トリコロ
〜IF STORY’S〜


−1−


道星高校。長織県長織市のとある場所にある、そんな名前の県立高校。
これといって目立った特長も無い、どんな町に行っても見かけられそうな、ありふれた形の校舎。
けれど、全体的に穏やかな空気に包まれたその校内は、そこを学び舎とする生徒達にとっては過ごしやすい空間になっていた。
「お嬢様、到着いたしました」
「…ん」
「では、職員室まで」
「一人で行ける」
その校門の前に一台の車。その中で、運転手と一人の少女が言葉を交わした―いや、交わしたと言うには、少女の言葉はそっけなさすぎたが。
少女は横の席に立てかけてあった通学カバンを手に取ると、外に出ようとドアの取っ手に手をかけた。

『わ、わっ』
ドンッ!

その直後、車の後ろの方から聞こえた誰かの声と、何かがぶつかる音。
「……入る人のじゃまみたい、少し移動して」
「はい」
本当の意味で校門のまん前に停車されたその車は、その入り口の半分を封鎖していた。




2−5教室。
朝のHRまであと15分。遅刻まで時間的にはまだまだ余裕はあると考える人と、これでぎりぎりだと考える人に別れるかもしれない微妙な時間帯。
そのせいか、登校してくる生徒が最も多い時間帯でもあり、教室の前後の出入り口から次々と生徒が入ってきている。
「ええ!? 七瀬が風邪!?」
そんな日常の喧騒の中で、ひときわ大きい声がひとつ。
赤い髪の長いツインテールを揺らして、本気で叫ぶ潦 景子(にわたずみ けいこ)。
「なんや休みあけで体調崩したみたいでな? 八重ちゃん風邪には強いはずなんやけど」
それをどうどうとなだめつつ、同居人に何があったかを冷静に説明する青野 真紀子(あおの まきし)。
しかし景子のヒートアップした脳は、その一言でさらに熱くなっていた。
「そんな事より、七瀬のおみまいに行かないと、おみやげはマスクメロン!? フルーツの詰め合わせ!?」
「そんな入院患者に送るおみやげあるか! 縁起悪いわ!!」
「まきちー、にわちゃん」
その途中、教室に入ってくる中の一人、髪の左右にヘアピンをつけた、ショートカットの女生徒―由崎 多汰美(ゆざき たたみ)が二人に話しかけた。
「ああ、多汰美。 ブラウスあったんか? 洗濯で全滅しとった思たけど」
「うん、一枚だけあった。 それより八重ちゃん来とらんよね?」
「「………え?」」
その一言に対して、一瞬二人の息がぴったりと一致していた。
「さっき八重ちゃん見かけたんじゃけど……」
「何言うとんねん、八重ちゃん風邪で寝こんどったやろ?」
「うん… 私が出るときも布団被って寝とったけぇ、見間違いと思ったんじゃけど、あの髪型は見間違えようがない思うんよ」
「……まあ、それはなぁ……」
体重の3分の1は占めてるんじゃないかと思わされるほど、ボリュームがありすぎる親友兼同居人の髪の量でも思い浮かべているのか、そのセリフに対して言い返す事はできず、二人は苦笑するだけだった。
「あ、それと」
「今度はなに?」
「なんか八重ちゃん、リムジンに乗っとった」
「「リムジン!!?」」
一瞬多汰美の口から出た単語の意味が解らず思考が停止した二人だったが、次の瞬間には再び声をそろえて、今度は叫び声を上げていた。
「校門とこに止まってて、私よそ見して走っててぶつかったんじゃけど、運転手さん出てきて謝ったら許してくれたんじゃけどな?」
「「ぶつかった!?」」
「その後に八重ちゃんが後ろの席から出てきたんよ。 私驚いて声かけられへんかったんじゃけど……」
「あかん、もうどこからつっこめばええんかわからん」
「……もうつっこむとかそういう問題じゃないと思うけど……」
あくまで冷静にその状況を言葉にしていく多汰美と、半ば混乱して論点がずれかけている真紀子。
そして意外と冷静でいる自分に驚きつつも、そんな真紀子につっこみをいれる景子。
周りから見て、少なくともわけがわからない状況かもしれない。
「せやけど、リムジンがおったんはウソやなさそうやな」
「あんでそんなこと言いきれるのよ」
「いや…なんとなく… (リムジンくらいになると、えらい長い事でとるみたいやな……)」
真紀子のその視線は、多汰美の頭の上と背中の辺りを何回か往復していた。


