―12月28日― (前編)
 

 






私の名は、ゆのは。
私の名は、ひめ。
そのどちらもが本当で、そのどちらもが嘘……
そしてそんな自分は神様で、とある人間の半身……
何度考えても、ただただ曖昧な存在……それが私。




「……」
私は、だらしなく布団を蹴っ飛ばしたまま寝ている私の半身、『草津ゆのは』の横に座っている。
拓也はみつ枝とわかばの手伝いに行って、まだ戻ってくる気配は無い。
「……ゆのは、起きて」
「………うぅん……ピーナッツみそおかわり……」
軽く身体を揺らしてみるけど、起きる気配は無い。
……いや、この程度で起きるなら、いつも拓也が盛大に窓を開けてる時点で起きている。
「……」
私は、おもむろに窓をあけて、窓の縁にくっついていた雪をかき集めて……
「うぅ……さむ………」
いつものように外の寒気に反応するも、目は覚まさないゆのはのところにそれを持っていき、寝間着がわりにしている、見た目だけは私とお揃いの肌襦袢を少し持ち上げて……
「えい」
素肌に思いっきり雪を押し付けた。


一瞬あいて


「うっひゃはあぁぁぁああああぁあぁぁぁああぁぁあ!!!?」
ゆのはが、いろんな意味でものすごい叫び声を上げながら飛び起きた。
ぼとり、と押し付けた雪の塊が布団の上に落ちる。
ゆのはの意識が戻ってくる前に、落ちた雪を拾いあげ、ぽい、と窓の外へ捨てた。
布団は…まぁ、一応かわかしておいてあげましょうか。  あらぬ誤解はかわいそうですし。

―お賽銭 0119900―

「おはよう、ゆのは」
「なっ、な、なっ……なんですかいきなり!!?」
「呼んでも目を覚まさないので、起こしただけです」
「起こしたって、いったい何したんですか!? なんか冷たいし……」
雪を押し付けたあたりを気にしながら、ゆのはは私を睨みつけてきた。
……自分と同じ顔にこういうのもなんですけど、睨まれてもあんまり恐くないです。
「いえ、それより……朝ご飯が出来る前に」
「朝ご飯! 吶かぁあ!!?」
いつものように飛んで行きそうになったゆのはの服を掴んで、足を止める。
……あ、勢いあまってころんだみたいですね。
「まだです。 ご飯が出来て、拓也が呼びに来る前に……一つお話があります」
「いったぁ〜〜…… 何!? くだらない話だったら怒りますよ!!?」
もう十分怒ってる気がしますが。
「いえ……昨日のあれ、大丈夫ですか? 風邪ひいてませんか?」
「……何したか知らないけど、さっきので具合悪くなりそうですよ」
……これだけ反論できる余裕があるなら大丈夫そうですね。
「そうですか。 それと、もう一つ……」
「何よ、まだあるの?」
まだ……というより、私が本当に聞きたかったのはこっちの方だ。
「はい。 ゆのはは今……幸せですか?」
「……え?」
「拓也と出会い、結ばれて、二人で共に旅をする。 ……そんな今が、幸せですか?」
……いや、幸せになってくれてなかったら、私が神様の身代わりとしてここに残った意味が無い。
私の役目は……私が生み出された理由は、『ゆのは姫』の苦しみを受け止めるためだから……
「……幸せだよ。 拓也は馬鹿で愚鈍で頼りないけど、それでも大好きだから、一緒にいるだけで幸せ」
「……そう」
「それに……ひめとも、約束したしね。 二人で幸せになるって」
「しましたか?」
「したも同然ですよ」
と言うゆのはは、とても嬉しそうな顔をしていました。
……『ゆのは姫』が死んだときの悲しみは、忘れたわけではないだろうけど……
それでも、その心を支えてくれる人と旅をして、『過去』に囚われていない『今』を生きている。
きっと、神として祠の中にいた1000間よりも、人間として生きている今この世界は……ゆのはの目には、ずっと輝いて見えているのかもしれない。
「……取り越し苦労だったようですね。 それならば、もう言う事はありません」
「心配だったんですか?」
「いえ。 ただ……あなたは、大切にされているのだな、と……」
そして、今日だって……拓也を始めにして、他の皆もゆのはの事を……
「おーいゆのは、ひめ起きろー……って、もう起きてたのか」
「うん。 おはよ、拓也」
「あ、拓也。 おはようございます」
……もう、何も言わないでおこう。
1000年前には得られなかった幸せを、今は噛みしめて欲しい。
たとえ、その先で私が必要なくなる運命なのだとしても……
「なんか出番とられた気分だな」
「出番?」
「いや、なんだかんだ言って起こすのいつも俺だったし」
「ああ……」
……今の一言は、なにか別の意味もあったような気がするのは気のせいでしょうか?
まぁ、出番がどうというのなら、次からは手を出さないでおきましょうか









