―12月31日― (後編)
 

 






「穂波ちゃん、わかばちゃんやみつ枝さんを困らせちゃダメよぉ。 あとお酒は絶対に飲まないこと、約束よっ!」
ゆのはとひめ、穂波ちゃんと榛名さんを引き連れて伊藤家の軒先までやってきたところ、そこで榛名さんが穂波ちゃんに注意していた。
……そういや穂波ちゃんってもう高校は卒業してるんだよな?
具体的な歳は聞いた事無いけど
「お母さんこそ、祐司さんに迷惑かけないようにね」
「わかってまぁす、じゃあ拓也くん、穂波ちゃんをよろしくねぇ」
「はい、楽しんで来てください」
「ありがとう、それじゃ……」
「「いってらっしゃーい」」
穂波ちゃんと榛名さんは同時に手を振って、左右に別れた。
すげえ、親子ユニゾンだ!!
「………………」
わかばちゃんの家に入ろうとした俺が振り返ると、穂波ちゃんはまださっきの場所で、商店街の入り口に消えていく、榛名さんの後姿を見送っていた。
声をかけようとして、俺は少しためらう。
穂波ちゃんは、榛名さんの事をこれ以上ないくらいに信頼している。
その反面、祐司さんとの結婚には、口ではいいと言っているものの、本心は本来の父親、陽一郎さんの事を追いかけている。
……祐司さんの元へ行く榛名さんを見送るのは、きっとつらい気持ちもあるのかもしれない。
その穂波ちゃんの小柄な後姿は、お母さん離れしようと必死でがんばっているような、そんな雰囲気が感じられた。
「こら拓也、小娘! お腹すきました! そんなところでぼーっとしてないではやく来るのです!」
「……だそうですよ、おにいちゃん、穂波さん」
「……二人もああ言ってるし、行こうか、穂波ちゃん」
「うん……」
正直雰囲気ぶち壊しの二人の声だったが、言葉を切り出すきっかけにはなったのでありがたくもあった。


で、伊藤家の玄関をくぐると、少し慌てた様子のわかばちゃんが、迎えに出てきてくれた。
「拓也さん、ゆのはちゃん、ひめちゃん、おかえりなさい。 穂波ちゃん、こんばんわー」
「ただいまー」
「ただいまです」
「おじゃまします」
「おう、ただいま。 わかばちゃん、コレ頼む」
靴を脱いで早々走って行きそうなゆのはの服を掴んで動きを止めて、俺はわかばちゃんに榛名さんから受け取った物を差し出した。
わかばちゃんは一瞬首をかしげて、俺が差し出したものを見たが、すぐにそれが何かを察してくれたらしく、笑顔で受け取ってくれた。
「はい、それじゃあ、準備してきますねー。 拓也さん達は、ちゃんと手を洗ってから来てくださいね」
と言うと、そのままぱたぱたと家の奥へと消えて行った。
「準備、まだなのですか?」
穂波ちゃんが足元の二人には聞こえないように、耳元で小さな声で尋ねてきた。
「いや、アレはこっそり置かないとはじまらんだろう」
俺も同じように小さな声で返事をする。
「ふたりともなに話してるんですか! 拓也もはやく手を離しなさい!!」
「お、悪い」
「わっと……と…」
ぱっ、と手を離すと、ゆのはは一瞬バランスを崩して転びかけた。
「うー…… よーし、では早速、吶あああぁぁぁぁぁぁぁん!!」
「ゆのは、先に手洗いに行けよー」
聞こえてるかどうかはわからんが、とりあえず声はかけてみる俺だった。
「いつもこんな調子なのですか?」
「ああ」
「……楽しそうなのです」
「いやー、楽しいのはヤツだけで、俺は正直めんどくさいぞ?」
とりあえずいつもの事だし、面倒だと考える事もなくなってきた気もするが。
「それより、俺達も行くか。 面子がそろわないとどうしようもない」
「そうですね」
「おう。 ひめ、行くぞ」
「…………」
やけに静かなのが気になってそっちを見ると、また複雑そうな表情をしたひめが、黙ってゆのはが走り去って行った家の奥を見つめていた。
「ひめ?」
「……なんでもありません。 いきましょう、今日は、私達もいないと始まらないのでしょう?」
「ああ」
そう俺が返事をすると、それ以上何も言わずに歩き出していってしまった。
……うーん、やっぱりなんか様子がおかしいよなぁ。
「草津さん、私達も行くのです」
「ん、ああ。そうだな」