「まあリムジンはともかく、八重ちゃんは来てないで?」
一泊置いて、しきりなおし。なんとか落ち着いたらしい真紀子は、論点を元の位置まで引き戻した。
「みたいじゃね。 やっぱ勘違いなんじゃろか?」
「ところで由崎、その傷大丈夫なの?」
「傷? ……って、血出とるやないか!!」
二人の目が向いている先の、多汰美の膝の辺りに、すりむいたあとのような傷。
若干血がにじみ出ていて、周囲が少し砂のようなものがついて汚れている。
「ああ、ぶつかって転んだ時にできたんじゃろ。 このくらい陸上やっとった時はしょっちゅうじゃったけぇ、大丈夫よ」
「それでも傷口くらい洗わんかい! 化膿したらどないすんねん」
「まきちーは大袈裟じゃよ?」
「10分あれば十分や、保健室行くで!」



ガーゼを膝の傷口に貼り付けた多汰美と、真紀子と景子が保健室から廊下に出た。
HRまではまだ少し余裕がある。
「それにしてもリムジンなぁ…そういや、前にそれっぽいこと話したことあったな?」
「あによ、何の話?」
「ああ、あの雨の時の事じゃね。 たしか、雨の日は傘持った執事さんが校門の前まで、ステルス爆撃機で迎えに来るいう…」
「ちょっと、今何言ったの!?」
「んなわけあるか! そんなんやのうて、黒くて大きい車で、や」
というか、にわのやつあの時の私と同じ反応しとるなぁ―と、考えながら、多汰美の明後日の方向にふきとんだ発想に、真紀子はもはや感心すらも覚えていた。
「あれ、あそこにいるのって……」
その時、景子の足が一瞬だけぴたりと止まる。
「にわ? どないしたんや」
「あ、あれっ」
その目に映っているのは、見慣れた彼女達の親友の後姿。
「や、八重ちゃん!?」
「ほらー、うそじゃなかったじゃろ?」
「…確かに―……って……あれ、にわはどこいった?」
「セール品に食いつくみたいな勢いで走ってったよ?」
「…セール品て」



再び教室。真紀子と多汰美は走り去ってしまったにわを探すのを早々にあきらめて、ひとまず教室に戻っていた。
なにやらHRの開始が遅れているらしく、いつもの決まった時間を過ぎたにもかかわらず、担任の姿はまだ教壇に現れない。
「……にわのやつ遅いなー。 八重ちゃんもきとるんやったらすぐこっち来ると思とったけど、やっぱ見間違いか?」
「まきちー、聞いた?」
「なんや、どうかしたか?」
「今日転校生くるらしいんじゃけど」
「転校生? なんや中途半端な時期に来るもんやねんなぁ」
「私も今聞いたとこじゃけぇ……あ、にわちゃんおかえり」
「ふ……ふふ…ふ…」
「なんや、どないしたんや?」
無表情で、口元から抑揚もなく発せられる笑い声。
もはや声に出していると言うより、口から音が漏れていると言ったほうがしっくり来るような状態だった。
「…ふふ…ふ…う…… うわーん!!」
「な、なんやなんや!!? ほんとどないしたんや!! いきなり泣き出すな!!」
ものすごい勢いで真紀子に抱きつく勢いで泣きつく景子。
「な、七瀬が、七瀬が〜!!」
「うわ、涙で顔がぐちゃぐちゃ……ホントにこんなんなるもんなんじゃねぇ」
「だから八重ちゃんがどうしたんや!? とにかく落ち着いて話し!」
「あ、まきちー、先生入ってきたよ」
「ええ? なんでこんなタイミング悪いんや。 しゃーない、にわ、後で話聞いたるさかい、とりあえず席座り」
「うぅ……」
なんとか涙は止まったようだが、今度は絶望に満ち満ちた表情でふらふらと自分の席に戻っていった。
その目の中には一切の光が無い。
「重症じゃねぇ…ほんとに何があったんじゃろ」
「にわがああなってまうとしたら、八重ちゃんにつきはなされたとかそれくらいしか考えつかんけど……あの八重ちゃんがそんなことするか?」
ぼそぼそと、近くの席である景子に聞こえないくらいの声で二人は話を続ける。
自分達の知っている八重は、(背丈他に関する事は別として)底抜けに心が広く優しい子で、早々なことで友達をつきはなすような子ではない。
「あ、転校生入ってくるみたいじゃよ」
そうしているうちに、教壇ではすでにそこまで話が進んでいて、担任が廊下への戸に向かって呼びかけていた。
「そういえば、私らもちょっと前まで転校生じゃったねぇ」
「せやなー。 もうあれからずいぶん経ってもうたから、自分らが転校して来たって自覚のうなってもうたわ」
そう言っている間に、がらり、と戸が開き、同時にその転校生が教壇の上まで歩いて来た。
「…え?」
「嘘…」
「八重ちゃん!!?」