……うーむ、なんか今日はいきなり本調子じゃないって感じだなぁ。
やっぱゆのはを起こすのが俺の習慣になってたからなのか? 出番とられたっていうか……
「拓也さん、どうしたんですか?」
「いや、なんでもないよわかばちゃん」
まぁ気にしていても仕方ないな。
俺は次の皿を取りに台所へ向かおうとしたわかばちゃんを追いかけようとした。丁度その時だった!
「あら居候、おはよう」
「おう、おはよう…………って由真! なんでお前がいる!?」
声の方向を見ると、当たり前のように食卓に座っている由真がいた
まぁ、今更何を言っても帰ってくる答えは決まってる気もするが。
とりあえず言っておかずにはいられない俺だった。
「何言ってるのよ、昨日先生の本貸してあげるって言ったでしょうが」
ああ、そういえばそんな約束していた気もする。
……けど、行動早いなぁこいつは。 布教したい気分はわからんでも無いけど。
「いや、昨日は確かにああ言ったが……正直読んでる時間あるかどうかわからんぞ?」
実際、バイトしないと俺はこの町から出られんわけだし……
いや、今回は出ようと思えばでれるとか言ってた気もするけど、それを投げ出して行くほど俺は無責任じゃない。
ほっとくと、前ほど急ぐ必要は無いとしても、いずれこの町が雪に埋もれてしまうかもしれないし。
「そのくらいどうにかしてひねり出すのがファンってものでしょうが」
いや、興味は出てきたってだけで、ファンと言うのは少しちがう。
しつこいようだが、小説はハードボイルド系やノンフィクション専門だからなぁ……
「まぁいいわ。とりあえず……これが先生の作品よ!」
由真は、おこたの上に、黒い鉄製のカバーがついた本を九冊並べた。
『琴姫みのり』つまり椿さんが、これまでに出版した本の全てだった。
「うわ。カバーまでついてるのか!! 豪華だなぁ」
「カバーはアタシの手作りよ!! 鉄板を手で曲げ」
「その辺はいわんでいい。 これで全部なのか?」
「単行本に未収録の短編が15、中編が2、同じく未収録のエッセイが22あるけど、そっちも読むなら持ってくるわよ」
すげーよこの女。
「いや、ここにある代表作だけでいい」
というか、ファンってワケでも無い俺にはこの半分でも十分のような気がするが。
……由真の反応が恐いのでそれは口に出さないでおこう。
「あ、琴姫みのりだー!!」
「あれ、わかばちゃん知ってるの?」
「由真から借りましたー」
「……なるほど」
「一気にこんなに読めるなんて、拓也さんって読書家さんなんだねー」
「いや、そんないいもんじゃないよ。 興味が出たから貸してもらっただけだし」
「ふっふっふ、甘いわね。 どうせ読むならこの9冊全てのページを暗記してるのよ!! これぞ読書家!!」
「由真ってマニアさんなんだねー」
……まぁ、由真のマニアっぷりはこの際横においておくとして、問題はコレをどう読むかだ。
この厚さなら一冊3時間ってトコだが、全部読むとなると9冊×3時間で27時間。
そう予定通りいかない可能性もあるから、四捨五入で30時間。
「……バイトの事を考えると、睡眠時間も入れると一日一冊ちょいが限度ってところか」
「そうねぇ、睡眠時間なんか削れと言いたいところだけど、あんたのバイトの事情を考えるとそうも言ってられないのよね」
そういえば、そんな設定もあった気がする。
「おはよー、あさごはんまだですかー?」
「おはようございます。 ……お仕事の話ですか?」
とかなんとかやってると、着替えたゆのはとひめがやってきた。
「いや、由真から本を借りる事になったんだが、どのくらいで読めるか、と」
「本? ……そんなの読んでる暇があったら、働いてください」
「琴姫みのり先生の御著書をそんなものですってぇ!?」
「あー由真、たぶんゆのは相手だとキリが無いからそこは流してくれ」
「……なんだか非常に馬鹿にされた気がするのですが?」
「それは気のせいだ」
と言う事にしておこう。
「すぐに読めるかどうかわからんが、とりあえずありがたく借りておく」
まぁ……バイトのガス抜きと考えて、たまにはこういう本を読んでみるのもいいだろう。
なにより、あの椿さんが書いたってだけでそれなりに興味は湧く。