「みんな遅い! 何をしてたのですか」
「拓也さん、おかえりー」
手を洗って居間の前までたどり着くと、みつ枝さんが障子の前に立ってゆのはの行く手を塞いでいた。
……どうやらまだ中へは入れていないらしい。
聞き耳を立てて聞く限りでは、居間の中は特に慌てた様子も無さそうなので、準備は終わったのだろう。
「すみません、待っててくれたんですね」
「いいんですよー。 今日はみんな揃って入らないと、意味が無いからねー」
強いて言うなら、ゆのはとひめは最後に入らないと意味がないのだが、そこまでは言わないでおこう。
……さて。
「じゃ、開けるぞ」
俺は中にいるみんなにも聞こえるような声で言った。
「…………」
ひめがなんだか寂しげな表情をしていたが、コレも次には俺の狙い通りの表情に変わってくれることだろう。
俺は障子の取っ手に手をかけて、ガラリと思いっきり開けた。

―次の瞬間
『ゆのはちゃん、ひめちゃん、誕生日おめでとう!!』
ぱぱーん、というクラッカーの音と一緒に、わかばちゃん、椿さん、由真の三人が満面の笑顔で、俺の横に立っている二人を迎えた。
「……え……?」
「おめでとうなのです」
俺達と一緒にいたために、同時に言うことができなかった穂波ちゃんも、一歩遅れてどこからともなくとりだしたクラッカーを鳴らして、ゆのはとあっけにとられているひめに向かって笑いかけた。
誕生日会場には、『ゆのはちゃん ひめちゃん 誕生日おめでとう』という幕がかかっている。
「……あ、ありがとう、私すごくうれしいです!」
ゆのはの方はなんとなく気がついていたというか、予測していたらしく、固まってる時間も短くすぐに全員に向かって笑顔で答えたが……
「ひめ」
ひめはまだ思考が追いついていないのか、固まったままだった。
「……え……あ……あの、今日は……」
「おう、今日はお前ら二人の誕生日だろ? いやー、秘密で準備して貰ってたんだが、うまくいってよかった」
……まあ、ゆのはは12/31なんて分かりやすい日の誕生日を忘れるわけはないと思ってたから、あんまり驚かなかったのは予想はついていた。
でも、あくまで今日は『ゆのはの誕生日』だと言っておいたひめには、目の前の光景にかなり驚いてくれたようだ。
うむ、満足満足。
「それじゃあ、ロウソクに火つけるよー」
テーブルの上に置かれた二つのケーキに、それぞれロウソクが立てられている。
わかばちゃんはいつものにっこりとした笑顔で、しゅぽっとライターの火をつけた。
二つのケーキのロウソク達に、一つ一つ灯りをともしていく。
「ゆのは、ひめ、そんなところにでつったってないで、早く来な。主役が座らないと始まらないだろう」
と、今度は椿さん…………小説の方は大丈夫なんだろうか?
無理して時間割いてくれたとしたらちょっと申し訳ない気分だ
「ありがとう、姉御」
「は、はい……」
ひめはまだ若干固まったままのようだった。
二人は並んでケーキの前に座った。
それを確認した俺は、座布団が置かれた自分の位置に腰を下ろす。
「それじゃ、電気消すのです」
遅れて部屋にはいってきた穂波ちゃんは、座りこむその前に電気の明かりを消した。
一瞬で部屋は暗闇に包まれて、ケーキの上のロウソクだけが明るく光っていた。
俺は、わかばちゃんに頼んでこの部屋に運んでもらっておいた俺の相棒の白ギター、テスカポリトカをすちゃっと構えた。
「それじゃあみんな、せーの」
そして、わかばちゃんの号令でゆのはとひめ以外の全員がタイミングを合わせて一度呼吸を整え……
俺は黙ってギターで歌の伴奏を始めた。
『ハッピーバースデートゥーユー ハッピーバースデートゥーユー……』
誕生日の定番中の定番……だけど、誕生日に歌ってもらって、これ以上に嬉しい曲は無いだろう。
『ハッピーバースデートゥーユー!』
全員の歌声が止まり、俺もギターの伴奏を終える。
そして、もう誰も何も言わなくても次に何をするべきか、決まっていた。
「んっ…… ふーっ!」
ゆのはが、自分の前で揺らめいていたロウソクの灯を一息に吹き消した。
「わー、ゆのはちゃんすごい。 一息で消しちゃいましたー」
わかばちゃんが、素直に嬉しそうな声を上げる
「誕生日のロウソクを一度に消せると、願いが叶うそうなのです」
続けて、穂波ちゃんが笑顔でそんな嬉しいジンクスを口にしてくれた。
「でも願い事なんて、どうせお金でしょ?」
「……あのなぁまゆ、お前は空気も読めないのか?」
「ああん、ごめんなさいせ……じゃなくて椿さん」
椿さんと由真の二人は、コンビとしては丁度いい感じになって来てる気もするなぁ……
でもこんなタイミングで漫才やられると困る。
「……って、ひめ、どうした? 消さないのか?」
「…………ううん……もとろん、消します」
と言うと、ゆのはと同じように少し息を吸い、ふーっと一息で自分の前のロウソクを吹き消した。
「わー、ひめちゃんも一息で消しちゃいましたー。 ぱちぱちぱちー」
明かりになるものがなにもなくなった部屋の中で、再び嬉しそうなわかばちゃんの声が聞こえた。
その直後、ぱちりという音といっしょに部屋の電気が灯る。
また穂波ちゃんが電気をつけてくれたらしい。
