭のようだ。
まあ、その気持ちはよーく分かるが
「……やっぱり無理でした。 恋愛のことは得意じゃないのです」
「オカルトとは無縁だしなぁ……ってすまん、今はもう関係ないんだったな」
「……まだオカルトの方が理解できるので楽なのです……」
「やっぱり、お父さんのことがあるからなのかなぁ」
「……それは……」
「あ、ご、ごめん!」
しまったっ…… 穂波ちゃんにとってお父さん……陽一郎さんの事は軽々しく口に出来ることじゃないってのに。
やっぱり、考え無しに言葉にするもんじゃないな……穂波ちゃんにイヤな思いさせちゃったかも……
「……いえ、いいのです。きっと、私の初恋はお父さんだから……」
なにやってんだろうなぁ俺は……逆に気を使われてしまった。
こうやって落ちついて受け止められるってのは、穂波ちゃんは、こっちが思っているより大人なのかもしれない。
「ふっふっふ、逃げようたってそうはいきませんよ!」
とかなんとか考えていながら歩き続け、華の湯の前までついたところで、いつの間にやら目の前にゆのはが立っていた。
「ゆのはちゃん? どうしたのですか?」
「どうしたもこうしたもない! 今朝の恨み、忘れたとは言わせないんだから!!」
今朝の恨みと言っても、穂波ちゃんとひめ曰く、ほとんどただ口を滑らせただけで、自爆に近かったらしいのだが。
要は、逆恨み。我が恋人ながら情けない。
「お姉ちゃん、そうは言っても、どうする気ですか?」
「……おいひめ、なんか凄まじくいやな予感がするからあまり焚きつけるな」
「何を言おうと無駄ですよ! とうっ」
「うわっ! なんだなんだ!?」
ゆのはが俺の携帯電話を、目にも留まらぬスピードで抜き取った。
「ふっふっふ…… 拝み屋の弱点はすでに調査済みです! ぴっぽっぱ……!!」
「じゃ、弱点……?」
こ、こいつ、いつの間にやら携帯の使い方マスターしてやがる!?
いや、さすがに3年連れて歩けばこのくらいは当然なのか!?
「あー、もしもし、ゆのはですぅ♪ いま、華の湯の前なんですけど、穂波ちゃんがお話を聞きたいって……」
同時に視界のむこうで白摘茶房のドアが開き、尚樹さんが姿を現した。
「「…………!!」」
「ゆのは! お前まさか!?」
調査って、まさかさっきひめが言っていたアレか!!
「子羊型攻撃兵器・尚樹発進っ! 私から拓也を奪おうなんて、そうはいかないですよ!!」
「そ、そんな……!! それは勝手な妄想なのですー!!」
慌てて逃げようとする穂波ちゃんと、さっきのこともあってか連鎖反応的に走り出すひめ。
そこへゆのはが……。
「ていっ、ひめも同罪です! 逃がしませんよ!!」
どうやら、今朝散々ひやかされた(らしい)事も根に持っているらしい。
再び目にも留まらぬスピードで、ひめと穂波ちゃんの服のすそを掴み……二人ともコケた。
それも盛大に。
「おやおや、危ないですよ、こんなところで寝てたら、ほらあ♪」
そしてそのままその手を二人のスカートと袴(?)に持ち変えて、ニコニコと笑いながらスカートを引っ張って起こしてあげようとする。
「ん……しょっと!」
「きゃああ! ちょ、ちょっとだめ、スカートがずれますーっ……!!」
「おねえちゃっ……ゆのは、やめて、やめっ、やめなさいー!!」
女の恨みは恐ろしいとは言うが、これはもうただの子供のけんかだ。
とにかくやってることのレベルが低い。
「……と、そんなのんきに見てる場合じゃない! こら、ゆのはやめろ!」
「ええい、離しなさい! この因業小娘どもに、いま赤っ恥を……」
「とう!」
脳天にチョップを一撃。
「うげっ!! た、た、拓也、何するのですか!! 恋人が恥をかかされたというのに〜!!」
「二人とも逃げろ!!」
「う、うん……あああっ!?」