とりあえず俺は借りた本を一冊だけナップサックにつっこみ、残りは自分の部屋に置いておくことにした。









「それで、何か御用ですか?」
朝食も終えて、さぁ今日のバイトに向かおう!
っというその前に、俺はゆのはにばれないようにひめを呼び出した。
「ああ、今日ゆのはのアレだろ? だから一日ばれないように遠ざけて欲しいんだ」
「……場所は伊藤家ですか?」
「そりゃ当然。 あ、白摘茶房でも準備してるからそっちもだな」
「…………わかりました」
うーむ、頼む側としては有り難い限りだが、やっぱり妙に素直に言うこと聞いてくれるんだよな。
やっぱりある意味では自分自身の事でもあるからなのか?




まぁ、そんな細かい事はさておいて、今日のバイト先は白摘茶房だ。
ゆのはを遠ざけるためには、どちらかと言えば俺は高尾酒店に行くべきなんだろうけど、椿さんの所は由真がいるし、何より今日は尚樹さんが戻ってくる。
穂波ちゃんの一件も、なんとか解決しておかなきゃいけない気がするのだ。
「おはようございます!」
「草津さん。おはようなのです」
「おはよう、拓也くん」
うむ、榛名さんはともかく、穂波ちゃんはいつも通り。
どうやら昨日の間にはこれと言って何もなかったようだ。
「それで、榛名さん、穂波ちゃん、今日の夜の事なんですけど」
「ええ、材料はちゃんと準備してあるわよぉ。 お店の合間になっちゃうけど、前みたいに合間を使えばなんとかなると思うわ。 ……プレゼントらしいプレゼントを用意してあげられなくて残念だけど」
「いえ、これだけで十分ですよ」
忙しい店の時間を割いてまでやって貰うのだから、これ以上わがままなど言ったら罰が当たる。
……それをあてる役目かもしれない神様は一応の所は味方と言うことになっているが。
「それじゃ、今日は俺も料理メインで手伝いますよ。カンタンなものなら大丈夫です」
「あらそぉ? それじゃあ、お願いしようかしら」
と、言うわけで今日の俺のバイトの方向性は決定。
あとは穂波ちゃんと尚樹さんの事を警戒するくらいだが……ある意味バイト自体より厳しいもののような気がする。
あー、休憩時間には本も読んどかないとなぁ。

……と、思ってはいたものの、やはり今日は大晦日。
いつもはやってくるはずの下ネタ爺さんズも、他の常連客も、自分の家の事が大変なのかほとんどやってこない。
というわけで、思いの外俺が頼んだ仕事の方がさっさとはかどっていた。