「それでは、早速みなさんのプレゼントのお披露目なのです」
と言うと、穂波ちゃんは”じゃん”という効果音が聞こえてきそうな感じに、テーブルの上のケーキの存在を強調した。
「このケーキは、私とお母さんからのプレゼントなのです。 ふたりで特別豪華に作ってみたのです」
「ありがとう、穂波お姉ちゃん♪」
……心の中では何か言ってそうな笑顔で、ゆのはがにこやかにお礼を言った。
「……ありがとうございます」
ひめは、ようやく状況に慣れてきたのか、特に表情を変えずにぺこりとお辞儀をしている。
「今度は私達だねー」
「私達?」
「そうよ、わかばと私からのプレゼントよ、ありがたーく受け取りなさい」
『わかばと』の部分をえらく強調する由真。
……まあ、いいかげん慣れてきてるから、強調する気持ちは分かるが……
「なんで共同なんですか?」
プレゼントされる側が言うセリフじゃないな。
「なんでって、仕方無いじゃない! このあいだチビ子に白摘茶房でさんざん奢ったせいでお小遣いなくなっちゃったのよ!!」
「あー、そういえば! ひめだけずるいですよ!!」
……まぁ、なんというか……由真はともかくゆのはのは理不尽な怒りだよな。
おかげでプレゼントの数が減ったって事で、その気持ちは分かるが。
「……それで、プレゼントってなんですか」
「こらー、無視するなー!!」
で、そんな二人を華麗にスルーしてわかばちゃんに中身を尋ねるひめ。
「ふふーん、それは自分であけてのお楽しみだよー」
状況に気付いているのかいないのか、やっぱり笑顔のわかばちゃん。
ゆのははこれ以上怒鳴ってもどうにもならないと察したのか、やや不機嫌そうな表情のまま、わかばちゃんから箱を一つ受け取った。
ひめも、同時に由真からひとつ受け取る。
「……招き猫?」
「そうだよー。 招き猫のヘンリー4世と5世」
ゆのはの箱の中には黒ネコの招き猫、ひめの箱の中には白ネコの招き猫が入っていた。
どっちも良く見かける微妙なリアルさをもっている方ではなく、かなりデフォルメされた可愛い子ネコの招き猫だった。
「大切にしなさいよね。 わかばと私からのプレゼントなんだから」
あいかわらず、わかばちゃんというところを強調する由真だった。
……万一割りでもしたら俺の方にまで被害が飛んできそうだな。
「私からは……正直、なにあげていいかわかんなくてな、リボンとかでよかったかな?」
と言って、椿さんが取り出したのは二組のリボン。
片方はゆのはがいつもつけている赤いボンボンの髪留めと同じ色。
もう片方は、ひめ―というか神の衣の一部だろう―がいつも左右につけているのと似た感じの色のものだった。
「ひめとかは、同じ色のをあげても仕方ないと思うけど……なんか、どんな色がにあうか思いつかなくて。 あはは、こういうのはだめなんだ、私は」
「いえ……ありがとうございます」
「うん。ありがとう、姉御」
ひめは一言お礼を言うと、少し複雑そうな表情で、自分の今しているリボンを外して、椿さんのリボンを結んだ。
ゆのはも一瞬迷ったようだが、それを見てから自分も赤いリボンを同じ位置に結んだ。
「よかった、似合ってるよ……って、いつもの同じようなのえらんだから当然かな」
「いえ、俺も、二人とも似合ってると思いますよ」
なんとなく照れくさそうにしている二人を見ながら、俺と椿さんをはじめとして、全員が軽く笑い声を上げた。
「……で、肝心の恋人さんのプレゼントはなんなのかしら?」
ひとしきり笑った直後に、由真がにやりと妖しく笑ってそんな声をかけてきた。
……一応由真にもゆのはの彼氏宣言したわけだから、敵対感は以前ほど感じない。
が、やっぱりわかばちゃんの家に居候しているということで、その声には若干嫌味っぽさも感じた気がした。
「ああ、俺は……」
俺は、今朝から持ち歩いていた二つのプレゼント包装された箱を取り出して、左右の手でそれぞれ二人に差し出した。
「……拓也、お金持ってたんですか?」
「ゆのは……せっかくいいところなんだから、ヤボな事聞かないでくれるか?」
「…………そうですね、出先は気になりますが、せっかくのおめでたい日です。詮索はやめておきましょう」
「おう。 ……ほら、ひめも受け取ってくれ」
「あ……はい。 …………空けていいですか?」
「もちろんだ。 ゆのはも空けろよ」
「言われなくても空けますよ」
がさごそ、と紙の包装を開く音が居間に広がる。
中身を知っている穂波ちゃんはニコニコと笑顔を浮かべたまま、そして何も知らない椿さんとわかばちゃんと由真は、興味深そうに二人の手元の箱を眺めていた。
「……これって……」
「……ハーモニカ……ですね」
「こんなときじゃなかったら、もっとちゃんとしたプレゼント用意できたんだが……わるいな」
「……いえ、どんな時でも、ムリにでもプレゼントを用意する。 彼氏としてはまぁ合格点です」
「ははは、手厳しいな。 ……ひめも、それでよかったか?」
「……はい……うれしいです……」
ふと、無表情だったひめの顔に笑顔が差し込んだような気がした。
なんとなく、嬉しさ以外にも、なにか別の感情も差し込んでいるような感じもしたが……
とりあえず、満足はしてくれたようだ。





