たとえばこんな出会い方




こういう状況は、一体どのようなものだろう。
自分が何も知らされずに、寝て起きた朝、つまりたった一晩の間に変化した日常。
朝からいきなり聞かされた単語
『許婚』
…いや、本当に聞かされたのはこんな単語一つだけじゃ無かったとは思うが、起き抜けの、ぼーっとした頭で聞き取る事のできた、記憶に残ったのはそれだけだった。
まあ、いい…………わけがない。いきなり許婚とか言われて冷静にいろと言うほうが無茶だ。頭の中をぐるぐると回りつつも全く口から出すことの出来ない文句にいらだち、半ば混乱する俺に手渡されたのは一枚の地図。この家からさほど遠くないところに印がつけられていた。なるほど、ここに行けというわけか。

 

……と、自分でも何を言っているのか分からないが、まぁそんな感じで俺はただぼ〜っと示された場所に立っている。しかし、わけも分からないのにこう…律儀に来ている俺は…なんなんだろうか、はっきり言って自分自身がわけわからん。
「……向坂 優治さん…ですか?」
ふたたび自分でもわからないような考えをめぐらせ始める直前に、一人の少女が話し掛けてきた。向坂優治(こうさかゆうじ)、確かに俺の名前だ。
「…誰だ?」
「あぁ、私、白月美里(しらつきみさと)と言います。名前は…聞いていると思いますけど…」
しらつき…みさと…ねぇ。たっぷり二十秒ほど脳内のデータバンクを検索してみるが全く思い当たる節は無かった。
「いえ、心当たり無いです」
「…そうですか。では…あの、この場所で許婚がどうとか…聞いていませんか?」
「それで俺は来てるんだけど…もしかしてあんたが俺の(まだ納得いかないが)許婚?」
「あはは、そうみたいですね」
…姉貴は何考えてるんだか。俺が、さらには向こうもこっちの顔を知らないようなやつを許婚だなんて。そう腹を立てたのだが、この白月とかいう少女のそこはかとなく能天気なオーラを放つ笑顔―恐らく苦笑い―を見て怒りがふしゅーっと音を立てそうな勢いで抜けていった。
「…なぁ、白月さん…」
「美里でいいですよ、優治さん」
のほほんとした雰囲気を変えずそう一言。…この女といるとなんだか調子が崩れそうだ。
「…じゃあ美里、笑ってるみたいだけどなんか疑問に思わないのか?」
「……そうですね、なんだかすっごく変な状況ですよね」
だが、全く変わらないそののほほんとした表情からは疑問とか困惑といった感情は全くと言っていいほど読み取れなかった。逆に俺のほうがそののんきな態度に困惑してしまいそうだ。
「昨日の夜…ん〜、10時ごろでしょうか。地図と、優治さんの名前が書いた紙を渡されたんですよ。その人がお前の許婚だ、明日の朝会う事になっているからそこに行け〜って。『えっ?』って思いましたけど、会ってみるくらいならいいかな〜って思って」
……結論、この白月美里と言う女、馬鹿みたいな能天気だ。ちょっとは困惑しろ、戸惑え、混乱くらいするだろ普通。
「…俺は朝起きて何だかわからないうちにここに来ていた。まあ今日は予定も無かったし暇だったから別に良いけど」
「そうですか。私もそんな感じですけどね、兄さんの冗談かと思ってましたし…」
どうやら美里は兄貴に言われたようだ。俺は…確か姉貴だったか?
「っていうかそう思うなら来るなよ」
「でも、それだと優治さんここで待ちぼうけでしたよ?」
「いいんだ、十分まって来なかったら帰るつもりだったから。…実際俺もなんの冗談かと思っていたんだがな」
「なんだぁ、同じじゃ無いですか」