んで、ちょっと早めに貰ったお昼の休憩時間。
俺は榛名さんに了解を得て、奥の家の方で本を読ませて貰うことにした。
ソファに腰を下ろすと、ナップザックに入れておいた本を一冊取り出す。
で、鉄のカバーから引き抜いた文庫本の表紙には、『あかねすとれんじゃー』と言う題名と、『琴姫みのり』と言う作者名。
俺は、1P目を開いた。




ほほう。
おおっ。
こうくるかっ!!
「それ、宇奈月さんの本ですか?」
「お? ああ、ちょっと由真の話聞かされてたら興味が出てきてな。 貸して貰った」
ハードボイルドやノンフィクションしか読んだことなかった俺には、なかなか新鮮な面白みがその本には詰まっていた。
そういうわけで、本の世界に入り込んでいた俺だったが、穂波ちゃんの一言で引き戻された。
「……って、もしかして穂波ちゃんも貸されたのか?」
「はい、あそこまで熱心にはなれませんが、面白かったですよ」
まあ、やっぱり由真レベルのファンは特別って事だな。
「ところで、もう時間か?」
「いえ、今はお客さんがいないので、まだ大丈夫だってお母さんが」
うーむ、なんかこれで給料貰うのってなんか悪い気がしてくるよなあ。
「……あの、草津さん。 それより一つ聞きたい事があるのです」
「ん? なんだ」
「……いえ、ひめちゃんの事なんですが……何か様子がおかしいという事は無いですか?」
「様子? ……うーん、まぁ最初より妙に素直に言うこと聞いてくれてる気がするが別段何もなかったぞ? 今日も朝飯8杯食ってたし」
「そうなのですか……」
「ひめがどうかしたのか?」
「……いえ、なんでもないのです。 時間になったら呼びますから、本、ゆっくり読んでいてくださいなのです」
なんとなく歯切れが悪いまま、穂波ちゃんは店の方へ出て行こうと体の向きを変えた。
「あ、ああ……っと、そうだ、穂波ちゃん」
「なんですか?」
俺が我に帰って呼びかけたのは、丁度穂波ちゃんがドアに手を掛けたところだった。
穂波ちゃんはその手をそのままにして、顔をこちらに向けてくれた。
「えっと……尚樹さん、昨日から電話とかなかった?」
”尚樹さん”の一言で、穂波ちゃんの体がびくっと反応するのが見えた。
「……いえ、特に何も……今朝も寝坊した見たいで、モーニングにも来なかったのです」
「うーん、そうか」
昨日はイベントで忙しかっただろうし、今日はその疲れが出たってところかな。
……とりあえずもう少し様子を見ようか。
「ありがとう。 ちょっと気になってたから……聞いちゃまずかったかな?」
「いえ、大丈夫なのです」
と言って微笑むと、今度こそ店の方へ出て行ってしまった。
「……ふぅ……しかし、ひめの様子か……」
……他の人が言うならともかく、弱っているとはいえ、霊感少女の穂波ちゃんの言葉だからなぁ……
仮にも神様のひめの事だから、何かあるんじゃ無いかと思ってしまう。
「……まぁ、仕方ないか」
言いたくないと言うこともあるだろう。とりあえず、今は言われた通りに本を読んでおくことにしよう。
俺は、手元にある本の続きを読み始めた。







一年最後の営業も終わり。 高尾酒店と華の湯もそろそろ同じ頃だろう。
ひめは思っていた以上にうまくやってくれたのか、電話で確認したところ、伊藤家の方も順調だったようだ。
今日は、榛名さんのところも大晦日。
いつもなら、年越しパスタを作ってテレビを見て、新年を迎えるのだという。