――2時間後。
「ふゥ〜、酔った酔ったァ…… やっぱみんなすげェいいひとだよなぁ〜!!」
もはや誰が主役なんだか分からないくらいに酒飲んで、からあげ食って、ゆのはと猫が取りあいして、アハハー、楽しいなぁー!!
おまけに、からあげたらふくでご満悦なひめがやってきて……
「神の名において奉納!!」

―所持金  0002000―
―お賽銭  0127700―

アハハー、こっちは全然楽しくないなぁー!

途中、前後不覚に陥りかけた俺は、外の風に当たりに庭先に出ていた。
なぜか知らんがひめもついて来ていたりするが、まだ居間に行けば、宴もたけなわプリンセスホテルだぜアハハ〜!!
「……ふぅ、ここまで分かりやすく酔っぱらうのも珍しいですよ。 お兄ちゃん」
「AH HAHAHA! 宴は酔っぱらってなんぼだぁ〜」
あーあ、ろれつが回らん、AH HAHAHA!!
「まったく……酔ってゆのはとあんなことになったというのに、こりない男です」
「あんなことぉ〜?」
「……まあ、アレがあればこそ今の関係なんでしょうけど」
あー、そういえばそんなこともあったなぁ〜……思い出したら自分の若さがにくったらしくなるぜ!
AH HAHAHA!
「……酔っぱらいは性質が悪い…… 拓也、少し歩きませんか?」
「おお〜、酔い覚ましには寒いのが一番さぁ! 少しでも惑星カプチェランカでも行ってやるぜぇ!」
「やれやれ……」





