―12月29日―
 

 






朝。
今日は白摘茶房がバイト先なわけじゃないけど、昨日の事もあるし、先に色々と確認しておくことにした。
「おや?」
白摘茶房の前まで来ると、イヤでも見えてくる春日デンキ。
その閉じたシャッターに、張り紙が張ってあるのがあるのが見えた。
……なになに?
『都合により29、30日お休みします』か。
尚樹さん、いよいよ有明のまんが祭りに出かけて行ったみたいだな。
それを確認してひと安心した俺は、残る心配ごとのほなみちゃんの顔色を確認するために、白摘茶房のドアを開けた。
「おはよう! ……って、由真!?」
「あ、居候。 今日からアンタクビで、アタシがかわりにばいとすることになったからねっ!」
「なにぃぃぃぃぃっ!? ……じゃあ、明日からココにはこれないと言うのか!?」
椿さんと、わかばちゃんのところもあるとはいえ、こいつはショッキングだ!!
「宇奈月さんは顔色ひとつ変えずに嘘をついているのです」
「ちょっとほなみん、その解説はアタシが極悪人みたいだから、やめて」
「はぁ、ビビった。 ならばなぜ、ここにいる?」
「作戦会議よ、作戦会議!」
「……宇奈月さんは、私を心配してわざわざ来てくれたのです」
「でも、尚樹さんは今日からまんがのイベントで東京に行ってるのでは?」
「まんが祭りなんかより、ほなみんを優先する可能性が高いじゃない」
「そう言う考え方もあるか」
とりあえず、どっちの可能性が高いかに関しては、俺は逆の意見だが。
「そういうわけで、今日、居候は夜までずーっとほなみんと一緒にいて、守ってあげるように! いいわね! それを伝えればもう用はないわ!」
言うだけ言って、嵐のように由真は店を出て行った。
「勝手なことを! どこが作戦会議だったんだ!?  というか今日は椿さんトコの約束なんだが」
「ごめんなさい、迷惑ですよね……」
「穂波ちゃんを守るくらいは当然だから、それは気にしないでくれ」
まあ、昨日の事もあるし、色々悪かったとは思う。
「あ、あと……できれば尚樹さんのことは、お母さんに内緒にしたいのです」
「あ、ああ……そうだよな。 ご近所づきあいもあるもんなぁ」
こくっと頷く穂波ちゃん。でも、榛名さん、もうとっくに知ってると思うぞ。
でも、それはあえて口には出すまい。
考えなしにモノ言って、事態をややこしくした前科も俺には山ほどあるからなぁ。
「……じゃ、俺はそろそろ椿さんところ行かないといけないから。 何かあったら連絡してくれ」
「はい。わかりました」
由真に押し付けられたっぽい事もまあ気になるが、前の約束を優先して、俺は高尾酒店に向かう事にした



…………
おわっ!?
外を尚樹さんが歩いている!!!!!
ど、どうしたんだ!?

慌ててその後姿を追いかけた俺は、国道に出てしばらく走り、ようやくバス停にたたずむ尚樹さんをつかまえた。
「やぁ、同志拓也くん」
「尚樹さん、今日は東京じゃなかったんですか?」
「ああ、これから東京に行くんだよ」
「そんな身軽な服装で? ペーパークラフトとか、荷物は?」
「ああ、全部宅急便でホテルに送ってるんだ。 このエプロンはトレードマークだからね」
うーむ、なんか怪しい。
「まんが祭りは今日からなんですよね?」
「そうだよ。でもメカミリタリーは2日目だから、今日は秋葉原を巡礼してからmゆっくり会場入りして前日搬入に備えるんだ。 それはさておき……」
「それはさておきバスが来ましたよ」
「やあ、本当だ。 それじゃあ出撃してくるよ、同志拓也くん!」
「あ、尚樹さん、最後に穂波ちゃんのことなんですが、ぶっちゃけ、彼女のコトどう思います?」
「穂波ちゃんかぁ……、可愛いよね、僕は好きだなぁ。 それじゃ、有明海に向けて進発だっ!」
うーむ、全く動じた風が無いなぁ。
大物なのか、思考回路が少しおかしいのか……そもそも、『好き』の質が愛情云々ではなく、家族とか友達とかに向ける『好き』の方な気もしてくる。
いずれにしろ、同志ってのはキツイなぁ。
ともあれ、これで尚樹さんは東京か……。