―所持金  0009700―

「穂波ちゃん、大変。 寝室のヒーターが故障しちゃったみたい」
「え? 動かないのですか?」
「うん、スイッチ入れても動かないの」
俺が見ましょうか……って言いたいところだが、さすがにいきなりヒーターは直せない。
「うわ、困りましたね」
「ううん、平気なのです」



「はい、デンキのことは春日デンキにお任せ下さいっ!!」
そうか、この人がいたか。
マンガ祭りの後だろうが、あいかわらずの爽やかさだ。
それにしても、大晦日だって言うのに、電話一本で尚樹さんは飛んできてくれた。
こういうときは頼りになる人だよなぁ。
「ごめんなさい、寝室のヒーターなんだけど」
「し、寝室っっ!? は、は、はいっっ!! や、やらせていただきます!!」
寝室と聞いて、尚樹さんは緊張しまくって榛名さんの部屋に入っていった。
「どうして緊張したんだろう?」
「い、いやらしい想像をしたのかも……」
「すげえ発想力」
「そ、そんなことないですっ!!」




結局、ヒーターは尚樹さんのお店で引き取ることになった。
一人では手に余るので、俺も運搬のお手伝いだ。
「それにしても、変なヒーターっすね。 なんだかジャバラになってて」
「ああ、これはオイルヒーターってやつだね。 空気が乾燥しないし、身体にもいいんだよ。  でも……こんな新しいのは修理した事ないから、ちょっと不安だなぁ……」
そう言って、尚樹さんがメーカーに電話を入れる。
「……さすがに大晦日の夜じゃやってないか。 メーカーに頼むと半月くらいかかりそうだし、僕が直したほうが早いかなぁ……」
うーん、デンキに関しては誠実な人だよなぁ。
……あと、戦艦についても誠実か。
しかし、結局のところ穂波ちゃんの事はどの程度思っているのだろうか。
……幸いこの場には俺と尚樹さん以外いないし、ここらではっきりさせておこうか。
「あの、尚樹さん。 穂波ちゃんのこと、好きだったんですか?」
「え? いや……普通だけど?」
「はぁ!?」
と尚樹さんが言ったのと同時に、入り口の方からすっとんきょうな穂波ちゃんの声が飛んできた。
「ど、どうして穂波ちゃんが!?」
「よ、様子を見に来ただけなのです。 そ……それより、今のなんですかぁ!?」
「そうですよ。 物憂げな視線で彼女をみつめたり、スリーサイズを聞いたり、旅行に誘ったりしたでしょ!?」
「……ああ、そういうことか!  ……わかったよ。少し恥ずかしいけれど正直に告白しよう」
そう言った尚樹さんは、少しだけ真面目な顔になった。
緊張して唾を飲む俺と穂波ちゃん。
「実は穂波ちゃんに……」
「……ごくっ」
「次のイベントに一緒に来てもらいたいんだ! イタリア海軍の仕官服をレプリカしてくれる店があって、穂波ちゃんにはぜひコスプレを……」
「……は?」
「穂波ちゃんみたいな小柄な子に、提督の礼服を着せたら、きっとギャップ萌えすると思うんだ。夢だったんだよなぁ、売り子は提督たん!!」
「…………」
「ええと、旅行は有明? サイズはそのため?」
「ああ、そうだけど?」
「じゃ、じゃあ、カウンターの中を眺めて、物憂げな顔をしていたのは、その妄想を!?」
「あ、ううん……そうじゃないよ。 僕は、榛名さんの事が好きだったからねぇ」
「直球!?」
「でも……好きっていうか、憧れかな? 榛名さんは祐司さんと結婚も決まってるし、そこまでは望んでいないからね。 でも榛名さんはプロポーションも抜群だし、知り合いの造形師に頼んで、原型をつくりたいくらいだよ!」
「うわぁ、やっぱりモテるなぁ、榛名さん」
「僕が年上好きだっていうのもあるんだけど……もちろん本当の理由は別にあるよ。 拓也くんなら分かるだろう。榛名と言えば、かの金剛級巡洋戦艦の三番艦のこよじゃないか!」
「……帰ろう」
「本当に軍艦属性だったのです……」
とりあえず呆れるばっかりだけど、かえってこの人がまともに恋愛できるのかどうか心配にもなってきた。
まあ、軍艦に囲まれてたらそれで幸せなんだろうけど。
「あ、ちょっと待って! いまから、金剛級の素晴らしい性能と、轟沈せずに終戦を迎えた榛名について……」
「ヒーター、よろしくおねがいします」
「お願いします」



