騎士の務めというものを一言で言うのなら、守るべき相手を守る
と言う一言に全てが表現されるのだろう。と、彼女は思っている。
  
守るべき相手を、あらゆる脅威から守り通す。
その際に、自分のことは考えてはいけない。自分の身は、とうに守るべき相手にささげられている筈のモノ。
何をおいても守るべきものを優先し、自分のことなど二の次以下に。

 騎士は剣。騎士は槍。騎士は盾。騎士は鎧。
 騎士とはある意味でモノであり人ではない。
剣を取り、槍を携え、盾を構え、鎧を身に付け、誓いの言葉を口にした瞬間から、人ではなくたった一人の騎士になる。
 たった一人を守る、騎士になる
 
 ――私は、守るべき姫君の、騎士(ナイト)でありたい。
 
 っていうと、ちょっと格好良い……かな?

 
 


第2話
 
ある朝の出来事
―騎士(ナイト)と姫君(プリンセス)の場合―
 



 
 その日の朝。彼女、ナイはいつもの通りの時間に眼を覚ました。
 今日の朝も寒い。これから段々と冬に近づいていくのだから寒くなるのは当然かもしれないが、寝起きの寒さは特にこたえる。少し寒がりの気があるナイにすればなおの事。暖かい布団の中と言う素敵空間から脱出するには、かなりの労力を必要とする。
 「む」
 今朝も大変だった。睡魔、そして、暖かさへの執着。それらを全て黙らせるのにしばらくの時間を要した。布団の中で、見えない相手との、誰にも知られる事のない激闘。
 「むー」
 暖かい布団への未練をなんとか断ち切り、声と共にさっとベッドから立ち上がる。
 今日も何とか、勝つことができた。
 「ひゃっ」
 少し冷えた床板が、素足に冷たい。それを堪えながら、窓辺の方へと歩を進め、勢いよくカーテンを開ける。
 「…………」
 早朝。窓の外を見てもまだ薄暗い位のこの時間帯の外の風景は、これから朝を迎える世界の、何か息吹のようなものが感じられて心地よい。
 窓を開ければ入ってくる朝の少し冷えた空気が、寝起きの頭を少ししゃんとしてくれる。空を見れば、今日も雲ひとつない。きっと今日も良い天気であろう。
 しばらく風景に見入った後、大きく深呼吸をすると、その頃にはもう目は完全に覚めていた。さっきまでぼんやりしていた意識がようやく目覚め、今何をすべきかという事を順番にリストアップしていく。適当なところで思考を止め、行動に移るとしよう。朝ご飯を作ったり、二人分のお弁当を作ったり、アーサーに餌をやったりと、朝からやるべきことは多い。少なくとも、ボーっとしている時間があるとは思えない。
 「さて……」
 言って、気合を入れる。
 とりあえず、布団を片さねば。
 
 布団の整理どころか、軽く部屋の掃除までしてしまっていた。
 布団を片付けているうちに、部屋の埃が気になったのではたきで軽く掃除をした。そうすれば、床の汚れも気になり始め、窓の汚れも少し気になり……というわけで、気が付けば掃除をしてしまっていたのだ。
 気になり始めたらやらないとしょうがない、というのが彼女の性分。しかも、やるからにはしっかりとやらないと気がすまない正確もかね揃えているものだからたちが悪い。
 結局、20分ほどを掃除に費やしてしまっていた。
 そんなこんなで自分の部屋をようやく後にする。扉を開けると同時に漏れて来るひんやりとした空気が冷たい。これは、外の空気の冷え方とはまた違う、人工的な空気の冷え方だ。誰もいない空間では、空気は特によく冷える。
 正面に見えるのは扉で、そこには自分の部屋と同じくらいの大きさの部屋がもう一つある。誰も使う人がいないので、部屋の中は文字通り空っぽな状態なのだが。
 それの部屋を横目に見ながら、廊下を渡り、階段を降りて一階へ。
 二階建ての一戸建て住宅。彼女一人で住むには少し大きすぎるような気もする。少し前までは一人ではなかったが、今は彼女が一人で暮らしている。
 寂しくない、と言えば嘘になるかもしれない。が、そんな事も言ってられない。
 一人きりでの生活にはいつまでも慣れる事はないだろうが、それでも、最近は耐えられるようにはなってきた。
 なら、大丈夫。きっと一人でもやっていける。
 そんな事を考え、洗面所へと向かう。
 「寂しくなんか、ないから」
 