『Nana Alex』
担任に促されて、教壇の上の八重似の転校生は、チョークで黒板にそう書きこんでいた。
「ナナ………ナナ・アレックス……です」
そして、小声ながらもそう名乗り、チョークを元の位置に戻した。
「七瀬じゃ…ないの?」
「…なあ、にわ。 まさかと思うけど、八重ちゃんに……いや、あの子に思いっきり抱きついたんちゃうやろな?」
「!!」
一瞬、びくっとあからさまに図星とわかる反応を見せる。
「そりゃつきはなされて当然やわ、八重ちゃんやったらともかく、見ず知らずの相手にいきなり抱きつかれて驚くなゆう方が無茶な話やで」
「まきちー、そうは言うても、アレは私らでも言われんと見分けつかん思うよ…」
その外見は、もはや他人の空似というレベルを明らかに越えている。
少なくとも、目の前に立っているその姿は、自分達の知っている『七瀬 八重』そのものなのだから。
ただ、近くで見ると八重と比べてややつり目で、纏っている空気も八重のふわっとした暖かいものとも違っている。
「…って、目の前?」
「?」
転校生…ナナは、気付けば八重の席に座っていた。
どうやら風邪で休んでいると言うことで、仮の席として座るように言われたらしい。
「にわ、とりあえず八重ちゃんやのうてよかったな」
「あ…あはは……はは……」
「あかん、重症じゃわ」
八重に嫌われたわけではなかったという安堵間と、八重と他人を見間違えたと言う自責の念がぶつかり合って、景子の精神状態は限りなく崩壊に近づいていた。





時間は過ぎて昼休み。
「ナナちゃん? 私らといっしょにお昼食べへん?」
机の上にお弁当をひろげようとしていたナナに、多汰美が自分のお弁当を持って話かけた。
ナナは一瞬不思議そうな顔をするが、多汰美の笑顔に気を許したか、コクリと首を縦に動かした。
「まきちー、にわちゃん、ええよー」
多汰美の合図で、朝のダメージが未だに抜け切っていない景子をひきずって、真紀子もナナのそばへと行く。
多汰美はその間に自分の机をナナの机と向かい合わせてくっつけていた。
「……あ」
「……う……」
「ほら、にわ。ちゃんと言わんとあかんやろ?」
「そ、そのくらいわかってるわよ……」
「……わ、わたし……」
「へ?」
真紀子に促され、なんとか景子が謝罪を口にしようとしたその時、ナナがにわの顔を見て、少し頬を赤らめて口を開けていた。
そして、無理矢理絞り出したかのように続く言葉は……
「…わたし、女の人と、そんな気は……ないから……」
「違うわ!!」
背後でおもいっきりずっこける真紀子と多汰美を尻目に、景子も顔を赤くして絶叫した。




「…で、いきなり抱きつかれて驚いて、腕ひっぱたいて振り払ったら、にわが涙流して逃げ出したと」
「し、しかたないじゃない! ただでさえこんな七瀬にそっくりなのに、後姿なんかになるともう見分けつかないわよ!」
それは確かに、と真紀子と多汰美の二人も同意して、じっとナナの顔を凝視する。
対して、ナナはその食い入るような視線に、少し顔を赤らめていた。
「あ、あの……その人、そんなに…私に似てる?」
「せやな、目元とかよう見たらちゃうけど、並んで立ったら多分見分けつかへんわ」
「うん、双子以上に双子みたいじゃよ」
「は、はあ……」
なんとなく複雑な表情をしながら、その七瀬八重という人物の事を思い浮かべていた。
この3人は今、その八重という人の事を本当に生き生きと楽しそうに私に話してくれている。きっとそれだけその人のことが好きだと言う事なのかもしれない。
……人と話すのが苦手で、自分は周りから少し浮いているということをいつも感じている自分。今だって、少しムリして話している。
けど、そんな自分とそっくりなのに、これだけ他人に好かれる人。ナナは、七瀬八重という人物に少し興味が出てきていた。
「……会ってみたい、です……」
「え?」
「その……七瀬…八重さんに……」

 


続く


 


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