「すいません、遅れました!」
さて、なんだかんだとあって軽く遅刻してしまった今日のバイト先の高尾酒店。
昨日真っ昼間にもかかわらずやたらと眠そうな椿さんを見て、なんだか心配になって今日のバイトを決めたのだが……
「うう……うぅん……」
今朝も椿さんは、カウンターに突っ伏して寝ていた。
朝からこれだと普通なら呆れるところだが、ここまでくると呆れるとかそれ以前に心配の度数が増していくだけだ。
「うぅ……しろい……かけない……」
寝言?
「だめ……みないで……」
な、なんか意味深ですよ!?
「う、ううん……きこえない……。 きこえない……」
ん? 何度か聞いた気がするケイタイの着信音が聞こえるが……
「なってない……なってない……うう…………はっ!?」
とたんに飛び起きた椿さんは、ひどくあわてた様子で、ポケットからケイタイを取りだした。
「わわっ。出来てないのに」
「出来てない?」
「あ、た、拓也っ!? お、お店は任せたから!! よろしくっ!!」
と言うと、ケイタイを片手に慌しく店の奥の方へと走って行ってしまった。
「もうしわけないです。できてません。すいません。どうしようもなくて……えっ……ああっ。そうしていただけると……すいませんすいません」
……やっぱりあのケイタイの向こうの相手に何かありそうな気がするな。
着信音が同じだから、多分相手も同じだろうけど、毎回どこから掛かってきてるのだろうか。
「うーむ」
と、考えてみても何も情報がない状態で答えが出るわけも無く。
そんなこんなで、なぜかほとんど奥の部屋に椿さんは篭りっぱなしで、午前中の店の番はほとんど俺がやっていた。




そうしているうちに、いつの間にやら午後に。
俺は少し休憩時間をもらい、昨日穂波ちゃんに紹介された駄菓子屋さんに足を運ぶ事にした。
雑多に並べられた駄菓子と、いかにも子供向けなオモチャ。そして駄菓子屋にはつきもののおばあさん店長。
……失礼だが、よくこんな見事なまでに子供が少ない町で町でやっていけるなぁ。
「お、あったあった」
一個2000円と、オモチャにしては少し上等なハーモニカ。
モノが古いせいか箱が少し汚れているが、十分だ。
とりあえず二個手にとって、4000円払って買いとらせていただく。

―所持金 0002000―

「よし」
小さくガッツポーズを決めつつ、俺は意気揚々と駄菓子屋の外に出た。
「お目当ての物は買えましたか?」
……出たところに、なぜか笑顔を浮かべた穂波ちゃんが立っていた。
「ああ。 今はこれで十分だと思う」
「それはよかったのです」
「……ところで、なんで穂波ちゃんがここに?」
「草津さんが買いに来れる時間と言えば、お昼休みの今くらいだと思ったのです。 それと、ちゃんと場所が分かったか心配だったのです」
「いや、一応半月以上はここで暮らしてるから……」
そりゃ、駄菓子屋の存在は昨日まで完全に頭から抜け落ちていた気がしなくも無いのだが。
……ん、まてよ? 穂波ちゃんなら椿さんになにがあったのか、何か知ってるかな。
もしかしたら、祐司さんと榛名さん関係でなにかあるのかも……
「ねえ穂波ちゃん、椿さん最近元気ない……というかやたらと眠そうなんだけど、何か知らないか?」
「え? ……いえ、私は特に何も知らないのです。 あ、でも……」
「でも?」
「でも、前からそういう時期が時々あるのは確かなのです。 お母さんは何か知ってるような感じでしたが……聞いても笑うだけで、答えてくれないのです」
「うーんそうか……」
前からとなると、祐司さん関連の話というわけでは無さそうだ。
しかし榛名さんが知っているとなると、それはそれで祐司さんにつながってしまう気もするしなぁ。
「考えててもしかたないな。 それよりそろそろ仕事にもどらないと」
「はい。 がんばってください」
「おうっ。 ……あ、そうだ。尚樹さんだけど、今朝バスで有明に向かうのを見たぞ」
「そうなのですか?」
うむ、どうやら昨日よりは落ちついているみたいだな。
「ああ。 ま、何かあったら連絡してくれ。 できるだけ力になるよ」
「はい」





