たとえばこんな学園生活

 


あれから、少々の時が経った……と言ってもニ周間程度だが、『少々の時』といえばそのくらいだろう。
あのデート中、幸いな事に知り合いや友人とは鉢合わせる事は無かった。正直なところ自分に彼女と言う者がいなかった事はくやしかったが、赤の他人のはずの女の子と一緒にいるところを友人に見られることはそれ以上に嫌だった。その理由は、そうなると彼女持ちの友人からは『お前にもやっと……』とかなんとかでひやかされ、それ以外の者からは何かと恨みがましい目で見られそうな気がするからだ。…まぁ、恐らくそれも一ヶ月もすれば冷やかすのも飽きてくるだろうし、恨みがましい目も『あいつに彼女がいる』という状態があたりまえとなって薄れるのだろうが、その一ヶ月という限定された期間でもそんな状況ははっきり言ってごめんだった………と言うわけで、あの日の俺の初デートというものは俺と美里(と姉貴と美里の兄)以外は恐らくだが知れていない、というより知られたくはない。
そういえばあの日帰った後に姉貴になぜ『許婚』という言葉を使ったのか問いただしてみると、『そう言った方がデートに対する抵抗が薄れるんじゃないかと思ったから』だそうだ。結局のところ…あれだ、彼女のいない俺を哀れんでとかいうやつだと思う………俺に言わせれば『余計な親切大きなお世話』だよ全く。
ちなみにあの日から今までのニ周間、美里とは一応何度か会っている。そして、その時もあのマイペースさは常に健在で、会う時は俺が一方的に疲れるだけだったような気もする。………恋人関係…とはまた違うような気もするし、まだそういう関係ではないと確信している。それに…今後自分の心情がどう変化するかはわからないがとりあえず今のところは本気で付き合おうとは思っていない。

ま、近況はそんな感じだがそれはそうとして俺は今学校にいる。そしていたって普通に授業を受けている。一応得意科目である数学の、だ。…しかし自分が得意な教科となると多少なりと聞き流してしまうのが俺の性質だ、今教師が説明してる問いは俺のノートには全く書きこまれていない。時々このままではいつか成績も落ちるぞと思い真面目に授業受ける時もあるがそれも長く持たない。それもまあいいだろうと思いつつ、授業中ノートの隅に落書きでもしながら時間をつぶしていた。

 

「あれ? もしかして優治さんじゃありませんか?」
この日ニ度目の休み時間、思わぬ人物と出会ってしまった。…校外でならまだいいが…この場ではあまり出会いたくない人物が。
「み…美里…」
そう、一応俺の彼女と言うことになっている…白月美里、その人だった。相も変わらずのほほんムードを纏ったまま、こちらに向かって歩いてくる。
「おなじ高校だったんですか、世界って狭いですね〜」
ああ、ほんっとに世界って狭いな…確かに以前こいつは自分の高校は近いと言っていたが…まさか同じ所だったとは。
「どうしたんですか? 元気無いですね」
それはお前のせいだ…いや、美里本人は悪くないのかもしれないが、とにかく美里がこの学校に通っていたという事が元気の無い原因だ……そして学校で相手と鉢合わせると友人か知り合いかに知られる可能性ははるかに高い事が『原因』の成り立つ理由だ。
「あの…なんで黙ってるんですか?」
「………いや、高校同じだったんだなと」
「はい、そうみたいですね」
「一年か」
今の今まで気付かないわけだ。他のヤツはどうかしらんが、俺の場合は他学年との交流なんて基本的に体育祭とか文化祭くらいだし、それでも会った相手の名前を聞くなんてことも無いしな。
「はい、優治さんは二年ですね?」
「まぁな。……で、こんなところで何してるんだ?」
「食券を買っておこうと思って食堂に行くところですよ。優治さんも食券ですか?」
「まぁ、な」
この学校では…まぁ他のところもそうかもしれないが、パンは別だが食券を買うだけなら昼休み前でも可能で、こういう風に休憩時に買いに行く生徒も少なくない。今の俺もその一人ではあるが、まさかこんなところでこいつと鉢合わせるとは思ってもみなかった。………とりあえず早めに切り上げてこの場は逃げる事にしよう。
「……やっぱ昼飯パンにしよう」
聞こえるようにそうつぶやくと、それと同時にくるりときびすを返す。自分的には久しぶりに中華丼が食べたかったが…まあ仕方ないだろう、パンなら教室でも食べれるわけだし食堂でこいつに隣に座られる危険性も無い。
「……あ、それでしたら………」
…やな予感……
「あ、そーだ次移動教室だっけな〜。つーわけで急ぐから」
…当然嘘だ。かなり棒読み的な口調になってしまったが何か言われる前に退散する。……正直こいつのペースに巻き込まれると今の俺ではただずるずると流されて行ってしまうだけだ。ここはとにかく逃げるのが得策だ。後から何か声が聞こえたような気もするが俺は振りかえること無く走り、少女の眼前から逃げ去った。

そして、授業は続く…。時限が変わって、教科が変わって、担当の教師が変わっても…授業なんてものはやはり退屈だった、中にはわけのわからないギャグらしきものを合間に挟みつつ授業を進める教師がいるが、そちらの方がむしろ生徒の興味も引いて効率的だと俺は思うのだが…ただそんな中にも調子に乗る教師もいてそれだけで軽く二十分はつぶしてしまう場合もある。まあ真面目に授業受けようとしている奴以外にはありがたい事なんだろうけど。