「なんだよ由真のヤツ、やっぱり勘違いじゃないか! 俺たちときたら、この数日なにやってたんだ!? ……ん? 穂波ちゃん?」
「…………」
穂波ちゃんが、春日デンキのショーウインドウに瞳を奪われている。
後ろから覗くと、どこかで見た事ある気がしなくもないドラマのCMをやっていた。
どうやらスペシャル版をお正月にやるようだ。
「このドラマ、見てるのか?」
「うん」
テレビの恋愛ドラマに気をとられる穂波ちゃん。
……お父さんのために恋をしないとは言ってはいたが、穂波ちゃんにも、やっぱり女の子らしい憧れはある。
普通の女の子みたいに恋人が欲しいんだろうな。
俺も思春期のころには覚えがあるし。
CMの最後は、1つのマフラーを互いの首にかけて、恋人と寄り添い歩くカップルの絵だった。
「こないだも似たシーンあったな」
「うん……」
穂波が女優さんに見とれている。
ふむ。
一緒にマフラーをして歩く二人か。
ゆのはは結構少女趣味……というか『恋人っぽい事』をしたがる感じだから、こういうのは好きそうだが、さすがに照れくさい。
それに、俺とゆのはじゃ背が違い過ぎる。
「草津さん、ゆのはちゃんのこと考えてます?」
「え?」
「二人じゃ背が違いすぎるのです」
考えていた事をそのまま言われて、俺は苦笑いをするしかなかった。




「はい、これ。 頼まれていたプレゼント」
家に戻ると、満面に笑顔を浮かべた榛名さんが、俺に包みを二つ手渡してきた。
「おお……二つも作ってくれたんですか!」
今回はあくまで”私達からのプレゼント”ということで作るのに手を出させて貰えなかったからなぁ。
まさか二つも作ってくれるとは。
「二人いっしょなんでしょう?」
「ええ、それはそうですが。 ……ありがとうございます!」
「それと、残念だけど私は行けないのよ。 だから穂波ちゃん、私の分も、祝ってあげてね」
「もちろんなのです」
まあ、大晦日だしな。こういうときくらい、祐司さんといっしょにいたいって事もあるだろう。
……ほなみちゃんにしてみれば、複雑な感じだろうけど……。
「おにいちゃん、迎えに来ましたよ」
「拓也、お仕事終わった? お給金ちゃんと貰った?」
「お、ゆのは、ひめ?」
とかなんとかやっていると、がちゃりと開いたドアの向こうから、ゆのはとひめが現れた。
……予定外だが、まぁコレの中見せなきゃ大丈夫か。
「家に帰ろうとしたら、玄関でわかばさんが出てきて、お兄ちゃんを呼んできてくれって頼まれました」
「でも、なぜかゆっくりでいいって言ってましたね」
なるほど、そういうことか。
どうやら今伊藤家は、大急ぎで準備中って所だろうな。
「……ん? 拓也、その箱はなんですか?」
「家に帰るまで秘密だ。 ……ま、ゆっくり来いって事は晩飯の用意がまだなんだろう、ゆっくり行こう」
我ながらナイススルー。
……と言いたいところだが、ゆのははなんとなくコレの中身に気付いてそうな気配をぷんぷん匂わせていた。
……まあ、こいつが自分が有利な日のコト忘れるわけは無いか。
それでも、中身は時間が来るまであくまでナイショだ。


 

 

12/31(後編)へ続く


 


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