うー……ううー……。
だんだん頭が冴えてきた。
あらためてそのへんを見渡してみると、なんか今日は夜になってもぽつぽつと人が歩いているのが見える。
鎮守祭りだろうが正月だろうが、ゆのはな神社がマニアックな観光スポットになっているらしく、外からの観光客が多いのだ。
恐らく大晦日から正月の年越しを神社でやってやろうという連中だろう。
「涼しいですね……気持ちいいです」
ひめがふかーくながーく息を吸って、同じくらいながーく息を吐いた。
「で、ひめ。 なにか言いたい事でもあるのか?」
酔いがさめてきて何とかまともな思考能力が戻ってきた俺は、ひめが大量の食べ物から離れてまで俺を連れ出したというところに気がついた。
結局はひめもゆのはと同じ存在、特に神の胃袋は性格が変わろうと健在だったわけだし。
「……分からないわけでは無いでしょう」
ひめは俺の方へと目も向けず、背中越しに声を飛ばしてきた。
「なぜ、私にまで誕生日などというものを? ……神である私には、歳なんて概念はないのですよ?」
…………ふむ。 まぁ、これは想定内の反応だな……
「……歳は無くても、『生まれた日』はあるだろう? それに、誕生日を祝われる神様なんていくらでもいると思うぞ」
「…………」
「ついでに、ゆのはと一緒の日にした理由は……今日は、神様の『ひめ』と、人間の『ゆのは』が生まれた日だろ?」
「…………」
「いや、ゆのはは一回死んでる事になるから生まれたってのは変か…? まぁでも元の誕生日もおぼえてないって言ってたしなぁ」
「……ありがとうございます」
「……え? 何か言ったか」
「……ありがとうございます、と言いました」
その言葉を口にする瞬間のひめは、今まで俺に見せた事無いような、嬉しいような、恥ずかしいような、色々な感情が交じり合っているかもしれない表情だった。
……うわっ、なんかゆのはとはちがった感じにかわいい気が……
「……しかし、プレゼントがハーモニカとは。 私は吹くことはおろか、見た事もないというのに……」
「あー、それは悪かった。 でもゆのはが楽器欲しがってたって聞いたもんだから、ついな……」
「…………私には、お賽銭を貰った方が有り難かったですよ」
これはひめなりの照れ隠し……か?
……まあ、こんな事言われなくても、どっちみちやる事は決めていたが。
「よし、なら受け取れ」
「え?」
俺は、財布からプレゼントを買った時に残っていた2000円を取り出すと、ひめの手に押し付けた。
「ちょっと……いいんですか!? ここから先、全額払うまで、拓也がお金を手にする事はできないのですよ!?」
「そんなの、最初からわかってるよ。 その2000円も、どっちかというと予定外だったしな」
「……」
「まぁ惜しいといったら惜しいが、おれが賽銭として奉納したいんだよ。 神に助けて貰った愚かな子羊のお礼だ、黙って受け取れ」
「…………本当に、とっちゃいますからね?」
「おう」
「……神の名の下に、奉納!」

―所持金 0000000―
―お賽銭 0129700―

ひめの手から一度中に浮き上がった2枚の札びらが、いつものようにどこからともなく現れた賽銭箱の中に吸い込まれていった。
「……ふぅ……」
「よし、じゃあそろそろ帰るか。 主役の一人がこんなに長い間会場を離れるのは問題だしな!」
「……そう、です……ね……」
「どうしたひめ、なんか元気が……」

どさっ

なんだか現実味のない音を立てて、目の前の女の子が倒れた。
……その女の子がひめであるということに気付くのに、なぜかたっぷり数秒かかってしまった。
「……ひめ?」
「……すみません……さっき、間違えてお酒を飲んでしまったので……今頃、まわってきたようです……」
ぼ〜っと顔を少し赤くしたひめが、いつもと同じ、口元だけの笑顔でそんな事を口にした。
……そういやゆのはもそんなに酒強くなかったよなぁ。
「心配させるなよ。 立てるか? おぶって行くか?」
「……いえ、もう大丈夫です。 帰りましょう」
俺の差し出した手を掴んで立ち上がると、ぱんぱんと軽く服についた雪を払って、ひめはまた同じように俺に向かって笑い、歩き出した。
……気のせいだろうか。
その笑顔を見て、俺はなんとなく、妙な胸騒ぎを感じていた。


 

 

1/1へ続く


 


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