うれしそうにまた笑顔を見せる……少し話してみて思ったが、かなりのんきな感じだが、どうも悪いやつではなさそうだ。むしろいいやつだと思う。しかしまあそれはおいといて、だ。何が許婚なんだか、要はこの娘とお見合いでも、デートでもしろというわけか? 確かに彼女は生まれてこのかた十六年間持った事は無いが、だとしたら大きなお世話だ。
「…でも、許婚って言われましたけど。結局のところ私達どうすればいいんでしょうね?」
許婚、と言うと結婚の約束…つまり婚約が決まっている男女の事を指すと俺は勝手に解釈しているが、多分それで合ってるだろう。…てことは、だ。俺とこの子を結婚させようと言うわけか? 姉貴よ。さらに文句を言えば男が結婚できるのは法律上十八からだ。いやまてよ? 許婚とはいえやはりお互いのことは知っておかないとさすがにあれか。会っていきなり『ハイ結婚』と言うわけにはいかないからなぁ……って、そうじゃないだろ俺。
「許婚って事は、結婚しろって言いたいんじゃないのか? 俺の姉貴とお前の兄貴は」
「はあ、結婚ですか…私、考えた事も無いです…」
いや、話の重点はそこじゃないだろ。と突っ込みたかったが美里のペースはそれだけでは崩れそうにないなのでやめておいた。
「……と、まぁそれは置いといてだ」
置いておくどころか捨て去りたい気分だが、
「どうすんだ? いったい」
「どうするって、優治さんとの結婚ですか?」
「…違う」
置いといて、と言ったはずなんだが…とことん頭のねじが外れてるな…
「ん〜、じゃあ、なんですか?」
「なんだって、今のこの状況に決まってるだろ」
少し頭痛が走り始めた……が、その痛みは次の一瞬には吹き飛ばされた
「じゃあ、お互い許婚としてご紹介されたんですし、せっかくですから今日一日デートしません?」
「…は?」
いや…頭痛だけではない…確かに、一瞬だけだが意識もどこか遠くへと飛んでいったのを感じた。一瞬夢か幻か現実か、星のようなものが見えた事から恐らく衛星軌道上まで飛んでいったのではないかと思われる。
「デートです。あ、もちろん結婚がどうという話は考えないでですよ?」
「……あのな…」
「はい、なんでしょう」
……次の言葉が出てこなかった。乱れる事の無い自分のペースを持っていると言えば聞こえは良いかもしれないが…この時空をもゆがめかねないマイペースさには俺じゃかないそうにない。
「いや…もういい…」
「そうですか? それじゃあ優治さん、どうしましょうか?」
…ここで断ってとっとと帰るのもありだろう……でもまぁ、今日は別に何の用事も約束も無いし…突拍子も無いけどデートってのも悪くないか。……よく考えたら友人間で彼女いないの俺入れてニ、三人だよな…
「…って、デートするのにそんな理由でいいのかよ俺…」
「ん?」
とにかく、彼女がどうとかは別にして……一度女の子と二人で街を歩くのもいいかもしれないな……相手は二、三本ほどネジがはずれてるみたいだけど。
「いや、なんでもない。……言っとくけど俺、今金ほとんど無いぞ?」
「ん、別に気にしませんよ。デートでは必ず男の人がお金を出さなきゃならないなんて法律ありませんから。それにデートといってもまだ恋人同士と言うわけじゃありませんし、お金くらいなら自分で出しますよ?」
法律、と来たか……なんかこのペースも慣れてくるとかえって面白いな。…よく見たら顔も悪く無さそうだし…デートだからって男にたかるような性格じゃない事も今の発言で確認できたし…
「…ま、どうせ暇だしな。適当にぶらつこうか」
…この了承は決してこの子にはあまり金がかかりそうにないからという理由ではない