で、途中まで穂波ちゃんといっしょに歩いて、高尾酒店に帰ってくると。
「……ふぅ」
椿さんの口から、煙草の煙が吐き出されていた。
……ほう、なんか隙間風がどこからか吹き込んでるみたいだな。
「あの、椿さん。戻りました」
「ん……ああ、拓也か」
「煙草吸ってたんですね」
「……ああ、たまに、だけどな。 ちょっと息抜きさ」
そう言いながら、ぎゅっ、と灰皿に煙草を押し付けて、火を消す。
「息抜きって……ん?」
「椿さん、お兄ちゃんちゃんと仕事してますか?」
物音がしたかと思うと、外からひめが入ってきた。
どうせまたアイスキャンデー目当てなんだろうけど。
「ん、ああ。大丈夫だよ。拓也は十分頑張ってくれてる」
……うーん、やっぱり元気……というか覇気が無いな。
いつもの椿さんなら、このまま俺で遊ぶような流れに持っていくのに、今日はそのままスルーしてしまった。
……なんか自分が情け無くなるので深くは考えないでおこう。
「……あれ、何か読んでるんですか?」
ふと目を向けると、灰皿に押し付けていたのとは逆の手に、一冊の本らしきものが見えた。
それは全体的に、なんとなく雪をイメージさせる淡い青と白のグラデーションで統一された装丁だった。
「ああ、わかばの描いた絵本だよ。 ゆのはなっていうタイトルなんだが……なかなか良くできてるよ」
「ゆのはな!?」
「あ、それは穂波ちゃんに聞きました。 それで、読んでみたいと思ってたんですが……」
「読んでみるか?」
「はい、ぜひ」
「読みます!」
俺がそう言うと、椿さんはぽんと手渡してくれた。
ひめもずっと気になっていたのだろう、俺が受け取るがいなや、ささっと俺の横に陣取っていた。
「じゃ、座って読んでな。 ちょっと店任せる」
「あ、今なんか落ち」
ポケットから落ちる何かに気付かず、椿さんはさっさと行ってしまった。
「これは」
椿さんが落としたのは、俺のと同じタイプのケイタイだった。
と、その時鳴りだすいつもの着信音。
「これはっ!?」
最近何度もかかってきてるらしいナゾの相手!?
「拓也、どうしたんですか、そんなのより早く読みましょうよ」
「いや、これじゃそういうわけにも……」
「こんにちわ椿さん」
「あ、由真だ」
「あ、山猿」
「居候にチビ子!? なんであんたココにいるのよ!! ほなみんの護衛はどうしたの!!」
「穂波さんの護衛……って、どういうことですか」
「そっちが勝手に押し付けていったんだろうが、今日はココだって昨日から椿さんと約束だったんだ」
「それならそうと先に言いなさいよ!! 作戦が狂っちゃったじゃない!!」
言う暇も与えなかったのはどこのどいつだ。
……せっかく念願の絵本が読めると言うのに、色々起こって読む暇もありゃしない。
「それより、ケイタイ鳴ってんだからさっさと出なさいよ」
「これ椿さんのだから」
「椿の!!  ……にやり」
由真はいきなり俺からケイタイを奪った!!
「何する!!」
「ちょっとばかり椿の評判を悪くしてやんのよ」
「てめ、ナニ考えてる!!」
「はい、もしもしあたしぃ、いまぁ男とぉ取り込みちゅうなのぉ、もう彼ってば激しくてもうもうもう」
ついに発狂したか!?
「え、なんですって? 琴姫先生!? ちょっとそれってどういうコト!! 琴姫って琴姫みのり先生のコト?」
……なんだ? なんか急に態度が変わったが、琴姫みのりってどこかで聞いたような……
「だってこれは椿さんのケイタイ……ってコトは、もしかしてコレは!? 琴姫みのり先生は椿さんだったのっ!!」
おお、そうだ思い出した!!
由真が夢中のライトノベル作家の名前が確か琴姫みのり!!
「いやぁん。感激ぃぃ。 アタシってば今まで、先生とあんあんい一杯一杯いーっぱい喋ってたのに全然気付かなかったなんてぇ。もうダメねぇ」
「……あの拓也、アレどうなってるんですか」
「いや、俺にもよくわからんが……」
とりあえず状況を整理してみよう。
椿さんの携帯電話が鳴って、なぜか由真が携帯電話に出てしまって、電話の相手は琴姫みのりと言う人に用があると言った。
つまり椿さんは琴姫みのりと言う人ってことになるけど……