「げっ……」
「大丈夫、二人とも?」
「あ、あ、あの……」
追いついてきた尚樹さんが、ゆのはと格闘している俺の代わりに二人を助け起こしてしまった。
事実上当時者では無いひめはともかく、穂波ちゃんにこの状況はまずい。
「あ、あのさ、穂波ちゃん……」
「…………うぅぅ!?」
「もしよかったら、プレゼントを君に送りたいんだけど、僕と一緒に……」
「そうだ、やってしまいなさい、デンキ屋さん!」
「ご、ご、ご、ごめんなさいっっ!!」
「おぼっ!?」
尚樹さんを突き飛ばした穂波ちゃんが、脱兎のごとく商店街の逆方向へ逃げていく。
「作戦完了です! 拓也、これでもう邪魔者はいなくなりました。 見直しましたか?」
「いや、見下げ果てた」
というか、すでに私怨で完全に周りが見えて無いなこいつは。
「ふーむ、どうしたんだろうねぇ穂波ちゃんは。 それはさておき同志拓也くん、ひめちゃん、メキシコ海軍のフレッチャー級と言えば……」
「あ、俺、買い出しの最中なんで、かわりにこいつが聞きます!! ひめ、行くぞ!」
「え? あ、こ、こらーっ!!」
俺はゆのはをそこに置いたまま、ひめの手を引っ張って高尾酒店に飛び込んだ。




「椿さん、ビネガーと調理ワイン下さい」
「あいよ〜……。 ふわぁぁあぁぁ」
ビネガーと調理ワインを高尾酒店謹製のビニル袋に入れる椿さんの顔は、盛大なあくびをして凄まじく眠そうだった。
「なんか前よりさらに眠そうなんですが、大丈夫なんですか?」
「……いっそ、由真にでも殴られるか……」
「死にます」
「あー、それもいいかも。 少なくとも眠くならないふわぁ……」
「それ以前に、それじゃ二度とめざめませんよ……」
さすがのひめも、今の発言には顔色が少し変わっている。
まあ、さっきのやりとりのせいもあったかもしれないが。
「ていうか、なんでそんなに眠いんですか?」
「うーん……さっき、皇帝液を飲んだんだけど、卵と胡椒入れて」
なんかわからんが、とりあえず重症だなぁ。
「…あの、明日バイトに来ましょうか?」
…と、ケイタイの着信音?
「あ……悪い、電話だ」
「あ、はい」
そういえば、椿さんって俺と同じケイタイ使ってるんだったなぁ。
ケイタイを持って奥へとひっこんでいった椿さんを目で追いながら、俺はそんな事を考えていた。
「あ、はい、すいません、ええ、ちょっと待って、でもですね……いや、書きます書きますなんとか」
「……なんだか、何かに追い詰められているような声ですね」
奥から聞こえる、電話を受ける椿さんの声を聞いて、ひめが素直にそんな事を言った。
……まあ、確かになにか大変そうな気配がぷんぷんするが……もしかして、今の電話が眠い理由?
まさかなぁ。
「ふぅ……あ、拓也悪いな。 それで、なんだ?」
一瞬だが、戻ってきた椿さんは確かに疲れた顔をしていた。
「あ、いえ。 そんなに眠いなら、明日手伝わせてもらえないかなと思いまして」
「あー……そうだな……ぜひ来てくれ。 それより、今日のバイトは早く戻らなくていいのか?」
「そうでした。 それじゃ、明日よろしくお願いします」
俺はビネガーと調理酒の入った袋を受け取ると、ひめと共に高尾酒店を出ていった。
ちなみに、ひめはちゃっかりとアイスを1本もらっていたりする。


 

 

12/28(後編)へ続く


 


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