―12月28日― (前編)
 

 






「なんで私が手伝わなきゃいけないんですか!」
なんとか尚樹さんを回避して逃げおおせていたらしいゆのはを、白摘茶房に戻る途中で捕まえて、臨時の手伝いとして白摘茶房に放り込んでおいた。
「唯一のウェイトレスが帰ってこないんだ、責任はちゃんととれ!」
そう、俺とひめが買出しから戻っても、穂波ちゃんは帰ってこなかった。
責任の一旦は……いや、一旦もなにも、どう見ても全面的にゆのはの責任なので、このくらいは当然だ。
「……自業自得と言うか、逆恨みはいいことありませんね」
「……そのセリフ、ひめにだけは言われたく無い」
当然だが、ゆのはの機嫌はすこぶる悪いようだった。
しかし逆恨みとは、確かに考えてみれば、ひどい言いかたになるかもしれないが、ひめはかつて恨みが積もり積もった怨念の化身、ひめはそれを言えた口では無いような気もする。
とはいえ、それを言えばひめを生み出したゆのはも同じなんだが。
「それにしても、穂波ちゃん本当に遅いな…大丈夫かな」
もう日も傾いて沈みそうだし……。
混乱していたときに、あんなことがあったショックはわかるけど、さすがに心配になってきた。
「……榛名さん、ちょっと早いですが、バイト抜けて穂波ちゃん探しに行ってもいいですか? 後のバイト代はいいので」
ゆのはが微妙な表情でこっちを見る。
俺が抜けると自分も抜けれると思う反面、俺の給料は惜しいと思ってるのか。
「あらそう? でも、悪いわねぇ」
「いえ、責任はこっちにありますから。 それに、榛名さんも心配じゃ無いですか?」
「それは……そうね、それじゃあ、お願いしようかしら」
「はい、任せてください。 あ、ゆのははおいていきますから、最後まで使ってやってください」
「ええっ!?」
残念だが、今の俺はそんなに甘くは無いぞ。
弱みにつけこんで無駄な手間を増やしたのはゆのはのせいだしな。自分の彼女だからって甘やかすわけにはいかない。
「ひめ、行くぞ」
「分かりました。 お姉ちゃん、頑張ってくださいね」
白摘茶房から出る直前、ゆのはがなにか叫んでいたような気がしたが、俺は聞こえないふりをして穂波ちゃん捜索に出かけたのだった。










―とはいえ。
「いないなぁ」
町の中で行きそうな場所を全部回り、その後は心当たりなど関係なく全体を見て回ったが、穂波ちゃんの姿は見つからなかった。
小さな町とはいえ全体を回ればそれなりに時間は食う。
日も沈んで空は暗くなり始め、白摘茶房もそろそろ終業だろう。
俺とひめは、祠の前で穂波ちゃんの行方を悩み込んでいた。
「あと探していないところといったら……森とか山の方か」
さすがにこんな時間までそんなところにいるとは思えないが、ここまできたら仕方が無い。
とりあえず、行ってみるしかないな。
「……あ!」
「どうした、ひめ」
「……もしかしたら、私、心当たりがあるかもしれません」