……うわ、なんか由真が本気で発狂したかのような勢いで体をくねくねさせて踊ってる。
これはある意味わかばちゃんに大して以上の反応だ!!
「まゆ、ナニあほな笑い方してるんだ」
とかなんとか由真がやってる間に、椿さんが店の方に戻ってきた。
「ああっ先生っっ!!」
由真はいきなりケイタイを投げ捨てると、椿さんに抱き付いた!!
「せ、先生っ!? だ、抱きつくな由真ぁぁぁっっ!! ってそのケイタイはっ!?」
「もうっ。どうして教えてくださらなかったんですかぁ。先生ってば意地悪ぅ」
「は、離せぇまゆっ」
これはタイミングが悪いというかなんというか……
とりあえず俺はケイタイを拾うと、抱き付かれてわたわたしている椿さんの手に、押し付けた。
「あ、もしもし、え、あの、その、わわ、まゆ、く、苦しいぃっ」
「……拓也、展開についていけません」
「奇遇だな、俺もだ」
それにしても、ファンってのは恐ろしいものだなぁ。
今の今まで椿さんに対して邪険な態度をとっていた由真が、ケイタイ1本で180度態度を変えて、おまけに色々加速して暴走している。
渡したはいいけど、椿さんもこれじゃ電話どころじゃないな。
「あの、あとで掛け直します!! すいませんごめんなさいっ!!」
俺の予想通り、間もなくたまりかねた椿さんは電話をきっていた。
「ちょっと由真、離れろぉぉっ!!」
「ああっ失礼しました先生っ!! アタシ感激のあまり我を忘れてましたぁっ」
忘れるにも程があるだろう、と言いたかったが、相手が由真なのでこの程度の反応は十分許容範囲な気がしたので止めておいた。
とりあえず、今は場を落ち着けるのが先決だ。
「あの、椿さん。 琴姫みのりって確か」
「言わんでいい、言わんで」
「そうよっ!! 先生は大作家なのよっ!! 世界一なのよ!!」
「いや、言いたいコトはわかったが、俺よく知らないから」
「私も始めて聞きました……椿さんって、物書きなんですか?」
というか、こないだの由真と椿さんとのやりとりで始めて聞いた名前だし。
「だから駆けだしなんだよ」
「はぁぁぁぁっ嘆かわしいっ!! あんたら生きてる資格なしね!! このクソムシ!! げじげじ!! ぱーぷりん!!」
そんないつもの俺を罵倒するセリフに続いて、『あかねすとれんじゃー』とやらを筆頭に琴姫みのり作のライトノベルのタイトルを羅列していく由真。
その勢いは凄まじく、早口言葉世界選手権とかあれば優勝も狙えるんじゃないかというほど口の動きは早かった。
「えーっと、由真は当然、全部もってるんだよな」
尚樹さんよりはマシだろうとは思うが、ちょっと様子を見ることにする。
「当たり前よ!! アタシなんか一作品最低でも七冊は買うわよ!! これは譲れないわ!!」
「な、なぜに7冊も!?」
「そんなのお金の無駄です!」
「保存用でしょ、貸し出し用でしょ、読書用でしょ、読書予備用でしょ、もしもの時にサインしてもらう用でしょ。観賞用でしょ、就寝用でしょ。 ほら7冊いるじゃない!!」
「観賞用と就寝用ってなんだ?」
「なるほどっ!!」
「納得してどうするんですか」
「あ、公民館に寄贈用も買ってるから8冊ね!!」
「す、すげぇぇぇぇっっ!! お前ってすげぇ奴だったんだなぁ!!」
「そんなの、ただのバカですよ」
「すごいのはアタシじゃなくて、アタシに8冊も買わせちゃう先生よ!!」
由真の熱いまなざしが椿さんに、ぴた、と注がれる。
「そりゃそうかっ!!」
なんとなく尊敬のまなざしで見てしまうぜ!!
「あ、ありがとう……買ってくれて」
椿さんはと言うと、もはや全てをあきらめたような引きつった笑顔で由真に応対していた。
由真はそんな椿さんの表情すら目にはいっていないくらい舞い上がっている。
「いえ、そんな当然の義務です!! あ、そうそう忘れてた!! 琴姫先生!! 握手してください!! お願いします!!」
「俺もついでに!!」
「アンタは後!! 全冊読んでから出直して来なさいっ!! 先生、お願いしますっ!!」
「あ、ああ。 あのなその呼び方」