午前と午後の切り替えであり昼食タイム、昼休みに入った。時間帯は十二時半から一時十五分、十分に予鈴が鳴るがそれを気にかけている生徒はほとんどいないと思う。しかし今はそんな事よりもっと別な事に集中しなければならない、すなわち購買前の食料確保戦争である。この時間のあの場所は周囲にいる者のすべてが敵、すでに誰が叫んでいるのか分からないパンやおにぎりの名称が飛び交い売る側である購買のおばちゃんはそれを的確に聞き分け一人一人をすばやく処理して行く。この戦場で勝利を得るために必要な物は早く戦地に赴くための脚力、そして発声力である。俺のクラスはこの場所から比較的離れているため前者はかなり不利だ、しかし俺には美里へのつっこみで鍛えられた発声力がある……なんかむなしくなるからこれは考えずにいよう。
……数分の激闘の末、なんとか目的のブツであるやきそばパンとウインナードックを入手する事ができた。この学校においてはすぐに売りきれるので難易度が高い。その両方手に入れることができた事に少々の感動を覚えつつ、自販に100円を入れてコーヒーを一本購入する。
「さて、戻るかな…」
そうつぶやいてくるりと体の向きを変える……だが、ここで気を抜いていたのが敗因だったのか…? いや、それは関係無かったか。教室に戻った時に…俺は一瞬めまいがした…
「あ、ゆ〜じさ〜ん」
嗚呼…なんていうか、周囲の映像がセピア色で動きが異様にスローモーションに見える気がする。冷静に考えたらあいつの性格なら教室まで押しかけてきかねない事ぐらい予想ついていたはずじゃないか、天はどうしたってこの俺に地獄を味わえと言うのか…?
美里がにこやかな笑顔で手を振っている。しかもその視線はこっちに向かってまっすぐに伸びている…なにを、なにを…どこで何を間違ったと言うのだろうか俺は…
「……なにしてんだこんな所で貴様は…」
うぅ、周囲から異様な数の視線がこちらに向かって飛ばされているのを感じる…
「いえ、せっかくですから一緒にパンを買いに行けないかと思いまして」
「……んなことしてる余裕があるならさっさと売り場まで直行すればいいだろ…そろそろめぼしいものは売りきれる頃だぞ…」
「え? えと…それじゃあウインナードックは…」
―俺が買ったのが最後だったな…―
ふっとその言葉が脳内をよぎったが口には出さずに黙っておく。
「う〜…私あれ好きなのに…」
いや、そんな今にも泣きそうな潤んだ瞳で俺を見るなって。
「でもどうしよう、パン売りきれてたらお昼ご飯抜きだよ…」
っていうか学食があるだろ…日替わり定食系以外が売りきれたところ見た事無いぞ。
「優治さんどうすればいいと思いますか…?」
だから俺に話を振るなって…っつーかさっきから俺らに突き刺さる視線の数が当社比1.5倍くらいに跳ね上がっている気がするんですが…
「……おひるごはん……」
だめだ、このままここにいたら無限ループでここに来る生徒すべての視線をこの一箇所に集めかねない。……くそっ、学年内短距離走ナンバー4の実力をなめるんじゃないぞ!!
「戦略的撤退〜!!」
「え、きゃ!!?」
美里の手をむんずとつかんでスタートダッシュから全力疾走をはじめる。パンとコーヒーが走るのに邪魔だが、んなことに構ってなんかいられない……冷静に考えたら今しているこの行動の方が周囲の注目集めやすい上に妙な噂になりかねない気がするが……最近の俺の扱いって……


そして屋上…基本的に解放されていて、ベンチまで置いてある。正直ここからの眺めは好きで、一ヶ月に数回は来る事がある。…まあ、今はそういう感傷に浸っている場合でもないが。
「ゆ、ゆうじさ…足速い…ですね…」
さすがに美里には俺の本気についてくる事はきつかったらしい。というか俺が引っ張っていたからついてこざるを得なかったんだけどな。
「…ったく、いちいち教室まで押しかけてくるなよ」
「でも、私優治さんと、一緒に…いたいですから…」
まだ息を切らせているのか言葉がとぎれとぎれだ
「……なあ美里、お前俺の事好きなのか?」
少し間を置いて、美里の呼吸が整ったところで質問する。別にこのセリフ自体に抵抗は無い、かえって来る言葉はなんとなくだが予想がついているわけだし。
「はい、好きですよ」
「…それは、友達としてなのか…もしくは……恋人…とかとしてか?」
…こっちのセリフは…特に後半自分で言うには抵抗があったが…言ってしまったものは取り消す事が出来ない。答えを待つ、それだけだ。
「友達としては、大好きです。 それと、恋人、としては…」
いつものほほんムードを纏っている彼女にしては、その時ばかりは珍しく真剣な雰囲気を持っていた。表情は、微笑んだようなもののままなのだが…
「…よく、分かりません」
少し、間が開く
「でも、優治さんいい人ですから、一緒にいたいです」
「………」
まあ、美里らしい答えと言うか…正直この時の彼女の笑顔はかわいいと思ってしまった。
「……ん?」
…超正統派恋愛系の小説とかマンガならこのあたりで『fin』とか『続く』とかだろうけど…やはり現実そんなにすぱっと終わらせてはくれないようだ。…校内へ入るためのドアから、物音が聞こえた。わざとらしくつかつかと音を立ててドアに近付く。そしてノブに手をかけ、少しだけの隙間を空けているそれを…一気に引いた。
…まあ、予想はついていたけどな。大量の生徒が開くと同時に雪崩でも見ているかのような錯覚さえ覚える勢いですさまじい足音を立てて走り去って行ってしまった。…っつーかもしかしてさっきの会話聞かれてたのか…?

……はぁ…結局地獄の一ヶ月は通らざるを得ない道だったというのか…耐えられるかな…俺…

 

続く

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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