と、ひめが言って、案内されるままに向かった先は。
「ここは……」
木に囲まれた、何とか道と呼べる山道を通った先にあるトンネル。
俺達にとっては、どうあっても忘れる事などできるはずのない思い出と、悲しみ、喜びの全てがあった場所。
3年しか間は空いていないはずなのに、それ以上に懐かしく感じてしまう。
「ほら、あそこに」
「え?」
ひめの声で我に帰り、指差した先を見てみると、トンネルの奥に穂波ちゃんが座っていた。
「穂波ちゃん!」
「え、く、草津さん、ひめちゃん!? な、なんで」
「探しに来たんだよ。 もう日が暮れるし、榛名さんも心配してる」
「……そうなのですか、ごめんなさい……」
「あ、いや……それより、大丈夫か?」
「はい、なんとか……落ち着いたと思うのです。 でも、なぜこの場所が?」
なぜ、と聞かれても俺自身が探しあてたわけじゃないのでなんとも言えない。
とりあえず、ひめの方へ目を向けてみると、何かを考えているような難しい顔をして、なにもない空中を眺めていた。
「ひめ、なんでここがわかったんだ?」
「え?」
呼びかけると、少し慌てた様子で我にかえったらしい。一度こほん、と咳払いをして自分を落ちつけていた。
「……ここは『ゆのは姫』が死んだ場所です。 そして、『私』が1000年の間封印されていた場所……おぼろげですが、穂波さんがここによく来ていたという事を、思い出しましたので」
封印されていても意識はあったということか。
そういえばゆのはも、祠の中では半分眠ってる状態だけど、なんとなく外の様子は見えていたとか言っていたな。
「……あの、草津さん。 あの後尚樹さんは、何か言ってましたか?」
「え? いや、何も言ってなかったよ。 いつものが始まりそうだったから逃げたけど」
「ゆのはを犠牲にしましたけど、逃げおおせていたようです」
「そう……」
また暗い顔になって、溜息をする穂波ちゃん。
……これは気にしすぎなのか、それともそういうものなのか分からないが……
「あのさ、穂波ちゃんって誰かとつきあったことってあるのか?」
とりあえず、尚樹さんの一件以来それは少し気になっていた。
オカルト趣味という少し入り混みにくい趣味があったとはいえ、容姿はそれほど悪く無いし、言いよる男はいたんじゃないかと思うが……
「……告白された経験くらいはあるのです」
「へぇ、どんな?」
「……メールで、チャットの相手の人に」
「うむむ。俺の携帯は、メールも使えない古い機種だから、PCのチャットとかよくわからないなぁ」
「さ、最近は、ビデオチャットもあるのです」
「つまり、穂波ちゃんはネットの世界ではモテるってことか。確かに可愛いもんな。分かる気がする」
「か、可愛くなんてないのです! そ、それに、草津さんがそんな事私に言ってると、ゆのはちゃんがまた……!」
「おっと、そうだったな」
そもそもこうなった元凶はゆのはのやきもちアンド逆恨みだった。
「……で、ネットで告白されたときはどう答えてたんだ?」
「………………」
「穂波ちゃん?」
「………………」
「おーい」
「……はっ! あ、え……えっと、な、なんですか?」
恋愛経験なさそうだなぁ、これは。
「メールの時は、その……無視したり、別の返事しか書かなかったり……」
「要は、正面からぶつかったことはないわけだ」
これはかなり難しい話になりそうだな。
免疫があれば多少は対応する力もついてるだろうけど、免疫無しじゃイロイロと辛いだろう。
「……それに、私は恋人を作るつもりはありません」
「え?」
「お母さんが結婚するから、私は作らないのです。 じゃないと、お父さんが一人ぼっちになるから」
ほなみちゃんのお父さん…………桂沢陽一郎さん、か。
祠の中のゆのはと通じる事の出来た人で、穂波ちゃんが誰よりも尊敬し、誰よりも好きな人。
だからこそ榛名さんの再婚を素直に喜べない。穂波ちゃんも、色々と心に重い物を背負っているんだよな……









そして、場所が場所なだけにまた呆けていたひめを我にかえして、すっかり暗くなった道を3人で引き返した。
白摘茶房に戻るまでの道の中で、穂波ちゃんとお父さんや恋愛の話をしていると、言葉は少なかったが、穂波ちゃんが陽一郎お父さんの事を今でも大好きだと言うことがビシバシ伝わってきた。
「そういえば、穂波さん。 以前、死語…とか言っていましたけど、あれは誰も使わなくなった、死んだ言葉、という意味でいいんですか?」
「う、うん……それであっているのです」
そして白摘茶房の前にたどり着いたところで、今まで黙っていたひめが急に喋り出し、いきなりの問いについていききれなかった穂波ちゃんが言葉を詰まらせながらも、答えた。
「……それなら、穂波さんが使っている限り、死んだことにはならないと思います」
「「……え?」」
俺と穂波ちゃん。 二人の声が見事に重なった。
でも、確かにそうだ。誰も使わない言葉が死んだ言葉だと言うなら、穂波ちゃんが使っている限り死んだ事にはならない。
「だったら…………いえ、それだけです。 榛名さんとゆのはが待っています、早く入りましょう」
何かを言いかけて、それを思いなおしたように留めて、何食わぬ顔で『準備中』の札が下げられた白摘茶房の戸を開けるひめ。
……俺には、ひめがほなみちゃんに何を言いたかったのか分かった気がした。
そしてそれは、自分自身の事も言っているんじゃないか……と、勝手にそう思っていた。




店に入ると、すっかり片付けの済んだ店内に、怒り心頭のゆのはが待っていた……ということはなく……
「やあ、同志拓也くん」
「同志じゃないです。 それおり尚樹さん、どうしてここに?」
ゆのはのかわりに尚樹さんが立っていた。
どうやら片付けが済んだ後に、尚樹さんが来た時点で華の湯に帰って行ったらしい。
さすがにぶつける相手がいないとどうしようもないってことか。
「いやぁ……ちょっと、榛名さんのことが気になってね」
「そ、そうっすか。 ハハハ」
ふと俺の頭を由真のセリフがよぎった。
――ペドの尚樹さんが、穂波ちゃんをねらってるって!?――
本当に、来店目的は榛名さんなのか!? 今は俺の後ろにいる、娘の方なんじゃないのか!?
……って、本当に間が悪いな、また俺の後ろに隠れてびくびくしてるよ、穂波ちゃん。
でも、冷静に考えたら尚樹さんはずっと昔からこの家のお隣さんで、多分穂波ちゃんとも長い付き合いになるだろうし、本気で狙っているんだとしたら、凄い純愛だよな。 なんかロマンチックだぜ。
「それじゃあ僕はそろそろ帰るよ。 あ、そうだ穂波ちゃん旅行の事だけど」
「は、はい!」
まずい、前は朦朧として思わずはいって答えてたし、このままだとまた同じ流れになりそうだ。
「穂波ちゃん、落ちついて!」
「は、はい……え、えっと尚樹さん、りょ、旅行は、その、お店もあるし、や、やっぱり無理なのです!!」
かなりいっぱいいっぱいな様子だけど、なんとか言えたみたいだ。
「そうか……わかったよ。 でも、気が向いたらいつでも言ってくれたまえ。僕は歓迎してるよ」
と言うと、相変わらずさわやかな笑顔で帰っていった。
うーむ、尚樹さんの真意、相変わらず全然読めないな。
「拓也くん、はい、今日の分」
とかなんとか考えていると、奥から榛名さんが給料袋を持って出てきて、俺に渡してくれた。