「きゃぁきゃぁきゃぁぁぁっっっ!! アタシ今先生と握手してるんだぁっ!! 感激ぃ感激ぃうふふ。 あはははははは」
だめだな、これは椿さんのセリフとか全然耳にはいってねぇ。
たぶん今の由真は、この瞬間に死んでも本望とか思えるくらいの心境だろうな。
「まゆっ!! 話を聞けぇぇぇっ!!」
「あ、はいっ!! なんでしょうか先生!! なんなりとお申し付けくださいっ!! もう一冊ずつ買いますかっ!?」
「その先生って呼び方やめてくれないか」
「だって先生は先生じゃないですかっ!!」
「……拓也、そういうものなんですか?」
「いや、俺に聞かれてもなぁ」
聞かれても答えられないと言うか……
ここまで発狂するほどファンな相手とかいないからかもしれないけど、正直言うと、同じ相手にここまで態度を変えられるものかどうか俺には全然分からない。
「先生って奥ゆかしいんですね。ますます尊敬しちゃいますっ!!」
「あ、どうやら話はまとまったみたいですね」
なんだかわからんが、ひめの言う通り由真の椿さんの呼び方はいつも通りということで決着がついたようだった。
ついでに、椿さんが由真につけたという『まゆ』のあだ名も通ってしまった。
しつこいようだが、ファンの情熱おそろしや。
「はい、高尾酒店です。 まゆならここにいますよ。 了解しました。 はいはぁい」
一段落ついたところで、どうやら『たがみ』から電話がかかってきたようだった。
これでようやくこっちも一息つけるな。
「ああ、なんて時間の経つのは早いのかしら……。 時間って無常なのね」
「いいから早く『たがみ』へ戻れ」
「わっかりましたっ!! 今度来る時は、いくらいても大丈夫なようにして来ます!!  では先生、じゃなくて椿さん、また!!」
嵐のように暴れ回った由真は、これまた嵐のような勢いで去っていった。
「ふぅ……」
「椿さんって、小説家だったんですか」
「『いんぜい』って、一杯はいるんですか?」
こんなときでもひめはいつも通りのようだった。
「ほんの駆けだしだよ。 ばれちゃったか……、まぁ……いつかはと思ってたけど、ね……」
椿さんは、ポケットから煙草を取り出すと、口に銜えて火をつけた。
「由真はしゃべらないと思いますよ。 なんとなくですが」
「でも、あの具合だとぽろっと口をすべらすコトはありそうですね」
「随分舞い上がってたからなぁ……かといって一日中監視するワケにもいかないし、まぁ……なるようになるか……」
白みがかった煙が、ふうわりと流れる。
こうばしいにおいが鼻先をかすめていく。
「もちろん俺はしゃべりませんよ」
「私も、黙っておいてあげます。 ……ゆのはがいたら、椿さんにたかるネタにしそうですけど」
「……なぁひめ。なんか最近妙におとなしいな?」
「なんのことですか?」
再開? した時より金にうるさくなくなったというか……
確かに今も金、金とは言っているが、前ほどしつこくなくなったような気がする。
どういう心境の変化かはわからんが……鎮守祭りのあたりから……だったか?
「あははは、最初から二人とも疑っちゃいないよ」
「あ、そうですか」
まあ、ゆのはに関してはひめの言う通り、ホントにそういいかねん気がするが。
「さて、と。 ばれちゃったことだし、拓也には、もう隠す必要ないな」
「はあ、それはそうですね」
「締め切りに追われててね……店任せるから、頼むよ」
ああ、なるほど。今まで時々店の奥に引っ込んでいたのも、最近妙に眠そうだったのも、それが原因だったのか。
穂波ちゃんの『時々そういう時期がある』っていう情報も、締め切り間際とそうでないかの差なんだな。
大学行ってた時は、レポートに追われる日もあって、そんな風に追い詰められるのはすこしわかる気がする。
「ふぅ……なんか、急に静かになったな」
由真も帰って、椿さんも奥に行って、ここに残されたのは俺とひめだけ。
「拓也、これでゆっくりと本が読めますね」
「本? ……ああ、そうか」
そういえば、ドタバタに巻き込まれて『ゆのはな』のことをすっかり忘れていた。
俺はカウンターの上に放り出していた絵本を手にとって、ひめと一緒にそのページを開いた。