…とは言ったものの、はっきり言ってデートスポットになりそうな場所なんて知らないので、言葉通りに二人で街中をぶらついていた。朝も早いからかまだ開いている店が少ないと言う理由もあるが。
「まったく姉貴のやつ、デートさせたいならさせたいでもうちょっと行くところのある時間帯にしてくれりゃいいものを」
「喫茶店でも、まだ開くまでに時間ありますしね」
「喫茶…そういや朝は食べたのか?」
「う〜ん、パン一枚とコーヒーなら」
「そんだけか…腹は減らないのか?」
「大丈夫ですよ、私小食な方ですから。そう言う優治さんは食べてきたんですか?」
「…実を言うとまだだ…わけ分からんうちに家を出ていた(出された)からな…」
周りに聞こえるほど大きくでは無いが実はさっきから腹が鳴っている…。美里はそれを聞いたからか突然腕を引っ張ってきた、
「朝は少しでも食べないと体に悪いですよ」
確かに正論ではあるが、今日ばかりは不可抗力だ。食う暇もなく家から出されたんだから……と、考えるも口には出さずに引かれるままに歩いていた。

「はい、食べてください」
駅前のコンビニ…確かにここなら軽い朝食になりそうなものもいつでも買う事ができるが…
とりあえずベンチに座らされ、そして手渡されたのはサンドイッチとやきそばパン、そして飲むヨーグルトだった。…こんな流されるような状況って…もしかして『尻にしかれてる』ってヤツなのか?
「…ま、それは気にしない事にして…だ」
「はい?」
「なんで『飲むヨーグルト』なんだ?」
「お気に召しませんか? 私は好きなんですけど…」
そう言いながら飲んでいるのは…なるほど、飲むヨーグルトだ。逆の手には100円のあんぱんがある。
「いや、嫌いではないが…」
むしろヨーグルトは割と好きだ。とはいえ、朝はいつも紅茶かコーヒーの自分なので少々違和感がある。ちなみに砂糖は、測ったわけではないが濃度5%くらいが好みだ。
「…まあいいか。ほれ」
財布から五百円出して手渡す。
「つりはいらん」
「…あの、私のおごりのつもりだったんですけど…」
五百円玉を手の上に乗せて、始めて困惑したような表情を見せた。…こんな事で困惑するくせになんで…いや、もうあまり深く考えないでおこう。
「成り行きとはいえ、初デートで女に奢ってもらうなんて格好がつかんからな」
「…そういうものなんですか…?」
「そういうものだ」
「…じゃあ、受け取らせていただきますね」
五百円をポケットの中に入れると、はむっと効果音が聞こえそうな感じであんぱんを食べ始めた。
しかし…初デートで初の食事が駅前のベンチで、コンビニのパンと飲むヨーグルトか。……喫茶店とはいかなくともせめてファーストフードとか…屋外じゃなくて店の中で食べたかったような…
「ま、今更だな」
「何がですか?」
「いや、気にするな。それはそうと行きたいところとかあるか?」
「行きたいところ、ですか?」
「ああ、俺は特に行きたいところなんて無いんでな。とはいえこのままどこにも行かないのもどうかと思うからな」
「お任せします。……はだめですよね」
「俺には男女二人で行くようなところに心当たりはないんだ」
「ん〜、困りましたね…私、この街の事よく知らないんですよ…引っ越してきたばかりで」
「引越し…」
「ええ、兄の大学と私の高校が近いこともあって」
「…兄って…、こういうのって親の仕事の都合が〜ってのが定番だろう…」
「かもしれませんね。でも私の親は出張とかが多くて、家にいる事はほとんど無いんですよ。だったら、いっそ学校の近くに引っ越した方が便利なんじゃないかって話になって、それで」
…親も兄も楽観主義か? …まぁ今更考えても仕方ないか。…しかし近くの大学か…てことは、姉貴も通ってるあそこが一番確率高いよな…多分そこで美里の兄としりあって彼女(彼氏)のいない俺らのことで、この話を持ち掛け合ったんだろう。ほんと、ありがた迷惑と言うか…大きなお世話だよ。まあ、姉貴の性格はわかってる…それこそ今更だ。
「じゃ、とりあえず町内一回りといこうか? まぁそれでも朝開いてる店は少ないがな」
「はい、おねがいしますね」

 

続く


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