―所持金 014000―


「あ、どうも……って、なんか多くありません?」
封筒を開けて中身を確認すると、その中には8000円入っていた。
俺が抜けていた分をいれたとしても、少し多い。
「今日はゆのはちゃんも頑張ってくれたから、その分おまけさせてもらったわ」
「いや……あれはゆのはの方が悪いんですから、そんな」
「おにいちゃん、この際甘えちゃいましょう。 ……昨日の分もあるし」
「うーむ…… じゃあ、有り難く頂きます……」
昨日の賭けの事を言われるとどうも弱い。実際、祠の修繕費から俺のわがままで分けて貰った事になるからなぁ……
俺は榛名さんに深々と頭を下げた。
「それじゃあ、私は夕ご飯を作らないといけないから」
と、言うと榛名さんは奥へと戻って行った。
そういえば、確かに穂波ちゃんの家も店が終わった後は夕ご飯になるんだよな。
飲食店だからって、それは他と変わらない。
「じゃ、穂波ちゃん、俺達も帰るよ。わかばちゃんとみつ枝さんがご飯つくって待ってるだろうし」
と言ってひめの手をとり、出て行こうとした俺だったが……
「少し待ってくれませんか? ちょっとお話があるのです」
「え?」
「……あの、私お腹空いたんですけど」
穂波ちゃんに呼びとめられて、今まさに歩き出そうとした足を止めてしまった。
ひめも言葉通りにお腹を押さえて、不満そうな顔で穂波ちゃんの方を見る。
「いえ、お話があるのは草津さんだけなのです。 ひめちゃんは、先に帰ってご飯を食べたらどうですか?」
「そうですか。 それじゃあ、遠慮なく先に帰らせて貰いますね」
そう言うがいなや、さっさと出ていってしまうひめ。
やっぱりひめの中の優先順位は俺<ご飯で確定事項らしい。
「……で、話って?」
「明々後日のことなのですが、お金はちゃんと入ったのですか?」
「ああ、6000円だけだけどな」
「それで、何か買うものは決まったのですか?」
「……あー、それが何も思いつかないんだよ。 現金そのままってのは、喜ぶだろうけど芸が無いし」
「芸がないと言うより、それじゃ味気なさ過ぎるのです。 それより、ちょっといい情報がありますよ」
「情報?」
「はい、今朝ゆのはちゃんが口を滑らせた時に聞いたのですが、草津さんが楽器をひいてるのはちょっと好きみたいなのです」
「ほう」
それは初耳だな。ゆのはのやつ、いつも俺のテスカポリトカやまーべらすの事否定しているくせに。
まあ、確かに素直に俺の前でそんなこと言うとも思えないが。
「でも場所をわきまえてほしいとか、歌はへただから、やるなら楽器だけにしてほしいとも言ってました」
「な……お、俺の歌は下手だったのか……」
くそぅ、ギターの弾き語りは男の浪漫なんだぞ!
弾くだけじゃギターの真の魅力は語れないというのに!!
「……でも、ちゃんと場所と機会があるなら、一緒に何かの楽器をしてみたい、と言ってました」
「そうなのか?」
「はい。 まちがいないのです」
これは非常に嬉しい情報だ。
が、俺の口からゆのはに聞く事はできないな……下手すりゃ情報漏らしたのがばれて、また穂波ちゃんに被害が及ぶ。
「しかしそうだとしたら、なにがいいかな」
楽器、といってもこんな田舎町で手に入るものなんてあるのか?
まあ6000円しかない時点でまともなもの買えるとも思えんが。
「子供用のおもちゃのハーモニカなら、向こうの駄菓子屋さんで売ってるのです」
「駄菓子屋さんか……」
そういえばあったような気がするし、なかったような気がする。
普段華の湯と高尾酒店と、この白摘茶房くらいしか行かないから、その駄菓子屋さんには失礼だが、印象に残らないところは全然残ってないなぁ。
「どのみち、6000円じゃちゃんとした楽器は買えないと思うのです」
「あははは……確かにそうだな」
考えていた事を読まれているようで、軽くショックだった。
……まぁ、ちゃんとしたハーモニカはまた別の時に買ってやるとして、今回はおもちゃで我慢して貰うか。





そうして明々後日のための有力な情報を得た俺が悠々とわかばちゃんの家に帰ると、ゆのはの不満の嵐の集中砲火を浴びせられ、その後にひめがいつものように今日の給料を持っていっていくのだった。まる

―所持金 0006000―
―お賽銭 0105000―


 

 

12/29へ続く


 


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