 洗面所では、冷たい水で顔を洗う。
 冷たい水が、少しゆらゆらした意識を今度こそ完全に覚醒させる。
 髪をぬらし、少しばかりのセットをする。
 そして、制服に着替えて終わり。
 特に意識しているわけではないが、彼女は身支度に時間をあまりかけない。
 朝の身だしなみにかなりの時間を要する彼女の姫君などに言わせれば、ナイは時間をかけなさ過ぎ、ということなのだが、別にナイ自身、特に時間をかけることの必要性を感じていないのだから仕方がない。
 彼女の場合、髪質のせいもあるのだろうか寝癖がつきにくいのでセットにかかる時間も短い。
 それに、そんな事に時間を割くくらいならもっと他にやるべき事があるはずだ、とナイは考える。家事炊事、それに掃除洗濯。一人暮らしの彼女には実にやる事が多い。朝っぱらから鏡の前に長々と居座る時間など存在しようはずもない。
 鏡に映った自分の姿を眺め、特に異常のないことを確認すると、ナイは洗面所を出る。
 さっきまでの感傷は、すでにどこかへと行ってしまったようだ。
 お弁当作りには、気合が必要だ。
 
 お弁当を作るときにもっとも考える事は、そのメニューがお弁当箱の中でどのような役割を果たすのかを考える事だったりする。何でもかんでもおいしそうだから、と入れてしまっては意味がない。バランスが悪くなる。それは栄養の面でもそうだが、見た目の彩り、味の配分。果ては、食べる際の食べやすさにまで。ナイの気配りは端から端まで抜かりがない。
 そんなお弁当の献立を毎朝考えるのは実に大変そうではあるのだが、彼女の場合、その大変な作業であるところの献立作りが趣味であるのでその辺りは問題がない。実益を兼ね揃えた趣味と言うのだろうか。毎日楽しそうにお弁当を作っている彼女を見て、そこに大変そうなどという感情を見つけることは出来そうもない。
 「ふんふ〜ん」
 鼻歌まで歌っているところを見ると、本気で料理が好きであるらしい。
 今、彼女が作っているのは、玉子焼きだろうか。きっちり丁寧に一つ一つ焼き上げられた玉子焼きは実に美しい。妥協を知らないとはまさにこの事。だが、それでいて手が遅いわけではなく、作業は完璧に、だが着実に料理を仕上げていく。
 今日のメニューは昨日のうちに考えてでもいるのだろうか、その手の動きがよどむ事はない。流れるような美しい動きの連続は、あるいは見る者の目を釘付けにして離さない。
 「……できた」
 綺麗に盛り付けられた二つのお弁当を前に、ナイは満足げに呟いた。お弁当は完成のようだ。ついでに、お弁当に入らずに余った料理をお皿に載せ、茶碗にご飯をよそえば、朝ごはんの出来上がりである。
 「……よし」
 納得の表情。今日も彼女の料理は完璧だ。
 二つのお弁当にそれぞれ箸とナプキンをつけ、別々の布で包み、テーブルの上に置く。
 一つは大きく。一つは小さく。
 それら二つのお弁当を満足げに眺めた彼女は、自分の朝食の載った盆を抱え、食卓へと足を進める。
 時間は6時過ぎ。外を見れば、太陽が少しばかり顔を覗かせているようで、次第に明るさを見せ始めている。
 やはり、今日も良い天気。
 
 朝食後のゆったりとした時間。
 ゆっくり目に食べたのだが、それでもまだ時間に余裕があった。だから、棚からティーパックを取り出して、紅茶を飲む。本当は、茶葉からきちんと入れて飲みたいところではあったが、それをしていると遅刻するのは確実なのでインスタントに済ませる。
 インスタントとはいえ、紅茶の香りは好きだ。中学の頃に姫君に薦められて飲み始めた紅茶だったが、今では当の姫君よりもよく飲むようになった。
 「……ふぅ」
 ゆっくりと紅茶の香り、そして味を楽しむ。
 ゆったりとした時間。テレビはつけない。音楽もかけない。何もない、静かな空間が彼女は好きなのだ。
 しばらくして、紅茶を飲み干す。自然の流れのようにコップを洗い、棚へと戻す。
 それでもしばらくは余韻に浸りたい気分だったので、今日はぎりぎりまでこうしてのんびりしていようと決める。
 ゆったりと過ごす。のんびりと。イスに座って、テーブルに身体を預けるような形で。
 何かを考えていたような、そうでないような。そんな時間が少し過ぎて。
 彼女は、自分が寝てしまっている事に気づかなかった。
 何かを忘れている、なんて事。思いもしなかった。
 