―神様の話をしましょう―
―それは、気の遠くなるほど長い間、そこに在り続ける小さな神様のお話…………


……『ゆのはな』の絵本。
その本は、最初の数ページを読んだだけで、俺とひめには、その途中も、結末も、本に込められた全てが理解できた。
そして、あるページに差し掛かったところで、ひめが弾かれたように店を飛び出し、数分もしない間に、もう一人の『当事者』を呼んできた。
俺は、なにごとか分からないままのゆのはを落ちつけて、もう一度最初から、二人にその絵本を読んで聞かせた。









―所持金 0009200―



「……拓也、この絵本は……」
給料を受け取って、高尾酒店を出る俺達。
今日ばかりは、ゆのはもひめも、アイスクリームのコトなど完全に頭から抜け落ちているようだった。
「ああ、間違いない。 ……これは、三年前の俺達のことが描いてある……」
何度も読み返しても読み足らず、なりふりかまわずに、椿さんに絵本を貸してもらうように頼み込んだ。
椿さんは、ついでに俺からわかばに返しておいてくれ、と言っていたが……もう一つ、気になることを言っていた。
「死んで生き返ったことあるかって……あれは、確かに拓也に向かって聞いていました」
「……絵本と、俺達を重ねて見てるってことか?」
絵本の主人公の『旅人』にも、神様に命を助けられたという描写があった。
当然俺は否定して、椿さんもそりゃそうだな、と納得してはくれたが……
「可能性としては、その絵本を読んだことで、以前の私達と、今の私達と、絵本の中の『旅人』と『神様』が、椿さんの記憶の中でつながりが出来てしまったんだと思います」
「でも、この絵本って3年前にわかばちゃんが書いたんだろ? だったらその時思い出しても……」
「神様である私が祠の中にいる限り、神様の事を思い出すことは出来ません。 私が外に出てきたこと、拓也とゆのはが戻ってきた事、この絵本を読んだ事……全部がそろったからこそ、以前の記憶が戻りかけているんです」
「それも、絵本の中にある『真実』とセットで」
……すでに穂波ちゃんにはばれてるから、どこかで三年前の事を思い出される覚悟はしていた。
でも、ゆのはとひめが神様であることまでばれたとなると、一体俺はどうすればいいのだろうか。
……この町の人達なら、それがばれても大丈夫だとは思うけど……
「まあ、この本がある以上どうしようもありませんし、私が消えれば……その記憶もまた消え去るでしょう。 気にすることはありません」
「……ひめは、それでいいのか?」
確かに、ひめが祠に戻れば神様の記憶の一部として、『真実』もただの絵本の中の空想ということになるだろうけど……
「いいんです。 私は、元々そういう存在ですから」
それだけ言うと、さっさと華の湯へと帰って行ってしまった。
「……あ、ひめ」
「……」
残された俺とゆのはは、なんとも言えない感覚に迷って、少しの間そこから動くことは出来なかった。




―所持金 0002000―
―お賽銭 0112200―




 

 

12/30へ続く


 


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