 目が覚めたときには、いつも家を出る時間を少しだけ過ぎていた。
 大慌てで飛び起き、キッチンにおいてあったお弁当と自分の鞄を手に取る。
 出かける前に確認すべき事。
 ガスの元栓。窓の鍵の閉め忘れ。忘れ物の有無。電気の消灯。水道の栓の締め忘れ(一度忘れた事があったらしい)、等々。
 少し急いで入るが、それでもそれら全てを念入りに確認し、家を出る段になってみれば、時間はすでに7時を回っていた。
 玄関の鍵をしっかり閉め、いつもかぶっているニット帽をしっかりとかぶると、バス停へと向かって歩き出す。
 今日はいつもより、少し遅い目。それでもまぁ、遅刻する事はないだろうけど。
 家から5分ほど歩く。バス停が視界に見え、何人かの人が自分と同じようにバスを待っている姿が見え、
 「…………」
 何かを忘れているのではないかと言う罪悪感は、常に、遅れてやってくる。
 「ヒメ、起こすの忘れてた……」
 やっちゃったぁ、と思った。そうだ、今からでも良い。今からでも起こせば間に合、
 「――もう起こさなくてもいいから!」
 思い出した。昨日、ヒメにそんな事を言われたんだっけ。
 いつまで私の事を子ども扱いするの、って。私だって自分ひとりで起きられるもん、って。
 「なら、大丈夫……かな」
 少しの不安はあったけれど。
 でも、騎士が姫を信じないでどうする。ナイはそう思う。
 うんうん、と自分に納得させるように頷くと、丁度バスが来た事もあり、そのまま学校へと行く事にした。
 「……やっぱり、大丈夫かなぁ」
 不安だけれども。
 
 * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * *
 
 「おはよ」
 教室に入るなり、何やら小さな声がお出迎えをしてくれた。
 ナイがそちらの方に目をやると、そこにはイスに座って何やら分厚い本を読んでいる少女の姿が。
 「おはよ、くろ」
 くろ。そう呼ばれた少女は、その返事を聞くと、それだけで十分だったのだろうか。また、意識を本へと集中させる。
 そんな彼女の反応はいつもの事なのか、特に気にすることもなくナイは自分の席についた。
 自分とくろ。他には誰もいない。
 今は7時45分で、朝の授業開始は8時30分。こんな時簡に学校に来るのは、自分とくろくらいのものだろうな、とナイは思う。
 ふと、何をするでもなく教室を見渡す。
 教室の広さは、中学校の頃の教室を半分にしたくらいだろうか。普通、学校の教室と聞いて思い浮かべる教室なんかの半分くらいの大きさ。形は長方形で、長方形の長い方の辺の一つに大きな黒板が一つ。もう一つの辺には、横に大きな棚と、小さな黒板と、掃除用具入れ。
 そんな教室の中には、机とイス。4つの並びが2列で、計8個。
 それと、教卓。
 入り口の反対側には窓があり、のんびりとした田園風景を眺める事が出来る。
 と、いった具合に。
 少し小さい、という点を除けば、いたってごく普通の教室だ。
 これが、『魔法学園』の教室だと聞いて、驚く人がどれくらいいるだろうか。
 驚く人がいれば、その人に聞いてみればいい。では、どんな教室をイメージしますか? なら、きっとこんな答えが返ってくるはずだ。
 教室は全部地下にあって窓はなく、照明も何故か暗めで壁は全て赤く染められている。教室の床には大きな魔方陣が描かれていて、壁一面には悪魔やら天使やらを描いた怪しい宗教画がベタベタと貼られている。教卓の変わりに怪しげな儀式台がおいてあり、そこには謎の儀式を執り行うための道具が……。
 はっきり言おう。馬鹿か。
 最近は、小学生でももっとまともな発想をするだろうし、んな話、ヨタ話以外の何者でもない。
 偏見も良いところだが、実際にそうであると未だに信じ続けている集団も少なくない。魔法そのものの存在を否定し続けている団体がそうで、魔法というものが国際的にも認められた昨今になっても、未だにその存在が消える事はない。らしい。少なくとも、人間が人間である限りそういった人間がいなくなることはない、というは先生の受け売りだけど。
 確かに、魔方陣は使う。魔法というものを効率的、かつ安定的に利用するために開発された『道具』としての魔方陣。国際魔法連盟のお墨付きを貰った、全世界に唯に一つの公式な魔方陣。それを作っているのが日本の中小企業だと知っている人間は、意外と少ない。
 でも、魔方陣というものを勘違いしている人は多い。何より、大きさを。
 魔方陣というのは、それが象徴的な働きをするのではなく、まさに空間に対して働きかけるものだ。魔法を使うものの周辺の空間を、魔法を使いやすい空間へと書き換える。ゆえに、魔方陣にはそれ相応の大きさが求められる事になる。だから、市販されている魔方陣の最小のものでも、ゆうに普通の教室の半分くらいはある。んなモノをぽんぽんと何個も置ける学校がそうあるわけでもなく、体育館に一つだけ置いてある、という学校がほとんどである。
 しかも。高い。たぶん、何も知らない人が見たら目玉が飛び出るくらいに驚くだろう。
 この学校も、そんなお金のない学校の筆頭のようなもので、魔方陣も随分と古いものが一つだけ。そろそろ買い換えなければならないような気もするが、たぶん、絶対に使えないという状況に追い込まれるまでは、今のを使い続けるだろう。
 と。
 「おはようございます」
 誰かに声をかけられた。
 いつの間にか、考える事に没頭してしまっていたらしい。不意に顔を上げれば、そこには、ナイの隣の席に座る少女。
 「あ、おはよ。エンジェル」
 応えると、エンジェルと呼ばれたその少女は、鞄を机に置こうとした姿勢のままこちらを見て動かない。
 沈黙。
 「ええっと……な、何かな」
 初めに耐えられなくなったのは、ナイの方だった。
 「あ、いえ。ただ、今日はお姫様とセットじゃないんだな、と思いまして。私が来る頃には大体いちゃいちゃしてるのに……」
 「いちゃいちゃって……」
 大慌てで否定するナイ。
 「いちゃいちゃです。毎朝毎朝、よくも飽きもせずにあんな事ができますね。感心しますよ」
 「ええっと……はは……」
 「毎朝毎朝思うんです。朝っぱらから他には誰も人がいないかのような熱々空間を広げてくれちゃって。今すぐにでも、呪いと呪いと呪いの三倍乗に必殺の言霊を足して私の最後の良心で割ったくらいの一撃をお見舞いできたらなんて素敵なんだろう、って」
 にこやかな笑顔を崩さないまま、だが、とんでもない事をしゃべり続ける天使。
 「……本気?」
 「本気ですかって? 私が冗談を言った事がありますか? この私が」
 どんな台詞を吐いても、笑顔を崩さないところが余計に怖い。
 「いえ。でも、大丈夫です。安心してください。わたし、ちゃんと我慢してますから。もうそろそろ耐性ができて、見てるだけじゃ何とも思わなくなってくると思いますから」
 そう言うと、こちらへと向けていた顔を前に向け、椅子へと腰掛ける。
 いつもの事ながら、彼女と相対するのは疲れる。彼女の視線がないのをいい事に、ほぅ、と大きなため息をついていると。
 「それから」
 「は、はいっ!?」
 見れば、再びの視線。
 「今日はお姫様は遅いようですね。いつもなら、とっくに来てるはずなのに」
 言われて時計を見れば、確かに遅い。
 周りを見渡せば、もう既に大体のメンバーは揃っている。ミス・エンジェルの隣にはいつの間にやらミス・デビルが座っているし、くろの隣の席では、しろが静かに寝息を立てている。ナイの目の前に座っている陽が遅刻するのはいつもの事だが、その横の月まで遅刻すると言うのは珍しい。
 そして、自分の左側の席に目を向ける。
 空席。
 「…………」
 不安は的中してしまったようだ。
 頭を抱え、ため息を一つ。
 それを見ていた天使がこちらに向かってこう言ってきた。
 「残念。授業開始時刻まであと20秒。もう間に合いませんね」
 天使の笑みが、今日だけは、悪魔の笑みに見えて仕方が無かった。
 
 * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * *
 
 その日の朝。彼女、ヒメはいつもよりも遥かに遅い時間に目を覚ました。
 ベッドの上で目を覚まし、何か嫌な予感に捕われ、恐る恐る枕元に置いてある目覚まし時計に手を伸ばせば……。
 「……わーーーーー!!」
 慌てた。大いに慌てた。慌てる、って言う言葉じゃ足りないくらいに慌てた。
 「何で鳴らないのよっ!」
 言って、つかんだ目覚まし時計を思いっきり放り投げる。
 何故鳴らないかって、自分がセットするのを忘れていただけなのだが。
 「あー。もう、完全に遅刻ー」
 一瞬、頭の中が真っ白になった。どうしようどうしようどうしよう。考えがまとまらない。このままだったら遅刻するよ。どうしようどうしようどうしよう。
 とりあえずベッドから起き上がらなければ、と言う結論に至ったのは、しばらくしてから。
 暖かい布団の誘惑や、眠気のお誘いなど知った事ではない。思いっきり布団を跳ね飛ばし、勢いよくベッドから飛び降りる。いつもみたいに、布団の中で惰眠をむさぼっている時間はない。
 「よっ……わひゃっ」
 勢いよくベッドから飛び起きようとした時に、ベッドの足もとにおいてあったゴミ箱に足をぶつけてしまったらしい。言葉にならない言葉を発しながら、彼女は何度かその場でぴょんぴょんと跳ね回る。相当痛そうだ。
 「あー、もう。何で起こしてくれなかったのよっ!」
 そこにはいない、彼女の騎士に文句を言う。いつもなら、電話の一本でも寄越して彼女のことを起こしてくれているはずだ。
 机の上の携帯電話を見る。着信は、ない。ついでに家の電話もチェックするが、着信は見られない。
 「ったく。私が遅刻しても良いの?」
 言って不満げに顔を膨らませる彼女。大体さ、いつもなら嫌って言うくらいに私の世話をしてくれるのに、何で今日は見てくれないのよ。確かにいつもいつも強烈過ぎるくらいの過保護で、彼女自身、多少不満に思う事もあったのだけれど……。
 「あ……」
 思い出した。昨日の事。昨日、自分がナイに言った事。
 「むー……」
 確かに、言った。これまでよりも、ずっとはっきりと。
 もう私を起こしさなくてもいいよ、って。私だって一人で起きるくらいは出来る、って。
 多分、彼女はその命令を忠実に守っているのだろう。それは素晴らしい事だし、そうあるべきだ。
 なのに。だというのに。
 「いや。起こそうとしてくれなかったあいつが悪い」
 最終的に出た結論はそうだった。
 「騎士たるもの、姫様を差し置いて登校するなんて許せないわ!」
 無茶苦茶である。そも、自分が寝坊したのが悪いのだから、責任は彼女にあるはず。彼女が文句を言う筋合いはないのが普通だ。
 が、そんな事を当の本人に聞かれたら、しばらくの間続く陰湿な嫌がらせに涙する事になりそうなのでやめておこう。彼女に攻め立てられ、心に傷を負ったという者までいるのは、きっと伊達ではないのだろう。
 「学校であったらとっちめてやるんだから!」
 青い空に向かってまるで対空砲火のように叫ぶ彼女。ぶつけた足をさすりながらでなければ、ずいぶんと様になっていた事であろう。
 言い切った体勢のまま、しばらく凍りついたように動かなかった彼女だが。
 「ち、遅刻ー」
 思い出したようにそう叫んで再起動。
 急いで身だしなみを整えて、着替えて、朝ごはん食べて。
 「あー。もう、早くしなきゃ」
 急いで部屋を後にする。大慌てで閉めた扉が盛大な音を立てて閉まる。廊下を駆け抜ける音が聞こえる。階段を下りようとして、あ、落ちた。
 「……ナイのぶぁーかっ!!」
 放り投げられ、部屋の片隅に転がっていた目覚まし時計が、その衝撃でカタリと音を立てる。
 時計を見れば、針は、8時ちょうどを指している。


 


続く


 


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